念話という物を終えて、俺はテーブルに置かれている飲み物に口をつける。ここは桜に連れて来られて乗せられたこの崩壊した時代には不釣り合いな豪華な客船の食堂だ。生きている乗員は俺達だけで、他は人形だろう。
「これで良かったのか?」
「はい、完璧です」
「これで美遊の安全は保障してくれるんだな、桜」
「もちろんです。先輩も思う所があると思いますが、弟子に上げれば勝手に守ってくれますよ。ロリコンですし」
「はぁ……」
桜が言う通り、桜坂はロリコンなのだろう。妻であるかなでが居て、サーヴァントであるジャックとジャンヌちゃんが居たのだ。まあ、どちらの趣味かは分からないが。どちらにしろ、あのまま友達が出来なければ美遊はもっと暗い娘になっていただろう。
本来なら、美遊を託す訳にはいかないのだが、俺には時間が無い。無理矢理、クラスカードを取り込んで英霊の力を使い続けた代償で、俺という存在は長くは持たない。そうなれば残されるのは美遊一人だけになる。俺と置き換わった英霊が美遊を守ってくれればいいが、どうなるかなんてわからない。だが、美遊を狙う奴等は待ってはくれないだろう。その点、桜坂はサーヴァントを二体……いや、今は三体か。それにかなでも強力なクラスカードを持っている。これだけの戦力が有れば、少なくとも美遊を守る事はできなくても、逃がすくらいは出来るだろう。目の前からの奴からだって可能かも知れない。来訪者なのだから、別の世界に逃がす事だってできるだろうしな。
「どうしましたか?」
問題は
「桜、お前は誰だ? いや、なんだ? 美遊にとって、お前は敵か?」
「ふふふ、直球ですね。いいですよ、先輩。私は美遊にとって、敵、でしょうね♪」
微笑みを浮かべる桜に俺は、両手に干将・莫耶を投影してテーブルを蹴りあげて、斬りかかる。
「あはっ、激しいですね先輩っ!」
桜は避ける事もせずに俺の干将・莫耶を突き刺させた。直に離れようとするが、
「先輩ったら、せっかちなんだから。そんな先輩も好きですよ」
「そうですよ。先輩に与えられる痛みなら、それはそれでいいものです」
「もう、私ったらマゾなんですから」
いつの間にか俺の回りには大量の桜が居て、俺を押さえこんで来る。景色も食堂だったはずが、天井や壁が全て消されていて甲板へと変化している。
「お前達は……」
「私達は間桐桜、本人ですよ。ありとあらゆる並行世界の間桐桜が、ムーン・キャンサーたるBBを基にして統合されただけです。世界も感じている通り、この世界は壊れて混ざって混沌としています」
並行世界の融合か。だからこそ、あの壊れた世界は助かったのだろう。本来なら、あのまま世界は崩壊するはずだった。それに来訪者なんておかしな連中まで居るのだ。クラスカードの事から考えて、エインズワースも関わっているだろう。
「それで、お前達の目的はなんだ?」
「簡単です。今度こそ、今度こそ! 先輩と添い遂げる事です!」
「え?」
「わかりますか、先輩! 私達はどの世界線でも碌な目にあっていません! 例外は一人、二人くらいですよ! ふざけているんですか! なんでこんなに世界があって私達ばかり不幸な目に合うんですか! だいたい、先輩も先輩です! あんなに、こんなに尽しているのに、なんでぽっと出の金髪や傲慢で恵まれている悪魔なんかにぃぃぃっ!」
「あっ、悪い。でも、取り敢えず落ち着け。ほら、俺は逃げないから」
桜の肩を掴んで、抱き寄せて撫でてやると落ち着いたようだ。
「こほん。取り乱しました。さて、先輩。私と取引をしましょう」
「取引か?」
「はい。先輩は願いましたよね、何だって良い。誰だって良い。力を貸せ。その代わりに俺の全部を差し出すと」
「ああ、確かにそう言った」
「でしたら、先輩の全部を間桐桜であり、BBである私達にください」
両手を広げて宣言する桜達。なんだか、悪魔の契約に見えてくる。
「そうすれば、世界を総べる力を差し上げます。私はおそらく、この世界でも最強の存在です。この船だって私が作りました。私が望めば世界を救う事だって、高確率で出来ます」
そう言いながら、一瞬で甲板にテーブルと数々の料理を作り出した。その席には様々な黒いサーヴァント達が居る。
「食料問題? エネルギー問題? 全て、このBBちゃんにお任せです。塵芥からでも生産してみせましょう。敵ですか? 核兵器でもぶち込めば終わります。その後は私が直せばいいんです。ほら、先輩が得られる力はそれほどの物です。
「桜……」
「先輩には私だけの先輩になってもらいます。他の女なんて要りません。私達だけで定員一杯です。私と先輩の邪魔をするなら、地獄に叩き落してやります。特に私の邪魔をして、先輩に恋をしている美遊は見逃せません。彼女は有象無象ではないのですから」
「……美遊をどうするつもりだ」
これだけは聞かないといけない。俺が力を求めるのはあくまでも美遊が普通の女の子として幸せに過ごせる事なのだから。
「殺しはしません。ただ、私達が経験した事を彼女にも味わってもらって、私達の言う事を聞くお人形さんになって貰います。その後は間桐桜がそうだったように、害虫の苗床とかですか」
「っ!?」
「私はそれでも良かったんですが、弟子が私と先輩の仲を取り持つから、美遊をくれと言ったので彼にあげる事にしました。私の邪魔をしないのならば構いませんし、私が先輩と結婚したら妹になる訳ですしね。家族には優しくしないといけないでしょう?」
少なくとも俺と結婚したら、美遊を家族とは見做すのか。逆に言えば身内ですらなければ排除するという事だな。
「それで美遊は幸せになれると思うか?」
「さぁ? それは本人次第ですが、大丈夫じゃないですか? それに、先輩は忘れていますよ」
「なにがだ?」
「彼は私達二人の弟子です。弟子は生かさず殺さず鍛えて、調教するものですよ」
「それは違うだろう……だが、言いたい事はわかった。つまり、美遊を幸せに出来る男に作り変えればいいという事だろう」
「そうです。それに来訪者は自らの肉体データを書き換える事が可能です。実際に彼は私の泥を受け入れて、竜まで使って肉体を再構成してみせました。なら、可能だと思いませんか? それに私には願望機たる黄金の杯があります。不可能を可能にしてみせます。奇跡をただの必然にする事だって可能なのですから」
どの道、俺には選択肢が無い。無茶をしまくったお蔭で、もう残された時間は少ない。心残りは美遊だけだ。その美遊を幸せに出来るのなら、世界を敵にしたって構わない。冥府魔導に堕ちようと大いに結構だ。
「いいだろう。契約成立だ」
「では、これから先輩は私の旦那様です」
「なら、旦那として願う。全力で美遊を守ってくれ」
「任せてください。既に私の手持ちの戦力で、最強の子達を送っておきました。例え、核兵器だろうと物理的に守ってくれますよ」
「おい、待て。何を送った」
「ふふふ、それは後のお楽しみです。それよりも、妻になった私とする事がありますよね?」
「はぁ~本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。だって、この世界で勝てるのは私か私の
「一部は要るんだな」
「それは仕方ありません。ミスブルーを初めとした魔法使いはわかりませんからね。ですが、BBちゃんだって負けていませんからね。いざとなったら、私がこの世界を上書きしちゃうんですから♪」
駄目だコイツ。放置したら、絶対に暴走して碌な事をしでかさない。コントロール装置の無い終末装置だ。世界が終ってしまう。いや、俺がコントロール装置か。自分からマスターなんて言っているのだから。つまり、俺が桜を幸せに出来るか、出来ないかに世界が掛かっているのか。
「せ~んぱ~い♪」
抱き着いてくる桜を抱きしめ返し、覚悟を決める。やるしかない。美遊の為にも、世界の為にも、お兄ちゃんは頑張ろう。いざとなれば英霊に……
「あ、先輩の寿命や置換は治しておきますね。でも、力だけは使えるようにしておきます。そうしたら、美遊の花嫁姿だって見れますよ」
「複雑だが……よろしく頼む」
「はい、任されました。末永く、永遠によろしくお願いしますね、先輩♪」
どうやら、不老不死にされるのかも知れない。だが、まあいいだろう。桜にも幸せになって欲しかったからな。