新世紀エヴァンゲリオン リナレイさん、本編にIN 作:植村朗
技術部の解析の結果、直径680メートル、厚さ約3ナノメートルの『影』が使徒の本体であり、奇妙なゼブラの球体は
偵察用のドローンを数機飛ばしたところ、地上20メートルほどの距離で二機が立て続けに制御を失って影に落下し、音信不通に。
だが30メートル圏内にいたドローンは離脱に成功しており、電波攪乱の能力は微弱であると推測される。
問題は、使徒の真の能力。
影の内部は『ディラックの海』なる虚数空間に繋がっているという、常識はずれの仮説を赤木リツコ博士が打ち出した。
弱点であるコアはほぼ無限の広さを誇る空間の中に隠されていて、外部からの干渉しようにも、攻撃を含めた物理的接触自体が困難である。
一瞬だけ反応があったエヴァ初号機は、MAGIが計測した動きから
初号機の残存エネルギーは内部電源と、背部に装着された非常用バッテリー……。
エントリープラグのAIが上手く働いて、モードを自動で生命維持に切り替えていれば、
しかし、いまだ
結果、ミサトからパイロット達に下された命令は……
******
「なんだよ、待機って! 綾波さんが、こんな事になってるのに!」
シンジが水平に振った腕……拳底が、休憩室の壁を叩いた。
ガツッという鈍い打撃音に、ベンチに腰掛けたアスカが顔をしかめる。
「うっさいバカシンジ。大人しくしてなさい。
やれる事がない時は休んでおくのもパイロットの仕事のうちでしょ」
「休んでなんていられないよ! すぐに使徒を倒さないと!
綾波さんを、助けに行かなきゃいけないのに!」
「だァから! その手段を
策もなしに闇雲に出てったって、あの影に飲み込まれて
それに初号機がないなら、アンタが零号機に乗るわけでしょ?
また暴走したら、戦う以前の問題でしょうが!」
アスカは立ち上がった。
水色の少年と、赤色の少女……二人のプラグスーツ姿が睨み合う。
シンジの精神状態は乱れていた。
互換実験時の『夢』。病室で見た『夢』。
影のような使徒と、敵か味方かも解らない、女性の姿をした
そして、行方不明のレイと初号機。
解析結果を改めて確認しても、手の出しようがない状態だ。
『謎』は無数にあるのに、どれもレイを救うための手立てにはなりそうにはない。
誰かが慌てている時は、誰かが冷静になる、というのはよく聞かれること。
アスカは口調こそ荒いものの、
「冷たいんだな、アスカは。綾波さんが心配じゃないのかよ」
シンジが苛立ちから、八つ当たりめいたその言葉を発した瞬間。
アスカの両手はシンジの胸倉を掴み、彼の背を壁に激しく叩きつけていた。
休憩室に、衝撃と打音が響く。
「ぐっ! かはッ……」
シンジの肺から空気が弾き出される。
一度良い勝負をしたとはいえ、本気になったアスカの実力はまだ遥か上だ。
シンジとてレイに鍛えられているはずだが、まともな抵抗は出来なかった。
「何すんだ、よっ……!?」
「……ほんっと予想してた通りだわ。
「っ!」
依存。以前にも指摘された言葉に、シンジは肩を跳ねさせる。
だがそれ以上に、アスカの真剣な顔が、彼の胸を突いた。
怒りに釣り上げられた青い瞳は、涙を浮かべてシンジを射る。
「甘ったれてんじゃないわよ!
大事な彼女がいなくなれば、そりゃあ不安でしょうけどね!
アタシにとっても、バカナミは大事な仲間なの!
口を開けば『綾波さん、綾波さん』……
アイツの事を心配してるのが、つらい思いをして待ってるのが、アンタ一人だけだとでも思ってんの!?
アタシだって幾らでも泣いてやるわよっ!」
アスカの言葉は、最後には甲高く裏返っていた。
シンジの胸元を掴んだ手は、震えていた。
シンジは気づく。
アスカが不安とやるせなさを感じていた事も、やり場のない怒りを抱えていたのも同じだったと。
それに加えて自分の情けない姿が、彼女をイラつかせたのだと。
力を緩めたアスカの手が離れ……シンジは一度深呼吸した。
「ごめん、アスカ」
「別にいいわ。
アンタがヘタレてたおかげで、
そこは感謝しといてあげる」
「……それはそれで複雑だけど」
「と、ともかく! バカナミを助けるためにも、コンディションは整えておきなさいってことよ!」
大声で感情を露にした恥ずかしさから、赤い顔を反らすアスカ。
不器用に笑いながらも、シンジは平常心を取り戻そうと務めた。
諦めはしない。レイを救う手段は見つかると信じて、今は待つ。
******
白と黒の異空間。対峙するレイと少女使徒。
使徒は二人を隔てる
強固な障壁が溶けて、歪み、使徒の手が侵入……レイが守る
「ちぃっ! 中和……いや、
使徒さんならA.T.フィールド出せるし、そりゃ出来るわなっ!」
レイは侵略してきた少女の掌を真正面から握り止め、自分と同じ顔を睨んだ。
ぐるぐると回るゼブラ模様の眼が、レイを見返す。
(A.T.フィールドは、誰もが持つ心の壁。
他者と己を隔て、拒絶し、侵食するもの。
その本質は、
単体として完結しているがゆえに、他者を拒絶することしか出来ない。
アダムより産まれ、アダムに還ることを本能的に望んでいる。
貴女も解っているでしょう?)
「わっかんねーよコンチクショウ! 電波ポエムか!!
大体ね! こーんなウニョウニョした不思議空間にあたしを引きずりこんどいて
いまさら『我は四天王の中では最弱……』みたいなムーブやられても困るわ!」
エヴァというメイン戦力による正攻法が効かない相手。
自称弱かろうが、
そもそもこの異空間で繰り広げられている
レイの肉体は、未だ初号機のプラグの中にあるのだから。
今、彼女達がいる空間と、外との情報は完全に遮断されている。
現実世界はどうなっているのか……NERVは。そして、愛しい少年は……。
("イカリクン"の事を案じているの?
心配しなくても、やがて全てが一つになるわ。
世界は虚無に還るのよ。私の手で)
「ちょっ!? コラッ、人の心を勝手に見るなっ!
あとサードインパクトとかいう
直接接触している手から、
レイは、反射的に使徒を
光量を増したA.T.フィールドに使徒は弾き飛ばされ、侵食の穴は見る間に塞がる。
鏡合わせの少女使徒は、相変わらずの無表情のまま、クルリと後方宙返りして体勢を立て直した。
(そう、見られたくないのね。心を、貴女自身を)
「おーよ! 見せていい相手は選ぶよ!
あたしと同じカッコしてたって、キミはあたしじゃないんだ。
アスカっちに罵られちゃえ!……あ、これご褒美だったわ」
(軽口で
でももう準備は整った。貴女の
果てなく広がっていたかに見えた白黒マーブルの空間は、球形に。
使徒と、レイと、アダムを囲う。
球の容積は徐々に小さく……空間を支える『内向きのA.T.フィールド』が、狭まっていく……。
「なっ……!? 場所そのものを操るとか、ズルっ子にも程があんでしょーっ!?」
(終わりよ。そして、始まるの)
レイの非難に対し、少女使徒は淡々と返すだけだった。