【完結】Innocent ballade   作:ラジラルク

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Episode.4

「あー楽しかった! 久しぶりにスッキリしたわ」

 

 

 

 

 そう言いながら私は雲一つない綺麗な青空に向かって両手を伸ばした。数時間ぶりに陽の光を浴びたせいか、太陽の光が眩しくて瞼を開くことができない。左目の瞼は強すぎる陽の光に抵抗するのを諦めたせいで閉じており、反対の右目の瞼は辛うじて僅かに開けてはいるものの、細めているせいで私の視界は狭くなっている。

 そんな私の狭い視界の中、隣に立つ友人の恵子は左手を伸ばすと両目の上にかざし、陽の光をなんとか遮ろうとしていた。

 

 

 

 

「ちひろ、ホントに歌上手いよね! いつ聞いても惚れ惚れしちゃうわ」

 

「もー、やめてよ。恵子だって今日は高得点出してたじゃない」

 

「これから暫くはちひろとカラオケに行けなくなると思って張り切っちゃったからかなー」

 

 

 

 

 私はお互いに目を細めたまま笑い合った。

 大学時代の友人である恵子とは大学を卒業しお互い社会人になった今でも頻繁に連絡を取り合い、互いの休みが重なった日はこうしてカラオケに行って何時間も二人で歌っている。恵子も私が高校時代にアイドル活動を行っていたことは知らない。ただ恵子も私と同じように単純に“歌う”という行為が好きで、大学時代から今まで私たちは数え切れないほどカラオケに行っては気が済むまで歌い明かしていた。

 

 だけど、そんな恵子とのカラオケもこれからは暫く行けなくなる。私たちも大学を卒業して四年が経過し、二十六歳になった。二十六歳は紛れもなく立派な大人の歳であり、私たちはいつまでも学生気分のままではいられないのだ。

 

 

 

 

「……来週、楽しみにしているから。ちひろの歌」

 

 

 

 

 そう言って少し寂し気に笑って見せる恵子。恵子の左薬指には太陽の眩しすぎる光に照らされた指輪が綺麗な輝きを魅せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Episode.4

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨晩から続いていた雨も今朝には止み、濡れたアスファルトが朝の陽ざしによってキラキラと光り輝いている。少しばかり駆け足で晴れた空を流れていく沢山の雲たち、その雲の隙間から差し込む太陽の光が人生一度きりの晴れ舞台を迎えた恵子を祝福するかのように照らしていた。

 

 

 

 

「恵子、結婚おめでとう。ウェディングドレス、似合ってるじゃない」

 

「……ありがとう、ちひろ」

 

 

 

 

 私の言葉に真っ白なドレスに身を綴んだ恵子は恥ずかしそうにはにかんだ。そして何度も何度も鏡に映る自分を見ては、照れ臭そうな表情を浮かべたり不安げな表情を浮かべたりとコロコロと表情を変えている。

 私も恵子も今年で二十六歳。女という生き物は少しでも若くて一番輝いている時に一生に一度の晴れ舞台を迎えたいと考えているもので、恵子も例外なくずっと大学時代から二十代半ばで結婚をしたいと周囲に話し続けていた。そしてその願望通り、恵子は大学時代の先輩と三年の交際を得て、本日ようやく挙式。恵子の夫になる男性にも私は何度か会ったことがあり、本当に優しそうで誠実な男性だと周囲の友人たちも皆話していた。そんな男性からプロポーズされ、夜中の遅くに興奮交じりに電話してきた日のことを思い出して私は思わず頬を緩めてしまった。

 そんな幸せムード一色の恵子に対し、私は恐ろしいほどに結婚願望がなかった。相手もいない、大学を出てからはずっと仕事ばかりの日々。そんな生活を四年も送ってきたせいか、ずっと遠い先の話に感じていた結婚式を私の友人が挙げると聞いた時は驚きを隠せなかった。だが二十代半ばは世間一般から見れば婚期真っ只中で、社会人になって三年も交際していたら自然と結婚の流れになっても何も不自然ではないのだ。

 

 

 

 

「でもホントに私で良いの? もっと良い人沢山いると思うけど」

 

「ちひろじゃなきゃダメなの。私、絶対結婚式する時はちひろに歌ってもらおうと思ってたんだもん」

 

 

 

 

 式の案内が私の元に届き返事をしてから間もなくして、恵子から結婚式後の披露宴で歌を歌ってほしいとお願いをされた。カラオケ以外で人前で歌うことなんか当然だがアイドル活動を辞めてからは一度もなく、まさか恵子からそんなお願いをされるとは思ってもいなかった私は困惑してしまったが恵子の勢いに飲まれ思わずその場で引き受けてしまい、こうして私は恵子の披露宴で一人で歌を歌うことになったのだ。

 初めは少しばかり嫌な想いもあったが、それもすぐに吹き飛んで行ってしまった。私が歌うと言った時の恵子の嬉しそうな笑顔――……、私が大好きな“歌う”という行為で友達が喜んでもらえるのだと思うと嫌な気持ちなんて消え失せてしまったのだから。大学時代も頻繁にカラオケには通っていたし、社会人になっても大学時代に比べれば頻度は減ったが恵子とよくカラオケに行っていたからそれなりに歌える自信もあった。それでもやっぱり少しだけ緊張はしているけれども。

 

 

 

 

「それじゃ、お願いね」

 

「うん、任せて。絶対恵子を泣かせて見せるから」

 

 

 

 

 私の意地の悪い笑みに恵子は微笑むと、そのままドレススタッフに手を引かれたまま白いドレスを引きずり部屋の奥へと消えて行ってしまった。

 

 

 

 

――結婚……、かぁ。

 

 

 

 

 恵子の後姿を見送った後、私は溜息交じりに心の中でそう呟く。結婚も数多くある幸せのうちの一つの形なのだと、恵子の幸せそうな表情を見て私は初めて実感した。

 先日、瑞樹さんと楓さんと飲みに行った時に瑞樹さんから言われた言葉があの日以来ずっと私の頭の中で駆け巡っていた。瑞樹さんも楓さんも、そして白いドレスに身を綴んだ恵子も、三人とも理由は違えど私の前でとても幸せそうな表情を見せてくれた。そんな三人に対して私はどうなのだろうか。周りの人から見て私は幸せそうに見えるのだろうか。

 あの日からずっと考えていた、私にとっての本当の幸せとは何なのだろうかと。だがその答えはまだ見つかっていない。

 

 私は自分の幸せを掴んだ恵子の後姿が見えなくなった後も、暫くその場に一人で立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

☆☆☆☆

 

 

 

 

 

「えー、あの会社辞めちゃったの!? しかも二ヶ月って早すぎじゃない!?」

 

「結構ブラックで残業とか半端なかったもんねー。それより仁美は大学から付き合ってた彼氏と別れたんでしょ?」

 

「仁美ちゃん、別れたの!? 結婚するとか言ってたじゃない!」

 

 

 

 

 披露宴の会場内では小さな同窓会のような雰囲気が生まれていた。大学時代の友人も数多く披露宴に参加しており、中には卒業以来会っていなかった友人も多くいたため卒業してから何をしていたのかなどの近況報告などで私たちは大いに盛り上がったのだ。卒業してすぐ務め始めた会社を辞めた友人、結婚前提に付き合っていた彼氏と土壇場で別れた友人など久しぶりに再会した友人たちは皆様々な苦労をしているようだったが、何より皆元気にこうして集まって友人の結婚式を祝えたことが私は何より嬉しかった。

 結婚式の時とは違うドレスを着て私たちの前に現れた恵子は本当に幸せそうな表情を見せてくれた。そんな幸せそうな恵子を見ていると祝福する私もすごく幸せな気持ちになれたし、それはきっと私以外の人たちも同じだと思う。この会場にいる全員が新郎新婦の記念すべき今日という日を祝っており、そういった人たちも、会場の至る所に散りばめられた煌びやかな飾りも、思わずウットリしてしまうような味の料理も、この会場の全ての物が新郎新婦の二人を引き立てているのだ。親や親族、そして大好きな友人たちから盛大に祝福される二人はもしかしたらこの瞬間、世界で一番幸せな気持ちになっているのではないだろうか――……。そんなことを、幸せないっぱいな笑顔を浮かべている新郎新婦から少し離れた席で私は考えていた。

 

 

 

 

「えー続きまして、これより新婦の大学時代のご友人である千川ちひろ様から、お歌をご披露していただきます。千川様、ご用意の方お願いいたします」

 

 

 

 

 披露宴も中盤に差し掛かった頃、新郎の友人である司会の男性のアナウンスが会場内に響いた。それと同時に私にスポットライトが当たり視線が一斉に私の方へと集中する。口の中に食べ物を入れている人、隣の友人と会話に華を咲かせていた人、ワイングラスを握ったままの人、会場内の殆どの人がスポットライトに当てられた私を見つめているのだ。この大勢の人から見られる感じはアイドルをしていた頃もあんまり慣れることができず、昔も今も少し恥ずかしい気持ちが芽生えてきて顔が赤くなるのを感じてしまう。私は手に握っていたグラスを机の上に戻し、一度だけ深呼吸をした。遠くの席で恵子が、期待を寄せているかのような表情で私をジッと見つめている。その恵子に私は軽く一礼し、席を離れた。

 みんなに見守られる中、私は少しだけ早足で新郎新婦の近くへと向かっていく。二人の座るテーブルの右斜め三メートルほど手前で立ち止まり、司会の男性からマイクを受け取った。

 

 

 

 

「えー、ご紹介を受けました千川ちひろです。まずは新郎新婦のお二人、そしてご両家ご両親様、ご親族の皆様、本日はおめでとうございます」

 

 

 

 

 マイクを口元から離すと軽く一礼する。恵子は照れくさそうな表情で軽く頭を下げた。

 

 

 

 

「上手くはありませんがお二人の為に心を込めて歌います。よろしくお願いします」

 

 

 

 

 私の言葉の後には場内から拍手が巻き起こった。その拍手がなんだが恥ずかしくて、恵子たちに向かって頭を下げた後に会場の人たちにも思わず頭を下げてしまった。暫く続いた拍手が鳴りやむと、恵子が好きだった恋愛ソングのイントロが流れ始める。そのイントロを聞いて、私は右手に握っていたマイクに左手を添え、口元へと運んだ。

 懐かしい感覚だった。アイドルを辞めて人前で歌うことがなかった私だが、引退から八年が経った今でもあの頃の感覚が鮮明に蘇ってきたのだ。大勢の人の前で“歌う”という行為がどれだけ幸せで気持ちの良いものだったか、忘れかけていたあの頃の感情が一気に心の奥底から這い上がって来た。この会場の皆が私を見ていてくれている。つい先ほどまで主役だった新郎新婦の二人も、会場の名も知らない大勢のギャラリーも、大学時代の友人たちも、皆が歌を歌っている私だけを見ていてくれているのだ。

 

 気が付けば曲は終わってしまっていた。少しだけ余韻を残すような終わり方を迎えた曲が完全に止まると、静まり返っていた会場からは先ほどよりも何倍もの熱気が籠った拍手が巻き起こる。新郎新婦の二人もとても喜んでくれたみたいで、椅子から腰を上げて何回も何回も手を叩いて大きな拍手を私に届けてくれた。

 

 

 

 

――あぁ、やっぱりいいなぁ。

 

 

 

 

 私の大好きな歌を沢山の人たちに聞いてもらえて、そしてこうやって沢山の人たちや大好きな友人たちが喜んでくれ――……。アイドルを辞めてから八年が経った今でも、私はこの瞬間以上に幸せを感じれる瞬間に巡り合ったことがなかった。私は何度も何度も、感謝の想いを込めて頭を下げる。その度に会場の皆が私の為だけに温かい拍手を送ってくれた。

 

 

 

 

「いやー、素晴らしい歌声でした。千川ちひろ様、ありがとうございました。素晴らしい歌を聞かせてくれた千川ちひろ様にもう一度大きな拍手をお願いします!」

 

 

 

 

 司会の男性にマイクを返し、もう一度だけ軽く頭を下げた。司会の男性の声によって再び勢いを増した拍手が私を包み込んでくれる。

 

 

 

 

「ありがとうちひろー! サイコーだったよ!」

 

 

 

 

 未だに立ち上がったまま力いっぱいの拍手をしてくれている恵子が私にそう叫んでくれた。手を振る恵子の目元には光る滴も見えた。そんな恵子に向かって私は得意げにピースを作ってウインクをして見せると、新郎新婦に向かって背中を向けた。

 拍手が徐々に弱まっていき、司会の男性の声がマイクを通して聞こえてきた。どうやら次は新郎の大学時代の友人たちが作ったスライドショーが流されるようで、私が歌い終わり暗くなったままの会場をスライドショーが映し出されようとするプロジェクターの灯りが照らしている。数秒前までは私だけを見ていてくれた会場のお客さんも、今となっては誰一人私の方を見てはおらず、スライドショーが始まろうとするプロジェクターに視線を集中させていた。寂しい気持ちもあるが、今日の主役は私ではないのだから。そう自分に言い聞かせ、誰にも見られないまま自分の席を目指して歩き始める。

 その時だった。会場の隅を通り自分の席へと戻ろうとしていた私の前に、スッと誰かが立ちはだかり私の行くゆえを遮ったのだ。私の前に立つ人影を見上げると、真っ黒なスーツに赤いネクタイを締めた男性が少し驚いたような目で私を見下ろしている。

 

 

 

 

「お前、765プロの……」

 

 

 

 

 赤い髪に不愛想な眼。だけど決してその表情からは悪気は感じられない。そんなプロジェクターの灯りに照らされたこの男性の表情に私は見覚えがあった。

 最後に会ったのはいつだろうか――……。恐らく八年前ほど前になるのだろうか。だけど私はこの男性を頻繁に見ていたのだ。テレビや雑誌、時には車の中でかけるラジオでも声を聴いていたのだから。

 記憶の中の姿と、テレビ越しで見る姿と、今私の前に立ちはだかる姿。それぞれ微妙にズレがあって変な感じもするが、それでも特徴的な部分はどの姿にも一致していた。そんなことを考えていたせいか、思わず懐かしい思いが胸の奥を駆け抜ける。

 

 

 

 

「……久しぶりね、冬馬君」

 

 

 

 

 私の言葉に男は少しばかり頬を赤めらせ、照れ臭そうに頬っぺたを人差し指で掻いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

「まさかこんなところでこんな人に会うなんて思いもしなかったぜ」

 

「私もよ。冬馬君、見ないうちにカッコよくなったじゃない」

 

「う、うるせぇよ」

 

 

 

 

 私たちはスライドショーが始まり騒々しくなった会場を出て、式場の中庭に出てきていた。私の隣で顔を赤くして動揺しているのは私が765プロでアイドルをしていた頃に何度か仕事で一緒になったことがあり――……、今は人気アイドルグループ『ジュピター』のリーダーを務めている天ヶ瀬冬馬だ。春香ちゃんと同じ歳のはずだから私の一つ下になる冬馬君は昔から何かと不器用な性格で、当時所属していた961プロダクションの社長の影響もあり何かと765プロのアイドルたちに突っかかって来ていた覚えがある。だが一つだけだが年上の私からすればそんな冬馬君は子供のような感覚で、異常なまでの負けず嫌いで尚且つ不器用なだけで、決して悪気があるわけで憎まれ口を叩いているわけではないのだと薄々勘付いていた。例えるなら好きな女の子に思わずちょっかいを出す小学生の男の子のような、そんな感じだったのだ。

 そんな子供だった冬馬君も今では国内屈指のアイドルグループのリーダーを務めており、春香ちゃんたちに負けず劣らずの活躍で毎日のようにその姿をテレビ越しで見ていた。冬馬君も春香ちゃんたち同様、私の知らない間に立派な大人になっていたのだ。

 

 

 

 

「それより今日はどうしてここに?」

 

「新郎が俺の高校の先輩だったんだよ。お前は……、友達だっけか」

 

 

 

 

 中庭のベンチに並んで腰を下ろし、他愛もない会話を交わす。遠くからは鳥の鳴き声も聞こえてきて、太陽の光の下、生暖かい風が私たちしかいない静かな中庭を駆け抜けていった。濡れたアスファルトも日陰の部分を除いて乾いており、今朝までの雨の後がほぼほぼ消えかけてしまっている。

 

 

 

 

「……今は何をしてるんだ?」

 

 

 

 

 隣に座る冬馬君が独り言のように呟いた。その視線は真っ白な雲が流れる空をぼんやりと眺めている。

 冬馬君の質問の真意に私はすぐに気が付いた。アスファルトは殆ど乾いてしまったものの、何処からか流れてきた風がアスファルトの濡れた匂いを運んでくる。私は風で乱れる髪をそのままに、ゆっくりと重い腰を上げた。そして冬馬君と同じように空を見上げる。晴れ渡った空には点々とした雲が浮かんでおり、その雲の向こう側には小さな飛行機が何処か私の知らない世界に向かって羽ばたいていた。

 

 

 

 

「私ね、今幸せなの。346プロで昔の私と同じような夢を持った若い子たちを応援出来て、テレビでは春香ちゃんたちが輝く姿を毎日のように見れて――……。だからアイドルを辞めたこと、後悔してないわ」

 

「……ふんっ、相変わらずお人好しなんだな」

 

「お人好しでもなんでも、私が幸せだと思えるならそれで良いでしょ?」

 

 

 

 

 自分に言い聞かせるようにしてそう言うと笑って見せる。そうだな、なんて言いながら笑うと冬馬君もベンチから腰を上げて立ち上がった。あの頃より少しだけ身長が伸びて大きくなった冬馬君は頭の後ろで手を組み、暫く空を見上げている。あの頃の面影を残しながらも大人の表情になった冬馬君の横顔を少しだけ見つめると、私も再び視線を空へと戻した。

 そうして暫く私たちは無言で空を見つめていると、会場の中から大きな拍手が沸き起こった。どうやらスライドショーが終わったらしい。その拍手にならい、頭の後ろで組んでいた両手を解くと名残惜しそうにもう一度だけ空を見つめる。そして冬馬君はそのまま私に背中を向け会場の入り口へとゆっくりと歩き始めた。

 

 

 

 

「今が幸せって言ってるけどな、歌ってる時のお前も相当幸せそうな顔してたぜ。お前にとってあの歌っている時の表情以上の幸せがあるとは思えねぇけどな」

 

 

 

 

 そう言い残し、冬馬君は一度も振り返らず会場の中へと戻って行ってしまった。

 残された私はポツンと中庭に立ち尽くしていた。再び風が中庭を駆け、私の髪が揺れる。瑞樹さんや楓さんたちといい、冬馬君といい、そんなに今の私は幸せには見えないのだろうか。何度も何度もこだました瑞樹さんの言葉、そしてついさっき冬馬君が言い残した言葉――……。

 

 分からなかった。今の私は本当に幸せなのか。そして何が私にとっての幸せなのか。

 

 自分のことのはずなのに、何も分からなかったのだ。中庭に一人立ち尽くす私に、ほんの少しだけ強い風が吹き抜けたのだった。

 


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