強烈な、風と雪だけの世界があった。
ゲートをくぐると同時に、叩き付けるような猛吹雪がラゴゥ目掛けて襲ってきた。
パッ、と灯したライトの先には、底深い暗闇の黒と、モニターに吹き付ける白のコントラスト。
ずもも、と言う深雪を踏み締める心地よい感触が、スフィアごしにミカの掌に伝わる。
「ヒロちゃん、トモちゃん、どこー!」
きょろきょろと心細くもラゴゥの頭部を振るう。
ほどなく、同様にちらちらとライトを振る僚機を視界に収め、ようやくミカが胸を撫で下ろす。
「ひっどい天気だな―。
これじゃあ、まるでプラウダ戦だよ」
「雪原じゃなくて雪山だから、ロケーション的には08小隊、かな?」
「八甲田山。
極限状態に陥ったカンダ大尉の鬼気迫る名演を思い出します」
「や、やめてよ……」
碌でもないトモエの言葉に若干引きつつ、気を取り直したヒロミがレーダーに視点を落とす。
「ヒロちゃん、何か分かるの?」
「量産型ガンタンクはガンタンクの問題点をフィードバックした機体だから、
長大なキャノン砲の射程を活かすために、索敵・管制能力が向上しているんだけど……。
ううん、やっぱりこの天候だから、相手側に動きが無ければ、何にも分からないね」
「冬営の準備が必要でしょうか?」
「はは、その前にタイムオーバーになっちゃうよ」
「つまり、相手に動きがあれば良いのか……」
ヒロミの言葉に、ふぅむ、とミカが鼻を鳴らす。
その内に、少女の頬、にっ、と人懐っこい笑みが浮かんだ。
「ね、ね、知ってるヒロちゃん?
アルプスの厳寒部ではさ、雪解けにダイナマイトを使ってわざと雪崩を起こすんだってさ」
「ああ、何かで聞いた事があるね。
事前に住民を避難させて、崩れそうな場所を先に……、えっ?」
「まあ、ミカさんったら過激ですねえ」
砲撃と、それに伴う雪崩によるあぶり出し作戦。
へへ、と得意げに鼻を擦るミカに対し、ヒロミは一つ頷いて顔を上げた。
「……うん、無鉄砲だけど案外面白いかもしれないね、それ。
タンクの射程距離なら雪崩に巻き込まれる心配も無いだろうし」
「タンク道の復活祭ですから、それくらい大胆になっても宜しいかもしれませんね」
「うん、やりましょう。
それじゃあトモエさんは二時方向、ミカは十時方向に砲塔を扇状に展開して下さい」
「了解です」
「十時……? あ、要はトモちゃんと逆向きか」
ヒロミの指示を受け、各車両がゆっくりとターレットを廻して配置に付く。
「――それでは各車、砲撃を開始して下さい」
「はい。
えーぴーでぃーえす弾、発射いたします」
「たーまやーっ!」
砲撃の合図と同時に、少女たちが一斉にトリガーを引いた。
ドン、ドン、ドン、ドン、と轟音が四つ、たちどころに荒天の大気を震わせる。
「うん?」
「四つ?」
扇状に広がって飛んで行く三つの弾丸に対し、入れ違うように高速の熱源が飛来する。
「……もしかして」
「あちらのキャノンさんも、同じ事を考えていらしたんでしょうか?」
――ドワッ!!
雪柱が四つ、戦場のそこかしこで一斉に舞い上がった!
はま高チーム後方の山間でも爆音が轟き、たちまちズモモと大地が鳴動を始める。
瀑布のごとき雪山が舐めるように大地を滑り、巨大な質量と化してタンクたちを襲う。
「あわわわ! 退却ッ! 退却です!!
各自、すぐに近場の高台に避難して下さい」
「い、急いでトモちゃん! なにやってんのさ!?」
「いえ」
が、どうした事であろうか?
迫り来る雪崩の猛威に対し、トモエはヒルドルブは逃げようともせず、ゆっくりとターレットを回しながら砲塔の射角を再調整しているでは無いか?
「今の反撃でジムキャノンさんのおおよその位置は分かりましたので。
次は付近の高台を砲撃してみます」
「ちょ、ちょちょっ!? そんな場合じゃないって!!」
「その、私の運転では、どの道、この雪崩からは逃げられそうにありませんから」
「諦めないでー!」
「ううん、待って! ミカ!」
動揺するミカを制止ながら、ごくり、とヒロミが固唾を呑む。
フィールドの大半が数瞬で雪に埋もれようかというこの状況で、敵陣から砲撃か飛んでくるなどと想定できるファイターが、果たして学生大会にどれだけ居ることであろうか?
ましてや、今なら敵を叩ける、などと。
確かにトモエが言う通り、麓に陣取っていたヒルドルブは位置が悪かった。
操縦手がトモエで無くとも、退避は困難だったに違いない。
けれども事、ここに至れば、却ってヒルドルブの重量が活きてくる。
ガンプラの神様は時に、蛮勇を愛する。
あのトモエの落ち着き様ならば、変に足掻くよりも命を拾う可能性があるかもしれない。
「次弾、発射いたしますね」
そんなヒロミの胸中を知る由もなく、トモエは飄々と落ち着いた口調で、再びスドン! と敵陣目掛けて30サンチ砲を撃ち込んだ。
巨弾は美しい放物線を描き、違う事無く砲撃点間近の高台へと吸い込まれていく。
「な、なんだとォッ!?」
――ドワォッ!!
次弾、命中。
痛烈な徹甲弾が、ジムキャノンの足元を撃ち砕いた。
右膝が岩盤ごと千切れ飛び、バランスを崩したジムが鎌田行進曲の如く雪原に転げ落ちる。
「な、なんて奴だッ!?
誰もが迫り来る雪崩に翻弄されるこの状況下で、
虎視眈々と砲撃のタイミングを計っていやがったと言うのかッッ!!」
パイロットのタジマが咄嗟に叫んだ。
突然の砲撃に驚愕する一般兵の心境を、丁寧かつ臨場感たっぷりと叫びあげる。
それはまさしく、今年のジムデミー賞最有力候補と謳われる男の会心のアドリブであった。
だが結果的には、その本能レベルの職業病が明暗を分けた。
タジマが叫んでいる間に、雪崩の暴力は眼前まで迫っていた。
「くっううォおぉォ!?
天は、我々を見放したかあああああああァァ――――ッッ!!」
巨大な雪の質量がキャノンの白い機体を飲み込み、一息に谷底へと押し流していく。
必死にブースターを噴かして脱出を図るも焼け石に水。
絶叫が、底ぐらい闇の底へと消える。
ここに至り、咄嗟に往年のキタオウジの名台詞か出て来たことだけが僅かな奇跡であった。
「ジムキャノンさん、撃破しました」
にこり、とトモエが静かに笑った。
同時にヒルドルブもまた荒れ狂う白雪の中へと消える。
「トモちゃんッ!」
咄嗟にミカが僚友の名を呼んだ。
だが既に、他人の安否に気を回している余裕はない。
迫り来る自然の猛威を前に、必死に履帯を回して僅かでも高みを目指す。
やがて、氷点下の暴力が戦場を飲み込み、全てを白く、白く、なお白く……。
・
・
・
いつしか、雪はすっかりと止んでいた。
静寂と、白と黒のコントラストだけが、無人の世界を包み込んでいた。
どれほどの時間が流れた事か。
やがてのっぺりとした雪原の一部がズモッ、と盛り上がり、機械仕掛けの虎が顔を見せた。
「ふいーっ、ひどい目にあった」
ズモモ、と雪塊を踏み締め、ラゴゥの全身が露わとなる。
ほどなく、同様に雪を掻き分けながら、傍らの高みにヒロミの駆るガンタンクが姿を現した。
「ふ、ふうっ、大きすぎる無限軌道っていうのも、時には役に立つものだね……」
「ヒロちゃん、無事だったんだ!」
「な、何とか、けど、トモエさんが……」
言いながら、手元のレーダーに視線を落とす。
だが、周囲に熱源を見つける事が出来ない。
完全に雪に埋もれてしまったのか、あるいは、もう――。
「――! ヒロちゃん、アレ!」
ミカの呼び声に顔を上げ、画面の照準をズームさせる。
雪崩の勢いに押し流され、今やすっかり彼方になってしまった山脈の麓。
真っ白に塗り潰された雪原に、垂直に突き立つ砲塔が咲いていた。
ちょこんと除いた鋼鉄の旗指物に、雪塗れの黄色い布切れが揺れていた。
「幸福の黄色いハンカチ!」
「すいません、完全に埋もれてしまいました」
「トモちゃんのヒルドルブだ」
間延びした困り声の通信を受け、ほっ、と二人が胸を撫で下ろす。
「はうぅ、身動きが取れませんよぅ……」
「あ、うん、落ち着いてトモエさん。
ヒルドルブには掘削用のアーム・ユニットが付いてるから。
それと二本のマニュピレーターを使って、少しずつ雪を掻き出してください」
「まあ、雪かきですね、かしこまりました」
ヒロミの言葉を受け、やがて地の底から、少しずつモーターの駆動音が響き始めた。
僚機の状態を確認し、再びヒロミが索敵作業に移る。
「ミカ、私たちは周囲の警戒。
トモエさんが復帰するのを待って攻勢に移りま……、あっ!?」
「どうしたのヒロちゃん!」
「山脈の裏側! 熱源反応アリです!」
突如として浮き上がった反応に対し、ヒロミがはっ、と顔を上げる。
果たして山脈の向こう側では、ヒルドルブ同様、雪に埋もれた一台のジムが復帰作業を行っている所であった。
「やれやれ、よもや独り身の拙僧が温泉作りの真似事などをする羽目になろうとはな」
ぽつぽつと独り言をこぼしながら、ジムストライカーの坊主が得物を振るう。
かざした長柄の先に三又のビームが生え、たちまち周囲の雪が溶解していく。
「タジマ、安らかに眠れ、敵は取ろうぞ」
静かに、しかし確かな決意を込めてササハラが呟く。
沸き立つ水蒸気の壁の中で、逞しき格闘機の肉体が、徐々に熱を帯びていく。
「ビームサーベル……! 不味い、復帰が早いよ。
このままじゃ孤立したヒルドルブがやられてしまう!」
「さァせるかあァ――――ッ!!」
ヒロミの悲痛な通信を耳にして、弾かれたようにミカが動き出していた。
猛烈な回転で雪を噴き上げ、怒涛のラゴゥが速度に乗る。
「ま、待ってミカ!
近接型のストライカー相手に一騎打ちは……」
「トモちゃんとの間に割って入るだけだから!
ヒロちゃんは後方から援護してッ」
言うが早いか、たちまち虎が雪煙の彼方へと消えていく。
ミカの言葉に一つ頷き、ヒロミが手にしたスフィアに力を籠める。
「確かに今は、ミカの判断が正解だよね」
緩やかに足元を確認しながら機体を進め、射程圏に機体を捉える。
山脈の向こう側の見えざる標的に向け、ゆっくりと砲身が競り上がっていく。
「砲撃、開始しまっ……、あぅッ!?」
パン!
不意に後方で一つ、銃声が上がった。
驚き振り向いた視界の先で、弾け飛んだ履帯が中空に踊る。
「まさか、シムスナイパー、キャアッ!?」
右の履帯を失い、否応なく機体が傾き、ガンタンクが雪原に横倒しとなる。
敵機の沈黙を確認し、彼方の深い雪の中から、ホワイトディンゴの狙撃手が姿を現した。
「へっ、へへ、こいつァラッキー!
雪崩に巻き込まれた時はどうなる事かと思ったが、
まさかここまでうまい具合に、タンクの懐まで運んでくれるとはなァ」
「くっ、このォ!」
「……っと!」
苦し紛れに放たれた右手のポップガンを、手にしたシールドで難なく受け止める。
自然、パイロットのリーゼントの口元に笑みが浮かぶ。
「へ、へへ……、残念だが今はテメエと遊んでいる暇はねえ。
しばらくそこで這いつくばってな!」
「ま、待って!?」
言うが早いか、バーニアを噴かしてスナイパーが宙へと飛んだ。
視界から消える敵の姿を、ヒロミはただじっ、と見送る他なかった。
・
・
・
「こんのおおおおぉっ!!」
後方でヒロミとヤザワの戦闘が行われている頃。
加速するラゴゥを駆るミカもまた、戦闘態勢へと移行していた。
陸戦強襲型譲りの220mm滑空砲を撃ち、捨てる。
56連装のロケットランチャーを、範囲攻撃用のMLRSを惜しみなく夜空に撃ち放っては投げ捨てていく。
そして、捨てた分だけ機体は更に軽くなり、敵の懐に一直線に加速する。
「くうっ、流石に虎の牙は苛烈ではあるなッ」
太い岩肌を盾にしながら、ドワオズワオと降り注ぐ火力の雨霰をストライカーが凌ぐ。
凄まじい弾丸飛雨の中、不意に僚機からの通信が響く。
「――ライデン、ガンタンクを殺ったぞ、そっちはどんなだ?」
「ヤザワか、聞こえる通り当方は鉄火場の只中よ」
「しんどそうだな、後ろから挟み撃ちにするか?」
「否、距離が離れすぎている。
むしろ拙僧が虎を引き付けている隙に、身動きの取れぬ狼の始末を頼む」
「へっ、了解だ」
短く通信を切り、再び戦場と向かい合う。
火箭が衰え、戦場がやや落ち着きを取り戻した一瞬を見て岩陰から一息に飛び出す。
「猛き虎よ! 止まる時の事は考えていたかッ!?」
一声叫び、一直線にバーニアを噴かす。
瞬く間に距離が縮まり、のっぺりとしたジムのカメラアイがラゴゥの至近へと迫る。
「んいいッ!?」
本能的にミカが動いた。
機体を横滑りさせて足元の雪を蹴り上げながら、強引にストライカーの右手を抜ける。
「ウヌッ」
真っ白に埋まる視界の先で、擦り抜けざま、ストライカーが遮二無二大槍を振るった。
十文字の穂先がシールドを掠め、瞬間、バジン! と周囲に閃光が弾ける。
「うおっちゃあっ!?
あっぶな! さすがガチな方のジム。
あの重装甲でよく走るなあ」
「……成程、両脇の大盾はビームコーティング仕込みと来たか。
この虎退治、少々骨が折れそうだ」
ファースト・コンタクトが終わる。
車体を大きく旋回させたラゴゥの前に、再び僧兵仕込みの槍先が迫る。
「けど、真正面の相手くらいはァ!」
「ヌ、うおっ?」
十二分に引き付けた所で、ラゴゥの火砲が一斉に火を噴いた。
両サイド、計四連装のガトリング・シールド。
そして上部二連のポップガン。
過剰すぎる弾幕が雪を跳ね上げ、ストライカーの追い足を絡め取る。
「うりゃうりゃうりゃりゃりゃ~っ!!」
「ふふ、良いだろう、虎よ、存分に撃て。
うぬは未だ、数打を帯びる兵の恐ろしさを知るまい」
ガギャギャギャギャギャギャン! と、回転する鉄の砲塔が軋みを上げる。
脚を止めたストライカー目掛け、情け容赦の無い銃弾が浴びせられる。
ようやく始まった本格的な交戦に、観客席から声援が飛ぶ。
「ようし! イケるぞミカッ!
その調子でジム野郎をスクラップに変えちまえッ」
「いや……、これはイカン。
ミカの奴、坊主の策略にまんまと乗せられているぞ」
「策略でありますか?
かおりん、それは一体どう言う意味でありますか?」
常ならぬ相方の同様に、傍らのマイが首を傾げる。
イイツカ・カオリの前髪の横を、つ、と一筋の汗がつたい落ちる。
「アレは、あの構えはエレガント装甲!
銃撃を仕掛けているのではない。
今のミカは敵の誘いにかかり、不用意に銃弾を消費しているだけだ!」
「エレガント装甲!?」
「知っているのかかおりんッ!?」
驚きの声を上げる同僚に対し、こくん、と一つカオリが頷く。
「ACのエースパイロットたちが用いる、伝統的な防御法の総称だ。
Wの劇中ではやられ役の印象が強い量産機リーオーだが、その潜在的なスペックは非常に高い。
回避にこだわらず防御姿勢を堅持して、遮蔽物も利用しながら関節部への被弾を防ぐ。
更にバズーカやドーバーガンと言った火砲持ちを優先的に仕留め、危険な一撃必殺を避ける。
そう言った基本戦法を高い次元でこなす事により、リーオーの生存率は驚異的に高まり、
上位のMD相手にも互角以上の戦いを挑む事が出来ると言われている」
「な、なるほど、それはむせるな……」
「けど、そんな格好良いリーオー、アニメ本編では見た事ないのであります」
「そうだろうとも。
W~Xと言えば、未だ製作サイドから地獄と語られやまないTVシリーズ。
微に入り細を穿つような設定を再現する余裕がある筈も無く、ただ視聴者の目には、
トレーズ閣下が乗り込んだ途端、棒立ちのリーオーが頑丈になったようにしか見えなかった。
ゆえにこそエレガント装甲ッ!」
「し、しかしどう言う事なんだ?
なんでジム道の探究者が、敵と言うべきACの技を使いこなしてやがるんだ?」
「うむ。
リーオー道と言えばフラッグファイターと並び称されるアナザー量産機の一大派閥。
ジム道との交流戦もさかんに行われていると聞く。
おそらくあの坊主、戦いの中で自分の機体向きの技術を盗んだのだろう」
「そうか、確かにエレガント装甲は、重装備のジムストライカーと相性抜群ッ!!」
「かおりん、やけに詳しいでありますね?」
「ああ、実は西東京のネッ友にその筋のカリスマがいてな……。
しかし、まさかこんなトリビアがここで役に立とうとはな」
ごくり、とカオリが固唾を呑んでモニターを見つめる。
果たして少女の指摘の通り、戦場は新たな局面を迎えつつあった。
「ふっ、見かけは派手だが射撃は雑だな!
その機関砲、はや弾切れであろうッ!」
「おわっちょッ!」
不意に飛びかかって来たストライカーに対し、慌てたラゴゥガポップガンを掃射する。
我武者羅な銃弾は敵機の足元で跳ね、必殺の斬撃がつんのめる形で空を切る。
「ひゅう、あっぶなあぶな」
「ホウ、未熟な射撃に対し、やはり走行には自身あると見え……」
……いや。
ササハラの脳裏に、不意に疑念が走った。
何故、獣の四足を使わない?
ラゴゥの四本の脚は、こう言った悪路でこそ真価を発揮する筈だ。
如何に履帯捌きに自信ありと言えども、この深い積雪ではいつか、不測の事態が必ず起こる。
そして近接戦闘においては、その一瞬の操縦ミスが命取りになると言うのに。
「……読めたぞッ!!
そのタンク、両脇の機関砲を固定した為に、伏せ以外の態勢が取れぬのかッ!?」
「ゲッ!? バレた!!」
「未熟者めがッ そう言う事なら容赦はせぬぞ!」
言うが早いか、ストライカーが爆裂した。
傷ついた追加装甲を瞬時にパージし、一足飛びに距離を詰める。
「欲張り者めがッ 往生せいッ!」
「だ、だったら消毒だァ!」
「……! なんと!?」
必殺の間合いに踏み込もうとした刹那、虎ががばりと大口を開けた。
たちまちオレンジの炎がササハラの視界を埋め尽くし、思わず追い足が止まる。
「な、なんじゃあ!?
と、虎が火を噴きやがったッ!? 虎戦車かよッ!
ミカの奴、何おかしな改造してんだよ!!」
「あ! アレ、自分が手を付けた所であります。
大尉がどうしても火炎放射器を積むと言って聞かなかったので、
やむなくお腹に仕込んだのであります」
「やっぱミカはすげえよ」
「ヒャッハー!
そうりゃそりゃそりゃ消毒パーティだァッ!」
三バカが驚き呆れるその間にも、調子に乗ったミカがスフィアを振るう。
たちまち虎が火を噴きながらスピンを始め、純白の雪原を赤一色に塗り替えていく。
本来、陸戦強襲型ガンタンクの火炎放射器は拠点攻撃用である。
MSの装甲を歪めるほどの火力は無い。
だが、噴き上がる炎と蒸気は視界を歪め、蕩けた地面は容赦なくぬかるみ、温度の上昇は熱探知を困難とする。
嫌がらせとしては覿面に効果的であった。
「小癪な虎め。
それで拙僧の追撃を凌いだつもりか」
短く吐き捨て、ストライカーがゆるりと動きを止めた。
どれ程に迷彩を施した所で、20m級のMS同士の白兵戦である。
五感を研ぎ澄まして集中すれば、気配を掴めぬ道理はない。
轟轟と燃え盛る炎の中、ササハラはガギョン、と言う金属音を耳にした。
同時に眼前の業火の中に、ゆらり、と揺れ動く獣の影を見た。
「そこだァ! 仕留めたぞ! 虎よ!」
「その股ぐらにアーミーナイフゥッ!!」
「な……ッ!?」
バーニアを噴かし、一直線に飛びかかろうとした瞬間、不意に火炎が割れ、猛烈な勢いでラゴゥが飛びかかって来た。
宙に飛んだストライカーの股関節目掛け、額に突き立つ一本角が赤熱火する。
(しまった……!
炎の迷彩は逃走の為ではなく、不要になった機関砲を密かにパージする為……)
――ブッピガン!
凄い音が鳴った!
額のナイフはスカートアーマーの下を抜け、ストライカーの金的を豪快に貫いた。
「ギャアアアアアアア!?」
会場中で、臆病な男子ビルダーが一斉に悲鳴を上げた。
だが勝負はガンプラバトル。
例え男性のシンボルが傷ついたとしても、戦いはそこで決したりはしない。
「不覚ゥ! だが、上体はまだ動くッ」
迷わずササハラが動いた。
両手の槍を中空でパシリと持ち替え、下になった虎の素っ首目掛けて切っ先を合わせる。
「ラゴゥ、ちんちんッ!」
「うおっ!?」
だが、ここでも一手、ミカの方が素早い反応を見せた。
ストライカーを頭部に突き上げたまま、ラゴゥが勢い良く棹立ちとなり、そのまま後方に美しいアーチを描く。
「ウ、ウオオオオオ!?」
ドゥッと雪柱が舞い上がり、ストライカーの巨体が雪原に沈む。
たちまち会場に歓声が沸き返る。
「バックドロップ! バックドロップであります!
これはミート君も納得の、この上なく美しいフェイバリットでありますッ」
「……って、バカかよミカァ! タンク道だぞ!?
ジムにプロレス仕掛けるタンクがどこに居るよッ!?」
「いや、流石はティーガー、見事なジャーマンだ」
「上手いこと言うなよかおりん!?
っていうかソレ、出来れば小生が言いたかったァ!?」
アホ毛を震わしヨロズヤ・ギンガが叫ぶ!
だが、それでも未だ勝負は決してはいなかった。
豪雪の中、プロレスごっこをした経験のある雪国の諸兄なら知っているであろう。
雪は恐ろしい存在であるが、時に優しい。
路上なら勝負ありであったダメージが深い雪に吸収されてしまっている。
そして今、ラゴゥは仰向けになってしまった。
バクゥの系列機は仰向けになると、自力では容易に復帰できない。
ウィキペディアにもそう書いてある。
「ひ、一太刀……、あやつに一太刀浴びせさえすれば……」
果たして、驚異的な執念でストライカーが再び動いた。
ままならぬ下半身を引き摺りながら、眼前の大槍にすがるように右手を伸ばす。
はっし。
震える指先がとうとう長柄に届いた。
力強く手元に手繰り寄せ、ストライカーが体を起こして後背を振り返る。
瞬間、ササハラは敗北を悟った。
仰向けとなった虎の股間から、しなやかな金属製のテイルがしゅるりと伸びていた。
そして、尾の先端で引き絞られたボウガンの鏃が、まっすぐにストライカーを捉えていた。
映画『ランボー』シリーズの中で、コンパウンドボウは二作目以降、欠かさず登場している。
その全ての場面において、ジョン・ランボーは一矢たりとも、敵を仕留め損なった事が無い。
「御見事……」
ひゅん。
ササハラの呟きと同時に、一直線に矢が放たれた。
至近距離で放たれた強弓は、違わずストライカーの胸甲に突き刺さった。
刹那、ドゥッ! と爆音が轟き、一際強力な爆炎が夜空を焦がした。