夕焼けで朱色に染まる高原に、ザァと旋風が砂塵を巻き上げて竜巻く。
そんな高原の片隅には、場に似つかわしくない光景が広がっていた。
「...テメェ、俺とやり合うつもりか?」
「貴方が引かないのであれば、それもやむなしです」
周りに緊迫感を撒き散らしながら、二人の猛者は睨み合う。
そのプレッシャーだけで、並の生物は怯え萎縮してしまう。二人の周りを警戒するかのように囲っている殺人鳥ペリュドンの中には、あまりの圧力に気を失ってしまっているものもいるほどだ。
「ちょっと面白い奴だなって思って、こっちが下手に出てりゃあよぉ...調子乗ってんじゃねぇぞ、三下ァ...!」
「.......」
青筋を立て怒りを露わにする渦中の片割れ──凌太は、その手に魔剣を握り締めながら、もう片方の人物──フェイス・レスに闘気をぶつける。
神をも震わせる(武者震い的な意味で)彼の怒気を正面から受けているにも関わらず、フェイス・レスに焦りは見られない。静かに、愛刀の柄へと手をかけた。
まさに一触即発。
傍観する者達が固唾を呑む中、先に動いたのは凌太だった。
地面を蹴り穿ちながら、雄叫びと共に、疾風が如くフェイス・レスへと肉薄する。
「そこのベヒモス(仮)は俺の獲物ォ!! テメェにゃ譲らねぇえええええええ!!!!!」
「私が先に斬ったでしょうがァァあああああああああ!!!!!」
緑溢れる高原が荒野へと姿を変えるのは、時間の問題だった。
* * * *
巨龍襲撃から半月の時間が流れ、現在の“アンダーウッド”収穫祭本陣営。そこでは、先のゲームで片角を失ったサラが頭を抱えていた。
「.....巨龍襲来でめちゃくちゃになった“アンダーウッド”を、我らは半月で収穫祭を再開できるまでに復興させた。させたのに...何故壊す? なぁ何故壊す!? 答えてみろ貴様ら!!」
「「だって隣のこいつ(彼)が.......あぁん?」」
二人して正座させられている凌太とフェイス・レスは、互いに視線をぶつけて火花を散らす。仮にも叱責を受けている者の態度ではない。
「...........」(何ガンくれてやがる、やんのかコラ。という目)
「...........」(こっちの台詞です、やるんですかコラ。という目)
「...........」(上等だ、表出ろ。という仕草)
「.........コクリ」(頷き)
「ストップ・ザ・お前ら」
無言で睨みあったかと思ったら、次は無言で部屋を出ていこうとした凌太とフェイス・レスを、怒りより先に焦燥を感じたサラが止める。またどこか破壊されてはたまったものではない。
元を辿れば、ただの負けず嫌いのぶつかり合いだった。
“狩猟祭”に参加した凌太とフェイス・レス。両者がほぼ同時に倒した巨大魔獣(仮称ベヒモス)を巡り、互いに譲ることをしなかったがための大喧嘩。ルーン文字で改造を施された凌太の魔剣が文字通り火を噴き、その尽くをフェイス・レスが弾き返す。そんなことが十分も続けば、高原も荒野へとシフトチェンジするわけである。
「はぁ...まぁ、今回の件は不問とする。両名とも、先の戦いでの功績があるしな」
「彼は何もしていないのでは? 謎解きも巨龍退治も、全て“ノーネーム”の功績。私は巨人から“アンダーウッド”を守りましたが」
「ぐっ...!」
フェイス・レスの口撃にたじろいだ凌太は、小さな苦悶を声にした。
彼女の言う通り、“SUN SYNCHRONOUS ORBIT in VAMPIRE KING”で凌太がしたことは何もない。精々がレティシアの影を倒したくらいだ。殿下達“魔王連合”との戦いはゲームとは無関係だし、謎解きも十六夜が全て解き切った。巨龍退治にも参戦したはいいのだが、実質的に『巨龍の心臓を撃ち抜いた』のは十六夜のギフトだ。
なので今回、凌太はほとんどゲームクリアに貢献していないのである。
「とにかくだ! 今後こういったことがあれば、問答無用で退去してもらう他ない。分かったな? 分かったら大人しく────」
「ぎ、議長! “二翼”の長と“ノーネーム”の娘が喧嘩して蛟劉殿が仲裁に入ったのですが!!」
「ええい次から次へと!!!」
部下からの報告を受けたサラは青筋を浮かべつつ、事の対処に当たるのだった。
* * * *
日付は変わり、“狩猟祭”の行われた二日後。
“ヒッポカンプの騎手”・参加者待機場、大樹の水門に設けられたスタート地点では、熱い、それは熱い視線が交わされていた。
「負けた方が土下座」
「望むところです」
二人の参加者───凌太とフェイス・レスの視線の交差で、物理的に熱が発生している。
以前の“狩猟祭”での遺恨が残っているこの二人、今回の“ヒッポカンプの騎手”で白黒つけるつもりらしい。他の参加者を寄せ付けない威圧感が放たれる。
「はぁ...まったくうちのマスターときたら、まだまだ子供ね」
「そうですねぇ。でもまあ? 私はマスターの年相応なところが見れて嬉しいですけどー」
「それより俺は、かの
ペスト、ラッテン、ヴェーザーがそれぞれの感想を口にしていると、不意に他所から声が投げかけられる。
「おい凌太、こりゃあ一体どういうことだ?」
「あん?」
バチバチに威嚇しあっていた二人の片割れが、声のする方へ視線を向ける。するとそこには、“ノーネーム”の誇る問題児三人組が一人、十六夜が仁王立ちしていた。
「どうもこうもねぇよ。この顔無しが喧嘩売ってきたから買っただけだ」
「おかしなことを。正しく訂正しますとですね、“ノーネーム”の少年。売ったのは彼、買ったのが私です。先に突っかかってきたのは彼ですから」
「あ゙?」
もはやベヒモス(仮)のことなど忘れたのだろうか。とりあえず「こいつには負けてはいけない」という思いが、今の二人を突き動かしているのかもしれない。
だが、十六夜が聞きたかったのはそんなちっぽけなことなどではなく。
「なぜラッテンを騎手にしない? そのエロエロな体をなぜ太陽の下に晒させない? お前はアレか? 馬鹿なのか?」
「馬鹿は貴方なのですよこのお馬鹿様ァあああああああ!!!!!」
スパァーン! と抜けの良い音が響く。毎度お馴染み、黒ウサギによるハリセン一閃だ。相変わらずキレがいい、と凌太が感心してしまうくらいには綺麗に十六夜の後頭部を捕らえていた。
今回、凌太率いる“ファミリア”は運営側からヒッポカンプをレンタルした。その場合、騎手が女性であれば水着にならなけらばならないという耳を疑うようなルールが存在するのだ。
そして、その肝心の“ファミリア”の騎手は凌太、つまり男である。ラッテンという見目麗しい女性がいるにも関わらずムサイ男が騎手になっていることが気に食わなかったらしい。
「いやしかしだな黒ウサギ。ラッテンの育ちの良い胸部や服の隙間から時折見える絹のような白い肌は実に扇情的でこれは水着になっても変わらずいやそれ以上のエロスを醸し出すに違いないし大人の魅力ってのは健全男子の憧れだそうだよなぁ凌太」
「そういう雰囲気ではございませんでしたでしょう!? ございませんでしたでしょう!!??」
早口になる十六夜の頭を、もう一度ハリセンが捉える。
叩かれる直前に同意を求められた凌太は、一つ大きなため息を漏らしてからこう言った。
「まったくもってその通りなのだ」
「って乗るのでございますか!? 今のため息は!? というかなんかこう、もっとシリアスな展開だったのでは!?」
「いやだって...ねぇ? ホントのことだし」
「さすが凌太、俺が認めた男なだけはあるな! つーか分かってんならラッテン騎手にしろや」
「どうしましょう。私、水着に着替えた方がいいのかしらね、ヴェーザー?」
「...いや、俺にそれを聞くのか?」
「ふんっ! なによ、あんなのただの贅肉じゃない...! 私だって成長できればきっと...」
「やーん! テンプレツンデレのペストちゃんもかわいー!!」
川辺で参加者を集める鐘が鳴り響いたのは、渦中にいたはずのフェイス・レスが置いてけぼりにされてから間もなくのことである。
* * * *
収穫祭三日目である今日も、宴は続いていた。
酔い潰れて寝て、二日酔いのまま起きて、また酔い潰れるまで飲み続ける。そんな不健康極まりない行為を続けられるのも、収穫祭の醍醐味だ。
その中でも特に注目を集めていたのが、“ラプラスの小悪魔”という小さな群体悪魔たちが断崖をスクリーンにして映し出す“ヒッポカンプの騎手”だった。
未来を予見するという“ラプラスの悪魔”。その端末が“ラプラスの小悪魔”という群体悪魔である。彼女たちは圧倒的な情報収集能力を所持しており、その情報を本体の悪魔に送信する力を持つ。
しかし今は本体が休眠している為、別の働き口に駆り出されていた。それが『集めた情報を映像機のように映し出す』というアルバイトだ。ギフトゲームの状況を観客に伝えられるこの能力は、今や箱庭全域で愛好されていた。
参加者以外でも、賭博として楽しめるこのレース。自分の買った馬券を握りしめている者も少なくない。
手に汗握り、スクリーンに映し出された映像を食い入るようにガン見する。彼らの視線の先にあるのは白熱するレース.....などではなく。
「黒ウサギの水着万歳! 黒ウサギの水着万歳!!」
「白夜叉様万歳! 白夜叉様万歳! 白夜叉様万歳!!」
「ここに来て良かった...! 我が生涯に一片の悔い無しッ!!」(吐血)
露わになった黒ウサギの肢体だった。
まだレースも始まっていないというのに、観客席では収穫祭で一番の盛り上がりをみせている。
『えー、諸君! ゲーム開始前に、まず一言───黒ウサギは実にエロいな!』
収穫祭最高主賓として“アンダーウッド”に赴いていた白夜叉は、己に信仰心が集まるのをヒシヒシと感じながら、マイク越しに高らかと宣言した。
雄々ォオオオオオオオオオ!!! というオーディエンスの歓声と共に、黒ウサギから岩が投擲されてくる。
見事ヘッドショットを決められた白夜叉の側頭部から鮮血が舞った。気を取り直したように、コホンと咳払いした白夜叉は再度言葉を続けた。
『それでは本当に一言───黒ウサギは本当にエ』
ガシュッ! ズガシュッ!! ズガシャァンッ!!!
『うむ。さすがに痛いので本題に。皆も知っておるだろうが、この度の収穫祭は我々“サウザンドアイズ”からも多くの露店を出しておる! しかし残念ながら、ゲーム開催を準備する時間が無かったのだ。そこで考えたのだが、大盤振る舞い、出血大サービス!! この“ヒッポカンプの騎手”を勝ち抜いた
白夜叉の宣言に、会場からは様々な声が上がる。
より闘志を燃やす者、参加しなかったことを悔やむ者、んなこた知らん黒ウサギたんぺろぺろと鼻息を荒くする者。
そんな中、凌太は素朴な疑問を口にする。
「...白夜叉ってロリじゃなかったっけ?」
どうみても絶世の美女。お前も水着になれやコラ、と言いたくなるような女性が白夜叉を名乗っているのだ。仏門だの神格返上だのの事情を知らない凌太は首を傾げるが.....まあ外見が変わるとかよくある話だよな、と謎の自己完結を図る。
その無頓着さに呆れるのは、“ノーネーム”からの参加者、飛鳥と耀だ。
「貴方、色々気になったりしないの?」
「気にはなってるさ。白夜叉のやつ、この前とは比べ物にならないくらい強くなってる。外見の変化ともそれなりに関係があるんだろうなぁ、とは思うけど...まぁ今のところ白夜叉と殺し合う予定はないし?」
「貴方ねぇ...」
「仕方ないよ飛鳥。だって凌太だし」
「分かってんじゃん。春日部の言う通りだぞ久遠。なんてったって俺なんだ。あとは結構好みな感じに成長したなぁ、ってくらいだ」
「待ってその話詳しく。好みって何? 異性的な話?」
「え、そこ食い付くの?」
とまあ、(凌太にとっては)無駄な世間話を交わしているうちに、ゲームは開始間近となってきた。
言いたいことの残っていそうな耀を連れて、こちらもどこか少しだけ不機嫌そうな様子の飛鳥は自分の乗るヒッポカンプの方へと歩いていく。
「マスターって基本バカよね」
「は?」
「そういうところですよ、マスター」
「えぇ...ラッテンまで...(困惑)」
『マスター(奏者)には面と向かってストレートに想いを伝えなければ何も伝わらない。彼はそういう人だ』
そういや“ファミリア”の英霊陣がそんなこと言ってたなぁ、と同士の言葉を思い出したヴェーザーは、苦い笑いを浮かべるしかなかった。
* * * *
“ヒッポカンプの騎手”スタート地点。
そこは現在、一種の地獄と化していた。
『きゃぁぁぁああああああああぁぁぁ!!!???』
『何これ!? 何これぇ!?』
『ポロリが! 夢にまで見たポロリもあるよ♡ が今目の前にッ!』
『.....っ! .....っ!!』(鼻血)
『YAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!』(勝利)
渾然一体。玉石混交。周章狼狽。
こうなってしまった原因は、現在レースのトップを走る者の仕業に他ならない。
「くっ...まさかあんな手を使ってくるなんて!」
睨み付ける視線の先には、見知った者の姿。“アンダーウッド”で度々接触する女性、フェイス・レスが先頭を爆走していた。
フェイス・レスが使った非道極まりない手段。それは武装破壊だった。
武装破壊。それは戦闘において有効な手段の一つと言えるだろう。だが今回は話が違う。このゲームでの武装とは、すなわち水着。つまり、その武装を破壊するということは、あらゆる女性騎手を素っ裸に剥くということだ。
なんたる非道、絶対に許せない。昭和生まれの奥ゆかしい日本人の心を持つ飛鳥は、絶対にあの
対して、ゲーム開始前からフェイス・レスをぶちのめすつもり満々だった凌太はと言えば...まだスタート地点から動けずにいた。
「おいラッテン離せ!! ペストもだ! 動けねぇだろ! くそ、走れピッポ!!」
「ヤです! 絶対イヤ! だって見えちゃうじゃないですか!! 早くギフトカードに入れてぇええええ!!!」
「ここにカード隠してるのは知ってるんだからね! 早く私達を入れなさいよ、この...!」
「ちょっ、おま!? どこ触ってんだペストてめぇ! あっ、こらラッテンまで!? 助けてヴェーザー、痴女共に襲われる!!」
「ハハッ」(他人事)
しっかり被害に遭っていたラッテンとペストが、ゲームを離脱してギフトカードに入ろうと凌太にまとわりついているのだ。
そのせいでヒッポ(レンタルヒッポカンプの名前。命名ヴェーザー)を上手く走らせることが叶わず、こうして出遅れてしまっているのである。
「くっそ! 仕方ねぇ!」
出来れば二人を脱落させたくなかった凌太だが、このままでは勝てないと判断し、二人をギフトカードの中へと避難させる。
そこでようやくスタートを切れたのだが、既にトップとの差は歴然。フェイス・レスは水路の分岐点へと入る直前だった。
「チッ、無駄な時間取られちまった! 急ぐぞヒッポ!」
『応ッ!』
雄々しく吼えるヒッポ(だが
ヒッポにバフを盛りながら、分岐点に差し掛かった凌太は迷いなくフェイス・レスと同じ道を選ぶ。他に最短で行けそうな道も直感で感じ取ってはいたのだが、どうしてもフェイス・レスと同じ道を辿って勝ちたかったのだ。
普通のヒッポカンプの三倍の速さで走るヒッポ。水路の爆速で登り、もう少しでフェイス・レスの背を捉えるかといったところで、凌太達の前を行くフェイス・レスが、断崖絶壁から
「うっそだろおい...」
鯉の滝登りなんて生易しいものではない。完全に重力やら何やらの物理法則を無視しているとしか言いようがない目の前の光景に、凌太の口から思わず声が漏れる。が、彼女の騎馬にできて自分の
「いけるか、ヒッポ」
『お任せください、我が主よ。我はヒッポカンプ、海神の馬車をも引く誇り高き神獣なれば!』
実に頼もしいヒッポの宣言を聞き入れた凌太は、満足そうに口角を上げる。
「乗れヴェーザー!」
「お、おう!」
『お二人共、しっかりお掴まりください! 全力で飛ばしていきますッ!!』
騎手とサポーターを背に乗せたヒッポは、雄々しい咆哮を轟かせ滝を登り出した(だが
絶壁から降ってくる大滝を登るのに、そう時間はかからなかった。距離こそあるものの、重力を思わせない速度で滝を駆ける二頭のヒッポカンプには関係ない。平水地と変わらない勢いで駆け上がる。
「ははっ! やっと追い付いたぜェ、顔無しィ!!」
「くっ...!」
フェイス・レスの騎馬に追い付いたことで、闘争心を露わにした凌太は獰猛な笑みを浮かべる。
驚異の追い上げに舌を巻くフェイス・レスだったが、なんとか追い越されることだけは阻止し、両馬はほぼ同時に滝を登りきった。
デッドヒートを繰り広げながら頂きへと辿り着いた凌太達を待っていたのは、まさかまさかの大海原。そして、その中央に
「チッ、先を越されてたか!」
「勝つのは私です!」
後から来た者同士、即座に果実を回収する。
これで“ノーネーム”との差は無くなったと言ってもいい。だがそれにより、三者による睨み合いが始まった。
この場に辿り着いた三つのコミュニティ、その中でも主力を誇る十六夜、フェイス・レス、そして凌太が牽制し合う。そんな均衡を破ろうと、凌太が動こうとした時───海が震えた。
「っ、まさか...この程度のゲームで動くというのですか? “枯れ木の流木”と揶揄されたあの者が...!?」
異変の原因に気付いたフェイス・レスの、彼女らしからぬ怯えを含んだ言葉。
地鳴りが始まり、そして強く。滝の下を震源としてだんだんと近付いてくるソレは、大噴火のように水柱を上げてその姿を現した。天まで届くかという水柱には、一頭の騎馬と騎手の影。先程までの地鳴りが大河と滝の流れを逆流させるものだったと知った凌太達に、今日一番の戦慄が走る。
「いやぁ、参った参った! 寝坊したらこんな時間になってもうた。無理やりねじ込ませてもろたんに、白夜王には悪いことしてもうたなぁ」
胡散臭い関西弁を話している眼帯の男の名は、蛟劉。西遊記でも名を馳せる七大妖王、蛟魔王である。
突如として現れた最後の参加者は、濡れた髪を掻き上げて凌太達を一瞥する。
「でも良かった。君らがこんなとこでトロトロしとったおかげで、簡単に追い付けたわ。此れなら、優勝も容易そうや」
絶対の自信と覇気を持って告げる蛟魔王。
その覇気に当てられたのか、凌太の体が小刻みに震える。
「は、ははっ...いいねぇ、最高だ。俺の
強者の覇気。それは
まるで神と対峙した時のような高揚感と闘争心。体の奥から溢れ出る魔力を紫電へと変換しながら、魔王は強者の登場にうち震える。
しかし、蛟劉はそんな凌太に呆れたような顔を向ける。
「あんなぁ。なに喜んどるんかは知らんけど、すぐ行動に移さんはアカンよ。おかげでこっちの準備が整ってもうたやないか」
「あん?」
馬鹿にされたと思った凌太が不機嫌そうな声を上げると、蛟劉は馬上で右腕を掲げる。すると、先程の数倍はあろうかというほど大きな地鳴りが彼らを襲い、そして次の刹那──“
「まさか...つ、津波!?」
「デカい! つーかヤバい! 逃げろお嬢様! このままじゃゲームオーバーになるぞ!」
十六夜がゲームのルールを思い出し、焦ったように叫ぶ。
禁止事項では“水中に落ちた者は落馬扱いで失格とする”と明記されていた。それが海中であっても、水中は水中。失格となってしまうのだ。
同じく窮地を知ったフェイス・レスは、一目散に滝へと向かって走りだす。そして迷うことなく、百mはあるかという高さからダイブした。
「お嬢様も続け! 他に手はない!」
「〜〜〜ッ、...ぁああああもうッ! 失敗したら、骨は拾いなさい!」
「オーケー、任された!」
必死の形相で飛鳥も山頂からダイブする。
それを見届けた十六夜は、次は己の身を守るために拳を握った。津波を殴って霧散させようというのか。やはり無茶苦茶をする問題児である。
だがそれは、取り越し苦労に終わることとなった。
「《我らが母の潮騒を聴け》」
誰一人として予期しない、不可解な光景が広がった。
「な、なんや.....?」
「こりゃあ一体...」
ピタリ、と。
全てを呑み込むはずだった大津波が、ありえない形で静止する。
まるで凍ってしまったように、宙でピタリと止まっているのだ。
余裕の笑みを浮かべていた蛟劉も、腰に力を入れ拳を振り抜こうとしていた十六夜も、失格を覚悟していたヴェーザーも、フェイス・レスや飛鳥の着地方法に唖然としていた観客も、進行役・運営側である黒ウサギや白夜叉までも。
今起こっていることへの理解が追い付いているものは、一人を除いて誰もいない。
「“
少年が、津波の上から尽くを見下ろしながらそう言った。
これこそが彼の本気。原初を司る最古の権能。
神を殺めし大罪人は、なんとも楽しそうに笑っている。