SAO ~絆で紡がれし勇者たち~   作:SCAR And Vector

10 / 18
今回だけ何故か馬鹿ほど文章量が多いです。(9700文字程度)


シリカとの修行 END

 漆黒の代理石の壁にもたれ、俺は死を覚悟していた。既に気力は尽き、指を動かすことも出来ない程に疲労尽くしている。フロアにはボスのとどめによるプレイヤーの断末魔が響き渡り、レイドメンバーの名前が1つまた1つと消滅するのを黙って見ているしか出来なかった。

 

 絶対絶望のなか、俺の胸中にあったのは、後悔でも生への渇望でもない、シリカへの謝罪だった。

 

 俺が彼女をボス攻略に誘わなければ、彼女はここで短い人生を終えることは無かったかもしれない。全ては俺の責任だ。

 俺がもっと早くシリカを放していれば、もう少し面倒見てあげていたら。

 

 ーーー俺が、8層で彼女を見殺しにしていたら。

 

 シリカがこんな絶望味わうことも、人が死ぬ光景脳裏に焼き付けることも、無抵抗で嬲り殺されることも無かったかも知れない。

 

 全ては俺の責任だ。彼女を護ってあげることが出来なかった。

 

 

「ごめん...シリカ...」

 

 俺はいつからか、涙を流し隣で呆然と虚空を見つめるシリカへ謝っていた。シリカはこちらを見やり、ぽろぽろと涙を流す。その涙に俺への恨みが混ざっている事を感じ取った。ズルズルと這いずり、シリカの手を握って謝罪し続ける。必死に、涙をボロボロ零しながら。

 

 

 

 俺はいつだってそうだった。この世に生を受け、産まれた時から俺は不幸を招く天才だった。俺を出産した直後、もともと病弱だった俺の母は、出産で容態が急変し、この世を去った。俺が母の母乳の味を味わうこともなく、亡くなったのだ。

 

 それからは、不幸の連続だった。

 

 俺には家柄、どこに行くでも護衛が付いた。だが、彼らは俺を守る為、命を落とす人が大半だった。俺が行く先々で、誰かが不幸な目にあった。

 

 いつしか俺は世間と心を閉ざし、学校にも行かなくなっていた。日々、真っ暗な部屋で惰性のようにゲームをし続けた。0と1のデジタルコードなら、俺の体質も意味を成さない。ひたすらにそれが嬉しくて、コントローラを握っている間は誰にも不幸を招かず安心できた。

 

 だが、SAOは違った。HPが0になれば、ナーブギアによる高周波マイクロウェーブで脳を焼き切られる、文字通りのデスゲームとかした時、俺の体質は水を得た魚の如くだった。

 

 1人目の犠牲者は、初めてコンビを組んだ相手だった。迷宮区でのレベリングの際に、コンビ相手がモンスタートラップを踏みつけた。俺が装備を変更する為にメニューを開き立ち止まった一瞬の出来事だった。コンビ相手はモンスターハウスに閉じ込められ、多数のアクティブmobが湧出した。俺は中へ救出に向かうも、強固な扉は頑固として動かず。部屋の外から彼の絶叫と助けに来ない俺への暴言、最後に断末魔が聞こえ、俺は堪らずその場を後にした。

 

 無我夢中で、見えない何かに追いかけられるように必死で逃げ続けた。主街区へ駆け込み、宿のベッドでガタガタと震える事しか出来なかった。

 

 その2週間後、俺は1人の女性プレイヤーとパーティを組んだ。だが彼女も、悪質な粘着プレイヤーによる度の過ぎたストーカー行為で殺された。俺が彼女を1人にした際の出来事だった。薄暗い洞窟へ物資集めに訪れ、俺はずんずん奥へ進んでいった。ただ、それが間違いだった。巧妙なハイドで岩陰に潜んでいたストーカーから、彼女は心臓の位置を一突きされた。高レベルの麻痺が付与された刃は彼女の身体の自由を奪い、ストーカーが彼女に撒き散らした敵の注意を向けるフェロモンで、集合したモンスターによるモンスターPKで命を奪われた。そのストーカーも後を追うように剣を腹部に突き立て自害した。俺はそれを目の当たりにして、逃げる事も、絶叫する事も出来なかった。だが、皮肉にもそれが幸いし、俺がモンスターに襲われる事はなかった。

 

 その後、俺とパーティを組んだ者は全員が死亡した。いつしか俺は死を招く「死神」と呼ばれ、エギル達少数の友人を除いて、俺に近付く者はいなくなった。俺も、どこか心の中でそれで良いんだと諦めていたのかも知れない。俺が彼らに近付かなければ、誰も傷つかないのだ。

 

 ただそんなある日、ニュービーの2人組の少女がmobに襲われているところを見かけてしまった。

 

 俺はそれをみて、いつの間にか剣を抜いていた。今まで俺のせいで死んでいった人達への償いなのかはわからないが、絶対に見殺しに出来ない、そう感じたのだ。

 

 無我夢中で戦い、気付けば俺は少女を救っていた。初めての経験だった。人を死なせるだけだった俺が、初めて自分の手で人を助ける事が出来たのだ。俺はその晩、嬉しさと今までの悔しさで涙を流した。一晩中、わんわんと泣き続けた。

 

 そして最近になって、その救った少女が俺の元へやってきた。修行を重ね、日に日に力をつけて行く少女の可憐な姿に、俺はその成長に喜びを覚えていった。ひたむきに頑張る姿勢に、俺は彼女を護りたいと思うようになっていた。

 

 だが、その少女が今、俺のせいで死の崖っぷちに立たされている。護れた少女を、護れなくなるのがとても心が痛かった。目の前で涙を流す少女に見て、俺は自分自身を責めるしか出来なかった。

 

「ごめんシリカ...俺のせいで...君を...死なせて...」

 

 嗚咽混じりの懺悔を繰り返す。シリカは俺の手を握り、そっと呟いた。

 

「私も、こうなる事なんて覚悟の上です...私、ユーマさんと過ごした時間はとても大切な宝物だと思っています...だからユーマさん...自分を責めないでください...私は、ユーマさんが大好きです...」

 

 その言葉で、さらに俺の目から涙が溢れた。後悔と自責の念でいっぱいになった。溢れる涙がとめどなく流れる。

 

 そして、その時がやってきた。淡々ととどめを刺していた巨人が、シリカの手前まで移動してきたのだ。赤の危険域に差し掛かっていたシリカへの最期の一撃。巨人の斧によって、シリカが死んでしまうビジョンがはっきりと見えた。

 

「...ろ......めろ...やめろ...」

 

 拳を堅く握りしめ、大理石の地面を殴り付ける。だが、どんなに強く殴りつけても硬く冷たい大理石の床にはヒビの一つもつけられない。

 

 巨人がゆっくりと斧を振りかぶる。髭面の巨人はニタリと嗤い、その斧を剛腕で振り下ろした。

 

「やめろおおおおおお!!!!!」

 

 ーー刹那、俺の身体が動いた。

 

 自分でも、どうしてこうなったか分からない。ただひとつだけ、ありのままを伝えるとしたら、俺は、いつしか巨人の斧を拳で弾き飛ばしていた。この場にいた全員が呆気に取られ、場が静まり帰る。俺自身も、何が起きたのか分からなかった。幸いにも、俺の捨て身の拳で軌道のそれた攻撃は、シリカの右1メーターの所へ突き刺さり、不発に終わる。

 

「殺させるか...シリカを!殺させてたまるか!!!」

 

 俺の怒声に呼応するように、巨人は斧を床から抜き、俺に向かってその斧を振り下ろした。

 

「うおおおおお!!!」

 

 俺は吼えた。今まで俺と生死を共にした相棒「妖刀 村正」の柄を握りしめ、ソードスキルを発動させる。相棒の刀身から紅の光が迸り、振り下ろされた斧を受け止めた。通常なら、こんな荒技をしたならば一瞬で刀身は砕け散るだろう。だが、そうならないのだ。

 

 斧と刀身が接触し、その衝撃が伝わった瞬間、カタナの切っ先を少し下げる。接触部から火花が散り、またも巨人の戦斧は地へ深く突き刺さった。俺はその衝撃をブーストに跳躍し、巨人の腕を駆け登って行く。

 

 迫る攻撃をカタナで受け、柳のように流し、大きな隙を生み出す。

 

 これがアインクラッドで2人しか使い手が存在しないシステム外スキル『受け流し』の極意である。

 

 狙い澄ました受け流しにより、巨人は大きな隙を生み出した。俺はガード出来ない双頭の巨人を屠るが如く、弱点の宝玉が存在する巨人の胸板へとまっすぐに跳躍する。紅い閃光と共に宙を駆け上がり、巨人の弱点めがけて上下の剣戟、そして一拍置いて刺突を放つ。カタナソードスキルの3連撃《緋扇》がクリティカルとなり、巨人は後方へ吹き飛ばされた。

 

「全員よぉく聞けぇ!!!」

 

 俺の叫びが大理石の大部屋にこだまする。

 

「俺たちはこいつを倒し、次の層へと歩を進める!こいつに殺された仲間の分も!彼らの無念をこいつに思い知らせてやれ!!」

 

 その巨体を地に伏せる巨人へ刀を突き立てレイドを鼓舞する。俺の叫びを聞いたレイドメンバー達は、活気を取り戻したようだ。

 

 弱点への攻撃は思ったより大きいようで、初級レベルのソードスキルでも、HPバーの5割も削れていた。

 攻略への一縷の望みが見えた気がした。確かな手応えを感じ、思わず口元が綻んでしまう。

 

「黒づくめ!お前もそのパートナーが大事なら戦え!!」

 

 呆気にとられていた黒の剣士にそう告げる。横の細剣使いは思わず顔を赤らめていたが、剣士の方はこれに応じ、俺の横に並ぶ。

 

「よく言ってくれるよ。だが、アンタの心意気は伝わった。俺もアンタの諦めない心は見習わなきゃな」

 

 剣士が剣を構え、そう告げた。

 

「お互い大事なモン背負っているようだし、ここで死ぬ訳にゃいかないらしいな!」

 

「全くだ」

 

 各々自分の相棒を構えて、戦闘態勢を取る。勢いを取り戻したALFメンバーもそれぞれの武器を構え、隊列を立て直した。

 

「全員、生きてここをクリアするぞ!最後の最後、HPが0になるまで諦めるな!!」

 

「「「おおおーっ!!!!」」」

 

 レイドの叫びで部屋が揺れた。俺たちはボスめがけて突撃していく。全員の捨て身の攻撃に巨人は動揺したのか、迎撃に移ることなくレイドの集中砲火を許してしまう。

 

 ーーグオオオーーーッ!!!

 

 巨人は堪らず絶叫し、レイドとの距離を離した。だが、レイドもそれを許す筈が無かった。仕返しにと攻撃を浴びせ、巨人は成すすべもなく斬られ続ける。

 

 だが、流石はフロアボスとだけあってか、そう簡単に押し切れる相手では無かった。横での距離を稼ぐ事は不可能だと考えた巨人はで真上へ跳ねたのだ。その巨体に似合わぬ驚異的な跳躍力で天井を蹴り、レイドの中心めがけてストンプ攻撃繰り出す。虚をつかれたレイドは吹き飛び、またもピンチへ陥った。だがすぐに体制を立て直すとまたも特攻を仕掛ける。今度は逆に巨人が虚をつかれ、レイドの集中砲火を浴びる羽目になる。

 

 削られ続けたHPはようやくラスト2本となり、俺たちは勝利を確信していた。ただ、それが油断となった。巨人は斧を手放し、素手での格闘へと移行する。

 

 先程までの斧での大振りな攻撃とは違い、格闘攻撃に移った巨人は別物だった。素早いフットワークでレイドの体制を崩しにかかる。対処の遅れたレイドは堪らず後退し、よってそこに穴ができた。巨人はその隙に包囲網を抜け出し、扉前に陣取った。

 

「不味い!!」

 

 この巨人の行為が、どんな意味を成すのか、この場にいる全員が理解していた。案の定、巨人は腰の麻袋からガラス瓶を取り出した。

 

 またも麻痺毒。部屋全体が効果範囲な麻痺ガスはどうあがいても防ぎようがない。レイドの快進撃もここまでか、誰もがそうおもった。だが、思わぬ事態が起こった。開く筈のない巨大な鉄扉が開かれた。巨人も振りかぶった手を止め、突然の侵入者に目を向ける。

 

 見れば、開かれた扉から、2つの影が姿を現した。片方は黒の剣士とは真逆の白い生地に紅いラインの入ったコートを羽織り、もう片方は逆に白いラインの入った紅の甲冑を身につけていた。

 

「何とか間に合ったようですね、団長」

 

「ああ、だが犠牲者は少なくないようだ。あまり長引かせないように、手短かに済ませるとしよう」

 

 増援とは到底言い難い2人組に、誰もが呆気に取られた。今頃2人増えたところで、とぼやく者さえいた。だが、俺たちの期待は、いい方向に大きく外れたのだった。

 

 片方が背中吊るした片手剣を、片方が腰からロングソードを抜き、背中のタワーシールドを構えた。

 

 その後の光景に、誰もが目を疑った。白い剣士は目に追えぬスピードで駆け出し、これまた目に見えぬ速度の連撃を巨人の両足に叩き込んだのだ。巨人は麻痺ガスを使うのをやめ、突然の乱入者に拳で反撃した。白い剣士に向かって左ストレートが放たれる。だが白い剣士はそれをひらりと躱すと、左腕を駆け上がっていく。ここでも凄いのが剣士が駆けながら腕を斬りつけていたことだ。それだけで彼の戦闘センスが凄まじい事が伺えた。白い剣士は跳躍すると、巨人の左の頭目掛けて片手剣単発ソードスキル《ホリゾンタル》を放つ。巨人は狙ったかのように左頭部の両眼を潰され、白い剣士は追い討ちをかけるように技後硬直の短い単発ソードスキルの連撃を見舞う。落下しざまに《バーチカル》と《シャープネイル》を使い、胸の宝玉へ確かなダメージを与えた。

 

 だが、巨人もやられっぱなしでは済まさない。軽やかに着地した白い剣士に向けて拳を放った。しかし、何故か剣士は回避をする気を微塵も見せない。このままでは巨人のパンチをモロに食らってしまう。だがそれは杞憂に終わり、いつの間に回り込んでいた紅の騎士によって防がれる事となった。

 

 騎士は左手に持つタワーシールドを突き出し、腰を落として剣士を庇うように陣取る。拳が盾を殴る轟音が響くが、騎士にも剣士にも、ダメージは1ミリたりとも入っていなかった。

 

 剣士は騎士の肩を踏み台に再度大きく跳躍する。空中で彼の剣が光芒を放ち、縦に2連、横に2連のソードスキル2連打を放つ。その流れるような剣戟に、技後硬直というシステムが剣士には存在しないかのような錯覚を覚えた。

 

 2人の増援に誰もが魅了され、固唾を飲んだ。俺たちは意識を戦闘に戻し、再度攻撃に加わる。

 

「黒づくめ!」

 

「ああ!」

 

 俺と同じ事を思ったのか、黒の剣士はまっすぐ前線へと突っ込んだ。そして白い剣士の元に辿り着くと短く会話を交わす。

 

「久しぶりだな、カナデ!」

 

「やっぱりキリトか!お前がヘマするとは、予想外にも程があるぜ!」

 

 どうやら、黒の剣士と白い剣士は知り合いだったらしい。モノクロの連携は凄まじく、紅白の連携をも凌駕していた。

 

「赤いの!俺たちがコイツを引きつける!その間にお前は胸めがけてソードスキルを叩き込め!」

 

 白い剣士がそう叫んだ。俺はその時が来るまでじっと待ち構える。黒と白は巨人の攻撃を躱し、紅の騎士は盾を用いて正面から受け止める。どれだけ攻撃しても1ミリのダメージを与えられない事に業を煮やした巨人は、だんだんと攻撃が大振りになり、脅威であったガス攻撃を使用する気配は微塵も無くなってきていた。

 

 もしや、これが本当の攻略法だったのかも知れないと気がついた。

 

 俺たちは正面からだけ攻撃を受け止め、スイッチして長物持ちが攻撃しようとしていたが、それではスイッチの隙を狙った攻撃を受けてしまう。だが、今の彼らは紙一重で躱し、絶妙な緩急で盾を使う。

 

 その微妙なラインを維持し、各々にヘイトを向けさせる事で巨人を怒らせる事でガス攻撃を使用させる暇を与えない事が、この25層フロアボス《デビルス・トゥーヘッド・ジャイアント》の正しい攻略法なのだ。

 

 前衛の華麗な攻防の末、やっとの事で勝機が舞い降りた。モノクロの2人はソードスキルが発動し、巨人の右腕を切り落とす。巨人は残った左腕で反撃を行うが、それは事前に反撃を予知していた騎士の絶対防御によって防がれた。

 

 そして最後、白と黒のコンビネーションによって、両足首のアキレス健辺りに《ホリゾンタル》で切り込みが刻まれる。

 

 これで、最後の手段である蹴りも使えなくなった。防御しようにも右腕は切り落とされ、左腕は騎士によって遮られる。俺はこの機を逃すまいと、最後の突撃を行った。

 

 

 腰のポーチからとっておきの劇薬「丹」を取り出し口に放り込む。これが、ラストアタックとなるだろう。直径1センチ程の丹を歯で噛み砕き、攻撃力増加のバフと、体力低下のデバフが付与される。これで、最上級のソードスキルを胸の弱点にヒットさせれば、丹によって乗算された攻撃力によって、この3人の最大級のソードスキルをも上回る火力が叩き出せるだろう。

 大理石を蹴り、雄叫びをあげながら、現時点での最上級カタナソードスキルの3連撃《羅刹》を放つ。上下の横薙ぎの光芒が走り、巨人の弱点の宝玉に亀裂が走った。見れば、増援2人のおかげもあってHPは残り数ドット。死んでいった仲間たちの為にも、この勝機は逃せない。

 

 俺は村正を上段に構え、力任せに振り下ろした。驚異的なブーストで振り下ろされた縦の一閃は巨人のど真ん中を捉え、その宝玉は粉々に砕かれる。俺は着地すると、今まで死んでいった仲間の顔を思い浮かべ、そっと瞼を閉じる。そして慣れた手つきでカタナを鞘にぱちんと納めた。

 

 タイミングよく、巨人は輪郭を歪ませ、ポリゴン片となってその巨躯を爆散させた。

 

 間を置いて、ボス部屋に歓声が響きわたる。多大な苦労と大勢の犠牲の末に、俺たちは難関25層を乗り越えた。生き残った者たちに今まで見たこともない量の経験値が与えられ、その殆どがレベルアップの効果音を耳にした。だが、俺の眼前に佇む2人の増援にはレベルアップした様子は見られない。これが、彼らが遅れて参戦した為に経験値が少ないのか、はたまたこれほどの量の経験値でも足りないほどレベルを積んでいるのかは定かではないが、2人が只者ではない事は重々伝わってきた。

 

「増援ありがとうございました」

 

 俺は2人の戦士に感謝を述べた。2人はそれに応じるが、白い剣士がかぶりを振り「礼ならリンドに言ってくれ」と言った。俺はその意図を理解し損ねた。すると見兼ねた紅の騎士が事情を説明してくれた。

 

 リンドは今回の攻略戦における全体の指揮を執っていた。ALFの良きライバルギルドとして友好を深めようと今回の事前準備を執り行い、本来ならばALFとの共同で正しい攻略セオリー(俺たち急増パーティが行った戦い方)を元に25層を打破するつもりだったらしい。

 

 しかし、リンドの思惑はそう簡単に事が運ばなかった。シヴァタを除く幹部達の反対によりリンドの発言力は低下し、ALFとの仲良しこよしを嫌っていた構成員からの抵抗もあり、結果的に攻略組全員を裏切る結果となった。リンドも内部の反発を抑えられず、恐らく幹部内で決められた裏切りを受け入れる事になってしまったと、騎士は語った。

 

「恐らく今回の裏切りは、DKBの内部による犯行だ。だが、リンドくんも今回ばかりはかなり悔やんでいるだろうから、あまり彼を責めてやらないでいてくれたまえ」

 

「まぁ、リンドさんなりに事前に実力あるプレイヤーに参加するよう救援要請を出していたそうだし、俺たちを送ったのも彼だ。お陰で被害を最小限に出来たしな」

 

 白い剣士がアホ毛をピョロピョロ揺らしそう言った。だが1つだけ引っかかる事があった。しかしその疑問は同じ疑問を抱いていたらしい黒の剣士によって代弁され、2人は少し言葉を選んだ。

 

「リンドさんが俺らを裏切ったのはわかったけど、なんでDKBはALFや攻略組を裏切らなけりゃいけないんだ?」

 

「キリト達はダンジョン篭ってて世間を知らないだろうけど、今ALFはとあるクエストで一山当てて金持ちなんだよ。その資金で志願兵を募って戦力を拡大している。でしょ、キバオウさん」

 

 急に話を振られて、民衆の目は後ろで話を聞いていたキバオウに向けられる。キバオウは依然として堂とした態度を崩さず、ALFの内部情勢について噛み砕いて語り始めた。

 

「そこのカナデの言った通り、ワイらALFは先のクエストで多額の資金を得た。そこで幹部同士で話し合い、はじまりの街で兵を募って、そこで新兵の訓練中や。その内攻略組にも人員送ろうおもとったけど、今回の事でALFのトップが殆ど逝きよった。安定した収入も機体でけへんやろうし、ALFはここで攻略組を脱落やな」

 

 仁王立ちで腕を組んではいるが、語るキバオウの表情は心の底から悔しそうだった。今まで順調にやって来ていたのに、ここに来て脱落していく者の悔しさは筆舌に尽くしがたいだろう。

 

「ALF脱落、それこそがDKBの狙いだろうな」

 

 白い剣士の推理に、またもレイドの目が剣士に向けられた。推測の域を出ないが、と一言添えて、自身の推理をつらつらと語っていく。

 

「多分、順調に戦備を拡大して行くALFに、DKBは内心焦っていたんだと思う。だが、自分たちには多額の資金もある訳でも、圧倒的なカリスマを持つプレイヤーがいる訳でもない。そこできっと人間の汚い部分が出たんだろうな。嘘を流してALFを騙し、壊滅にまで追い込んだ。そしてALFが脱落してからゆっくりと攻略するつもりだったんだろう。だがそれも、リンドの機転で防がれたんだがな」

 

 剣士は推測の域を出ないというが、誰もがその推理が的を得ていると思った。きっとリンドが今回の裏切りの指導者としての汚名を被り、DKBは散り散りになる。リンドはALFを陥れた極悪人として糾弾され、最悪処刑されてしまうかも知れない。

 

 きっと第1層で民を導いた騎士ディアベルの思想を受け継いだリンドは、内部の犯行の罪を自ら被る事も厭わないだろう。恐らく、DKB内に潜む犯罪者集団のメンバーがこの計画を扇動したに違いない。聞いた話だが、3層でのキャンペーンクエストでALFとDKBを衝突させる為に両軍を煽ったスパイと同一であるに違いない。俺は直感的にそう思った。

 

「この状況だとフロア攻略はしばらく足止めか...」

 

 そうエギルが肩を落とす。だが、紅の騎士の言葉で誰もが攻略再開の一縷の望みを抱いた。

 

「その心配はない。まだ人員は少ないが、私、ヒースクリフが率いる『血盟騎士団』が攻略戦に参加できるよう準備を進めている。本来なら今回から参加するつもりが思ったよりスカウトが進まなくてね。まぁ、隣にいるカナデ君のせいでもあるのだが」

 

 紅の騎士、もといヒースクリフは物腰は柔らかいものの鋭い眼光で白い剣士を睨んだ。剣士は少し小さくなったようで、その長身を縮こめる。

 

「何はともあれ、攻略が再開出来るならなんでもいいさ」

 

 黒の剣士がそう呟いて、25層攻略戦が締めくくられる。気を利かせてくれた血盟騎士が次の層の転移門までアクティベートに向かい、俺たちは徒歩で主街区へ戻った。

 

 英雄の凱旋らしく、転移門広場はお祭り騒ぎだったが、出陣時との人数の差とレイドの浮かない顔を見て、辺りは騒ついていた。俺とシリカは足を止めずに宿に帰り、これからの事を話し合う。

 

「取り敢えず、お疲れさん」

 

 リビングの椅子にかけ、互いに労いの言葉をかける。神妙な面持ちでシリカは応じ、俺の言葉に耳を傾けた。

 

「これからの事なんだけど...俺は、シリカは俺の元を離れるべきだと思う。きっと俺と居れば今回みたいにシリカを危険な目に遭わせてしまう...俺は君を、現実に返してあげたい...」

 

 掠れた主張しか出来ない俺に、シリカは俯き、場はシリアスな雰囲気が漂う。

 

「私は...ユーマさんと過ごす日々が大好きでした...ユーマさんは優しくて、強くて、私の憧れで...」

 

 シリカは嗚咽の混ざった声を捻り出した。哀愁が漂い、俺の目にはじんわりと涙が張ってしまう。

 

「俺だって...シリカと一緒に過ごしたい...一緒にダンジョンに潜って、楽しい時間を共有したい...でも、出来ないんだ...」

 

 掠れた声が俺の口から漏れる。普段は半分くらいしか開いていない眼いっぱいに涙を溜め、涙を流さないよう堪えながら言葉を紡ぐ。

 

「このSAOじゃ、俺に関わる人は死んでしまう!俺はシリカをそんな目に遭わせたくない!だから、諦めてくれ...」

 

 俺は、シリカを護るため、シリカを離してしまう事に決心した。弱い俺じゃ、シリカを護り切れない。それに、俺のような死神より、もっと彼女には相応しい男性が現れる筈だ。

 

 そうシリカに告げると、シリカはそれを受け入れた。そして、今日限りで俺たちの師弟関係は終わりを告げる。これからは2人は友人として、共にSAOを生き抜くサバイバーとして、歩んでいくのだ。

 

 シリカの想いを振り、シリカとはその日から暫く顔を合わせることは無かった。互いに連絡を取り合うこともせず、微妙な距離のままに月日は流れて行った。彼女が俺の元を離れる時に見せた涙と笑顔が目に焼き付いて、その晩は眠りが浅かった。

 

 

 

 

 

 少年は孤独を選ぶ。後に《赤鬼》と呼ばれた少年と、《ビーストテイマー》と呼ばれる少女の出逢いと別れの物語が幕を閉じた。




前回の後書きでご期待下さいと言った割には微妙な出来でごめんなさい。

今回で6話に渡って語られたユーマとシリカの物語は終了です。自分に経験が無いため、ユーマがシリカを自分の体質のせいで傷付いてしまうのを防ぐ為に振ったのが、ただシリカを突っぱねて駄々こねているようになってしまいました...!

次回からはカナデくんの話に戻ります。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。