ぐれほわSHARK・T   作:GREATWHITE

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…今年2月は28日までだったか。コイツは三月までには書き終えたかったねぇ…。






間章 4

 

 

 

 

 

 

間章 明日春が来たら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然、

 

 

母の恋人―つまり母の再婚相手であり、私の新しい父になるあの人から二枚の招待券を貰った。あの人の「知り合いが勤めている」らしいちょっとした高級なレストランの招待券だ。

二人の再婚を仲間内だけで些細に祝う式を来月に控えたある日の事だった。

戸惑う私に再婚相手のあの人が言うには、よく何かの祝いの日に棚町家では親娘そろってよく食事に出かける―というのをウチの母から聞いていたらしい。そこであの人なりに私に気を遣ってくれたんだろう。

「親娘二人水入らずで食事して楽しんで来て欲しい」・・ってことらしい。

少し嬉しい反面、複雑だったけど美味しい料理と厚意は受け取らないとね。っていうか・・実はこの店、昔から私知ってて一度は行ってみたかったのよね。・・うふふ。

 

・・はっ!・・く、食い物につられた訳じゃないんだから・・。ホントよ。

 

でも我ながらすこし固い表情とひきつった笑顔で受け取ったと思う。作り笑いと愛想笑いには自信あったんだけどな・・職業病で。

 

とりあえず・・

 

先日直衛を強引に誘いだし、初めて正式に母の再婚相手と出会ったあの日に感じたのは

 

―ああまぁこんなものか。

 

と言うのが正直なところだった。

 

柔和で落ち着いた知らない男性が私にとっては違和感と場違い感丸出しで母の横に座り、娘とその恋人の少年―直衛の顔を交互に見て微笑んでいた。

「この人が自分の新しい父になる」・・なんて全く現実味の無い話。料亭の個室を間違えた他の席の客じゃないかと思えるくらいだった。

 

「あ、これは失礼。部屋を間違えました」

 

とかなんとか言ってそそくさと帰っていく姿がよっぽど似合いそうな私にとって見知らぬ男性―でも彼はごく自然に、節度を保った落ち着いた姿勢でぺこりとお辞儀して再び向かいの私達二人を見据える。

子供の私から見ても歳相応の経済力、礼節、責任を弁えているオトナの態度。それを隣で少し頼もしそうに見る母の笑顔に複雑な感情を抱きながらも―

 

「おい・・薫?」

 

「・・ん」

 

私―棚町 薫は隣の直衛に促されて、もう一度ちゃんと挨拶する。

 

正直この人と特に話す事は無かった。けど自分の中で取り敢えず言いたい事だけは決めていた。

 

まずは主に私の「現状維持」の点で。

 

二人が籍を入れるのは構わないが、今までの交友関係等の事情から今まで通り自分は「棚町 薫を名乗らせてほしい事」。

 

住所は変わっても「転校、編入はしない事」を了承してもらう事。

 

後は・・まぁ月並みと言いますか。「お母さんを大事にして欲しい事」。

 

何とも子供臭い単純な要望達だけどこれはこれで大事なこと。ここはちゃんとしておかないとね?

 

再婚相手の男性は然したる戸惑いもなく「解りました」と言って微笑んだ。そして形通りに互いに「よろしくお願いします」と頭を下げた。

 

 

え。・・私にしては「何の捻りも無い」?「大人しい」?

 

・・何よ。悪い!?

 

だってそんなもんよ!?いきなり会ってこれからいきなり父親になる人間にそんなにポンポンといつもの暴言吐くこと出来ますかのって!

私だって気不味いし、恥ずかしいし、正直何しゃべっていいか解んなかったっての!

下手すりゃこの歳で「弟、妹出来るかもしれないわね~」って冗談で言いかけたけど・・よくよく考えてみるとそれってかんなり複雑な気分で物すっごい嫌な汗もかいたりして大変だったんだから!隣の直衛がそこはかとなくフォローしてくれなかったらどうなっていた事か・・。

 

・・今更だけどホントゴメンね直衛。アンタがいて本当に助かったわ。

 

・・つっても予想以上にテンパるアンタが隣にいたおかげで逆に私が落ち着けたってトコもあるんだけどね。もっと頑張んなさいよアンタ。

・・まぁあんな席に全くの抜き打ちで引っ張りだしたアタシにも責任ありまくりだけど・・。

 

 

・・ホント。

 

ゴメンね?

 

直衛。

 

 

・・まぁそんなこんなでその日以来特に私たち母娘と再婚相手は大きなトラブルも無く、今の所はうまくやれているわけですよ。

 

そして式の日が迫るこの時期―いきなり母の再婚相手から手渡されたこの二枚のお食事チケット。

 

さぁ・・どうしてくれよう?

 

正直母と私は一番もめた時期に比べたら遥かにわだかまりは少なくなっていたのは確か。でも、それでもやはりどこか喉にひっかかる様なしこりは残ってる。その矢先にこれ。久しぶりにタイマンでお食事かぁ・・。

 

う~ん。さて・・どうしたものかしら?いっそのこと・・直衛も参加してもらって一緒に食事に行った方がいいかな?なんて私は考えはじめた。

 

うん。

 

うん・・。

 

うん!

 

・・これナイスアイデアじゃない?デリシャスよ!そう!そうよ!そうすればいいじゃない!じゃあ早速・・

 

 

 

吉備東高校屋上にて―

 

 

 

「断る!」

 

 

 

 

「ええ~!?」

 

 

 

考えたら即行動の薫は既に行動を開始していた。が、敢え無くそれは失敗する。先日の直衛に対するあまりにひどい抜き打ちの仕打ちを少し反省し、今回は情報を正直に、あけっぴろげにしすぎたのが仇になったか。吉備東高校屋上にて薫の直衛への支援要請はあっさりと却下される。

 

「折角お前とおばさんのために用意してくれたのに何で俺も行かなきゃなんないのよ」

 

「そんな事言わないでよぅ。アンタの分の食事代は出すからさ~お願い!ついてきてよぉ~」

 

高校生の割に結構高給取りな彼女の何とも素敵な申し出だが直衛はあっさり断った。

 

「ヤダよ。第一おばさんと二人外で食事なんて珍しくないだろ?何で今更・・」

 

「そりゃそうだけどさ?・・その、私らここ数か月色々あったし?一時期口もあんま利かない気不味い時期もあったしさ?今更その・・なんてゆ~か?照れくさいってゆ~か?」

 

直衛から視線を逸らし、居心地悪そうにくせ毛の頭をくしくし掻いて複雑そうに薫はそうこぼす。誤魔化しや着飾った感の無い正直な薫の返答に直衛もそこのところは僅かに頷いて同調する。

 

「・・。まぁ気持ちは解らなくもないけど、それでいいのか?」

 

「う・・ん・・」

 

「最後かもしれないんだろ?二人家族の食事って。そんなとこに俺が入って水差したらダメじゃね?」

 

「う~」

 

「ま。はっきし言おう。俺は今回は行かん。行きたくない」

 

「む!それ本気で言ってんの?」

 

「うん。言ってる」

 

即答。あまりの鮮やかな直衛の返答に薫は一瞬反論できず、変わりにどすっとローキックを直衛の膝に入れ・・

 

「薄情者」

 

口をとがらせて漸くそう言った。

 

「いって・・薫よ・・自分が普通の人間よりキレのいい蹴りを持ってる事を自覚しようね・・」

 

「うっさい!い―だ!」

 

でかい口を一杯に横に引っ張って子供みたいに薫は言い放ち、薫はウキッと、しばらく「言わザル聞かザル」モードに入った。B型特有、そして勝気な女子というおまけ付きの少々ウザイ砦が築かれる。

 

―・・。

 

直衛は溜息をついてしばらく間を置き、「兵糧攻め」の態勢をとった。この程度の我慢と譲歩が出来ないことにはこの少女の相手は務まらない。それなりに長い付き合いだ。放っておけばその内生来の飽きっぽさが顔を出す―ということを直衛は知っている。

 

「やっぱ来てくれない・・?」

 

―・・ほら来た。

 

「うん。今回に限っては全く行くつもりない」

 

早々に砦から恥ずかしそうにひょっこり顔を出した薫の目の前にはいつの間にかコレまた難攻不落な砦が築かれていた。薫の急造の砦とは違う。兵糧はたっぷりありそうだ。気まぐれな彼女と異なり、この彼女の恋人は激情的な面もあるが、基本はかなり我慢強く、気が長い。

 

それでももう少しゆさぶりをかけてみる。ほんの少し間をおいてもう一度。うじうじと指先でつつきながら。

 

「・・・ねぇ。今からでも『行く』って言えないの・・?」

 

少し甘えるように。囁くように。「・・仕方ないな、分かったよ」と言える状況は彼女なりに整えたつもりだ。

 

が―

 

 

「言えないねぇ」

 

 

「かーっ!!もういいわよっ!ふんっ!」

 

―カワイイ彼女がこんな似合わないキャラ演じてもこれか!愛の無い男め!

 

 

 

「・・何時でも出来る事と今しかできない事とをちゃんと天秤にかけてよ~く考えろ」

 

「・・あ」

 

何時でも出来ること―つまり三人での食事。それに関しては彼は何時でも行ける用意はできている。今はそれよりも今しかできない事、「棚町親娘二人家族の食事の方を優先しろ」―彼はそう言外に含めたのだ。

 

「・・いってらっしゃい薫。楽しんで来い」

 

薫は一見突き放された様で実は背中をそっと押された感じがした。

 

―・・やっぱり優しいね。アンタは。

 

 

「・・うん!」

 

 

 

 

 

棚町親娘の食事の当日―歓楽街デパート前にて

 

「・・お母さん。まだかな」

 

薫の母の仕事の都合に合わせ、外で待ち合わせる。棚町家にとって別段特に珍しい事では無かった。

お互いの誕生日や薫の高校合格の日など、ちょっとした記念の日に母子でこうして何度も待ち合わせしたものだ。今更大して緊張するでも無いもののはずだった。

 

最近「悪友」から「恋人」へと関係が変わった直衛と待ち合わせする時の緊張に比べたらどうってことない時間のはずだがこの日は少々事情が違った。

最近の微妙な母との距離感のせいだ。去年から今年の初めにかけてのクリスマスや元旦でさえ母と二人で出掛ける事は無かった。先日の再婚相手との食事会でようやくそんな「冷戦」状態から少し進展し、二人は「国交」を取り戻した程度なのである。それにあの場には初対面の再婚相手は元より直衛がいた。

 

母との「冷戦」中、終始最も自分の傍に居り、支えてくれた人間が今は居ないこと―これもこの薫の緊張の源泉の一つだろう。

 

しかし何より「これが最後かもしれない」事だ。

別にこれから先、親娘二人で食事する事が全く無いワケではあるまい。これから先も色んな節目で祝ってもらったり、愚痴を聞いてもらったりして二人で出掛ける事もきっとある。

しかし母が夫、薫が父を亡くして以来続いた「母子家庭の時間」が近日中に終わる。母子二人で生きてきた日々が今日のこの食事の日を節目に一旦終わりを迎える事―実の父を亡くしたあの日以来、「親子二人で歩いてきた日々の終わり」と考えるとやはりなんとなく切なく、複雑な気分になる。

 

無くなるものは何もない、・・はずなのにきっと「何か」が確実に二人の中から失われる。

 

―それが私「怖い」のかな?・・いや・・「怖さ」でもない、・・かな?これはまた何か全く別のモノ、ね。

 

実体のハッキリしない曖昧だけど不可避なモノ。色んなものがない交ぜになって敢えてそれに名前や呼び方をつけることも億劫な「ナニカ」―それによって薫は今も憂鬱な気分を払拭できないでいる。

 

「はぁ・・私らしくないなぁ」

 

そう呟いて今日街を一緒に歩くことになる髪質も、髪形もよく似た母と見た目の差をつけるため、頭頂部で結った癖の強い髪を少し整えながらすっかり暗くなった夜空を見上げた。

 

こうしていると今日何のためにここに居るか忘れそうに・・

 

 

なるはずがない。

 

「忘れそうになる」―それはつまり忘れていない事と同義なのである。そして現実も事実もそんな柔な事で歪んだり、捻じれが起きる事は無い。

 

コツ

 

コツ・・

 

それを裏付けるように彼女の下に一つの足音が近付いてくる。聞きなれた間隔と一定のリズムで響きながら確実にこっちに向かっている。昔から薫は一人待つ家で僅かに玄関先で響くこの「母の帰宅の音」に何度も耳を傾けたものだ。

 

―お母さん帰ってきた!!

 

そこにはたった一人の親の帰りをひとり待っていた子供の拭いがたい安心という感情があった。もう一つは二度と聞けなくなってしまったが、もう一つは常に自分の傍に今日まで在り続けた。それに今日も耳を澄ます。

 

―・・・。すぅっ・・。

 

一瞬目を閉じ深呼吸、冷たい空気で満たされた肺で心臓を冷やし、心根を落ち着かせたのち―

 

―・・よしっ!

 

薫は前を見据える。ほんの少しの微笑みを浮かべて。その瞬間足音は止まり、薫の目には自分の写し鏡の様な存在が映った。「待ったかしら」と彼女に言いたげな顔をして。

 

「・・いこっか」

 

「人生二回目」の嫁入りを前にして最近めっきり綺麗になった母に少し嫉妬に近い感情を覚えつつ薫はそう呟いて歩き出す。

 

二つのよく似た足音が街中の喧騒に消えていく。

 

 

 

 

―久しぶりね。薫と二人きりで外で食事なんて。

 

「そうね。おまけにこんないいお店で食事なんて〇〇さんに感謝しなきゃね」

 

―・・どう?最近。

 

「『どう』って・・例えば?」

 

―学校とか。

 

「・・楽しいよ。それは間違いなく」

 

―・・国枝君とはどう?

 

「・・喧嘩ばっかしてるけど・・最近アイツ折れてくれるのが早いから少し物足んない」

 

―だめよ。薫も少し大人にならなきゃ。国枝君は案外繊細なんだから。

 

「嫌よ。気を遣うの。散々振り回してやるんだから」

 

―・・そうね。そうした方が貴方達らしいわ。

 

「そうよ!基本的にあいつと私なら私が主導権握らないと!肝心な時アイツとちるから私がしっかり見てやんないとね!」

 

―・・大事にしてあげてね。

 

「・・うん」

 

 

 

―薫は・・進路の事考えてるの?

 

「うん!少し前の自分が驚くくらい考えてるよ」

 

―そう。やっぱり美大の推薦を狙ってるの?

 

「うん。基本方針はそっち、かな。でもね?・・今はそれだけじゃないよ。就職の為の専門学校とかも色々見てる」

 

―へぇ・・そうなの?

 

「何も一つに絞ること無いもんね~。目移り・・って程じゃないけど色んな可能性とか見ておきたいからさ。私の」

 

―ふふふ・・薫らしくない台詞ね。

 

「お母さんそれ酷くない?」

 

―あ。ごめん。

 

「全く・・貴方の娘は結構多才なんですから。そこから一つを選ばなきゃならない娘の苦悩を解ってよ。私にフラれることになるいくつもの道が気の毒で仕方ないんだから」

 

―それはそれは・・失礼いたしましたっ。

 

「・・でも。まぁ今のところのやっぱり第一候補は美大の推薦かな・・あ。そうそう!この前ね?美術の先生にこういう技法教えてもらったんだ!」

 

―なになに?聞かせて。

 

 

仲のいい親娘の会話は途切れない。彼女が懸念していたわだかまりなど最早存在しないのだろう。

 

 

「・・って事なの」

 

―すごい・・やっぱり美術って・・奥が深いのね。

 

「うん!・・最近ね?絵を描くのがどんどん面白くなってくの!もともとその手の技術や知識は空っぽだったから新鮮でスルスル入っていくんでしょうね!?」

 

―「空っぽ」って・・薫って時々尊大なのか謙虚なのか解んない子ね・・。

 

「いいの!細かい事は。楽しいのが一番♪」

 

―そうね。・・薫?

 

「ん?何?」

 

―遠慮することなんて無いのよ。

 

「・・『遠慮』?何それ?」

 

―薫。貴方は貴方の行きたい道を行きなさい。無理に理由をつけて行く道を決める事は無いの。

 

「・・別に無理してるワケじゃないんですケド・・」

 

―そう。ならいいわ。

 

「そうよ」

 

―これだけは信じて。どんな道を行こうと私は薫の味方だからね。今まで散々苦労かけたし気を遣わせたと思うけど・・これからは自分のことだけ考えて前見て進んで行きなさい。

 

「・・・。そんな風にさらっとクサイ台詞言われると・・どっかで聞いた台詞っていうか・・」

 

―そうかもね。私もそう思う。でも・・薫の言う「クサイ、どっかで聞いた台詞」を今言ってみて解ったけど「本音」って相手に心から「伝わってほしい」、「理解してほしい」って思うから案外奇をてらう余裕が無いの。だから結局はありふれた言葉に落ち着くものなんだって思うわ。

 

「・・。そ。そういうものなのかもね」

 

―・・そそそ♪・・ところで薫?

 

「ん?」

 

―国枝君は・・・薫にどういう風に言ってくれたの?伝えてくれたの?

 

「え!?」

 

―告白・・してくれたんでしょ?薫に。・・どんな言葉で?・・この際ゲロっちゃいなさい。

 

「げ、『ゲロ』って・・食事中に・・」

 

―どうなの。

 

「うぅ~・・一気に攻勢に出てくるわねお母さん」

 

―ほらほら~♪

 

「うぅ・・やっぱりお母さんはアタシの母親だわ。質の悪い所とか・・」

 

―あんまり焦らさないでよっ。薫。

 

「・・。その・・う~んと・・あ・・。確かにどっかで聞いた様な台詞かも・・」

 

―さぁ!さぁ!言うの!

 

「う・・その・・『誰にも渡したくない』とか・・何とか・・?言ってくれた。

 

・・正直ヤバいくらい・・嬉しかったな」

 

―まあ!

 

「な、何よ!?」

 

―言われてみたいわ~(はぁと)。素敵よ~国枝君。正直私が付き合いたいわ。

 

「・・再婚近日中に控えた人間が何言ってんだか・・てかやらないわよ?」

 

 

 

 

 

 

「薫」

 

―ん?

 

「幸せになってね」

 

―・・うん。お母さんもね。

 

 

 

「立場があべこべじゃないの。私がその言葉を言うべきじゃないの?」―そんな言葉が出かかったが薫は無粋なその言葉を飲み込んでただ頷いてそう言った。

 

母の顔を見る。

 

ずっと変わらない。再婚しようとも、自分が遠くに行こうとも。

 

―お母さんはお母さん。お互いにこれから違う道を歩くことになろうともそれだけはずっと変わらないんだ。

 

 

・・私の大好きなお母さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっと・・茅ケ崎?これで終わり?」

 

「おう。国枝ありがと。おかげで早く終わった。これ・・大将の奢りだってさ」

 

「サンキュ」

 

最後の積み荷を軽トラックに移し終えた後、体格のいい少年茅ヶ崎 智也から手渡されたペットボトルの差し入れを直衛は礼を言って受け取る。直衛の隣にどっかりと座った茅ヶ崎は逞しい腕でペットボトルを片手で楽々開ける。

 

―ぬ・・。

 

変な対抗意識を燃やした直衛も挑戦するが積み荷作業後の握力が足りない彼には無理だった。諦めて少し恥ずかしそうに両手で開け、隣の茅ヶ崎と見比べるとひょろい自分の両腕を見て少し落ち込む。

 

「悪いな国枝・・二週続けて日曜使わせて。ホント助かった」

 

隣に座った茅ヶ崎が改めて直衛に礼を言った。

 

「・・いやこっちの台詞。日雇いの上に給料イロも付けてくれてホント助かってる」

 

「そっか。よかったらさ、国枝?これからも手伝ってくれ。大将もお前気に入ったみたいだしな。『頭で仕事できる奴は大歓迎』だってさ。都合のとれた時でいいからよ」

 

「うん、ありがと。でも・・もう少し鍛えるわ」

 

「まぁ勉強ばっかせずにたまには体動かせよ?お前は・・『国』。筋トレのメニュー組んでやろうか」

 

「・・そうするわ」

 

仲良くなった相手の名前を茅ヶ崎はこんな風に略す癖がある。何にしても同性であろうが異性であろうが「相手が心を開いてくれた瞬間」というものは気持ちがいいものだ。直衛は少しクスリと笑って気持ちよさそうにまだ肌寒い空を仰いだ。

 

「それはそうと・・国・・お前ってさ。ひょっとして金に困ってねぇ?」

 

「え!?なんで?」

 

「いや・・ほら」

 

 

二週間前・・2-Aにて

 

 

「ごめん茅ヶ崎、今度の日曜は俺ちょっと無理ぃ・・」

 

「そっか・・いきなりで悪かったな。杉」

 

顔をしかめて謝る「杉」―杉内 広大に茅ヶ崎は手を振りつつ「全然大丈夫」とアピールし、他の心当たりを当たろうと思案していた。

去年創設祭の搬入作業の手伝いをした際に知り合い、茅ヶ崎の要領のよさと筋力、帰宅部という立場を買われて彼をスカウトした引っ越し兼運送業者に緊急の仕事が入ったらしい。新春を控え、引っ越しや身辺整理などの注文が殺到し、人手が足りないそうなのだ。

そこで「出来るなら後一人か二人助っ人を連れてきてほしいのよ」との要請を受け、茅ヶ崎は知り合いを回っていたのだが彼の狭い交友関係の中、色よい返事はなかなか得られなかった。

 

「ウメハラは?」

 

「梅は実家の手伝いだって」

 

「そっか・・力仕事となると流石に桜井さんはダメだしな」

 

「まぁな・・ってかアイツ話聞いたらお構いなしに行くってんで宥めるのが大変だった・・」

 

「ははは。お疲れ。うーん・・御崎はちょっとな・・ゲンも忙しいらしいし。あ。国枝は?ダメ元で聞いてみるか」

 

 

 

直衛はその時、財布の中を無言で眺めていた。

 

「・・・」

 

「おーい国枝」

 

「・・・」

 

「国枝?」

 

「・・・」

 

「・・てい」

 

「すぎうチョップ」が直衛の脳天に炸裂。

 

「あ痛。・・何?杉内」

 

「あ、起きてたんだ。は~い茅ヶ崎。用件をどうぞ」

 

「いきなり人殴っといてマイペースな奴だな・・」

 

「・・お前に言われたかねぇ。ほれ茅ケ崎!」

 

「いきなり悪い・・国枝」

 

いきなりの来訪と杉内のチョップに対する詫びも兼ねて茅ヶ崎は申し訳なさそうにそう言った。

 

「・・あ。茅ヶ崎・・久しぶり」。

 

「今大丈夫か?」

 

「あ。うん大丈夫」

 

殆んど空の財布をそそくさと仕舞い込み、直衛は茅ヶ崎からアルバイト先の緊急の用件、事情を聞いた。

 

「無理だったらホントにいいんだけどな」

 

茅ヶ崎は最後にこう前置いた。正直半分諦め状態。元々茅ヶ崎と直衛は接点があまりない。杉内の仲介がなければ恐らく頼もうとも思わなかったであろう。

 

「茅ヶ崎・・悪いんだけど・・その日」

 

「ん・・」

 

―やっぱダメかね。

 

茅ケ崎にはすでに断られる覚悟はできていた。が―

 

 

「御一緒させて貰ってよろしいですか!是非!」

 

「え」

 

意外過ぎる直衛の喰いつきの良さに茅ヶ崎は面食らった。

 

 

その更に一週間前のことである―

 

国枝宅にて

 

 

「トイチ(借金の「十日で一割の利息」がつく事。当然違法)ね・・」

 

 

「どこでそんな言葉を覚えた・・衛奈」

 

「Ⅴシネ」

 

そう言って万札を手渡す小学六年生の妹―国枝 衛奈と受け取る高校生の兄直衛の姿。

 

「アニキ。お年玉もう使いきっちゃったの?」

 

「・・『色々』あってな」

 

「『色々』、ね。まぁ別にいいけどねん。トイチの利子さえ入れてくれればこちらは文句ないわ」

 

「・・」

 

「闇金のMさん」みたいな台詞を吐く妹に兄は閉口する。

 

「あ、ちなみに踏み倒そうとしたらお母さん達にチクるからね。あと薫さんにも」

 

「・・チクる相手の人選に全く思いやりがねぇな・・」

 

金にはしっかりしている一家の国枝家だがどうやら妹はその中でも特化した違う方向に育ったらしい。

 

とにかくこの時の実の妹への借金、そして利子の返済期日が三日後に迫っていた直衛にとって茅ヶ崎のバイトの救援要請はまさに天界から来たクモの糸であった。日雇いで即日金が入るのも大きな利点である。ここまで利害が一致する世の中ならこの世は平和なのだが。

 

そして三日後―

 

直衛は労働で疲れ果てた体でその日に貰った日給に利子分を足した茶封筒を妹に手渡した。

 

「お納めください・・」

 

「・・確かに」

 

妹は札を指先でピンと弾き、即席の可愛い字で書かれた領収書をひらりと差し出した。

体をしこたま酷使した少年―直衛に残されたのはこの紙切れ一枚のみである。

 

―・・。

 

直衛は誓った。「将来絶対に闇金に手は出さねぇ」と。

 

 

 

再び一週間後の直衛×茅ヶ崎のやり取り

 

「・・余計な心配させたみたいですまん。茅ヶ崎・・」

 

「ま。稼いだ金何に使おうが勝手だけどよ。入り用ならまた言ってくれ。・・国」

 

 

 

 

そう。稼いだ金を「何に使おう」と・・本人の自由である。

 

 

 

 

―この食事券・・私から薫さんにあげていいんですか・・?しかも国枝君の「名前を出さなくていい」なんて・・そんなの申し訳ないですよ。

 

「いいんですよ。どうせ半分以上はだしてもらった上に・・二人が食事するこの場所を決めてくれたのも〇〇さんなんですから」

 

―でも・・発案は国枝君です。なら「私たち二人の共同出資」のプレゼントって形でいいじゃないですか。

 

「俺が『金出した』って言ったら薫・・アイツ俺に気ぃ遣うんですよ。『自分も出す』って言いだします。普段からバイトしている分、アイツの方が金持ってるわけですからね」

 

―うーん。しかしですね・・。

 

「・・多分あいつ〇〇さんからだったら素直に受け取ると思うんです。『受け取らないのも変だし悪いなぁ』とか思って。多分俺からだとゴネます。『金も無いのにカッコつけんな。第一私も再婚祝う立場なのになんで私がタダメシなのよ』とか、言って」

 

―ははは。成程。少し・・薫さんの事が解った気がします。

 

「・・。まぁ我儘で猪突猛進で気が強くてすぐ手挙げたりするトラブルメイカーですけど・・根は素直で優しくてしっかりした奴です。色々苦労すると思うんですけど・・アイツの事よろしくお願いします。・・〇〇さん」

 

―はい。わかりました。貴方の御厚意在り難く受け取りますよ。勿論、私もこれからの薫さんの将来の事を考えて非力ながら出来る限りのバックアップをさせてもらうつもりです。

 

「・・よろしくお願いします」

 

―こちらこそ。至らない新参者ですがこれからもよろしくお願いします。国枝君。いえ、

 

・・直衛君。

 

 

 

 

 

 

 

「ん・・。おかえり薫」

 

「・・ただいまっ!」

 

食事会を終えた翌日の吉備東高校屋上にて―

 

春を目前にしながらまだ肌寒い、しかし澄み、晴れ渡った空だった。

屋上で足を広げて座り、冷たい風で眠気をはらっていた直衛の元にいつもの足音が近づいてくる。引きずる様な重みが無いさっぱりサバサバ軽快な足音、その足音の持ち主が健康で在る事がすぐに解る。逆に気だるさを感じさせる靴底を僅かに擦る様な音も混じる。こんな微妙な足音を持つ人間はそうはいまい。

 

「う~ん寒いわねぇ・・直衛?ちょっとアンタ春を連れて来なさいよ」

 

いきなり驚異の無茶ぶりから始まる二人の会話。平常運転だ。

 

「別にいいけど・・俺が戻ってくるのは三月になるぞ」

 

「それじゃ意味無いじゃない!」

 

そう言って笑いながら薫は直衛の隣に彼と同じように足を広げて座った。そして癖っ毛を軽快に振って満面の笑みで隣の直衛にこう言った。

 

 

 

「アタシの傍にアンタが居るからこそ意味があんのよ。春だろうが冬だろうがね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・ど~だった~?薫」

 

「ん~?なにが~?」

 

「昨日」

 

「そうね・・・すっっっっごい楽しかった」

 

「・・そりゃよかった」

 

「やっぱり私のお母さんは綺麗だったよ。そりゃあお父さんも〇〇さんも・・ううん、『お父さん』も骨抜きにされるって。さっすが私の母親だけあるってもんよ」

 

「お母ちゃん褒めてんのか、自分の事褒めてんのか解らんな・・」

 

「勿論両方よ」

 

「さよか・・」

 

 

 

 

「ねぇ直衛。今の私って昨日のお母さんみたいな顔しているかな」

 

「・・?どういう意味?」

 

「鈍いわねぇ。だからぁ・・『綺麗になった』?ってこと」

 

「・・これまた・・答えづらい質問を」

 

「いいから答えなさいよ」

 

「返答を間違えたらマスクを脱いだお前にナイフか何かで刺されるんかね?俺」

 

「・・茶化さないでよ」

 

「・・う」

 

少し笑いながらも真剣な目でじりっと迫る薫に直衛は目をそらした。

 

「あ、もういい。なんか・・今のアンタの顔見たら大体解った~♪」

 

そう言って薫はクスクスと笑う。楽しそうに。嬉しそうに。少し癪だったので直衛は少し反撃に出る。と言っても今は話題を逸らす程度の事しか出来なかった。

 

 

 

今日自分の隣にいる少女が何かがおかしいぐらいに可愛いのが原因である。

 

 

 

「・・そういや聞いていいことかどうか解らなかったから聞いてなかったんだけどさ。〇〇さんは今まで結婚歴とか子供とかいたのか?結構いい歳だろ?」

 

「あ・・ううん。『仕事一筋』だって言ってた」

 

「そうなのか」

 

「昔・・若い時付き合っていた人はいたらしいけど・・その・・亡くなっちゃたんだって」

 

「え・・」

 

「・・だから私それ聞いた時、『だからお母さんとも意気投合しちゃったんだな~~』って勝手に少し納得しちゃった。同病・・なんとかってやつ」

 

薫は両ひざを曲げてその先に顎をチョコンとのせ、少し似合わないしんみりとした表情でそう言った。それが他でも無い父親を失った彼女自身にも存在する感情でもある事は明らかである。「夫」と「父」、そして「恋人」という三者三様の違いは有っても大切な人を亡くした時に感じた悲しみ、痛み、苦しみは彼女らも彼も大差はないはず。まさに―

 

「同病相憐れむ」だ。

 

「それはお前もだな」と言いかけた直衛はその言葉を飲み込む。ただその言葉を言いかけた直衛の感情の動きに彼女は気付いていたのだろう。

 

「・・・」

 

―「それはお前もだな」って・・言わないの?

 

とでも言いたげな表情をして悪戯そうに片膝で口元をやや隠しながら顔を傾け、直衛をやとろんとした瞳で見る。正直直衛は動悸が止まらない。

 

「・・。はっきり言えよ。お前も杉内に次いで国語が不自由だな・・」

 

「・・あんたもね」

 

「かもね」

 

「ま!!何時も言ってるけど細かい事はいいの!伝われば充分じゃない。事実ちゃんとアンタとアタシの『会話』は成立してるでしょ?このと~~り!」

 

「・・まぁ」

 

―・・否定できない。「慣れ」とは恐ろしいもんだ。

 

「ふふん。でしょ?ならいいの」

 

「しかしだねぇ・・」

 

「いいのっ♪」

 

 

 

 

 

 

「ふ~ん・・でもひょっとしたら再婚相手の方に連れ子がいて私に義理の兄弟、姉妹が出来ていた可能性もあったのよね?そう考えるとちょっと複雑だわ・・ってかちょっと怖いかも」

 

「まぁ・・気まずいな。確かに」

 

「でしょ?でも・・これから弟か妹が出来る可能性も全くのゼロじゃないのよね・・」

 

「そーだな。まー今から生まれるとしたら歳の差からして大きくなったら最早薫は『お姉ちゃん』というよりも・・」

 

「ストッ~~プ。殺されたい?」

 

「・・・」

 

「ふん!ま。でも・・アンタんトコの妹の衛奈ちゃんみたいな子とか紗江ちゃんとか七咲さんみたいな子がいたら私嬉しいかも。兄弟、姉妹って密かに憧れてたのよね。アタシ。う~~んよくよく考えるとそれも悪くないかもね♪うんうん♪」

 

「そうだな」

 

「・・そこは兄として否定しときなさいよ・・うん」

 

「む・・」

 

「・・シスコン」

 

「・・ぐう」

 

「寝るな~。はい珈琲牛乳。これで起きなさい?直衛。ハイ!頑張って私の話を聞く!」

 

先手、先手、先手。この日はとことん直衛は後手に回る。「まぁ・・こんな日もたまにはいいだろう」と直衛はあきらめたように薄く笑って・・

 

「・・・」

 

―在り難く頂きます。

 

いつもの様にコーヒー牛乳を啜る。そんな姿を満足げに薫は眺めていた。

 

―ふふん♪カワイイヤツ♡

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




「んー・・でもさ~直衛?」

「ん~~?」



「私は別に今更『妹』、『弟』じゃなくて『子供』でもいいけどね」



「・・・」



直衛思考中・・

読み取り中・・

・・「データ」が開きました。




「っぶっ!!!」



※他人が牛乳もしくはその類のモノを飲んでいる時に驚かせたり笑わせたりするのは絶対やめましょう。


「ぷっ・・あはははははははははは♪」


まだ肌寒い、しかし春を間近に控えた乾いた空に心から愉快そうに笑う癖っ毛の少女の声が響く。




春はもう。


そこまで来ていた。













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