あの人だ。一目見て心が跳ねる。
私は急いで電車を降りて、並走していた列車が停まるだろう駅に向かって駆け出す。
階段に着いたとき見下ろす先にあの人がいた。
あの人が階段を上ってくる。
私も階段を降りていく。
でも声をかけられず、人違いだったのかと不安になってくる。
階段を降りきってしまう直前、あの人が叫ぶ。
「あの!」
その声に振り返る。
「俺、君をどこかで!」
やっぱり間違いじゃなかった。
彼なんだ。ずっと探していたのは。
「私も」
「「君の名前は」」
唐突に風が吹き、髪を束ねていた組紐が解け、風に流される。
私は慌てて階段を駆け上がり、手を伸ばす。
組紐を掴んだのは彼と同じ時だった。
その時、かつての記憶がフラッシュバックする。
「『瀧くん。覚えてない?』」
そうだ。私は会っていたんだ。ずっと前に。
彼は表情に驚きを浮かべ、そして優しい顔で、優しい声で
「三葉。名前は三葉」
私は瀧くんに飛びつき、瀧くんの胸で声をあげて泣いた。
「瀧くんがいる。瀧くん、瀧くん、瀧くん」
「三葉、三葉、三葉」
瀧くんは私の背中に手を回して抱きしめ、私の名前を呼ぶ。
何度も。何度も。何度も。
落ち着いた頃、時計を見たら間違いなく遅刻の時間だった。
私は慌てて連絡を入れ、謝罪する。
瀧くんは入社一年目やから私よりも大変やろうなあ。
電話が終わった瀧くんとプライベートの連絡先を交換する。
その電話番号にダイヤルすると、アナウンスではなく、瀧くんが出た。
今度はちゃんとつながる。
「三葉」
「なに? 瀧くん」
「お前が好きだ。」
「うん」
「それで、もうあんな思いはしたくない」
「うん」
「だから、三葉。お前にはこれからずっとそばにいてほしい」
「……それってプロポーズ?」
「あ、いや、プロポーズじゃなくて、いや、三葉とは結婚したいけど、プロポーズはもっとちゃんとしたところで……」
「まずは恋人?」
慌てる瀧くんが可愛い。それに結婚したいって言ってくれた。
「ねえ、瀧くん」
あたふたしていた瀧くんが私の顔を見る。
私は瀧くんの唇にキスをする。
「私も、瀧くんが好き。だから、私と付き合ってください」
「三葉が遅刻なんて珍しいね。男?」
昼休憩の時間、同僚のミキと話をする。
「そ、そんなことないよ。寝坊しただけ」
「ダウト。そんな顔ニヤニヤさせながら男じゃないはずない」
「ええ!?」
顔に出ていたのか。
「それに朝からずっと携帯気にしてるし」
「うぅ……そんなに見てた?」
「うん。あの鉄の女と言われた三葉と同じ人じゃないみたい」
「鉄の女って……そんな呼び方されてたの?」
「今まで男っ気ひとつなくて告白も全て断ったことから付いたみたいよ。それより、その愛しの人はどんな人?」
「えっと、建築デザインに勤める新卒の子」
「年下なの!? やるわねえ。それで、どうするの?」
「どうするって?」
「その人と付き合うの?」
「えっと、実は」
「ん?」
「今朝から付き合っていたり……」
「え? 今朝? まさか初対面じゃないよね」
「初対面じゃないよ。再会したの。八年経ったけど」
「八年って糸守が彗星に」
「うん。私がまだ糸守にいた時」
「ってことはその人は糸守の人?」
「ううん。東京生まれ東京育ち」
「三葉とはどう接点が?」
「こっからは秘密」
「ケチ!」
瀧くんとの馴れ初めは秘密。というより荒唐不稽で信じられないものだから。
「それで、彼とは次いつ会うの?」
「お互い会社員やし休日かなあ」
「それなら退社後会ったらいいんじゃない? 彼の退社は何時よ」
「そっか! 聞いてみる!」
私は瀧くんにメッセージを送る。
「溌剌しちゃって三葉ったら。でもこれならもう心配ないかな。あとはその彼が三葉に相応しいかどうか」
同僚の娘がなにか言っているみたいやけど私は瀧くんとのメッセージで耳に入らなかった。
ポロン
瀧くんから返事が来た。
『今日は遅刻の件で帰れるのは遅くなりそう。明日は六時頃に退社できると思う』
そうだった。今朝は私も瀧くんも遅刻してしまったんだった。
私はお咎めなかったけど、瀧くんは入社一年目やしね。
でも明日は会えそう。
「三葉。幸せそうに携帯見るのはいいけど、もう休憩終わるよ」
「うそ!?」