セブルス・スネイプはやり直す 作:どろどろ
今更ながら、この作品(特にこの章)を読む上での注意点をいくつか。
作者は、このスネイプはほとんどオリ主みたいな感覚で書いてます。原作のスネイプほど寡黙じゃないかもしれません。
原作で言及されている事への矛盾が発生するのを避けるため、オリジナル設定を織り込みます。原作ハリポタで存在しない設定、敵が登場します。
ハリポタを基盤とした全く違う物語(とくにこの章)という認識で読んでいただけたら分かりやすいかもです。
それでは、どうぞ
彷徨いし蛇の主
――……待って――。
その声は虚空に響く。空虚を掴もうと躍起になり、彼女は愛する人を抱きしめるための両腕を失ったことに気付く。
何度も、何度も、何度も何度もナンドモ。
――一人、に、しな……で……!
声にならない声は、いつだってあの日の情景に向けられていた。
願った回数を数えるのをやめたのは、途方もない過去の話。
捨てきれない希望を盲信し続け、自己を騙していたことは既に気が付いていた。
愛おしい者を失い、守り続けてきた物を奪われ、せめてこれだけはと想い縋った物ですら残滓の欠片を残す事無く壊された。
それでも彼は確かに、迎えに来ると言ったのだ。
信じる事の何がいけなかったのだろうか。
――……リック、……ラ…ール……、あなた、たちは。
そう言えば、と思い出す。
彼らの名前はなんと言ったか。
曖昧な憧憬はかつてのもの。自分は心の根底の部分で裏切られたのだと自覚をしていたのかもしれない。薄い想いはそれ故なのかもしれない。
ともすれば、自分を迎えに来る者などいないのだ。
――嘘つき。
――嘘つき、嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき……ッッ!!
永久に崩れぬ輪廻の中で彼女の悲嘆は全てを循環する。
抑圧され制限された空間故か、切断された外の世界と自分が織り成すこの世とが乖離している感覚。
滞りのない悪意は決して漏れる事がない。
故に、蓄積され続けた。
自分から全てを奪った事。人として最後の夢すら打ち砕かれた事。
彼女はそれらを決して許さない。
――もう、いい。
――なにがあっても私は、あなたたちを許すつもりがないのです。
――ので、のでのでので、ので、魔法使いが、嫌いなのかもしれない可能性が、あると思われる危険性がない事がありえない、筈であり。
――私は、許さない。
果たしてそれは――一体なにを?
矛盾する記憶。時間の概念すら適応されない檻の中で、彼女は無限に等しい時間、怨嗟を溜め続けた。
ふとした瞬間に、思い出す。あの二人の嘘を孕んでいるとは思えない真摯な表情を。
あぁ、どこで彼女は間違えたのか。どこで彼女は違えたのか。
知る意味などどこにもない。それでも、無視し続けるにはあまりにその時間が長すぎた。
彼女は――ただ、もう一人でいる事が嫌だった。
だからこの想いは決して放棄しない。
あの獅子と蛇への憎しみが消える事は、決してないのだ。彼女が一人であるかぎり。
彼女の名前は、もう誰も知らない――。
◇◆◇
霊魂には幾つかの行く末があるとされる。
主なものとしては2つ。死後、輪廻の輪に還るか、ゴーストとなり自我を残したまま現世での悠久を得るか。
実際の所、霊魂について判明していることは少ない。魔法の基礎理論を誰がどこで構築したのか未だ不明であるように、ゴーストの起源も暗く閉ざされている。ただ、人々はそれがそこにある事実のみを受け入れる。
――故に、神秘。
マグルが移動するのに足を使うように、魔法使いは杖を振るう。 人間が実体を持つように、ゴーストは肉体を透過させる。
魔法世界において重要なのは、異端か否かである。
ゴーストは神秘、それ故異端。魔法の学舎であるホグワーツで発生するゴーストは、当然のように受け入れられる。
そしてそのゴーストの内――たった一人。
なんの変哲もない奇跡の産物――中性的な顔立ちの優男は、誰にも認知される事がなかった。
『……全く、不快だ』
男は吹き抜け廊下の中心で苦い声を漏らす。
生徒たちは誰も男に気付く事なく通り過ぎていく。男にとって不快の要因はそこではない――そもそも、男は自分から誰にも悟られぬ事を望んだのだから。
ならば、何に不快感を示したのか――
『異物。汚れ。純血でない者が混じりすぎている――あぁ、だから私は今苛立ちを感じているのだ』
辛辣な言葉を並べ、男はため息を一つ吐く。
『相応でない。マグルの血が混じる事を私がいつ許した……? なぜ、なぜこのような痴態に。そうだ、あいつだ、忌々しいあの蛮勇のせいだ。くそ、今思い出しても腹が立つ……おっと、いけない、こうしてはいられない』
ゆらり、男の身体が揺れた。
口だけを除いて静止していた肉体を震わせ、重い足取りで一歩、また一歩と歩みだす。その間複数人の生徒と身体を重ねるが、やはり誰一人反応を示す者はいない。
――そう、いつも通り。誰にも知られぬまま、この学校の中を徘徊して彼女を探す。
そうして一日を終えて、また明日も同じ事を繰り返す。
はず、だった――。
「――おい、そこのゴースト。邪魔だ」
ゴーストに身体を通り抜けられると、生人は肉体を霊に犯される不快感を感じる。現状を鑑みると、確かに男が文句の一つでも言われるのはなるほど、正しい。
だが、――おかしいと思う。
何故なら、彼は本来誰にも認識される筈がないのだから。
そこで男は自覚した。
『君……私が、見えるのか……?』
そう言って男が見据えるのは少年。
まだ一年生だろうか、少し癖を残した女性的な艶のある髪に、子供らしい童顔。しかし、その表情は年齢に不相応な重いもので、どこか――大人びて見える。
魔法本を片手に、まるで他人に興味が無さそうな目。血色の悪い肌。――そこに、男は自らの過去を連想した。
「……あぁ、なるほど。君はそういうタイプか。ならばすまない、忘れてくれ。僕には君が見えていない」
まるで触らぬ神に祟り無しとでも言うかのように、少年は男の横を素通りしていった。
呆気にとられた男は、幽体になって初めて自分を視認した人間を逃すまいとする。
『待ちたまえ、少し君と話がしたくなった』
「……」
一切の反応を見せず、少年はその歩みを止めようとしない。その様子を見て、流石に無視される事を予想していなかった男は動揺する。
『ほ、本当に少しだけだ。時間は取らせない』
「……はぁ、知った事か。話相手が欲しいなら他を当たれ」
『な――なんだその口の利き方は!? 私を誰だと心得ている!?』
男は一変して憤慨する。
怒りの形相を露わにし、可能な術を全て用いて少年の歩みを阻害する。だが、ゴーストが生者に干渉する事ができないのを知っているためか、少年は男ともう目も合わせようとしなくなった。
その瞳は、もう自分と関わるな、面倒だ、と物語っている。
『……君がその気ならば、私にも考えがある』
「ほう、ゴースト風情が、僕に一体何を?」
僅かながら興味を示した少年の隙を、男は逃さない。
丁度廊下の角を曲がった瞬間、周囲の視線が一瞬だけ少年から外れた瞬間。
『君はこれ以上進めない、私と談笑しない限り』
「何? それは――」
――それはどういう事だ?
少年が問いを口にするよりも先に、
無機質の壁が蠢く。異常な速さで扉を形成し、扉の隙間から数本の鎖が顔を覗かせる。
ホグワーツは男の意思に呼応した。口で命じるより先に、男の望むがままの部屋を作り出した。
『必要の部屋』の構成は、ホグワーツに施された全ての魔法措置のどれよりも優先され、普通では有り得ない速度で現れる。
「……ッ!」
少年――セブルス・スネイプが背後に迫る鎖に気が付いたとき、必要の部屋は開かれた。
鎖で身体を縛られ、部屋の中に引き釣り込まれる。
そして、そこでセブルスは巨大な脅威を目の当たりにした。
◇◆◇
(必要の部屋――いやそれよりもッ!?)
必要の部屋の中は、冬のような寒気が立ちこめている。
そこは実験室のような内観で、数え切れないほどの埃を被った蓋付きフラスコの中で宝石のような液体が輝いている。
しかし、それら以前に目を奪われるものは――眼前に眠る蛇だろう。
全長を優に50メートルを越え、静かに目を閉じ佇む巨大な蛇。その気になれば、ホグワーツの生徒全員を蹂躙できる怪物は、さも当然であるかのように眠っていた。
「これは、バジリスク、か……?」
『違う。教科書には乗っていない、正真正銘の幻獣だ。血を分かつ事が許されない神聖な存在でね、繁殖させてやる事も出来ずに、私の生前からここでずっと保護している』
どこから現れたのか、セブルスのすぐ隣で男は悠々と佇んでいた。
男がふと思い出したように腕を振るうと、セブルスに巻き付いていた鎖は霧になって消えていく。
(……このゴースト、一体何者だ?)
ホグワーツにこのような大がかりな仕掛けを施せる人物となると、現校長のダンブルドアですら当てはまらない。いや、部屋自体は誰にでも容易できるのだろう。『必要の部屋』は、必要とする者の前に自然とあらわれる、それがホグワーツの仕組みだからだ。
『消える鎖』、『巨大な蛇の幻獣』、そして死後もなお必要の部屋に関与できる意思力。
まず大前提として、この男は死人だ。
――まさか……?
至極まっとうな帰結に辿り付くセブルス。
それを見透かしたように、男は言った。
『そう、私はサラザール・スリザリン。この学校の創始者たる四人の一角だ』
「……ッ」
サラザールの事を、自分とそもそも格が違いすぎる人物だと認識したセブルスは全身を強ばらせる。
神話の如く語り継がれる存在のゴーストなら、ホグワーツの仕組みを熟知しているだろう。ならば、必要の部屋として現れたのは、生前にサラザールが使用していた実験室か何かで間違いない。
『ふふ、驚いているな、混血の異端児よ。崇め称えろ、そして私を羨望する栄誉を許そう!』
「……そうだな、尊敬する魔法使いの一人ではある。だが、本当にサラザール・スリザリンがゴーストとなっているなら、どうしてそれが周知の事実となっていないのか疑問だ」
『それならば当然の事。私は普通の人間に見えないのだ。いや、普通じゃない人間にも見れない。誰からも認識されない……はずだった』
「はず? 現に僕はあなたが見えている」
『そう、そこがおかしいのだ。疑似的な死の経験でもしているなら理屈は通るが――いや通らないな。死者も生者も私を知る事ができない、神か悪魔でもない限り』
腕を組み、サラザールは唸る。
『ううむ、まさか死人になった後に私の知りえない現象に出くわすとはな。……やはりわからん、君はいったい何なんだ? 少なくとも、今現在私の中で君は人間のカテゴライズから外れているのだが』
「自分で自分の事を知り尽くしているのはもはや人間ではない。僕は人間だ、だからその質問には答えられない」
『……なるほど、たしかに道理だ。しかしそれでも知りたい、私は君に興味を持った。だからしばらくの間――君の事を観察してみようと思う。拒絶はできないと、君自身よく理解しているね?』
「……」
――聞きたいことは山ほどあるが……。
セブルスは声を飲み込む。こうして伝説級の魔法使いと接する事は、セブルスの探求欲を再度燻ることに他ならないが、生憎と何時までもここでこうやって話し込んでいる訳にもいかない。
「とりあえず、ここから出たいのだが」
『ああ、外の時間を気にしているのか? ならば気にすることは無い、ここは外の時間を百分の一に短縮している。厳密には、一秒につき0.99秒の時間の巻き戻しをしている』
「……それは……すごい、な」
もはや自分の知る魔法の域を超えており、セブルスといえども驚きを隠せずにいた。
敬愛していた闇の帝王への想いすら凌ぐ勢いで、好奇心で頭が埋め尽くされていく。
『ではそうだな、少し私の話し相手になってもらおうか。なにしろ、数百年間もホグワーツを彷徨っていたのだからね』
セブルスは知らない。
この男と自分が関わることが、本来ならばあり得なかった大災厄の引き金となってしまう事を。
「僕も、あなたの話には少し興味がある」
それを聞き届けると、サラザールは妖艶な笑みを浮かべた。