タンク道、始めます   作:いぶりがっこ

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親友です!

 

 試合の開始より、およそ十分が経過していた。

 広域への煙幕弾散布と言う、タンクの積載能力を活かした戦法により膠着した戦場は、煙が晴れると同時に追撃戦の様相を呈していた。

 

「あうっ!?」

 

 弾幕に紛れるように転がって来た重機雷が横合いで炸裂し、バランスを崩したヴァイエイトがたたらを踏む。

 

「カシマさん!」

 

「こ、この程度、へのへのかっぱかしら?」

 

 カシマが頭を一つ振るい、きっ、と斜め上方を睨み付ける。

 直ちに飛来するポップミサイルの雨に対し、健気にもプラネイト・ディフェンサーを張り直す。

 

「お姉さま、上空があいていますの。

 上と下からタンクを挟撃なさっては……」

 

「そこまで甘い手合いでは無くてよ」

 

 傍らのマスノの提言を制し、リュウザキ・アゲハの駆るビギナ・ギナが、おもむろにバルカンを中空に撃ち放った。

 乾いた斉射が無人の蒼穹に吸い込まれ、次の瞬間、小さな火球がそこかしこで炸裂した。

 

「「ハイドボンブ!?」」

 

 はっ、と上空を見上げる《《かしまし》》の驚愕が重なった。

 初代ガンダムシリーズにおいて、万能機ガンダムに白兵戦用機とのチャンバラを強いた散布型浮遊機雷ハイドボンブ。

 それを今、はま高戦車道部は防壁として使用していた。

 よくよく見やれば、上空には鈍色をした小型のトゲボールが、そこかしこにふわふわと漂っているではないか?

 

「機先を制して山道を取り、狭所にて上から私たちの行動を押さえ付け、

 地上では重機雷やトラップを駆使して脚を阻む。

 よくやりますわね、ヒロミさんも」

 

 にっ、と人知れずアゲハの口元に微笑が浮かぶ。

 観衆の声援にも力が入る。

 さもあらん、今のこの展開を予測出来たビルダーが、どれほど会場にいた事であろうか?

 

 煙幕とデコイによる誘導然り、この隘路に仕掛けられたトラップ然り。

 開幕から現在の戦闘に至るまで、はま高タンク道部は戦前の評価を覆し、ここまで一方的に試合を支配してきた。

 周辺の地形を見極めた段階で、ここまでのシナリオを作り上げていたと言うのならば、

『運とノリとその場の勢いを味方に付けるお祭りチーム』と言う、前試合までの彼女たちの評価も再考されるべきであろう。

 

 

 ――だが、その上でなお、彼女たちの実力は、この程度であると言うのか。

 

 

 じくり、と疑心が焦れるようにアゲハの胸を焼いた。

 先刻の違和感は、まるで小石を噛んだ歯車のように、少女の胸中で拭い難い焦燥となっていた。

 

 この追撃戦。

 待ち受けるタンク道部の狙いは、山頂到達までの時間を稼ぐ遅滞行動にある筈である。

 おそらくは予備のモビルワーカーに構築させているであろう塹壕に籠り、攻め上がる自分たちを迎え撃つのが王道の筈だ。

 それが今は、却って逆襲を加えるのに躍起になっているようにすら見える。

 

 確かに今は、苛烈なタンクの猛攻を前に反撃も困難な状況となっているが、それもいずれ、弾薬が尽きるまでの辛抱で済む。

 手元の火力が尽きたならば、その時は今度は、この隘路がタンクの回避行動を阻み、急所である無限軌道を晒し敗北する結末となるのは自明の理である。

 貪欲に勝利を欲するならば、煙幕が晴れるその前に、何もかもをかなぐり捨てて山頂を目指すくらいの思い切りが必要だった筈なのだ。

 

 それとも、あるいはやはり、彼女たちの行動には何か他の狙いがあるのか……?

 

「お姉さま、メガビーム砲を使いますの」

 

 傍らのヴァイエイトからの通信に、我に返ったアゲハが静かに頷く。

 

「ええ、宜しくてよ。

 マスノさんのチャージまでの時間を稼ぎます。

 カシマさんは引き続き、私と敵の弾幕の迎撃を」

 

「はい! ここは私のヴァイエイトにお任せかしら」

 

 アゲハからの指示を受け、再び射線を遮るようにヴァイエイトが前に出る。

 さらにアゲハ自身は中間距離にて視界を確保し、放物線を描いて飛んでくるミサイルの迎撃に当たる。

 

「落とします!」

 

 遮二無二撃ち込まれたバルカンが、中空のミサイルに炸裂し、オレンジの火球が次々と爆ぜる。

 狙いを逸れた弾丸が、舐めるようにタンクの脇を通過し、そのまま後背のサブタイヤを掠める。

 

 

 ――ボン!

 

 

「!?」

 

 瞬間、信じられない事が起こった。

 先刻、大型ビーム砲の直撃すら凌いだアインラッドが、まるでゴム風船のように呆気なく破裂してしまったのだ。

 呆然とするアゲハの眼前で、なおもボン、ボン、と爆発音が重なり、背後のMSが、そして反対側のタイヤまでもが連鎖的に破裂していく。

 

「ダミー……、バルーン?」

 

 じわり。

 アゲハの背筋を、冷たい汗が滑り落ちる。

 すぐさまハッ、と顔を上げ、後方のマスノに向けて指示を出す。

 

「マスノさん!? 後方警戒ッ!

 ミカさんが後ろから仕掛けて来ますわッ!」

 

 アゲハが叫んだ。

 一方、動揺を来たすビギナ・ギナを見下ろしながら、タンクの中でトモエが一つ溜息を吐いた。

 

「ヒロミさん、バレちゃいましたよ?」

 

「ううん、大丈夫、間に合った」

 

 

 ――ドワォ!!

 

 

 少女の必至の叫びは爆音で報われた。

 突如として後背より閃光が走り、右足首を撃ち抜かれたメリクリウスが、強かに大地へ叩き付けられた。

 

「ほ、砲撃ッ!? どこからですの!?」

 

 思いもよらぬ砲撃を受け、マスノ・ヒタチが呆然と後方を振り返る。

 その視線の先には、濛々と砂煙を巻き上げ丘陵を駆け上がってくる新手の姿があった。

 

 ツインラッド。

 自立する大型タイヤを重ね合わせて盾となした、宇宙戦国時代の装甲騎兵。

 眼前から突如として消えた大型タイヤが今、後背から敢然と迫りつつあった。

 

「うぅりゃりゃりゃりゃ~!! パンジャンドラムのお通りだァ!」

 

「トモエさん、私たちは全速後退!

 このまま一気に三道を駆け上って、上からエコ女を押さえ付けます」

 

 同時に隘路のエコール女子を挟み、はま高の両機が連携を始めていた。

 下からミカがタイヤで尻を突き上げ、ヒロミとトモエは圧力の緩んだ隙に上に逃れる。

 

 ぞくり。

 アゲハの中の不安のピースがようやく埋まった。

 詰まる所、タンク道の本懐である山頂制圧の素振りすらもが罠だったのだ。

 本命はコレ、狭隘な地形に誘い込んでからの挟撃。

 そのためにタンク本体までをも囮に使った。

 煙幕の中、ミカのMSをタイヤごと切り離して伏兵に仕立て……。 

 

 アゲハがぐっ、と内心で臍を噛んだ。

 そう、こう言う奇策を使って来る事は、最初から読み切れていた筈なのに。

 後輪はアインラッドだと、敵は臨機応変に個と群を使い分けて来る、と。

 

「陣形を立て直します!」

 

 頭を一つ振るい、悔恨を頭の片隅に追い払う。

 即座に指揮官の顔を取り戻したアゲハが、前後の仲間たちに即興の指示を飛ばす。

 

 現状、彼女たちは殲滅の窮地にあるが、その包囲はまだ、辛うじて完成してはいない。

 包囲の危機は同時に、各個撃破の好機と紙一重である。

 相対するはま高タンク道部もまた、戦力を分散するリスクを背負っているのだ。

 

 問題はこの現状。

 先の奇襲により、マスノのメリクリウスは片足を失っている。

 今から脱出は不可能な状況であるが、例え固定砲台としての役割しか課せられぬとしても、メガビーム砲の決定力を作戦から外す事は出来ない。

 ならば今は、メリクリウスを拠点として、両袖の敵を迎え撃つ他に作戦はない。

 

「カシマさんは反転して逆落とし!

 背後を衝くミカさんの迎撃をお願いします」

 

「了解かしら」

 

「私たちはどうなさいますの!?

 前衛のヴァイエイトを抜きにしてタンクの火力相手に支え切れますの?」

 

「私が支えて見せます」

 

 短く答え、ビギナ・ギナのシールドを展開する。

 ぞ、とマスノの肩が微かに震えた。

 戦場において一発の被弾すら許した事の無い『マダム・バタフライ』が、回避を捨てて己を盾にすると言う。

 今更ながら、少女たちを襲った窮地の重さを思い知らされる。

 

「時代遅れの一輪車など、一分あれば十分かしら!?」

 

 その窮地の重さを振り払うように、揚々とカシマが飛び出していった。

 勾配を滑るように身を屈め、駆け上がるツインラッドと対峙する。

 

 ――バシュン!

 

 タイヤ上部に取り付けられたビーム砲の光が、帯電する障壁に遮られて霧散する。

 元よりバスターライフルの圧倒的火力すらを仮想的に見越して設計されたPD(プラネイト・ディフェンサー)

 実体弾よりも対ビーム兵器に対しすこぶる威力を発揮する。

 

「ホーホホホ! さあ、お上りさんはどうなさるのかしら?

 ご自慢のビーム砲が通用しないんじゃあ、ヤンキー気取って走り回るのが関の山かしら?」

 

 唸りを上げるアインラッドを足元に見下ろし、カシマ・エイコが高らかと笑う。

 安い挑発である、が、彼女の口舌にも確かに理がある。

 

 飛び道具を持たないヴァイエイトにとって一番面倒なのは、ミカが勝負を避け、アインラッドの機動力で引き摺り回しにかかって来た場合である。

 その間、上方で戦うアゲハたちが、ヒロミのタンクに遅れを取るなどとは考えていないが、慣れない役回りを演じている以上、万が一はある。

 一刻も早くミカとの戦いにケリを付けて引き返したい。

 

 一方、対するミカもまた、内心では同様に短期決戦を望んでいる筈だった。

 ヴァイエイトを後方に引き摺り下ろしただけでは、まだ、はま高の作戦は完成していないのだ。

 高射程のメリクリウスを後背から脅かす事で、ようやく彼女たちにも勝ちの目が出て来る。

 ここで仕掛けたいのは、むしろミカの方であろう。

 挑発は最後のダメ押しであった。

 

 果たして、爆音も勇ましくアインラッドが一直線に登坂を始めた。

 ビーム兵器が通用しない以上、大型タイヤに出来る最善策はこれしかない。

 対ビーム兵器に特化したPDは、一方で物理的な衝撃に対しては十全では無い。

 事実、劇中においてPDを搭載していたハズの高級量産機ビルゴは、カトル・ラバーバ・ウィナー渾身のエアリーズパンチによって一発で轟沈している。

 

 だが――

 

「かしらかしらご存じかしら?

 ヴァイエイトをして最強の盾たる所以をご存じかしら?」

 

 迎え討つヴァイエイトもまた、一息に下り坂へと飛び降りた。

 同時に搭載する十機のPDを全開放。

 3-3-4

 怒濤の勢いで迫るタイヤに対し、正面に三枚、電撃の障壁を作り出す。

 

「そんな無策でお姉さまの下に突っ込もうなどと、十万光年早いのではないかしら!?」

 

 そして衝突する。

 加速の付いた両機のぶちかましに、たちまち一枚目のバリアがパリンと割れる。

 

「くぉいつは、とんだ大たわけかしらぁ~」

 

 ブースターを全開に燃やし、暴れ狂うタイヤを真正面から押し潰す。

 半端ないビッグラジアルインパクトを受け、二枚目のバリアがギャリギャリとすり潰される。

 

「さあ、年貢の納め時かしら!」

 

 三枚目、とうとう勢いの止まった敵機向け、真紅のヴァイエイトが大上段にサーベルを構える。

 

「チェストォ―――ッッ!!」

 

 バリアが弾けると同時に、褌身のサーベルが真っ向唐竹割りに打ち下ろされた。

 狙いは違わず、二枚のアインラッドの中心、接合部を火花を散らして真っ直ぐに抜けた。

 

「……へっ?」 

 

 その段になって、ようやくカシマは違和感に気付いた。

 手応えが無い、無人、だからこそスッパと切れた。

 

「まさか、無線……、誘導、かしら……?」

 

 思わず呟きがこぼれた。

 なるほど、バカみたいに真っ直ぐに突っ込んで来るハズである。

 ちらりとでも側面を見せれば、この程度の小細工はたちまち看破されてしまう。

 けれど、だとしたらミカの本体はどこに……。

 

「~~~~ッッ!!」

 

 戸惑う思考の空白を突かれた。

 両サイドのアインラッドに仕掛けられたスタン・グレネードが、カシマの視界をたちまち白色に染め上げる。

 

 

 

『――なあに、マユヅキ、砲撃がうまくなりたいって?』

 

 丘稜を遠巻きに臨む林の中。

 白色の閃光をサングラスごしに見つめるミカの耳元に、いつかのデコちゃんの声が響く。

 

『まっ、私も人に教えられるほどの腕じゃないんだけど……。

 具体的には、どの程度の業前を目指してるワケ?

 

『あっ、それ無理。

 だってトモエさん別格だもの、アレはテクニックじゃ無くてオカルト。

 もって生まれた一握りの天才の世界って奴よ。

 

『もう、その程度の事で拗ねるんじゃないわよ。

 アンタには特別に、百発百中の裏技を教えといてあげるわ。

 

『方法? 取っても簡単よ。

 まずは標的を射程距離に捉えてロックする、ここまでは良いわね?

 

『そしたら5秒……、ううん3秒でいいわ。

 どんな手を使ってもいいから、相手の注意を引いて足を止めさせなさい。

 その間に引鉄を弾けば百発百中、バカでも当たるわ。

 

『……えっ? どうやって相手の動きを止めるのか、って?

 それくらい自分で考えなさいよ――』

 

 

 

「……バカでも、当たるゥッ!」

 

 

 ――ドワォ!!

 

 

 光の中で硬直するヴァイエイトを見据え、ミカが悠々と引鉄を弾いた。

 砲弾は狙い違わず標的へと吸い込まれ、ドゥ、と遠巻きに爆音を轟かせた。

 

「いよッしゃァ―――ッ! パンジャンドラム大成功だァ!!」

 

 バシン、と気合いっぱいに両手を鳴らしてサングラスを打ち捨て、ミカが再びスフィアを倒す。

 

「いくよヒロちゃん! ガンタンクR-15、発進だァーっ!」

 

 雄叫びを上げ、今や一台のタンクと化した機体を動かす。

 たちまち無限軌道が砂塵を巻き上げ、仲間の待つ山頂目がけ勇ましく走り出した。

 

 

 ――後方から上がった爆音を耳に、アゲハはカシマの作戦が失敗に終わった事を予感した。

 

「……カシマさん、状況はどうなりました」

 

「も、申し訳ありませんお姉さまッ!

 あの道産子ッ、林の影にロトを隠していて……」

 

「ロト……?

 そう、タイヤからタンクが、ふふっ」

 

「おっ、お姉さま!?

 笑っている場合ではありませんの!」

 

「落ち着きなさいマスノさん。

 後方に隠れていたミカさんのタンクが到着する前に、もう一勝負できますわ」

 

 迫り来るミサイルを切り払い、鋭い眼光を山頂に向けてアゲハが言う。

 

「次の砲撃の枕を押さえます!

 マスノさんは次弾の準備を」

 

「り、了解しましたの」

 

 相変わらず強気の姿勢を崩さぬリーダーの姿に、マスノも一つ深呼吸して射撃態勢に入る。

 一方、山頂に到達したヒロミたちも、勝負の気配を敏感に感じ取っていた。

 

「トモエさん、次、バレー部行きます!

 上からビギナ・ギナを抜いて、メリクリウスの砲を押さえてください」

 

「はい、かしこまりました」

 

 相変わらずの飄々とした態度を崩さぬまま、トモエが淀みのなく指先を動かす。

 たちまち前方に構えたタンクの両腕から、ありったけのミサイルが飛んでいく。

 

 アゲハの天性は、ここで如何なく発揮された。

 的確なバルカンの掃射で射線に入ったミサイルのみを的確に抜き、更に撃ち漏らした正面の一発をシールドでパリングしながら前に出る。

 前に出て、頂部の巨砲を放たんとするタンクへ向け、わずかに早くライフルをかざした。

 

 交錯の瞬間、後方のマスノも油断なく砲を構え直していた。

 このままアゲハが敵の砲身を撃ち抜けたなら、一瞬の内に形勢は逆転する。

 右に、あるいは左に砲を振って退避行動が間に合うか、いずれにせよ、その時にはメリクリウスの次弾が勝敗を決める所となる。

 

「トップ、射出ッ!」

 

 

 ボン!

 

 

 刹那、最も早く動いたのは、ミカに代わってタンクの操縦系を預かるヒロミであった。

 たちまちターレットが爆発し、巨大な砲を抱えた頭部が、そのまま上空に飛び上がる。

 

「なッ!?」

 

 一拍遅れたビームライフルの光が、ベースとトップの隙間を虚しくすり抜けて行く。

 上空に飛んだガンタンク・トップの長い砲塔が、自然、自重で地上へ下がり始める。

 

「上ッッ」

 

「くっ!?」

 

 アゲハの叱咤を受け、ようやく我に返ったマスノがビーム砲を上に向けた。

 その時点で上空のトモエは、ヴァイエイトに照準を合わせ終えていた。

 

 

 ドワォッ!!

 

 

「マスノさんッ!?」

 

 たちまち爆音が山道を支配した。

 後方、至近距離からの爆風を受け、前方に煽られながらもアゲハが叫ぶ。

 だが、この火勢を前に堪え切れるMSなどあるはずもない。

 

「くぅ……、こ、こんな……!」

 

 投げ出された蒼い半身の中で、今更ながらにマスノが引鉄を弾いた。

 直後、狙いも何もない極太のビームが蒼穹を縦に割き、射線上の機雷を巻き込んで連鎖的に爆発を引き起こした。

 

「いいえ、素晴らしい援護でしてよ」

 

 ポツリと賛辞をこぼし、淀みなくアゲハが動き始めていた。

 ビギナ・ギナが緩やかに大地を蹴って空に、ヴァイエイトの切り開いた射線をくぐり抜け、なお上空のガンタンク・トップへ迫る。

 

「トモエさん、バルカン!」

 

「はい」

 

 とうとう羽を得た胡蝶の舞に対し、上と下から、トモエとヒロミが一斉に射撃を浴びせた。

 いかなマダム・バタフライと言えど、狭いハイドロ・ボンブの道を潜り抜けた直後。

 絶対に回避できないタイミングであった……、普通ならば。

 

「えっ?」

 

 銃弾が敵機を捕らえた!

 その瞬間、ふわり、と残光のようにビギナ・ギナの姿が消えた。

 

「これは……、一体」

 

「トモエさん! 上ッ!?

 バックジェットストリームだ!」

 

 ヒロミが叫んだ。

 地上に居たヒロミには、逆光の中、残像をちらつかせ死角を取る胡蝶の残像が見えた。

 だがどうしようもない。

 重い砲を背負ったトップは、為す術もなくバーニアを撃ち抜かれ、錐揉みながら地上に墜ちる。

 

「お見事ですわ、ヒロミさん。

 よくぞここまで、私を焚き付けてくださいました」

 

「くぅっ」

 

「終わりにします」

 

 ヒロミの駆るベースは迷いなく山頂を捨て、そのまま後背の森へ逃げ込もうと走り出していた。

 だが一手遅い。

 上空を制したマダム・バタフライの全霊の前には、どう足掻いても後一手――

 

 

 ボン!

 

 

(――!)

 

 不穏な爆音が一つ、背後から上がった。

 直感的に危険を感じ取り、アゲハがすぐさま機首を返す。

 

「……ッ」

 

 振り向いた視線の先では、半ばスクラップと化したガンタンク・トップが、その機銃の照準をビギナ・ギナへと向けていた。

 無残にもくしょくしょに裂けた30サンチ砲が全ての出来事を物語る。

 墜落の瞬間、トモエは地上目がけて至近距離で砲撃したのだ。

 そうして反動で無理やり機首を返し、今、ビギナ・ギナに対し執念深くバルカンを向けている。

 

「流石ッ!」

 

 反射的に粒子を燃やし、ビギナ・ギナが滑るように大地へと降り立つ。

 一拍遅れた銃弾の雨が、残像を擦り抜け上空へ消える。

 その間にもベースは断崖を下り、まんまとギナの射程の外へと逃れていた。

 

 逡巡する。

 森へ逃れつつあるヒロミと、逆方向から迫りつつあるミカ、どちらを先に討つべきか。

 

「迷うまでも無い事」

 

 すぐさまアゲハは、ヒロミの居る森林へ向け舵を切った。

 タンク道部最大の危険人物であるトモエを倒し、地形の要所を抑えたアゲハであるが、引き換えとして大量のプラフスキー粒子を失ってしまっている。

 もし今、この急所に気付かれ、操縦技術に秀でたミカに逃げに徹されたならば、アゲハの腕を持ってしても仕留め切れるか分かったものではない。

 ミカとの対決の前にヒロミを倒し、『ビギナ・ギナに回復の暇を与えてはいけない』と言う状況を、どうしても作り上げておく必要がある。

 

「ならば後は時間との勝負!」

 

 バーニアを全開に燃やし、森林へ迫る。

 瞬間、不意に爆音が轟き、ビギナ・ギナの眼前で火柱が噴き上がった。

 咄嗟に機体を横に流して回避する。

 

「砲撃!?」

 

 いや。

 自身の言葉をすぐさま打ち消す。

 ヒロミのタンクはすでに砲を失っているし、ミカが追い付くにもまだ時間がある。

 

(だとすればまたしても、ブービートラップ?)

 

 思わず内心で舌を巻く。

 確かに、おそらくヒロミは最低でもあと一体、山頂部に塹壕を作らせたモビルワーカーを温存している筈である。

 だが、だとしてもここまで繊細に保険をかけておけるものなのか?

 先刻の過剰な追撃戦の最中に、山頂を奪われた後の逃げ道まで考えていたと言うのか……?

 

(認めますわ、ヨロズヤ部長。

 確かに彼女はもう、私の知っているコバヤシ・ヒロミではない)

 

 ふっ、と口元に笑みを浮かべ、なおも果敢に森の中へ踏み込む。

 もう作戦もクソもない。

 戦術で完全に後れをとったアゲハにできるのは、ひたすら強引にMSの強みを押し付けていくのみである。

 

「捉えた!」

 

 樹木の影、迫る枝葉を振り払った先に、消え行く鉄機の姿を微かに臨む。

 同時に足元で爆裂した火球を、咄嗟に跳ね上がってかろうじて避ける。

 

「当たってェ!」

 

 遮る物なき中空のビギナ・ギナに、たちまち容赦なく弾丸が飛んでくる。

 機体をロールさせて捩じりながら避け、なおもひた向きにタンクの許へ肉薄する。

 瞬く間に二人の距離が詰まり、胡蝶の手に煌くサーベルが握られる。 

 

「今度こそ終わりにしますわ、ヒロミさん!」

 

「こっちの台詞だァ!」

 

 一足一刀の間合いに踏み込もうとした刹那、不意に横合いからモビルワーカーが両者の間に割り込んできた。

 どくり、とアゲハの心臓が唸る。

 グレネード、囮、この至近、自爆覚悟、回避、否――!

 

「キャアッ」

 

 ドンッ!と一つ、爆音が森林を揺るがした。

 至近距離での爆撃に、重厚なるタンクすらも為す術なく弾き飛ばされ、後方の岸壁に強かに叩き付けられる。

 

「けど、こ、これなら……」

 

「させませんわ!」

 

「!?」

 

 ぶわっ、と一陣の風が黒煙を吹き飛ばした。

 風を巻いて迫る白い機影。

 真っ直ぐに差し出されたサーベルの閃光が、一直線にタンクの装甲を刺し貫く。

 

 バジン、とわずかに稲光が走った。

 タンクはまるで生き物のようにビクンと痙攣し、その内に完全に動きを止めた。

 

「……くっ!」

 

 だが、その勝利の代償は大きかった。

 タンクを刺し貫いたビギナ・ギナもまたガクガクと関節を震わし、やがてその場にドスンと片膝を突いた。

 

「アゲハちゃん!?」

 

 矢も楯も堪らず、ヒロミが叫んだ。

 純白の可憐な鳳蝶の姿は、見る影もない。

 泥に塗れ歪んだ装甲、ひび割れたゴーグル、シールドごと焼き切れてしまった左腕。

 そうだ、あの爆発の中をガムシャラに突っ込んで来ようものなら、当然こういった事態になる。

 

「ふ、ふふ……、花を、散らされてしまいましたわね」

 

「……! アゲハちゃん」

 

 そっと、タンクの装甲に重ねされた右手を通し、ヒロミはアゲハの笑い声を聞いた。

 ひらり、ひらりと舞い降りたライラックの花弁が、ビギナ・ギナの手甲の上で燃え尽きていく。

 

「なんで、なんだって……、こんな?」

 

「タイミングは完璧でしたわよ、ヒロミさん」

 

 戸惑うヒロミに対し、どこまでも淡々とした口調でアゲハが囁く。

 

「タンクの装甲ならば、ギリギリで耐え得るタイミング。

 私の腕ならば、辛うじて躱せるであろうタイミング、そこを狙っていましたのね。

 私に回避行動を押し付け、そのまま爆炎に紛れて逃れるつもりだった。

 ミカさんが来るまでの時間を稼ぐつもりだったのでしょう?」

 

「…………」

 

「けれど、馬鹿になさらないでッ!

 貴方が心血を注いだタンクに対し、無傷で勝利を収めようなど、

 そんな甘い考えを抱いた事は、私、一度もありませんのよ!」

 

「あ……!」

 

 とくん、とヒロミの心が微かに震えた。

 差し出された掌を通し、幼馴染の怒りが真っ直ぐに伝わってきた。

 この憤りが、リュウザキ・アゲハの全てであった。

 今はまだ、分からない事だらけではあるが、ヒロミにとっては、その事実だけで充分であった。

 

 ドン! と再び爆音が大地を揺るがした。

 弾け飛んだ木片と礫が、可憐なビギナ・ギナの肌を容赦なく叩く。

 

「ミカさん、来ましたのね……。

 随分と手を挙げられましたわね」

 

 ふっ、と再びアゲハが自嘲をこぼす。

 離した右手でサーベルを収め、傍らに転がったライフルを拾い直す。

 

「決着、付けてきますわ。

 もう私たち二人だけの喧嘩ではありませんもの」

 

 そう静かにヒロミに告げ、そうしてアゲハの駆るビギナ・ギナは、再び上空へと飛び立った。

 片腕を失い、ふらふらと危うく中空を往くその姿は、どこまでも可憐な胡蝶であった。

 

 

 

 

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