事件の加害者も被害者も所轄に引き渡した魚住は買い物を済ませて帰宅する。魚住は夕食の支度に取りかかるためキッチンに立ち、カウンター越しに光秀を眺めた。
リビングにいる光秀は購入した品物から値札を切り取る作業をしている。
ハサミを使い値札を切り取るだけの簡単なことを、光秀は真剣に行っていた。その様子を見る限り街で犯罪者三人を一瞬で制圧する姿は想像できない。だがヒューマノイドという物は、元々そういうものなのだろう。
外見からは想像もできない能力を秘めているからこそ悪用されれば危険な代物になる。
「魚住、アルコール飲ませろ」
「晩酌を求めるヒューマノイドなんて聞いたことがないぞ」
「魚住は近戦格闘モードも知らなかったじゃねぇか。アルコール出せ」
「うちに酒なんてない」
「マジか…」
酒を飲まない魚住は、当然だが家にアルコール類を置くこともしない。それをそのまま告げると光秀はショックを受けたような顔を見せた。あげく落ち込んだように背中を丸める姿に小さな罪悪感が生まれる。
「…明日、仕事帰りに買ってくるから、それまで我慢しろ」
渋々と約束を口にした魚住の視界の中で光秀が勢いよく顔を向けてくる。その嬉しそうな顔を見ると家に酒くらい置いても良い気がした。
「酒はないが…他のものは飲むか? スポーツドリンクなら冷蔵庫にある」
「コーヒーは?」
「あれは飲みすぎると胃が荒れる」
ヒューマノイドの消化器官が荒れるかどうかは魚住にはわからない。しかし刺激物の取りすぎはヒューマノイドであっても良くないだろう。
そんな考えとともに冷蔵庫を開けた魚住はスポーツドリンクを取り出した。中身をグラスに注ぎ入れる頃には光秀がそれを取りに来る。
「魚住はいろんな飲み物が出てくるよな」
「教授のところでは何を飲んでいたんだ?」
「アルコール」
馬鹿のひとつ覚えのようにアルコールしか出ない光秀に魚住は苦笑いを浮かべる。おそらく教授が酒豪だったため、光秀も一緒に飲んでいたのだろう。そう考えた魚住は光秀にアルコール以外のものを教えるという小さな使命感を抱いた。
そんな魚住が見守る中で光秀はグラスのスポーツドリンクを飲む。グラスの中身をすべて飲み干した光秀は眉をひそめて手元のグラスを凝視した。
「どうした」
「……これ、甘くね?」
「多少は甘味もあるだろう。ブドウ糖が入っていると水分の吸収が良くなるらしいからな」
「ブドウ糖…じゃねー気がする」
つぶやくように言葉を漏らした光秀はゆっくりとグラスを流しに置く。魚住が眺める中で光秀の瞳がちらつきながら紫色に変わった。
「なぜ目の色を変えたんだ?」
「んー……」
紫の瞳をうろつかせながら光秀は魚住の胸ぐらをつかむ。かと思えば足を引っかけて転ばせると両足の上に座った。
「おいおまえ何をし…っ」
妖艶にも見える紫色の瞳が近づいたかと思えば突然のキスに魚住の思考が停止する。長いキスの後に顔を離した光秀を見れば、その目は惚けたようにうつろいでいた。
その顔を見た瞬間、魚住の背中をぞくりと何かが走る。
「…うお…ずみ」
光秀は吐息とともに名前を呼び甘えるように肩へ頭を落とした。魚住は戸惑いながらもそんな光秀の頭に手を添えて後頭部を優しく撫でる。
「どうした?」
「しすてむえらー…が」
意味のわからない言葉を残して光秀は魚住の上で沈黙してしまった。そのまま様子を見ていた魚住は、ややあって本気で停止したらしい光秀に目を丸める。
しかしどれほど声をかけても光秀が再起動することはなかった。そのため魚住は眠ったように動かないヒューマノイドを寝室へ運ぶ手間を強いられる。