SAO ~絆で紡がれし勇者たち~ 作:SCAR And Vector
「ただいま」
「お帰リ、カー君」
俺が自宅の扉を開けると、見慣れたレザーローブを外し敏捷性を損なわない最小限の装備《レザーシリーズ》を着用したアルゴが新婚夫婦さながら出迎えた。
「お疲レ。攻略状況はどうだったんダ?」
「バッチリ調べて来たよ。後これ、攻略掲示板にあったクエストの内容だ」
「おお!助かル、ありがとナ」
俺の差し出したデータを受け取り、アルゴはそれをフォルダに格納する。恐らく、それらのデータを元に攻略本を作成するのであろう。アルゴは攻略組に向けて攻略本を500コルで売り付け、その売り上げを元に増刷し中堅以下のプレイヤーに無償で配布している。これが疎まれ続けるベータテスターとして、アルゴが情報屋として考え出したプレイヤーへの最大限の貢献だった。
俺はベータテスターではないので罪償い云々はあまりよく分からないが、攻略組の末端として貢献しているつもりだ。
「そういえばアルゴ、何か必要なものとか食べたいものとか無いのか?」
情報データの入ったフォルダを整理しているアルゴに問い掛けると、彼女は忙しなく動かす右手を止め頭をひねった。
「ンー、強いていうならこの前のお礼に主街区のレストランでステーキ食べたいところだけド」
「あーアレか。わかった。もう少ししたら食べに行こう」
勿論そのレストランに行くには外に出なければならないので、アルゴは罵詈雑言を浴びるかもしれない。その様な事態にならない様俺が気を付けるべきか。
外出という文字がよぎったのか、アルゴの表情は一瞬曇りを見せたが、それもすぐに無理矢理な笑顔で打ち消された。
「ああ・・・行こウ・・・」
翌日の朝、第12層主街区『トゥアルフ』の一画、とある小さなプレイヤー鍛冶屋に訪れていた俺は清々しい表情をしていた。昨晩はまたアルゴと同じベッドで寝ることになったものの、慣れが早かったのかグッスリと眠ることができた。夢だったか、眠りに着く寸前までアルゴに髪を撫でられていた気がする。俺より頭一つ小さい身体の何処にあんな母性があったのだろう。これが俗に言うバブみと言う奴か。
まぁ、朝目が覚めるとアルゴを思いっきり抱き枕代わりに抱き締めていた事は本人にも話していないが。アルゴが朝に弱いのでバレていないのが不幸中の幸いだ。ただ上司の血盟騎士団副団長のアスナ様にこの事がバレると社会的にもヤバイのは言うまでも無いだろう。
「それで?そんなにヤバイ状況な訳?その人」
とある一件からちょくちょく強化やメンテナンスで訪れる鍛冶屋の主人、リズベット愛称リズがベビーピンクの髪を揺らしそう尋ねた。
SAO正式サービス開始3ヶ月頃からの古い知り合いで、今では専属鍛治師を担ってくれている。リズが俺の専属になってくれてからは武器の強化やメンテは無償で行ってくれる様になり非常に助かっている。ただし、見返りに高レアの強化素材や鉱石を仕入れさせられる事も頻繁にあるが。
「まぁね、でも2日経ったけどこれと言ってた異常はないよ。現状維持」
俺は彼女の工房内の小さな木製のイスに腰掛け、今の相棒『セイクリッド・ロングソード』をグラインダーに掛け黄色い火花を立てているリズの作業風景を眺めていた。
SAOなら適当にやってもメンテナンスは完了するが、真面目なリズがそれを許せるはずもなく、丹念に、そして力を均等にグラインダーに押し当てていた。
しばらく火花を散らし、リズはグラインダーの動作を止めると水が貯められた樽に熱を持った刀身を突っ込んだ。熱せられた金属が急激に冷やされる音がし、水から剣を取り出すと布で水分を拭き取る。
「はい、耐久度マックスよ」
「お、サンキュー」
リズから研磨された剣を受け取り、一点の曇りもない細身の刀身に指を這わせる。冷たい鋼色は鈍い輝きを放ち、鏡の様に磨き上げられた平坦な刀剣部は俺の瞳を反射させた。俺は力強いオーラを放つ相棒に心の中でよろしく頼むと唱え、剣を白い鞘に収めた。
「ハイこれ。今回のお代替わり」
「毎度ー」
俺はストレージから鉱石類の入った麻袋を実体化し、工房のテーブルに置いた。リズはそれを受け取ると、麻袋の口を開いて中身をテーブルに並べ、指定の鉱石と個数を確認すると残らず自身のストレージに格納する。
「ねぇ良かったら攻略組の事とか聴かせてよ」
ホクホク顔でそう言われてお茶を出されると否が応でも話さなければならなくなる。べつに話すのが悪い事じゃないんだけど。
拒否権は無いのかと言う怪訝な顔を見せても、リズは御構い無しに話をせがんでくる。
俺たちはそれから昼前まで世間話や雑談に花を咲かせた。
太陽が一番高いところに届いた頃。トゥアルフの商業区をリズと歩いていた。石畳の大通りをわざとらしくブーツの底で音を鳴らして歩いていたが、煩わしく思ったリズに小突かれ、ピタリと止める。
普通に歩いていると、やがて緑色の看板がかけられた飲食店の店前に到着した。
「ほら此処!美味しいって評判のパスタ屋さん!」
「はぇ〜すっごい」
モスグリーンの看板にはデカデカと『Denir's pasta restaurant』と白文字の筆記体で記されている。「デニールのパスタ屋」と言った所だろうか。
扉を開けると鈴が鳴り、俺たちはNPCウェイトレスの案内で窓際の席に着いた。メニューをリズと一緒になって閲覧し、律儀に待っていたウェイトレスにパスタを注文する。
「私はこの半熟タマゴのカルボナーラを。アンタは?」
「俺は激辛赤のペペロンチーノ」
「かしこまりました」
俺たちのオーダーを繰り返すと、ウェイトレスはそのまま厨房に向かって行く。料理が運ばれてくるまでの間、俺たちはお冷を飲みながら談笑と洒落込んだ。
「そう言えば、最近客足はどうなんだ?」
「それがねぇ、全然なのよ。鉱石の仕入れ先も少なくなって来ちゃったし、原価も上がる一方で・・・」
リズはお冷のコップから口を離すと、自信なさげにそう答えた。威勢のいい彼女だが、生活も掛かっている以上鍛治師としての繁盛は頭痛のタネの様だ。
「攻略組と中層プレイヤーの差が広がって来てる所為かなぁ?」
樫の木製のテーブルを人差し指でトントンと叩きぼやいた。
攻略組に追いつこうと上昇意欲のある者や、己の能力を高めたいと活気になる者を除くが、全体的なプレイヤー層を見れば攻略組と中堅以下の差は現状広がりつつある。
リズベットの様な中堅以下のプレイヤーは生産職や自分の生活の為だけにクエストや狩りをこなし、攻略は専門の攻略組に任せっきりなのだ。それ故に差が大きくなるのは必然で、ある一定層だけが大きな力を持つ様になっている。
攻略組に所属していないだけで、攻略組を凌ぐ実力のプレイヤーも探せばいるだろうが。
「攻略組はここまで降りてこないからなぁ。アンタは例外だけど」
リズは自嘲気味に笑った。リズは何か言いたげに口を開いたが、そこに注文した料理が運ばれてくる。
「美味しそ〜!」
「ああ、この唐辛子の薫りと毒々しいまでの赤々としたレッドソース!いい!」
「うわぁ・・・辛そう・・・アンタ真っ白何だから汚さないでよ?」
躾する母親の様に小言を言われる。
俺たちは合掌し、早速パスタをフォークに巻き付け束になった所を口に放る。
途端味を感じる味蕾が燃えた。ピリッと言うよりバチッ表現した方が正しい様な感覚が走り、途端に身体が熱を持つ。
常人なら匙ならぬフォークを捨てる所だろうが辛党な俺からしたらちょっと辛いぐらいでどんどん食べられる。
ひたいには玉の様な大粒に汗が浮かび上がっているだろうが、俺はそんなことには目もくれずパスタを食べ進めた。
「アンタ、かなり顔赤いけど」
「あ?うまひほこへ。かあくないかあくない」
「口の中にモノ入れて喋んな!」
俺の行儀の悪さに見兼ねたリズが頭をバチンと叩く。日頃のハンマーを振るっているだけあって思いビンタだった。
「んっ・・・リズも一口食べてみろよ。美味しいぞ」
「いいわよ。ぜーったい辛いもん」
「あ、じゃあ俺そっち食べさせて」
リズの許可も待たずホワイトクリームのカルボナーラをフォークで巻き取り口に入れる。クリームの濃厚な味わいに半熟卵の旨味が絡んで非常に美味。とても満足。
「カナデ・・・その・・・」
俺の激辛ペペロンチーノを味見したわけではないのに、リズの頬は赤く染まっていた。その理由を考え、先ほどの自分がどれだけ軽率で考えなしだったか理解する。
「あっ・・・スイマセン・・・」
俺はすかさず同じ料理を注文し、カルボナーラは残さず自分で食べきった。食事を摂り終えるまで、俺たちは羞恥で顔を合わせることが出来なかった。
時は変わって午後3時前。リズベットと別れ32層の主街区。『バニャ』と名のついた街には32層南に位置する湖畔のほとりに立つ水の都である。気候も暖かくて過ごしやすく、漁業を主な産業として賑わう街だ。転移門広場から東西南北に『区』と呼ばれるエリアがあり、東には滋賀の琵琶湖を連想させる広い湖畔から取れた魚を加工する為の「生産区」。
西には石や大理石で建てられたマンションや宿屋が建ち並ぶ「居住区」。俺のマンションも此処に借りている。
続いて北にはプレイヤーやオブジェクトとしてのNPCで賑わう「商業区」がある。よろず屋から始まり、鍛冶屋や行商紛いの神出鬼没なプレイヤーショップまで、多額のコルが四方八方に飛び交う盛り上がりのある所だ。
南には飲食店が立ち並ぶ「飲食区」がある。レストランやステーキ屋などが点在し、通りの裏にあるお陰で存在自体がマイナーなラーメン屋もある。まぁ味は嘘っぱちだが。俺もよく飲食区で食事を摂ることがある。料理スキルのない自分でも手軽に美味しい料理を食べることが出来るからだ。
プレイヤーも数多く、景観が良い湖畔を一目見ようと観光に来る中層プレイヤーもしばしば見かける。確か22層にも良さげな湖があったが、此処との違いは近くに主街区があるかないかくらいだろうか。
32層の現時点での主な雑魚mobはコボルド系が平原に、リザードマン系が湖畔周辺と洞窟内に現れる。マージンさえ十分なら比較的簡単な層だ。
俺は攻略を進めるためにフィールドへ出た。フィールドボスが潜むと言う攻略最前線の北の大洞窟に潜入し、レベリングと宝探しを兼ねて突き進んでいく。
この大洞窟を抜けてしまえば攻略はだいぶ進むのだが、いかんせん大洞窟と謳うだけあって中は広い。暗いし、同じような光景ばかり目に入るのでマップデータを開きっぱなしにしていなければ迷いそうだ。
待ち伏せや背後に警戒を向けつつ足早に先を進んでいると、進行方向に
プレイヤーと同じように片手剣と殆ど有って無いようなバックラーを駆使して戦う『ソードリザードマン』と、長柄の石槍を持ち軽装備で身を守る『ランサーリザードマン』の二体が現れ、俺は素早く腰の鞘から剣を抜き構えた。
リズに研磨してもらったばかりの愛剣は薄暗い洞窟内でも鋭い輝きを放っている。任せろと言わんばかりに輝く剣をリザードマン達に向けると彼らは気圧されたのか一瞬たじろぐ仕草を見せた。
「ふっ!」
苔が生えた湿った足場を蹴り、まっすぐ蜥蜴剣士へ突っ込み片手剣単発ソードスキル《スラント》を放つ。蒼い光芒が闇を払い、蜥蜴剣士の深緑の身体に赤いダメージエフェクトを迸らせる。技後硬直が解けると直ぐにバックステップ。間髪入れずに先程まで俺が居た場所に石の槍が飛び込んでくる。小さく返しがついた角ばった槍先に突かれれば、きっと出血のデバフは免れないだろう。故にリーチの長く鋭い刺突を繰り出す槍兵には十二分の警戒を払う。
剣兵の方は3割がたHPが減少している。俺は一気にたたみ掛けようと地を蹴った。
狙いは槍兵。突き出される槍の手持ちの部分を左手で掴み槍の動きを完全に封じる。そしてそこに体術《打砲》を1発。ショートレンジのショルダータックルで槍兵は吹き飛ばされ、上体を大きく仰け反らせる。この隙を逃さず片手剣4連撃ソードスキル《ホリゾンタル・スクエア》を発動させる。
セイクリッドロングソードの刀身は蒼い光で包まれ、システムに身を任せた身体の移動で剣戟を浴びせていく。
4連撃目が決まると4本の光の筋が正方形に現れる。光の筋が消滅すると、槍兵も身体を爆散させた。
強力な技を繰り出した後は誰しも技後硬直に見舞われる。俺は一歩も動けず近づいてきた剣兵の一撃を食らった。ボロボロの剣で胸を袈裟懸けに斬られ、不快感と共に後ろにたたらを踏む。
どうにか踏ん張ろうと脚に力を入れたが、水気の多い湿った岩の足場が災いし転倒してしまった。
俺は舞い散る青いポリゴンのカケラをバックに剣を鞘に納刀する。足元が濡れている所為でビチョビチョになった服に気持ち悪さを感じながら、俺は洞窟の奥深きへと進んでいった。