「「あ、あの」」
「「あ」」
「「・・・」」
冬空の下、少年少女の言葉は間抜けなほどにエコーする。
12月27日午後十三時、吉備東病院屋上にて―
「「・・・」」
眼下に吉備東市内を見下ろせる場所で少年―源 有人、そして少女―絢辻 詞の二人はベンチに腰掛け、しばらく向かい合うことも、視線を合わすことなくただ静かに眼下に広がる街並みを見つめていた。
冒頭のエコーした言葉はその沈黙に耐えきれなくなった二人が双方ようやく発したきっかけの言葉であった。が、それも不運なことに絶妙のタイミングで重なってしまった結果、もう暫く重い沈黙を場は差し挟むこととなる。
ようやく再会を果たした二人の中にある「物」―まず伝えようとしていた事もまたお互いに「重なっている」ことがその沈黙の長さに拍車をかけていた。
それはお互いに対する「謝罪」だった。ほとんど全ての事、秘密を誰かに話した、もしくは聞いた事に対する謝罪だった。
「絢辻さん・・どこまで聞いた?俺の話・・」
「・・色々。貴方の許可も取らずに。・・私の事も色々聞いたみたい、だね?・・源君も」
「「・・ごめん」」
再び二人の言葉はエコーする。さらに気まずそうにお互いの表情が曇る。視線は相変わらず合わせにくい。しかし少しののち―有人は冬の空を見上げ、思いっきりため息をついて恥ずかしそうに笑ってこう愚痴った。
「・・直のおしゃべり」
「・・源君のおしゃべり」
御崎のおしゃべり、中多のおしゃべり。
おしゃべり、おしゃべり、おしゃべり。
全く自分たちの周りはお節介やきだらけだ。でもそんな彼らがここまで自分たちを導いてくれた。だからこそ肝心の自分たちが何時までたってもこんな実りのない沈黙を続けていても仕方ない―
「・・・」
ようやく有人と絢辻は視線を合わす。もう少女の瞳には先程父の手を振り払った直後の動揺、ぶれ、迷いは感じられない。ずいぶん落ち着いた様子だ。・・あの男からの視線も現在絢辻は感じられない。先ほど現れた中多 紗江の父―中多 左京が彼を抑えているのだろう。
まさかあの姉―絢辻 縁にあんな頼もしい知り合いが居たとは思いもしなかった。その点はあの、・・決して彼女にとって「嫌い」では無いにしろ昔から苦手で煙たかった姉に感謝するべきだろうかと、絢辻は瞳を逸らして恥ずかしそうに笑う。
「お互い・・何も話してなかったんだね。・・俺たち。短い間だけどあんなに一緒に居たのに」
「そうね。『あの子』も私も・・忙しさを言い訳にしてた。『何時か言おう』、『いつか伝えよう』、って思いながら結局最後に、クリスマスの日まで後回しにしちゃったら・・こうなっちゃった・・」
人生ってわからないものよね―そう言いたげに絢辻は苦々し気に微笑みながら視線を落とす。やはり今の彼女にとって例え望んでいたとしても、今の有人の目の前に「自分が居るべきではないのでないか」という疑念、感情は消えない。拭えない。
例えあの日、直接の過失はなくとも今の自分がこうなってしまった事は有人が原因―その証拠みたいなものが今の絢辻自身であることも確かなのだから。
本来ならば「予定通り」いなくなるべき、このまま彼にとって自分自身が神様の全くの偶然、気紛れな悪戯によって存在した奇妙な存在、取るに足らない時間、事象としてフェードアウトしていくのが理想であった。
でも今日来てしまった。周りに流されるまま、しかし一方で彼女自身も同時、確固たる目的を持って。
しかし―
一方でまだ、有人が何の目的で自分をここに呼んだのかは実は絢辻にはまだ判然としていないのもまた事実。勢いのまま彼の下へ、胸に飛び込んだのはいいにしろ、・・この先は?
・・どこへどうなるのか。
もし・・ここに自分を呼んだのは有人がただちゃんとした「別れ」を告げたいだけだったとしたら―?
―どこへ行っても君を忘れない、また会おうね。
そんな当たり障りのない、響きだけいい、美しい去り際、同時残酷な終わり際だけをせめて飾り、絢辻に突き付けようとしただけだったとしたら―?
すなわち「さよならの形」だけを取り繕うものだけだったとしたら―?
―・・結局・・私はまた「あの人」の下へと逆戻り・・?あの暗い、黒い車の中へ?
その最悪の想像に絢辻の視線はグルグル回りだす。不安に押しつぶされそうな頭を抱えたくなる。
先程あの男の手を振り切った直後の自分―あの時一瞬とはいえ絢辻は完全に「孤立」した、頼る瀬を完全に失った時間だった。
「あの子」―つまり自分も。あの男も。そして有人もいない。完全なる「孤立」の瞬間。
それは宇宙空間で防護服、酸素マスクなどすべてを投げ捨て裸で放り出されたようなもの。その瞬間の背筋が凍り付く程の不安、恐怖は耐え難い。
「頼る瀬が欲しい、このままでは一瞬で自分が壊れてしまう」―そんな極限の不安から逃れられる都合のいい場所―それが倒れこんできた有人の胸に飛び込むことだったのではないか―?とすら疑ってしまう自分が居た。
しかし―今からの有人の言葉如何では再び絢辻はあの空間へ投げ出されることになる。思い出すだけで怖気を覚えるあの空間へ。
そして次に戻る他ない場所は・・結局あの男の下だ。一度は振り払ったあの男の手をもう一度取りに行くことになる。
あの時、絢辻は振り払った直後のあの男の顔を見ていない。しかし解っていた。背中で感じ取っていた。
―詞・・悪い子だ。
間違いなく背後で自分を見るあの男の感情に僅かながらも「不快」の類が混ざっていたことを。あの男は傍目には変わらないかもしれないが、「終始、問答無用で自分に付き従った者」と「一度は自分を裏切った者」を分け隔てなく同じように扱う男ではない。
それはある意味「選ぶ側」の当然の権利でもある。しかし相手はあくまで「あの男」だ。増して自分は「あの男」の娘である。例え今まで通り直接的な暴力、暴言などあの男は絶対にしないとしても・・
怖い。・・怖い。これではうっかり言葉など出るものではない。
選んだ自分の行きつく先、戻る場所、帰る場所はどこなのか、この先どこへどう行けばいいのか―
―――!!!怖い!
拓けた見晴らしのいい、吉備東の街並みが一望できる広い病院の屋上でまるで緊縛の牢獄の鎖に縛られたように絢辻は固く瞳を閉じ、有人の次の一言を待つ。
しかしその言葉は一向に耳に届くことなく、替わりに―
―・・・?
絢辻の深く閉じた瞳に瞼の裏からでも差し込んでいた太陽の光が雲の影にでも隠れたのだろうか、元々真っ黒だった視界が絢辻の瞼の裏でさらに黒く濁る。絢辻の不安をさらにどす黒く塗り固めるみたいに。
しかし―
―あれ・・?
その「影」、その「陰り」は何故か絢辻の瞼の裏で今心許なくゆらゆら、ぐらぐらとぶれていた。
「・・・?」
絢辻は固く閉じた瞳を不安そうに薄く開き、おずおずと視線をあげる。そこには―
「・・・っ!・・・・ぐっ!」
「え・・・」
まるで今の「彼」の揺らいでいる、しかしその中でも必死で立て直そうと、堪えようと、・・支えようとしている「彼」の心を表す様な震え、ぶれる黒い影が―絢辻の前で太陽を遮っていた。
全身にヒビが入るような痛みをこらえ、足を震わせ、奥歯をぎりぎりと喰いしばり、脂汗をたらしながら。
「影」はそこに「何かが在る」からこそ生まれるもの。実体無き者に所詮「影」は作れない。
彼―源 有人はここに居る。そこに在る。絢辻 詞という少女の目の前に。
結論の変わらないただ響きだけのいい言葉も、綺麗な別れを望む笑顔も無い。ただ今の、そしてこれから続くであろう鈍痛、激痛をこらえ、歯を喰いしばった痛々しく、恥も外聞も飾りもないがむしゃらな顔―しかし目の前の困難を乗り越えていく、また乗り越えようとしている際の必死な人間の顔はえてして―こういうものである。
「み、みなもとく、ん!?」
「なんて無茶を!!」と言いたげに眉を顰め、思わずベンチから身を乗り出し、また彼に駆け寄ろうとする絢辻を有人は
――!!!
バッと包帯とギブスの巻かれた右手の掌を見せ、絢辻を制す。「大丈夫!!もう立てたから!!」とでも言いたげに。そんな目の前の有人を「そ、そんな問題じゃないでしょ~」とでも言いたげに眉を歪めたまま、有人の制止の手をどうにか突破して前に出ようとする絢辻。
・・優しい少女だ。何時の間にか自分をさっきまで黒く覆っていた不安、恐怖を忘れて今は誰よりも有人の体を心配しているのだから。それはきっと今の絢辻も、彼女の言う「あの子」であっても大差ないだろう。
―ちょっと!!無理しないのそんな体でっ!!アナタ馬鹿なの!?
例えこんな風に今の彼女と「あの子」ではかける言葉、選ぶ言葉は少々違っても結局のところの本質の彼女は変わらない。
彼女は現に「ここに居る」のだから。有人の目の前に。
「・・絢辻さん。どこにも行かないで。俺の傍に居て。
・・・・俺のものになって」
いつもの様にニコリとも、柔らかく笑って誤魔化すこともなく少年―源 有人は真顔でそう言い切った。
「・・・・!!」
思いがけない目の前の有人の言葉に思いっきり瞳を見開いて絢辻は暫時、呆けることしかできなかったものの、ようやくその言葉を自分にしみこませ、軽く「はあっ」と、呼吸を吐き、心根と波打つ心臓、それを瞳を閉じ左手で押さえつけて無理やり落ち着けたのち、薄く瞳を開いて、上目遣いで言葉を紡ぐ。
「・・・ありがとう源君。嬉しい。とっても嬉しい」
そう言いながらも彼女はぶんぶんと首を振っていた。癖のない長い黒髪がたわむ位の力で強く。そしてこう続ける。
「でも・・でもね?今の私に『あの子』は居ない・・。抜け殻みたいなものよ?ただ人の中で、人の間で軋轢無く生きていくためにあの子が必死で作った・・象った人形みたいなもの。・・私は絢辻 詞であって絢辻 詞じゃないの。今の私はすべてが嘘の塊なの」
「・・・」
「ふふっ・・・『あの子』がまったくウソツキじゃなかったとは言わないけどね?確かに嘘も隠し事もたくさん『あの子』はしたけど・・でもやっぱりそれでも『あの子』こそ本当の絢辻 詞―真実だったの。それを失った今の私は・・ただ貴方を傷つけるだけ。見た目だけは『あの子』と一緒の、ね?貴方が背負う、感じる必要も無い重荷、責任、良心の呵責を存在するだけで生じさせてしまう女よ?・・嫌でしょう?こんな女?」
―「こんなに」なってしまっても一応私は・・あの子と同じ顔、同じ声をしているんだから・・。だからお願い。消えさせて。私を。貴方の前から。
・・あぁ。
なんとも矛盾している。矛盾だらけだ。私は。
あれ程離れたくなかった、自分のものにしたかった人がこれ以上なく嬉しい言葉を言ってくれた後なのにそれを受け入れず、否定している、拒否している。
でも所詮これが今の私という「仮面」の機能。
元々人の間で生きるため、人の間で生きていくために「あの子」が作り上げた「仮面」―つまり過度に、不必要なほどに人を縛ったり、強制、強要したりする「機能」はない。持たされていない。だから例え受け入れてもらえたとしても、どれだけ嬉しくてもこれは認められない。
出来る限り他人を、そして自分を傷つけることなく生きていく為に生まれたこの「仮面」には他者を傷つけるだけの存在として生きていくことは・・許されない。
そんな彼女の弱弱しい心の叫びを―
「・・違うよ」
端的に次の少年の一言が振り払う。
「・・え?」
「君は『嘘』なんかじゃない。紛れもない『絢辻 詞』という一人の女の子。・・確かに君は君の言う『あの子』に作られた存在なのかもしれない、本当の自分を隠してみんなの中で生きていくために都合よく作られたのかもしれない。でも・・その君がやったこと、成し遂げたこと、みんなの為にどこまで頑張ってきたのかを俺は知ってる。まだまだ短い間だけど・・本当にいっぱい・・正直嫌っていうほど君が誰かの為に動いてる姿を見てきたんだ。・・一番近くで」
「・・・もちろん俺だけじゃないよ?直や梅原たち2-Aの皆、他のクラスの皆、七咲さんや中多さん―今日俺を手伝ってくれた人達もみんな今の君をずっと見てた」
自分の仲間たちの事を語る有人の瞳、表情が漸く久しぶりにいつもの様に緩む。絢辻は内心ほっとするように彼女もぎこちないながらも微笑む。
―・・貴方のその表情が好き。誰かを思って笑う顔はとても・・素敵。
しかし―
直ぐに有人は表情を切り替えた。
「・・必死で頑張ってくれたのをみんなみんな知ってる。だからみんなお節介なんだよ。君が誰よりもお節介だったからこそみんな・・今日俺に協力してくれたんだ」
確かに「始まりは嘘」だったのかも知れない。他人の中で都合よく自分を押し隠して生きていくために作られた「仮面」の彼女は言い換えるなら「嘘」そのもの。それを彼女自身楽しんでいる節すらあった。「悪意」、「悪戯心」、「計算」、「謀略」、「打算」・・間違いなくすべて含まれていたのは確かだろう。
いみじくも彼女はかつてこう言っていた。
―対象者が私の言葉、態度、仕草に触れてどう動き、また何を思い、考え、汲み取り、私の思い通りに動いて結果を出す。それが回り回って私のもとにちゃんと私への賛辞と評価がついてくる算段をする事・・。これを楽しく思えない、快感だと思えない様じゃこんなボランティアみたいな事やってられるもんですか。
―一見私は何の見返りも無く周りの人間の為に働いているように見えるかもしれないけど、お生憎様・・私は貰うものはちゃんと頂いています。御馳走様~♪
何とも絢辻らしい言葉達。
しかし―事実その彼女の築いてきたその「嘘」は何を周りに与えていたか?
そしてその最奥に在る本質は?
それは紛れもなく真実―絢辻 詞という少女に他ならない。
「嘘」あってこそ、「仮面」あってこその絢辻 詞なのだ。
嘘を通して、本音を通す少女。それが絢辻 詞。
誰よりも誰かの、何かの、人の役に立つために。そして誰かの笑顔を見るために。
支えになってくれた人間への感謝は「借りを返すだけ」と、誤魔化しながら。時に悪態付きながら。一方どこかで照れ隠しをしながら。
有人は覚えている。全部。だってまだ「昨日の事の様に思い出せる」と、表現できるほど昔の事じゃない。
まだ終わっていない。「過去」なんかじゃない。「過去」になんかできやしない。させない。だって絢辻 詞は「ここに居る」。
―だから俺は「ここに居る」
「だから今の絢辻さんは『嘘』なんかじゃない。君は優しい嘘をつく優しい女の子なだけ」
「・・・」
「君は散々『あの子』、『あの子』というけれど俺にとって、そして皆にとっても君もまた確実に『絢辻 詞』さんなんだ。だから俺は今の君を絶対に置いてかない。どこにも行かせない。・・重荷?責任?勘違いしないで。これは俺の意志だもん」
「あ・・くぁ、は・・・っ!」
その言葉にぱくぱくと絢辻は空気を吸うように顎を震わせる。急激な情動に体が泣くことを要求しているのであるが、今の彼女の「機能」がそれを遮る。吐き気をこらえる如く、絢辻の上体が不規則に、挙動不審にぶれるがすぐに治まり、絢辻はぶれた視線だけ痛々しく有人に向け、悲しい声でこう言った。
「・・でも、ね?ダメ、なの。例え私が貴方の言うように本当の『絢辻 詞』だとしても結局おんなじなの・・。もう一人の私―『あの子』はやっぱりもう居ない・・私という存在がね?源君を・・色んな意味で貴方を傷つけるだけの存在ってことはやっぱり変わらないの・・」
「それも違うよ」
「・・え?」
「居なくなってなんかない。絶対。・・だって君は『ここに居る』んだから。君がここに居るように君の言う『あの子』だって・・居る。絶対に君の中に。
君は『あの子そのもの』なんだから・・君は『そこに在る』」
有人は「そこ」―絢辻の胸の中心である心を指差しながらそう言った。
「・・俺は君の全部ほしい。俺のものになってほしい。だから取り戻す。今日は君。そして君の言う『あの子』も、・・・絶対」
「・・・」
「・・まぁそもそも俺が原因でいなくなっちゃったんだから情けない、都合のいい言葉だけどさ・・でも・・取り戻すから。君も。あの子も」
すこしバツが悪そうに表情を一瞬だけ歪めて申し訳なさそうに有人は視線を逸らしたがすぐにもう一度絢辻に向き直る。
「逃さない、見逃さない、見つけ出す」―そう言いたげに。
「・・・・!」
もう絢辻は言葉が出なかった。ただ両手で口を押えるだけ、今は泣くことも笑うことも出来ない自分が今はただただ疎ましい。でもはっきり分かった。自覚した。
―・・!私だって・・いや!離れたくない・・!
父の下に戻ることを恐れる以上に今はここに居たい。彼の傍に在りたい。彼が言う「ここに居る」・・・「あの子」と一緒に。
両手で口、そして胸―心を一緒に抱え込むようにし、絢辻は震えながら体を小さくする。
―・・お願い。
見つけて。
もう一度私を。
・・・見つけて。
「・・・。だから傍に居て。君も・・『あの子』も絶対俺が取り戻して見せるから」
いつもの様な照れ隠しで笑ったりせず、しっかりと未だ迷い、ぶれている絢辻の瞳をやさしい薄茶色の瞳でかつてなく強く見据え、こう言った。
「これは・・これは契約」
「・・え?」
「これは恫喝でも強制でも何でもない。お互いの同意が無いと成立しない・・契約」
そう言いつつ有人はゆっくりと絢辻の目の前に今度は左手を差し出した。
・・「あの日」―彼が「絢辻のもの」になったあの日と同様・・否。あの日とは真逆―
「あの日」は少女が少年に。
今日は少年が少女に手を差し出す。
「・・手をとってくれますか?」
「・・・はい!」
相変わらず涙も何も出てこない。ただ絢辻はようやく曇りなく少し笑って有人の一回り大きい手を迷いなく・・受け取る。
「・・・!」
「え・・んっ・・」
同時ぐいと片手で引き寄せられた有人の胸に飛び込む。何時になく強引な有人に驚きでしばらく瞳を見開きながらもすぐにすっと瞳の力を緩め、受け入れるように絢辻は瞳を閉じた。そしてゆっくりと有人の胸越しに空気を胸いっぱいに吸い込む。
「・・・。すぅっ・・はぁ。・・・」
この胸の中に居る、この胸の中に在る「あの子」に伝えるように、届くように。
―所詮今の俺は―
文字通りの「半人前」だ。
片手、片足は骨折状態の今の俺と同じ。片足、片手で歩くのもやっと。誰かに半身を預けて支えてもらって、助けてもらってようやくこの一人の女の子の下に辿り着くことが出来る出来損ない。そして今、片手片足で自分を支えながら、片手片足で彼女をようやく支えている状態。
・・いや、むしろ今の俺はこの子を抱きしめているようで、支えているようで実の所はこの子に支えてもらっているのだろう。
こんな俺を受け止めてくれた。そして今も胸に顔を埋め、頼りない俺の薄い体を抱きしめ、支えてくれている今は消え入りそうなほど儚い女の子と繋がった胸―心を通して伝える。
俺はここに居るよ。
俺はそこに在るよ。
だから。
君もここに居て。
君もそこに在って。