少年は目を覚ました。
ぼんやりとした視界いっぱいに広がる白い天井。そして、窓から射し込む眩い光。
(宿じゃない・・・?)
と理解できるようになるまで数十秒要し、自分の鼻と口を酸素マスクが覆い、右腕にはチューブが刺さっていることに気づくには更に数十秒必要とした。
(一体何が、どうなった・・・?)
思考が働くにつれ疑問は深まるばかりである。
オビ=ワンは周りを見渡そうと努力した。
彼が頭を巡らすと
それに呼ばれたのだろう、ドアが滑るように開いて突如、人影が現れた。
少年は目をしばらく瞬かせ、訪れたその人物を注視する。
「おはよう。気分、どうか?」
ヒューマノイド型のひょろっとした細長い体を持つ者は、
その細い体からは、同じく細長い4本の腕と2本の長い足が伸びている。体は緑色をし、のっぺりとした顔には巨大な二つの黒く輝く目と唇のない大きな口がついていた。鼻にあたる部分には、小さな鼻孔が見えるのみである。
「はい。だいぶ良くなりました」
唾を飲み込み、喉を湿らせ落ちつかない気持ちに揺られながらも、酸素マスク越しにオビ=ワンはくぐもった声で応えた。
悪寒もない。高い熱も下がったようだ。思考も活動し始めた。
(でも一体・・・?)
再び同じ疑問が沸き上がり、彼は周囲に視線を走らせながら問いを発した。
「ここは、病院ですか?僕は?それに・・・」
マスターはどこにいますか?と聞こうとして途中で口を閉じた。
"マスター"と言っても普通の人にはわからないだろう。しかし、"マスター"と言う以外適当な言葉が思いつかず、思わず躊躇してしまう。
「そう。私の病院。君は風邪かかった。父親、昨日の朝、ここに連れてきた。君、丸一日寝てた」
(父親?全く事情を知らない他人から見ればそう見えるのかもしれないな)
オビ=ワンはくすぐったい気持ちになって、知らず知らず頬が緩むのを感じた。
しかし ――
マスターのフォースが感じられないのが気にかかる。微笑みはすぐに顔から消えた。
「"父さん"はどこですか?」
敢えて誤解されたまま訊ねた。説明するのも今は億劫だった。
「君助けるため、体、提供した」
一瞬頭がついていかず麻痺した状態になる。
しばらくして気持ちを落ち着かせながら震える声で言った。
「・・・も、もう一度、言ってください・・・」
微笑むと医師は丁寧に言い返した。
「風邪治す代わり、彼の体、役立てる。了承した」
今度は理解できた。しかしオビ=ワンにはクワイ=ガンの行動は理解できなかった。
「ど、どうしてっ!?」
思わず叫ぶ。
「私、君に対する愛、感じた。君、幸せ。少し、休む。いいね?」
フィル人の医師はニカッと笑うと部屋を出ていった。
衝撃が彼を打ちのめし、医師の言葉も耳に届いていなかった。
どうして?という思いが後から後から湧き出て、彼の頭を支配していた。
(体を役立てるって・・・。病院だから、まさか・・・)
信じられずオビ=ワンは自分に残る全てのフォースを何とかかき集めて、師の存在を掴もうとする。だが、自身が弱っているせいか、それとも ―― 。
(だめだ。マスターの存在が全く感じられない・・・)
絶望が押し寄せる。
少年は完全に独りだった。
耐え切れずに思わず強く瞼を閉じる。
「マスター・・・」
そう口に出した途端、激しい悲しみが彼を襲った。
その悲しみを必死に抑えようと唇を噛み締めるも、きつく結んだ口から鳴咽が漏れそうになる。
オビ=ワンは感情を吹き飛ばすかのように深い息を吐くと、曇った酸素マスクをゆっくり取り外した。
「マスター・・・」
辛うじて震える声を吐き出す。マスク越しではなくしっかりと言葉を伝えたかった。
遠く空の彼方から見守っているかもしれない、あの人に。
「こんな風に・・・貴方と別れることに・・・なるとは、思いも・・・・・・しませんでした」
ぎゅっと閉じた瞳から涙が零れ落ちた。
「ずっと・・・貴方が僕を一人前と・・・認めてくれるまで、・・・貴方は僕を導いて・・・くれると信じていました」
堪えようもない涙が頬をつたい枕を濡らしていく。
「それなのにっ・・・どうしてっ・・・。僕はまだ・・・一人前じゃありません・・・。貴方から教わることは・・・いっぱいあるはずなのに・・・どうして・・・。僕にとって・・・マスター、貴方は・・・」
そして口篭もり、噛み締める口から囁き震える声で漏らした。
決してクワイ=ガンには直接言うことはないと思っていたその一言を。
「"父さん"・・・」
後は言葉にならなかった。
布団に潜り込むと彼は声を殺して泣いた。ジェダイではなく一人の少年に戻って。
//・・・//
不意に何事か声が聞こえたような気がして、オビ=ワンは鳴咽を噛み殺すと耳を澄ませた。
//オビ=ワン?//
「マスター・・・?」
再び頭の中に声が響き少年は涙をぬぐった。
こんな見っとも無い姿を見られる訳にはいかない。彼の師には後顧の憂いなく安らかに眠って欲しかった。
少年は何とか気持ちを落ちつかせると、恐る恐る布団から顔を出した。
そして、声の主を探す。
しかし、白い天井と白い壁があるだけで人影はなかった。
オビ=ワンは右腕に刺さっているチューブを引き抜くと上体を起こし、またもや辺りを見渡す。
だが部屋に人の気配はない。
//オビ=ワン//
三度目に声が聞こえた時、彼は意を決してベットから降りた。
高熱を出したことによる後遺症で首や背中の節々に鈍痛が走ったが、体調は良いようだ。よほど与えられた薬と治療が適切だったらしい。
自分が陥っていた状況を断片的ではあるが省みるに、丸一日で回復するとは思わなかった。
オビ=ワンは壁にかかっていたローブを医療用の服の上から纏うと、部屋からそっと出た。
フォースに身を委ねながら、フォースに呼ばれるまま、自分のいた部屋から三つほど離れた部屋のドアの前で立ちどまる。
それからドキドキする心臓をなだめて
コンコン
ドアをノックした。返事はない。
少年は恐る恐るノブを回し部屋の中を窺った。
来客用の部屋だろうか。
ふわふわとした絨毯が床に敷きつめられ、歴史を感じさせる黒光りした調度品に廊下の明りが反射する。
厚いカーテンが大きな窓を覆い薄暗い雰囲気を醸していた。
その部屋、右隅に置かれたソファーの上に
「マスター!?」
クワイ=ガンが横たわっていた。
一瞬息が止まりそうになり、それから心臓の鼓動が音を立てて早くなる。しばしして少年は震える足を何とか進め近寄った。
ジェダイ・マスターは青白くやつれた顔をし、ソファーに沈み込んでいる。
オビ=ワンはその傍らに両膝をつくと師の顔を息を殺して覗き込み、ややあって恐々と右手を差し伸べようとした。
その時。
クワイ=ガンの瞼が弱々しく開いた。
生きてる!!
オビ=ワンの心臓は喜びの余り飛び跳ねた。
「マスター!」
その上ずった声に反応したが如くクワイ=ガンは顔を向け、弟子の姿を認めると微笑んだ。
「大丈夫で・・・」
「オビ=ワン・・・風邪は治ったのか?」
言いかけた言葉を遮られオビ=ワンは溜め息をついた。どうしてこの人は自分のことより他人のことを心配するのだろうか ―― 。しかし、クワイ=ガンに言わせれば、オビ=ワンの方がその傾向が強いとのことなのだけれども。
「僕は大丈夫です。マスターこそ、大丈夫ですか?」
「あぁ、これから多くの睡眠を取って疲れを癒せば大丈夫だ」
「それは大丈夫と言いません、今の所は」
「そうか?」
「そうです」
きっぱり言いきって師を見ると、面白がっている表情を返され、二人は顔を見合わせニヤッと笑った。
途端オビ=ワンは涙ぐみそうになった。またクワイ=ガンとこんな風に会話ができるとは思ってもいなかったからだ。溢れそうになる涙を師の視線から隠そうと、慌てて横を向く。
「心配をかけたな」
なだめるような声をかけられ優しく大きな手で頭を撫でられると、目頭がじんと熱くなった。唇を噛み締め天を仰ぎ、深い呼吸を数回繰り返し気持ちを落ちつかせる。
そして、幾分恥ずかしさも交えながらオビ=ワンは何とか応えた。
「僕こそ・・・心配をおかけしました」
それから真摯な口調で続けた。
「マスターが・・・死んだと思った時は・・・まるでたった一人の肉親を亡くしたように感じました」
一旦言葉を切る。クワイ=ガンは静かに耳を傾けているようだ。
「マスターのことを・・・父親みたいに思っていたんですね、きっと。 ―― 貴方は笑うかもしれませんが」
照れて頬を染めながらも、その表情を見せるのも恥ずかしく横を向いたまま、ようやくそう言い切った。
しかし、クワイ=ガンの返事はない。きっとソファーに顔を埋め笑いを堪えているのだろう。
と、オビ=ワンは少し居心地の悪い思いで振り向き、そして、愕然とした。
(寝てる・・・)
規則正しい寝息が聞こえ、穏やかな ―― どことなく微笑んでいるかに思える表情を浮かべてクワイ=ガンは熟睡していた。
少年は呆気にとられたような顔つきをしていたが、やがてクスクスと忍び笑いを漏らした。
心に暖かいものが漂うのを感じた。
Dr.トルゴトが、クワイ=ガンの様子を見に来賓用の部屋を訪れた時、もう一人客が増えていた。
「仲良き親子」
フィル人はニカッと笑うと、ソファーに眠るクワイ=ガンと、そのソファーに寄りかかるようにして微笑みながら寝ているオビ=ワンに毛布をかけ、静かに去っていった。