SAO ~絆で紡がれし勇者たち~ 作:SCAR And Vector
この男は、一体何者なのだろう。
アインクラッドでは珍しい女性鍛冶師であるリズベットは、並んで左に立つ男について考えていた。
客として来てみればいきなりダンジョンに潜ろうと言いだすし、自分の右腕が吹き飛ばされても、リズには理解できない単語をずらずらならべて何事もなかったかの様に飄々としている。自分がお手製のツルハシを振るうときは、少し離れたところでぼーっと辺りを欠伸をしながら眺めているし、本当に掴み所のない男だ。
リズの第一印象では、初対面の女子を開始十数分でパーティーに誘うようなナンパ野郎だと思っていた。
しかし、そんな印象も先の出来事で吹き飛んでしまっていた。
戦闘に疎い自分を右腕を犠牲にしてまで護り、子供の様になきじゃくる自分をぎこちない手付きで撫でてくれる。あの行動を思い出すだけでも悶絶しそうになるが、きっとその行動だけが原因ではないのだろう。
年頃の男女なら誰でも持つであろうこの感情に、名を授けるなら『好き』が一番相応しい。ライクかラヴのどっちだ等と言う冗談は抜きにして、自分はこの剣士に少なからず好意を持ち合わせているのだろう。
こんなナンパ野郎に一目惚れとは、まるで恋愛少女漫画的なストーリーが展開されているようだ。自分のチョロさに嫌気がさす。
「終わったかー?」
右腕に無造作にバンテージを巻いた剣士が声をかける。中性的な印象の声が火山に響き渡り、その声を聞き取ろうと思わず耳を澄ませてしまっていた。
「リズ?聞いてる?」
はっと我に返り、慌てて応答する。先程から自分の不自然な言動が目立つが、恐らくこの剣士に自分の気持ちは伝わっていないだろう。いかにも鈍感そうだし、当の本人は今もきょとん顔である。頭のアホ毛が意志を持ち合わせているかの様に傾いた。まるで人が首をかしげるみたいに。
「なにがでた?」
剣士の問いに応える。
右手の人差し指と中指を空中で縦に振り、メニューを呼び出す。アイテムストレージを入手順にソートし、窓を可視化しようとボタンをタップしたとき、いきなり好奇心を抑えきれなくなった剣士がずいっと顔を近寄せてきた。突然の出来事で、思わず首から上を真っ赤に染める。
幸いに剣士はストレージを覗き込むことに夢中で自分が赤面していることなど気付いていない様子。
「ふーん・・・鉄四個と銀と金が一つずつ。レッドブラッドオアが二個・・・この調子だとまだ出そうにないな・・・」
剣士は顔を遠ざけ、探偵が推理を行うような仕草で顎を撫でる。剣士の顔が遠のいたことで自分の顔の赤みが引いて来たことをはっきりと自覚する。
――何なのよこいつ・・・
先程から意識させるようなことばかりさせて。この剣士はどういうつもりなのだろう。
リズは意識させるだけさせておいて、自分に好意を向けられていることに微塵も気付かない天然ジゴロな剣士を密かに恨み、頬をぷうっと膨らませた。
約二時間に渡る採掘の末、とうとうリズが目的の鉱石を引き当てた。
「で、出た!!出たわよ!!カナデ!!!」
ピンク色の瞳をこれでもかと輝かせ興奮している鍛冶師の言葉に俺は安堵した。
リズが右手に持つ鉱石、名を《ブラウンデュラビリティオア》というそれは、琥珀の様なにぶい輝きを放っていた。
SAOにおける武器強化システムに、《
一見同じのようだが、実はこれ、詳しく突き詰めたら《武器強化の丈夫さ》と《能力付属の耐久値上昇》とでは似ても似つかないことがある。それは上限と一時的ボーナスの決定的なちがいである。
強化での《丈夫さ》とは、いわば一時的な耐久値増加であり、ボーナスされた分の数値を下回ると、そのボーナスは消失する。一方、能力付属の《耐久値増加》とは、空きスロットを犠牲にして上限そのものにプラスのボーナスをつけることを指す。
一見ややこしいのだが、出来るだけ簡潔に解説しようとすると、《武器強化の丈夫さ》は携帯をコンセント無しに充電できるモバイルバッテリーのような予備の耐久値であり、《能力付属の耐久値増加》はFPSのよくあるアタッチメントの拡張マガジンみたいな感じのニュアンスである。
自分の説明力ではここまでしか解説できないが、この二つは違う強化法とだけは覚えていて欲しい。
「ほへー・・・綺麗な石だなぁ・・・」
間抜けな声を出しながら手渡された鉱石を眺める。日の光に透かして見ると、ヘイゼルの光を放つそれは俺の双眸を灼いた。
採掘を開始してから実に二時間と五分。採掘スポット一三個目。採掘試行回数六四回目に入手した《ブラウンデュラビリティオア》は、午後一四時四分をもってリズのストレージに格納された。
「よっしゃ!!んじゃあトゥエルフに戻りますか!!」
「りょーかいっ!」
俺の掛け声にリズがビシッと敬礼して応じる。俺たちのやるべきことはまだ残っている。早急に戻らねばならない。俺たちは互いに左手でハイタッチを交わし、僅かに笑みを浮かべあった。
所変わって第十二層主街区の裏通りにあるリズベット武具店内にある作業場。俺たちはあれから足早に十層の主街区に戻り、鍛冶専用ショップで《能力付属確率上昇材》をしこたま買占めてから転移門を利用し十二層のリズベット武具店に戻っていた。
「それじゃ・・・早速始めるわね・・・」
熟練の鍛冶師のオーラを放つリズの開始の一言に、俺は気圧され生唾を飲み込んだ。俺の無言の頷きを見届けたリズが、手始めに俺の愛剣《ソードオブ・アイスクリスタル》をフォージに入れる。それから手に入れていた《能力付属鉱石》と長い時間をかけ採取した貴重な《ブラウンデュラビリティオア》、全財産の七割をはたいて買い占めた《能力付属確率上昇材》を丁寧にフォージに入れる。
フォージの中で今尚熱せられる愛剣を見つめ、刀身が赤から黄、黄から白へと変色していく様を目に焼き付ける。作業場に充満した熱気が俺の呼吸を妨げるが、そもそも呼吸することを無意識に忘れてしまう程俺は目の前に広がる光景に魅入っていた。
数十秒かけて刀身と鉱石が十分に溶融したとき、リズがそれを注意深く取り出しアンビルの上に置いた。壁にかけられていたハンマーを手にとり、深く呼吸をすると、無言でハンマーを振りかざす。
カンカン、と金属がぶつかり合う音が作業場内に響き、回数を重ねるに連れて俺の鼓動も早く脈打つようになっていった。
SAOの鍛冶は、ハンマーを既定の回数、一定のリズムで叩くだけでいいらしい。適当に打っても真面目に打っても品質やパラメータに差異はないらしいが、目の前でハンマーを降るう少女は明らかに懸命に打ち込む人間だ。
単に客が見ているからなのか、本心から鍛冶師として最高のものを作ろうと正面から向き合っているのかは、赤の他人の俺からしたら見当も付かないが、恐らく彼女の目を見る限りは限りなく後者であろう。
鍛冶師としての実直さに感心していると、リズは既定の回数叩き終えた。見ればまだ刀身は熱そうだったが、そこはゲームらしく冷やすという動作は省略されているらしい。デジタルコードによって強制的に元の冷たい鋼色に戻り、形状は元の形に早変わりした。
「これで終わりだけど・・・確認してみて」
言われるままに剣をタップし、プロパティを確認する。
空欄だったグレーの空きスロットには、《耐久値増加》と記されていた。ついでにスペックに確認すると、確かに赤字で『+30』と耐久値の横に表示されている。俺はそれを見て胸を撫で下ろし、ほっと溜息をついた。
心配そうに見つめるリズに向き直り、成功の旨を伝える。するとたちまちリズの顔には光が差し、喜びを隠しきれなかったのか、俺に抱き付いた。
「やったやった!!成功よ!!」
自分が今どんな状況に置かれているか気付いていないリズに対し、ベストプレートが装備解除されたことで直に伝わる柔らかな感触に赤面する俺は、恐らく大袈裟な感情表現により頭から湯気が出ていることだろう。自分の情けなさを笑いながらも、それとは別に、子供の様にはしゃぐリズが可笑しくなって笑ってしまった。
次第に冷静になり、いかに自分が何をしでかしているか理解したリズが慌てふためくのもまた面白く、俺はひとしきり笑うとそっとリズを抱きしめ彼女の耳元で囁いた。
「お疲れ様、リズベット。一緒に冒険出来て楽しかったよ・・・」
「私も・・・」
リズも腕を回し、互いに抱擁を交わす。鍛冶師の声は儚さを帯び、次第に震えたものへと変わっていった。
「今回のお代は要らない・・・アンタと冒険出来た思い出で十分よ・・・」
「そうか・・・」
「ねぇ・・・お別れ前の最後に一つだけ聞いていい・・・?」
「なんだ・・・?」
リズは長らく溜め込んでいたであろう一つの疑問を投げかけた。
「カナデ・・・アンタって、『攻略組』なんでしょ・・・?」
「ああ・・・」
別段伝えておくことでもないだろうと思い、今まで言ってなかったのだが、今更隠すことでもないので正直に答える。
「じゃあ・・・もう前線に戻っちゃうのよね・・・」
「ああ・・・」
「なら最後に・・・一つだけお願いがあるの・・・」
リズは僅かな空気を肺に送り、それを声に変えた。
「私と・・・いや・・・ごめん、やっぱ何でもない」
先程から照れたり神妙になったり、悲しそうな顔になったと思ったら急に元気になったり。リズの様子がはっきりしないことに俺は違和感を覚えていた。
「なぁ、リズ・・・さっきからお前なんかヘンだぞ?」
リズはホントに何でもないわよと軽く俺の肩を小突く。振り向きざま、リズの目尻からダイヤモンドのような輝きを放つ一滴の涙が零れたのを俺は見逃さなかった。
――私が今ここで気持ちを打ち明けても、きっと望んだ展開にはならないことなど重々承知だ。この剣士は十中八九、攻略組のトップランカーであり、しがない鍛冶屋の私が独り占めしてて良い人ではないことも分かっている。
――それに、きっと私以上に彼に相応しい女性がいるだろう。私のような弱い人間は、あんな強い人とは到底吊り合わない。
自分の気持ちに嘘をつき、伝えたい想いに蓋をして奥底に閉じ込めてしまおう。これからは鍛冶師として生涯を全うするだけだ。そして、カナデのような人がゲームをクリアして、
自分でもそんなことわかっているはずなのに、溢れだす涙はとどまることを知らなかった。
独りぼっちの作業場に、嗚咽が響き渡る。地に落ちてはポリゴンの欠片となって消失する涙は、私の目を赤くすることなく零れ落ちるのだった。
何を伝えたかったのか、自分でも書いてて分からなくなりましたw
きっとリズベットは、攻略組のトップランナーとして今後も活躍するであろうカナデを自分のわがままで引き留めてはならない、と感じたんでしょうね。
作者もありますよ、そんな経験。
あれは中学の時・・・カナデ「需要無いぞ」・・・・・・ひでぇ・・・