惑星フィルに立ち寄る際、船のパイロットからジェダイ達は聞いていた。
フィル人の特性を。
彼らは必ず何をするにも見返りを求める種族だということを。フィル人にとって無償の奉仕というものは極めて理解しがたく、また考えすらしないものだということを。
フィル人に何かを頼む時はそれ相当の見返りを渡さなければならない。
クワイ=ガンは表情を硬くしたまま溜め息を漏らし、居間の情報端末でトルゴトの住所を確認すると部屋に戻った。
途端、静寂が彼を包み込み、それに思い至るや彼の心臓は早鐘のように打つ。
(オビ=ワン!?)
歩むのももどかしく、彼は逸る心を押さえ切れず弟子の傍に足早に近寄る。
オビ=ワンが呼吸していたのを認めた時、彼は思わず天を仰ぎ心から安堵の溜め息を漏らした。
「オビ=ワン?」
静かに声をかけてみる。
だが少年はピクリともしない。
すっかり温かくなった布を取り額に手を当てると、余りの熱さにクワイ=ガンは眉根をひそめた。
「オビ=ワン?」
再び呼んでみる。
浅く早い呼吸を繰り返すばかりで、少年がその声に気づいた気配は全くない。
―― オビ=ワンは昏睡状態に陥っていた。
まるで心臓が急激に縮まり痛みをともなったように感じられた。
(これ以上は危険だ)
そう判断するや否や、クワイ=ガンは意識を失っているパダワンを素早く毛布でくるむと、寒くないよう更にその上から少年のローブで包み込み抱えあげた。
力が抜けたことによる体の重みを両手に感じながら、彼は弟子に心配そうな一瞥を与え、雪が止み日が射し始めた街へと足を踏み出した。
真っ白な雪が反射して目に痛いばかりの道で、運良く通りすがりのエア・タクシーを捕まえトルゴトの家に向かう。
医師は有名らしく名を伝えただけで、タクシーの運転手は事情を察しかなりのスピードで車を走らせてくれた。
しばらくして着いたトルゴトの家は ―― いや邸宅と言った方が正しいかもしれない、郊外に立つ立派な医療所だった。
積雪を踏みしめ雪かきされた玄関から入ると、ロビーにはフィル人はともかく様々な人種、大なり小なりの怪我を負った者、病気にかかっている者達が順番を待っていた。それだけこのトルゴトという医師の腕が良く、信頼されているということだろう。
クワイ=ガンは弟子を抱えたまま、歩む速度も変えずに受付に赴く。
受付にはドロイドがいて愛想良く話しかけてきた。
「いらっしゃいませ。お名前とご住所と症状をこのデータパットに入力してください。貴方は37番目になります。呼ばれるまでロビーにてお待ちください」
微かな溜め息を吐くとクワイ=ガンは言い放った。
「すまないが待っている時間はない。急患なのだ。無理を言っているのは充分わかっている。先に診てもらえないだろうか」
「お客様。他にもお待ちになっている方々がいらっしゃるのです。それを ―― 」
クワイ=ガンは話を中断させ強い口調で言った。
「フィルス
彼がその言葉を発した瞬間、時が凍ったようにざわめきが突如止まった。ロビーにて待つ人々の全ての視線がクワイ=ガンに向けられる。その反応に内心驚き、ちらっと背後を振り返り周囲を見渡す。
人々の感情はフォースで手に取るようにわかった。主に驚き、そして、憐れみ ――
彼はそれに気づき唇を噛み締めた。
(決して死なせる訳にはいかない)
幸いなことに受付ドロイドは与えられたプログラム通り行動する性格ではなかったようだ。
通信機を使いどこかしらと連絡を取っていたが、ふいに彼の方を見つめると
「Dr.トルゴトが特別に今すぐお会いになるそうです。この通路を真っ直ぐ行って突き当たりを右に曲がってください」
「ありがとう」
大柄なジェダイ・マスターは、まだ目覚めぬ弟子を抱えたまま通路を急いだ。
トルゴトは四本の細い腕を組むと頭を軽く振って、流暢ではないがわかる
「確かに、フィルス
「治りますか?」
問いかけではあるが、治して欲しいとの意思を言外に匂わせてクワイ=ガンは訊ねた。
「費用かかる」
「コルサントに連絡すれば費用は払ってもらえるはずです。いくらでしょう?」
「約10,000クレジット」
クワイ=ガンはそうとは見せなかったが、驚愕した。10,000クレジットあれば船が買える。
だが、評議会に連絡すれば、あるいはマスター・ヨーダに頼めば何とかなるはずだ。あの小さく偉大なジェダイ・マスターはオビ=ワンのことをいつも気にかけているからだ。
「何とか都合をつけましょう。だから彼の命を救ってください」
トルゴトはクワイ=ガンを上から下まで眺めた後、じっと彼の蒼き双眸を見つめ、しばらくして口を開いた。
「いや、金いらない」
フィル人は無償の奉仕を理解しない ――
必ず見返りを求める。それと同等、いや、それ以上の見返りを ――
クワイ=ガンの頭の中では、その言葉がぐるぐると渦巻いた。
だが、彼は聞いた。聞かねばならなかった、大事なパダワンのために。
「しかし、それでは助けてはいただけないということでしょうか? 費用の代わりに必要なものは?」
トルコドは巨大な二つの目で微笑んだ。
「貴方の体。必要。使いたい。どうか?」
ショックが彼を襲った。思いも掛けぬ申し出。
しかし、ジェダイ・マスターは即答した。
「オビ=ワンの命を必ず救ってくれるのであれば」
「約束する」
医師は唇のない口を開きニカッと笑った。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
(体を使う・・・か)
クワイ=ガンは通路に置かれた長椅子に腰かけ、思いを巡らせていた。
この医療所を訪れた時、ロビーで待機しているのを見かけ、そして今、前を通り過ぎていった、ヒューマノイドと思われる一人の患者に。
患者の右腕から下はなく、その者は治療を欲していた ――
また、少し離れた場所に立つ二人のヒューマノイドたちは眉をひそめて、内臓を不治の病に侵された友人の話を小声で話している ――
クワイ=ガンは今の想いから逃げ出すように頭を振ると、治療室のドアに視線を向けた。
治療は1標準時間以上続いていた。
クワイ=ガンはその間祈るような気持ちを抱えながら待っていた。
本当は傍についていてあげたかった。
しかし ―― それは医師の治療の妨げになるはずだ。彼はそう思い自ら部屋の外へ出ていたのだ。
腰かけた膝の上に肘を乗せ、組んだ拳の上に自らの額をあて目を閉じる。
(オビ=ワン・・・)
その時、治療室のドアが滑るように開き、
クワイ=ガンは素早く立ち上がり寝台を覗き込む。
彼の弟子は酸素マスクを口と鼻に当てがわれ、右腕には長いチューブが刺さっていた。
痛々しい姿ではあったが、顔の赤みは消え穏やかな呼吸を行っていた。しかし、まだ意識はなかった。
ジェダイ・マスターは頭を巡らせ医師を見つめた。
「大丈夫。あとは安静」
医師のその一言で、彼は緊張がほぐれ喜びと安堵が体中を駆け巡るのを感じた。
寝台は隣りの部屋へと移された。
「しばらく彼と二人になりたいのですが」
「良い。猶予与える」
医師は踵を返すと戻っていった。
小さな白い部屋の窓際に寝台は置かれた。
クワイ=ガンは傍に椅子を運ぶと眠る少年の顔を眺めた。
まだ13標準歳。たった13標準歳の少年。
しかし、彼の大事なパダワン。
彼は右手を伸ばすとオビ=ワンの短い髪を優しく指ですいた。
ずっと見つめていると言うべき決心が鈍ってくる。
視線を床に落し、それからまた弟子に戻すと意を決して口を開いた。
「オビ=ワン・・・」
口篭もり、ややあってまた言葉を繋げた。
「オビ=ワン、今のお前には私の声は聞こえていないかもしれない。・・・だが、言わねばなるまい」
こう切り出して、しばし言い淀む。そして深い吐息とともに静かに口を開いた。
「私はお前がジェダイ・ナイトになるまでお前を指導していこうと決めていた。しかし・・・それは無理かもしれない」
しばらくオビ=ワンに視線を落したままポツリと呟く。
「お前が目覚めた時、傍にいてやれないのが非常に残念だ。お前は私がいないのを知ったら悲しむだろう。それを思うと私は辛い」
彼は天を仰いだ。心が引き裂かれるように痛む。
自分の身に起こることより、彼はオビ=ワンの身に起こるであろうことを心より憂慮していた。
クワイ=ガンは深い息を数回吐くと思いを巡らせる。
そして、再びオビ=ワンに双眸を向けると寂しげに微笑んだ。
「オビ=ワン、お前は覚えているだろうか?久しぶりに休暇が取れて惑星コロスの月に行ったことを。黄昏時、見渡す限りの大地を覆った背の高く白い穂を持つ草が、風にそよぎ金色に染まる風景を二人で見たな。とても美しく幻想的だった。また休暇が取れたら行こうと約束した」
一旦口を閉じ、噛み締めた歯の間から搾り出すように漏らした。
「・・・すまない、その約束はもう守れそうもない」
沈黙。
彼は纏わりつく気持ちを振り払うように頭を振ると、無理矢理、悪戯っぽい表情を浮かべ言葉を発した。
「また、これを覚えているか、オビ=ワン?コルサントのレストランで食事をした時のことを。お前はそこの美味しいデザートやアイスがひどく気に入ったな。そして止めるのも聞かず食べ過ぎて・・・後でお腹を壊した」
彼はクックッと笑った。
しかし、その笑い声は強く噛み締める唇に阻まれ次第に消えていった。
クワイ=ガンは次から次へと溢れてくる想い出にそのまま浸りたくなった。ずっと。時が止まったように。
だが ――
彼には果たさねばならない約束があるのだ。そう、一番大事なものを守るために交わした約束を。
クワイ=ガンは沈痛な表情を浮かべた。
「まだまだお前との想い出は話せないほどある。そして、これからもたくさん作られていくだろうと思っていた・・・。オビ=ワン、お前は私より賢い。少し怒りに捕われやすいのが気にかかるが。だが、お前は将来、立派なジェダイ・ナイトになるだろう。そして ―― その姿をこの目で見たかった」
彼はもうこれ以上言葉に出せなかった。これ以上言えば悲しみに押しつぶされてしまうだろう。
ジェダイ・マスターは眠る少年の頭を大きな優しい手で二、三度撫でると、静かな面持ちで彼を見つめた。
まるで瞼に焼きつけるが如く。
「さようなら、息子とも想う・・・大切なオビ=ワン。私の教えを守り強く生きていって欲しい」
ようやくそれだけ言葉を吐き出すと、彼は立ち上がりドアに向かって歩いていった。
そして、部屋から出るまで後ろを振り向かなかった。
一度も。全く。
振り向いたらまるで決心が鈍るとでも言うように。