ぐれほわSHARK・T   作:GREATWHITE

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ルートT 三十一章 歩き出せ クローバー 4

絢辻 詞が森島達三人と共に車で吉備東高校を走り去る一時間前―

 

 

「・・・。ちょっと私お手洗いに」

 

吉備東高校―図書室にて桜井 梨穂子、棚町 薫と共に勉強の続きをしていた絢辻が一息つくように腰を上げる。

 

「・・手ぇ洗いなさいよぉ~?」

 

棚町は中々根に持つタイプのようだ。くすくすと悪戯に頬杖突きながら微笑み、立ち上がった絢辻を見上げる。

 

「うん・・。ふぅい~~~私たちも一息つこうかなぁ」

 

ぐぐぐっ、と伸びをしながら棚町の向かいに座った桜井は何気なく視線だけ周囲を見回していた。

 

―・・・。うぅ・・。

 

彼女らしくない何時になく不安そうな瞳の光を宿して。

 

 

「あの男」の姿は見えない。彼女達を吉備東高校へ送り届けたのち、「暫し娘が世話になっている学校を見て回りたい」と言い残し、姿を消した。

 

 

しかし―

 

姿が見えない、気配もしないのに何故か「見られている」という感覚が抜けないのだ。この三人から一向に。そんな異常な状況に晒された流石の桜井も疲労感がぬぐえず、終始明るく振舞い続けていた彼女が珍しく弱音を吐露したような表情をしている。

 

そんな彼女の緊張をほぐす様に絢辻は立ち上がる。この場に取り敢えず絢辻さえ居なくなれば彼女らに少しの安息を与えられると判断しての絢辻の小休止の提案であった。

 

「すぐに戻ってくるわ」

 

そう言って絢辻が去ったのち―纏わりつくような「感覚」が桜井、棚町からすとんと消えた。その瞬間二人が大げさにため息をつく。

 

「桜井さぁん・・お疲れぇ」

 

「ふぐ~~まだお昼前なのに、もうなんか一日が終わったみたいな感覚ですよぉ~~」

 

ふみゅうと、机に突っ伏しながら目を×印にした桜井が棚町と向かい合う。

 

「そうね。私もクタクタ・・これで一銭も出ないんだから泣ける話よね・・」

 

「・・お腹すいたぁ」

 

「うん!これ終わったらお昼にしよっか。でも、・・その前に」

 

「うん・・。『バトンタッチ』だね」

 

 

 

 

 

 

キュッ・・

 

絢辻が入った女子トイレの中から水道の水が流れる音が消えた。同時小さな白い掌を彼女愛用のいつもの花柄のハンカチで丁寧にふき取るその様を―

 

 

「・・・」

 

 

「あの男」は見ていた。元々この男には娘以外眼中にない。茶番に付き合うのも終わりだ。

すっと音もなく背後から娘に近づく。足早に駆けていく娘の歩幅に悠々と追いつく長い足を無駄なく運ぶ。

 

―・・・わが娘ながらずいぶん耄碌したものだ。

 

ずいぶんと足の運びが遅い。

 

「常に人の前に立て。一歩先を歩け。」そう背中で教えてきたはずだ。それについてこられない相手など置いて行け。捨て置け。所詮住む世界が、格が違うのだから。

 

 

 

そう。

 

男は前を歩いていた。常に娘の前を。振り返らず。

 

 

 

 

しかしそれが今回仇になる。

 

 

「・・・?」

 

 

「娘」が振り返る。腰まである艶やかな黒い髪をなびかせて。整った顔立ち、黒く、そして―

 

 

 

 

・・・光一点の吊り上がった瞳をして。

 

 

 

 

彼の「娘」同様運動神経も良く、頭もいい。しかし「彼女」は―

 

 

 

 

「歩くのは早い方ではない」。

 

 

 

 

「―――!!!」

 

男―絢辻 孝美はほんのわずかに整った顔を歪ませる。

 

―・・やってくれるな。

 

「・・・?」

 

そんな彼を訝しがるように形の整った黒い吊り目を見開き、娘―絢辻 詞ではない少女が覗き込むように紳士の顔を覗き込む。純真無垢な美しく黒い、しかし強い意志も宿らせたような瞳だ。

 

「あのぅ・・私に、・・何か御用でしょうか?」

 

「あ・・いや失礼。人違いだったようだ。驚かせて申し訳ないね」

 

紳士はいつも通り柔らかい表情をし、全く自身の動揺の残滓を残すことなく少女に笑いかける。

 

「いえ。ふふっ・・ちょっとびっくりしちゃいました。この学校では見たことのない方だな~~って思っていたので」

 

少女はやや緊張した面持ちを崩し、胸の前で細く、白い指を絡ませて微笑んだ。

猫の瞳のように気紛れに少女の瞳がころころ変わる。彼の娘と比べるとやや幼さは残る。が、将来間違いなく美しい女性になるだろう、と紳士は確信しつつ愛好を崩す。そんな感覚が紳士の常に計算、鉄壁の時間間隔によって管理された彼の自制心、自己統制にわずかにノイズを発生させていた。

 

「あの・・」

 

「・・うん?何かな」

 

「あのぅ・・ひょっとしてどなたかをお探しだったのではないんですか・・?」

 

そんな少女の気遣いの言葉がなければ自分の目的を見失うほどに。

 

「ああ。でも・・正直どうでも良くなったかもね」

 

「え・・?」

 

「いや。君みたいな子に出会えるとは・・たまには人違いもしてみるものだね」

 

「・・ふふっ。お上手ですね。あ・・では私は用があるのでそろそろ失礼いたします。お探している人・・見つかるといいですね」

 

きっちり礼儀も弁えた動作でぺこりと頭を下げ、少女は踵を返す。その背を見送りながら紳士はこう思う。

 

 

―成程。たまには誰かの背を見送る、というのも悪くないものだな。

 

 

 

 

 

同時刻―

 

女子トイレで待機していた「彼女」に自分の愛用のハンカチを手渡し、一人トイレ内に待機して、父の追跡を撒いた絢辻は再び棚町、桜井そして用意の整った森島達と合流、正面玄関に現れたボロ軽自動車で現れたアッシー君「みっきー」こと御木本 久遠を向かい入れていた。

 

 

完全な不覚、一手遅れ。してやられた現実を前にした男に―

 

 

「・・お待たせしました」

 

 

「彼ら」の更なるもう「一手」が追い打ちをかけるように紳士の背後から指される。

 

 

―・・・全くなんで私が・・。茅ヶ崎の奴、後で覚えていろよ。

 

 

意外過ぎる人物、茅ケ崎 智也の2-Fの担任教師―多野が居た。

 

 

「では。改めて。私が吉備東高校の校内を案内させていただく多野と申します。お噂はかねがね・・・」

 

 

 

 

 

 

 

「・・・」

 

―「やはり」この教師すら「差し金」だったか。・・成程。「彼ら」を少々甘く見ていたのかもしれないな。私は。

 

「・・・?どうかされましたか。案内役がこんなむさくるしい男で申し訳ありません。何せ人が他に―」

 

「・・・いやいや。いきなり押しかけて無理を言っているのはこちらです。気にせんで下さい。ただ・・」

 

「・・ただ?」

 

「娘の担任の先生が中々綺麗な女性だとか・・お会いできなかったのが少々残念かな」

 

 

 

 

 

自分が今度治めることになる区に有り、きっとこれからの吉備東、いや、日本の未来の人材を育て、そして同時娘がお世話になっているこの学校をぜひ一度自らの目で見ておきたいと思いましてね―

 

 

先程、吉備東高校内を訪れた一行が校内廊下で「偶然」この男性教師―多野と接触した際、紳士はにこやかに笑ってこう言った。はっきり言って建前、社交辞令。そんな彼に多野はいつもの気難しいキャラを精いっぱい崩壊させ―

 

「で、では宜しければ私が校内を御案内致しましょう。あ・・申し訳ないですが、少し時間を頂けますかな?ちょっと所用を済ませてから直ぐに馳せ参じますので」

 

明らかにぎこちない語り口調であった。普段の彼を知る生徒達からすれば、特に茅ヶ崎あたりが聞けば笑い出してしまうに違いない。このぎこちなさは逆に紳士の多野に対する警戒をやや緩ませる。

 

「・・是非ともお願いしたい。あなたのような熱心な教師が娘の学校に居てくれ『た』ことはとても喜ばしい限りだ」

 

 

 

そして一時間後の現在、先ほどと違って完全に落ち着き払った目の前の男性教師を前に紳士―絢辻 孝美は不敵に笑いかける。まるで目の前に次々に現れる障害を楽しんでいるように。

 

「・・。やはり貴方のようなお忙しい方に不躾な申し出でしたでしょうか?御都合が悪ければ日を改めさせていただきますが・・?」

 

「・・いやとんでもない。これはある意味私の責務です。予定通り校内のご案内をよろしくお願いいたしますよ。多野先生?」

 

「・・・。ではこちらへ」

 

―・・。

 

全く警戒心を感じさせないこの男の柔らかい笑顔。しかし言いしれない不気味さを同時、背後に感じながら多野は歩を進める。

 

 

 

 

 

 

 

一方―

 

「全く・・いきなり呼び出されたかとおもったら・・何事かと思いましたよ」

 

「・・お帰り」

 

先程絢辻の父と接触し、彼に鮮烈な印象を残して去っていた長い黒髪の吊り目の少女が水泳部更衣室裏で座っていた「とある一人の少年」に声をかける。

少女の先ほどまでの初対面の目上の人間と接するに相応しい節度は成りを潜め、今はやや幼く悪戯で少し生意気そうな雰囲気を醸し出している。

しかし、一方で間違いなくあの男が覚えた印象通り、十二分に魅力的なまま、少女はスカートを丁寧に折り―

 

「んしょ・・」

 

彼女は水泳部更衣室裏の「いつも」の特等席に座った。

 

 

 

「お疲れ・・・いきなりヘンな頼み事してゴメンな?七咲?」

 

 

 

そんな彼女の隣に彼女の帰りを一人この場所で待っていた少年―杉内 広大が隣に腰かけた少女―七咲 逢に労いの言葉をかける。

 

「ホントです。ま。良いですケドね。・・先輩の頼みですし。それに創設祭の件で何度もお世話になった絢辻さんのお役に立てるのなら」

 

「ありがと」

 

「・・いえ。それに結構・・あの絢辻先輩と間違えてもらえるなんて光栄ですしね」

 

「ん~~~それなんだけど・・、なんかさ?・・連れの話によると七咲と絢辻さんって『雰囲気が少し似てる』・・らしいんだってさ」

 

「そうなんですか?・・意外です」

 

「実際に今日も成功したしね。それも絢辻さんのお父さん相手に・・びっくりだよ」

 

「ええ。私も正直ドキドキしました。絢辻先輩の小物とか預かって持っていたとはいえ・・でも流石にあの『先輩方』の協力なければ無理だったと思いますけど・・」

 

「・・まぁね」

 

「・・それに」

 

「・・?」

 

「『コレ』も無ければ到底無理だったでしょうね~~やっぱり?」

 

じとりと七咲は杉内をにらんでこう言った。手に持ったとある物体ー「コレ」を見せつけながら。

 

「・・・根に持つね~」

 

 

 

 

 

一時間前―茶道部部室にて―

 

 

「動くなよ~?七咲ぃ~~カツラずれちゃうからな~。・・うっし、こんなもんかぁ?・・あ・と・は・・あの絢辻さんの美しい黒髪の艶を再現しないとねぇ。・・七咲―?そこのワックス取って。後黒染めと」

 

「は、はい」

 

「あんがと」

 

 

 

「・・七咲。君の身長は絢辻さんに比べるとやはり少し低いようだな・・この厚底付きの上靴を履くのだ・・。そしてこの肩パッドを調整したブレザーも・・」

 

「は、はい。・・どうですか?」

 

「ふむ・・いい感じだ。欲を言えば背筋をもう少し伸ばせ。絢辻さんはもう少ししゃんとしているイメージがある・・」

 

「は、はい」

 

いきなり杉内に連れられ、為すがままに連れ込まれたその場所―茶道部部室で七咲は茶道部の重鎮である二人―夕月 瑠璃子と飛羽 愛歌にもみくちゃにされていた。

 

今朝―七咲はいきなり杉内から今日会って開口一番に

 

 

「頼む七咲!!絢辻さんに変装してくれ!!君しかいない!」

 

 

という突飛な要請に「はいぃ!?い、いきなりそ、そんなの無理です!!」と断ることも出来ないまま七咲は杉内に手を引かれ茶道部部室に連行―手薬煉引いて待っていた茶道部重鎮二人に引き渡される。

 

「にひひ~~りほっちから話は聞いてるよ。楽しそうじゃないか。混ぜな?さ。七咲こっちだ」

 

「大丈夫・・。痛くはしない」

 

 

数分後―

 

「これが茶道部秘伝の『絢辻 詞変身セット』だ・・。コレさえあれば君は何時でも絢辻 詞になれるのだよ七咲。すばらしいだろう?・・ふふふふ」

 

「ひ・・」

 

胡散臭いグッズを訪問販売で売りつける霊感商法販売員のごとく怪しく笑う胡散臭さ満開の飛羽を前に七咲は戦慄し後退。しかし「おっと~~逃がさないよ!?」と言いたげにいつの間にか背後に回り込んでいたもう一人―夕月によって羽交い絞めにされ、退路を断たれる。

 

「ひ、『秘伝』!?っていうか何故そんなわざわざ一般人の女子高生になるためのニッチな変装グッズが存在しているんですかぁ!?」

 

という七咲の質問に―

 

「・・来年の茶道部予算確保の為だ。もし・・この前の私たちの『おもてなし』が上首尾に働かず残念ながら絢辻さんを味方につけることが出来なければ・・誰かを絢辻さんの影武者に仕立てる必要があったのでな・・茶道部の将来のために・・」

 

「!????」

 

意味の解らない返しをされ、七咲は硬直するしかない。混乱の中、そんな「こんな事も在ろうかと」が、この世に在ってたまるかと言いたい七咲を余所に茶道部重鎮の二人の「七咲かってに改造作業」がつつがなく進み、七咲の変身は続いていく。それを―

 

―・・ウキウキ。

 

とでも言いたげに杉内は胸の前で掌合わせ、恋する乙女のように成り行きを見守っていた。・・なんとも酷い彼氏だ。しかし―

 

「あん!?いつまでアンタそこに居んの!?邪魔邪魔!でてけっつ~~の!!」

 

「・・・(キッ)」

 

夕月の一喝と飛羽の睨みに敢え無く締め出される。酷いうえに何とも役に立たない男だ。

 

 

しかし、変装を終え、まったく自信が無いまま恐る恐る茶道部部室をでた七咲が杉内と対面した瞬間の―

 

「その・・どう、で、すか?先輩」

 

「・・・!!な、七咲・・嘘みてぇ。か、可愛い・・」

 

「え・・・」

 

真っ赤な顔を片手で隠しながらぼぉっと七咲から目を逸らす杉内の反応に一気に彼女の闘争心に火が付いた。そして「こうなりゃもうヤケですな」と言わんばかりに覚悟を決める。

 

―よ、よぉ~~しっ!!

 

「さぁ誰を騙せばいいんですか!?」と言いたげに七咲はズンズン歩きだす。が―

 

「・・七咲。ちょっと・・」

 

誰かがずいと七咲の肩を掴む。七咲が振り返るとそこには飛羽が神妙そうな顔をし、少し視線を泳がせていた。「なんですか。今更怖気づいたんですか?」と言って何時になく強気な七咲は彼女を見る。先ほどまでとは打って変わって自信満々の彼女を前にして飛羽は―

 

「・・いや。『完璧だ』という自負はある。髪型、肩幅、瑠璃子がセットした髪型、髪の艶・・『絢辻変身セット』がこれ以上なく機能していることは間違いない。まさしく七咲・・君が着るために生まれてきた『絢辻変装セット』だと思う。・・だが私は不覚ながらも大変なことを忘れていたようだ・・私としたことが」

 

「・・?」

 

「済まない七咲・・誠に済まない。その・・・非常に言いにくいのだがな・・」

 

「もう!飛羽先輩!?遠慮せずに言ってください!!さぁはっきりと!!」

 

ヤケ気味のせいでナチュラルハイな七咲は二つ年上の吉備東高の重鎮相手にずけずけと迫る。程なく目を逸らしていた飛羽が決心したように七咲を見据え、こう言った。

 

 

「七咲・・この胸パッドを入れるのだ・・何・・お前はまだ高1・・あと一年ある。落ち込むことはない・・」

 

「・・・」

 

掌のホットケーキ大の物体二つを申し訳なさそうに飛羽は七咲の前に差し出す。

 

重苦しい沈黙。

 

そんな中、七咲の背後で杉内、夕月の二人が悶絶していた。

 

 

 

 

 

「うぅ・・しくしく・・」

 

この一時間前の出来事を思い出すと七咲は恥ずかしくて泣けてきた。いじけて小石を川に投げこむように「コレ」―取り出した胸パッド二つをぺっぺと投げ捨て、膝を抱えてぶぅと頬を膨らます。

 

「その・・悪かったって七咲・・俺も夕月先輩もその、反省してるからさ」

 

「ふん!」

 

そんな隣の七咲に対して杉内は申し訳なさそうに笑い、話題を変えることにした。

 

 

「・・それにしても・・七咲。君は凄くロングヘア―が似合うな。雰囲気がすっごい大人っぽくなって」

 

「・・ふん。そうですね。どうせ私は今まで子供っぽかったですよ。絢辻さんと比べたら。胸もないですしね」

 

本当に案外根に持つタイプである。

 

「んなこと言ってないって・・」

 

思ったより話題を転換できてない事に杉内は頭をがりがり掻いた。

 

 

「・・逢」

 

「・・」

 

「・・おいで?」

 

―・・・少しずるいけど仕方がない、か。

 

 

プーは最後まで決して杉内の下に来たことはなかった。しかし彼女は別だ。

 

「・・・」

 

無言のままずりずりとおしりを滑らせ、杉内の懐にむくれた時の姿勢のまま、すっぽりと小柄な少女は収まる。そんな彼女の頭にちょこんと顎を乗せ、杉内は深く息を吸う。いつもの七咲は決して使わない艶出しのための整髪料の香りがツーンと鼻をつく。

 

「・・何か今日の逢はいつもと違う香りがする」

 

「いつもの方が良いです、か・・?カツラそろそろとりましょうか」

 

「・・ううん。せっかくだしこのままで。ロングの逢なんてそうそうお目にかかれないだろうし♪」

 

「・・杉内先輩は長い髪の女の子の方が好みですか?塚原先輩も・・そうでしたし」

 

「え・・!?そういうわけじゃねっと思うけど・・」

 

「・・・。もしそうならはっきり言ってくださいね?髪・・私伸ばしますから・・先輩が・・望むなら」

 

「・・え?」

 

 

「ふふっ・・私、・・先輩の為なら何でもしますよ?何でも言ってください。常に先輩を見て、監視して・・捕まえて見せますから」

 

 

「・・・」

 

「ふふふっ・・♪私、結構束縛するタイプみたいです♪」

 

 

いつもと異なる長い、ぱっつんの前髪から除くいつもの光一点の吊り目―それが横目で悪戯に杉内を射抜く。

 

 

 

―・・・。タイム・・集合。

 

 

杉内の中で緊急脳内会議が始まる。今日のお題は

 

「今日の長い髪の七咲が可愛すぎる件に対する緊急対策」について。

 

脳内数十人の杉内 広大が議論を開始。

 

しかし残念ながらどうやら議論にならない。

 

 

―無抵抗で。

 

―無条件降伏で。

 

―異議なし。

 

―降伏で。

 

―降伏。

 

―降伏で。

 

 

―・・・・幸福で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

歩き出せ クローバー 4

 

 

 

 




同時刻―

絢辻は協力者達の残る吉備東高校をずっと車窓から眺めていた。そして同時気づいてもいた。

・・「この」纏わりつくような視線に。

校舎の渡り廊下。

かつてここを渡ったあの時、人体模型を抱えた少女―伊藤 香苗と校門前で有人が彼の兄の恋人と話している姿を目撃した日、つまり盛大な勘違いをしたあの日彼女が居たあの場所。そこに―


「あの男」・・父が居ることを。


後部座席の窓から見える渡り廊下―多野に案内され、彼の一歩後ろに続くあの男の視線は今―


―・・・。


確実に絢辻を射抜いていた。



どこにいようと。

何をしていようと。

あの男は彼女を見ている。














その三十分後のことであった―


有人の入院する吉備東病院に国枝、そして梅原宛に一本の電話が入る。
その電話の相手は御木本 久遠の車に森島 はるか、そして絢辻と共に同乗していた少年
―橘 純一からの連絡であった。

「予定通り絢辻は吉備東高校を出ることが出来た」と棚町、桜井から連絡があったにも関わらず、未だ一向に病院に現れる気配がない四人の少年少女の一人から電話が来た―

すなわち何らかの予定外のトラブルが発生したとしか考えられない、という結論に行きつく。

「便りがないのはいい便り。便りがあるのは・・」

そんな使い古されたことわざを裏付けるように橘は電話下で国枝達に申し訳なさそうにこう言った。


『・・・ごめん。暫くの間、動けそうにない』




『警察に捕まっちゃったんだ・・僕らの車・・』










12月27日―

時刻は奇しくも12時27分。

彼らの歩み、快進撃はまるで子供が大人に


「ご飯よ。いい加減降りていらっしゃい」


とでも言われて水を差された児戯、おままごとの如くぱったりと時を止めた。













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