SAO ~絆で紡がれし勇者たち~   作:SCAR And Vector

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長らく更新サボってすみませんでした。許してください。何でもしますから(なんでもすると入ってない)


情報屋 END

 アルゴが家にやってきて4日目。俺はアルゴのストーカー兼営業妨害者を捕らえるべく捕縛作戦の下準備に出ていた。商業区の裏通りにある怪しいショップで万が一の捕縛用の麻縄を購入したり、敵の反撃を想定して25層のフロアボスが使っていた麻痺ガス瓶のプレイヤーアイテム版を購入したりと忙しかった。

 

 買い物中のちょっとした疑問だが、麻縄を買った店に武具屋でもないのに鞭が置いてあったのは何故なのだろうか。全く見当もつかないね(棒)

 

 作戦自体はアルゴに極力精神的負担を掛けないように詳細を伝えてはいない。この作戦には心を鬼にしてアルゴを囮にする必要があるのだ。故に作戦の詳細を伝えると彼女は恐怖で作戦の綻びがでてしまい、目標に勘付かれて行方をくらましてしまうだろう。そうなれば今までの苦労が水泡と化すと共に、アルゴに更なる精神的負荷をかける結果になってしまう。そうなれば余計な問題を招く事にもなるだろう。

 

 なのでアルゴにも、アルゴのストーカーにも俺の動きがバレてはならないのだ。

 

「良し、これでいけるだろ」

 

 作戦はこうだ。先ず俺が先立ってとある洞窟に罠を仕掛けておき、その後アルゴとその洞窟に入り進んでいく。運が良ければそのストーカーも洞窟内へ潜入するだろうから、事前に設置した罠を迂回しつつストーカーを誘い込む。多く罠を仕掛けるつもりなので、いずれどれかしらが引っかかるだろう。数打ちゃ当たるさの精神で行くのだ。

 

 単純な囮作戦だが、成功を願おう。少しでも成功の確率を上げる為にも、仕込む罠の数は大いに越したことはない。善は急げという。俺は早速作戦場所の洞窟に赴いた。

 

 4時間掛けた結果、入り組んだ洞窟内に34のトラップを仕掛ける事が出来た。トラバサミ型の設置罠や吊り上げ式の罠などを潜伏可能な候補地を重点的に仕掛けた。恐らく、ストーカーが罠に引っかかった時点で俺は他プレイヤーに危害を加えたとしてオレンジになるだろうが、カルマ回復のアテはあるので問題ないだろう。少しの間主街区には立ち入れないのも我慢出来る。ただ、血盟騎士団において、上司である高貴な副団長サマは何と仰るだろうか。

 

 きっと神聖なギルドから始めてオレンジプレイヤーを出したとの事で説教を食らうのだろう。また、内容によってはアルゴを危険に晒したとて言及される未来も見える。アルゴを助けたいという意思は変わらないが、今後のアスナからのお叱りやカルマ回復クエスト消化などの動向を鑑みるとアタマが痛い。

 

 まぁどれもこれもアルゴの変な客が悪いという事で諦めよう。俺は考えるのをやめ、自宅で帰りを待つアルゴの元へ戻っていった。

 

 

 

「ただいまー」

 

「おかえリ」

 

 自宅に戻り扉を開け、帰宅を告げると何時もの語尾が鼻にかかった特徴的な声が耳に届いた。剣やコートと言った武装を解除し、カーキ色のカーゴパンツとワインレッドのインナーだけになる。壁掛けの時計を見るに時刻は昼前。少し早めの昼食を取ろうと、俺はキッチンへ赴いた。

 

「もうお昼にしようと思うんだが、大丈夫か?」

 

「ああ、大丈夫ダ。丁度作業もひと段落ついたとこだしナ」

 

 リビングのテーブルに書類や筆ペン、可視化されたデータを広げ、攻略情報の整理作業をしていたアルゴに声をかける。今では全攻略プレイヤーの必須品となった攻略本の製作の裏側を見れて少し嬉しかったが、どうやら区切りが良かった様で、早々に作業の片付けを始めてしまう事には少し残念な気持ちを抱いた。卓上が綺麗に片付いたのを見届け、早速調理の準備に取り掛かる。

 

「因みに何かリクエストとかあるか?あんまり凝ったのは作れないけど、ヴァリエーションはそこそこあるぞ」

 

「いや、カー君が作るものなら何でもイイ」

 

「っ・・・!」

 

 冷蔵庫の中身を吟味し、適当な献立を頭の中で考える。アルゴのリクエストも取り入れようと訪ねた質問だったが、そう可愛い返事をされると逆にこっちが困ってしまうと言うものだ。以前から年頃の健全な男子学生をその気にさせる、勘違いさせる様な行動をとるきらいがあったが、最近は益々それが顕著になっている気がする。

 

「そ、そうか。ならハンバーグとかでもいいか?」

 

「ああ、構わないゾ」

 

 そう満面の笑みで返されると、調理するこちらも気合いが入る。システム的に調理行程が簡略化されているが、出来るだけ美味しく作って見せよう。

 

 冷蔵庫から材料を出し、備え付けの調理道具で次々と加工して行く。主役の材料である「フレンジーオーロックスの肉」は、持ち主の筋肉隆々な体躯に反して意外と柔らかく、それでいて味がしっかりとしており肉料理に最適な食材として有名な肉だ。低レベルの調理道具でも料理可能な点もポイントで、倒すのに少々手こずるのを差し引けば現時点で最高級の食材である。

 血盟騎士団の料理長、カルアに作ってもらったフレンジーオーロックスのスペアリブを食べた時以来、このジューシーな食べ応えにハマり、今では月1でそこそこの額のコルと引き換えにカルアからキログラム単位で仕入れている。

 

 調理メニューから挽き肉を選択し、包丁で食材をタップするだけで良いのだから、実に便利なものだ。たったそれだけで魔法の様に加工済みの挽き肉へと変身する肉を見てそう思った。

 

「よし、後は・・・」

 

 刻んだ玉ねぎや牛乳、挽き肉をボウルに入れ、手で3回ほど混ぜる。すると自動的に混ざり合わさり、ハンバーグのタネへと変身した。後は、タネを2つに分け形を整えフライパンで焼く。実際の調理時は空気を抜くのを忘れてはならないが、SAOではそれが簡略化されている為、食事までの行程はものの数分で完了した。カルア曰く、SAOでの料理は現実のそれに比べると味気ないとの事だが、俺は早くて便利で最高だと思う。簡単な作業で材料次第では最高級の食卓を味わえるのだから。

 

「ほら、出来たぞ」

 

 皿にハンバーグとサラダを盛り付け、市販のパンを付けて食卓に並べる。ついでにコーンスープをカップに注ぎ、昼食の準備を済ませ、後は食べるだけとなった。

 

「今日はこれからフィールド調査だろ?いっぱい食って精を付けろ」

 

「そうだナ」

 

 アルゴの向かいの椅子に着き、合唱し、いただきますを唱える。

 

「美味いナ〜!」

 

 ひとくち食べたアルゴが嬉しそうに頬を綻ばせるのを見届け、俺も久々のハンバーグを味わおうとしよう。ナイフとフォークを使い一口大に切り分け、口へ運ぶ。咀嚼すればするほど溢れる肉汁と肉の旨味が口いっぱいに広がり、俺はとても幸せな気持ちになった。

 

「ン〜、やっぱり食事関連の情報も載せるべきかナァ」

 

 ハンバーグを嬉々として食べていたアルゴが唸る。誰でも幸せになれる食事という行いは、いつ死が自分に降りかかって来るかわからないこの状況で、ひと時の安らぎを得られるとても重要な事柄だ。仮想世界の肉にはアナンダマイドなどの至福物質は入っていないが、美味しい味覚に触れることで幸せになれる事もまた事実。

 俺はアルゴの迷いを強く後押しした。

 

「良いと思う。俺たちは食材モブもよく狩るし、攻略組の中には料理好きもいるだろう。きっと良い情報提供先になると思うぞ」

 

「そうだナ・・・やっぱり作ってみようかナ。カー君の経済援助をもとに」

 

「え?・・・」

 

「悩んでる俺っちの背中を押したのはカー君じゃないカ。なら、印刷代は出してくれるんだよナ?」

 

「え〜・・・」

 

 呆気に取られる俺を他所に、アルゴは残りのハンバーグを全て掻き込んでしまった。パンを千切って口に放りながらデータ整理作業の続きを始めてしまう。

 

「おい、行儀悪いぞ」

 

「うるさいナ、俺っちはグルメ紹介本の仕事もあるからさっさと片付けなきゃなんだヨ」

 

「なっ!結局作るのかよ・・・」

 

 マナーを注意してもアルゴには痛くも痒くも無いそうだ。俺は肩を落とし、もそもそとパンを頬張りコーンスープで流し込む。どうやらグルメ本の印刷代の件も俺の手持ちから捻出する事で纏められた様だ。

 印刷代が幾らになるかは分からないが、きっとそこそこの額を行くのだろう。俺は心の中で重い溜め息を吐いた。それと同時に、一昔前の調子に戻りつつあるアルゴを見て、少し心が跳ねたのを感じた。

 

 

 

 昼食を終えた午後1時前。俺は自室で所持品の整理を始めていた。これから作戦を決行し、アルゴを恐怖の魔の手から救ってあげるのは変わらないが、その後の展開の為だ。

 

 俺はストーカーを捕縛するために罠を仕掛けている。中には使い様に寄っては死に至らしめる罠もあるため、他プレイヤーに危害を加えたとてオレンジプレイヤーになるだろう。となれば保護権限が働く圏内にはカルマが回復するまで入れなくなってしまう。

 

 カルマ回復クエストを消化し、圏内への通行が許されるのは早くても3日というところだろう。ストーカーはハラスメント行為の通報で第一層地下の牢獄へ閉じ込められるが、俺はそうはいかず圏外で72時間の長い時間を過ごさねばならない。そうなれば物資の補給も限られるので、命綱であるポーションの類いは出来るだけ多く持ち歩いていた方が都合が良いのは当然のこと。後は野営用の装備一式も持っていかなくてはならない。

 

 幸い其れ等はストレージに収納されるので移動に不便な思いはしない。食料は現地調達でどうにか賄えそうだし、いざとなれば不味い黒パンでもどうにかなる。

 

 後はカルマ回復クエスト。事前にヒースクリフ団長にクエスト発生の座標は知らされているので問題ないだろう。

 

 その他様々な持ち物の点検をして、完璧に準備が整ったのは時計の針が1時30分を回ったところだった。

 俺は早速リビングで待機していたアルゴを呼びに行く。

 

「おまたせ」

 

「おう、随分遅かったナ。それほど洞窟のモンスターは手強いのカ?」

 

「あ、うん。まぁ、そうだな・・・」

 

「そうカ・・・まぁいいや。さっさと行こうゼ。時間が勿体無いからナ!」

 

 アルゴには作戦の事は伝えていない。久し振りの外出に意気揚々としているアルゴを見て、少し心が痛かった。

 

 扉から外に出て、ロックがかかったのを確認すると、早速転移門広場に移動する。盛んに声が飛び交う賑やかな広場の端を進み、転移門広場の北に位置する商業区を抜ける。そのまま圏外への門をくぐってフィールドに出る。

 

 後は北東に向かって道沿いに進むだけ。そうすると転移門広場の東に広がる生産区が隣接した大きな湖畔の側にある洞窟に辿り着く。

 

「よし、じゃあ俺が先導するからアルゴはすぐ後ろをついて来てくれ」

 

「わかっタ」

 

 湖畔の側の洞窟は湿気でジメジメとしていて気分が悪い。水分をたっぷり含んだコケのせいで足場も悪く、意外と大きく広がる洞窟に自分たちの足音が響いてなお恐ろしさを演出している。俺は慎重に慎重を重ね仕掛けたトラップを踏み抜かない様に進んで行く。アルゴも俺の進んだルート通りに着いてきてくれるので助かっていた。

 

「シッ!静かに・・・」

 

 俺は何かが唸る音を確かに聞き取り、アルゴに静止するよう伝えた。確かに洞窟の奥から生物の鳴き声が聞こえているのだ。俺は少し身を屈め辺りの様子を伺った。

 

 すると少し先に青い鱗が光ったのが見えた。恐らくリザードマンの類だろう。俺たちのレベルなら簡単に倒せる敵だが、俺はモンスターとのエンカウントとよりも、モンスターが湧出してしまった事に焦っていた。

 

「不味いな・・・」

 

 俺が仕掛けたトラップはまだまだ奥まで続いている。トラップを再奥まで仕掛けた帰りに洞窟内を完全に制圧した筈だが、予想よりリポップが早かった様だ。俺はモンスターがトラップを踏み抜く事を恐れていた。何故ならトラップのいくつかは連動式になっているものが混じっているからであり、万が一にもそれが作動したらストーカーにトラップの存在がバレてしまう危険性を孕んでいるからだ。

 

 そうなった場合、勘付かれて逃げられては走って捕まえるしかないが、もし捕まえられなかった場合を考えよう。ストーカーの追跡はより困難となり、アルゴの悪評が更に広まってしまう可能性もある。そうなるともう手の施し用が無い。最悪アルゴの処刑・投獄を望む声も出てくるだろう。となると情報屋としての腕を買って頼ってきていた攻略組の攻略速度が落ちてしまいかねない。最近ようやく軌道に乗り出した頃なのに、ここでつまづいていてはならないのだ。

 

 ーーー杞憂に終わると良いが。

 

 途端、どこか遠くでパリン、とガラスが砕けた乾いた音が耳に入った。一体それが何の音なのかを理解した瞬間、俺の頭からさーっと血の気が引いていった。

 俺の祈りは儚くもガラスの瓶と共に砕け散り、最悪の結果として降りかかって来た。

 

 

 

「アルゴ!」

 

「ナ!!?」

 

 俺は状況が把握できずに狼狽えるアルゴの手を引いて、出口へ一目散に駆け出した。

 

「説明は後!今はとにかく出口へ走れ!」

 

 空洞で反響し耳をつんざくのも構わず、俺は大きく叫んだ。アルゴは只ならぬ気配を察したのか、自慢の俊足で出口への通路を疾走していった。トラップが作動しないか心配だったが、スイッチが押され起動するまでにアルゴが目にも止まらぬスピードで居なくなる為か、幸いにも彼女が罠に引っかかることは無かった。

 

 俺も足場の悪い洞窟を駆けていた。

 

 今回運悪く作動したのは連鎖起動型の麻痺ガストラップ。1つが起動すると5メートル間隔で仕掛けられた同一物も連鎖的に作動する仕組みのトラップだ。最奥地以外の通り道全てに仕掛けられており、本来なら俺たちが再奥に辿り着いた状態でストーカーが通路の途中で起動すると出口へ逃げようにも間に合わない様に麻痺ガストラップは設計されて居た筈だった。

 

 だが敵モブが再湧出した所為で予定が狂ってしまい、まだ再奥まで道半ばで作動してはストーカーにはガスから簡単に逃げ切れてしまう。

 

 俺はストーカーが鈍足な事を願って走り続けた。走り続けてようやく出口から差し組む光が見えた時、前方を走るアルゴが、物陰から急に生えて来た影と衝突した。アルゴはそのまま勢いを殺しきれず、派手に転倒。地面に溜まった水溜りを盛大に飛沫あげた。

 

「うわぁ!!」「ウワッ!」

 

 アルゴが転倒した先に、ボロボロの麻製ローブを羽織り、フードを目深に被った人影があった。俺は直感的にこの人物が探し求めて居た者だと感じ取った。

 

「アルゴ!ここから出るぞ!」

 

 転倒状態のアルゴの腕を引っ張って強引に起き上がらせる。急な出来事の連続で、彼女はまだ状況の理解が追いついていない様だった。

 

「クソッ!!」

 

「おい、待て!」

 

 人影は悪態をついて光の方へ駆け出した。俺はますます怪しく感じ、その人影がアルゴのストーカーで間違いないとの確証を得ていた。それと同時に、その怪しい人物の後を追いかけ始める。

 

「あ、おイ!置いてくナ!」

 

 アルゴに悪いが、今は彼女に構って居られない。俺は敏捷値全開で追いかけた。だが、その人物は俺より敏捷値が高いのか、差を縮めるどころか徐々に広がりつつあった。俺は止むを得ず立ち止まり、白いコートの裏に留めてあるスローイングピックを手に取った。そして、出口に向かう人影に向けて放つ。システムアシストにより真っ直ぐ飛翔したピックはその人物の右脚に突き刺さり、そいつは大きくバランスを崩し激しく転倒した。

 

 俺はこの機を逃すまいと駆け、起き上がってここから逃げようとする其奴に向かって飛びかかった。共にゴロゴロと転がり、でこぼこした地面に体を打ち付ける。俺は其奴に馬乗りになり、両手を背中に回して押さえつけて動きを止める。念の為に抜刀した剣をローブの端に突き刺しておき、目深に被って居たフードを勢い良くひん剥いた。

 

「オ、オマエ!」

 

 小さな悲鳴を聞き、その方に振り向くとアルゴが立っていた。意外と早く追いついたらしい。だが余りの出来事の多さに完全に混乱している様だった。

 

 俺は、もう包み隠さず全てを話す決心をした。だがその前に、インベントリからガスマスクを実体化させる。そして、手の中に現れたそれをアルゴへ投げ渡す。

 

「ガスが来る。付けとくといい」

 

 俺の指示に、アルゴは素直に従った。後ろを見れば、視覚的に分かり易い黄色いガスが迫って来るのが見えていた。アルゴは口元にマスクを当て、左右の紐を後ろで結んで固定し、口周りの空気を密閉する。俺もガス対策に、腰に回したポーチから対麻痺ポーションを取り出し一息に煽った。

 

 直後、黄色いガスが俺たちを包み込んだ。俺やアルゴと違い、対策を施していないストーカーだけが麻痺の状態異常を喰らい、体の自由を奪われる。俺は完全に動きが停止したのを見届け、ストーカーの上から降りた。そして麻縄を実体化し、ストーカーを捕縛する。

 

「クソっ!放しやがれ!!」

 

 麻痺状態でも首から上は自由に動かせるので、往生際の悪いストーカーは罵声を吐き続けていた。

 

「いい加減諦めろ。麻痺が切れるまでは自由はきかないし、俺がお前の安否を握ってるんだ」

 

「ぐっ・・・!テメェ、いい加減にしろよ!こんな事してタダで済むと思ってんのか!」

 

「思っちゃいないさ。現に俺はもうオレンジになったんだからな」

 

 そう吐き捨て親指で自分のプレイヤーカーソルを指し示す。仕掛けた罠には掛からなかったが、投擲したピックが命中してから、俺のカーソルは緑からオレンジへと変化していた。

 

「アルゴ、隠したくは無かったが、お前に怖い思いはさせたくなかったんだ。すまない」

 

 俺はアルゴの方に寄ったが、彼女は一歩後ずさった。そして怒りが混じった震えた声が発せられる。

 

「なんで黙ってたんだヨ・・・お前は良い奴だと思っていたのニ・・・」

 

 彼女の言葉に、俺は心が痛くなった。ストーカーを釣り上げる餌として勝手に連れ回したのだ。返す言葉もない。

 

「本当に悪かった。お前を助けたかったんだ・・・お前に付きまとっていた奴はコイツで間違いないか?」

 

「・・・間違いなイ・・・」

 

 俺の質問に、アルゴは篭った声で答えた。目深に被っていたフードは剥かれ、光もよく差し込んでいたので今では人相がはっきりと視認できる。

 俺たちの眼前で地に伏せる頰が痩せこけた、不均一なボサボサの髪の男で間違いないようだ。

 

「情報屋・・・テメェ、男に頼るなんてな!その貧相な身体使って懸命にソイツを誑かしたのか!!・・・小賢しいマネを!」

 

「ッ・・・!そんなことしてなイ!」

 

 男が睨み付けると、アルゴは思わず一歩後ずさった。

 

「おい!今回は全部俺が仕組んだことだ!アルゴは関係ない!」

 

「うるせぇ!情報屋に誑かされやがって!ふざけんな!白い生地に赤いライン、血盟騎士だかなんだか知らねえが、訴えてやる!」

 

「なンだと往生際が悪いな!!大体アンタが最初にアルゴに付きまとって悪評を流したんだろうが!!」

 

「知るか!!こっちは金払う客なんだ!客は神様なんだよ!それを突っぱねたそこの女が悪い!!」

 

 俺は男の身勝手な言い草に腹が立った。横たわる男を胸ぐらを掴んで引き寄せ右の拳で男の頰を殴り飛ばす。

 

「カナデ!!」

 

 アルゴの悲鳴が反響した。男は殴られた勢いで壁に強く打ち付けられ、ダメージ判定として判断されHPが減少していく。

 

「ひっ!!お、おい!俺を殺してみろ!お前はレッドプレイヤーだぞ!人殺しだ!」

 

「黙れ、お前は殺さない。お前はSAOがクリアされるまでこれから地下の牢獄で暮らすんだ。そこで自分の罪を反省するんだな!」

 

「や、やめろ!わ、わかった!!反省する!!だから牢獄行きだけは!!」

 

 最後まで身勝手に乞う男に、俺は心底呆れ果てた。俺はそれを一蹴し、インベントリから地下牢獄を転移先に設定した回廊結晶を取り出した。

 

「く、クソッ!!」

 

「もう諦めろ。アンタはここで終わりだ。コリドー、オープン!」

 

 ガスが霧散したのを確認し、回廊結晶からゲートを出現させる。

 ゲートの向こう側には、薄暗い牢屋が並ぶ光景が見えた。そしてそこから、青い髪の男性がひょっこりと顔を出す。

 

「やぁカナデ君、上手くいったかい?」

 

「いや、駄目だった。だがアルゴのストーカーは捕まえた。リンドさん、投獄の手続きを頼む」

 

「わかった。事前に手続きは済ませておいた。あとは牢屋にその人を打ち込むだけだ」

 

「仕事が早くて助かるよ。という訳だ。さぁもう観念しろ!」

 

 俺は男の腕を掴み、立ち上がらせた。もう麻痺も切れる頃だろう。男に自分で歩かせ、転移ゲート先にいるリンドに受け渡す。

 やはり今回の作戦を考え付いた立案者のリンドに待機してもらって助かった。面倒な投獄手続きも事前に処理してくれていた様だし、彼には世話になってばかりだ。

 

「あとの事後処理はこちらで済ませておく。君はアルゴさんの心のケアをしてあげてくれ」

 

「何から何までありがとう。あとは任せる」

 

 ゲート越しの会話を済ませた頃に、時限式のゲートが消滅し回廊結晶は砕け散って使用不可能になった。俺は向き直り、佇むアルゴに触れようとしたが、寸前で止めた。彼女の目に涙が溜まって、今にも溢れ出しそうなのを目撃したからだ。

 初めて見た彼女の哀しそうな表情に俺は言葉が出なくなった。怖い思いをさせた事に対して罪悪感で胸がいっぱいになり、口の中の水分が急激に無くなっていくような感覚を感じた。

 

「なんでこんな事するンだヨ・・・」

 

 アルゴが口を開く。その声は弱々しく震えていた。

 

「カナデはもっといい奴だと思っていタ・・・急に押しかけたのオレに優しくしてくれたし、きっと今回もオレの事を想ってやってくれた事なんだロ?でも・・・こんなの酷いヨ・・・」

 

「アルゴ・・・俺・・・」

 

 俺は思わず顔を逸らした。しでかしてしまった罪悪感で到底アルゴを直視できなかったのだ。

 

「カナデは悪い奴じゃない、わかってル・・・純粋な善意でやってくれたらンだよナ?・・・でも・・・」

 

「っ・・・!」

 

 アルゴがなんと言おうと、俺は謝るしかない。そう想って顔を上げた時、目の前の光景に息が詰まった。

 

「アルゴ・・・ごめん・・・」

 

 アルゴの瞳から、小粒の涙が頬を伝って零れ落ちていく。いつしか、俺の右手が彼女の目尻から溢れる涙を拭っていた。

 

「バカ・・・そんな顔されるト・・・何も言えなくなるじゃないカ・・・」

 

 俺は何て愚かだったんだろう。女の子を泣かせてまで自分の人助けの自己満足に付き合わせるなど、身勝手にも程がある。

 俺は居ても立っても居られなくなり、思わずアルゴを抱き寄せた。

 

「ごめんな・・・今はこれしかないんだ。だからせめて、枯れるまで泣いてくれないか?」

 

「うっ・・・くっ・・・う、うわああああああ!!」

 

 耳元で静かに囁いた途端、アルゴは大きな声で泣き出した。変わって大粒の涙が次々と溢れ出し、俺の胸を濡らした。

 

「怖かった!誰も頼れなくて・・・!カナデが助けてくれて安心した・・・!でも、本当は迷惑なんじゃないかって!出て行こうとしたけど、臆病だから無理だった!!自分が嫌になって・・・オレ・・・ッ!」

 

 俺は彼女の感情が吐露される唇を塞いだ。自分でもなぜこの様な行動をとったのかわからない。ただ、何故かこれで正しい様な気がした。

 

「んっ・・・はっ・・・んんっ!・・・はぁ、はぁ」

 

 アルゴの瞳から涙が止まったところで唇を離す。アルゴはというと、三本線が引かれた頰を赤く紅潮させていた。

 

「バッ・・・!バカじゃないカ!?」

 

 耳まで真っ赤なアルゴを見て、俺は途端にさっきの大胆行動が恥ずかしくなった。

 

「わ、悪い・・・なんかそれが正解な気がして・・・」

 

「いきなりキスするのが正解な訳あるカ!!」

 

 苦し紛れの言い訳に、アルゴは小さく俺の胸板をポカポカ叩いて抗議した。ただ、なんだかそれが可笑しく思えて小さく吹き出した。

 

「でももう、涙は止まっただろ?」

 

「ム・・・それはズルイぞ・・・」

 

 アルゴはそう言うと俺の腕の中から抜け出してそっぽを向いてしまった。俺は彼女の背中を見つめ、ふと頰が綻んだのに気付いた。

 だがすぐに気を引き締めると、眼前の小さな背中に向け謝罪の言葉をかけた。

 

「アルゴ、ごめんな」

 

「もういい。もう謝るナ。今回は俺っちにも責任があるンダ。それにカナデも好きでやってくれたんだロ?だったらそれでお仕舞いダ。もう、いつもの日常に戻る頃なんダ」

 

 アルゴは後ろで手を組み、足元の小石を蹴った。彼女の言う通り、もう俺たちは「いつも通り」に戻る時間だ。それはこの一件が解決した事の報せであり、一悶着有ったがアルゴが無事であったことに嬉しさを感じる一方、何処か胸の中にアルゴとの生活に別れを告げる淋しさも有った。

 

「それに・・・」

 

「それに?」

 

 

 

「これで永遠のお別れじゃないダロ?カー君にはまだまだやってもらう事が山ほどあるんダ!まだ俺っちに対して後ろめたい気持ちがあるなら、それを片付けてくれヨ」

 

 振り向いた彼女の表情は、天真爛漫な笑顔だった。俺はそれが眩んでしまうくらい眩しく思えた。俺とアルゴは良き友人であり、客と情報屋であり、パートナーなんだと思った。

 

 薄暗い洞窟に光が差し込む様に、俺の胸中にも光が射した気がした。俺はこの感覚を、一生忘れないだろう。

 先を行くアルゴの背中を追いかけ、横に並ぶ。俺たちはいつも通りの日常に帰るため、一歩ずつ歩みを進めていった。

 

 

 

 

 

「じゃあ早速はグルメ本の印刷代ダナ!情報の仕入れ先は沢山検討ついてるし、こりゃ経費もかかるだろうナ〜」

 

「・・・マジかよ・・・」

 


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