ぐれほわSHARK・T   作:GREATWHITE

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一時間前、吉備東高校二階女子トイレにて―


「・・・」


絢辻は瞳をきょとんと丸くし、鏡に映りながらも全く自分の意に沿わない、違う動きをする奇妙な自分を見るような不思議な感覚に包まれていた。


「・・?絢辻先輩?どうかなさいましたか?」


「・・あ。ご、ごめんなさい。・・・七咲さん」

目の前の少女―七咲 逢が顔を上げ、絢辻の顔を怪訝そうにのぞき込む。すると絢辻を包み込んでいたその不思議な感覚はすぐに立ち消えた。
「シルエット」こそ確かに自分に見事に寄せている。が、やはり顔が、そして表情が視界に入るとちゃんと「自分とは全く異なる別人である」と今更ながら実感が湧いてくる。

「じゃあ・・ハンカチお預かりしますね?あ!ちゃんと洗ってお返ししますから」

「いいのよ気にしないで。・・むしろ突然こんなヘンなことを頼むことになってごめんなさい。びっくりしたでしょ?」

「ええ。まぁ」

少女―七咲は謝る絢辻に対して少し悪戯に目線を逸らし、キッパリそう言った。

「・・・あ、はは。はっきり言うのね・・」

そのあまりにはっきりとした返答に申し訳なさそうに苦笑いする絢辻の表情をちらりと横目で見、七咲はクスリと笑う。「もうこれぐらいでいいかな」と、言いたげに。
まぁ彼女が「この姿」になるまで「多々」あったのだ。絢辻には悪いがこれくらい嫌味を言っても罰は当たらないだろう。

「ふふっ。冗談ですよっ。私。こう見えて今、結構楽しんでいるんですよ?こんなにサラサラのロングヘア―にしてみたいな~って憧れていた時期もありますしね。・・ま。生まれつきの髪質と大好きな水泳をする為にはやっぱり無理かな~って諦めてはいましたけど」

「そうだったの・・」

「でも・・ふふっ♪まさかこんないきなり思いがけず夢が叶うなんて・・素敵な体験です」

少し上機嫌そうにころころ笑い、七咲はぎこちなく髪をふぁさりと掃う動作をする。どうやら冗談やごまかしの類ではなく本当に彼女なりにこの状況を楽しめているらしい。その姿は普段の「絢辻にとっての七咲 逢」という少女の印象と少々異なる印象を覚えた。

―・・。七咲さん少し・・変わったかしら?気のせいなのかもしれないけれど。

が―

「・・。さて。絢辻先輩そろそろ。あんまり時間無いんでしょう?」

七咲は一転、表情を引き締め、アスリートらしく心根を入れ替える。幸いここは女子トイレだ。入口からは完全な死角。付け焼きとはいえ七咲に絢辻の歩き方、姿勢、仕草などの指南もある程度行える。ただしあまり時間はかけられない。が―

「うん・・もう少し背筋を伸ばして?・・うん。いい感じよ?七咲さん」

「ホントですか」

「歩き方って人の第一印象を良い風に変える場合が多いから・・よかったら覚えておいてくれると嬉しいかな・・あ、顎は少し引いて」

「はい!」

覚えの良い七咲はすぐに及第点と言えるレベルに達してくれた。

そもそも「普段の自分の姿を他人に真似てもらう」という普通の人ならどこか伝えるには抵抗と独特の難しさのありそうな行為である。が、絢辻にとっては常日頃から自分の仕草、姿勢、振る舞いを他人視点から見て適宜調整するというのが日常であったため、思いの外その伝達作業が滞りなく進むという背景もあった。人生何が役に立つか分からないものである。

―・・・。

七咲の上達ぶりを目で見送ったのち、少し複雑そうな顔で笑う絢辻に―

「・・先輩?」

「・・!あ。ごめんなさい」

「いえ。・・私、そろそろ行きますね?上手くいくかは解りませんけど・・やってみます」

「・・・うん。お願い」

やや緊張した面持ちの七咲を前にして絢辻もまた緊張を隠せずゆっくりと頷く。いくら見た目、雰囲気を真似ても本当に「あの男」を騙すことが出来るのかは正直微妙なところだ
。しかしやるしかない。

七咲が先行。絢辻がその後ろ入り口付近で様子見、待機の形。よって絢辻から背を向けた七咲の表情が見えなくなり、再び自分とそっくりな後姿をした七咲の姿が絢辻の視界に映る。

―・・・。

まるで見失った、自分の中に居るかつての「あの子」の姿を見ているみたいだった。

気丈で、自信たっぷりで、少し横柄で傲慢さも垣間見える立ち姿。反面、人情脆くて、繊細で涙脆い。そんな感情豊かな後ろ姿。

しかし、「今の彼女」が最後に見たのは全てから背を向け、目を背けて塞ぎ込み、蹲ったあの日の「あの子」の姿だ。それが今の彼女の現実。
今の目の前にあるかつての自分の姿と重ねた背中は所詮幻だ。今日だけの。すぐにはかなく消えてしまう。

絢辻に残されているのは結局のところ、今の自分―ただ一人だけなのだ。

―・・・。

不安になる。弱気になる。そんな彼女に―


「絢辻先輩」


かつての「あの子」の姿をした後姿から全く異なる声色が発せられる。はっと目が覚めたように絢辻はその背中に目を凝らした。

「行きますよ。頑張ってくださいね?応援しています。・・心から。

・・・いってらっしゃい」

そこには横目でちらりと振り返り、自信気に微笑んだ吊り目の少女―七咲が居た。

―・・強いのね。

彼女の尊敬する三年生の先輩―塚原 響の普段からの言いつけ通り、既に彼女は程よい緊張感を既に自分の力に変換していた。

幻などではない。確かに居る。例え「あの子」ではなくとも今目の前に、そして今から自分が向かう先には多くの人が居る。支えがある。一人ではない。

そしてその先には―「あの人」が居る。

「・・・」

絢辻もまた歩き出す。


見事に七咲の背中に喰いついた「あの男」の背に背を向け、全く正反対の道を行く。二年間通って歩きなれた学校の階段を駆け降りて。





しかしその一時間後の現在、吉備東病院メインエントランス前VIP専用駐車場にて―




皮肉にも互いに背を向けたはずの「あの男」と絢辻は向かいあっていた。最早退路はない。絢辻は無言のまま車を降り、

「・・。有難うございました。そして迷惑をおかけしました。・・先輩方、・・橘くん」

そう言った彼女に同乗している他の三人もかける言葉が見つからず見送るほかない。


―何も言う必要はないよ。ただ車に乗ればいい。さぁ・・詞?

そう言いたげに紳士はちらりと僅かに視線を愛車に向けたのち、次に牽制の如く絢辻の背後でオンボロの軽自動車内にて固まっている他の同乗者を一瞥。完全に彼らの動きを封じる。

「・・」

広い病院の駐車場で、ポツンと一人完全に孤立した絢辻はふらふらと覚束ない足取りで「あの男」の元へ歩き出した。その所作を確認し、相も変わらず紳士は無言のまま流麗な動作で後部座席のドアを半分ほどカチャリと開ける。抜け殻になった娘を抵抗なくその中に吸い込ませるために。


彼女が車に乗った瞬間すべては振り出し・・否、すべて終わりだ。深い深い虚の如くの黒塗りの高級車のドアはぽっかりと口を開けたまま、絢辻を呑み込もうとしていた。


―・・そう。いい子だ。詞。

・・うん。そうだな。・・詞?君がこの車に乗った瞬間ご褒美として―



本当に。本当に久しぶりに君に微笑んであげよう。




うん。それがいい。「縁だけ」にはずるいからね?



これは絢辻にとってこれ以上ない扉の「鍵」になる。もう二度と外に出られない、そして外からも誰にも開けることのできない堅牢な牢獄の「鍵」の完成だ。

それに百も承知でありながら歩く他ない絢辻。まさしくクローバーの花言葉通りだ。



「私のものになれ」。



―元々その為に詞・・。君は生まれたんだよ?

それが少々遅れただけの事。それだけの事。所詮「結果」、「答え」は変わらないものさ。例え君が私に反発しようと、遠回りしようともそれは結局いずれ私の下に来る君のその歩みの一つだったんだよ。私の下に来る君の歩みは止まることは決してないんだ。


さぁおいで―


・・詞。



最早その場に居た誰もが「結果」を疑わなかった。「あの男」が描いた「答え」―筋書き通りの光景が目の前に展開されることに。



が―




「――!!!!!」




突然。絢辻がその歩みを止めた。ふらついた足で躓いた上体がぐらりとぶれるぐらいの急激な制止であった。そして同時大きな瞳を目いっぱいに見開いていた。さっきまでの人形のような姿とは異なり、大きな情動が彼女の中で駆け巡っていることが一目でわかる―そんな表情だ。

「・・・?」

紳士もまた怪訝に人懐っこそうに瞳を丸めた。本当に久しぶりに娘の為に「用意」し、待ち構えていた彼の笑顔の残滓が張り付いてしまったみたいに幼く、無垢な表情をして。

しかしその表情が急に立ち止まった今の娘の目線の先を見やると、ほんのわずかに強張る。


―・・おっと。・・これはしまったな。



・・来ていた、のか。



紳士、そして絢辻の親娘の視線の先には―



「・・・・はぁっ、はっ、はっ」



そこには息を切らしながら慣れない松葉杖をつき、上体を隣に居る親友―国枝 直衛に支えてもらいながらようやく立っている少年―源 有人の姿があった。そして彼は開口一番―


「・・ありがとう!」


こう言った。

その言葉を贈るべき相手が全員はこの場所には居ない。でも言わずにはいられない。

永遠の虚の直前にて二人は



―再会。










ルートT 三十一章 歩き出せ クローバー 6

 

 

 

 

 

 

―・・・何のことはない。娘はもうすぐそこだ。すこし・・遅かったな?少年。いや源君・・だったかな?隣に居るのは・・誰かは解らないが・・うん。中々面白そうな子だね。

 

そう言いたげに紳士は彼らもまた一瞥したのち、再び彼の元へ歩き出した絢辻を小さく諸手を広げて向かいいれる。

 

数秒前―有人の登場に絢辻は一旦一瞬こそ激しく反応したものの、次の―

 

「詞!」

 

怒気も焦燥も無い、ただ淡々とした紳士の一言が揺らぎかけた娘の歩みを再び車に向かわせ、現在―

 

「・・よく来たね。さぁ。乗りなさい」

 

いつの間にかポンと肩に手をかけられるほどに絢辻は父親に接近していた。

 

絢辻はこの男の「娘」としてどこかで感じ取り、予期していたのかもしれない。

この車に乗った時、瞬間―この父親がかつての笑顔で自分を向かい入れてくれるつもりだということを。だからこそ機械的に、反射的に歩みを再開してしまったのだ。例えそれがこの先の自分という人間に完全に雁字搦めの、二度と解かれることはない鎖、鍵を掛ける笑顔だとしても。

 

何せ今までの彼女の人生の大半の目的は「それ」だったのだから。そんな目的に反目し、反旗を翻した「あの子」ですら根っこのところでは実は「それ」を求めていたのだから。

 

どれだけ自分を取り繕ったところで「結果」、「答え」は変わらない。求めていたものは変わらない。それは事実である。

 

 

―しかし

 

 

「答え」「結果」は確かに一緒だった。今も、そして「かつて」も。

 

今回の絢辻の逃走劇もそうだ。前述べたように結局の所絢辻、そして有人たちの目的とは「有人、絢辻の再会」である。とてもシンプルな答えだ。それ故にこの男に先を越された。いやむしろ相手にすらされずに終始遊ばれた。

そう考えると実際の所、ここに至る過程など何の意味も持たなかったと言って過言ではない。答えに至るための懸命の「数式」は意味をなさず、元から「この男」にとって分かり切った、決まりきった帰結、「答え」を示すだけとなった。

 

繰り返すが「現実は所詮『数学、数式』とは違う。そもそもの「答え」が解っていれば時に過程などは必要ない」

美しい努力の証、答えに至るために必死に象った筋道―数式は必ずしも必要ではない。

 

しかしこの一見無駄に見える過程の中で「答え」こそは変わらないものの、しかし確実に変わったものがある。

 

 

この過程を、数式を「経た」絢辻自身が、だ。

 

 

 

―・・・今のアンタが絢辻さんだろうが絢辻さんじゃなかろうが関係ない。大事なのは「今のアンタ」が「どうしたいか」よ。もう隠さないで。意地はらないで。そんな中途半端な気持ちで人を好きになるんじゃ無いわよ。

 

 

 

―(歩き出そう。会いに行こう。大好きな人が大変な時ならなおさらそばに行かなきゃ)

 

 

 

―行きますよ。頑張ってくださいね?応援しています。心から。

 

・・・いってらっしゃい。

 

 

 

彼女達は彼女達できっと色んな事を乗り越えてきたのだろう。だからこそその言葉たちの裏に併せ持つ重みが彼女たちのことをほとんど何も知らない絢辻にも痛いほど理解できた。

 

それは絢辻にとって一見無駄な数式たち。変わらない答えに愚直に向かうための今日の過程達―

 

 

 

そしてもう一つ―何よりもこの数か月。・・他でもない有人と送った日々。

 

楽しい日々、失いたくない日々。様々な、今まで感じたことのない数々の情動が彼女を包みこんだ。

 

所詮いずれ喪われる。離れ離れになる―そんな決まりきった「答え」の中で彼と紡いだ日々。

 

 

つまりそれもまた同様に、とてもとても美しく、そして無駄な過程、数式。

 

 

例え在ってもすべてが終わった後には。決まりきった最後の「答え」が出てしまった後にはただ悲しいだけ、空しいだけ、切ないだけのものになるはずなのに。

 

 

けど他でもないそれによって。そんな日々を繰り返していつしか―変わったものがある。

 

ここで改めて更に繰り返すが「「現実は所詮『数学、数式』とは違う」

 

そう。その通りだ。

 

 

数学の「答え」は一つ。しかし―現実は違う。

 

 

 

「答え」は過程、数式を経て時に複数に、そして時に―

 

 

 

変わっていく。生まれていく。

 

 

 

 

 

歩き出せ。クローバー。

 

 

 

花言葉は―

 

 

 

 

「私のものになって」

 

 

 

 

 

それは奇しくも「あの子」が、そして他でもない今の絢辻、双方望んで止まない新しい彼女の大切な大切な―

 

 

 

「答え」。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バッ!!

 

 

 

「・・・む!?」

 

 

 

絢辻は肩に乗せた父の掌を強引に振り払った。その瞬間―その光景のほんの刹那の瞬間を―

 

 

「・・直。ゴメン」

 

 

「え?」

 

有人は見逃さなかった。

 

 

「え・・。・・っ!?」

 

 

彼もまた肩を支えてくれていた親友の腕を振り払い、また片腕で支えていた松葉杖も捨てた。

 

立てるわけがない。彼の体は現状他人の支え、松葉づえ若しくは車椅子でも無ければ到底歩ける状態ではない。だからこそ父の元へ向かう絢辻に歩み寄ることも出来なかった。当然支え全てを失った、捨てた彼はその場で蹲る、這いずるしかできないはずの芋虫状態だ。

 

 

上体は当然転倒へ一直線。何の変哲もない「答え」へ一直線のはずだった。

 

 

しかし―

 

 

彼ら全員で紡いだ拙い過程、数式は今ようやく実を結ぶ。

 

 

 

・・「答え」へ。

 

 

 

 

ぼすっ

 

 

 

 

 

絢辻が有人の上半身を抱き留める。有人の脇の下から背中に両手を回してしっかりと守るように。

 

「・・ありがとう」

 

「・・・!・・・。・・・(ぶんぶん)」

 

その有人の感謝の言葉に絢辻は言葉が出てこず、口を彼の肩に埋めたままふるふると首を振る。「あの」父の腕を振り払い、無我夢中のまま倒れこむ有人の傍に駆け寄った自分の行為に心底信じられないように不安そうに眉を歪め、そして・・・僅かにぶるぶると小さく震えていた。

 

そんな彼女の背中に骨折して痺れる右腕を回し、強く抑える。震えが少しでも止まるように。

 

「・・・っ!」

 

そしてそんな彼女の震えの根源―「あの男」を有人は見据える。

 

 

 

 

「・・・」

 

 

 

「あの男」の表情に特段変わった様子はなかった。怒りも戸惑いも先程ほんの暫時見せた驚きの表情もしていない。

 

・・いや―違う。

 

 

有人だけが気づいている。その男のその表情の意味を。

 

奇しくもその表情はかつて絢辻が浮かべていた「接続を断った」際の無表情の顔によく似ていた。

 

急速に己の中の処理を進めている。どうやらそれなりの「混線」をしているらしい、が「あの」絢辻の父親である。現状の処理速度は娘の比ではないだろう。

 

その証拠に男はすぐににじり寄る。だが開けた車の後部座席のドアを閉め忘れていることに珍しくこの男の精神状態に僅かながら「不快」の感情が混じっていることが容易に推察できた。

 

 

―・・悪い子だ。

 

 

詞。

 

 

 

コツ・・

 

コツ・・

 

 

「・・・っ!!」

 

そう言いたげににじり寄る背後の父親の規則正しい革靴の音に絢辻は強く目をつぶり、一層有人を抱きしめる力を強める。

 

―・・・っ。

 

正直全身打撲、重傷の体にはキツイ負荷だ。が、有人は奥歯を食いしばって弱音を吐かなかった。逆にようやく自分の下に戻ってきてくれた少女を決して離すまい、と、痺れた鈍痛の走る骨折した右手で抱きしめる。

 

「答え」は決まっているのだ。彼もまた。

 

 

ならば―

 

 

 

 

「・・・天間!」

 

 

 

 

後は「大人」もそれに応えなければならない。子供が「答え」を示した以上は。

 

「・・・!」

 

その思いがけない声にさしもの「あの男」―絢辻 孝美も再び目を見開く他なかった。

 

 

「久しぶりだな。天間。いや・・今は絢辻だったな・・・?」

 

―本当に似合わない名前だな。・・・やっぱり俺のお前のイメージは何時までも「絢辻 孝美」ではなく「天間 孝美」・・だよ。

 

新たに現れたもう一人の紳士が輪の中に加わっていく。その姿を見て国枝はほぉっと息を吐いた。

 

―ありがとう。御崎、紗江ちゃん。あとは・・よろしくお願いします。

 

 

 

 

 

「君は・・ひょっとして中多、君、か?・・これは驚いた。久しぶりだね」

 

 

一瞬の動揺をこれまた一瞬に切り裂き、噛み殺して柔和な笑みを浮かべ、絢辻 孝美は新たに場に現れた彼らの正真正銘最後の「差し金」―

 

中多 左京を迎え入れた。

 

 

「本当に久しぶりだな。丁度いい。時間あるんだろう?話していかないか?ここの病院なかなかどうして・・本格的なコーヒーを出すぞ」

 

「いや申出はありがたいが・・その、今は」

 

そう言って絢辻 孝美は周りを伺うが・・

 

 

「・・・」

 

「・・・」

 

「「「・・・」」」

 

 

背を向けた娘―絢辻を含め、その場に居た全員が彼に一斉にここから立ち去ることを要求するように視線を向ける。そして目の前の中多 左京も「彼らはこう言ってるぞ」とでも言いたげな表情で彼を見ている。

 

何とも久しぶりだ、いや、むしろ生まれて初めてかもしれない、男にとってこんな四面楚歌な状況は。

 

 

「・・む。良いよっ。君の驕りなら」

 

 

紳士は余裕の表情でクスリと苦笑し、珍しくまるで大学生みたいに幼い軽いノリをしつつポケットに手を突っ込みながら、新たに現れたかつての同級である壮年の男性―中多 左京の申し出を快く受け入れる。

 

 

 

抱き合ったままの有人と絢辻の側面を「あの男」は悠々と通り過ぎ、もはや一瞥もくれずに院内へ消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

歩き出せ クローバー 6

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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