超速閃空コスモソード   作:オリーブドラブ

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番外編 残された姫君達

 ――星霜歴2028年、惑星アースグランド。かつて「地球」と呼ばれていたこの星は今、コズミシア星間連合の中枢として、全宇宙を率いる存在となっていた。

 

 その代表国家の一つ「ジャパン・エンパイア」は、国粋主義に傾倒した国として有名であり、独自の文化と矜恃を深く重んじている。

 配備されているコスモソードも基礎技術こそコズミシア製のものだが、それ以外はネジ一本に至るまで、全て自国の製品で製造しているという徹底ぶりであった。

 

 そして。

 君主たる征夷大将軍への忠誠を絶対とする、その国には――強く気高く、そして美しい女性パイロットがいた。

 

 コズミシアの剣たる高速宇宙戦闘機「コスモソード」を自在に操り、軍内部での模擬戦では常勝無敗。圧倒的――否、絶対的なまでの強さと美貌を併せ持つ彼女の存在は、コズミシア中に知れ渡っていた。

 

「おい、見ろよあれ……!」

「あれがあの、ジャパン・エンパイアのお姫様か……」

 

 ――惑星アースグランド、へレンズシティ航空基地。コズミシア星間連合空軍の中枢とも云うべき、その基地には無数のコスモソードが配備されている。

 純白の塗装で統一されたその内の一機から、蝶の如く軽やかに舞い降りた絶世の美女に、周囲の誰もが目を奪われていた。その圧倒的存在感に、彼女より階級の高い軍人すらも息を飲んでいる。

 

 ジャパン・エンパイア国防軍より出向し、二年に渡りコズミシア星間連合軍に所属している若き女性パイロット――辻霧(つじきり)マイ中尉。

 武家の名門・辻霧家の出身であり、当時齢十四にして、コスモソードの正規パイロットに選ばれた才媛。

 

 東方の国ならではの、エキゾチックな黒髪はボブカットに切り揃えられ、白く艶やかな肌との対比になっている。強い意志を感じさせる切れ目の瞳や、彫像の如く整えられた美貌は、周囲の男達の視線を独占していた。

 

 UI戦争により優秀なパイロットの多くが戦死し、女性パイロットが増えてきたと言っても、コズミシア星間連合軍の中心であるこの基地においては、まだまだ男性が多数を占めている。

 彼らの好色の眼差しに晒されても、彼女は眉一つ動かすことなく悠然と基地内を歩いていた。訓練飛行を終えた彼女の頬を伝う汗の一滴すらも、男達の目を惹き付けている。

 肢体に密着し、ボディラインを露わにしているパイロットスーツも、彼女の均整の取れたプロポーションを遺憾無く強調していた。

 

「やっぱ……ツジキリ中尉、最高だよなァ……。確かジャパン・エンパイアの武家って、ガチガチの血統主義なんだろ? いいよなー、向こうの貴族様はよ。あんな激マブとヤれるんだぜ?」

「でも聞いた話じゃあ、バッサバッサと縁談を断り続けてるってハナシだ。コズミシアの高官からの誘いだけじゃなく、上級武家からの見合いまで袖にしてるってよ」

「マジ? 俺達みたいな外国人からってならまだしも、地元の縁談まで切ってんのかよ。血統主義を重んじてるなら、武家からの誘いは本望なんじゃないのか?」

「それなんだが……噂によると、三年前に好きだった男を戦争で亡くしたんだそうな。以来、縁談は軒並み断り続けてるんだってよ」

「へぇ……よく実家が納得したなぁ」

「今や中尉殿はジャパン・エンパイア最強のパイロット。その武名はコズミシア中に知れ渡ってんだ、国も無闇に口出し出来ねぇんだろ」

 

 男達が語るように、マイは戦後から三年を経た今も、故郷に帰ることなくヘレンズシティ航空基地でパイロットを続けている。無論その間、名声と美貌を聞き付けた有力者達からの縁談は絶えなかった。

 ヘレンズシティの実業家。名門武家の長男。コズミシア星間連合政府の高官。果ては、征夷大将軍の側室の誘いまで。彼らはジャパン・エンパイアが輩出した名パイロットである彼女を、どうにか手に入れようと策を弄していた。

 

 ――だが。ジャパン・エンパイア軍は無論のこと、コズミシア星間連合軍の中においても絶大な名声と発言力を持つ彼女を、意のままにする事は困難を極め。実家である辻霧家ですら、彼女を完全にコントロールするには至らず。

 今年に入って十七歳になり、より強さと美しさに磨きを掛けた今でも、彼女は独り身で在り続けていた。

 

 武の道に生まれ落ちた、絶対不可侵の戦乙女。それが、世に知られる辻霧マイの姿なのである。

 

「……よう。相変わらず、道を歩くだけで世の男を振り回してやがるな」

石動(いするぎ)教官……」

「石動少佐だ、辻霧。確かに教官職には違いないが……もうお前は、俺の生徒じゃない」

「ですが……今でも少佐は、私の教官です」

 

 その時。右目を漆黒の眼帯で覆い隠した屈強な軍人が現れ、彼女の隣を歩き始めた。

 切り揃えられた黒髪は荒々しく逆立っており、獰猛な肉食獣を彷彿とさせる強面であるが――そのような外見とは裏腹に、語り口は穏やかなものである。

 

 そんな彼……石動ケンタ少佐を前に、寡黙な彼女は珍しく私情で口を開いていた。今やジャパン・エンパイア最強のパイロットとなった教え子の横顔を、彼は暫し神妙に見つめる。

 

「聞いたぜ。征夷大将軍の側室の話、蹴ったんだってな。武家の者としてあり得ない、お前の教え子はどうなってるんだって、里のうるせぇオヤジ共に散々どやされたぞ」

「申し訳ありません。腕においても心においても未だ未熟であるがゆえ、今は軍人として精進せねばならないと判断して……」

「……お前のやることにいちいちケチを付けるつもりはない。お前のおかげで、我が日埜本帝国(ひのもとていこく)もコズミシア星間連合政府から一目置かれる立場になれたんだ。お前には、目に見えるカタチだけの階級だけじゃ抑えられない、実質的な求心力ってもんがある。オヤジ共も、ただグチる相手が欲しかっただけだろうよ」

 

 教え子のことで骨を折ることを厭わず、むしろどんとこい、とばかりに鼻を鳴らすケンタ。齢二十五とは思えぬその横顔を見上げ、マイは安堵するように息を吐く。

 

 ――戦時中、UIの攻撃で右目を負傷して以来。前線を退いてコスモソードのパイロットを養成する教官となっていた彼は、辻霧マイを輩出したことでコズミシア星間連合軍から注目を集めていた。

 その縁で、彼女と同じくジャパン・エンパイア国防軍からの出向という形で、このヘレンズシティ航空基地に着任しているのである。今では泣く子も黙る鬼教官として、コズミシア軍の若手パイロット達から恐れられる存在だ。

 

 マイとしては、自分のエゴで恩師であるケンタを振り回しているのではないか……という自責の念もあったのだが。その胸中を見抜いているケンタは彼女の不安を取り除くべく、そのように振舞っているのだ。

 ――そして、彼女を深く知っている彼は。マイが縁談を断り続けている真意にも、辿り着いている。

 

「……あと、何年掛かる」

「……わかりません」

 

 何が、とは言わない。そんなことはお互い、分かり切っている。

 

「辻霧。例の坊主がそうだったように、お前にはお前の信じた道があり、人生がある。坊主は終わっちまったが、お前にはまだまだ続きがある。いつまで掛けても構わないが……いつかは、踏ん切りってもんを付けとけ」

「はい……わかっています」

「わかってないから、三年も引きずってんだろうが」

 

 ケンタの追及をうけ、マイの視線が下方に落ちる。迷いの色を濃く滲ませる、その眼差しを一瞥し――強面の教官は、僅かに溜め息をついて離れていく。そろそろ、訓練生のところに戻らねばならない。

 

「……」

「……ま、そいつ自身の根底にあるものってのは、どうしたって他人には動かせねぇ。お前のやりたいようにやるのが一番には違いないが……いいか、後悔はするな。忠告はしたぞ」

 

 ひらひらと手を振り、立ち去って行くケンタ。その背を、マイはただ見送るしかなかった。

 豊かな胸に乗せられた、彼女の白くか細い手は――失われた「過去」に縋るように、力無く震えている。

 

(……カケルお兄様……)

 

 ◇

 

「先日のお茶会以来ですね、マイ。またこうして同席出来て、嬉しいですわ」

「いえ……こちらこそ。またこうしてお招き頂けて、至極光栄に存じます。マリオン様」

「あまり固くなさらないで下さいませ。今日はそちらで仰るところの、ええと……」

「無礼講、でしょうか」

「そう、そうです。ブレイコウで参りましょう」

 

 訓練結果を一通り報告し終えたのち。マイはへレンズシティの街並みを一望できる高層ビルのレストランで、ある人物と顔を付き合わせていた。真紅のドレスを纏う彼女の容姿は、普段の軍服姿とは程遠い淑女の様相となっている。

 このレストランにいる人間は、誰もがコズミシアにおける超上流階級ばかりだが――この場にいる者達もまた、マイの美貌には釘付けにされているようだった。

 

 ……だが、彼らが目を奪われているのはマイ一人ではない。

 

 今、窓から街の景色を一望しているもう一人の少女。マイと同席しているその人物は、蒼いドレスを纏う神秘的な美少女であった。

 

 艶やかな光沢を放つ銀髪を、サイドテールのように結んでいる彼女は、マイ以上に白く珠のような肌の持ち主であった。ややスレンダーな体躯であるが、それでも身長に対して見れば非常に女性的なラインを描いている。

 例えるなら、美の妖精。あらゆる種族を超越し、魅了する絶対の存在。

 

 それが彼女、マリオン・ルメニオンなのである。コズミシア星間連合軍総司令官の一人娘である彼女は、軍の内外からその美しさもあって以前から注目されていた。

 そのため、マイ以上に縁談の話が濁流のように降りかかっている人物でもある。同じ悩みを抱えた女として、彼女達は階級を超えて友人としての付き合いを続けていたのだ。

 

「来週にはコスミュールコーポレーションの社長と縁談なのですが……あまり気は進みませんわね」

「コスミュールといえば、コスモソードの製造を請け負う大企業ではありませんか。お気に召さないのですか?」

「確かに、私を通じて軍と企業がより密接に繋がるのであれば、この星々の防衛体制はより磐石なものとなるでしょう」

「でしたら……」

「……ただ」

 

 コズミシア星間連合の中においても、特に強い権勢を持つ大企業コスミュールコーポレーション。

 五十年に渡る大戦を終わらせた兵器を造り出した企業であることから、軍と同様に高い名声と資金を集めていることでも広く知られている。

 

 三年前にUI戦争が終結して以来。軍部は戦争を終わらせ民衆を救った立役者として、劇的に勢力を伸ばしてきた。

 今では次なる脅威に備えるべく軍拡化の動きも高まりつつあり、事実上コズミシアは、全宇宙規模の軍事国家になろうとしている。

 

 そのような時代において経済面で幅を利かせるのが、軍需企業だ。その筆頭たるコスミュールコーポレーションからの縁談を切るなど、並大抵のことではない。

 例え、総司令官の令嬢であるとしても。

 

「……」

 

 ――だが。そこまで理解していながらも、マイはそれ以上彼女を追及しようとはしなかった。

 

 同じ貌をしているからだ。

 愛する人を失い、その影を振り切れずにいる自分と……。

 

「……ただ、今は……そんなことは考えられそうには、ありませんの。いつか彼を忘れる時までは……」

「マリオン様……」

「でも……忘れてしまうというのは、怖いことです。この気持ちまで、いつか失ってしまうのかと思うと」

 

 憂いを帯びたその横顔を見遣るマイは、何も言えないまま唇を結ぶ。彼女が縁談を受け入れない理由を知る彼女としては、これ以上言い募るのは憚られた。

 

 ――マリオン・ルメニオンは、ラオフェン・ドラッフェを愛していた。否、今もその想いに変わりはない。

 UI戦争終結と共に消息を絶ち、軍部により戦死と公表された、今でも。

 

「そのようなことは、ラオフェン様も望まれてはおられないかも知れません。それでも私は……」

「……私も是非一度、ラオフェン大尉にはお会いしたいと思っていました。我が祖国にとっても、大恩ある方でしたから」

 

 UI戦争に終止符を打ち、この全宇宙を侵略者から救った救世主。その存在は直に会ったことのない者達にとっても、英雄となる。

 ――戦場で、直接助けられたことのあるジャパン・エンパイアの軍人にとっては、尚更であった。

 

「……不思議、ですね。目を閉じれば、あの人の笑顔はいくらでも思い出せるのに。鮮明に、覚えているのに。その人がもういない上に、自分自身までそのことに慣れかけている」

「そういう、ものでしょうか……」

「わかりません。……ただ。『君を笑顔にしたい。戦争が終われば君が笑う、というのならオレは戦う』――そんな夢を語ってくださったあの方の微笑みだけが、今も私の中に在り続けているのです」

 

 マリオンは時に、ラオフェンという救世主がどのような人柄であったかをマイに語っていた。その節々から感じられる、大らかな人物像に――マイは少なからず、既視感を覚えていた。

 

「笑顔に……」

 

 自分がパイロットになるきっかけにもなった。三年前に永遠に失った、最愛の幼馴染。

 その少年の笑みが、マリオンの言葉に呼応するように。彼女の胸中に、蘇っていた。

 

 ◇

 

 ――星霜歴2025年。UI戦争の幕開けから、およそ半世紀。

 長きに渡る戦いの中で突如、戦場の主役として颯爽と登場した「コスモソード」の存在に、コズミシア全域の誰もが注目していた。

 

 そのきっかけであり、急先鋒でもあるラオフェン・ドラッフェ大尉の活躍が民衆に知れ渡っている頃。

 ジャパン・エンパイアと諸外国に呼ばれている「日埜本帝国(ひのもとていこく)」では、徴兵制度の施行が進んでいた。「ジャパン・エンパイア国防軍」と呼称されている帝国軍では現在、多くの幼い少年兵達が全国各地から掻き集められている。

 

 その対象は諸外国で云うところの貴族に相当する、武家の者達。特に年若い次男や三男が、主な兵力源として多数徴用されていた。

 しかし。十五にも満たず、軍人としての教育も完了していない少年達の中には、兵役を恐れる余り出奔する者も少なからず存在しており、帝国内はコズミシア全域の縮図であるかのように、余裕のない状況が続いていた。

 

 このような事態に陥った原因としては、徴兵制度の施行当初に徴用された武家の男子達が、初陣で一人残らず全滅したことが挙げられている。

 満足に訓練も終えていない子供が、歴戦の兵士すら羽虫のように潰されて行く戦場に放り込まれれば、どうなるか。その結果が、すでに現実の数字として現れてしまっているのだ。

 

 そうした結果から、これ以降の徴用された武家の少年達は次々と脱走し。それを見た民衆が、こぞって武家を糾弾する。そんな悪循環が、絶えず繰り返されていた。

 

 これを受け、征夷大将軍は士気の低下を避けるべく、強制的であった徴兵制度を一時中断。有志を募る義勇軍として、改めて武家の者達に戦意を問う方針となった。

 

 その瞬間、真っ先に名乗りを上げたのが――男子ですらない、当時十四歳の辻霧マイ少尉だった。

 

「……で。結局残ったのもこいつ、か」

 

 日埜本帝国の首都・東京。

 国家の中枢であるその大都市の郊外には、コスモソードの新人パイロットを養成するための、特殊な教育機関が設けられている。

 そこで徴兵されてきた武家の若者達が、次代のパイロットになるべく訓練を受ける……の、だが。

 

「石動教官。次の御指導、お願いします」

「……まぁ、待て。武家の名に恥じぬ帝国男児が絶滅しかかっているという現状への憂いで、暫く前を向けそうにねぇ。俺が立ち直るまで、少し待ってろ」

 

 基礎体力。座学。飛行訓練。そのいずれにおいても、今期の新人達は軒並み使い物になる気配がなく。

 その中で唯一、突出した才能を発揮していた人物が「女」であったことに、当時の石動ケンタ大尉は情けなさの余り目を伏せていた。

 

 深くため息をつき、俯く強面の教官。そんな彼を真摯な眼差しで射抜くマイの後ろでは、心を折られた少年達が膝をついていた。

 彼らとて武家の男子。自分達が女子のマイより劣っていることに、何も思わないはずはない。だが、その思いとは裏腹に、目に見える結果は悲惨なものとなっていた。

 それゆえ。彼らはただ、屈辱の表情で俯くより他ないのである。

 

 ケンタは、そんな彼らの様子を一瞥したのち。汗一つかくことなく、欠片も妥協することもなく、次の試練を求めるマイに視線を移した。

 その時の彼が浮かべていた苦々しい面持ちは、「普通、逆だろう」という彼自身の胸中をありのままに映している。

 

「……辻霧。お前、何のためにパイロットを目指した。武家の出とはいえ、女のお前が」

「ここに来た日に、申し上げた通りであります。武家の者としての務めを果たし、祖国に奉仕するための――」

「――そういう耳障りのいいおべんちゃらは、いらねぇ」

「……!」

 

 ケンタの問いに、マイはあくまで真剣な面持ちで答えようとする。が、彼は鋭い眼差しで彼女の瞳を射抜き、その言葉を遮った。

 それを受け、マイの表情は僅かに強張る。

 

 ――帝国において、女性パイロットという存在は希少ではあれど前例がないわけではない。

 長引く戦争により男手が失われるに連れ、それを補うために女性パイロットが組み込まれてきたケースは幾つかある。

 

 だが、それはあくまで後方支援の予備人員としてのみであり、最前線に立つ役目は男子一色であり続けてきた。

 最前線そのものであるコスモソードのパイロットに女性、それも若い娘が志願するなど、前代未聞なのである。

 

 その動機について彼女は、今口にした言葉の通り武家として真っ当な「御題目」を掲げていたのだが。

 徹底した現場主義であり、人類の道理が通じない侵略者を相手にしてきたケンタにとって、そのような「取って付けた建前」に興味はないのである。

 

 戦場という極限状態に置かれれば、人の理性は簡単に失われる。その時に露わになる本性は、当人の意図に反して他者を陥れてしまうこともある。

 だからこそ、建前の先に隠された本音を知る必要があったのだ。武家の者達が、美辞麗句で塗り固めた防壁の向こうにある、本心を。

 

「……そ、れは」

「まぁ、言えんだろうな。実家の両親にも話してねぇことを、赤の他人に言えたら苦労はねぇ。……まして、家来の坊主が理由とあっちゃあな」

「……!?」

 

 だが。その美辞麗句で固められた環境で純粋培養されてきた彼女に、それを求めるのは難しいということは容易に予想されていた。

 だから、自分から殻を破らせるよりも容易く、本性を解きほぐすため。ケンタは自分の口から、彼女の「御題目」を剥がすことを選んだのである。

 

「この帝国で、初めて徴兵制度が施行された半年前。第一期生の一人だった『竜造寺(りゅうぞうじ)カケル』はお前の家来であり、幼馴染だった」

「ど、どうしてそれを……!?」

「そいつの仇を討つために、お前はパイロットを目指してここに来た……だろ。わざわざお前の実家と親しい上級武家のお偉方から聞き出したんだ、苦労したぜ」

「……!」

 

 ケンタが身辺調査の中で見つけた、マイが戦う本当の理由。その全てが見抜かれていたことを悟り、彼女は唇を噛み彼を睨む。

 だがケンタ自身も、このような眼で見られることになるのは想定内だった。そうでもしなくては、彼女の本心には辿り着けないからだ。

 

 ――女としての自分を捨ててまで、武家の姫君が戦場の空に向かう理由には。

 

 ◇

 

 帝国内に僅かに存在する上級武家。一握りの大貴族とも云うべき、その天上人の中でも特に強い権勢を持つ辻霧家は、常に他の勢力を圧倒する権威を誇っていた。

 

 その名家に生まれ育ったマイは、幼少の頃から己が持つ価値というものを理解していた。

 ……そして理解していたがゆえに。のし掛かる重圧に苦しむ余り、他者との交流を拒み続けていた。

 

 それを解消するべく、「同世代の友人」を用意すべきという声が上がり。辻霧家が従える幾多の下級武家の中から、友人役の適任者を探し出すことになったのである。

 

 だが、実際にマイの友人候補として送り出されてきたのは。これを好機に辻霧家と懇意になり、あわよくば婿として迎えてもらおう――という下級武家らの息が掛かった子息ばかりであり。

 その卑しい下心を敏感に感じ取ったマイは、さらに人間不信となり自分の屋敷に閉じ籠るようになってしまった。

 

 そんな折。

 屋敷の窓から外の景観を眺める日々を送っていたマイは、ある日――桜が舞う春空の上で、優雅な曲芸飛行を見せる一機の民間飛行機を目撃する。

 

 翼が空に描く美しい曲線。機体を彩るように、風に煽られ舞い飛ぶ桜。その演出に魅入られたマイは連日、食い入るようにその曲芸飛行を見つめるようになった。

 誰に対しても無感情で、どんな高価なものにも興味を示さなかった娘が、見たことのない溌剌とした表情で曲芸飛行に熱中している。そんな光景を目撃した、父である辻霧家当主は、曲芸飛行のパイロットを調査するよう部下に命じた。

 

 ――やがてその実態が、当時十三歳の少年飛行士であることが発覚したのである。

 

 少年飛行士の名は、竜造寺カケル。

 辻霧家が従える数百の下級武家。その一つである竜造寺家の次男坊であった。

 

 彼は幼少期から、武家の出身でありながら、下町の平民と同じ遊びに興じる変わり者として知られていた人物であり。

 平民の友人達を喜ばせるために少年飛行士となっていたその当時でも、「武家の者でありながら、曲芸飛行などという遊戯に現を抜かすうつけ者」として他の武家からは白い目で見られていた。

 そんな立場である上、竜造寺家が下級武士の中でも最下位であるということもあり、マイの友人候補を選ぶ際には歯牙にも掛けられなかったのである。

 

 ――やがて、カケルは辻霧家に招かれマイと対面。周囲が「なぜあんなうつけ者が」と妬む中、屈託無く友人として接しようとする彼の姿に、マイはかつてない表情で懐くようになった。

 今までの友人候補とは違う。誰の息も掛かっていないし、下心も感じない。そんな人間に出会ったのはこの時が初めてであり、マイは瞬く間に彼に夢中になってしまうのだった。

 

 だが、それから三年。戦況が悪化し、帝国で徴兵制度が施行されることが決まった瞬間。カケルはすぐさま、コスモソードのパイロットとして徴用されることになってしまった。

 

 理由としては、まず優先的に徴兵される「武家の次男若しくは三男」に該当していること。次に、曲芸飛行とはいえ既に三年以上の飛行経験があり、実戦レベルまで鍛えるのが容易であるという見込みがあること。

 そして――マイと懇意であったこと。

 

 マイを狙うがゆえに、彼の存在を疎んでいた他の上級武家が、優先的に彼を徴用するよう軍部に働きかけていたのである。実際、飛行士としての彼自身が持つ能力が無視できないものであったことも、その点では優位に働いてしまったのだ。

 

 これを受け、マイはカケルの徴用を辞めさせるよう父に懇願したのだが――征夷大将軍の勅命である徴兵を断る、というのは武家にとっては最大の恥であり、カケルにそれをさせてしまうのは酷である、と断じられてしまうのだった。

 さらに当のカケルまでもがあっさりと徴兵に応じてしまい、マイは彼の門出を見送るしかなくなってしまうのであった。

 

「大丈夫だよ。皆の笑顔も、君の笑顔も。ちゃんと、オレが守るから」

 

 旅立ちの日。彼の家族すら笑顔で見送っている中で、一人泣きじゃくっていた自分に、彼が微笑と共に遺した最期の言葉を――マイは今でも、はっきりと覚えていた。

 

(カケルお兄様は、あの時……生きて帰る、とは言って下さらなかった。わかっていらしたというの。もう、生きては帰れないと……)

 

 そして、その言葉を最期にカケルは初陣で消息を絶ち――戦死と公表された。

 それから半年を経た今。今度はマイ自身が、パイロットとして戦場に立とうとしている。

 

 最愛の彼を奪ったUIを、一匹残らず駆逐するために。

 

 ◇

 

『色恋は人生を狂わせる、とはいうが……。狂った人生を歩んでる小娘が、一番優秀なパイロット候補っていうのは皮肉な話だぜ』

「狂ってなど、いません。私は、私なりに正気であります」

『女はコスモソードになんか乗るもんじゃねぇ、普通はな。その普通から外れてんだ、十分狂ってるさ』

 

 マイの才覚に対応するかのように、訓練は苛烈さを増して行き――脱落者は過去最多に及んでいた。

 だが、その中で遠因であるマイ自身は次々と訓練を乗り越え、叩き上げの職業軍人であるケンタに肉迫するほどの技量まで成長しつつあった。

 

 そんな彼女の抜きん出た才能に、内心で舌を巻きながら。あくまで教官として接する彼に対し、マイは自分の過去を勝手に調べられたこともあって、冷淡に接していた。

 

 現在、二人は澄み渡る青空の下。

 カーキ色に塗装された帝国製コスモソードを操り、祖国の空を駆け抜けている。両機とも、ドッグファイトに長ける格闘戦タイプの機体であった。

 

 マンツーマンでの模擬戦を終え、基地に帰投する最中であるが――その中で交わされる通信でも、彼らの間には刺々しい雰囲気が漂っていた。

 

「……カケルお兄様をお慕い申し上げるこの気持ちが、間違いであると仰るのですか」

『別に、男の趣味に口を挟む気はねぇよ。だがな、やっぱ女が男の土俵に上がるってのは普通じゃねぇんだ。本当なら、そんなことがあっちゃいけねぇ。女を守るために強く生まれてきたのが、男なんだからな』

「……」

『だから女が男に成り代わるんなら、女を捨てるくらいでなきゃいけねぇ。だがお前は、女として例の坊主を愛してる。……そういう矛盾があんだよ、お前には』

 

 歯に衣着せぬ物言い――であるようで、どこか温かみのある声色。そんなケンタの言葉に触れ、マイの眉が僅かに緩む。

 

『だから……強さを身に付けな。心の矛盾を埋めるほどの、圧倒的な強さをな。どうせ今更コスモソードを降りる気も、例の坊主を忘れる気もねぇんだろ。だったら、時間が過ぎて嫌でも忘れちまうまでは……もうそれしか、お前が生き延びる手段はねぇぞ』

「……言われずとも。私はもとより、そのつもりです」

『けっ、大物め』

 

 そして、相変わらずな憎まれ口を叩くマイの物言いも。ケンタに比例するように、何処と無く角が取れたものに、変わっていた。

 

 ――その時。

 

『緊急入電、緊急入電! 東京上空に、所属不明の機影が多数――ゆ、UI! UIです!』

 

「……!?」

『ち……どうやら、卒業試験はちと前倒しになりそうだな』

 

 突如、通信に入り込んできた緊急入電(エマージェンシー)。その赤く発光している警報に、ケンタが舌打ちする一方で――マイは不意を突くように訪れた初陣の瞬間を前に、冷や汗をかいていた。

 白い頬を伝う雫を、拭う余裕すらない。操縦桿を握る手が、震える。それは恐れか、武者震いか。

 

『……来やがったなクソが! いいか、辻霧は攻撃より回避を優先しろ!』

「りょ……了解ッ!」

 

 それを確かめる暇もなく。

 四本の羽と、八本もの脚。そして六つの眼と二本の鎌を持つ醜悪な怪物が、群れを成して東京の上空から舞い降りようとしていた。

 

 まだ惑星アースグランドが「地球」と呼ばれていた、遥か昔の時代。

 その連綿と続く歴史の一つである「昭和」を彷彿させる、ノスタルジックな街並みが今――侵略者が跋扈する戦場になろうとしていた。

 

 ◇

 

 一瞬にして、阿鼻叫喚の煉獄と成り果てた東京。その街道を逃げ惑う力なき人々に、空から襲い来る獰猛な怪物達が覆いかぶさっていく。

 常人の数倍の体格を持つ彼らは、建物や道路に張り付き次々と人間を襲っていた。その光景を目の当たりにしたケンタとマイは、同時に歯を食いしばる。

 

 燃え盛る市街地の施設や、脱線し横たわる路面電車の残骸が、被害の大きさを物語っているようだった。

 

「正規部隊はまだ動いていないのですか!?」

『すでに緊急出動命令(スクランブル)は掛かってる。だが奴らを補足してからまだ二分も経ってねぇからな。連中がここに到着して攻撃を開始するまで、あと十分は掛かるだろうぜ』

「そんな! 十分も奴らを放っていたら、この東京の民は皆……!」

『だから俺達で始末をつけるんだ! いくぞ辻霧!』

「――はいッ!」

 

 正規部隊がこの戦地に合流するまでには、まだ時間が掛かる。その時を待っていては何もかも手遅れになってしまうだろう。

 この状況を打開するには、今すぐUIを叩き人民を避難させるしかない。二人はその一心で、カーキ色の機体を同時に下方へ滑らせる。

 

 滑空するように地上へ近づく両機の目前で、UIの尖兵が建物を喰らい始める。

 その中で、恐怖に慄くまま死を待つ、幼い子供を抱く母親の姿が目に入る瞬間――マイの心中に渦巻く「恐れ」が「怒り」へと変質し、彼女の精神を突き動かした。

 

「……消えろぉおぉおッ!」

 

 激情のままに射撃レバーを倒し、主翼部に搭載されたレーザー砲が火を噴く。青白い閃光が雨となり閃き、尖兵の全身へと降り注いだ。

 蜂の巣と化し、生命活動を停止したその個体は、力無く建物から剥がれ落ち。生き延びた親子は、互いの生存を確かめ合うように抱き合っている。

 

 破損した建物を通り過ぎる瞬間に、その姿を目撃したマイは安堵するように息を吐く。無事にUIの尖兵を撃破出来たことではなく、あの親子が生き延びたことに、彼女は安心を覚えていた。

 

『ボサッとすんじゃねぇ死ぬぞ!』

「――ッ!」

 

 だが、眼前に飛びかかってきた尖兵の鎌が、彼女の意識を一気に現実へ引き戻す。振り下ろされた刃がマイ機のコクピットに迫る瞬間――別方向から閃いた蒼いレーザーが、鎌もろとも尖兵を撃ち抜いた。

 その向こうでは、ケンタ機が無数の尖兵を屠りながらこちらへ前進している。その圧倒的な立ち回りは、負傷により最前線を退いた男とは思えぬ奮戦ぶりであった。

 

「教官!」

『……とにかく持ち堪えろ! 格闘戦タイプの俺達じゃあ、大気圏外にいる「核」は叩けねぇ。加速タイプの到着まで、俺達で被害の拡大を食い止めるしかねぇんだ!』

「はいッ!」

 

 彼が放つ気迫から、その実力の片鱗を感じ取ったマイは、息を飲み戦火へ飛び込んで行く。ケンタに続くように尖兵達に挑む彼女は、新兵特有の覚束なさはあったが――それを補うほどの天才的な技量で、尖兵の鎌をかわし続けていた。

 

(……やはり、あのガキは天才だな。並の新兵なら、もう三十回は死んでるところだ。場数さえ踏めば、俺はもちろん――あのラオフェン・ドラッフェにすら迫るパイロットになれる)

 

 口にこそ出さないが。ケンタはすでに、この初陣で怒涛の戦果を挙げている彼女の力を、高く評価していた。

 通常の新兵が遭遇すれば、十秒も持たず鎌に切り裂かれているこの戦況で、五分以上も戦い続けている。

 大気圏外からこの尖兵達を操っている「核」を討たなくては永久に終わらない戦いだが、すでに彼女はこの絶望的な戦局にも屈しないパイロットへと成長していた。

 

 この娘は、間違いなく強くなる。帝国を象徴するパイロットになるだろう。

 だからこそ、何が何でも、こんなところで死なせるわけにはいかない。

 

「辻霧ッ!」

 

 ――その一心で。

 

「……教官ッ!? あ、あぁっ……!」

 

 ケンタは、物量に押し切られかけていたマイを庇うように、鎌と機体の間へ割り込んでいた。マイ機の盾になるように、鎌の一閃を浴びたケンタ機は――黒煙と共に、東京郊外の山中へと落ちていく。

 

(……へっ)

 

 その時には、ケンタ自身はすでにパラシュートで脱出していたのだが。

 

 ――戦闘の真っ只中で緊急脱出しておいて、無事に逃げおおせるような世の中なら、もっと多くのパイロットが生き延びていた。

 

 戦闘中の損傷により機体から脱出する際、当然ながらパラシュートで降下している最中は完全な無防備となる。人間を喰らうUIの尖兵が、それを見逃すはずもない。

 

 戦場での緊急脱出は、生きたままUIの餌になることを意味していた。それを知りながら、ケンタは敢えてその道を選び――パラシュートでの脱出に臨んでいる。

 生きたまま捕食される恐怖から、操縦不能になっても脱出に踏み切れず墜落死するパイロットもいる中で、彼は自らその道に踏み切ったのだ。

 

(見てな、辻霧。帝国の軍人ってのは、クソ厄介な生き物だってことをよ!)

 

 ただ、彼は尖兵の餌になることを望んでいるわけではない。一匹でも多くのUIを、道連れにすることが狙いだったのである。

 ――胸に抱いた手榴弾を、連中の口の中で炸裂させることで。

 

「だ、だめ、です。だめぇえぇえ!」

 

 これから死にゆく者とは思えない貌で、獰猛に嗤うケンタ。

 彼の表情からこの先の行動を予見したマイは、動揺のあまり叫ぶが――すでに尖兵の牙は、ケンタに決断を迫るように唸っていた。

 

 そして彼は、一欠片の迷いもなく手榴弾のピンを抜き――

 

「がぁっ!?」

 

 ――自爆のため、それを胸に抱こうとした瞬間。突如吹き抜けた烈風に、その行動を遮られたのだった。

 

 不自然に発生した猛風に煽られ、ケンタは思わず手にしていた手榴弾を取り落としてしまった。

 彼がこの風の原因を求め、眼前を凝視した先では――蒼い閃光に撃ち抜かれた尖兵が、次々と墜落していく光景が広がっている。

 

 コスモソードのレーザー砲のようだが――その射角はかなり高い。自分はもちろん、近くを飛んでいるマイでもない。

 遥か空高くから撃ち抜いたということか。そう結論づけたケンタが、青空を見上げた先では。

 

「……!? あの加速タイプは……!」

 

 先ほどのレーザーを放ち、間一髪自分を救ったコスモソード。太陽を背にして、東京上空に現れたそれは――赤く縁取りした加速タイプの機体であった。

 加速タイプ特有の流線型ボディは、紛れもなくUIの「核」を倒すためのもの。そしてその機体のカラーリングは――ケンタも、噂を通して聞き及んでいた。

 

「ラオフェン……ドラッフェ!」

 

 ケンタがその名を叫んだ時。赤い縁取りと白いボディが特徴の、その加速タイプのコスモソードは、再びレーザー掃射を開始した。

 

 先ほどのように、ケンタやマイ機だけには当たらない絶妙な射撃を繰り返し、次から次へとUIを駆逐して行く――伝説のパイロット。

 その鬼神の如き戦いには、マイも閉口したままとなっていた。

 

(……す、凄い。あれが、伝説のラオフェン・ドラッフェ……!? でも、あれは……)

 

 だが。尖兵とのドッグファイトには不向きであるはずの加速タイプで、獅子奮迅の活躍を見せる彼の技量に、感嘆する一方で。

 彼女は――ラオフェン機の挙動に、どこか既視感を覚えていた。記憶の中で舞い飛ぶ桜が、青空を翔ける加速タイプと重なって行く。

 

「……はっ、そうだ……石動教官ッ!」

 

 それから僅かな間を置いて、ようやく自分の状況を思い起こしたのか。マイは尖兵を屠り続けるラオフェン機を他所に、パラシュートで山中へ降りて行くケンタを追おうとする。

 

 ――だが。行く手を阻む尖兵目掛け、レーザー砲の発射レバーを引く瞬間。

 

『負け犬はあの甘ちゃんに任せな。新兵が他人の心配なんかしてっと、あっという間にあの世行きだぜ!』

「なっ……!」

 

 もう一機。漆黒のボディと青い縁取りを持つ、格闘戦タイプのコスモソードが現れ――瞬く間に目の前の尖兵達を蜂の巣にしてしまった。

 

『オラァアァ! 黙ってくたばりやがれ蛆虫共がァアァア!』

「ちょ、やめっ――!」

 

 獰猛な叫びと共にUIを襲い、市街地戦であるにも拘らず爆弾まで使うそのコスモソードに、マイは抗議の声を上げようとするが――その叫びさえ、黒の機体は爆風で掻き消してしまう。

 

(なんて奴! あのラオフェン・ドラッフェ大尉と一緒に現れたみたいだけど……まさか仲間なの!? あんな荒くれ者が!)

 

 しかも、よく見れば。

 一歩間違えば市街地に甚大な被害を齎す禁じ手である爆弾は、地上の街には一発も落ちていない。そればかりか、爆風もほとんど及んでいない。

 

「……信じ、られない」

 

 一見、周囲の被害を考慮しない野蛮な戦法のようにも見える、黒のコスモソードの戦い方は。市街地を爆撃しないギリギリのラインで、効率的に尖兵を殲滅する大胆かつ繊細な立ち回りだったのだ。

 

 この機体のパイロット――セドリック・ハウルドは、それを可能にする程の超人的技量の持ち主なのである。

 

 彼が凄まじい勢いで尖兵達を屠る一方で、ラオフェン機は彼の言う通り、ケンタが着地した山中へと向かっていた。

 確かに、無理に自分がケンタを救出しようとするよりは、格闘戦タイプの性能を活かして尖兵の駆逐に専念した方が効率的だろう。ハンデをものともしない技量であるとはいえ、ラオフェン機は本来ドッグファイトには向かない加速タイプなのだから。

 

(でも……気に入らないわ、あの男)

『さァ、狩りの時間だ。せいぜい、足を引っ張らないように頑張れよド素人』

「……協力には感謝します。でも、言葉遣いには気をつけてください。上官の――ラオフェン大尉の沽券に関わりますよ」

『はぁあ!? 俺はあいつの部下じゃねーよナメたクチ利いてるとブチ犯すぞコラァ! 聞いてんのかアァ!?』

(……本当、気に入らない)

 

 ただ。ケンタを「負け犬」呼ばわりし、乱暴な言葉遣いで自分を罵り、市街地を危険に晒した彼のことは、どうにも気に食わず。

 マイは止む無く協力を仰ぐ一方で、セドリックに対し強い嫌悪感を抱くのだった。

 

 ◇

 

 一方。山中に着地したケンタは、道無き道をふらつきながら歩いていた。

 森の中を歩む彼の頭上では、未だ熾烈な空中戦が続いている。

 

「クソッタレ……まさかこの俺が、真っ先に脱落とはな……。教え子を残して早々に退場なんて、いい恥さらしだぜ」

 

 苦々しい表情で空を仰ぐ彼の眼は、セドリック機と共に奮戦するマイ機を映していた。彼女はこの初陣の中で、もはや新兵という枠には到底収まらない器へと成長している。

 

「辻霧……」

 

 その戦い振りは、教官としてはこの上なく鼻が高い。はずなのに、彼の表情は憂いを帯びている。

 あれほど命を削って戦っているというのに、戦う理由である竜造寺カケルはこの世にいない。その現実が、当人以上にケンタを苛んでいたのだ。

 

(……だから、死んだ人間なんて忘れた方がいいんだよ……クソッ!)

 

 どれほど生きている人間が死んだ人間のために戦ったところで。死んでしまった人間は、悲しみも喜びもしない。それどころか、知りもしない。

 死んでしまえば、お終いなのだ。だから生きている人間は、死者に魂を引かれてはならない。

 

 その信条に反して戦うマイは、どこへ向かうのか。その行く末を、ケンタはただただ案じていた。

 

「……ッ!?」

 

 すると。ケンタがいる森の中に、突如猛風が吹き抜け――草木が荒々しく揺らめいた。

 何事かと視線を移した先では、赤く縁取られた加速タイプのコスモソードが、山の平地に着陸している様子が伺える。

 

「……お待たせしました!」

「まさか……!?」

 

 恐らくは、パラシュートで脱出した自分の救出に来たのだろう。それは、容易に予想できた。

 

 が。コクピットから出て来たラオフェン・ドラッフェが――年若い少年だったことまでは。さしもの彼も、予測しかねていた。

 素顔こそヘルメットで隠されてはいるが、その体格や声色は十六歳前後の少年のそれだったのである。

 

「石動ケンタ大尉ですね! お怪我はありませんか!?」

「……なかったらあんたが来る意味なんてねぇだろう。ご覧の通り、無様なもんだ」

 

 駆けつけてきた少年は、自機の破片で深く抉られたケンタの肩口を見るや否や、手にしていた包帯で処置をし始めた。その慣れた手つきから、過去に何人もこうして負傷したパイロットを救出してきたのだろうと、ケンタは一人思案する。

 

(……こんな、辻霧とさして変わらねぇガキが「ラオフェン・ドラッフェ」とはな。全く……何をやってんだろうな、俺達大人は)

 

 マイも、ラオフェンも。恐らくは、マイに加勢している黒いコスモソードのパイロットも。年若い身でありながら、自分達よりも死に近しい境地に身を置いている。

 だのに、そんな子供達を守るべき大人の自分が、真っ先に戦線から離され。挙句、守るべき子供に処置を受けている。足を、引っ張っている。

 

 ――情けない。自分の弱さへの怒りで、どうにかなってしまう。

 

「……」

 

 その憤りを噛み締めるように口元を結び、ケンタは戦場の空を見上げた。

 

 処置を行なっているラオフェンの頭上では、今も黒いコスモソードが激しく飛び回っている。

 市街地の只中であることを厭わず、高所から矢継ぎ早に爆弾を投下する、その獰猛な戦いぶりは血に飢えた狼を彷彿させていた。

 

「……おい、あんたの連れ……放っといてもいいのか。東京のど真ん中で、あんなに爆弾ばら撒いてやがるのに」

「心配いりませんよ。セドリックなら、絶対に外しません」

「……」

 

 その危うさを指摘しても、ラオフェンは動じないばかりか――確信を持った声色で、そう言い切って見せる。

 

 事実、あの黒いコスモソードは大量の爆弾を、断続的に投下し続けているが……その全弾は、全て尖兵にのみ命中している。市街地には、一発も落ちていない。

 まるでUIの群れが、爆弾の雨から町を守る「傘」になっているかのようだった。

 

 大量の爆弾を全て寸分狂わず、多数の標的に命中させる技量。人智を超越した、その狙いの正確さを見れば……心配無用と言い切るラオフェンの言い分も理解できてしまう。

 

 そして、理解できてしまうからこそ。

 自分と彼らの間に広がる力の差というものを、嫌というほど実感してしまうのだった。それはさらに、不甲斐ない自分自身への怒りへと繋がっていく。

 

(クソが……! クソッタレが!)

 

 だが、今はそれを押し殺し。目の前の脅威を取り除かねばならない。UIを東京から、一匹残らず駆逐せねばならない。

 そのためには――「核」を撃破する鍵となるラオフェンを、いつまでもここに留まらせるわけにはいかないのだ。

 

「オイ……もういいぞ」

「喋らないでください、傷に障ります。ここの地点をあなたの部隊に連絡しますから、そのまま安静に――」

「――いいっつってんだろうが!」

 

 恩を仇で返す所業。そうと知りながら、ケンタは優しく包帯を巻くラオフェンを、勢いよく突き飛ばす。

 普通なら派手に転倒しているところだが、彼は僅かによろめくのみだった。筋力や体幹まで超人的らしい。

 ……だが、その挙動には微かな動揺の色が見受けられた。

 

「そんなことしてる場合じゃねぇだろ! あんたがさっさと空に上がりゃあ……一分一秒でも早く、『核』を潰しゃあ! UIの連中は殲滅出来るんだ!」

「……!」

「力があるなら! 誰も彼も救える力があるなら、大局を見誤るな! 今あんたがやらなきゃならないのは、負け犬に手当てすることなんかじゃねぇ。UIのクソッタレ共を、一刻も早くブチのめすことだろうが!」

 

 ケンタはラオフェンの胸ぐらを掴み、自分の方へと引き寄せようとする。しかし、ラオフェンの体幹が異常なのか――逆にケンタの体が持ち上がってしまった。

 それでも構うことなく、ケンタはなおも言い募る。

 

「加速タイプに乗ってきたってこたぁ、包囲網を抜けて『核』を潰す気なんだろ。だったら早くしやがれ、あそこで戦ってる奴らが力尽きる前に! あんたが俺にかまってるこの瞬間も、辻霧やあんたのツレは、無尽蔵に沸く尖兵共に苦しめられてんだぞ!」

「……辻霧!?」

 

 畳み掛けるように訴える彼の言葉を受け、ラオフェンは驚愕と共に空を見上げる。セドリック機に守られながら、尖兵達を相手に奮戦している彼女の機体は、徐々に傷付き始めていた。

 

「……」

 

 視線を落とし、拳を握りしめるラオフェン。その胸中を知る術はないが――ケンタは、有る程度当たりを付けていた。

 負傷者を置き去りにするという、彼にとっては耐え難い苦渋の決断に、踏み切ろうとしているのだと。

 

「……ここの地点はあなたの部隊に通達します。ここから、動かないでください」

「……ああ」

 

 胸ぐらから手が離れ、ケンタは尻餅をつくように草むらの上に腰を落とす。そんな彼を暫し見下ろした後――ラオフェンは、意を決して宣言した。

 

「あなたの言葉を……信じます。どうか、ご無事で」

「おう。……さっさと行け、英雄候補」

 

 ようやくケンタの意図を汲んだラオフェンは、踵を返して自機に乗り込み――流れるように素早く離陸して行く。その鮮やかな立ち回りを見送り、ケンタは空を仰いだ。

 空を裂き、この星の外へと舞い上がるコスモソードを、眼に映して。

 

「しかし、あいつ……くっそうめぇな、帝国語」

 

 そして。自国民と遜色ないほど、流暢に自国の言葉を操る彼に、どこか近しいものを感じていた。さらに「辻霧」の家名に反応を示していたことも――彼に、ある疑念を抱かせている。

 

(まぁ……もし、万が一、そうだとしても。武家の男が決めたことだ、外野が口を挟むもんじゃねぇ)

 

 だが、敢えて口にはしない。曖昧なまま、それを表立って言葉にしては、あの少女の人生をさらに狂わせてしまう。

 

 もし、竜造寺カケルが、今もどこかで生きているなら。そんなことは、決して望まない。

 

 ゆえにケンタは、口を噤むのだ。宇宙へ飛び立つラオフェン・ドラッフェの背に、少女が愛した少年飛行士の影を重ねたとしても。

 

 ◇

 

「――おいたがすぎたな、UI」

 

 惑星アースグランド周辺の宙域。その暗黒の海原に、巨大な球体が漂っていた。

 漆黒に染まるその球体の周囲には――おびただしい数の尖兵達が犇めいている。彼らは皆、自分達の生命線である「核」を護衛するために結集した近衛兵だ。

 

 彼らはここから、大気圏を抜け地上へと降下し、東京を襲っているのである。そんな彼らを正面に捉え、宇宙を駆ける加速タイプのコスモソードが今、決戦を挑もうとしていた。

 

 暗い無重力の海を泳ぐ、純白の流線型。赤く縁取られたその機体を駆るラオフェンは――ヘルメットに隠された鋭利な眼光で、遙か彼方の「核」を射抜く。

 無数の尖兵、などという雑魚に用はない。狙いは、その中枢ただ一つ。彼自身の眼が、言外にそう語っているようだった。

 

「――遊びは終わりだ。『曲芸』ついでに、オレが始末をつけてやる」

 

 そして。踏み抜かれたアクセルに、呼応するかの如く。彗星の如き速さで、彼を乗せたコスモソードは宇宙に閃いた。

 

 その圧倒的な速さは、飛行機の速度からは逸脱したスピードであり――尖兵が接近に気づいた頃には、すでにその傍らを通り過ぎるほどであった。

 彼の視界を、数多の怪物達が一瞬にも満たない間に横切って行く。衝突を恐れれば、その瞬間に死が待っている。減速したが最後、近衛兵に包囲され鎌の餌食になるからだ。

 

(……)

 

 ゆえに彼は。焦りも恐れも抱くことなく――自分なら絶対に出来る、という確信だけを胸に秘め、怪物の濁流を掻い潜っていた。

 ともすれば、自信過剰とも取れる、その豪胆さこそが――この死地を潜り抜ける、最大の鍵なのである。

 

(……終わりだ)

 

 だから、彼は。

 

 近衛兵達を潜り抜けた先に待っていた、脆弱な「核」をレーザーで撃ち抜き、そのまま通り過ぎた後も。

 「核」の爆発で近衛兵達が焼き払われる中、殺人的加速で爆炎から逃げおおせた後も。

 

 最後まで、にこりとも笑わず。徹頭徹尾、ただ無表情に。UIの中枢を屠り、この戦いの宇宙(そら)を駆け抜けたのだ。

 

 数多のパイロットを殺めた強敵を、いとも簡単に倒すことも。犠牲者の仇を討ち、遺族の無念を晴らすことも。

 

 ――「敵を倒す」ことより「笑顔を守る」ことを本懐とする、このラオフェン・ドラッフェという男にとっては。

 

「近衛兵九千。及びその『核』、殲滅完了。経過時間は……加速開始から約四秒、と言ったところか。ま、そんなものだろう」

 

 「やって当たり前」のことに、過ぎないのだから。

 

 ◇

 

 ――同時刻。

 東京を襲っていたUIの尖兵達は、突如それまでの勢いを失い始めていた。兵士を生み出す拠点である「核」が討たれ、数が増やせなくなったのである。

 

「……やりやがったなァ、ラオフェン」

 

 元を絶たれれば、尖兵達も長くは生きられない。だからこそ彼らは死を賭して「核」を守ろうとする。

 だが、彼らの感知能力を超える速さで接近し撃破すれば、その決死の防壁も意味を成さない。それが出来るラオフェンが戦線に加わった時点で、すでに彼らの末路は決まっていたのだろう。

 

「ま、心配なんざ欠片もしちゃいねぇがな。あいつが宇宙に上がった時点で、分かり切ってた筋書きだ」

 

 急に数が激減し、羽虫のように撃ち落とされて行く尖兵達。その死骸で埋め尽くされた街道を見下ろすセドリックは、宇宙での決着を悟っていた。

 

 ラオフェンにより「核」が討たれた時点で、尖兵の増殖は打ち止めとなっていた。無尽蔵に沸いていた時でも、十分に持ち堪えていられた自分なら、残りの兵隊を始末することなど朝飯前。

 その確信のもと、セドリックは東京に取り残された敗残兵を、一匹残らず掃討していた。満身創痍になりながら、不屈の闘志で戦い抜いた新兵と共に。

 

『はぁ、はぁ……』

「ほおぉ。ド素人にしちゃ、頑張ったじゃねぇか。まさか最後まで生きてるとは思わなかったぜ」

『う……うる、さい……』

「けっ、減らず口を叩く元気まであるとはな」

 

 いけ好かない女パイロットに毒づきながら、セドリックはコクピットから青空を仰ぐ。レーダーの動きを見るに――宇宙にいるラオフェンは、すでに戦域離脱の準備に入ろうとしているようだった。

 

「挨拶もなしにおさらばか。まァ、あいつらしいっちゃあいつらしいか」

『……な、なにを……』

「おい、アマ。俺達はもう引き上げるから、あの負け犬はお前が拾っとけ。わざわざ面倒を見に来たラオフェンに感謝しとくんだな」

『え、ちょっ――!?』

 

 東京を襲うUIは撃滅した。ならばもう、自分達がここに居座る理由もない。ということだろう。

 戦闘を終えた途端、早々に引き上げ始めていたラオフェンに続くように、セドリックも宇宙目掛けて舞い上がっていく。新兵――マイは咄嗟に引き止めようとしたが、その呼び掛けは徒労に終わった。

 

 瞬く間に飛び去っていく漆黒のコスモソードを、茫然と見送る彼女は――暫し、神妙に彼らが消えた空の向こうを見つめていた。

 疾風のように駆けつけ、烈火の如く戦い、嵐のように去って行く。そんな彼らを、彼女はただ見送ることしか出来ずいる。

 

(負けられない……負けて、なるものか)

 

 しかもそのうちの一人には、好き放題言われるがままだった。その結末に、武家としての尊厳をいたく傷つけられた彼女は、唇を噛み締めながら山の中へと降りて行く。

 その周囲では、ようやく帝国軍の救援部隊が駆けつけようとしていた。――戦いが始まってから、今に至るまで。十分も経っていなかったのである。

 

(……でも……)

 

 遅れて到着した同志達を見つめながら。マイは一人、ラオフェンが見せた飛行を思い返していた。

 甘く切ない記憶に刻まれた、最愛の少年。その彼が、溌剌とした笑顔と共に見せてくれた、あの曲芸飛行。

 

 戦うために研ぎ澄まされているはずの、ラオフェンの戦闘飛行に。彼女はなぜか、竜造寺カケルの影を重ねていたのである。

 

(……ラオフェン・ドラッフェ。あなたは、一体……)

 

 本来なら決して噛み合わない両者が、どういうわけか自分の中では完全に合致している。なぜそんな考えに至ったのかが自分でもわからず――彼女は、ただ困惑した面持ちで空の果てを仰ぐのだった。

 

 ◇

 

「しかし、無断出撃とはな。お前らしくもねぇ」

「我ながら、無茶をしたとは思うよ。反省してる」

 

 ――東京の戦いが終わり、翌日。母艦である宇宙戦艦に帰投していたラオフェンは、セドリック共々、独房にて禁固刑に処せられていた。

 

 この件での出撃は、実はラオフェンの独断による行動だったのである。

 当時は大規模な強襲作戦を遂行した直後であり、本来なら数日は休養を取らねばならないはずだった。ところが東京にUIが現れたという情報を聞きつけ、上官の制止も聞かず飛び出していたのだ。

 

 疲弊を押して無断で出撃。並のパイロットなら、自殺行為に等しい行動なのだ。

 結果としては「いつも通り」の大戦果を引っさげての帰還となったが、彼らを待っていたのは命令違反による禁固刑だった。

 

 この刑罰を下したゼノヴィア・コルトーゼ将軍としては、満足に休ませるには独房に閉じ込めるしかない、という意図もあったのだろう。

 そんな彼女の意図を汲んだラオフェンは、これ以上彼女に心配を掛けないためにも、この刑に甘んじることに決めたのだった。

 

 ちなみにセドリックまで付いてきたのは、単にラオフェンが出て行くと聞いてノリで同行したためらしい。結局彼も、ラオフェンと同じ罪状で独房に閉じ込められている。

 

「一度は捨てた故郷でも、故郷には違いない。……か?」

「……まぁな。付き合わせて、悪かったな」

「俺が勝手に付いて来たんだ、気にすんな。……で、どうだ。吹っ切れたのか? お前は」

 

 セドリックの問いに。かつて竜造寺カケルとして生を受けた少年は、強く頷き天井を仰ぐ。その拳を、確かな決意で震わせて。

 

「ああ。もう、あそこには帰らない。これ以上、マイが戦わくても済む時代を……刺し違えてでも、この手に掴むと決めた。それを願った石動大尉のためにも、オレは戦うよ」

 

 静かに、そして厳かに。そう宣言するラオフェンは――UIとの最終決戦が近いことを、第六感で感じていた。

 この禁固刑が解かれ、数ヶ月後。その直感が示していた通り、ラオフェンは「ラスト・コア」との決戦に臨み――消息を絶つ。

 

 そして、惑星ロッコルのポロッケタウンに身を寄せ、竜造寺カケルとして第三の人生へと踏み出して行くのだった。

 

 それから三年。星霜歴2028年を迎えた現在でも。ラオフェン――ことカケルは、新天地に見出した居場所で、再び曲芸飛行士として空を駆けている。

 

 だが。

 

 彼は、気がついていなかった。

 

 UI戦争の終結から三年が過ぎた今でも、あの少女が――日埜本帝国の少年飛行士を、愛し続けているのだと。

 

 ◇

 

 ――過去を思い返し、暫し物思いに耽っていたマイは。眼前で、同じような貌を浮かべるマリオンを前にして、我に返ったようにハッとなる。

 

「あ……も、申し訳ありません。マリオン様を前にしていながら……」

「ふふ、いいのですよマイ。今日は、ええと……そう、ブレイコウ? なのですから。やはりあなたも……忘れられないのですね」

「……お恥ずかしい限りです」

 

 たおやかな微笑を浮かべる美姫の前で、マイは顔を赤らめ俯いてしまった。鉄血の軍人としての威厳など、まるでない。

 

「そんなことはありませんわ。もし恥ずかしいことだというのなら、私も恥じらわねばなりませんわね」

「あ、いえ、そういうつもりでは……」

 

 そんな彼女に、労わるように語り掛けるマリオンは。やがて、真摯な眼差しで彼女の瞳を射抜き――聖母のような笑みを浮かべた。

 

「けれど。ただ一人の愛しい人へ、一途な想いを貫く。そんな愛の形があっても構わないと、私は信じていますわ」

「……!」

 

 死してなおも、生者の心を掴む男。そんな相手への一途な愛は、決して間違いではない。そう言い切るマリオンの言葉に、マイは目を剥いた。

 

 死者に囚われてはならない、と豪語するケンタとは真っ向から対立する思想だが――マイはなぜか、恩師の教えより彼女の言葉に、心を引き寄せられていた。

 それは、竜造寺カケルへの想いを捨てられない彼女にとっては、ある種の救いだったのかも知れない。

 

「だからこそ私は、心のどこかで信じておりますの。いつかラオフェン様が……ひょっこりと、帰って来てくださる時を」

「そ、それは……」

「きっと、あり得ないでしょうね。でも、構いませんわ。私は、信じたいことを信じます」

「信じたい、ことを……」

 

 例え、荒唐無稽でも。決してあり得ないことでも。それで自分の心が救われるなら、信じたいものを信じる。

 そう語る彼女の横顔を、マイは羨望の眼差しで見つめていた。そんな風に生きられたら、どんなに――

 

 ――いつか、竜造寺カケルに会える日が来たら、どんなに。

 

(……っ!)

 

 考えてしまった。自分も、マリオンのように。

 そして、それこそが本心なのだと、嫌でも思い知らされてしまう。

 

(カケルお兄様……私、やっぱり……あなた様のことが……)

 

 この瞬間。彼女達は、互いに告げることなく。同じ想いを抱え、生き続ける道を選ぶのだった。

 いつまでも、愛する人の帰りを待ち続ける。そんな、途方もない道のりを。

 

 ――だが。二人は知らなかった。

 

 自分達が「同じ男」を、愛しているのだということを。

 

 ◇

 

(マイ……マリオン……君達は、今どうしてる? 素敵な相手を見つけて、幸せになってくれてるだろうか……)

 

 一方。惑星ロッコルで穏やかに暮らす、竜造寺カケルは。

 ポロッケタウンの外れにあるオアシスを背に、雲ひとつない晴れ渡る空を仰いでいた。

 

「コラッ! 見張りが何ボーッとしてんだ」

「あたっ!? ご、ごめんアイロス」

「全く……しっかりしてくれよエースパイロットさん」

 

 その時。物思いに耽っていた彼の後頭部に、棒切れが命中する。頭をさすりながら振り返った彼の前には、アイロス・フュードマンが呆れ顔で立っていた。

 

 ――今日は飛行訓練の疲れを癒そうと集まった、ポロッケタウン基地の女性パイロット達が、オアシスで水浴びをする日。

 カケルとアイロスは、その見張り役を任されているのだ。女性パイロット達は全員が見目麗しい美女ばかりであり、狙う輩は後を絶たない。

 

 大勢の美女が水浴びしている、となれば覗きに来る者達はこぞってオアシスに集まるだろう。そんな連中を取り締まるのが、今日の仕事なのだ。

 

 カケルとアイロスの後ろでは、女性達が和気藹々とはしゃいでいる声が響いている。

 そんな女性陣と、見張りに徹する男性陣を隔てる草むらを一瞥し、アイロスは深くため息をついた。

 

「……ったくよォ。覗きてぇのはこっちだってぇのによ。だいたい、なんでカリンまであっち側なんだよ。あいつパイロットじゃねーだろ」

「女の子同士って、すぐ仲良くなっちゃうからね。すっかり馴染んでるみたいだし」

「その裏じゃ陰口の叩き合い、ってのが相場だけどな。――あら? ていうか、おっさんはどこ行ったんだ?」

「え? ……あ、ほ、ほんとだ。おじさん、どこ行ったんだろう」

 

 その時。アイロスはふと、見張り役が一人足りないことに気づく。それに呼応するように、カケルも辺りを見渡し始めた。

 

 見張り役は、彼ら二人だけではない。本来ならもう一人――ジャックロウ・マーシャス三等軍曹がいるはずなのだが。

 そのジャックロウの姿が見えず、二人は狼狽する。人一倍小柄である彼はなにぶん見失いやすく、背の高い草むらが多いこのオアシスでは、一度見失うと中々見つからないのだ。

 

「待てよ……まさか! おっさん覗きに行ったんじゃ!?」

「そ、そんな!? いつもカリンとゼナイダさんにちょっかい掛けるだけで死にかけてるのに! 今回はあの二人だけじゃなくて、女性パイロット皆がいるんだよ!? ここでそんなことしたら……!」

「お、おい! 早く探し出すぞ! でないとせっかくのオアシスが血の色に――」

 

 そこで浮上した、最悪の可能性。それが意味する結末を回避すべく、二人は焦燥を露わに捜索を始めた――その時だった。

 

 宙を舞い、螺旋状に回転する何かが、二人の足元に墜落した。

 

 べちゃり、という粘ついた水音を立てたそれは……赤黒い肉塊のように伺える。それが何なのか。わかってしまった二人は、声にならない悲鳴を上げて凍りつく。

 

 それは確かに――コズミシア星間連合軍所属、ジャックロウ・マーシャス三等軍曹。だった、「何か」であった。

 

「おっ……おっさぁあぁああん!」

「ジャッ……ジャックロウおじさぁあぁあぁあぁんッ!」

 

 あまりの惨劇に停止していた思考が動き出し、やや遅れて爆発するような絶叫を上げる二人。

 そんな彼らに、微かに反応するかのように……ジャックロウは血だるまになりながら、震える指先で「ぱいおつまつり」とダイイングメッセージを刻むのだった。

 

 ――そうして、相変わらずな日常を送る彼らと。彼らの暮らしを知ることなく、日々を過ごすマイやマリオン。

 双方が交わる日は、いつか……来るのだろうか。

 




 本作「超速閃空コスモソード」は、今話を以って最終話となります。ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました!

 本作はカクヨムの「少年エース原作漫画コンテスト」に応募していた作品であり、その当時は規定文字数の都合から全4話となっていました。ここでは、その都合で端折られたヒロインやキャラ達に言及した「番外編」も、こうして加筆させて頂いております。

 元を辿れば、本作を書こうと思い立ったのは当時ハマっていた「スターフォックス64」がきっかけでした。

 ニコ動で某実況を見る→面白そう→買ってみる→ハマる→コスモソード書く→コンテスト参加→余裕で落ちる→端折った番外編を加筆←今ここ

 だいたいそんな調子でした。今でも、その動画を見てイメージを組み立ててみたり。
 コンテスト当時は「マクロスを彷彿させる」というレビューも頂いておりましたが、言われるまでそんな見方があることには気付きませんでした。
 作品を公開してみて違う角度から評価を貰う、というのは作者側にとっても非常に貴重な財産であり、自身の見識を改善する機会でもあります。こうした意見を多方面から貰えるような作者に、いつかはなってみたいです。

 では、改めて。拙作を最後まで楽しんで頂き、誠にありがとうございました。機会がありましたら、またどこかでお会いしましょう。
 失礼します。
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