【完結】Innocent ballade   作:ラジラルク

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お待たせしました、エピローグです。





Epilogue.とある事務員の一日

 

 

 

Epilogue.とある事務員の一日

 

 

 

 

 

 

 

 

 765プロと346プロの共同ライブが終わってからはあっという間に月日が流れて行ってしまった。興奮冷めやらぬライブを経験して終わった後、暫くはライブの余韻が残っていた346プロの皆も会社全体も、数週間が経つと次第に落ち着き始めて共同ライブの前の慌ただしさや緊張感は薄れ始めていった。

 皆のおかげでたった一日の数分だけではあるが非日常的な経験をさせてもらった私も、すっかり今までの仕事一筋の生活に戻ってしまい、相変わらず多忙な毎日を送っている。

 そんな平凡な日常に戻った私たちだが、それでも共同ライブで765 ALL STARSの皆と一緒にステージに立ったアイドルたちには少なからず変化が現れ始めていた。共同ライブで自分の出番直前で逃げ出そうとした森久保乃々ちゃんはあれから少しだけではあるが前向きに仕事をこなせるようになり、千早ちゃんの『蒼い鳥』をカバーした凛ちゃんは千早ちゃんの歌唱力の凄さを身を以って体験したようで、「いつか千早さんと一緒に歌いたい」という新たな目標の元、今まで以上に熱心にレッスンに励んでいる。

 そんな風に共同ライブに出たアイドルたちは765 ALL STARSの皆から各々で何かを学び取ったようで、明らかに共同ライブ前と比べると皆の雰囲気は変わっていた。新たな目標を立てた子、本物のトップアイドルたちとの差を改めて痛感した子、765 ALL STARSに感化された子、この共同ライブで得た者は皆それぞれではあるが、765 ALL STARSの皆はとても大きな物を346プロの皆に与えてくれたのだ。逆に765 ALL STARSの皆はそんな346プロの皆を見て、「昔の真っすぐな想いを思い出せた」と話してくれていた。

 

 誰かに勝って誰かを蹴落として、夢を叶える為にはそういった残酷なサバイバルの世界を通らなくてはならないのが現実だと私は思う。誰もが自分の持つ夢を本気で叶えようとしていて、その熱い想いがぶつかり合うのだから争いが起こるのは当然である。誰もが夢を叶えられるわけではないからこそ、夢というものには何にも代えられない価値があるのだから。勝者と敗者もいない、皆が簡単に手に出来る栄光にはきっと大した価値も魅力もないのだ。

 その現実は嫌というほど分かっている。でも、私はそんなギスギスした世界より、やっぱり765プロと346プロの皆が私に見せてくれた助け合いながらお互いに励まし合い、高め合っていく世界の方が素敵だと思う。自分でも甘いと思うし、綺麗事だということも分かってはいるが、それでもそんな私の戯言の世界を765プロと346プロの皆が私の前で実現させて見せてくれた。あの共同ライブを見て私は確信したのだ、「きっとこの子たちなら私や高木社長が考えている夢のような世界を作るのも不可能じゃない」と。

 そして、願わくばそんな優しい世界が765プロと346プロの間だけでなくもっともっと広がって行ってほしいと思う。

 

 それはまだまだ夢のような話。だけど、いつか私の大好きな皆が私たちを憧れの世界へと連れて行ってくれる。共同ライブが終わって少しばかり逞しくなった皆の背中を見て、私はそう思ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白が基調の衣装を着た美波ちゃんはステージへと続く階段の前で立ち止まると、目深に被った帽子を少しだけ上げて、私の方を振り返った。美波ちゃんの先を駆け上がっていくのは鷺沢文香ちゃん、高森藍子ちゃん、相葉夕美ちゃんの三人。その三人の最後尾で小さな橘ありすちゃんの手を握った美波ちゃんは微塵も緊張が感じさせず、リラックスした表情で私を見つめていた。

 

 

 

 

 

「ちひろさん、行ってきますね」

 

「いってらっしゃい。頑張ってくださいね」

 

 

 

 

 私の言葉に美波ちゃんは何も言わず、優しく微笑む。そして階段を登った先から耳が張り裂けんばかりの大歓声が聞こえてきた。その大歓声に急かされるようにして、美波ちゃんは私に背中を向けると一度も振り返らず、ありすちゃんの手を握って階段を登って行ってしまった。そんな美波ちゃんとありすちゃんの姿が見えなくなるまで、私はじっとその場で二人の背中を見守っていた。

 

 こうして、私は今日も皆が光り輝くステージへと続く階段を登っていく様子を見送っている。この階段の先に広がっている世界を、私は未だに知らない。私はその世界を知らないが、毎回のように幸せでいっぱいの笑顔を浮かべて階段を下りてくる皆の表情を見て、やはりこの階段の先の世界はとても素晴らしい世界なのだと思う。

 つい最近まで、私はその世界をどうにかして知りたいと願っていた。私はこの階段を登ることができずにアイドルを引退し、引退してからの八年間でずっと未練を持ち続けていたのだ。笑顔でこの階段を下りてくる皆を此処で出迎える度に、「私も一度でいいからこの階段の先の世界へ行きたい」と、ずっとそんなことを心の奥底で思っていた。

 だけど、今は違う。あれほどまでに知りたいと思っていた階段の先のまだ見ぬ世界を、共同ライブの日を境にそれほど知りたいとは思わなくなってしまったのだ。

 私は夢を諦めてしまった。今のアシスタントである私にこの階段を登る資格はない。だから、私はこの階段の先に広がる素敵な世界を見ることは出来ない。でも階段を登れない私にしか見えない景色だってある。ライブ前に階段の前で緊張する皆の表情や、歌い終えて帰ってきた時の皆の幸せそうな表情を見ることができるのは、この階段の前までしか進むことの出来ない私だけなのだ。そしてそんな皆の姿を見守っているからこそ、この階段の先の世界へと足を踏み入れることがどれだけ価値のあることで名誉なことかも知ることも出来たと思っている。

 

 だから、私はもっとこの素敵な世界を沢山の人に見せてあげたいと思う。私が辿り着けなかったこの世界を目指して頑張る子たちの力になりたい――……。そう思えるようになったのだ。

 

 

 

 

「それでは、聞いてください! 生存本能ヴァルキュリア!」

 

 

 

 

 美波ちゃんの声がマイクを通して聞こえてくると、それに呼応してお客さんの大歓声が再び響き渡る。

 きっと今日もこの階段の先には素敵な世界が広がっているのだろうな。そんなことを、いつも私は階段の下からでは見えない世界を想像して思っているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、ちひろさんじゃない」

 

「瑞樹さん、お疲れ様です」

 

 

 

 

 すっかり東京の街が色鮮やかなイルミネーションに彩られた十二月の中旬、ピーク時を過ぎて人影が減った静かな食堂で休憩を取っていた私は瑞樹さんに声をかけられた。瑞樹さんの隣には楓さんが並んでいて、二人は外から戻ってきたばかりなのか分厚いコートとマフラーを身に付けたままの格好で私を見つめている。そんな二人の視線が自然と私ではなく、私の目の前のテーブルへと流れていくのを私は見逃さなかった。

 

 

 

 

「休憩時間に勉強とは、相変わらずちひろさんは真面目ですね」

 

「勉強しているっていうことは、あの話は受けるみたいね」

 

「そのつもりです。まぁ、まだまだ先の話なんですけど」

 

 

 

 

 私の言葉に瑞樹さんはニッコリと笑うと、そのままそっと手を伸ばして私の前に置かれていた一冊の参考書を手に取った。至る所にマーカーでラインが引かれていたり、沢山の付箋が張り付けられた私の参考書を瑞樹さんは器用な手つきでパラパラとページを捲りながら楽しそうに眺めている。その瑞樹さんの隣で、楓さんも瑞樹さんが次々に捲っていく参考書を覗き込んでいたが、あまり興味がなかったのか、すぐに読むのを諦めてしまった。その代わりにテーブルに置かれたままになっていた私が書き込んだノートを遠目から眺めていたが、それもすぐに飽きてしまったようで次は私の方を見て静かに笑みを浮かべている。

 そんな楓さんの様子に気が付いたのか、瑞樹さんは手に持っていた参考書をパタンと音を立てて閉じると、そっと私の方へと差し出してくれた。

 

 

 

 

「経営学ねぇ……。難しそうで私にはサッパリだわ」

 

 

 

 

 瑞樹さんは私が参考書を受け取ったのと同じタイミングでそう呟き、苦笑いを浮かべた。

 私は一カ月ほど前から自分で参考書などを買い集め、独学ながら経営学を学び始めた。何故二十七歳になった今のタイミングで経営学を勉強し始めたのか――……、そのキッカケは共同ライブが終わってから約一週間後に高木社長に誘われて二人で食事に行った時だった。

 

 

 

 

「将来的に、765プロに私の後釜として戻ってくる気はないかね?」

 

 

 

 

 唐突にそう切り出した高木社長。二人きりでの食事という時点で何か大事な話があることは予感していたが、高木社長の口から出てきた言葉があまりにも予想外過ぎて私は思わず言葉を失ってしまった。

 それから高木社長はその言葉を私に言うまでの経緯を教えてくれた。高木社長ももうすぐ六十五歳を迎えようとしており、最近になってそろそろ自分自身の今後を考えるようになり始めていたらしい。日に日に体力的にもきつくなり始めていた高木社長は、自身が体力がもつであろうあと数年はこのまま社長として765プロに残り、その後は誰かを後釜にすることなく765プロを畳もうと考えていた。その際、765 ALL STARSは業界の親しい友人のプロダクションへ移籍させようと思っていたらしく、そんな話も律子さんや赤羽根プロデューサー、765 ALL STARSの皆にも時々ではあるがしていたようだ。そんな風にもうじき訪れる未来の事をボンヤリと考えていた高木社長だが346プロとの共同ライブを見て考えが変わったらしく、高木社長の引退後は私に765プロを預けようと言い出したのだ。

 勿論、最初は私も断った。今まで自分が社長になることなんか一度も考えたこともなかったし、大学では文学部だったため経営学などに関しては全くのド素人だったのだ。そんなド素人の私が社長なんか務まるはずがないのだから。

 だが高木社長はまだあと数年は頑張るつもりでいるから勉強をするのなら今からでも十分に時間はあるし、もし本気で跡を継いでくれるのなら引退後も私をサポートしてくれるとまで言ってくれた。

 

 

 

「私の“誰もが幸せになるプロダクション”という夢を引き継いで叶えてくれるのは千川君しかいないと思ってね。君にならあの子たちも安心して任せられる」

 

 

 

 

 今すぐに決めて欲しいとは言わないからじっくりと考えて欲しい。高木社長からそう言われ、その日は別れた。

 急な話ではあるが、魅力的な話ではあると思う。今はまだ絵空事のような私と高木社長の夢も、あの765プロの皆となら叶えていける気がするし、そして何より人の世話が大好きな私にとってもプロダクションの社長というのは全く興味がない話ではなかったのだ。きっと今のアシスタントという立場とは比べ物にならないくらい責任は重くなるし、私が抱えるリスクも大きくなるとは思う。だがそれ以上にやりがいのある仕事だとも思うのだ。

 それから数日は一人で考えてみて、美城さんにも相談してみることにした。美城さんは私の話を聞いて少々驚いた様子ではあったが、「難しいことではあるが、沢山の人から慕われているちひろなら出来ると思う」と言って私の背中を押してくれたのだ。

 その美城さんの言葉が決定打となり、私は高木社長に数年間勉強した後に跡を継ぐと話をした。

 

 

 

 

「でもようやく自分のやりたい事を見つけたかと思ったら、“皆が幸せになれるプロダクションを作りたい”だからねぇ」

 

「ちひろさんはどうしようもないお人好しですね」

 

 

 

 

 瑞樹さんと楓さんはそう言って顔を見合わせるとお互いに苦笑いを浮かべている。二人と同じようなことを、先日のとある音楽番組の収録で一緒になったジュピターの冬馬君にも言われたことを思い出して私も二人と同じように苦笑いをしてしまった。

 いずれ高木社長の後を継ぎ765プロの社長になろうと思っているのだと、そんな話を私から聞いた冬馬君は、「救いようのねぇお人好しだな」と言って呆れたように溜息を付いた。だけどその後に、そんな呆れたような表情のまま笑って、「でも結婚式で会った時より今の方が良い顔してるぜ」とも言ってくれた。

 きっと皆が言うように私はどうしようもないお人好しなのだと思う。誰から何を言われようと、私にとっての幸せは私の大好きな人たちの笑顔を見ることであって、私の大好きな人たちはそんな誰かの為にばかり生きる私を次から次へ夢のような素敵な世界へと連れて行ってくれるのだ――……。

 それで良いのだと思う。それが凛ちゃんが言ってくれた“カッコいい生き方”なのかは分からないけど、私はそれで幸せなのだから。誰が何を言おうと、私が幸せだと思えるのならその生き方は間違いではないと思う。

 

 自分の夢に向かって真っ直ぐに生きている346プロの若い子たちやリスクを冒してまで冒険をしている瑞樹さんや楓さん、そして一人の女性としての幸せを掴んで見せた恵子――……。そんな周りの皆を見て、私は自分にとっての幸せな生き方とはどのような生き方なのだろうとずっと考えていた。考えれば考えるほど分からなくなってしまい、色々と悩んではいたが、それでも私はようやく今になって私なりの答えを見出せた。

 

 

――私は誰かの笑顔の為に生きたい。皆の笑顔を見ることが私にとっての幸せ。

 

 

 これが私の見つけた、私にとっての最高の幸せなのだ。

 だからこれからも私は誰かの為に生き続けようと思う。そう思えるようになった今の私は、完全に迷いが吹っ切れた気がしていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 黄色い大歓声が会場を包んでいる。目の前に広がるのは緑色のサイリウムで埋め尽くされた幻想的な世界。何千何万人という人たちが創り出した幻想的な世界を緑色の特徴的な事務服を着たままの私は、そんな圧巻の光景を前にして立ち尽くしていた。

 

 

 

 

――これが、シンデレラプロジェクトの皆や765 ALL STARSの皆がいつも階段を登った先で見ている世界なのか。

 

 

 

 

 そんなことを考えると、私は思わず唾を飲み込んでしまった。

 目の前に広がる数え切れないほどのお客さんたちは皆、私の歌を聴くためにお金を払って見に来てくれた人たち。皆が一人でステージに立つ私だけを見つめていて、この緑色のサイリウムが光り輝く世界の主役は私なのだ。耳を澄ませば会場の至る所から私の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。成人男性の野太い声、その成人男性の声に負けじと必死に甲高い声で私の名前を呼ぶ女性の甲高い声――……、最初はまばらだったそんな声も次第に増えて来たかと思いきや、あっという間に会場全体は私の名前を呼ぶ沢山のお客さんたちの声で覆われてしまった。

 鼓膜が破れんばかりの大歓声。私の身体には思わず鳥肌が走った。

 階段の先の世界がこんなにも凄い世界だったとは思ってもいなかったのだ。目の前に広がる光景は私の想像を絶するものだった。大勢の人が私の名前を呼び、私の身体に言葉では言い表せないような不思議なパワーが漲ってきたかと思いきや、そのパワーが身体全体へと回っていくのを感じる。今の私なら何でもできる、そんな根拠のない自信が私に未だかつてないほどの勇気を与えてくれるのだ。

 

 そんな謎のパワーに支配されていたかと思いきや、気が付けば私はデビュー曲であった『お願い!シンデレラ』を歌っていて、次の瞬間には私はもう歌い終えていて緑色のサイリウムが創り出した緑色の海に向かって深々と頭を下げていた。

 一瞬にして進んだ時間の流れに違和感を感じたのか、私はボンヤリとしたままゆっくりと顔を上げる。目に飛び込んできたのは何も変わらぬ緑色のサイリウムで埋め尽くされた観客席――……。だが何かがおかしかった。ついさっきまでは感動的にも思えたこの光景が、どうも何か物足りなく感じるのだ。目で分かるほどお客さんが減った訳ではない、会場全体の空気が悪くなっているわけでもない。だけど、何かがさっきまでとは決定的に違うのだ。

 その違和感にモヤモヤを感じていた私。すると次の瞬間に景色が変わると、目の前の緑色のサイリウムが埋め尽くす会場は消え去ってしまい、私は真っ暗な闇の中でポツンと立ち尽くしていた。誰もいない、何処を見ても真っ暗な闇ばかりが広がる静かな空間で佇む私。そんな真っ暗な世界の果てから、微かに私の聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

 

 

 

「……ほら。ちひろさんだって、たまには休憩するよね」

 

「あ……、ちひろさん、おねむだにぃ。起きるかなぁ~?」

 

 

 

 

 私の耳に届いたのは杏ちゃんときらりちゃんの声。

 その二人の声を判別した瞬間、また私の目の前の景色は変わった。次に私の目に飛び込んできたのは黒と白の色合いで綺麗に統一された見慣れた部屋、そして私を見つめて静かに笑みを浮かべている杏ちゃんときらりちゃんの表情だった。

 

 

 

 

「んぅー……、あれぇ……?」

 

 

 

 

 ゆっくりと身体を起こすと、そっと目を擦ってみる。まだ焦点が合っていなかった私の眼は次第に焦点を合わせ始め、私の身の回りにある物をしっかりと映し出してくれた。机に置かれたままになっているシンデレラプロジェクトルームの消耗品の一覧表、プロデューサーさんが提出し忘れて溜まっていた領収書の束、そして私が無意識に抱き締めていた杏ちゃんのウサギのぬいぐるみ――……。

 さっきまで大きなステージで歌っていた私がいたのは、私が毎日のように通っている346プロのプロデューサーオフィスだったのだ。

 

 

 

 

「あれ、私、さっきまでステージに……。ここは事務所?」

 

「にゅふふっ。ちひろさん、ステージに立つ夢でも、見てたのかにぃ?」

 

 

 

 

 きらりちゃんの言葉でようやく全てを思い出した。

 プロデューサーオフィスで書類の整理をしていた私の元に杏ちゃんがやってきて、杏ちゃんを追ってやってきたきらりちゃんから逃げる為の時間稼ぎをしてほしいと言われ、このピンクのウサギのぬいぐるみを預かったのだ。それから慌ただしく逃げて行った杏ちゃんと追いかけるきらりちゃんを見送った後、私に一気に眠気が襲ってきて杏ちゃんから借りたウサギのぬいぐるみを使い昼寝をしていた――……。

 ということはさっきまで私がステージに立っていたのは夢だったのか。あまりにも現実感のある夢で起きて数分は夢だという事が認識できなかった。ようやく意識が戻り、全てを理解した私は思わず苦笑いを浮かべてしまった。

 

 

 

 

「……そうですね。でも、夢は夢のままにしておいた方が、良い事もあるのかも……」

 

「へ? なにそれ?」

 

 

 

 

 私の言葉が理解できず、咄嗟にそんな言葉を口にした杏ちゃんは首を傾げている。そんな杏ちゃんに何も言わずに笑いかけると、私は机に置いたままになっていた自分のスマートフォンのホームボタンを押した。

 真っ暗な画面に映し出されたのは、共同ライブが終わった後のバーで皆と撮った写真。765プロの大好きな皆と346プロの大好きな皆が写った写真の中央には、皆のサプライズで『お願い!シンデレラ』を歌った後に高木社長から「少し早い誕生日プレゼント」だと言われて貰った大きな花束を大事そうに抱えている私が満面の笑みで写っている。

 

 

 私のアイドルになるという夢は叶わなかった。今の私が生きている世界は、あの頃の私が憧れていた光り輝くステージで活躍する私とは比べ物にならないくらいに平凡でありふれた日常だ。何万人という大勢の人の前で歌うこともなければ、大きなステージに立ってスポットライトに当てられるわけでもない、そんな世界を二十七歳の私は生きている。

 でもそれで良かったのだと、今ならそう思うことができた。だってもしアイドルになるという夢を叶えてしまったら、きっとあの共同ライブが終わった後の皆が作ってくれた夢のようなステージを味わうことはなかったのだから。私にとって、大好きな765プロの皆や346プロの皆、私を応援してくれていた熱心なファンの人たちに囲まれて私の大好きな曲を歌うことの出来たあの世界より魅力的で幸せを感じることの出来る世界はきっと何処にも存在しないのだ。例え何万何百人の前で歌う機会があったとしても、五十人前後の私の大好きな人たちがぎゅうぎゅうになったあの小さなバーのステージには敵わないだろう。そう断言できるくらいに、あのステージに立った私は幸せを感じられたのだから。

 

 私はアイドルになる夢を諦めて大好きだった765プロを離れ、346プロで就職し皆と出会った。そしてシンデレラプロジェクトの皆が私のデビュー曲をカバーして、改修工事の事故がキッカケで私は765プロの皆と八年ぶりに再会した。

 この全てが偶然なのだ。きっと何処かで一つでも道を違えていたら、私はあの夢のようなステージに立てなかったのだと思う。だからこそ、こう言うことができるのだ。

 

 

 

 

――あの時の決断は間違ってなかった。

 

 

 

 

 と。

 

 

 

 

「ううんっ! なんでもありませんよ! さて、ウサギちゃん、ありがとうね。残りの事務仕事……、片付けなきゃ」

 

 

 

 

 相変わらずポカンと口を開けたままの杏ちゃんにピンクのウサギのぬいぐるみを返した。そしてもう一度だけ自分のスマートフォンに映る、あの日の夢のようなステージに立って幸せそうな笑顔を浮かべる私を名残惜し気に見つめると、スマートフォンをポケットへとしまった。

 

 

 

 

「プロデューサーさんが帰ってくる前に、もうひとふんばりっ! よしっ!」

 

 

 

 

 そう自分自身に言い聞かせると、眠気を吹き飛ばすかのように両手で頬を軽く叩いたのだった。

 

 




うっうー、疲れたですぅw
これにて完結ですぅ!


留年が決まって開き直ったかのように書き始めたこの作品も、皆さんの応援のお陰で無事に完結まで走りきることができました!
まさか飽きっぽい自分が三作も完結させるとは……笑

今作も前作、前々作に続き見てくださった方も多いようで本当に感謝しています!
ありがとうございました!

あとがきは書く気になれば書こうと思います。と言いつつ毎回書いてますけどね。笑


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