12月14日改訂
中多 紗希
年齢何と35。娘は何と19の時の子供である。
太一が一瞬騙されたように見た目、声色など多くの点で娘にそっくりな点が多く、並んで歩いても姉妹、もしくは双子と間違われる程である。
「ウフフ。でもある意味よかったわ。思ったよりあっさり気付かれちゃいましたね。紗江ちゃんが選んだ子だけあるわ~」
「ママ!」
「は、はは・・」
「気付いた理由は?是非聞かせて下さいな」
「・・え?」
「時々主人に悪戯してどっちが私でどっちが紗江ちゃんか当てっこゲームで遊んだりするのよ。当てられなかったら夕飯抜きとかの罰ゲームありで」
―・・あ、あ、あ、悪趣味だな!
もしこのまま騙され続ければ自分はどうなったのかと考えると太一は少し怖くなった。
「でも主人にはいっつも当てられちゃうのよね・・つまんない。おまけに御崎さんにも当てられちゃうし・・御崎さん・・何でだと思う?私老けて見えるかしら?」
これまた答えにくい質問である。
「ママ!先輩困ってるよ~」
「紗江ちゃん!コレは大事な事よ!」
母、娘を一喝。しかし理由は結構大人げない。
「あぁ・・やっぱり喋り方・・ですかね?中多さんはいつも僕に対して敬語で喋ってくれていますので・・所々で違和感のある言葉遣いが隠せてなかったみたいですから・・」
「あら・・そうなの。理想の可愛い後輩を演じたつもりだったのに・・もう!・・紗江ちゃん!?いつまでも敬語じゃダメよ?親密になれないわよ!?」
「え、えぇ~!?」
理不尽な怒りを娘にぶつける母。
「でも・・それだったら言葉づかいを変えればまだ騙せる可能性は在るわけね・・よーっし頑張っちゃおう・・」
嬉しそうに次回の対策を練る中多母。まだやる気満々らしい。
「・・勘弁して下さい」
そう言いつつも・・太一は中多紗希が中多紗江で無い事を結論付けた本当の理由を打ち明けなかった。色んな意味で問題があるからだ。
―体の「とある」部分にだけ妙に明確な格差あるな・・この親娘。
ぶっちゃけると中多母は中多娘に比べるととある部分―胸が無さ過ぎるのである。スタイルや見た目は真似できてもそこだけは中々真似できる物ではない。
流石にこれを真っ正直に告白するのは気が引けるし、何よりもこれをバラして、鎧を着られたり、豊胸手術等の対策をされた場合、本気で見分ける自信は太一には無い。
経済的に双方可能そうな家だけに尚更だ。せめて他の決定的なこの親子の違いを見出すまでにはこれを悟られる訳にはいかない。
それ程に似ているという事だ。
「さて・・ここで立ち話もなんだし、そろそろ移動しましょうか。居間に御案内するわ。折角お土産も頂いた事だし」
「そうですね」
「あ、有難うございます先輩・・気を遣っていただいて・・。・・・。」
改めて太一からの差し入れに礼を言った中多娘は何故かバツが悪そうに塞ぎこんでしまった。
「ううん。・・・?中多さん?どうかした?」
「あ、いえ・・その・・先輩・・そ、その、その、ですね・・?」
「?」
最近バイトの面接訓練の成果か話をするのが流暢になってきた彼女がまた転校直後の彼女に逆戻りしている。
「話ならまた後で聞くよ?」
とりあえず色んな気疲れがあったから太一はまずは座って落ち着きたかった。
「そうよ。紗江ちゃん。お客様を寛がせなきゃいけないんだから」
「・・とりあえず行こう?」
「・・・」
「それにお父さんもお待ちかねよ」
「そうそう・・おとうさんも待っている事だし・・」
「・・・」
「・・ん?」
「主人も御崎さんが遊びに来るって言ったら急に仕事をキャンセルしてね?それ以降何も言わずに応接間に座って御崎さんが来るのを待ってるのよ。子供みたいでしょ?」
「・・・・!!!!????」
「先輩・・その・・ゴメンなさい・・」
最早泣きそうな声で中多はそう言った。
「は・・はは。お父さん・・お父さんね」
・・・太一。危うし。
5 娘大好き 中多さん 登場
太一が中多家から帰宅した後、長女と次女の姉二人が帰ってきたのが三十分後だった。
満足のいく買い物が出来たのか終始ご満悦な妹とは違い、心配性な長女は真っ先にリビングで無心に無言のまま、TVゲームのコントローラーの攻撃ボタンを叩く弟に駆け寄った。
「どうだった?太一」
「・・・」
「太一?」
「うう・・姉ちゃん・・」
そう言った瞬間、太一の操作キャラが死んだ。間抜けな音と共にGAMEOVERのテロップがでる。塞ぎこんだ太一のバックを飾るにふさわしい。
「?一体どうしたの?」
塞ぎこんで下を向く弟を母親の様な慈愛あふれる目で見る長女、一子。
「どうしたの?話してみなさい?」
「・・。お父さんにね・・」
「うんうん・・お父さんに?」
―・・ん?おかしいわね・・ウチのお父さんは出張中で二日後まで帰ってこないはずだけど・・?
「・・その年下の女の子のお父さんに会ってね・・」
「・・へ?」
流石に素っ頓狂な声が姉一子から出る。
―初めて遊びに行ってその子の父親と対面!?うわ!それはキツイわね・・。
「・・・」
「それで・・何か在ったの・・?」
「うう!『俺はお前が嫌いだ!娘に近付くな!』って言われた!!」
時は再びその日の午前中の中多家に戻る・・。
「じゃあ私は頂いたお土産と一緒にお茶を用意するわ。主人の紅茶も待っている間に冷めちゃってるでしょうし。紗江ちゃん?御崎君にちゃんとお父さんを紹介するのよ?」
「う、うん・・」
「はぁ~嬉しいわ。紗江ちゃんのボーイフレンドをお家にお迎えするの・・私の夢だったのよね~♪」
この中多母の言動で自分がこの家に初めて「娘の友人である少年」として踏み入った人間だという事を太一は痛感する。
「ママ!」
「あら。照れなくていいのに」
「先輩は・・その・・とっても親切にして下さるお友達です!」
―・・まだ!
そんな健気な少女の精一杯の言葉も耳に入るが頭に入らないほど太一はテンパっていた。
思わずその少女の言葉に相槌を打ってしまう。
「そ、そうですよ」
「え」
ガーン。
中多を太一は図らずも潰してしまった。
―そうですよね。そうですよね?
自分に言い聞かせるように反芻するその言葉を繰り返し、中多は小さい体をさらに小さくして塞ぎこんだ。
自分に言い聞かせる言葉は吟味、厳選しないと繰り返せば繰り返すほど自分をネガティブな方向へ持って行きかねない。気を付けよう。
―まぁ何とも微笑ましい。他人事ならこれ程楽しい光景は中々無いわね~。ホント。
ウブな娘と小さくて可愛い少年の二人の光景を天使の微笑みとお世辞にも趣味がいいとは言えない下衆な想いで名残惜しく見送りながら中多母は一旦台所に姿を消した。
―中多さん・・何か応接間の扉の先からその・・・禍々しい気配がするんだけど。
その原因は予想が付いている。
太一と中多が出逢い、色んな会話をした中で端々に中多の話の中に現れた存在。中多は必死で出来る限り覆い隠そうとしていたが太一に言わせればほぼ情報がだだもれの状態であった。
十六になる娘が「パ・・お父さんは~」と何度も言い直して繕う辺りにこの中多家の父と娘の関係性が解る。
「この歳で父親をパパと呼ぶなんて・・」、「でもいつもそう呼んでるから今更言い直すの難しいなぁ・・」―そんな娘の感情が見え隠れする。
言い換えるなら
「この歳で『パパ』って呼んでいるなんてちっちゃい子だって思われる。でも私はいつも
こう呼んでるしこれが一番自然だし・・」という少し悩ましい娘の心理がある。
だがそれは裏づける。
娘はこの年齢にしても「パパが大好き」。ということ。そしてこの歳の娘に「パパ」と呼ぶ事を許容している父親。
即ちパパも「娘が大好き」。と、考えるのが至極当然である。
そして娘の友人の「男の子」が来ると聞いた時点で仕事をキャンセルし、無言になって応接間で待ち構えるその潔さ。そんな完全なる「両想い」の父娘の間に入りこもうとする「馬の骨」―それが太一である。
―・・今日が僕の命日になるかもしれない。
「ここです・・。開けますね?先輩」
少女は少年に覚悟を促すように半泣きの目を崩さぬままドアのノブに手をかける。正直思いがけない初対面を控えてテンパっている少年を気遣い、気丈に振舞って欲しい所だが今の中多にそれを要求するのは酷だった。
母による拉致→拘束→監禁→羞恥プレイ→トドメに太一からの「友達です!」→「そうですよ」→ガーン!のコンボが綺麗に入っているのだからピヨるのも頷ける。
「うん・・」
太一は頷いた。
「パパ・・失礼します」
最早中多娘は「パ・・お父さん」等と言い直す事はしなかった。何時ものように、彼女が言い馴れた、そして中多父が聞きなれているだろう呼び名で声をかけた。実はこれ無意識であったとしても中々隠れたファインプレイである。
「さ、紗江・・何故パパを何時ものように『パパ』と呼んでくれないんだ・・うおおおん!そいつか・・そいつのせいなのか!」等と我を無くした父の悲しみの矛先が「馬の骨」―太一に向けられる可能性がある。
「あ・・」
空いたドアの先で太一が目にしたのは天気のいい外の光が降り注ぐ、明るく開放感のある居間だった。日光を程良く反射する美しい白い壁、適度に調和し配置された茶色のソファ、中央の硝子テーブルには恐らく中多母が設えた花が嫌味にならない程度に置かれ、控え目な香りと主張しすぎないながらも落ち着いた部屋の中で映える薄いピンクで文字通り「華」を添えていた。
「・・・」
しかしそれらに背を向け、中心にある巨大なラックに置かれたこれまた大画面のテレビに目を向け、意外にもTVゲームに興じている後ろ姿を確認する。
―え。
そのギャップに少し面を喰らって一瞬挨拶が遅れた太一に先駆けてその後ろ姿から声が漏れた。
「む・・」
家で寛いでいながらも唐突に仕事をキャンセルした男性らしく、後ろ姿でもはっきりと解る正装をしている。やや仕事着にしては明るすぎるチョッキベストを着用している以外は襟元もノリが効いて皺ひとつない真っ白なYシャツ、整髪され、清潔感の漂う黒髪、妻のイメージとは異なり、高校生の娘の居る父親として相応しい「年季」が漂っている。どうやら中多母とは結構歳が離れていそうな雰囲気だ。
興じているゲームをポーズボタンで止め、ゆっくりと中多父は振り返り、太一を両眼に映した。ゲーム用なのか普段もしているのかは知れないが銀フレームの横に長いレンズを持つ眼鏡が光る。
―・・若い。
唐突に太一の心の中でそんな単語が出た。しかし、それは実年齢の若さを意味してはいない。恐らく少なくとも年齢は四十台半ば過ぎ、26の長女がいる50代の太一の父と比べれば確かに若いのだがそれ以上にやり手らしい独特のオーラをまとう男性だった。
頬や目じりに皺が寄っているものの厳格かつ、強く引き締まった口、通った鼻筋に遊びなく整えられ、オールバックにした額はやや広いが清潔感がある整え方と未だ精力衰えぬ艶と黒色を保っているため、実年齢より確実に若く見えているだろう。恐らく高校生の娘の友人がこの男を見れば「さ、紗江ちゃんのお父さんってカッコイイ・・」と、なるに違いない。また、んな父親が娘の入学式やら卒業式に出席でもしたら、周りの他の児童の母親が自分の隣に居るイケてない夫と見比べて
「・・・はっ」
・・こうなるのがオチになりそうなぐらいの大人の男性である。
「・・。遠い所よくいらしてくれた。ここは駅からも遠いし迷わなかったかね?早めに紗江が知らせてくれれば車を出したのだが・・」
その見た目に違わず、紳士的で落ち着いた、しかし威圧感も伴う低い声が太一の体を包む。
「・・・!とんでもないです!お招きしていただいたのに・・あ。紹介が遅れました。僕は中多紗江さんの一緒の学校に通っています。2年の御崎 太一といいます。今日はお誘いいただいて有難うございます・・」
「なに・・紗江が誘ったのだろう?そこまで堅くならなくていい。・・ほら紗江?何時までもお客人を立たせておくものではない。座ってもらって寛いでもらいなさい」
「は、はい!せ、先輩・・ど、どぞう・・」
「あ、うん」
「堅い、堅いよ。二人共・・」
そう言って息を吐くように失笑した中多父は再び大画面のテレビに目を向け、ゲームのポーズを解いた。ポーズ解除と同時にゲームサウンドが大画面テレビの横双方に置かれたスピーカーから響く。
―あ・・これ・・?え!?
そこから響くBGM、テンポ、キャラクターの声に太一は聞き覚えがあった。
「すまない。すこし待ちたまえ。一応キリのいい所で終わっておきたいのでね」
その言葉に何時も自分たちが親や兄弟、友人達に言い馴れている高校生らしいありふれた言動である事に少し親近感を感じて太一の緊張は幾分和らいだ。
―こんなかっこいいおじさんがこんなセリフ吐くなんて・・ちょっと。面白いな・・。
やたら座り心地のいいソファにまだ背を預ける事は出来なくとも一息はどうにかつける。
少し気が落ち着いた所で隣の落ち着かない少女を見やり、心配そうながらも思った以上に穏便な父の出迎えにホッとしたお互いの心境を図りあうように少し笑いあった。
漸く何時もの笑顔に戻った少女にどうにか日常に戻れそうな気配を感じた太一であった。
しかし・・まだ始まったばかりであった。
―・・うん。やっぱり。
大画面に映る中多父が行っているゲームを見ながら太一は確信した。ややアーケードのもの・・つまりゲームセンターのものと比べると画面の明るさ、サウンドの微妙な違い、キャラの動作がラグなどでやや異なるものの、これは太一が梅原、源、国枝達と帰り際近所のゲームセンターで時折対戦する人気格闘ゲームである。しかし、家庭用はまだ発売されていないはずのものだ。
「何故それが今ここにあるのかな・・?」と、普段なら疑問を抱えたかもしれない。が、太一にとって今日は今までに体験した事の無い事のオンパレードである。それに比べれば
「今まだ発売されてないはずのゲームがなぜかこの家にはある」
という疑問もなんらチャチなものに思えてくる。むしろ非日常の中にちょっとした日常の名残の様なものを感じて嬉しくさえある。たった半日足らずの出来事だが太一は調教されつつあった。
しかしそれにしても―
「中多さんのお父さん・・上手いね」
「そうなんですか・・?」
「うん。かなりやりこんでる感じ。ゲーム好きなんだね」
「はい・・お知り合いにその・・ゲーム関係の仕事をしている方がたくさんいるそうで、そういう方達から発売前のゲームを遊んでみて欲しいってソフトからハードまで・・色々貰ってきてくれるんです・・」
―は~それは羨ましい!
「成程ね・・」
「私は・・格闘ゲームはしないんですけど・・落ち物が大好きでよく一緒に遊んでます・・」
「へぇ・・そうなんだ!意外」
「連鎖合戦が楽しくて・・1ラウンド十五分ぐらいかかっちゃった時もあります・・」
「・・・中々やりこんでるね?中多さんも」
なんともススんだ親娘交流である。
もし太一の両親にゲームをさせようものならコントローラーを持たせてもボタンを押す前に体の方が動いているだろう。彼らにゲームというものを押し付けるのはなかなか酷だ。
体を動かして出来る直感的なゲームハードが出るのを祈るばかりである。
姉三人もそこそこゲームをするが回数の割に上達しない。結果御崎家では太一のみゲームの腕が突出しすぎ、姉たちからつまはじきを喰らっている。
「太一とやると負けるから嫌」とは三女の双子の談。
おまけに悲しいかな最近まで男友達のいなかった太一は一人悲しく黙々と家でゲームをしていた。そのせいで自分のゲームの腕が他の人間と比べても、かなり強い部類に入る事を最近まで太一は知らなかった。
「いいなぁ。家族と一緒にゲームをやれて」
太一は心底うらやましそうに言った。
「はい・・。せ、先輩あの・・・」
「ん?」
―よかったら一緒にやりませんか。
そう言いかけた中多の言葉を覆い隠すように
「御待たせ~紗江ちゃん、御崎く~ん」
お茶の用意を済ませた中多母が入ってきた。
「~~~」
―ママぁ・・。
娘の心の奥底で響く母へのクレームは届かない。
「ん!?貴方・・まだゲームしてるの?せっかくお客さんが来てるのに・・ほらお土産も頂いてるのよ。」
「む・・。そうだったのか。それは申し訳ない」
「いえ・・そんな」
「じゃあまずはお茶にしましょう。乾杯しなきゃね?『紗江ちゃんが彼氏を連れてきた』ことを祝って♪」
「マ、ママ!」
「はは・・・は!」
ぴく・・。
そんな音が中多父から聞こえてきそうだった。中多母が戯れで無邪気に言ったその言葉が消えかけていた中多父の殺気を覚醒させる。絶妙な光の角度の関係で中多父の眼鏡が白く光り、瞳が覆い隠される。
ぞ・・。
太一は震える手でティーカップを一脚受け取り、
「そこは口じゃ無い、そこは口じゃないぞ」と、内心自分に言い聞かせながらも口元に運ばれず、目元周辺でうろつくティーカップからいい香りのする紅茶をこぼさないようにするのに必死だった。
「む・・ほう・・」
「あら・・」
「わ・・♪」
「お、お口に合いましたか?」
太一は恐る恐るそう聞いた。先日姉から貰ったお土産のロールケーキが中多一家に振舞われているのだ。太一よりよっぽどイイもん食ってそうな家族に振舞われる庶民の食べ物の土産。正直太一は生きた心地がしない。が・・
「・・悪くない。今まで食べた事のない食感だ・・」
「ホント。おいしいわ~コレ」
「すっごく美味しいです。先輩!」
「・・。よかった・・」
―よかった。ほんっとによかった。有難う姉ちゃん・・。
「今度買ってこようかしら・・御崎さん?素敵なお土産ありがとう」
中多母は柔らかく笑った。顔はよく似ていても娘にはまだまだ真似が出来そうもない、大人びて自然な表情、口調である。
「いえ。実は・・これは僕が選んだものでなく姉が用意してくれた物なんです。初めて行くお家に手ぶらじゃあねってことで・・」
「あら・・御崎さんの所にはお姉さんがいるの?」
「はい。僕にこれを持たせてくれた一番上の姉を含めて三人、僕は三姉妹の後に生まれた末っ子なんです」
「まぁ!お姉さんが三人も!賑やかで良さそうね。いいわねぇ・・。お姉さんとは仲いいのかしら」
「・・そうですね。悪くは無いと思います。今でも時々一緒に買い物行くぐらいはするので。」
「姉弟四人で?」
「はい・・。まぁ足並みそろわない事も多いですけど」
太一の話を聞いて演技ではなく本当に羨ましそうな顔をした後、中多母は少し黙りこくった。心配そうに娘が声をかける。
「・・ママ?」
「・・。私の所も後三人生めば御崎さんのところと一緒になれるのね!紗江ちゃんの妹の女の子二人、そして最後に男の子!ねぇ貴方。ウチも頑張りましょうよ!」
「ぶっ・・・!」
流石のポーカーフェイスの中多の父も中多母の暴言にむせた。案外この夫婦、厳格そうな夫はこの跳ねっ返りの妻に苦労し、同時主導権を握られているのかもしれない。
「・・。止しなさい。お客さんの前で・・」
平静を取り戻すように中多父は眼鏡を直しつつ妻を諌めた。
「マ、ママぁ・・」
「でもひょっとしたら新しい娘よりも先に案外『孫』が来ちゃったりしてね!?うふふ♪」
楽しそうに笑う中多母を除き、他の三人には何とも気不味い空気が流れる。孫が出来る=最愛の娘はつまるところ・・・という避けられない、逃れられない方程式が中多父の中でシュミレーションされているのだ。
―マズイ!まずいぞこのヒト!勝手に喋らしとくと恐ろしい事になる!
中多父の戦闘力を増大させ続ける中多母。このドーピング薬みたいな女性の処遇に只管太一は困り果てていた。
「んっんっ!!」
改めて咳払いし、中多父は
「いい加減にしなさい。お客さんが困っているだろう。紅茶も切れたようだ・・淹れなおしてさしあげなさい。」
一家の大黒柱らしく、戯れの過ぎる妻を諌めた。
「はいはい。わかりました。御崎さん?どうだったかしら?この紅茶のお味は?もし他に飲みたい物があればお持ちしますわよ?」
「あ・・とっても美味しかったです。すっごくいい香りでした。色も凄く綺麗で。もう少し御馳走になっていいですか?」
「まぁ・・有難う。この日の為に新茶を仕入れといてよかったわ。ゆっくり堪能していってくださいな。」
中多母の気遣いに感謝する一方、「この日の為に」という言葉のワンフレーズに妙な引っかかりとプレッシャーも感じた。
―え。僕ってそんなVIP待遇なの・・?
そんな太一の複雑な感情もいざ知らず、中多母は上機嫌そうに食器を回収し、
「紗江ちゃん?ちょっとママを手伝ってくれるかしら?花瓶のお花のお水も変えたいから手を貸してほしいの」
「え?でも・・」
中多はちらりと太一を不安げに見る。口下手で上手くフォローは出来ないにせよ、せめて傍に居てあげたいといういじらしさがその所作には感じられる。
「大丈夫よ。食器を運んでほしいだけだから。すぐにここに戻ってきて大丈夫よ?」
こう言われると仕方が無い。お客人の前で「家族のお手伝いが出来る女の子」をアピールしなければならない変な意地と見栄を中多も持っていた。実際に中多家では使用人を雇っていないので何時もの事と言えば何時もの事なのだが、流石にこの場に太一だけを残しておくのは抵抗がある。
「・・。大丈夫だよ。じゃあ僕らはお留守番ですね?」
少し落ち着いた太一は中多に、そして中多父にそう笑いかけてそう言った。むしろトラブルメーカー臭い中多母が一時的にここからいなくなる事が太一にとって都合が良かったのかもしれない。
「・・。うむ。そうだな」
「先輩・・すぐに戻ってきますから」
「ううん。急がなくて大丈夫だよ」
「・・はい」
尚も不安げな顔を見せながらも中多は食器とティーポッドを抱えて一旦部屋を出た。
「・・・。本当に美味しい紅茶ですね。」
「うむ。あれの淹れる紅茶は客人には評判がいい。御崎君にも気に入ってもらえてよかった。ひょっとして紅茶に詳しいのかね?」
「いえ。全く。でも美味しいって言うのが正直な感想です」
「同感だ。私も実はからっきしでね。いざ紅茶の詳しい話などされたらどうしようかと思っていた」
「ははは」
取り残された男二人の会話はそんな和やかなムードから始まった。トラブルメーカーの中多母が去った事により、幾分この部屋の空気は和らいだ。
が。
五分後・・十分後・・。
「・・・」
「・・・」
流石に物事には限界があるなと痛感した。残っていた紅茶も飲みつくし、中多母がいた時以上の気まずい空気が流れる。五分前ほどなら「アイツは何をしているんだ・・」、「遅いですね」等という会話のキャッチボールも成立したがもはや限界だ。
―中多さん。急いで!めっちゃ急いで!!
しかしその五分前のことであった―
「う・・」
どさ。
「紗江ちゃん?暫くの間眠っていてね・・?」
金持ちの嗜みとして護身術を身につけている中多母は隙だらけの娘に一撃をくわえた。
失敗した。母を信用するんじゃなかった。そんな思いが娘の薄れゆく意識の中で浮かぶ。
―せん・・ぱい。すみません・・。
バトル漫画の「援護にはいけそうにない・・すまん」的な台詞をのこして中多娘は意識を失う。
「・・。さぁて・・あっちはどうなってるかしら?ふふふ・・じ~っくり時間をかけて、心をこめてお茶を淹れないとね・・。電気ポッドで淹れたぬる不味いお茶なんて大切なお客様にだせないですもの・・おほほほ」
中多母はそういって薬缶にかけたコンロの火を最弱にした。・・あの場に居無かろうと中多母は中多母だった。何処に居ようとトラブルと面倒事は残す。それも解っている上での事だから質が悪い。
再び応接間。
―限っっっ界だ!!何か!何か無いか!・・あ!
「・・・。あ・・そういえばゲームなさるんですよね?」
「・・む。ひょっとして君もするのかね?」
「はい・・その今おじさんがされていたのもやった事があります。家庭版がまだ出てないはずなんでびっくりしましたけど。開発段階の試作品ですか・・?」
「うむ。そうだ」
「やっぱり。すごいや・・」
「・・やってみるかね?是非経験者には試してもらいたいと言っていたからこちらとしても意見を聞かせてもらいたいのだが」
「いいんですか!?・・あ。でも僕格闘ゲームはコントローラーでしたこと無いんですけど・・」
「心配無い」
そう言って中多父はテレビのラックの両開きの扉を開くとそこには各社の家庭用の格闘ゲーム用のスティックタイプのコントローラーが所狭しと並んでいた。
「・・・」
―すげぇ。
何にしろ太一は有り難かった。共通の話題も無い状態でこれ以上の時間を共に過ごすのは限界である。なら少しのとっかかりがあれば容赦なくそこに乗るしかない。
「じゃあ・・これをお借りします」
「よし。じゃあやってみよう」
心なしか中多父の声のトーンが上がった気がした。彼も心の荷が下りたと同時に相当な「好き物」なのだろう。そこには純粋に、意外な共通の趣味の遊び相手を見つけた少年のような感情が見え隠れした。それが少し太一には嬉しかった。中多父の存在が少し身近に感じた瞬間だった。
―強い。
一朝一夕でなれる強さじゃない。通常のコントローラーでここまで出来るのかと感心する。そして相当対戦相手に飢えていたのだろう。結構に容赦ない連携を仕掛けてくる。設定された難易度のコンピューターの敵ではいなせまい。
その中多父の操作を見ていると何故か太一は懐かしく感じた。
基本的に男友達がいなかった彼は対戦格闘をする共通の友人もいなかった。かといって見知らぬ人間と格闘ゲームを通信台でするのも気が引ける気の弱さもあって専ら乱入の無い練習台で遊んでいた。
しかし高二になって一年のクラスメイトである梅原の紹介で幾人もの友達が出来、その中には彼が遊んでいた格闘ゲームに通じている人間も多くおり、特に梅原、国枝、源、そして何故か棚町薫は文句なしに強かった。
コンピューターを相手にしていては絶対に出来ない駆け引きが出来、そして勝利した時の快感、負けた時の悔しさもコンピューターの比ではなかった。
要するにゲームの総合的な「楽しさ」は一人でやる比では無かった。
友人達は彼の一人遊びで培った執拗な攻撃に「楽しそうに攻めてくるな」と苦笑いしてくれた。実際に楽しかったのだ。コンピューターではいなしきれない彼の攻撃を学習し、いなして反撃してくる彼らを上回るために工夫をすることが尚も楽しかった。
そんな経験をしてきた太一には今の中多父の気持ちがほんの少しだけ解った。
そして自分の実力の方がまだまだ上だと言う事も。
「・・・。む!」
「あ。スキありです」
不用意な相手の飛び道具を起点に劣勢を一気に跳ね返して太一は一息ついた。
「強いな・・君は」
「いえ。友達に僕より強い子がいるんですよ。今の攻め方もその子に教えてもらったんです」
まさかその子が女の子である棚町薫とは中多父も思うまいて。
数戦して太一が思う所はどうやら中多父は劣勢か均衡状態にたたされると信用性の高い、判定の強い技を無意識に頼る傾向にあるようだ。しかし攻め手が解っていれば太一側としては対処しやすい。
信用性が高い技とは言え、万能な技は中々存在しない。出すと解っているその技のスキを突く事は決して難しくは無いのだ。ほんの少しフェイントを混ぜれば自然と頼る傾向のある技を乱発する。対人戦に慣れてない証拠である。おまけに―
「・・。その技・・アーケードのものより性能が悪くなってますね」
中多父が乱発するとある技を何度か受けてみて太一はそう確信した。
「ほう」
「流石に強すぎたと判断したんでしょうね。目に見えて調整されてます」
「・・成程。攻略本には「万能」「乱発してもリスクは少ない」と書かれていたのだがな」
「アーケードを元にした出版物ですからね」
「ふむ・・では家庭版とは別のキャラクターと考えた方がいいワケだ・・」
「もともとそのキャラ強すぎましたから。良い調整だと思います」
「そうか。伝えておこう」
「・・紗江・・娘をどう思うかね・・?」
「え!?」
「スキあり・・」
「え!?あら・・」
「ふふん。油断はいけないな?」
「やられた・・」
中多父の唐突な質問に面を喰らった太一が画面から一瞬目を離したスキにごっそりと体力を持って行き、久しぶりに中多父が勝利した。
「ひどい・・」
「・・。最近娘は学校でどうしている?元気にやっているかね?」
「え・・。」
画面を見、次の対戦プレイキャラクターを選びながらも中多父はそう言った。
「そうですね。僕の見た限りではお元気にされてると思いますよ」
「そうだな。私もそう思う」
「・・。いい女の子の友達がクラスに居るみたいです。僕もほんの少しその子達を知っているんですけど・・本当にいい子達ですよ」
その点は嘘偽りなかった。殆どその子達を知る彼の友人達、または中多本人から伝え聞いた話だがそれを聞いただけでも中多の交友関係は良好である様に思えた。また太一の友人でもある棚町 薫も普段自分達と関わる時とは違い、とても親切で優しい姉のように彼女に接していた。もともと一人っ子である棚町は昔から兄弟姉妹の居る家庭が少し羨ましかったのもあるらしい。
「・・最近君に紹介された君の友達の男の子と沢山お話ししたとも言っていた・・」
―うわ。あのアホみたいな教官ごっこの話をしちゃったんだ・・。それはちょっと困るよ中多さん!
どこまでこの父親に話したのだろうか?
もし梅原のセクハラまがいの講習を暴露されていたとしたら、最悪の場合太一と梅原は社会的に殺される可能性がある。
「『最初は怖かったけど、話してみるととても親切な方たちだった』そうだ・・」
「そ、そうですか」
―どっちともとれるなぁ・・その台詞。怖いなぁ怖いなぁ。
「今日君を見た限りではどうやら信用できる子達の様だな」
「あ・・有難うございます・・。・・はい。僕もそう思います。」
意外に嬉しい言葉が中多父の口から出た事に太一は感動した。「自分」を見てその友人達が信用できると判断してくれた事も嬉しいが、心底その友人達をいい友人だと思っている太一にとって純粋に友達を評価してくれた事もまた嬉しかった。
そう。彼らは太一にとって初めてまともに出来た同性の友人達なのだ。それ故に太一の彼らに対する想いは人一倍強い物がある。
「娘が小、中。そして高校の前期まで一貫して女子校に通っていた事は知っているかね?」
「あ、本人から聞きました」
実は早耳で事情通の同級生から聞いたとは言えない。
「そうか。なら話が早い・・。娘はおっとりした真面目が取り柄な子だからね、正直な話いきなり共学の学校に入って上手くやれるか心配で仕方なかったのだ。ま。未だにその不安は完全に払拭できてはいないがね。だが今日君に会って、話を聞いて少し安心したよ」
「あの・・聞いていいでしょうか?」
「何かね?」
「あの・・今回共学の吉備東に転校したのは何故・・?」
「・・・」
「あ。すいません。差し出がましい事を聞いて。でも・・電車通学をさせるなら吉備東よりここから近い女子校があったんじゃないかと思って・・」
「・・共学の学校に転入させたのは私ではなく妻の方でな。私は最後まで反対したのだが・・」
『いつまでも紗江が男の子を苦手じゃ困ります!私は絶対に吉備東に転校させますからね!もしそれでも反対するならこの離婚届に判を押して下さいまし!私。紗江を連れて出て行きます!!』
ビシィッ!!
「・・だそうだ。私も流石に折れるしかなかった。ビジネスの場でもあれ程の進退きわまる状況は体験したことが無かったよ・・」
「・・・」
―・・マジで尻にしかれているな?中多父。
中多 紗江が吉備東高校に転校当初、常々不安な顔で毎朝登校していく娘の紗江を中多父はこっそりと車で尾行していたものだった。ある日、妻の紗希にその行為がバレ、愛車を彼女の自転車で追突されたりもした。
それでも懲りずに彼は日を変え、車を変え、策を変え、何度も娘の登校風景を見るたびに気付く事がある。
最初の時は俯き加減で不安そうに眉をしかめていた娘の表情が日増しに前を向き、踏み出す歩幅も足取りも日に日にしっかりしていった事だ。
まるで脅えた小動物の耳の様に下がったお下げの髪も徐々に彼女の足取りに感化され、元気に揺れるようになった。
娘が自宅から駅に着くまでのほんのわずかな時間、そんな僅かな時間でも娘の成長を感じ取ることが出来ることに喜びと寂しさを感じる中多父の日課は今も続いている。
・・車の修理費がかさむのが痛いが。
「貴方・・過保護もいい加減にして下さいな」
高級車を妻の高級ロードバイクで追突される日課も未だ続いている。双方の安くない修理費はオカマされている側の中多父が百ゼロの完全負担である。
それでも彼は懲りない。
だって娘が大好きだから。
「娘は今とても楽しそうに学校に行けている。これは確かだ。お礼を言わせてほしい。・・有難う」
「いえ、そんな。僕よりよくしてくれている子はきっといますよ。そもそも僕は学年が違いますし。それに・・中多さんは元々しっかりしている女の子だと思います」
「・・・」
「確かに気が弱くて大人しい・・優しい女の子だと思います。口下手でアガリ症で、でもちゃんと自分で考えて自分がどうしたいかを伝える、伝えなきゃならない事はちゃんと伝えてくれます。だからこそ周りにいい友達が集まるんだと思いますし、応援したくなるんです」
太一は知っている。彼女がこの今目の前に居る彼女の父親の為に奮戦している事を。自分の弱さと向き合い、克服しようと努力している事を。そしてその結果が如実に出始めている事を。
残念ながらそれを今、目の前に居る中多父に詳しく伝える事が太一には出来ない。
当の本人に口止めされている状況であるからだ。
―きっと中多さんが今必死でおじさんのために努力している事を言ったらどうなるかな?泣いて喜ぶんじゃないかな?
太一はそう思う。
その姿を想像すると太一は笑いを禁じえなかった。
「だから・・きっと大丈夫です。」
「・・成程。娘が今までにない表情をしている訳だ」
「はい?」
「御崎 太一君と言ったね・・良ければこれからも娘と仲良くしてやってくれ。君の友人達と一緒にね」
「・・はい!」
「・・・。ところで一つ君に言いたい事があるのだが・・」
「言いたい事ですか?僕に?」
「言おうか言わまいか迷っていたのだが・・今日の君を見て決心がついたよ」
「何でしょうか?何か頼みたい事ですか?僕に出来る事なら・・」
「そういう訳ではないのだが・・うむ・・」
そう言って中多父は少し黙りこくった。考え込んでいるように見えた。
「・・おじさん?」
「・・くぅう・・ダメだ!やっぱり我慢できん!!!」
「えっ?」
「俺はお前がだいっ嫌いだ!!!娘に近付くな!!!コンチクショー!!!!」
「ええええええっ!!!????」
時間は戻り、現在―御崎家
「・・だってさ・・・」
泣きそうな弟の話を一言一句聞き逃さず、うんうんと頷きながら一子は事情を綺麗に飲み込んだ。
「・・・。う、う~ん・・・太一・・?よく聞いて、ね?」
「・・・何?」
「それ・・きっと気に入られたのよ。太一が。その子のお父さんに」
「え・・・。ウソ。だって『近付くな』って言われたんだよ・・・?」
「『気に入った』からこそ『気に入らない』ってこともあるのよ。いっそのこと胸がすくぐらい嫌いになれればいいのにって思う事もあるわ。きっとその子のお父さんにとって太一を気に入っちゃったことが嬉しい反面、憎らしくもあったのよ。娘さんの事がよっぽど大好きなのね?そのお父さん」
「・・・」
「いずれ解る日が来るわ」
―何だ。太一ったら良くやったじゃない。ま、私の自慢の弟ですものね♪
姉―一子は微笑み、ちいさな自分の弟が心なし大きくなって帰ってきた事を一抹の寂しさと共に、でも純粋に心から喜んだ。