「ようし! これにて試合終了。
残存数1対0で、砲弾学園弓道部の勝利」
「両チーム、礼」
「ありがとうございました!」
戦いが終わり、双方が明るく挨拶を終える。
ようやく弓道場から緊迫した雰囲気が抜け、肺腑に溜まったストレスを思い切り吐き出す。
「ふ~い~、いっやー、ヒドイ目にあったなあ。
ザメル、だっけ?
すんごいねーっ、デカくてそれに強くてさあ!」
興奮交じりのミカに対し、対面のホタルが、額の汗を拭って苦笑する。
「ありがとう。
ふふ、だけど、そんなにおだてられても困るわ。
マユヅキさんの最後の突撃ね。
アレ、闇雲に振ったサーベルが当たってくれなかったら、
勝負はどう転んでいたか分からなかったわ」
「そうそう、あくまでコイツは練習試合だからねえ。
単純に勝ち負けを喜んでるだけじゃあ子供の喧嘩だ。
お互いに試合の結果を反省して、明日への糧にしなきゃあな!」
両陣営の肩を叩いて、ツルギが愛嬌のある笑みを見せる。
その一言を皮切りとして、両校の間で感想戦に華が咲く。
「…………」
ただ一人、浮かない顔をしたコバヤシ・ヒロミを除いて。
「あれ? ヒロちゃん、どうかしたの?」
「え? ああ、うん、なんでもないよ」
横顔を覗き込むミカの猫目に、我に返ったヒロミが慌てて取り繕う。
そんな光景を目にしたツルギの口元に、にっ、と意地悪な笑みが浮かぶ。
「へっへ、当ててやろうか?」
「えっ?」
「コバちゃん、ウチの子がザメルを使ったのが気に入らないんだろ?」
「あっ!? いえ、そんな、けど……」
図星をさされ、動揺するヒロミの頬がたちまち朱に染まる。
「ああ、それか」
「それでありますか」
「実は小生も、すっげー気になってたんだ」
「え、なに、どう言う事?」
納得したように頷き合う三バカに対し、ただ一人、状況を理解できてないミカが辺りを見渡す。
「なんなのギンちゃん? あのでっかいタンクに何かあんの?」
「あのなあミカ。
ザメルはタンクじゃあないぞ、どう見たってMSだろ?
いや、この場合はMAになるのかな?」
「はっはっは、またまたご冗談を」
「あら?
けれどあのタンクさん、よく見たら、履帯が付いていませんよ?」
「ああ、ホバー走行だからな」
「ガンタンクではなく、どちらかと言えばドムキャノンの親戚なのであります」
「ええ……」
突如としてはま高の女子の間で降って湧いた『もしかしてザメル、タンクではない?』論争。
意を決し、ヒロミが顔を上げて疑問を吐きだす。
「ええっと、元より人型のMSとして四肢を有したザメル。
それもMAサイズにまで大型化したとなれば、最早タンクと呼べる範疇を超えています」
「うん、まあ」
「それを言われちゃうとねえ……」
真っ直ぐに疑念に対し、砲弾学園の少女たちが、困ったように互いの顔を見合わせる。
「この機体を由とするならば、タンク道と言うのは、一体、何なんでしょうか?」
「…………」
しん、と。静寂が弓道場を包み込む。
ヒロミの疑問に対し、傍らのランコは答えず、ただ正面のツルギにちらりと目配せした。
「……ヒカル、言ってやったらどうだい?」
「あ、ええと、はい」
ツルギから指名を受け、砲弾学園の女子たちの中から、ショートカットのヒカルがおずおずと顔を上げる。
「ヒロミさん、誤解させたかもしれないけれど、
これでも私たち、タンク道を軽んじているつもりは無いんだよ」
「けれど、この機体は」
「要塞や陸戦艇といった、戦術レベルの大型目標を仮想的として開発されたモビルタンク。
このYMS-16Mは、一年戦争において唯一、ヒルドルブの設計思想を現実の形にした兵器だよ、そうでしょ?」
「あ……」
淀みなく言い切ったヒカルに対し、今度はヒロミが反論に詰まる。
対照的な二人の表情を見つめ、大きな猫目がぱちくりと瞬く。
「あの、ごめん……、結局はどういう事なの?」
「つまりさぁ、何がタンクなのか? じゃなくて、何のためのタンクなのか?
そう言う話なんだよな」
今一つ要領を得ないミカに対し、したり顔でギンガが頷く。
「高い防御力と走破能力を両立し、前線を突破できる火力を届けるためにタンクは作られた。
砲も、無限軌道も、ターレットも、当時の要求を満たす最適解だったに過ぎない。
どれだけ形にこだわったところで、実戦で役に立たないような車両はタンクとは呼べない。
逆に言うなら、例え形は違えども、間違いなくザメルはタンクの後継機だって話さ」
「お、おう……。
どしたのギンちゃん? まるでバカじゃないみたいじゃないか?」
「いやいやいやいや、交流戦だぜ、部長だぜ小生は。
たまにはカッコつけさせてくれよ」
「なんのための、タンクか……」
目の前で深く考え込み始めたヒロミに対し、ヒカルが慌てて両手を振るう。
「と、ご、ごめんなさい、あんまり深く考え込まないでね。
偉そうな事を言っちゃったけど、私たちだってタンク道は、まだまだ模索中なんだからさ」
教え子たちが出した回答に対し、うんうんと満足そうにツルギが頷く。
「まっ、そういうこったね。
元々はただの言葉に過ぎなかったタンク道。
その頂点を極めるのには、色んなルートがあったって構わないハズさ」
「こだわりを捨てて得られる可能性があるならば、こだわり続ける事で磨かれる物もある筈よ。
大事なのは自分にとってのベスト、揺るぎない価値観を見出す事ね」
「揺るぎない価値観……、む? むむむ???」
タンク道の先輩たちの言葉の意味をどこまで理解できたのか。
ミカは腕を組んで瞑目し、しばし唸るように首を傾げていたが、その内「よし」と拳を叩いた。
「みんな! もう一戦、もう一戦やろうよ!」
「え!?」「ミカさん?」
「ヒュウ、タフだねえルーキー」
リュウザキ・ツルギの冷やかしの口笛に対し、照れたようにミカが頭を掻く。
「あたし、あんまり難しい事を考えるの得意じゃないからさ。
それに自分にとって何がベストかなんて、とにかく動かしてみなけりゃ分からないよね?」
「ええ、そうだね。
そういう事なら、何度だってお相手するわよ」
「ふふ、それじゃあミカさん、次も頑張りましょう」
「タンク道は対MA道でもあるんだから、負けっぱなしで帰るワケにもいかないよね」
「ようし、代われミカ! 今度は小生が敵を討つぞぉ!」
「はいはい、御大将は後ろで私たちと応援な」
「さすがに61式であのザメルは抜けないのであります」
ミカの一言を契機に、再び両チームが動き始めた。
互いのベースに機体を据え、再戦の時を臨む。
だが――。
『 Field change 』
「ふぇ? う、うわわわわわっ!?」
「あらぁ、ドルブさんが浮いちゃいますねえ?」
「う、宇宙空間?」
「コ、コーチ!? これは一体?」
不意にフィールドが宇宙空間へと切り替わり、双方自慢のタンクたちがふわりと浮き上がった。
狼狽する生徒たちを尻目に、困ったようにツルギが笑う。
「あ……、いっや~、悪い悪い。
ステージの設定ランダムにしたままだったわ、てへぺろ」
「……あんた、傍から見てると本当に嫌な奴よね。
二度とあんたとはタンクに乗らないわ」
かつての相方の愛嬌たっぷりの横顔に溜息を吐いて、ランコが改めてフィールドを見渡す。
「と、とにかく、大会本番では地上戦をやらせてくれなんて懇願するわけにもいかないわ。
タンク乗りとっては宙域戦闘の克服も一つの課題なんだから、
あんたたち、取りあえず無茶であれ何であれ、そこで機体を動かしてみなさい」
「そ、そんな~?
いくらなんでも、虎に宇宙遊泳は無理だよ」
「諦めちゃだめだよ、ミカ。
ラゴゥもガンタンクも形式上はモビルスーツ。
四肢があるなら、存分にアンバックを生かせる筈だよ!」
「ええと、モビルタンクさんは……、どうなんでしょうか?」
「……ド、ドンマイ?」
「ホタル! モモ! 向こうはだいぶ混乱してるわ。
今の内にこちらから先せ、あわ!? わわっ!?」
「いやあ、普通に無理でしょ。
この子ったらナリこそMAだけど、なんだかんだでタンクの直系だもの」
「うーん、本番までにスラスターの増設も考えなきゃねー」
「ええい見ちゃおれん!
代われミカ、小生が出るぞ!」
「はいはい御大将、アメちゃんやるから大人しくしてなって」
「宇宙で61式戦車に出来る事なんて、何も無いのであります」
きゃいのきゃいのと姦しい声が、休日の弓道場を震わせていた。
記念すべきタンク道の女子会は、こうしてコメディで幕を下ろすようであった。
・
・
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日が沈む。
オレンジに染まる東京湾を臨み、一台のファミリーワゴンが軽快に湾岸線を走り抜けて行く。
「ふ~い~、まったく、最後はえらい目にあったなあ」
「あっはは、先に宙域戦闘の準備もしてくるべきだったよね」
ぐでん、と思い切り右肩に体重を預けてきたミカに対し、ヒロミが力なく笑い返す。
「ねえ先生、本番で宇宙ステージになったらさ、私たちどうやって戦えばいいの?」
「はあ? 近頃の子は根性が無いわねえ」
サングラス越しに夕焼けの高速を見つめながら、さしたる風もなくランコがハンドルを切る。
「どうやってって、そりゃあ、普通に戦うのよ。
V作戦の寵児たるガンタンクは、元より宙域戦闘を視野に入れたタンクなんだからね」
「まったまたー、嘘だよそんなの」
「十年前の東日本大会で、先生たちのチームはザクレロを撃破して決勝に進出したんだよ」
「え! マジで!?」
「と言うか、ザクレロで準決まで勝ち上がって来た相手もハンパないな」
「あら、ガチのザクレロは強いわよ?
火力、装甲、機動性――。
MAとして無駄な機能が何一つない。
しかもアイツら、ただのスピード狂のビグロ乗りと違って、
必ず機体のどこかにビックリドッキリメカを仕込んでくるんだから」
「ふええ、ガンプラバトルの世界は広いんだなあ……」
ほう、と呆けたようにミカが溜息をこぼす。
話題の種が吐き、しばし、車内に静けさが満ちる。
「…………」
「…………」
「……ねえ、ミカ」
「うん? なあにヒロちゃん?」
「昼間の戦闘、砲弾学園の人たちの作ったザメル、凄かったよね」
ぽつり、とヒロミのこぼした一言に、たちまちミカが身を乗り出して食いついてきた。
「うん、そう、アレね!
あたし、すっごいビックリしちゃったよ。
あ~んなでっかいタンクさあ、あたし、ああ、ガンプラは自由なんだって初めて思ったよ」
「私も。
だからさ、私たちもタンク道、いろいろ見つめ直してみた方が良いのかな、って……」
ぽつり、ぽつりと、傍らのミカに話かけながら、ヒロミが自身の中の心境を整理していく。
車両の大型化。
それ自体はヒロミも幾度となく考えてきた事である。
粒子変容技術の発達した現在のガンプラバトル。
単純な機動力では、どうしてもタンクはMSに対して遅れをとる。
当たらなければどうと言う事は無い、などと言える時代では無くなってしまった。
機体の大型化による、火力、装甲、馬力の強化。
タンクの特色を生かすと言う意味では、間違いなく有効な選択肢の一つであろう。
ただし機体重量の増大は、タンクの難点である走破能力に直接響く。
事実、設計段階で恐竜化を続けたヒルドルブは、まともに動かせる戦場が限定される事を理由に、とうとう量産化が見送られてしまったのである。
ヒロミの思考が堂々巡りを続けてきた理由もそこにあった。
それが今日、タンク道の先輩である砲弾学園は、あっさりとハードルを飛び越えていった。
重量問題の起点である無限軌道を捨て、ホバー走行のザメルを採用する事によって。
今や過去の栄光となったタンク道の復興のためには、あれくらい思い切りの良い改革が必要なのではないか?
「う~ん、どうだろ?
何て言うか、変わり過ぎるのも少し怖いかなあ?」
訥々と心境を吐露したヒロミに対し、隣のミカはあまり気乗りしないように一つ唸った。
「怖い?」
「うん、ほら、フィーリングだよフィーリング。
あたし、クローラーでガッ! って大地を掴む感覚が好きだから。
試合で勝つためにホバーに変えて、それでバトルを楽しめなくなったら嫌かなあ?」
「あ、うん」
すとん、とミカの言葉が素直に腑に落ちた。
砲弾学園の機体に驚くあまり、少しばかり気の急いていた自分に気が付く。
「へへ、それに今から同じ事やっても、砲学の二番煎じだしね。
せっかく大洗でタンク道やるんだからさ、向こうとは違うカラーを出して行きたいよね」
「そっか、ガンプラは自由って、そう言う事だもんね」
ミカの言葉を素直に受け入れる。
確かに試合に出る以上、勝利を目指して最善を尽くすべきであろう。
けれど、タンク道は『道』だから、勝つための術を求めるだけでは寂しすぎる。
初めてミカのタンクに乗った時、他ならぬヒロミ自身が教えた言葉である。
「けれど私、今日の試合をして、
ミカさんの操縦するタンクに乗ってみたいなあ、って思いました」
「あ! あたしもそれ思った。
トモちゃんにキャノンを預けちゃえば、すっごい楽そうだしね」
トモエとミカの会話に耳を傾けながら、静かに心の中で肯定する。
操縦技術に秀でたミカにクローラーを任せ、トモエには索敵と射撃に専念させる。
この取り合わせは、数の上での不利を覆すだけのメリットを孕んでいる。
機体の大型化はさておくとして、一考の余地がある筈だ。
「ふふ、随分と悩んでいるようね。
良いわよ、いろいろ悩んで試行錯誤してこそのガンプラバトルだからね」
ルームミラー越しに教え子たちの姿を見つめ、クスリとランコが笑みを見せる。
「ねえ先生。
またいつか砲学と試合を組んでもらえない?」
「構わないけど、まあ、予定は当分先になるわよ。
西東京予選は茨城より二週間ほど早いから、向こうは当分、最終調整に専念するでしょうね」
「そっか……」
「まあ、別に焦る必要なんかないんじゃない?
お互い全国まで駒を進めれば、嫌でも顔を合わせる事になるんだから」
「えっ!? ぜ、全国!」
さらりと飛び出た爆弾発言に、たちまち部員たちが狼狽する。
そんな当然の反応に対して、ランコはいかにも不服そうに溜息を吐いた。
「……なによその反応?
やるからには勝利を目指すのは当然でしょう?」
「いや、そりゃあそうだろうけど、ウチみたいな新参が……?」
「さて、そこの所、コバヤシさんはどう考えているのかしら?」
ランコから話を振られ、やや躊躇いがちにヒロミが口を開いた。
「え、ええと、確かに私たち素人集団が優勝を目指すって言うのは至難の道ですけれど。
でも、決してまったくのノーチャンスではないのかな、って思っています。
茨城県下は決定的な強豪高も存在しませんから、戦略と、運と、ノリとその場の勢いを味方に付けられたなら……」
「その場の勢い、か。
ふふ、どこぞのいけ好かないタンク乗りみたいな言い草ね」
「そっか、けど、ヒロちゃんがそんな風に考えているなら」
「やってみましょうか、私たちのタンク道で」
「うん!」
力強くミカ頷き、そして、周りの少女たちも頷きあう。
「ようし! 行くぞォ、はま高タンク道部!
茨城県大会制覇目指して、パンツァー、フォーだッ!」
「「「「 オオー!」」」」
ミカの音頭に合わせ、狭い車内に部員たち四名の雄叫びが響き渡る。
「……ん、四人?」
「どったのギンちゃん、ノリ悪いなあ?」
いじけたように頬を膨らませ、ミカがちらりと後部座席に視線を向ける。
だがこの時、ヨロズヤ・ギンガは修羅場にあった。
蒼白な顔面を小刻みに震わせ、今にも泣き出しそうな瞳で縮こまっていた。
「……酔った」
「酔った、て……」
「ダメかも」
「ダメかも、って、えっ?」
「うわあああ! 部長! 気をしっかり持つのであります!?」
「だから宇宙ステージではしゃぐなとあれほどッ!!」
突然の部長のカミウングアウトに事態が急変する。
狭い車内がたちまち修羅場へと変貌する。
「ちょ、ちょいタンマ! レンタカーよッ!?
とにかくすぐにどっかで停車すっから、気合で持ち堪えなさいッ!」
「大丈夫ですよぉ、部長さん。
次のインター・チェンジまで、あと……、ほら、たったの13kmですよ」
「ふぇええぇぇ……」
「泣かないでギンちゃん、バナナ食べる?」
「やめて……、マジやめて……」
「冷やかしはマジ厳禁であります!?
爽やかな高原の風が吹くようなガンダムシリーズの話でもするのであります!」
「あったよ! エチケット袋が!」
「でかした!」
「ああもう! とにかく窓ッ! 窓開けなさいッ!
I.Cまでカッ飛ばしていくからね!」
「うっひょおおぉぉぉ――――ッ!!」
「バカツキ! 身を乗り出すなあッ!!」
「ダメ、デコちゃ、加速、メ……」
「部長ォ――――――――――――――ッッ!!!!」
怒号が飛び、悲鳴が轟き、阿鼻叫喚の世界が広がる!
それは正しく、はまぐり高校タンク道部の戦いを象徴するかのような、波乱の幕開けであった。