問題児? 失礼な、俺は常識人だ   作:怜哉

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雷光は天空にて斯く迸り

 

 

 

 

 

 

 今回、俺が用意できた切り札は二つ。

 雷神ぺルーンより簒奪した権能『雷で打つ者』の真骨頂──肉体の雷化。

 そして爺さんからの贈り物(ゴーサイン)──封印の解呪。

 

 しかしながら、二つ目の切り札、封印の解呪については、恐らく時間制限があると考えた方がいい。力を抑制されたままでは巨龍には対抗できないはずだと判断した爺さんからのサービスなのだろう。

 .....よくよく考えれば、この封印を俺の許可なく勝手に施したのは爺さんなので、実際にはサービスでもなんでもないのかもしれない。ただまあ、本気を出せるというのは喜ばしいことだ。

 随分と久しぶりな気がするな、本当の意味での本気(フルパワー)が出せるのは。存外、ワクワクしている俺がいる。やはり俺にも戦闘狂のきらいがあるのだろうか? ...それはそれで嫌だけど、否定はできないんだよなぁ。

 

 

 さて、まあそんな話は置いておくとして、だ。

 今やるべきことを、きっちりやらなければならない。

 

「一人目」

 

 バチッ! という音が響くよりも先に、俺の掌がアウラの頭を掴んだ。

 今の俺は雷そのもの。そんな俺の手で頭を直接掴まれれば...最悪の場合死に至る。

 声を出す暇もなく意識を失ったアウラをそこらへ投げ捨て、続いて黒髪少女の背後に移動。この場の誰かに知覚されるよりも遥かに速く、少女の背中を殴り飛ばす。

 

「二人目。これで半壊だな?」

 

 俺がそう言い終えるより少しだけ早く、気を失った黒髪少女が古城の壁を突き破った。

 俺の振るう拳は雷の一閃。自然界で発生する落雷よりも、少しだけその威力は高めとなっている。

 そんなものが背中に直撃し、身体中を電気が駆け巡ったらどうなるか。普通の人間なら無事ではいられない。心臓停止という事態に陥っても、なんら不思議ではないだろう。

 

 この少女は何らかの能力を持っていたようだが、知覚されなければ発動しない能力だったらしい。しかも直接触れてやれば、防御のしようもないというものだ。肉体そのものを強化するタイプの能力だったら話は別だったが...まあこの仮定の話こそ別だろう。今すべきことではない。

 

『チィッ!!』

 

 柱の陰からようやく姿を現した男は、みるみるうちにその姿を変質させていく。

 獣化、とでも言うのだろうか。ライオネルを使用したレオーネと似た感覚だが、アレよりも更に獣の気配が濃ゆい。...ってかアレじゃん、まんま鷲獅子じゃん、あの姿。もしかしてこっちが本当の姿だったりする?

 

『吹き飛べェ!!』

 

 そう叫び、謎の鷲獅子は咆哮(ブレス)を放つ。

 確かに大した風圧だが、この程度が俺に通用するとでも思っているのだろうか?

 

「三人目。...匹か? まあどっちでもいいけど。あとはお前だけだ、殿下」

 

 一瞬で無力化した鷲獅子の首を右手で締め上げながら、俺は殿下へと視線を向ける。

 この状況に至るまで、時間にすると約二十秒。封印の解呪がいつまで続くのかは分からないが、これならなんとかなりそうだ。ヤバくなったら逃げる。

 

「.....なるほど。強い...いや、速いな」

 

 目の前で味方全員が倒された殿下の瞳には、静かな口調とは裏腹に怒りの色が垣間見える。だが、そこには一切の焦りの感情は見られない。

 焦りよりも怒りの感情が勝ったのだろうか。そうであればやりやすいんだがなぁ。

 

 まあ、その辺りは気にしても仕方がない。先手必勝。というか、速度で勝っているのだから先手を取らない理由はない。後手必殺? 殿下に俺を目視で捉えることは不可能なのだから問題ない。...ないよね?

 一抹の不安を抱えながらも、俺は一瞬で殿下の懐へと移動する。

 

 殿下は気付いていない。やはり、さすがに雷速は知覚できていないようだ。

 少しだけ安心しながら、俺は殿下の腹を目掛けて拳を振──

 

「──捕まえたぞ」

「っ!?」

 

 そこに立っていたのは、ほぼ無傷の殿下だった。

 

 俺の拳は、確かに殿下を直撃した。雷の一閃は、間違いなく殿下の体を打ち抜いたはずだ。俺の身体は未だ雷のまま。要するに、雷そのものの直撃を受けてなお、殿下は無傷だったということ。

 そして何より俺を困惑させたのは...殿下の左手が、俺の右腕を握り潰さんが勢いで掴んでいるということだ。

 

 雷を掴むなど、自殺行為だと言う前に不可能のはずだ。

 仮に絶縁体のような体質、もしくは恩恵を持っていたとして、雷という一定の形を取らない物を掴むというのは可能だろうか? いや不可能だ。水を弾く素材を使った手袋をしたとして、流れる川の水を掴む事が出来ないことと同じである。ごく一部を掠め取れたとして、それもすぐに流れ落ちる。

 

 ...なんて、言ってる場合じゃあねぇんだわ、これ。

 

「とりあえず、これはアウラの分だ」

 

 そう言って、殿下は右手を握り締めて俺の顔面へと容赦なく叩きつける。痛い。凄く痛い。なんで痛いんだよ今の俺雷のはずじゃんなんで物理が効くんだよ意味分かんない。

 

「次はリンの分」

 

 軽く混乱している俺の胸に、続く二発目の拳が振るわれた。

 今の俺には吐く血すらも雷に変換されているために、口から紫電が放電する。意味分かんない。

 これで後方に殴り飛ばされていれば良かったのだが、殿下が俺の右腕をしっかり握り締めているため、飛ぶに飛べない。自力で逃げ出すことも先程から試しているが、中々抜け出せないでいた。なんて怪力してやがる。

 

「まだいくぞ。次はグー爺の分だ。その次は...まあ、なんでもいいか」

 

 それだけ言い残し、殿下のラッシュが炸裂する。

 一秒間に百発はくだらない。無数の拳が俺を襲う。

 

「なめっ...ん、なァ!!」

 

 俺とて、ただ殴られ続けるつもりはない。

 体を捻り、雷速の蹴りを殿下の脇腹へと叩き込む。雷のままではまた防がれる可能性もあったため、ヒットの瞬間に脚を実体化させてみれば、予想通り殿下の体はくの字に曲がって横に飛んで行った。

 その際、殿下が俺から手を離したのは本当に良かった。一緒に吹き飛ぶとかアホらしすぎる。

 

「ハァ、ハァ.....クッソ、どこも怪我はしてねぇけど...ダメージはちゃんと入ってやがんな...。雷化してなけりゃ何本の骨が逝ってたんだよ」

 

 軽く愚痴りながら、実体化させた脚を再度雷化させる。

 それと同時、壁に衝突して破壊し、その瓦礫に埋もれていた殿下がユラりと立ち上がった。

 

「ふむ。さすがに目では追えないか」

 

 ポンポン、と服に着いた埃を払い落とす殿下には、俺と違ってダメージがあるようには思えない。

 

「チッ、化け物め」

「貴様には言われたくないな、神殺し(バケモノ)

 

 同じ《魔王連合》というグループに属していても、殿下は文字通り格が違う。雷が効かない? いや、それだけならまだいい。下手をすれば、俺の攻撃は何一つ通用しないのかもしれない。単純にスペック差があるのだ。

 

 ...いや、弱気になるな。速度では完全に俺が勝ってる。ヒットアンドアウェイの戦法を取り続けていれば或いは──ッ!?

 

「考え事とは、余裕だな」

 

 不意に俺の視界がブレたかと思えば、俺の頭上から殿下の声が聞こえてくる。なんだ? 後頭部が痛いし、目の前が真っ暗だ。なるほど、地面に顔面を打ち付けてるから暗いのか。...なんで俺、地面に顔面強打してんだ?

 

 待て、理解が追いつかない。

 殿下による攻撃を受けたのは明確だ。かかと落としでも食らったのだろう。今の状況がそれを如実に表している。

 では何故、俺はその攻撃を食らった? 殿下の動きはまるで見えなかった。つまり、殿下は俺よりも速い? いや、そんなことがあってたまるか。ってことはテレポートの類か? 空間転移の使い手なのだとしたら、俺に速度でのアドバンテージはほぼ無いと思っていい。...えっ、何それヤバくない?

 

「目で追えないのはお互い様。であれば、パワーで上回る俺が優位か? まあ、木っ端な神を殺した程度で付け上がる奴に負けてやるつもりは最初(ハナ)から無いがな」

「...木っ端たぁ、言ってくれるじゃねぇかよクソガキ。アイツらと戦ったこともないくせに」

 

 しかしまあ、ぺルーンやモルペウスなら殿下でも勝てるだろう。このクソガキはそれくらいに強敵だ。ティアマトは別格だが.....ふむ。思考がズレたおかげで少しは冷静になれたな。

 

 速度では俺が勝っている。それは事実だろう。

 問題は、俺も殿下の動きを目で追えていないということ。

 確かに、俺は殿下よりも速い。だがそれは、殿下の動きを目で追えるということと同義ではないのだ。

 

「いくぞ、神殺し。死にたくなければ構えろ」

 

 またしても、殿下の姿が消える。

 相も変わらず、その動きを目で追うことはできない。だが、俺の方が速いというのであれば、いくらでも対処できる。

 

 殿下の姿を見失ったことを知覚すると、俺はすぐさま右に跳んだ。

 するとどうだろう。一瞬前まで俺がいた場所に、拳を振り切った格好の殿下の姿を確認することができる。

 

「ちっ、もう見切られたか」

 

 攻撃が当たらなかったことにより、殿下が悪態をつく。

 キョロキョロと周りを見渡し、とっさに避けた俺と目があった。

 

 やはり、目で追えなくても対処のしようはある。捉えきれなくなったら直感に頼って回避し、殿下の動きが止まったところを狙えば何の問題も──

 

「じゃあ、もう少し速度を上げるか」

 

 そんな声が聞こえてくる前に、俺は咄嗟に伏せる。首筋に悪寒が走ったのだ。

 案の定、とでも言うべきか。一瞬前まで俺の頭があった場所を、細い脚が風ごと薙ぎ払った。いわゆるカマイタチ、真空波のような現象を起こすほどの豪脚を放ったのは、もちろん殿下。なんなんだよこのガキは本当に。

 

 避けられたのは本当に偶然だが、この偶然(チャンス)を逃すわけにはいかない。予備動作無しで、雷速の右ストレートを殿下の顎目掛けて振るう。

 

「ッ...!」

 

 自画自賛できるほど綺麗に入った俺の拳は、殿下を軽く宙に浮かすことに成功した。

 

「お返しだ。これは俺の分!」

 

 一度地面から脚を離させれば、あとはずっと俺のターン。殿下が空を飛べない事を一心に祈りながら、攻撃を畳み掛ける。

 

 下からアッパー気味の拳を左右合わせて十二発。破壊された古城の天井を抜け、大空に放り出された殿下を空中で横に蹴り飛ばし、先回りしてさらに上空へ蹴り上げる。そしてまた先回りをし、かかと落としで蹴り落とした後は、更に更に先回りしてもう一度上空へと蹴り上げる。

 

 ずっとこれの繰り返しだ。地面へ脚を付かせる隙を与えず、空中戦に持ち込んでフルボッコ。

 あとは、殿下のダメージ蓄積量が限界を迎えるのを待つだけ。唯一の問題は、いつ封印が再発するのかということだけだが...。こればっかりは完全に運次第だ。

 

「グッ...ガッ...!」

 

 一発一発に殺意を込めて、常に全力の一撃をヒットさせる。先程までは余裕のあった殿下だったが、確実にダメージが入り始めている。

 俺のタイムリミットが先か、殿下の体力が尽きるのが先か。そんなデッドヒートを繰り広げていた俺の耳に、完全に予想外だった声が届いた。

 

『図に乗るなよ、小僧ォオオオ!!!』

 

 横目で声のした方をチラリと見れば、そこには黒い龍がいた。今俺たちが乗っている巨龍のようなタイプではなく、巨大な四肢を持った漆黒の西洋龍。いつぞやに対峙したファヴニール(ポチ)の小さい版、と表現するのがピッタリな龍だ。

 だが、小さいとはいえ、それはファヴニールと比べた時の話だ。ワイバーンなんかよりは全然大きいし、内包している力も桁が違う。やはり最強種は最強種、ということだろうか。

 

 そんな黒龍が、俺に向けてその大きな口を開いていた。

 口内にはみるみるうちに膨大なエネルギーが蓄積されていき──そのエネルギーを炎に変換して解き放つ。

 

「チッ!」

 

 どこからともなく現れた黒龍が放つのは、炎の咆哮(ブレス)

 今の俺に致命傷を与えられるほどの威力ではないが、無視できる威力でもない。避けるなり防ぐなり、何かしらの対処が必要だ。

 そしてそれが、決定的な隙となる。

 

「...次は俺の番だな?」

 

 魔力の壁で炎を防いだ俺の頬に、殿下の強烈な蹴りがめり込んだ。先程とは立場が逆転し、今度は俺が吹き飛ばされる。

 

 空中で踏ん張れもしないのに、一体なんでこんな威力が出るのか。星が見えたぞ。つーかもっと根本的な話で、なんで雷に物理が効くんだよ。おかしいだろ、普通に考えて。.....あ、そっか。普通じゃないのか。

 

 そんな納得出来そうで出来ない結論に至っていると、古城の城壁より外側、城下町らしき街中の大通りに着弾した。...いや、俺の場合は落雷の方が正しいか?

 

「...地面に衝突しても痛くない...。やっぱり物理は効かないよなぁ。クッソ、なんで殴れるんだよあのガキは...!」

 

 仕組みが一切分からない攻撃に対し多少考察してみるも、分かることは何も無い。精々が、雷無効のギフトでも持っているのだろうか? といった憶測だけだ。この憶測が正しかったとして、そこから勝つために必要な手段は...

 

「──...凌太?」

 

 必死に思考を巡らせていると、ふとそんな声が聞こえた。

 

「.....ああ、春日部か。久しぶりだな」

 

 声のした方へ視線を向けてみれば、そこには見覚えのある短髪のスレンダー娘の姿があった。所々汚れているものの、目立った外傷はないようだ。

 そして、そんな彼女の後ろには、他にも複数の人影がある。その中には、見覚えのあるカボチャもいた。

 

「お前は...確か“ウィル・オ・ウィスプ”の...」

「ヤホホホ! ええ、ジャックです。こうして話すのは初めてですね、“ファミリア”のリーダー」

 

 空気を読んでか読まずか、軽快に笑ってみせる大悪魔。いや表情は変わっていないんだが。

 

「凌太、どうしたの? いや、あのお爺ちゃんが収穫祭に参加してたから、凌太もくるのかなー、とは思ってたけど...。あとそれ、なんで光ってるの?」

「お前らを助けてゲームをクリアするついでに、この龍と戦いにきたんだよ。光ってんのはアレだ。俺の権能(ギフト)

「「龍と...戦う?」」

 

 権能の部分は見事にスルーし、「龍と戦う」という部分をピックアップして、馬鹿なの? という目を向けてくる春日部とカボチャのお化け。

 みんなこんな反応だな。賛同、とはちょっと違うけど、ちゃんと受け入れてくれたのは十六夜と爺さんだけか。まぁいいんだけど。

 

「それより。今すぐ逃げろ...いや、逃げるぞ、お前ら。詳細は省くが、このままだと俺らは死ぬ」

 

 殿下のいる方向を注意しながら、俺は春日部達に忠告する。

 死ぬ、は言い過ぎかもしれないが、まあ全滅はするだろう。春日部とカボチャ以外に戦える奴が何人いるのかは知らないが、パッと見たところ強い奴はいない。精々囮や盾として使えるくらい、か。まあ、それは春日部が許さないだろうから却下するとして、そうなるとただの足でまといでしかない奴が多数。

 殿下だけで手一杯なんだ。加えて、広域殲滅型の攻撃(ブレス)を持つ龍も相手にするとなると少々キツい。

 

 それに、そろそろ俺の方が時間切れだ。

 

「逃げるって...何から?」

「十六夜級の化け物から。今十六夜達がこっちに向かってるから、さっさと合流すんぞ。そうすりゃなんとかなる」

「...ヤホホ。その化け物とは、こちらに飛んできている黒龍のことですかねぇ?」

「あん?」

 

 カボチャの言葉を聞き、俺は再度古城へと注意を向ける。

 確かに、黒龍はこちらに飛んできていた。目視でも確認できているし間違いない。

 だが、殿下はどうした? あのガキ、古城から動いていやがらねぇのか? 気配を探ってみても、感知こそできるが正確な位置は掴みきれない。クソ。この巨龍の気配、ホントに邪魔だな。

 

「とにかくだ。さっさと逃げるぞ」

「でもレティシアが...」

 

 レティシアの安否を気にしてか、逃走に躊躇する春日部。

 カボチャの方にしても、逃げる気はあまり無いように見える。敵が黒龍だけだと思い込み、それなら倒せると思っているのだろうか。...立場が逆なら俺もそう判断するだろうから、何も言えねぇなぁ。

 

「レティシアは無事だよ。少なくとも死んじゃいない。さっきこの目で確認した」

「! じゃあ助けに──」

「それが無理だったから、俺が今ここにいるんだろ」

 

 未だレティシア救出に固執する春日部へ、少し語尾を強めてそう言う。春日部の主張も分かるが、足でまとい(コイツら)を守りながら殿下となんか戦っていられない。春日部に何かあれば十六夜が黙っていないだろうし、ここは逃げの一手だろう。逃げることは恥じゃない。

 

「...御二方、構えなさい。きますよ」

 

 カボチャがそう言うので見てみれば、こちらに向かってきている黒龍が大きく開口している姿が目に入る。なるほど、さっきのアレ(ファイヤ・ブレス)か。

 

「なっ──」

「なるほど。さすが“ファミリア”のリーダーが焦るだけの相手、ということですかね。アレはマズい...!」

 

 勝手に間違った解釈をし、勝手に納得したらしいカボチャの声に余裕が無くなる。カボチャ一人ならどうとでもなるのだろうが、後ろの連中を守るとなると難しいのかもしれない。

 こちらの事情など当然無視で、炎の咆哮は放たれる。

 カボチャが俺たちを庇うように前に出るが、俺はそれを押し退け前へ出た。

 

 

 悲鳴が上がる。混乱に満ちた声が、俺の後ろで舞い上がる。

 俺の行動に対するもの、自らの命、または大切な者命の危機に対するもの。大地を焼き尽くすほどの灼熱を前にして、悲鳴の種類は、主にこれらに分けられる。

 

「──うるせぇ」

 

 それら一切を一蹴するように、俺はそう呟いた。

 

 大地を焼き尽くす灼熱の炎。なるほど、そいつは恐ろしい。最強種の襲来。なるほど、そいつは絶望的だ。

 だがしかし、今ここには俺がいる。

 

「退けよ、駄龍。お前じゃ俺に勝てねぇっつうのが分かんねぇのか」

 

 大地を焼き尽くす灼熱の炎? 最強種の襲来? んなもんとっくに経験したし、越えてきた。今更恐れることはない。

 

「...これはこれは。噂に違わぬ実力者のようですねぇ、“ファミリア”のリーダー」

「うそ。アレを、防いだの...?」

 

 後方から、そんな声が聞こえてきた。

 俺が張った魔力の壁は、あの程度の炎なら完璧に防ぐ。

 俺を起点として、俺の後方には扇形の安全地帯が広がっていた。そこ以外は抉られるように焼かれており、それに恐怖する者、生き残ったことに安堵する者などの声も聞こえる。安全地帯から外れ、死んだ者はいないようだ。

 

 まあ、春日部以外の誰が生きようが死のうが興味はあまりない。俺の興味の対象は、現在殿下という化け物に固定されている。

 全ての権能(チカラ)を出し切れば、まだ勝機はあっただろう。だが、力を行使するだけのら条件が揃っていないし、何よりもう俺の方が限界だ。

 

『──なるほど。小僧を追って来てみれば、こんな場所で巡り会うとはな。コウメイの娘よ』

「退けっつってんだろうが。何を無視してやがるこのトカゲ野郎」

 

 忠告を無視したのだから、俺が手加減する理由もなくなった。いや、元々手加減なんざするつもりはなかったのだが。

 何やらこちらに知り合いがいたようだが、再会の感傷に浸る時間をやるほど俺は優しくない。というか、いつ殿下が襲ってくるのか分からないこの状況で、敵を放置する理由は本当に無い。

 人質ならぬ龍質にしてやろうか。とまあ、そのくらいだろう、この龍の利用価値は。

 もちろん、龍質など取るつもりはない。是が非でも勝たなくてはならない時以外でそんな手段を取るのは、俺の好みじゃないしな。

 

「俺お手製の対龍魔術だ。歯ァ食いしばる前にくたばりやがれ、空飛ぶトカゲ」

 

 封印が再発する前にあの龍をぶっ倒してから離脱しよう。

 そう決めた俺は、空中に直径十mは優に超えるほどの魔法陣を展開する。

 

 目には目を。歯には歯を。龍には龍を。

 対龍というものを考えた時、真っ先に思い浮かんだ答えがこれだった。ただの龍では意味がない。より確実に龍にマウントを取れる龍が必要だ。

 

「ドラゴンにはこおり。常識だよなぁ?」

 

 魔法陣の中心に、一振りの西洋剣を放り投げた。

 その剣が魔法陣に触れれば、徐々に魔法陣と融合し始め、やがて剣は虚空に消える。

 

「.....なんだ、ありゃ」

 

 名前も知らない老いた獣人が、後ろでそんなことを呟く。

 かろうじて声を発せたのはその老獣人だけ。そのほかは、今の光景に圧倒されている様子だ。

 

「終わらせろ、氷の龍王」

 

 さぁ、蹂躙の始まりだ。

 終わったら逃げるぞ。

 

 

 




できれば今月中に次話投稿したいな、とは思ってます。

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