「お姉さん、『加賀型第1番艦 正規空母』の加賀さんでしょ?」
自分は加賀さんにそう言った。
父さんが自衛隊の派遣でしばらく家を空ける事になって妹の未依はすぐに泊まる場所が決まったけど、自分は友達なんて居ない上に親戚の家に行ってもつまんないから母さんの指揮する鎮守府で過ごす事になった。
煩い同級生も居らず、艦娘の事が良く知れる事が出来る資料室に朝から篭って見ていた。
だからこそ、空母の加賀さんに会えたのが一番の驚きだった。
「え、えぇ。私が空母の加賀だけど…、貴方が?」
「音峰明斗。母さんの息子です」
自己紹介すると机の上に持っていた資料を置いた。
「それ…、全部見るの?」
「うん、遊んでいるよりこうして歴史を見ていた方が楽しいから」
そう言って読み始めた。本当に提督の息子さんなのだろうか…?私は疑問を抱くが、明斗少年の資料を読んでいる姿が提督とよく似ていると感じた。
すると、扉が開かれて提督が中に入る。
「明斗、まだ居たの?それに、ちゃんと挨拶した?」
「したよ母さん。それに、まだ半分程残ってる」
は、半分ってもう半分も読んだの!?
内心驚く私に提督は話を続けて
「全く……。読むのも良いけど、朝ごはんだけ食べてね?美味しいご飯が待ってるから」
「うん……」
提督は諦めて私に「後はお願いね、加賀さん」と言い残して資料室から出て行った。
私は如何したものかと考えるけど、少年は夢中になって読んでいた。
「ねぇ、加賀さん。この漢字なんて読むの?」
明斗少年に呼ばれ、その漢字の読みを読む。
「哨戒よ」
「哨戒って読むんだ……。ありがとうございます、加賀さん」
お辞儀をして、また読み始める少年。礼儀正しい…そう感じた私。
その時、『グゥ~~~』と静かな資料室に響き、私は少年を見る。
「と、時には休憩も大事だよね……」
恥ずかしそうに俯いて言う少年、私は少年に「食堂まで一緒に行きます?」と聞く。
「お?加賀さんの隣に居るのが提督の息子か?」
間宮さんの作った食事を明斗少年と食べていた時、遠征から戻って来た天龍と第六駆逐隊が食堂に入り、私達の姿を見つける。
「初めまして、母さんの息子であります音森明斗です」
「礼儀正しいな…。俺の名は天龍、フフ怖いか?」
「全然」
天龍の自己紹介に真顔で答えた明斗少年に天龍は些かショックを受けたようだ。
「そ、そうか……」
「天龍お姉ちゃん~!しっかりして~!!」
天龍が思いのほか落ち込み、第六駆逐隊が天龍を心配する。
「ちょっと!幾らなんでも酷いよ!!」
「だって、怖くないものを怖いって言う必要がある?」
暁が明斗少年に申すが、彼も一歩も引かずに平然と答える。
流石にこの空気のまま食べる気はないので仲裁に入ろうとしたが、
「全く、お前は仲良く出来ないのか?明斗…」
提督が自ら仲裁に入り、明斗少年に言う。
「天龍もそれくらいで凹まない……」
「へ、凹んでない!?」
一応復活した天龍も明斗少年に「まぁ、兎に角宜しくな」と言った。
明斗少年も「宜しくお願いします」と返事をする。
「ご馳走様でした」
もう食べ終わった少年は食器を置きに行くとそのまま食堂を後にした。
「あの子…。頭が良いから全てが無駄だって思っているのよね……」
悲しそうに言う提督。私は明斗少年の後を追いかけるように急いでご飯を食べる。
「良し、続きを見よう」
自分は一人で呟くとそのまま読みかけだった資料を読み始めた。
こんな下らない世界に居るより、可能性が広がる空想世界に浸っていた方が自分には十分……。
しばし読み耽っている時に、誰かが入って来た。最初は母さんだと思ったけど……。
「また、読んでいるのね?」
加賀さんだった。自分は「何か問題でもありますか?」と淡々と答えた。
夏の暑さも少しだけ涼しい風が窓から入り蒸し暑い室内を必死に涼しくしようとしている。
「隣、座るよ」
「どうぞ」
自分はそう言って読む。
加賀さんはじっと自分を見つめている。自分はそれが気になってあまり集中できないので…。
「あの…、何で見つめているのですか?」
「君の事が気になったからよ…。きみの年頃なら外で遊ぶかと思うんだけど?」
「騒がしい奴らと一緒にしないで下さいよ。自分はこんなにも下らない世界で生活するなら空想世界に浸っていたいんですよ……」
そう…、あんな奴らのせいで転校した『柊人』を思い出さない様に……。
「でも、案外下らなくも無いものよ?」
けど、加賀さんは自分に反論する。自分は「なら証拠を見せて下さいよ?」と言う。
「証拠…、窓から見れば解るわ」
自分はそう言われて窓から外の風景を眺める。
そこから見えたのは欲まみれの建物と山が見えるくらいだった。
「前じゃなくて下」
下を見ると丁度服を着たまま水遊びをしている人達が見えた。
「下らないですよ。服の後始末だって大変なのに」
自分は椅子に座ってまた読み始める。
加賀さんは自分のその姿を見て諦めたらしく、そのまま出て行った。