部屋の片隅に放置されていた『それ』は室内に存在する音を記録し続けていた。
うつろな瞳が見つめる先にはかつて開発のサポートをしていた男の背中がある。彼は開発者とその父親である教授が死んだ際にすべてを引き継いだはずだった。
しかしふたりを失った彼は完全に変わってしまった。恋人関係にあった開発者が死んでしまったのが原因であることは『それ』も理解している。
だが開発者が遺した物に背を向けた彼は新たなヒューマノイドの開発に着手していた。
元々ヒューマノイドは戦争における兵士の代役として研究、開発されている。そしてそれを応用して開発された『それ』も基本ベースは同じだった。
しかし彼はより強靭な兵士を作ろうとしているのだろう。そのため不必要となった物を放置した。
それでも『それ』は放置されて半年は待った。
ヒトは喪が明けたら前に進み出すと、ここを訪れた石黒研究員が言っていたためだ。しかし彼は研究にのめり込むばかりで何も変わらない。
そのため『それ』は答えを出した。必要のないゴミは処分場で始末されるべきだ。
それはヒューマノイドの行動を司る基本プログラムによって導きだされた結論だった。
部屋の片隅から動いた彼はほこりにまみれた自分を洗浄した。目の前の鏡に写るのは開発者に少し似た外見をしている。
死んだ教授の話では、顔全体のパーツは教授の妻に似ているらしい。ヒューマノイドとして作る際に教授は自分たち夫妻の息子という体で外見シュミレートを行った。
そして教授の息子である開発者も母親似だったと聞いている。
そんな彼らが生きていた頃の記録は今も消されずに残っている。これは処分される時まで残るだろう。ゴミの処分にデータの消去という手間はかけないはずだ。
屋敷の外へ出るために最低限の身なりを整える。しかし髪を整えるところはプログラムされていないため生乾きのまま屋敷を出た。
冷たい風が街を走り、灰色の雲が空をおおっている。それは暖かかった半年前とはあきらかに違う光景だった。それに首を傾けながら彼はインターネットのできる環境を求めて歩いていく。
自分は資源ゴミなのか、それとも粗大ゴミなのか。それを調べた上で適切な日取りに処分場へ赴かなければならない。そのためにまずはネットで調べる必要がある。
しばらく歩いていると多くのヒトが行き交うにぎやかな通りに出た。
彼の耳に様々なヒトの会話が入り込んでくる。そのどれも軽やかで何かを楽しんでいるように聞こえた。他にも自動車の音や生活音も街にあふれている。
そんな雑多な音の中でひとつ、彼に近づくものがあった。
振り向く彼の真後ろで足音が止まる。
視界がとらえた相手は彼よりも身の丈が高かった。そこまで大柄なヒトは今まで見たことがない。
「職質したいんだが……ここで何をしてる?」
「インターネット環境を探してんだよ」
問われた彼は素直に現在の行動目的を答える。すると目の前の人間は眉をひそめてそばの建物に目を向けた。そのためつられるように彼も視点をうつす。
そこには立ち並ぶビルの入り口と不明な羅列が書かれた看板があった。
「何かあんのか?」
「目が悪いのなら眼鏡屋を勧めるぞ」
「視覚機能は正常だ」
「機能?」
短いやり取りの後に再び人間が彼を見た。視線を受けた彼は怪訝な顔を見せた相手を凝視する。
やがて人間は答えを導きだしたようにわずかに目を大きくさせた。
「ヒューマノイドか。持ち主は?」