談話室を退室した徳川は十分程度の不在で戻ってくる。そんな徳川と一緒にやってきたのは眼鏡をかけた神経質そうな男だった。
「三成、こちらの魚住さんがM003について知りたいことがあるらしい」
「その前に……」
徳川から説明を受けた男は眼鏡を押し上げて不機嫌な目を魚住に向ける。
「なぜ警察が彼を知っているんですか」
「街で拾った」
「外に出ていた、という事ですか? ひとりで?」
最初は敵意を向けていただろう石黒は、魚住の説明に驚いた様子を見せた。そんな石黒の隣に立つ徳川は真面目な顔で同僚を見つめる。
「M003はどんな状態なんだ? 明紫波教授は既に亡くなられているだろう。それなら今は誰が開発を引き継いでるんだ?」
「誰も引き継いでいません。本来なら俺が引き継ぐべきなのでしょうが、残りの作業は俺には向いていませんから」
「残りってなんだ。どこまで完成してるんだ?」
「二年かけて築き上げた感情プログラムを完成させることです。それには直に003と接して、より人に近づけなければなりません。喜怒哀楽を学習させ、認識させる。それは俺にはできないことです」
この中で石黒の話を正しく理解できたのは、研究者である徳川だけだろう。少なくとも魚住には、なぜ彼にできないのかわからない。
「なぜあなたにはできないんだ?」
疑念のまま魚住が問いかけると、石黒は自分の胸元に手を当てた。
「俺がヒューマノイドの開発者だからです。開発者である限り、俺たちは彼をヒューマノイドとして見てしまいます。しかし感情プログラムを完成させるにはそれでは駄目なんです。彼を人として見なければ」
「つまり、あとは素人に頼らざるを得ないということだ。だとしたら003をどこか信頼できる…里親のような人に預けたらどうだ? フランスではそうしてる」
徳川の提案に石黒が目を向ける。そんなふたりの研究者を前にして魚住は「それは無理だと」告げた。
「今のあいつに必要なのは落ち着ける環境と肯定だ。ヒューマノイドとしての成長じゃない。だから、今は無理だ」
他人の手に委ねたくないとは言えず、魚住はそれらしい理由を口にした。すると徳川と石黒の視線が魚住へ向けられる。
そこで我に返った魚住は自分の発言のおかしさに気付いた。むしろそもそも他人の手に光秀を委ねたくないと、そう考える時点でおかしい。
戸惑う魚住の目の前で徳川が真面目な表情をわずかに緩めた。
「三成、俺はこちらの刑事さんたちと事件の話をしてくる。三成は課長さんとM003について話したらどうだ」
「そうですね」
徳川と石黒は言葉を交わしそれぞれ動き出す。徳川は有栖川たちを連れて談話室を出てしまい、魚住は石黒とふたりきりになった。
「では…彼について教えていただけますか。なぜあなたと出会ったのか。現在どこで何をしているのか」
石黒は真面目な顔を崩さないまま、眼鏡を押し上げながらそう言い放った。