拾ったその日は光秀の生活に必要なものを少し買うだけに済ませるつもりだった。研究員に会うことも後回しにして光秀の個人情報を引き出すことに努める。
だが魚住が何を聞いても光秀の本体に関する情報は出てこなかった。
「本当に型式しか知らないんだな」
「普通は知ってるのか?」
「市販品なら取扱説明書機能が標準装備されてると聞いたことがある」
再び街を歩きながら魚住は光秀と言葉を交わしていた。そもそも言語機能は正常なのに文字の認識ができない時点で普通ではない。
だとしたら光秀自身が言うとおり、まだ開発段階だったのだろう。しかしその途中で開発者である教授が事故死したため持ち主不在となった。
「最近、野良のヒューマノイドが悪用される事件が起きてるんだ」
「ノラってなんだ?」
「持ち主不在のヒューマノイドだな。さっきまでのおまえのことだ」
警察官という立場上、ヒューマノイドが悪用されることは防がなければならない。だからこそ持ち主になった魚住だが、その心配は杞憂な気もしていた。文字の認識すらできない未熟なヒューマノイドでは何もできないと思えるためだ。
「なぁ、魚住」
不意にコートの袖口を引かれて横を歩く光秀に目を向ける。すると光秀は片耳に手を当てながら怪訝な顔を見せていた。
「なんか変なもんが聞こえるんだけど、警察なら行くよな」
「変な音が聞こえる、ということか。どこから聞こえるんだ?」
「あの路地の奥」
そう言いながら光秀が指差した先には確かに狭そうな路地の入り口がある。そこに目をつけた魚住はすぐさま走り出した。
携帯電話で職場に連絡を取りながら現場へ向かう。薄暗く狭い路地に飛び込むと三人の男が女性ひとりを囲み襲おうとしていた。携帯の向こうでは部下から直行しますという声が聞こえる。魚住はそれに頼むと返してすぐに電話を切った。
「警察だ。ここで何をしている」
身分証を取り出し提示しながら質問を向ける。すると女性を囲んでいた男たちが顔を見合わせた。
「いくらポリでも、二対三じゃ勝ち目ないんじゃね?」
男のひとりがあざ笑いながら言い放つ。その言葉を聞いた魚住は驚き目を見開きながら振り返った。肩越しに目を向けると光秀がついて来てしまっている。
「どうしてついてきたんだ」
ここは危険だと声をかける魚住の横を抜けて光秀が前に進み出た。片耳に手を当てたまま三人の男を凝視している。だが位置的に光秀の背中しか見えない魚住は、彼の瞳が変色した事に気づけなかった。
サイレンを響かせたパトカーが数台現場に到着する。部下だけでなく所轄の警察官も現れたため、魚住は彼らに逮捕した男らを引き渡した。
「魚住さん、怪我はありませんか?」
「大丈夫だ」
部下の有栖川に問われた魚住は短い言葉で返しながら歩き出す。そして被害女性と一緒にいる光秀の元へ近づいた。
被害女性はすぐにやってきた救急隊員に連れられ女性警官とともに立ち去る。それを見送った魚住は改めて光秀を見た。
「さっきのはなんだ」
「持ち主を守るのは普通のことだろ」
「戦闘能力があるなんて聞いてねぇぞ」
やや責めるように言うと、そこでやっと光秀の目が向けられる。紫色の瞳を向けてきた光秀は強い眼光もそのままに目を細めて笑った。
「こんなもん、標準装備だろ」