ぐれほわSHARK・T   作:GREATWHITE

89 / 91











間章 5

 

 

 

 

間章 5 「サクラ」の少女

 

 

 

 

「お。来たね暇人達♪」

 

 

 

 

中庭―

 

「いつも」のベンチに座る一人の快活そうな少女がとある男子生徒三人を快活な笑顔で向かい入れる。その内の一人―気のよさそうな短髪の少年が心底嬉しそうに少女にこう話しかける。

 

「伊藤さん!!聞いたぜ!!茅ヶ崎の奴、正式に茶道部に入部したって~~!?」

 

「そう!そうなのよ!梅原君!!いや~~全くやきもきさせたけどようやくくっついたか!あの二人は!は~~私も肩の荷が下りたわよ・・・」

 

桜井 梨穂子の親友―伊藤かなえは自分の片方の肩を叩きながらやれやれと首を振った。まるで「ようやく娘に嫁の貰い手が見つかって安堵する母親」の様な姿だ。

 

「お疲れ様。伊藤さん」

 

そして彼もまた茅ヶ崎 智也の友人の少年―杉内 広大もまた笑って伊藤を労う。が―

 

「で・・伊藤さんの方は?」

 

「・・聞くな。杉内。殺すゾ」

 

杉内の余計な一言に伊藤の顔はくわっと般若に一変。慄く杉内は彼の後ろに居る小柄な少年―御崎 太一に「ホント君はいつも余計な地雷踏むな~」と、困った顔で呆れられる。

 

「しっかしまさかアイツが茶道部に入るとわねぇ・・上手くやれんのかな・・」

 

梅原も親友の吉報に心底喜びながらも複雑そうに眉をひそめた。元完全な体育系の茅ヶ崎に文科系の部活動が果たして毛色に在っているのかどうか、という懸念はやはりある。だが、そんな梅原の疑問に「そう!そこよね!?・・私も最初はそう思った!!」的な顔をして伊藤はずいと梅原に迫る。彼の顔に容赦なくびしっと人差し指を突きつけながら。

 

「お、おおう?なんでぇ伊藤さん?」

 

「・・それがね・・ひょっとしたら茅ヶ崎君は桜井より茶道部の適性があるかも知んない・・覚えいいし手際もいいし・・。肝心の桜井も『どうしよう!!智也に部長の座を奪われる~うわ~~ん』とかヒィヒィ言ってたわ・・」

 

「あ・・何か解る気がする。茅ヶ崎君って実は器用だもんね」

 

御崎もうんうん頷きながら同意し、

 

「それに・・元々雰囲気といい顔立ちといい・・『和風』に合うのかな?創設祭の時の着ていた着流し姿も凄くかっこよかったし」

 

基本彼は小柄で華奢な少年故に「いかにも男性的な服、召し物」だと相当注意しないと大抵「服に着られてしまう」ことになる。御崎は少し羨ましそうに創設祭時の茅ヶ崎の姿を思い出していた。厚い胸板、広い肩幅に落ち着きと風格を備え、そして意外にも他者に対して丁寧で弁えた常識と良識も併せ持っていた。

 

「あいつはもともと中学の時の剣道着が良く似合ってたからな~。元々剣道って伝統とか格式ある国技だから姿勢とか身だしなみにも気ィ遣う競技なんだよ。『体は心を表す』ってな?だから似合って当然だと思うぜ」

 

御崎の意見に梅原も何故か得意げに同調する。元々彼も茅ケ崎のその姿にホレて中学時代、剣道部に入部したクチ。その思い出を反芻する梅原の姿はどこか妙に乙女だ。・・残念ながら少し気持ち悪くもあるが。

 

「・・?の割に梅原君は・・・」

 

「・・ふむ。ウメハラはな・・」

 

御崎、杉内の二人はその「不思議さ」に首を傾げざるを得ない。「な、なんだよおめーらその目は・・」と言いたげに梅原は後ずさる。

 

「確かにね・・梅原君どうしてこうなった。こんなゆるくてちゃらんぽらんな・・」

 

とどめに伊藤も首を傾げてこう言い切る。

 

「うっせぃ!余計な御世話でぃ!」

 

 

 

 

 

 

「でも・・入部早々大変だよね茅ケ崎君・・いきなり茶道部廃部の危機だなんて・・」

 

「飛羽先輩と夕月先輩が卒業しちゃったから正式な部員はあの二人だけなんだっけ?今」

 

「そうなんだよな~前まで他の部活と掛け持ちしてた部員もいたみたいだけどこの前『正式に退部した』って言ってたし・・だから今年の新入生の入部に賭けるしかねぇのよ。だから入学式の日に新入生歓迎と新入部員の勧誘を兼ねた茶会するとか言ってたっけな」

 

「『下手すりゃそれが茶道部最後の晴れ舞台かもしれません。あはは~~』・・って桜井は暢気にへらへら笑ってたけどね・・笑えないっつ~の」

 

「「「・・・」」」

 

容易に男衆三人にも桜井のその光景が思い浮かび、閉口するほかない。「・・うわ~桜井さん言いそ~~」ってな顔をしている

 

「・・・でもさ・・正直・・副部長と部長が付き合ってる上にその二人だけの部に新入生が入部するって・・結構ハードル高くね?」

 

 

「・・・」

 

「・・・」

 

「・・・」

 

杉内の余計な一言でさらにその場は凍りついた。杉内を除く他全員が杉内に一斉に非難の目を向ける。このKYが、と。

 

「それを言っちゃいけねぇよ大将・・ちっ・・これだから『猫好き』は・・」

 

「全く・・『猫好き』も大概にしなさいよアンタ」

 

「『猫好き』か・・。・・・。『猫好き』ね。七咲さんもそんな感じだしね」

 

「おい!猫好きは関係ねぇだろ!」

 

 

 

「はいっ!注目!!」

 

暫しの脱線ののち、気持ちを切り替えるようにぱんと両手を軽快にならし、伊藤は爽やかに場を引き締める。

 

「話を戻しましてっと・・・どう?私らがあの二人の為に何か出来る事ないかしら!?案を出しなさい!あんた達!」

 

「・・うーん。僕たちが緊急の茶道部員になって盛り上げるとか?結構『仮部員』に関して寛大じゃん。茶道部って。他の部との掛け持ちもOKだったみたいだし」

 

「あ。ぐっど!ミサキ!?紗江ちゃん呼べ。あんなちっちゃくて可愛い先輩がおどおどしながら勧誘すればホイホイ新入部員が・・」

 

杉内は昨年の春、水泳部の勧誘に何故か部外者の森島 はるかが参戦していたことを塚原 響、七咲 逢から聞いた事を思い出す。それなら随分と毛色は異なるにしても中多 紗江の秘めたポテンシャルならば決して引けをとらないと考えた。

 

「ええ!?それはちょっと!!」

 

「廃部は避けられても茶道部が違う部に変わりそうな気がするわ・・却下っ」

 

バツ印を胸の前で作って伊藤は杉内の案を却下。確かに新入部員は入るかもしれない。が、来る人種が「異質」になる可能性は高い。

 

「ええ~伊藤さんこれダメ?でもいいと思うんだけどな~あんなちっちゃな可愛い子が着物着てお茶点ててくれたら俺入部しちゃうかも・・・ぐぎっ!???」

 

最近気が多い杉内 広大という少年。そして思いっきりその足を踏みつける御崎 太一。

 

―・・あ、あにすんだよ。ミサキ。

 

―おお~~っとぉ。こりゃ失礼。ぐぎっ!!?

 

ー・・わっりぃ~足が滑ったぁ~。

 

ー上等だよ・・。

 

彼らの足元では今熾烈な攻防が繰り広げられている。「また始まったよ」と呆れて伊藤は彼らを無視し、梅原を見る。がー

 

「うん違いねぇ。手元がおぼつかなければ尚いい。うっかりお茶を点ててる時に茶しぶきが顔にかかっちゃったりしてさ~~?『ど、どうしよう。私汚れちゃった・・』とか言ってほしい。・・録音してぇ」

 

梅原もうんうんと頷いて同調し、気持ち悪い持論を展開。が、次の瞬間全体重を乗せた怒りの御崎の右足のスタンプを右足甲に喰らい、「ぬお~~~!?」と断末魔を上げて梅原は悶絶。

 

まず一人が脱落した。

 

「あ~あ~あ~ウメハラ・・?物事には限度ってもんがあるぜ?」

 

「・・・。杉内君も大概人のこと言えないからね。いい加減にしないと七咲さんに言いふらすよ」

 

「アンタ達ぃ・・・!!!まともに考えなさい・・!!!」

 

妙な方向にヒートアップし始めた男衆三人に伊藤は堪忍袋の緒が切れる寸前。

この男衆においての国枝と源、そして茅ケ崎の存在の重要性を再認識する伊藤であった。

 

 

―駄目だ。この男ども。つっかえねぇ・・他あたろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだね・・太一君が言っていたみたいに『サクラ』はいい手だと思うけど・・どうかな?」

 

「『サクラ』?」

 

「そ。あの『桜』じゃなくてイベントとかの『寄せ』。盛り上げ役の方の『サクラ』のこと」

 

カフェテラスにて―

 

ぴっと指を立ててにこやかに少年―源 有人は茶道部の件で相談しに来た伊藤にそう提案する。

 

「・・やっぱり入学したてで新入生って絶対緊張していると思うんだ。だからまだ誰も来ていない、で、あんまり『部活』としてお世辞にもメジャーではないと言える茶道部の茶会に率先して顔を出そうって子は少ないと思うんだよね」

 

「ふんふん」

 

「だからまずはあの二人に俺達がもてなしてもらってる光景を見せるんだよ。シュミレーションしてね。『茶道って大体こういう事することだよ。畏まらなくったっていいよ』ってな感じで」

 

「成程・・」

 

「だって所詮俺達だって茶道部の部員じゃないからさ?作法とか・・そもそも茶道って何するかなんて全く知らないワケだし。その点はお茶会に入ってみようか、どうしようか迷ってる新入生と大して変わんないでしょ?でも俺達は茅ヶ崎君や桜井さんがどういう人達かっていうのは誰よりも知ってる。癒し系の桜井さんにしっかりした茅ヶ崎君。あのペアなら上手にもてなして俺達をリードしてくれると思うんだ。その光景を新入生達に見せれば・・」

 

「『何も特別な事をする必要はない。あの二人と一緒に楽しめば自ずと人は集まってくる』・・ってことね?」

 

「うん。そういうこと。それに・・入学式の日だと保護者同伴って人も多いだろうしね?保護者、主に主婦層も巻き込めれば・・」

 

「そうね・・桜井の好感度は高そうだわ。善人のオーラがにじみ出ているからねあの子。親御さんも安心」

 

「それで思いの外人が増えたら『サクラ』を止めて、二人をお手伝いって形にすればいいんじゃないかな。流石に人が増えたら二人だけじゃキツイかもしれないし」

 

「そうね。よっし決まり!有難うね源君!それ採用!」

 

「それは何より」と言いたげに源はにっこりと笑い、そして少し考え込む仕草をしたのち伊藤に少し遠慮がちにこう尋ねる。

 

「俺も・・後で顔だしていいかな?新入生歓迎の挨拶で絢辻さんが在校生代表でスピーチするからその後で・・」

 

「二人で来るのね!勿論!じゃ!アドバイスあんがと!源君!ばいばい♪」

 

伊藤は源に爽やかにお礼を言ったのち、軽快に去っていく。

 

 

―最近・・源君は変わった気がする。元々優しくて筋の通った人だったけど最近はずっと男らしくなったと思う。

 

・・絢辻さんとの事は桜井からほんの少しだけ聞いた。凄く・・、悲しくて辛い話だった。でも辛い出来事に目をそむけずに向かい合って、それでも笑っていられる男の子ってこんなに素敵なのかと思う。・・少しさびしそうな笑顔がネックだけどね。

 

私の好きな「アイツ」は・・ここまで強くなってくれるんだろうか。私の事で。

ま。そもそも私はまずは振り向いてもらわない事にはね?・・がんばろ。桜井にも先越されちゃったことだし、・・ね?

 

伊藤は少し自嘲の笑顔をしながら振り返り、少し憂いの籠った顔で彼女から背を向け、去っていく源 有人の背を見送る。

 

 

 

 

吉備東高校入学式当日―茶道部お茶会 中庭の会場にて

 

「わ」

 

「・・すごい」

 

源、そして在校生代表で新入生への挨拶を終えた絢辻 詞の二人は目を丸くしてその光景を眺めた。

 

春風と共に桜の花びらの舞う中庭で茶道部の新入生歓迎と勧誘を兼ねたお茶会は・・

予想以上の大盛況であった。

 

「・・素敵。この学校ってこんなに綺麗な所があったんだ・・知らなかったな」

 

少し冷たくも心地よい風に靡く長い絹の様なしなやかな黒髪を耳にかけ、舞う花びら、その香り、風とそれに吹かれる草の音を感じながら絢辻は気持ちよさそうに瞳を閉じた。

 

「・・だね」

 

 

茶会場に用意された席はほぼ満席。主に一年生の女生徒たちとその母親であろう主婦層が舞い散る桜の花びらと振舞われるお茶や茶菓子にご満悦の表情で楽しんでいるが、中には男子生徒もちらほら混じっている。

 

既に助っ人の伊藤を筆頭とする茅ヶ崎の友人達は「サクラ」どころではなく肉体労働を余儀なくされていた。そんな中―

 

「ん・・・あー!源君に・・絢辻さん!!」

 

二人の来訪にいち早く気付いたのは着物姿の桜井 梨穂子だった。忙しい最中でも満面の笑みで二人によちよち走り寄って来る。だが着物を着ている以上二人にはオチが解った。

「こける!この子絶対こける!」―これが源、絢辻二人の共通認識であった。

 

 

「あっ・・・あー!!」

 

 

予想を裏切ることなく彼女は躓いた。「ほらやっぱり!」と絢辻があわわっと口に両手をやり、源が受け止めようと駆けだした時―

 

「!」

 

それよりも更に反応早く、後ろから大きな影が現れ、がっしと桜井 梨穂子の着物の帯を掴んだ。がくんと転倒を逃れた衝撃で「わぁ」と桜井の声が漏れる。

 

「おい・・お前は走るな」

 

「あ。ごめんねぇ。智也ぁ。あははは♪」

 

「はぁ・・」

 

そのいつもの能天気な桜井の反応に大げさに溜息をついた後、現れた少年―茅ヶ崎 智也は

 

「源に絢辻さん・・良く来てくれました。ゆっくりしていって下さい」

 

まるで老舗料亭の「出来る」若旦那のように裃姿で二人を向かい入れる。春の好天の下で微笑む彼は以前と比べるとずいぶん物腰が柔らかい。

 

「いらっしゃいませ~。お二方。お天気もいいのでゆっくりしていってくださいね~」

 

帯を茅ヶ崎にもたれたまま、前のめりの姿勢で「ドジだが気のいい若女将さん」的な桜井 梨穂子はまた満面の笑みで二人に微笑んだ。

 

―・・かわいい。

 

流石の絢辻も桜井のその癒し度の高さにそう内心呟くしかなかった。

 

 

「桜井さん・・大盛況ね」

 

茶道部のお茶会の盛況ぶりをぐるり見渡して感嘆の声をあげる絢辻に桜井も嬉しそうに頷き、

 

「へへへ~そうなんですよ~。おかげでお菓子が足らなくなっちゃって・・今杉内君と御崎君に買い出しに行ってもらってるんだよ~。嬉しい悲鳴です」

 

「よく言う。本気で悲鳴上げたかった癖に・・ポロツキ―が無くなる度に物欲しそうなツラすんな。新入生が食べづらそうにしてたぞ」

 

「う~気付いてたの~?」

 

「・・。(やっぱりか)・・あ。悪い。えっと・・源?今あの席しか空いてないから・・もう少ししたら日当たりのいい席空くと思うんだけど・・それまで待ってくれるか?」

 

一番奥の席―やや日陰よりの席を指差しながら茅ヶ崎は源、そして絢辻の方をちらりと見る。

 

「ううん大丈夫。あそこでいいよ。新入生達優先したげて」

 

「私も大丈夫よ。茅ヶ崎君。お気遣いありがとう」

 

「・・了解。ではご案内いたします。お二方。・・梨穂子。頼む」

 

「アイ♪ゴッチャ♪すぐお茶を持って行くんでちょっと待っていてくださいね~♪」

 

茅ヶ崎に案内され、源、絢辻の二人は新入生たちの合間を縫って歩いていく。するとその姿を見て新入生、そしてその親御さん達が二人を注目し始めた。

 

―・・。あ。あの人。お母さん。見て。ホラ。

―ん?あ~。さっき在校生代表で挨拶していた生徒さんよね。

―やっぱり近くで見てもすっごい綺麗な人~。髪きれ~。肌白~い。

―挨拶もしっかりしていたものね。ねぇ・・貴方二年後にああなれる?・・無理よね。

―・・入学早々娘の将来諦めないでくんない?お母さん?

 

 

―うわ~近くで見るとより高級感があんな~。

―うん。着物着たあの女の人もすげぇ可愛いけど・・あの人もまた違った感じ。スゲェ綺麗な人だな。

 

―・・隣に居る人・・彼氏かな?

―どうだろ。でも優しそうな人だね。

ーえ~~!?そう?

ーえ?そう見えない?

ー寧ろ私・・好みかも・・。

ー・・。今の話の流れで何でそうなるの?

 

 

絢辻と源が新入生とその保護者の間を通り抜けるたびに次々とそんな小さな声が上がっていた。

 

―・・ん?

 

その一つを耳に拾って、作業に追われていた助っ人の少女―伊藤 香苗が頭を上げた。彼女もまた本日、茶道部部室に在った淡い檸檬色の着物に袖を通し、仮の茶道部部員として奮闘中。爽やかな中にも少し茶目っ気や気の強さを持つ明るく元気な彼女のイメージ、また彼女のコロコロ変わる表情の豊富さも顔写りのいいこの着物は引き立ててくれている。見繕ったのは恐らく桜井であろう。こういうところの勘、センスの良さを時々彼女は垣間見せる。長年連れ添った親友という点も大きいが。

 

―ん!やっぱり来てくれたんだあの二人。

 

いつもの様に軽快に伊藤は駆けだした。といっても流石に借り物の着物なので相応に弁えた歩幅で、しかしできる限りの最大速力で二人の元へ。

 

「源君!絢辻さ~ん。ようこそで~す」

 

「あ。伊藤さんお疲れ様。・・着物似合ってる伊藤さん」

 

「お手伝いお疲れ様です。・・うんホント。素敵よ伊藤さん」

 

「あ・・えへへっ♪あんがと」

 

 

源は隣に座った絢辻と一緒に予想以上の盛況ぶりの茶会場を見回していた。「どう。凄いデショ」と、得意げな伊藤も傍らに行儀よく座ってその光景を一緒に見ていた。

 

「それにしても大盛況だね。『サクラ』なんて必要なかったかもね」

 

「それがそうでもないのよ源君。最初はやっぱり皆遠巻きでじ~~っと見てるカンジ。でも頑張って新入生親娘一組が入ってくれたら後は芋蔓式で増えて・・このザマよ。新入生よりむしろ保護者、お母さん達の方がノリいいわね。うん」

 

「あとは茅ヶ崎君の真面目さと威厳、手際の良さ。それとは対称的な桜井さんの優しい癒しで、って感じかしら?」

 

「そうそう!絢辻さん!まさしくそんな感じ!特に桜井のお母さんメンツへのウケがいいこといいこと♪あっはっはっは♪」

 

「はは」

 

案外伊藤は自己評価が苦手なんだなと内心源は思う。桜井だけでなく間違いなく伊藤自身にもそんな魅力が備わっているはずなのに、と。そんな源の心象も露知らず、伊藤は今度は一転微妙そうに少し眉をしかめた。

 

「・・?どうかした伊藤さん?」

 

「ん~いやね?この調子だと下手すると・・吉備東高で一番部員が多い文化部になるんじゃないかしら・・茶道部は。あ。ほらまた・・」

 

向こう側でまた新たに一組お茶会に参加する新入生の母娘が入ってきている。どうやら既にもてなしてもらった母娘が他の知り合い、新入生達にもこのお茶会の評判を口コミで広げていってくれているらしい。まさに「芋づる式」である。

 

「廃部の危機から一転・・大した昇格になるかもね」

 

「・・おかげで来年廃部の危機に陥るのはわがパソコン部かもしれない・・敵に塩を送って自分の傷口に塩を塗りこんでいる気分だわ・・」

 

実は伊藤の所属文化部―パソコン部もなんだかんだ言って安泰と言えるほど部員数が多いわけではない。おまけに彼女は実はその部で部長を務めるほど重鎮なのだが何故か今ここに居る。

 

「え・・?伊藤さん。なんでそんな微妙な立場で茶道部の助っ人買ってでたのさ・・」

 

「そうよね・・我ながらお人好しだと思うわ」

 

 

 

「ふっ・・まぁーいいわ。幸せそうな桜井を見られるだけでも儲けもんよ。あの子の笑顔は悔しいけどこっちもほっこりするのよね」

 

やれやれと手を腰に当てて伊藤は吹っ切れた様に笑ってそう言った。

 

「・・大丈夫よ。伊藤さん」

 

暫く源と伊藤のやり取りを傍らにて無言で見守っていた絢辻が唐突に静かに、しかしどこか力の籠った低い声で伊藤に囁く。

 

「・・へ?絢辻さん?」

 

「私がパソコン部を潰させないから。勿論茶道部もね♪」

 

「え。でもどうやって?部員が増えない事にはにっちもさっちも・・」

 

「それは企業秘密。でもアテはごまんとあるから大丈夫♪でもその代わり・・」

 

「・・そ、そのかわり?」

 

「それは『今からの伊藤さんのおもてなし次第』・・って事でどうかしら?」

 

悪戯に絢辻はにこりと笑ってそう言った。伊藤の知っている絢辻と少々イメージの異なる今の彼女の雰囲気に意外そうに眼を見開いたものの、伊藤はすぐ嬉しそうに胸の前でパンと拳を握り、からっとした好戦的な笑みを浮かべる。

 

「・・!いいわよ~先日急遽招集された茶道部OB先輩二人、そして茅ヶ崎君に鍛えられた私のおもてなし力見せてあげるわ!」

 

「・・・」

 

―・・肝心の茶道部部長の桜井さんがそこに入らないのがなんだかなぁ・・。

 

源はそう内心苦笑いして突っ込む。

 

「ふふっ♪楽しみにしているわ」

 

「絢辻さん・・お手柔らかにしてあげてね・・」

 

そんな源の仲介を―

 

「源君は黙ってる!『恩情采配で補欠合格』なんて私のプライドが許さないっての!私のお・も・て・な・し!見てなさい!?二人とも!」

 

爽やかに振り切り、伊藤は気合十分でにっかり笑う。本当に気持ちのいい少女だ。

 

―・・。「絢辻さん好み」の性格だなぁ伊藤さんって。頑張り屋で、他人想いで、でも負けず嫌いで張り合いのある性格で・・。

 

ん・・?あ・・!

 

 

源は一瞬驚いた顔をした後、伊藤と談笑する絢辻の横顔を見て少し笑った。

そうだ。この「絢辻」は。この悪戯な「絢辻」は―

 

源は伊藤の想いに感謝し、心から礼を言った。

 

 

―・・ありがとう。

 

 

 

賑やかで爽やかな「サクラ」の少女に呼び出され、誘われて。

 

 

 

 

ほんの少しだけ彼女の中の「あの子」がひょっこり顔を出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 











―・・あ。あれ見て。
―ん?あ~~やっぱり~?うう・・。


ーあれは・・「彼氏」だね。うん。




「すぅ・・」

ー・・。

最近彼女ー絢辻 詞の時間は短い。

時折いきなりこの小さく、華奢な体にずんとのしかかる眠気と疲れによって糸が切れたように眠ってしまう。

やはり「二人分」の時間を生きていくことは今の彼女「一人」では負担が大きいのだろう。

そんな彼女を傍らで何時ものように肩を貸して支えつつ、源 有人は春風浚う好天の空を見上げていた。














▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。