SAO ~絆で紡がれし勇者たち~ 作:SCAR And Vector
「も、もう、疲れましたぁ...」
そう言ってシリカは草原に転がった。
「女の子がそんなはしたない格好するんじゃありません」
危うく見えそうになったシリカのスカートの中身に目がいかない様、そっぽを向く。
「ヘトヘトですし、お腹もすきましたよ」
時刻は午後5時45分。アインクラッドの空は夕焼けに紅く染まっていた。俺たちが修行を始めたのが午前10時。あれから俺たち2人は約8時間弱、ずっと修行をしていたのだった。
「まだ初日だぞ?これでも昼休憩は長めにとってあげたじゃないか。これじゃまだまだ緩いよ」
「うぅ...ユーマさん意外とスパルタです...」
昼休憩1時間、俺はそれ以外はずっとシリカの修行に付き合っていた。当のシリカは最初は回避が遅れて敵の攻撃がヒットし、怯む場面も多々あったが、昼ぐらいから徐々に慣れて来たのか、キレが良くなって来ていた。ほぼ7割の確率で攻撃も避けれるようになっていて、俺は素直に彼女の成長を感じていた。
「でも、初日にしては成果はあったと思うよ。足の運び方とタイミングをもう少し極めれば、十分だと思う」
「まだまだ精進の余地はありそうですね...」
シリカがあからさまに肩を落とす。思ってたより上手くいかなかった様で、腑に落ちないようだ。
「さて、腹も空いたし、今日はここまでにしてご飯食べに行こうか」
「は、はい!」
シリカに手を差し伸べ、立ち上がらせる。少し歩いてタクトゥフの村へ戻り、宿屋で着替えを行ってから村の門に集合する。
「お待たせしました〜」
少し早めに到着し、ポチポチと孤独に新聞を読んでいると、シリカがやってきた。
俺は普段つけている甲冑を外し、和装から一変、洋服へと着替えていた。黒のジーパンに長袖のVネックの地味な格好だが、お洒落に興味のない俺にとってはこれで十分だ。
当のシリカはと言うと、あまり装備を持っていない為か、いでたちは変わった様子は無かった。強いて言うなれば、ポーション類を入れておけるポーチや、ダガーを収める鞘のついたベルトが無いくらいか。
「さて、行こうか」
そう言って歩き出す。シリカもトコトコと横に並んで歩く。道なりに歩いていけばmobとエンカウントすることもほとんどないので、俺たちは気楽に世間話をしながら歩いていた。
「そういえばユーマさんって、あっちじゃどんな生活してるんですか?」
話題は現実世界の話。帰れるかわからない世界の話をするのは心が痛むし何よりマナー違反だが、シリカも悪気は無いし、話してもいいだろう。
「そうだなぁ、あんまり話す事もないけど...」
俺は現実では普通の中学2年生だ。小さい頃から空手とサッカーをしており、サッカーでは埼玉の県選抜に一度だけ選ばれた事がある。空手は一応黒帯だが、身体が小さい為に試合で勝利したのは数回しかない。
勉強はあまり得意ではなく、言うなれば脳筋という人種である。
「身体を動かすのは得意だけど、頭で考えるのは苦手だなぁ」
「私は逆ですね。私は運動は少し苦手です」
そう言って、シリカはてへへと笑ってみせた。
「でも、シリカはどことなくそんなイメージあるなぁ。なんというか、優等生なイメージかな?」
そんな他愛のない話をしていると、やがて主街区に辿り着いた。大通りを歩いてレストランを探し、人通りの多い店に入る。
「ここ人多いな」
入り口近くのテーブルに座り、メニューで顔を覆いながら呟く。最近まで人通りの多い場所に近づく事が無かった為、若干賑やかな場所が苦手になりつつあるようだ。
「何食べます?ユーマさん」
「ん、そうだなぁ」
周囲の目線が気になるが、メニューを開きオーダーを決める。
「んー、よし決まった」
「はやっ!」
メニューを開いて約5秒で即決。この決断の速さが俺の長所である。
「シリカも決まった?」
シリカも中々決めあぐねていたが、ようやく決まったところでNPCのウェイトレスを呼び鈴で呼ぶ。
「ギガントステーキとシーザーサラダとオニオンスープを」
「私はピリ辛ナポリタンをお願いします」
「かしこまりました」
ウェイトレスは注文を取り終えると、やがて注文を送信し定位置へ戻っていった。全てがデータの仮想世界では、腹が減ったらメニューから料理を出せばいいだけだが、こうやってレストランでウェイトレスに注文するのも、雰囲気があっていいと思う。SAOを造った茅場晶彦は狂人であるが同時に素晴らしいゲームクリエイターであり、SAOという仮想の世界への思い入れも強いのだろう。
注文が確定し、処理が行われるとテーブルに支払い窓が出現した。こちらは金銭的に余裕があるのでシリカの分もまとめて払う。今日は俺の奢りである。
少し明日のことをシリカと話し合っていると、注文した料理が運ばれて来た。
「うわぁ、美味しそう...!」
「たしかに...」
眼前に並べられた料理を眺めた、第一声がそれだった。
いただきますと手を合わせ、ギガントステーキをフォークとナイフで一口大に切って口へ運ぶ。
「うま!」
ステーキと濃厚なソースが絶妙に絡み合い、食感も柔らかく食べやすい。これならいくらでも食べられそうだ。
シリカもナポリタンの味を大層気に入ったようだ。
その後は、注文した料理に舌鼓を打ち、腹も膨れたところでタクトゥフへ戻った。シリカも自分の停在している部屋に戻る。
俺は宿のベッドに横になり、目を閉じて思考に耽っていた。
シリカを弟子にして、俺はこれから上手くやっていけるのだろうか。最終的には前線でも張れるだけの力量をもつプレイヤーになってもらいたい。
なんせ攻略組は未だに人員不足なのだ。最近あった攻略戦で多数の犠牲者が確認され、またも攻略のスピードが落ちてしまった。
事情があって少し前線から退くことにしている俺にまで支援依頼が来る程なのだから、相当切羽詰まっているらしい。
もうそろそろ、25層フロアボス攻略がおこなわれる。それには、シリカにも参加してもらおう。序盤のボス戦ならば、まだリカバーが効く筈だ。
俺は段々と衰えていく思考を睡眠に切り替え、意識を手放し深い眠りに就いた。