二体の人形はオルタちゃんに槍で胴体を貫かれ、ジャックによって短剣で関節を斬られて倒れていた。ジャックは直に俺に抱き着いてきた。
「おかーさん、おかーさん。褒めて、褒めて」
「よしよし、よくやった」
口から男の声ではなく、少女の声が出る。そのまま、小さな手でジャックの頭を撫でる。肌ざわりの良い髪の毛の感触が最高だ。それにジャックから漂ってくるいい匂い。
「ちょっとっ、何時までしてるの……してるのですか。トナカイさん、さっさと私も撫で……」
「これにて初期説明は果たした」
「……」
オルタちゃんは神父をうらめしそうな目で睨み付ける。
「どうしたのだね、幼女よ?」
「幼女じゃないです」
「えてして子供はそう言う者だ。それより、もうすぐ変身が切れるのではないかね?」
「あ」
魔力が切れて俺の姿も男性へと変わった。すると、身体の中からアーチャーのクラスカードが出て来た。
「男に戻りましたね」
「おー」
「魔力切れだ。サーヴァントを召喚している間はその分最大値が減っている。まあ、後の詳しい事は自分で調べるがいい。そこまで面倒は見切れん。さて、これにて基本説明は終わりだ」
そう言いながら、神父はリュックサックを取り出してくる。
「この中には三日分の食料と方位磁石。救急治療セットが入っている。これを持って、森を出れば街道に到着する。そのどちらかに進むと村がある。先ずはそこを目指すといい」
「え、これで終わり?」
「不親切ですね」
「そ~なの?」
「そうですよ」
「そ~なんだ」
可愛いな。まるで姉妹みたいだ。オルタちゃんがお姉さんで、ジャックが妹かな?
「ログアウトは専用の魔術道具による結界の中か、村や街の中でしかできない。スマホを無くせば二度と現世に戻る事は叶わぬと思え」
これはやばい。基本的にログアウトはスマホからか。まてよ?
「電池はどうなるんだ?」
「知らん。どうにかしろ」
「っ⁉」
俺は慌てて電源を切る。ステータスを見るのもスマホを使うのに、それすら電池の節約が居るとか不親切にもほどがあるじゃねえか。
「例えば、別のプレイヤーのスマホを奪ってログアウトする事は?」
「良い質問だ。それはもちろん可能だ」
プレイヤーによる殺し合いも想定されているのか。まあ、フェイト=聖杯戦争だから、ある意味では当然か。プレイヤーキラー、PKには気を付けないといけないな。いや、ジャックが居る時点で、むしろプレイヤーキラーになるべきか?
「質問は以上か?」
「いや、街道に出てからどちらに進めば村は近い?」
「東だ。東は三日で着く。西は一週間かかる」
これは聞いておいて正解だったな。しかし、そうなるとバイトもあるし、時間も聞いておいた方がいいな。
「この世界と現実世界での時間の流れは?」
「同一である」
「バイト先に連絡を入れたいんですが……」
「スマホから普通に繋がるはずだ」
「マジで!?」
「うむ。ああ、しかしこのゲームの事をプレイヤー以外に漏らす事は止めておけ」
まあ、誰も信じないだろうけどな。
「ペナルティが与えられる事になる。それによく考えるのだ。サーヴァント及びクラスカードはその側面に関しては一体だけだ」
なるほど。オルタちゃんことジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィは一人しかいない。だけど、ジャンヌ・ダルク・オルタとジャンヌ・ダルクは手に入れられるという事か。
「アルトリアだと、オルタとアルトリアが可能という事でいいんですよね?」
「そうだ。水着も可能だ。FGOのパーティーと同じだ。同一サーヴァントは編成できない。それが全サーバー、全プレイヤーに適応されていると思えばいい」
「なるほど」
これはつまり、これから起こる事として確実なのはクラスカードの取り合いだ。無限にあるのではなく、クラスカードは基本的に一つの側面に対して一つだけという事だ。
「もしかして、あんなに星5が出なかったのは……」
「既に回収されているからだろう」
「何人プレイしているかは……」
「秘匿事項だ。さて、私は行かせてもらう。次のプレイヤーが現れたようなのでな」
後ろを振り向くと、光の粒子が集まってきている。
「さっさと行け。それとも、早速殺し合いを始めるかね?」
「行かせて頂きます。お世話になりました」
「うむ。期待している」
神父が手を振ると、森が別れて道が出来た。どうやら、ここを下りれば街道に出るようだ。
「行こうか、オルタちゃん、ジャック」
リュックサックを背負って、二人に手を差し出す。
「うん♪」
ジャックは楽しそうに小さな手で握り返してくれる。
「いいでしょう。トナカイさんにエスコートされてあげます」
オルタちゃんはそっぽを向きながら、顔を少し赤らめて手を握ってくる。二人と一緒に新たな旅路へと向かう。
「どうでもいいのだが、その状態で襲われたら対応できるのかね?」
「あっ」
「……無理ね。無能じゃない、このトナカイ」
「えっと、わたしたちとオルタちゃんでおかーさんを守るよ」
「助かる。じゃあ、一人はアタッカーで一人は護衛を頼む。基本的にはアサシンのジャックが先行して偵察。その間、オルタちゃんが俺の護衛。戦闘時はオルタちゃんが前に出て、ジャックが護衛。隙があれば遊撃。こんな感じか?」
「基本的にはそれでいいでしょう」
「やだ」
「ジャック?」
「やだやだ! それだったら、わたしたちがおかーさんと一緒にいれないもん!」
涙目でぎゅっと手を握りしめてくるジャック。
「じゃあ、二人で護衛してくれ」
「効率悪っ」
「泣く子には勝てない」
「はぁ、仕方ないわね。気配察知くらいはできるでしょ」
「獲物を探して襲うのは得意だよ?」
「なら、それでいいですね」
「そうだな。神父様、ありがとうございました」
「ああ、さっさと行け。そして、無様な姿を晒して来い」
「それは遠慮したいです」
「べ~だ」
「お断りね」
可愛い二人の少女と一緒に森を抜けていく。その途中でバイト先の店長や先輩にメールを出しておく。これでシフトは大丈夫だ。しかし、生死を賭けたデスゲーム。無事に生き残れる事は出来るのかね?
どちらにしても、出来るだけ悔いの残らないように過ごさないとな。可愛い娘達と共に。