タンク道、始めます   作:いぶりがっこ

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エコール女学院戦です!

 ――つくばガンプラセンター。

 

 茨城が誇る学術都市が、この時期ばかりは異様な興奮に包まれていた。

 普段ならばプラフスキー粒子研究やその発展性について、世界規模でのディスカッションが行われる広大なホール。

 その中心には馴染み深いバトルシステムが配され、オーロラビジョンは移り行く鋼鉄が巨兵の戦場を映し出す。

 

 ガンプラバトル選手権、茨城予選。

 開幕より四週間が経過した今日、戦いは準々決勝の時を迎えていた。

 ここまでも笑いあり、涙ありと、さまざまな好珍プレーで観衆を沸かせてきた茨城大会だが、この先のカードにフロックはない。

 メタゲーム? ランダムのステージ? 不確定要素?

 そんな泣き言に崩れる事の無い真の強豪のみが、全国大会を賭けた聖戦へと進出できるのだ。

 

 既に午前中の試合でAブロックの顔ぶれは決まり、前年度優勝の夢街高ほか、大会の常連が顔を連ねる結果となった。

 対し、波乱が予想されるのが、これから行われるBブロックである。

 残りの四校は、いずれも大会初参加となるまったくのニューフェイス。

 しかも次試合は、今大会最初で最後となる、女性チーム同士の激突である。

 

 加速していた。

 学生たちの情熱がシンクロニティを引き起こし、同時多発的に爆発し、感染し、そのまま世界の高みへと押し上げんばかりの唸りを生み出し始めていた。

 

・

・

・

 

『ただ今より、Bブロック第三試合一回戦。

 大洗はまぐり高校タンク道部 対 私立エコール女学院の試合を開始いたします』

 

 ウグイス嬢のアナウンスを受け、わっ、と言う歓声がホールいっぱいに広がっていく。

 

「うわわ、さっすが優勝候補のエコ女。

 まだ三試合残ってるって言うのに注目されてんなー」

 

 鉄扉越しにビリビリと震える空気を感じながら、半ば呆れたようにミカが呟く。

 

「はい、おかげタンク道を世間に広める良い機会に巡り合えましたね」

 

「ううん、トモエさんって、やっぱりすごいタフだよね」

 

 いつも通り、のほほんとした表情のトモエの横顔を、羨ましげにヒロミが見つめる。

 

「ふん、砲学戦の時みたいにアウェーに呑まれるんじゃないかと心配してたけど、

 その様子なら、どうやら心配は無いみたいね」

 

 そう言って、顧問のランコが生徒たちの顔を見渡す。

 

「みんな、ここまで来たからには私から言う事は何も無いわ!

 今日まで積み重ねて来たタンク道の成果、この舞台で全部ぶつけてきなさい!」

 

「「「ハイ!」」」

 

 ランコの激に応じて、三人が力強く頷く。

 扉の両側に備えたマイとカオリが笑って顔を見合わせる。

 

「へへ、先生、その言葉は少しばかり早いんでないの?」

 

「この試合はまだ通過点。

 全国への切符は、次も、その次も勝たねば手に入らないのであります」

 

 そう言って、二人が同時に扉を引き開ける。

 たちまち内側からぶわっ、と膨れ上がった喝采が、少女たちの立つ廊下を吹き抜けた。

 

「お、おおおお……。

 さすがにこれだけの席が埋まっている光景は壮観じゃないか」

 

「ギンちゃん、立ち止まってないで早く出てよ」

 

「わ、わわわわかっとる、わかっとるワイ!

 行くぞ諸君! はま高タンク道部、パンツァー・フォーだッ」

 

 ヨロズヤ・ギンガの号令に合わせ、並んでホールに進み出た。

 360度全周から降り注ぐ声援が、少女たちの肌を容赦なく叩く。

 

「うっひゃ~、ギンちゃんじゃないけど、確かにこのパワーはすっごいなぁ。

 やっぱ優勝候補は注目されてんな~っ」

 

「あら?

 ふふふ、ミカさん、どうやらそれだけじゃあないみたいですよ」

 

 傍らのトモエが、ほっそりとした指先を観客席の片隅に向ける。

 確かに彼女の示す通り、その客席の一角だけは、周りと若干毛色が違っていた。

 

「よっしゃーっ! 

 お嬢様高校に一発かましたれ! ミカちゃん!」

 

 メガホン片手に町内会長の檄が飛び、人情溢れる大洗商店街の皆さんが、更には1-Cの面々が一斉に拍手を送る。

 

「パパ上であります!

 職人のおっちゃんたちも勢揃いなのであります!」

 

「クラスのみんなまで……。

 前回、あんなにしょっぱい試合をした後だってのに」

 

「はい、地元の皆さんの暖かさが身に沁みますね」

 

「あーっ! お兄ちゃんも来てんじゃんかーっ!

 おーいおーい!!」

 

 ぶんぶんと諸手を振るうミカに対し、客席のシンザブロウが、ためらい気味に片手を挙げる。

 客席から微かに忍び笑いがこぼれ、傍らのヒロミが慌てて手を引く。

 

「ほ、ほらミカ、エコールの人たち待たせちゃってるからさ」

 

「……と、いけないいけない。

 気合を入れ直してかなきゃね」

 

 ふんす、と鼻息も荒く、新鮮組の袖口をたくし上げてミカが舞台に上る。

 格調高いワインレッドの制服でまとめた、茨城県下のエリート女子。

 三者三様、ある意味で歴女チームをリスペクトした風体のタンク道チーム。

 対照的な姿の少女たちが今、スポットライトの下に対峙する。

 

「……まったく、大洗のお上りさんたちは、随分と余裕がありますのね?」

 

「へへ、こっちはタンク道だから。

 単に勝つだけじゃなくて、お客さんにも楽しんでもらわないと」

 

 ちくりとしたマスノの厭味に対し、対面のヒロミがやんわりと答えた。

 気負いの無い、らしからぬほど落着き払った旧知の姿に、向かい合うカシマの口が尖がる。

 

「んんん? 何かしらその態度は?

 ヒロミさんもとうとう、地元大洗のパッパラパーに毒されてしまったのかしら?」

 

「む! 言われてるよトモちゃん」

 

「……え? 私、ですか???

 えっと、よく分かりませんが、きっと、三バカさんたちのお話では無いでしょうか?」

 

「あ・な・た・た・ち! ですわ!

 ハイカラさんに新撰組もどきが、揃いも揃って何をとぼけているのかしら?」

 

「お喋りはそのくらいにしておきなさい」

 

 中央のアゲハの窘める声に、たちまち舞台上に緊張感が戻る。

 静まり返ったステージの上で、向かい合うミカの姿を改めて見つめ直す。

 

「その紛い物の羽織……、やはり貴方には似合いませんわ」

 

「認めさせてみせるよ、力尽くで」

 

 ミカはそう短く答え、おもむろに取り出した真っ赤なバンダナをきりりと巻いた。

 少女が敬愛して止まないランボーが、最もイカレていた時代のトレードマークである。

 

 

『――Please set your Gunpla』

 

 

 照明が落ち、テーブルの上にバトルフィールドを構成するプラフスキー青白い光が溢れ始める。

 機械的なガイドに従い、エコールの淑女たちが愛機を手にする。

 

「カシマ・エイコ、ヴェイエイトの出番かしら?」

 

「マスノ・ヒタチ、メリクリウスで狙い撃ちますの」

 

「……ビギナ・ギナ・ガーデン、出ますわ」

 

 口上が終わり、それぞれの機体のゴーグルに、力強い光が灯り始める。

 対し、はま高タンク部はまだ動かない。

 

 中央のマユヅキ・ミカが、ちらりと両サイドに視線を送る。

 コバヤシ・ヒロミが、ムサシマル・トモエが力強く頷きあう。

 

「行くよ、二人とも!

 これがあたしたちの新手、ガンタンクⅡ『戦車(チェリオッツ)』だァ―――ッ」

 

「!?」

 

「まさかッ 単機編成!?」

 

 ミカの手元から放たれた大型タンクの姿に、眼前のアゲハが思わず目を見張る。

 驚く間もなく、たちまちバトルシステムが戦場の姿を構築する。

 

 

『Battle start』

 

 

 刹那、一斉にカタパルトが走り始めた。

 時間が再び加速を始め、観客席が一瞬にして沸き返る。

 

 少女たちの矜持を賭けた、闘いの刻が始まりを告げた。

 

・

・

・

 

「くぬっ!」

 

 カタパルトを飛び出した瞬間、ふわりと一瞬、機体が浮いた。

 たちまち大型のタンクが大地を跳ね、ズン! と握り締めたスフィアが大きく揺れた。

 

「こ、ここは」

 

 頭を一つ振るい、ミカが周囲の光景を見渡す。

 北を険阻な丘稜に、東を鬱蒼と生い茂る密林に、南を流れの早い大河に囲まれた擂鉢状の盆地。

 気紛れなプラフスキーの神は、ひとまずはタンク乗りの少女たちに味方したようであった。

 放物線上の弾道をとるタンクにとって、敵の直線的な射撃を遮る障害物が周囲に無い事だけが唯一の不利な点であったが、それを差し引いてなお、無限軌道を活かせる広大な敷地が周りに広がっていたのは幸いである。

 

「エコールのみなさんは、どちらに落ちたんでしょうか?」

 

「――!

 ミカ、6時方向、対岸の向こうから熱源ッ!」

 

「おいさァ!」

 

 ヒロミの緊迫した声を察知して、確認よりも先にミカが動いた。

 引き倒すスフィアを通して『M(・)S(・)の(・)腕(・)』を動かし、乗り込んだタンクを豪快にウィリーさせる。

 間を置かず一直線に迫るビームにクルリと背を向け、軸にした後尾の補助輪で受け止めた。

 

「あうっ」

 

 強引な防御法に射線上から車体が弾かれ、無限軌道が深い溝を大地に刻む。

 車体が揺れ、熱線を浴びたオリハラ印の太いタイヤが煙を上げる。

 迷わず力尽くで機首を返し、砲撃の出所に視線を合わせる。

 ほどなく照準の先に、狼煙を上げるビーム砲を構えたメリクリウスと、その前面に立ちはだかる僚機の姿を捉えた。

 

「おっちちち!

 おのれぃか(・)し(・)ま(・)し(・)めぇ、アンブッシュとは失礼なヤツらだなぁ!!」

 

「こちらからも撃ち返しましょうか?」

 

「一、二発、応砲を見せてあげて下さい! 狙いは適当で構いません。

 ミカ、車両はこのまま後退させるから、足は止めないで」

 

「了解ッ」「しました!」

 

 ヒロミの指示とほぼ同時に、タンク頭頂部の30サンチ砲が火を噴いた。

 黄色のハンカチが爆風に揺れ、撃ちだされた砲弾は放物線を描いて大河を横断し、正しく三者を威嚇するのに適(・)当(・)な(・)中央部へと落ちた。

 

「散開!」

 

 ビギナ・ギナの指示に合わせ、エコールの機体が直ちに三方に散る。

 爆音が河岸を震わし、耳鳴りに震える愛機の中で、リーダーのアゲハが微かに笑みを浮かべる。

 

「この打てば響くような反応、さすがに言うだけの事はありますわ」

 

「けれどお姉さま、これは一体どういう状況ですの。

 大気中の狙撃で減衰していたとは言え、大型ビーム砲の直撃を受け止める補助輪などと……」

 

「あのこれ見よがしの大型タイヤ……。

 あるいはアレは、ザンスカールのアインラッドでは無いかしら?」

 

「アインラッド」

 

 あり得る話だ。

 カシマからの通信を受けながら、アゲハが短く思考する。

 質量兵器としての堅牢さと、サブフライトシステムとしての走破能力を両立し、地球クリーン作戦において猛威を奮ったアインラッド。

 盾としても補助輪と機能し得る選択肢。

 機体数の利を捨てても一考の価値がある兵器、いかにも酔狂好みの変人たちの発想に思えた。

 

(けれど、それだけでもない、先ほど見えた『人影』は……)

 

 先の回避の瞬間、タンクの背からちらりと見えた、人形の存在が脳裏をよぎった。

 虎の子のタンクに牽引されるMS、アゲハが知るタンク道ではあり得ない機体運用である。

 だが、奇策奇襲を常道とするタンク道相手に対しては、固定観念こそが何よりも危うい。

 

(例えば、あれがロトやザウートのような、タンク機構を備えた可変機ならばどうかしら。

 コアファイター、あるいはより積極的な別動隊として動くケースもありえますわね?)

 

 戦力を結集すれば殲滅のリスクが高まり、分散して動けば各個撃破の良い的となる。

 ガンプラバトルに付き纏うタンク乗り永遠の命題に対し、臨機応変に個と群を使い分けると言う戦術は、いかにもヒロミらしい柔軟な解答ではあるまいか?

 

「成程、それゆえ戦車(タンク)にして戦車(チェリオッツ)とは……。

 ふふ、ローマ時代から連なる系譜を持ち出すなどと、随分とロマンのある話ですわね」

 

「お姉さま、いかがなさいますの?」

 

「この距離からでは私のランチャーは届きません、渡河せざるを得ないわね。

 私が打って出ますので、マスノさんたちはこの場から援護を」

 

 そう短く伝え、ビギナ・ギナがふわりと浮き上がった。

 間を置かず飛んで来た第二射を、ひとひらの羽の軽さで避けるでもなく避け、その軽やかさのまま重厚なタンクの下へと迫る。

 

「リュウザキさんが突出して来ますね、こちらはどういたしましょうか?」

 

「多連装ロケットランチャーを一斉に発射。

 多少狙いを外しても構わないから、とにかくアゲハさんの接近を阻む!

 ……って言う空気が伝わるようにお願いします」

 

「はい、かしこまりました。

 とは言え、本当に、近付かれたくは無いのですけどね」

 

「引き続きミカはビーム砲を回避しつつ後退。

 アゲハさんに踏み込まれる前に、対岸のか(・)し(・)ま(・)し(・)をおちょくり捲ってちょうだい」

 

「了解了解、よっこらせいと」

 

 言うが早いが、ミカが手にした両手のスフィアを、まるでザブングルでも操るかのようにぐるりんと大雑把に回して見せた。

 たちまち車体が補助輪を軸に大きくスピンし、砂埃を巻き上げながら、迫りくるビーム砲をすんでの所で回避する。

 わっ、と大洗商店街組から一斉に歓声を上げった。

 ふざけた大道芸を披露するタンクに対し、手持ち無沙汰となったカシマが一人歯噛みする。

 

「うぬぬぬ……、この距離からでは、埒が開かないのではないかしら?」

 

「落ち着いてカシマさん。

 あんな挑発に乗せられては、当たる物も当たりませんの」

 

「そんな悠長な事を言っている場合かしら!?

 対岸ではあの通り、お姉さまが弾丸飛雨に曝されている状況なのに」

 

「む、んん」

 

 カシマの強い語調に対し、おっとりと照準を除いていたマスノも顔を上げた。

 確かに今、前線に立つビギナ・ギナは一人、かつてないほどの集中砲火を浴びている。

 信頼するお姉さまの指示に不安はないが、敵を面で押し潰そうと言う程の火力を前にしては、万が一が無いとも言い切れない。

 

「ここは私たちも、揃って前に出る場面ではないかしら。

 どの道このままアレに後退されては、こちらからは狙えなくなりますわ?」

 

「……確かに、このまま私もお荷物になるワケにはいきませんの」

 

 いきり立つカシマの言葉に短く賛同し、ここでようやくマスノも動いた。

 

「お姉さま、お聞きになられて?

 私たちもここいらで仕掛けさせて頂きますの」

 

「そう……、仕方ありませんわね」

 

 降りしきる弾幕の雨を悠々と凌ぎながら、僚機からの通信に小さく溜息を吐く。

 これしきの攻撃、自分とビギナ・ギナならば不覚を取らないと言う自負がアゲハにはあった。

 だが確かにカシマの言う通り、このままでは敵はメリクリウスの支援の外へと逃れてしまう。

 チームの司令塔として、僚機を蔑ろにして闘いを決するのは本意では無かった。

 

「来た!」

 

 対岸で巻き上がった波飛沫をいち早く認め、コバヤシ・ヒロミが微かに息を呑んだ。

 気持ちを切り替え、すぐさま仲間たちに指示をとばす。

 

「ミカ、ヒロミさん、このまままっすぐ全速後退。

 かしましの渡河完了と同時に仕掛けます」

 

「もくもく作戦! やったろうじゃん」

 

「はい、モトベ弾、装填開始しますね」

 

 待ちに待ったヒロミからの指示を受け、二人の顔がぱっ、と華やぐ。

 すぐさま砲撃を止め遁走を始めたタンクを追って、勢いに乗じたかしましが、直ちにバーニアを全開に噴かし始める。 

 

「ほーっほっほっほ!

 さきほどまでの勢いはどうしたのかしら?」

 

「さすがはコバヤシさん。

 お姉さまとの十字砲火に曝される窮地を察しましたのね」

 

 猛追を掛けるかしましの機体と、タンクとの距離がじりじりと縮む。

 

「ですが、この距離からなら、早々には外しませんの」

 

 ようやく渡河を終えたメリクリウスが大地を踏み締め、自慢のビーム砲をタンクへ向ける。

 瞬間、ヒロミの瞳がきらりと光った。

 

「今です! スモークディスチャージャー全開!

 モトべ弾、全弾発射!」

 

「ぃよっしゃぁあぁっ! ケム撒くどォー!」

 

「モトベさん、技をお借りしますね」

 

 

 ――ちゅどっ!

 

 

「なっ!?」

 

 突如、タンクが爆煙に包まれた。

 驚く間もなく、煙の向こうから次々とミサイルが飛来する。

 

「こ、これは煙幕……、ですの?」

 

「カシマさんは前面にプラネイト・ディフェンサー展開!

 私もそちらに合流します!」

 

 異変を察知し、即座にアゲハが動いた。

 適格に指示を出しつつ包囲形を捨て、すぐさま仲間と合流に走る。

 その時点で既に、平原は深い白煙の霧にすっぽりと覆われてしまっていた。

 

「んんんん~っ、なんっと言う小賢しい作戦かしら!?

 お姉さま、あの娘たちはこのまま、煙に紛れて仕掛けて来るつもりなのかしら?」

 

「可能性は否定しないけれど、そこまであちらが安直とも思いません」

 

 興奮気味に周囲を警戒するカシマの言葉に対し、さしたる風もなくアゲハが答える。

 

 確かに今、自分たちは視界を奪われ、奇襲を警戒せねばならばい状況にはあるが、同時に向こうもまた、アゲハたちの正確な位置を把握できているワケではない。

 煙に乗じて堕とせたとしてもせいぜいが一機。

 それもヴァイエイトの警戒網を抜ければと言う、甘い見積もりの上に成り立つ計算である。

 そして仕掛けた瞬間、ヒロミたちは己が位置を曝し、残った面子の一斉反撃を受ける事となる。

 一世一代の博打にしては、あまりにも分の悪い賭けであろう。

 

「むしろ、彼女たちの狙いは今の状況にあるのではなくて?

 密集陣形を強いて私たちの足を止め、その間に布陣を整え直すための……」

 

 自らの思考を整理しながら、アゲハが脳内で周囲の地形を思い返す。

 ヒロミたちの逃げた先、そのまま真っ直ぐ北に進めば険阻な丘稜地帯。

 実弾主体のタンクにとって、高所に陣取る事には多大なメリットがある。

 射程距離と砲の威力が単純に増大するのみならず、普段なら上方を跳ね回るMSを、あべこべに上から押さえ付ける事が可能となるのだ。

 ゆえにヒロミの狙いの高所の確保にあるならば、向こうが布陣を終える前に、いち早く追撃に映らねばならない。

 

 一方、北東から東方向にかけては、半円を描くように広大な密林地帯が広がっていたハズだ。

 走破能力に劣るタンクが、そちらに落ち延びる事自体のメリットは薄い。

 奇襲、待ち伏せを狙うならば、まだこの煙に紛れて仕掛ける方が成功の余地があるだろう。

 

 ……ただし、それはタンク道の実情を知らない通常のビルダーの思考である。

 

 奇策、奇襲。

 素の汎用性でMSに劣るタンク乗りの先人たちは、まさしく相手の思考の陥穽を突く手口で、過去に幾度となく勝利をもぎ取ってきた経緯がある。

 ブービートラップ、野戦築城、夜襲奇襲。

 かつてのタンクバタリアンがリーダー、リュウザキ・ツルギは、その道のゲリラ戦に長けたクセ者であり、彼女を慕い、己が操縦技術の向上に限界を感じていたヒロミもまた、なりふり構わぬツルギの手口をよく嗜んでいたものであった。

 彼女の性質を鑑みれば、山頂布陣をチラつかせ、その間に森に逃げ込み罠を構築する時間を稼ぐと言うのも、十分に考え得る作戦と思えた。

 

 山か、森か?

 迷っている時間は無い。

 あとはただ、すぐさま行動に移れるだけのきっかけが欲しかった。

 

「……音が、聞こえますの」

 

「――!」

 

 後衛のマスノの呟きを受け、すぐさまビギナ・ギナを静止させた。

 耳を澄ませば確かに聞こえる、北東方向に徐々に消えていく無限軌道の音。

 そう、全長十数メートルにも及ぼうかと言うタンクの機動音。

 いかな方法でレーダーを掻い潜った所で、逃げる以上はこの音だけは隠蔽しようがない。

 

「密林!」

 

 顔を上げ、お互いに一つ頷きあう。

 淑女たちはすぐさまバーニアを噴かし、タンクの落ち延びる先を追った。

 

・

・

・

 

 エコールの面々が辿り着いた先は、遠目よりも背の高い針葉樹林の生い茂る、鬱蒼とした森林地帯であった。

 未だ晴れ切らぬ煙幕の中、その森林の有様に一つ、アゲハが首を傾げる。

 

「――妙ですわね、痕跡が無さ過ぎます」

 

 独り言のようなアゲハ呟きに、後方のかしましが互いに顔を見合わせる。

 ここに辿り着くまでの道のりで、少女たちは幾度か足を止め、その度にタンクの消える先を確認して来た。

 にも拘らず、ここのまで道中でも、辿り着いたこの場所でも、タンクが通過した痕跡を、どうしても見出す事ができない。

 超重量の巨体を引く履帯の轍も、通過の際に薙ぎ払われてしまう筈の樹木の傷跡も。

 

 なのに、見当たらない。

 何らかの偽装工作を仕掛けられてしまったのか?

 

 いや、そうではない。

 現に今も聞こえているないか。

 一切の生物の見当たらぬ、静まり返ったプラフスキーの森の中。

 ほんの小さな、消え入るようなこだまの音。

 けれど付近に、森林の奥深くに分け入れるような標は無い。

 徐々に薄れ行く白煙の中、たった一つの音に、その距離感すらも狂わされているように――。

 

「……しまった」

 

 カラクリに気付いたアゲハが、すぐさま周囲を虱潰しにライフルで撃ち抜いた。

 閃光の後、爆音に樹木が揺れ、圧し折れた木々がもうもうと黒煙を上げる。

 タンクの音はもう聞こえない。

 

「お姉さま、仕留めましたの?」

 

「ええ、完全にしてやられましたわ」

 

 破壊の爪痕の中に、ようやくそれを見出したアゲハが、指先で足元を指し示した。

 そこに転がっていたのは、想像よりも遥かにチャチな鈍色の車両であった。

 カシマとマスノが、思わずあっ、と声を上げた。

 

「モ、モビルワーカー!? こんな小型の……」

 

「あらかじめ録音していたタンクの駆動音を、この車両から流していたのね。

 随分と手の込んだ罠を張る」

 

「だ、だとしたらお姉さま!

 ここは既に、ヒロミさんの敷いたトラップの中、と言う事ではないかしら?」

 

「そんなハズはありませんわ。

 いかにヒロミさんとて、あの短時間の内に罠を張り巡らす事など出来ません。

 この煙幕からデコイを使った誘導まで、全ては布陣のための時間を稼ぐため」

 

 煙幕の霧は、今やヒロミの思惑と共に晴れつつあった。

 ようやく鮮明になり始めた小高い台地の中腹に、探し求める敵の姿がぽつんと見えた。

 

「山登り、本命はそちらでしたのね!」

 

「お姉さま! すぐに追撃を仕掛けましょう。

 ここから先は時間との勝負ではないかしら!」

 

「…………」

 

「お姉さま?」

 

「――いえ、何でも無いわ」

 

 傍らのカシマから呼びかけられ、疑念を打ち消すようにアゲハが首を振るった。

 中腹を攻める好敵手の姿を目にした時、アゲハの内に沸いたのは、失望、あるいはもっと淡い、拍子抜けと言った感情であった。

 先ほどの出し惜しみ無しの煙幕からデコイによる誘導まで、敵ながら胸のすくような理詰めの攻めを味わった。

 これがハンデなしのMS戦だったならば、あるいは概にに敗北を喫した後かもしれない。

 ゆえに霧が晴れた瞬間、あの山頂から猛烈な砲撃を叩き込まれる。

 それくらいの覚悟を胸の内で瞬時に決めた。

 

 なのにその偉大な敵は、未だ中腹に張り付いて登山の最中であるという。

 おこがましくも、そんなものなのか、と思ってしまった。

 あるいは何か、この不手際もまた、ヒロミの策の内なのでは……、と。

 

「……行きましょう、カシマさんの言う通り。

 このままやすやすと山頂に陣取られるワケにはいきません」

 

 胸に沸いた疑念を打ち消し、再び自ら先陣を切る。

 そう、相手にいかなる思惑があろうとも、今の自分たちには結局、追撃以外の選択肢がない。

 強いて言うならば、この状況が癪なのだ。

 

 

『空白の一年間に牙を磨いてきたのが、自分ばかりだと思うなよ』

 

 

 不意に浮かんだ馬の骨の言葉が、ちくりと胸に突き刺さった。

 かつての旧友に一方的にキャスティングボードを握られ続けているこの状況に、自分でも思った以上にプライドを傷つけられていた事にようやく気が付いた。

 胸の痛みが、かつての友の虚像を膨らまし、無用の疑心暗鬼を招いてしまっている。

 心の迷いを振り払い、最善の一手を打つべく機体を走らせる。

 

 

 その上で、なお――。

 

 

 靴の先に詰まった小石のように、違和感は、どうしても容易く消えてはくれなかった。

 

 

 

 

 

 

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