目を覚ました光秀は誰もいない室内に視線を走らせた。機能はすべて問題なく動いているが、魚住の気配らしきものは感じられない。少なくとも自分の聴覚は魚住の足音も声もとらえられなかった。
ただそれだけのことで光秀は元の屋敷へ引き戻されたような感覚を覚える。理由のわからない焦燥感とともに寝室を飛び出した光秀は部屋の中を巡った。
リビングダイニングキッチン、洗面所なども見て歩く。しかしそのどこにも魚住の姿がない。そうして室内のどこにも魚住がいないと認識した光秀はリビングに戻った。
リビングの中央に置かれたテーブルのそば、昨日魚住が座っていた場所に腰を下ろす。すると目の前に昨日魚住が使っていたノートパソコンが置かれていた。
光秀はノートパソコンを開かせると電源ボタンを押す。そうしてノートパソコンを起動させたのは良いが、またしても問題が発生した。ネットを使うにしても、文字を知らない光秀はキーボードを打つことができない。
何もできないと認識した光秀は表情を曇らせると手を落とした。指先で適当にノートパソコンに触れると画面の矢印が動く。それをぼんやり眺める光秀の瞳が不意に鋼色から紫へと変わった。
仕事を終えた魚住は研究員の石黒と合流して帰路に就いた。今回は光秀の様子を見たいという石黒の頼みを聞いた形になる。だが、それは魚住も助かることだった。
帰宅した魚住は石黒にお茶を出すからと告げながらリビングへ向かう。
だがドアを開けたそばで光秀に抱きつかれて動きを止めた。
「あなたは何をしているんですか」
そこで石黒が叱責してくれたため、光秀が魚住から手を放す。
「ご主人様が帰宅したらこうするんだろ」
しかし光秀の返事を受けた石黒はすぐさま氷槍を含んだ瞳で魚住をにらんだ。
「あなたが教えたんですか」
「そんなわけねぇだろ!」
冤罪を向けられた魚住は反射的に返す。そんなふたりのそばで光秀がリビングテーブルを指差した。
「魚住、端末がぶっ壊れた」
「壊れた?」
光秀の報告を受けた魚住はリビングに進みノートパソコンを開かせた。電源ボタンを押しても起動する様子がない。そんな魚住の斜め前に座った石黒は突っ立ったままの光秀を見上げた。
「何をしたんですか?」
「警視庁の場所を調べようと思って、いじった」
「あなたはまだ文字の識別ができないでしょう?」
「適当にいじってたら端末のシステムに入れたんだよ。だからいろいろ調べたけど、負荷かけすぎて壊れた」
光秀の説明を受けて魚住と石黒は顔を見合わせた。そしてまずは石黒が魚住へ謝罪を向ける。
「すみません。弁償はこちらでさせていただきます」
「その必要はない。うちのものがやったことだからな、それより…おまえは、大丈夫だったのか? 昨日のことも含めて」
弁償よりもと、魚住は光秀に質問を向けた。相変わらず立ったままの光秀は寝癖頭のまま首を傾ける。
「システムに異常は見当たらねぇけど…昨日なんか強制終了したな」
「強制終了?」
光秀の言葉に引っ掛かった石黒が魚住に問いかける。
「スポーツドリンクを飲ませた後のことですか?」
「ああ、システムエラーを起こしたと言っていた」
「……そうですか」
石黒はなぜかそこで言いにくそうな顔を見せた。
「近年のヒューマノイドにはそういう機能がついているんですよ」
「そういう機能?」
ヒューマノイドを持ったことのない魚住は石黒の話についていけず眉をひそめた。