ジャック・ザ・リッパー
この名を知らない人間はいないのではないだろうか。1888年にイギリスで二ヶ月間にも渡りロンドンで起きた猟奇的殺人事件の犯人の名だ。この事件は現在に至っても未解決となっている事件でありジャック・ザ・リッパーの正体には様々な説が囁かれている。ここで重要なのは未解決である事と事件の場所が此処ロンドンであるという事。
魔術とは解明されず未知であればあるほど神秘が高く強力となる。英霊もこの例に則っている神秘のより濃い時代の英霊の方が現代に近い英霊より強い宝具を有していたりする。時代で言えばジャック・ザ・リッパーは現代と言えるがその正体は神秘のベールに包まれており解明に至っていない。そして、英霊のもう一つの特徴がありそれは知名度だ。
日本で言えば織田信長は有名だろう。しかし、西洋や中東などの国外で広く名が知られているかと問われれば疑問だろう。どれだけ時代を国を作ろうとも、その名はその時代、国を中心として広まる。英霊とは現代を生きる人間の信仰心・知名度によって成立している。故に呼ばれた場所というのは存外に大切なのだ。
では、正体不明という神秘に満ち、その名が広く広まっているイギリス、ロンドンに呼ばれたジャック・ザ・リッパー。
マスターはいないが、魂食いを行い霊基が強化され、宝具と相性と良い霧が満ちているロンドンにおける彼女達。
「ははっ、どうしたの?その程度でわたしたちの前に立つなんて」
「くっ…」
神秘の濃い時代のアタランテを圧倒する強さを得ていた。そもそも、彼女達はアタランテの言葉を理解していない。助けたい、救いたいという意味を理解していない。何故なら、此度のジャック・ザ・リッパーは当たり前に受けられる愛を全く注がれていないからだ。
アタランテが苦し紛れに放つ矢など彼女達に防げないものではない。全てが弾き飛ばされ、霧の中へその姿を隠す。
「…何故だ!汝らは何故、人を殺す!」
「言ってる意味が分からないよ。わたしたちは還りたいんだよ。お母さんの胎盤に」
「殺す必要はない!私達と一緒に来れば汝らの願いも叶う!」
「あはは!面白いこと言うね。知ってるよ、貴方達をそのままにしたら私達も死んじゃうって」
「それは……だが、此処で悪戯に誰かを殺すよりは良いと思わないか!!」
霧の魔力を介して届く言葉。方向など全く分からない。
「じゃあ、貴女がわたしたちを還してくれるの?
貴方達に協力して、わたしたちはお母さんの胎盤に帰れるの?」
「それは……」
セイヴァーは二人のやり取りを眺め思った通りの展開になっているとため息を吐く。
アタランテの願いはジャックに届く事はない。もし、彼女の願いを叶えるのならば今のジャックを倒し、再召喚するしかない。サーヴァントにとってマスターの存在というのは時として、邪魔になるが時として救いにもなる。ジャックは後者なのだ。子供という事もあり、マスターが善性でありその魔力も彼女達を現世に存在させるのに十分であれば彼女達は『良い子』として存在できるだろう。
「もう良いや。早く終わらせるね」
アタランテが弾き飛ばされる。直後、ジャックの身に纏う魔力が上がっていく。宝具の兆しだ。
「……好きなだけ俺を恨むと良い。アタランテ」
こうなる事も全て理解していた。それでもセイヴァーはアタランテの願いを聞き届けた。
そして今、その願いを最も残酷な方法で破る。セイヴァーの存在が希薄になり霧へ溶け込む。周囲の魔力に違和感なく溶け込み、自らを隠しジャックの背後を取る。手に持つナイフは彼女達が持つナイフと全く同じものだった。
宝具を使うために体勢を変えたジャックの背中をセイヴァーのナイフが貫く。
「かっ……いつの……まに……」
セイヴァーは無言のまま、第二撃を振るう。確実に消滅させる為に、ナイフをより深く押し込みジャックの霊核を抉り砕く。
「……おか……さ……」
何かを求める様に伸ばされた手は誰に掴まれる事もなく、消えた。
その手を優しく握ってくれる人も、暖めてくれる人も、此処にはいないのだ。
「あ……あぁぁ……わ、たしは……」
崩れ落ちるアタランテにセイヴァーはナイフを消し歩み寄る。
その表情は能面の様に感情を感じられない。
「残念だが君の言葉は届かなかった様だな。宝具の兆しを見て可能性は潰えたと判断させて貰った」
セイヴァーの言葉にアタランテの反応はない。
「もしも、カルデアに彼女達が居ればこうはならなかっただろう。だが、今まで存在していた彼女達は既に被害を出している。
ただの悪だ。立て、アタランテ。俺たちには立ち止まる時間なんてないぞ」
「汝は!」
アタランテは勢いよく立ち上がりセイヴァーの胸ぐらを掴み上げる。涙を流しセイヴァーを睨みつけている。それに対し、セイヴァーは先ほどと全く変わらない顔でアタランテを見つめていた。
「何故だ……何故、そこまで残酷になれる…」
「俺はマスターを救う。それ以外に目的はない。
だから、障害になり得るものは何であろうと排除する。出来れば仲間は斬りたくないが、あの人を死に近づけるのなら排除する。俺はそういう英霊だ。恨むなら勝手だが、邪魔するようならアタランテ、君だろうと容赦はしない」
掴まれていた手を振り払い、セイヴァーは歩き出す。
『……俺が言うのもあれだが、良かったのか?』
ムニエルが通信機越しにセイヴァーに話しかける。
「あの状態のジャックはどう足掻いても味方にならない。それに、アタランテにも自分の立場を忘れない様に釘を刺し、俺を憎める様に焚きつけておいた。あのままになるって事はないだろう」
悲しみを感じる事は別に構わない。だが、そのまま使い物にならなくなって貰っては困る。
だからセイヴァーは焚き付け、さらにもう一つの宝具を使い襲われても困るので立場を言及した。顔色一つ変えず出来てしまう自分に呆れるセイヴァー。
『そういう事じゃない。いや、それもあるんだが。あー…お前が話に参加すれば上手くいったんじゃないか?根拠も何もない勘だけどさ』
「……買い被りすぎだ。俺はそんな完璧な存在じゃないさ。通信切るぞムニエル」
強引にムニエルの通信を切る。
このまま通話を続けていたら必要ない言葉を零していたかもしれない。それに背後から立ち上がり追いかけてきたアタランテの気配も探知した。折角、悪役を引き受けたのに狙いがバレたら意味がない。
「気分はどうだ?」
「……汝のお陰で最悪だ。だが、余計な事に付き合わせた謝罪はしなくてはならない。すまなかった」
「別に良い。結果的に見れば敵性サーヴァントを排除出来たんだ。意味はあった、君が望んだものとは違ったがな」
「……そうだな。セイヴァー、汝はその不器用だな」
「何のことだ」
「いや、何でもない。置いていくぞ」
そう言ってアタランテは加速しあっという間にその背は見えなくなる。
「置いていく気しかないだろう……たくっ」
追いかける為にに走り出すが、すぐに立ち止まり後ろを振り向く。
「……次は良い人に逢える事を祈ってるよジャック」
消えゆくナイフを見てそう言いもう二度と振り返る事はなかった。
やがて、地面に残った小さな点は乾き消えていくのだった。
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