簪の奇妙な冒険 -宇宙翔け夢物語- 作:原作未読の魔改造フェチ(百合脳)
虐められてたおじさんを助けたらスパイだった、虐めてた方もスパイだった。
よく見ると一夏君は会長に任せただけで何も助けてないのは秘密だぞ!
実は更識姉妹は(裏事情込みで)無視する気満々だったから実質一夏が助けたようなもんだぞ!
※ ※ ※
予定通りに暫く原作沿い展開。いや原作知らんけど。
つまり今回、簪さん出番無し。すまんな、これも全部一夏って男の所為なんだ。
見渡す限りの女、女。女学生の視線が突き刺さる、ここは1年1組の教室。
これから級友となる彼女達の視線を真正面から受け止めて、教壇に立った一夏の頭の中は凄まじい勢いで漂白されつつあった。
(……やっべ、自己紹介って何話せばいいんだ!? 皆の期待の視線が痛すぎる!!)
既に沈黙したまま約一分が経過している。時が経つほど皆の期待も高まっていくのを感じるが、それに反して思考はますます真っ白に。だが何か思いつかない限り、どんどん時間は過ぎていく。……これが負のスパイラルである。
とはいえ、このまま何も喋らず席に戻る訳にもいかない。最低限、自己紹介としての体裁だけは整えなくては―――という思いから、やっとこ声を絞り出す。
「お、織斑一夏です! ……あー、よろしくお願いします! …………」
とりあえず名前を言ってみた。次いでよろしくお願いしてみた。
本人的にはこれで十分健闘した、というか精一杯を出し切ったつもりだったが、当然聴衆からすればこれでは全然足りない。『まだ何かある筈だよね?』という無言の圧力の高まりを感じ、彼は更にハードルを上げてしまった事に気付いたが、もうどうしようもない。
やがて次の一言への期待が最高潮に達した時、彼は遂に意を決し、口を開く。
「……以上です!」
期待など裏切ってナンボと言わんばかりの清々しい開き直りに、全員がズッコケた。それを見届けた一夏は、何故か誇らしげな顔で教壇を下りようとし―――直後、頭部を殴打される。
「あだっ!?」
「全く……自己紹介もマトモにできんのか、貴様は」
不出来な
間違っても家族に放って良い一撃では無かったし、もっと言うなら生身の人間に放って良い一撃でも無かった。頭を押さえたまま、呻き声すら出す余裕無く地面に転がる彼の姿を見て、この教室の全生徒が戦慄と共に理解する―――このクラスの支配者はこの人なのだと。
やがて痛みが引いてきたのか、ゆらりと立ち上がった一夏。突然の激痛に苛まれ我が身に何が起こったのかすら分からず悶えていた彼も、隣に立つ姉の姿を見て全てを悟る。
「げぇっ、……………………」
「……間が長い!」
「ぐげぇっ!?」
暫しの沈黙を挟み、まさかの二撃目。教室の誰もが『あ、死んだ』と思う程のクリティカルヒット。だが長年しばかれ続け、すっかり慣れてしまった彼にとって、この程度なら致命傷には程遠い。千冬だってそれが分かっているからこそ殺人級の一撃を放ったのだ。これぞ姉弟の厚い信頼関係である。多分。
そんな訳で、その場に倒れ伏し痙攣しながらも傷一つ無いタフな一夏。しかし実の姉からは厳しい叱責が浴びせられる。
「言いたい事があるなら一息で言い切らんか、馬鹿者」
「い、いや……そういえば関羽ネタは入学式の壇上で
「なら他のネタに差し替えろ、咄嗟の判断でもそれくらい出来るだろう」
「いや、他のネタっても、どれも既に使われてる気がして……(
「それこそ(書き手の)個性の見せ所だろうに、全く……創意工夫が足りんな」
……誰に対する何の批判かはさておき、
「ともかくお前は席に戻れ……ああ、遅くなって悪かったな山田先生。職員会議が長引いた挙句、教室に向かう途中で『問題児』に制裁を……と、この話は後だな」
オホン、と咳払いを一つ、一夏を着席させた千冬は教壇からクラス全体を見下ろし、改めて口を開く。
「―――諸君、私がこのクラスの担任になった織斑千冬だ。私がお前達を導く以上、『落第』はありえない。お前達に『諦め』は許されない。これは別に"戦って必ず勝て、絶対に負けるな"などという無理難題を言っているのではない、
その威、その圧は正しく『世界最強』。これが世界の頂点に君臨した女のカリスマか、さっきまで弟と姉弟漫才をやっていたとは思えない程の威厳を以て教室の空気を塗り替える。
「私が操縦技術・戦闘技能の全てを叩き込めば、お前達は一流のISパイロットになる。それは当たり前だ(私が稽古を付けるのだからな)―――
淡々と粛々と、裁判長が被告に対して判決文を読むかのように淀みなく、予め用意していたであろう長台詞を読み上げる千冬。だがその語り口調は冷然としながらも、言葉の節々から滲み出る凄みによって彼女の熱意が伝わってくる。
「いいか、『武』とは『正義の為に振るわれる力』だ。そして重要なのは―――教師として問題ある発言と自覚するが―――この場合の正義は
教壇に拳が振り下ろされる。教室中に響く鈍い音と共に、千冬から放たれる
「
『き……きゃああああああああああああああああああ!!!』
語り終え、静寂が訪れたのはほんの一瞬。直後、雷鳴のような歓声が教室を震わせる。いわゆる『黄色い悲鳴』という奴だ。
「千冬様! 本物の千冬様よ! 初めて見たぁ!」
「余りの急展開&長台詞で反応遅れた悔しい!」
「千冬お姉様私です! 結婚してください!」
「ちくわ大明神」
「流石
「そこに痺れる! 憧れるゥ!」
「……今年もまたこんな感じか……いや、例年より酷くないか? 私の所信表明を聞いた上で
女子生徒達の混声大合唱を聞き流しつつ溜息を吐く。やかましいし
だが同時に、世界最強を前にしても気圧されず、ここまで騒ぐ事ができる生徒達の活きの良さには感心もしている。これは教え甲斐がありそうだ―――なんて思って微笑を浮かべる織斑千冬は、やはり間違いなく『教師』の器なのだろう。
※ ※ ※
まあその後は特段語る事も無い。
どこかのクラスでは入学直後に抜き打ちテストとかいう前衛的な企画があったらしいが、このクラスのカリキュラムを組んだのは副担任の山田真耶先生。
ISパイロットとしても教師としても『基礎に忠実』である事を旨とし、徹底して基本を重視する彼女がそんな変則的なスケジュールを組む筈も無く、ごく一般的な入学後の諸注意やガイダンスなどを終えて、休憩時間に入る。
「……にしても、驚いたぜ……まさか千冬姉がこんな所で教師やってたなんて……」
自席で
それはともかく、今の一夏は実の姉が自身の『担任』だったという衝撃の事実に頭がいっぱいで、周りが見えていなかった。いや、見えなくて良かったのかもしれないが。
彼は先程にも増して好奇の視線を集めていた。具体的にはクラス中の女子……いや、他クラスや他学年から駆けつけた女子も含めた大観衆が雲霞の如く押し押せて彼の一挙手一投足を舐めるように見つめている。針の筵のように視線が突き刺さる暴力的なまでの注目度。気付いてしまえば謎のプレッシャーで寿命が縮む事請け合いだ。彼の鈍感さがプラスに働いた珍例である。
しかしその一方、誰一人として彼に話しかけようという者は現れない。いや話しかけようとしている女子も居るのだが、彼女達とてたった一人の男子相手に真っ先に話しかけに行くのは少々気恥ずかしかったのだろう。ちょっと躊躇した隙に彼を囲むように人が集まってしまい、今度はお互い牽制しあって誰一人前に出る事ができなくなった。
その結果、一人姉への思索に耽って気も虚ろな少年とそれを完全包囲する有象無象の女子の群れ、という布陣が完成したのである。
……さて。暫くはそんな状態が続くかと思われたが、ここで人垣を掻き分けて一夏に近付く影があった。
長い黒髪を真紅のリボンでポニーテールに結んだその少女は、他の女子が虎視眈々と一夏に近付く機会を窺っているのを押し退けて人垣から抜ける。当然皆の注視が一身に突き刺さるも、一顧だにせず真っ直ぐに進む様はまるで殿中を歩む侍のように威風堂々。
一番槍を目論んでいたであろう者達の羨むような視線や、単純に男子の動向を見守っていたその他大勢が向ける期待に溢れた眼差しなどを全て無視し、やがて一夏のすぐ後ろまで歩み寄った彼女は徐に口を開いた。
「ちょっと―――」
「ちょっとよろしくて?」
……口を開いた瞬間、別の声が彼女の声を上書きした。
その声の持つ威圧感……自分の事を『上に立つ者』だと信じきっている者特有の自信に満ち溢れた声音に気圧されたのか、気付いた一夏がハッと声のした方に顔を向ければ、その周辺の人波もモーセが紅海を割るが如くザッと退く。
そこに立っていたのは一人の白人美少女。片手を腰に当て値踏みするように一夏を眺めている。
着込む制服にはシャラシャラ輝く煌びやかな宝石飾りの数々や華美なリボンが取り付けられ、また裾や袖口は上品なレースのフリルで気品有る趣に仕上がっていた。そんな服装と言い、特徴的な縦ロールの金髪といい、正に市井の人間がイメージする『貴族令嬢』そのもの。
容姿も態度も尊大そのものではあるが、それでも嫌味な雰囲気は一切感じられない。それは彼女にとって"そのように在る事"が自然体なのだと、本人含めた全員が認識しているから。これが上流階級出身者のカリスマなのか、その場の全員が一目で悟ったのだ。『この少女は人の上に立つべき人物だ』と。
誰もが静かに見守る中、この麗しきお嬢様は一歩一歩優雅な足取りで一夏へと近付いていき、そして彼の目の前で立ち止まる。
ふわりと香った花の香のような匂いは、恐らく彼女の付けている香水だろうか、全く知識の無い一夏でも少し嗅いだだけで
暫し無言で視線を交わし合う美男美女。その光景は一枚の絵画のように大層美しく、彼らを囲う群集の
……既に現在進行形でこの一枚絵の邪魔になってる少女が一人、一夏の背後で所在無さげに立ち尽くしていたが。流石に今は割って入れる雰囲気では無いと空気を呼んだのか、目の前の令嬢を一睨みしてからすごすごと後退して人垣の中へと帰っていったのであった。
なお向かい合う二人はお互いに意識が向いていたので、最初から最後まで後ろに居た少女の事は気付いてすらいなかった模様。
一夏が謎の緊迫感に圧されて口を利けずにいる間、ずっと彼の事を見定めるかのように観察していた少女だったが、やがてふっと小さく息を吐くと呟いた。
「……まあ、及第点と言ったところでしょうか」
「……へ? えっ……と、それってどういう……」
「雰囲気で分かりますわ。貴方は人畜無害な一般人、『世界最強』を姉に持つといえども、
「っ……!」
上から見下すように吐き出される言葉。明らかな侮辱の意を孕んだそれに抗弁しようとするも、確かにその通りなのでぐうの音も出ない。
彼の姉は超人であり偉人だ。世界最強のIS操縦者である事を実績で示し、世界からそれを認められている。しかしだからといって、弟の一夏まで特別な存在であるという事は無い。強いて言うなら剣道には少し心得があるが、それも常人の枠は出ず、精々県大会で何とか優勝できる、というレベル……つまり日本国内だけで見ても同格が47人居る計算だ。全然特別では無い。
仮に特別な価値があるとすれば、それは『唯一の男性操縦者』としての価値であり、『織斑千冬の弟』としての価値。どうあがいても『彼自身の人間的部分』には世界が飛びつくような価値は見当たらないのである。
「ですが、まあ、たまたま偶然ISを動かしてしまっただけのド素人なのですから、今は何の覇気も感じなくて当然。ならば
どうしようもない悔しさを覚える一夏の内心を知ってか知らずか、尊大に高慢に胸を張りながら、彼女は見下すような微笑みを浮かべて手を差し伸べる。
「ですから、この手を取りなさいな、男性操縦者。この
『…………!』
俄かにざわつく教室の空気。
衆人環視の中、唯一の男子に対し抜け駆けで唾を付けようというのだから皆が驚くのも無理はない。……惚れた腫れたの下世話な話では無くて、『イギリスの代表候補生』が世界に先駆けて唯一の男性操縦者に接触した、という意味で。
飽くまで『生徒同士の自由な交流』である。『あらゆる国家から干渉を受けない』というIS学園の規則には反しない―――という抜け道だ。
無論、この事自体は然程問題でも無い。世界各国どの国も生徒を使って彼に接触を図るのは遅かれ早かれ確定だろうし、学園側としても織り込み済みの予定調和。無理に接触を禁じて暴走されるよりは、法の抜け道を使った『節度ある交流』で満足して頂こう、という腹積もり。
だがこの場合、皆が驚愕したのはイギリスの手の早さ! 他の留学生の内の幾人かも、織斑一夏と交流を深めるよう本国政府から要請されている事だろう。だがそういう者達ほど逆に慎重になるものだ。
何しろマイナスの印象を抱かれては元も子もない。故に、彼女らの共通認識として"入学後数日は様子見だろう"と思い込んでいたのである。
ところがどっこい、入学直後、唯一の男子に真っ先に向かって行ったのは裏の無い一般生徒でなく、明らかに国家の密命を受けたであろう『代表候補生』。皆に緊張が走るのも道理。
何のしがらみも無い生徒達はともかく、多少なりとも国の命令を受けている者達は必死に思考を巡らせ始める。
(イギリスは何のつもり? この状況では悪目立ちするだけでデメリットの方が大きいのに)
(確実に織斑君と親密になる自信があるの? ……あの高圧的な態度で? 無いわー)
(それともブラフ? 本命は別で、他国を牽制する為の囮?
(或いは……『独断』、か? 彼女には
―――と、誰もが固唾を飲んで見守ったのはほんの数秒。僅かな思案の後、一夏が返答する。
「……いや、遠慮しとく。俺の事を侮って下に見るような人に教えてもらう事なんか無い」
「あら、別に侮蔑のつもりはありませんわ。『私が上、貴方が下』というのは客観的に実力を比較した結論としての事実。故に私が貴方を憐れみ慈悲を与えるのも真っ当な道理。それが悔しいのなら尚のこと、私に師事して実力を得る
「
「……大きく出ましたわね。代表候補生である私を相手に。『見返してやる』と? 『男の意地』などという、夏の空に浮かぶ綿菓子みたいな白雲なんかよりフワフワした動機で。……私の提案を蹴ってまで? ―――感情論以外、何の利益も無いのに?」
「ああ。男に二言はない。『下に見られてカチンと来た』、だから
ここで迷い無く感情任せに身の振り方を決められるのが、織斑一夏という男の長所であり短所である。良く言えば死ぬほど素直で前向き、悪く言えば考え無しで無鉄砲。おまけに直情的。
これを今の世に忘れられがちな男らしさと称えるか、現実の見えていない愚かさと呆れるかは人それぞれだろう。男子に飢えた女子高生である観衆の中では前者が多数派のようだが。
一方、一夏の真っ直ぐな視線を受けとめたセシリアは、自分の提案を無碍にした彼の答えを聞いて―――満足気に笑みを深めた。
「ええ、ええ。そうですか。そう来ますのね……愚かですわね。無謀にも程があります。けれどもその愚かな無謀、『嫌いじゃあありません』わ。Mr.織斑」
「……は?」
思わず間の抜けた声が漏れる。
「本来は感情を抑え私の提案に乗るのが賢い行いでしょう。それはそれで評価できますが……卑屈な己を許さず、自尊が為に敢えて利を捨てる精神! 愚かとはいえ
やたら上機嫌に聞かれてもいない事を語るセシリア嬢。対して困惑を隠せず、目を点にしたのは一夏のみならずその場の観客達全員。彼女の今の言葉をそのまま受け取るなら、それはつまり。
「えっと……オルコット、さん? もしかして、わざと俺に喧嘩売るような真似を……?」
「ええ、まあ。私に挑んでくる気概があったら良いな、と期待を込めて侮辱させて頂きました。別に普通に交友関係を築いても良かったのですが……それだと
「つ、つまらない……?」
あまりにもあんまりな言い草である。世界唯一の希少人物を前に、イギリスは何をトチ狂った事を考えてるのか―――と誰もが戸惑っていると、セシリア本人の口から「いえ、国は関係ありませんわ」と訂正が入る。
「確かに『唯一の男性操縦者と交流を図れ』と命じられはしましたが、別に『友好的に交流せよ』とは限定されませんでしたので。なら『敵対的に交流』した方が
……彼女に政府の命令を伝達した担当官は叫ぶだろう。『そういう意味じゃない』と。
だが彼女は明らかに分かっててやっている。暗黙の共通認識を悪用して、極個人的な目的の為に言葉の裏をかいたのだ。担当官涙目である。
「そう、私は『目立ちたい』のですわ! 世界中に発信し、世界中に知らしめたいのです! この私、セシリア・オルコットの勇姿をッ!!
自分の台詞に酔い痴れるように、大仰な身振りを交えて叫ぶセシリア。ともすれば滑稽な光景にもなり得るが、彼女自身の高貴な雰囲気と端麗な容姿、そして言葉に込められた熱量が絡み合い、まるでミュージカルのワンシーンのように不思議と様になっている。
……さて、言いたい事を全て言い切った様子で満足げにドヤ顔決めるセシリアと、どういう反応をすればいいのか分からず呆然とする一夏、そして静かに見守る他無い観衆。全員が動きを止めて静寂が訪れたのも一瞬、響き渡ったチャイムは次の時限の始まりを知らせる予鈴。
「あら、もう先生がいらっしゃいますわね。早く席に戻らないと……ともあれ織斑さん、貴方からの素敵な挑戦、しかと承りましたわ」
「えっあっ、ちょっ!?」
やりたい放題やるだけやって、さっさと自分の席へと帰っていくセシリア。彼女以外の全員が理解する、彼女は代表候補生の名に恥じぬ大物だと。ついでに色物だと。
「……何だったんだよ、一体……」
取り残された一夏から漏れた呟きは、皆の総意だった。頑張れ一夏、君の前途は多難だぞ!
※ ※ ※
その後、山田先生による分かりやすい授業―――とはいえ初日なので、入試問題レベルのIS業界の基礎知識を復習しただけだが―――を終えて次の休み時間。
「分からん……全く分からん……」
一人だけ授業に付いて行けず頭を抱えているのは勿論織斑一夏君15歳。特殊な事情による入学なので入試は自動合格だったのである。
更に姉の方針により今までISの知識に一切触れてこなかったから、どんな初歩的な説明でも専門用語が出た瞬間にちんぷんかんぷん。ついでに言うと入学前に配布された電話帳程の厚さがある参考書は、厚さの通り電話帳と間違えて捨てた。
……特に最後のが決め手となって、先の授業では理解度0%という醜態を見せたのであった。
なお、参考書誤捨事件を知った織斑先生から殺人出席簿が飛びかける場面もあったが。
『だって千冬姉の部屋に置かれてたし、ゴミの山に埋もれて見分けが―――』
『分かった一夏、この話はやめよう、この場は
という姉弟の攻防の末に制裁は免れた。世界最強のお部屋は汚部屋なのである。
「ちょっといいか?」
「へ? ……え?」
さて、そんな折に掛けられる声。振り向いた一夏は、その主を思わず二度見する。……久しく会っていなかったが、確かに見知った顔だ。
一夏は気付いていなかったが、彼女こそ前の休み時間にセシリアに先を越されたポニーテールの少女。今度こそはと再び人垣を抜け出て、漸く目当ての相手との会話に漕ぎ着けたのだ。よく見ると一夏に気付かれないよう小さくガッツポーズ取ってる。
「あ……っと、ほ―――」
「まあ待て一夏、ここじゃあ何だ。屋上へ行くぞ」
「えっちょ、ちょっと待て!?」
口を開きかけた一夏を制し、周囲の人だかりを煩わしいと言わんばかりに
本人の意思を確認するまでもなく引き摺られるままの一夏は、好奇と羨望の眼差しを送る人波を一直線に突っ切る少女に連れられ教室を出て行ったのだった。
……一人の貴族令嬢が険しい目つきで一部始終を眺めていた事に、気付いた者は誰もいない。
※ ※ ※
「さて、改めて……久しぶりだな、一夏」
「お、おう……6年ぶりだな、箒。……だよな?」
「なんで自信無さげなんだ……」
校舎の屋上に二人きり。目に見える範囲の邪魔者がいなくなり、一夏に向き直って挨拶を交わした少女の名は篠ノ之箒。6年前まで同じ小学校に通っていた幼馴染であり、ISを発明した天才科学者・篠ノ之束の妹でもある。
「いや、その……」
「まあいい……そういえば一夏、風の噂で聞いたぞ。お前、剣道続けてるらしいじゃあないか」
「えっ? ああ、まあ、続けてるというか再開したというか……一度やめたんだけど、4年前にドイツで色々あって。それで、最低限自分の身を守れる程度の強さは持ちたいと思ってさ。箒の方こそどうなんだ、剣道で活躍してるって噂は聞かないけど」
「…………私の方はまあ、色々込み入った事情があってな。大会などには出る暇が無かったんだ。……無論、剣を捨てた訳では無いぞ? 公の場で腕を振るう機会に恵まれずとも、鍛錬は続けてたからな。剣筋はあの頃より更に冴え渡り、白刃一閃紫電の奔るが如く、だ」
会うのは久しぶりだろうともそこは幼馴染、互いに共通の話題である剣道トークを通じて既に往年の親しさを取り戻したように見える。……ちらちらと落ち着かない様子で箒の姿を見遣る一夏の挙動不審を除けば。
「……あのさ、箒。その―――」
「ああそうだ、大会といえば一夏お前、昨年は県大会で優勝したと聞き及んでいるぞ。全国大会に出場しなかったのは解せんが、とにかくおめでとう」
「あ……ああ、ありがとう。……全国大会は、その……道に迷っていつの間にか北九州に……」
「なるほど、阿呆だな。方向音痴は相変わらずか……いや酷くなってないか? 東北だったろう、去年の開催地」
「返す言葉も……じゃなくて箒ッ!」
「―――と、突然何だ!?」
「その、さ……えっと、一つ質問があるんだが!!」
久方ぶりの馬鹿話に花を咲かせていた箒だったが、突如としてそれを遮った一夏。暫し逡巡するような素振りを見せたが、やがて覚悟を決めたのか意を決して問い質す……
「その『
「『服装』?」
そう問われ、どこかおかしな点があったかと自らの制服に視線を向ける。
それはIS学園から支給された、ごく普通の学生服。白を基調とし黒と赤のアクセントが映える、シンプル且つモダンな制服。同年代の女子と比べて少々発育の良い体型に合わせて胸の部分は少しゆったり目に改造され、また剣を嗜み常日頃活発に動き回る事も考慮してスカートではなくパンツタイプ……一夏と同じズボン型の制服に変更しているが、それだけだ。際立って変に思える部分は一つも無い。
そして
「うむ、どこもおかしな点は無い普通の制服だと思うが?」
「
箒としては何一つ違和感の無い一般的な制服のつもりだったが、どうやら一夏からすれば制服の上に着ているコートが明らかにおかしく見えるらしい。まあその辺りは個々人の主観による部分も大きいだろうと、箒は一言説明を重ねる事にした。
「なに、ただの改造制服だ。ここIS学園では、生徒一人ひとりの個性に合わせて制服を改造する事が認められているからな」
「いや認められねーよ!? 制服の改造が認められてたとして制服と別に上着を付け足すのは改造の範疇じゃあ無いだろ!?」
「改造制服の範疇だぞ。学年主任(千冬さん)を通じて学園の許可も取得済みだ」
「マジか千冬姉! 何でこれに許可出るんだこの学園!? 自由過ぎんだろ!!」
錯乱したかのように叫ぶ一夏だったが、何一つ間違った事を言っていない箒としてはきょとんと眺めるしか無い。何を騒いでいるんだこの男は、と。
「ぜぇ……ぜぇ……」
「……落ち着いたか? 一夏」
「……百歩譲ってッ!!」
「お、おう!?」
叫ぶだけ叫び、やがて一旦は落ち着いたかに見えた一夏だったが、まだ何か言い足りないらしい。宥めに入った箒の腰を指さし再び声を荒げる。
「百歩譲ってッ、そのコートは改造制服だとしてッ! その腰に着けてる『ソレ』は何だッ!?」
「『ソレ』……って、
一夏が指摘したのは彼女の腰元、左脇の辺りに佩いている―――
「……お前にはこれが
「そーだよな日本刀だよな何で学生が帯刀してんの!? 銃刀法違反って知ってるか!?」
「いやぁ……そんなこと言われても、これが私の『専用機』の『待機形態』だからな。おいそれと手放す訳にはいかんし、そっちの方が問題だろう?」
「た、待機形態……だからって……だからってさぁぁぁぁ!!」
―――ISの待機形態、即ち非使用時のISを持ち歩く為に本体を量子化してアクセサリーの形とした携帯用モード。
日本刀がアクセサリーの部類に含まれるのかはさておいて、世界に467機しか存在しないIS(使い方によっては核兵器以上の危険物)を目の見えない所に放置する愚こそ避けるべきだ。……ぐうの音も出ない程に正論である。
「でも……だけど! いくら模造刀みたいなモンだからって―――」
「案ずるな、鈍らでは無いぞ。ちゃんと人も斬れる」
「そこは誰も心配してねぇよ!! つーかむしろ心配増したわ!!」
「ちゃんと学園からも許可下りてるぞ?」
「もうやだこの学園おうち帰るぅぅぅぅ!!」
涙目で喚く一夏だが、悲しいかな彼は世界中から狙われる身。そんな簡単に家には帰れないのである。諦めて順応するしか無いのだ。慣れるしか無いのだ。真剣を佩いた幼馴染が居る日常に。
……まあ考えようによっては
「……さて、そろそろチャイムも鳴りそうだし、教室へ戻るとするか。……雑談ばかりで『本題』に入れなかったのは痛い所だが、……ま、どうせ話せなかったろうしな」
ちらりと屋上への出入り口へと目を遣りながら呟くが、一夏は未だ呆然自失。付いてくる気配は無い。どうしたものかと頭を掻くが、遅刻すれば織斑先生直々の『お叱り』が待っている。一夏に念仏を唱えつつ、箒は一人先に立ち去ったのだった。
※ちなみに一夏はこの後チャイムの音と共に復活。慌てて教室へ急いだが、道に迷った末に道中で千冬と鉢合わせて、一撃でKOされたそうな。
……To Be Continued→
ほら、原作沿いだけど原作読んだこと無いから(震え声)
貴方の知る原作と大きく異なる部分があったとしても、それは幻覚です。ホワイトスネイクが見せる幻覚。すぐに目覚めないと溶けてDISCが奪われる事でしょう。
次回で決闘まで行けるかな……行けたらいいな……