タンク道、始めます   作:いぶりがっこ

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戦車道、始めます

 ――薄闇に包まれ始めた室内に、ピアノの音色が響いていた。

 

 

 流麗で、どこか物悲しい旋律であった。

 盛夏の長い昼が終わり、ようやく傾き始めた夕陽の残光が、室内をオレンジに染めていた。

 広々とした部屋の中央には年季の入ったバトルシステムが置かれており、そのベース上には一体のガンプラが佇立していた。

 持ち主の心境を反映するかのような純白の装甲。

 それも今は室内と同様、落日の色に染まっていた。

 

 テラスからの光が届かぬ部屋の隅には、いかにも高級そうな黒塗りのグランドピアノが置かれており、今その席に着いた一人の乙女が、件の楽曲を奏で出していた。

 白磁のような指先が、白と黒の鍵盤の世界を流麗に滑る。

 花園を流離う胡蝶のような淀みないワルツ。

 

 かつて、ガンプラバトルの操縦の奥深さをピアノに例えた少女がいたが、その鍵盤の世界においてさえも、真紅の髪の彼女はスペシャルだった。

 なんの変哲も無い楽譜、恐らくは彼女にとっては容易い初等の譜面なのだろう。

 そんな初歩の楽曲においてさえ、奏者の腕が音の響きに差を生みだす事を、彼女の自在な指先が証明する。

 だが可憐に踊る指先に反し、鍵盤に落ちる乙女の視線は、どこか物憂げであった。

 

「随分と憂鬱なエリーゼだぁ~」

 

 おもむろに、部屋の入口から気だるげな声が届いて来た。

 ピアノの乙女、リュウザキ・アゲハは指先を止める事無く、視線のみを来訪者へと返す。

 

「……また昼間から呑んでらしたの、ツルギお姉さま?」

 

「おーうさ!

 へへ、来週っからまた忙しくなるからねえ。

 名残は尽きねど、しばしの飲み納めだよん、と」

 

 妹の厭味を気にも留めず、リュウザキ・ツルギが妹のベッドに、ぼふんと大の字で体を預ける。

 幸せそうに寝返りを打ち、そして、視線の先のバトルシステムに瞳を向けた。

 

「決勝戦、惜しかったじゃないか」

 

 ぽつり、とツルギが口を開いた。

 一月前に閉幕した、第十三回ガンプラバトル選手権、茨城予選の顛末の話である。

 その準々決勝、大洗はまぐり高校との死闘を制したエコール女学院は、破竹の勢いで決勝戦まで駒を進めたものの、決勝では前年度優勝校、夢街校の老練な忍術を前に不慣れな室内戦において連携を分断され、敢え無く敗退の憂き目を見ていた。

 

「……流石はガンプラ忍道に名を馳せる夢街のエース。

 準々決勝に置き忘れて来た心の闇を、見事に討たれてしまいましたわ」

 

「ったく、らしくもない事を言う。

 勝者ってのはいつだって、敗者の夢と情熱を背負って戦いに臨むモンだぜ」

 

「勝者……。

 あの戦いが勝利と呼べて、お姉さま?」

 

 物憂げなエリーゼのためにが、不意に止まった。

 鍵盤蓋を下ろし、柔らかな赤い色ロール髪が姉の方を振り返る。 

 

「あの準々決勝……、会場中から捧げられた惜しみない拍手が、誰に捧げられた物であったのか。

 それは実際に戈を交えた私が、誰よりも理解しています」

 

「…………」

 

 深刻な妹の声色を受け、だらしなく寝そべる姉の瞳にも、僅かに真剣な色が宿った。

 長いガンプラバトルの歴史の中には、特別、と呼ぶべき試合が確かに存在する。

 技術の拙劣や勝敗の行方を超えて、人々の瞳に焼き付いて離れぬ閃光のような――

 

「はまぐり高校のタンク道部は、本当に素晴らしい試合をしました。

 ヒロミさんの編み出す戦術も、それを即座に実行に移す選手たちの呼吸も……。

 策に破れ、徒に僚機を失った私には、ただ強引にMSの強みを押し付ける事しか出来なかった」

 

「MSの強みを押し付けられてるようじゃあ、タンク乗りはおしまいだ。

 まっ、あの娘たちもまだまだ、修行が足りないってだけの話さ」

 

 にべも無くツルギが言い放ち、軽く反動を付けて上体を起こした。

 いかにも現役のタンク乗りらしいシビアな言い草であった。

 

「そんなのは……、悲し過ぎますわ。

 最善を尽くし、最大の賞賛を受けた者が、大本の機体性能の差で勝利者足り得ないなどと」

 

「傷ついたタンクの姿を見るのは、そんなに嫌かい?」

 

「当たり前です! そんなの……」

 

「だからレディーのスタイルを求めた……。

 昔っから優しい子だよ、アンタは」

 

 真っ直ぐに見つめ返して来た妹に対し、呆れたようにツルギが溜息を吐いた。

 優しい子、それがリュウザキ・アゲハの真実だった。

 

 思い返せば、コバヤシ・ヒロミの戦術の本質は、リュウザキ・ツルギの思想に良く似ていた。

 性格は真逆でありながら、共に強かで小賢しく、逆境に強い。

 広大な戦場には、己の技量や機体性能の類とは別の次元に、思いもよらぬ勝機が転がっている事を知っている。

 そして一度チャンスと見れば、傷つく事も欺く事も厭わない。

 

 対し、幼い頃のアゲハはヒロミよりも繊細な少女であった。

 ビルダーとしてもファイターとしても非凡な才能を持ちながら、愛機が傷つく事を極端に恐れるが故に、バトルではヒロミのガムシャラな戦法を前に度々遅れをとった。

 自然、そんな心優しいアゲハが目指したのは、姉のツルギではなく『地虫の嵐(ハリケーン・クローラー)』の異名で知られるカトリ・ランコのスタイルだった。

 

 次世代の高速可変機を向うに回し、真っ向堂々と渡り合うスーパーパイロットの境地。

 その特異の操縦を極めたならば、一切相手に触れられる事無く勝敗を決せられるのではないかとさえ、当時の少女は本気で考えた。

 

 情熱と才能に裏打ちされた、たゆまぬ研鑽の日々。

 だが少女の腕前は、およそ天性とでも言うべき一線を、遂に最後まで越える事が叶わなかった。

 そして彼女の憧れであったタンク道も、当時まったく無名の天才少女の前に大敗を喫した。

 

 戦いの後、タンクの限界を悟ったカトリ・ランコは、いっそ潔く現役を退いた。

 諦めの悪いリュウザキ・ツルギは、チームの解散後も一人、タンク道回天の機会を虎視眈眈と伺っていた。

 ランコを師と仰ぐアゲハもまた、そこで自らの夢に見切りを付けた。

 

 タンクの傷つく姿に耐えられず、さりとてガンプラバトルの世界から離れる事も出来ず、宙ぶらりんのアゲハは夢の続きを、仇敵、レディー・カワグチの奔放なマニューバに求めた。

 MSと言う新たな世界を得て、地虫は蛹に、鳳蝶となり。

 その頃にはアゲハは、幼なじみのヒロミが、姉のツルギそっくりの諦めの悪い少女であった事など、すっかり忘れてしまっていた。

 

 

 

「……けどなアゲハちゃん、タンクは兵器だ、骨董品と呼ぶには早すぎらぁ。

 戦えば傷つくのは当たり前だが、戦ってこそ価値があるし、あたしらの生き甲斐もそこにある」

 

 しばしの沈黙の後、リュウザキ・ツルギは澄んだ少女のような瞳で、まっすぐにツルギを見つめ返してそう言った。

 

「MSだろうがMA相手だろうが条件は五分、まったくのガチンコだ。

 今でこそタンクは時代の主流を外れちゃいるが、どう化けるか分からないのがガンプラバトル。

 プラフスキーの神様は、この世のあらゆるガンプラに対し、残酷なまでに平等だ」

 

「…………」

 

「タンクは翼だ、長大な砲も無限軌道も、足枷であろうハズが無い。

 そいつが信じられなくなったら、タンク道は続けられないよ」

 

「……そう、そうですわよね。

 あの子たちの目、何一つ疑ってはいなかった」

 

 そう言って寂しげに俯くアゲハを見据え、ツルギはベッドから立ち上がってひと伸びした。

 

「MSに転向したのは正解だと思ってるよ。

 そっちの方がアンタには向いてる、今よりもずっと強くなる、きっと、誰よりもね」

 

「…………」

 

「……へっへ、けど、世の中はままならないもんさ。

 自分に向いている事と、本当にやりたい事ってのは一致しないんだわ、悲しい事に」

 

「お姉さま?」

 

 ふっとツルギの物言いが、おどけるような陽気に転じた。

 アゲハが顔を上げ、怪訝な瞳を扉の前のツルギへと向ける。

 

「週明けからさ、はま高のやつらと合宿やるんだよ、タンク道合同・夏合宿。

 どうだい、アゲハちゃんも来るかい? ()()()()も連れてさ」

 

「行けるワケが無いでしょう、そんなの」

 

 ふうっ、と呆れたように大きくため息を吐いて、アゲハもまた椅子から腰を上げた。

 

「生憎と私もこの夏は予定で一杯ですの。

 酔いどれの戯言に付き合っている余裕などありませんわ」

 

「へん、そうかよ。

 せいぜい出世しなよ、優等生」

 

 去り際、妹の手にした参考書の類を目ざとく見つめながら、ツルギは含みのある笑みを浮かべて部屋の戸を閉めた。

 

 

 ――八月

 

 うだるような暑さが、大洗の海岸線にたゆっていた。

 空の蒼さと、海の碧、むくむくと立ち昇る入道雲に蝉の声と、陽炎と。

 

 夏真っ盛りであった。

 長い休暇に入り、バカンスに、行楽に、海に山にイベントにと、思い思いに羽伸ばすこの季節。

 特に一般のガンダムファンにとっては、ガンプラバトル選手権の開催を三日後に控えている。

 世間はまさしくお祭りムード一色であったが、そんな事は、戦いに敗れた少女たちには無縁の世界であった。

 

 春に花散らしたタンク乗りは、夏に実を付け、来季を目指す。

 今日もまた盛夏の海岸線には、力強い少女たちの歌声が響いていた。

 

 

 

「アーイランドウォーズを知ってるかーい?」

「あーいらんどうぉーずをしってるかーい?」

 

「コーイツはド偉いアーニメーイショーン」

「こーいつはどーえらいあーにめーぃしょーん」

 

「スペリオ出る!」「すぺりおでる」

「プラフ籠める!」「ぷらふこめる」

 

「母ちゃんたちには内緒だぞ―!」

「カーチャンたーちにはなーいしょーだぞー」

 

 

「ほれほれ~い、やっとこさ折り返しだ、気合入れて行こうぜ皆の衆!」

 

 タンクトップ姿の指揮官、リュウザキ・ツルギが、ショートの赤髪を風に揺らして声を張る。

 背の高い均整の取れた肉体に、力強いストライド。

 とても明け方まで二日酔いで呻いていた女とは思えない、逞しい乙女の姿がそこにあった。

 

「ほぇ~、砲弾学園って毎日こんな事やってるんだ、すっごいなーっ」

 

 そのすぐ後方。

 マユヅキ・ミカが二つ編みのおさげを揺らし、傍らの白のジャージの少女たちに話しかける。

 

「いつもはやってないよ、こんな事、私たちもはじめてだよ」

「多分、タンク道も関係ないよね」

「リュウザキ先生、いっつもノリで動くから」

 

「そっかぁー、ノリかぁー」

 

 揃いの白のジャージで並んだ、砲弾学園の少女たちが互いにうんうんと頷きあう。

 すれ違いざま、たちまちツルギの音痴な軍歌が轟き始める。

 

「アーイランドウォーズを見ーたぞー」

「あーいらんどうぉーずを……」

 

 次いで後方集団

 やかましい先頭からやや離れ、小豆色のダサイはま高ジャージの群れががぞろぞろと続く。

 

「ヒャッハー! どうした二等兵、かおりん、それにトモちゃん。

 気合入れて小生に続けー」

 

「御大将ッ! もう先頭が見えないのであります!」

 

「やっぱミカはすげえよ」

 

「熱中症は怖いですから、無理せず自分のペースで行きましょう」

 

 その中団のさらに後方。

 一人取り残されたコバヤシ・ヒロミに、スタイリッシュな水色のジャージまじりの珍妙な集団。

 

「マ……、マスノ、さん、なんで私たち、はま高の合宿に参加している、の、かしら……?」

 

「カシマさん……、こ、これもお姉さまの深慮遠望ですの……、多分。

 敵を知り、己を知れば、す、すなわち百戦、危う、か、ら……」

 

「ハァ……、ハァ……、相変わらずトバシてんなあ、ツルギ先生」

 

 そして最後尾、そこには一人、死にかけのゾンビのような危うい足取りの保護者の姿が。

 

「昔っから、あ、あいつは……、てきとうで、む、むこう、みず、で……」

 

「おー、そうだデコ。

 言い忘れてたけど、ビリになったヤツ、全員にジュース奢りな」

 

「……殺ス……!」

 

 すれ違いざま、ポン、とツルギが、グロッキー状態のランコの肩を叩いた。

 形の良いデコに、たちまちピシリ、と青筋が走る。

 

「ようし! ここいらでラストスパートだッ

 みんな、遅れずに付いて来い!!」

 

「えっ!? もうラストスパート、ここから学校まで?」

 

「ほら、リュウザキ先生はノリだから」

「マユヅキさんも適当に力抜いて行った方が良いよ」

「熱中症は怖いからね」

 

 

「アーイランドウォーズを知ってるかーい?」

「あーいらんどうぉーずをしってるかーい?」

 

 

 海岸線に、再び力強い軍歌が響き始めた。

 ぶわっ、と熱気を孕んだ浜の潮風が、少女たちの両頬を撫ぜる。

 燦々と降り注ぐ陽光の中、タンク乗りたちの新たな一日が始まろうとしていた。

 

 ……なお、結局ビリになったのは、最後に深酒の揺り戻しが来たリュウザキ先生だった模様。

 

 

 ――昼。

 

 午前中の激しい模擬戦を終えた砲学・はま高一同は、休息を挟んで部室に集合していた。

 暗幕で遮られた開かずの教室で、やや緊張気味の三バカが音頭を取る。

 

「――諸君、まずはコイツを見てほしい」

 

 ヨロズヤ・ギンガの言葉に合わせ、飛行帽を被ったオリハラ・マイが、両手に持った二種類のプラモデルをベースへと据える。

 

 戦闘機であった。

 共に宇宙世紀より遥かに時代を遡る、第一次世界大戦期あたりと思しきレトロな機体。

 大型のプロペラとクラシックな蒸気機関を備えたレシプロ機である。

 

「まあ、これは素敵なアンティークですねえ」

 

「うん、さすがは元戦車同好会。

 細部の塗り分けまで良く仕上げてる、ん、だけど……」

 

「どったのギンちゃん? タンク道辞めてプロペラ航空道でも始めんの?」

 

「ま、ま、慌てんなよミカ。

 さて、今、二等兵がセットした二台の戦闘機。

 左のは一般的なタミヤ模型、右側はそれを参考に私たちが作ったスクラッチ・ビルドだ。

 外見こそ結構違うが、イメージしている機工やスペックはほぼ、同時代並みと考えてほしい」

 

「それでは、メシェー機、出撃であります!」

 

 満を持して、二等兵がGPベースを起動させた。

 青白いプラフスキー粒子が二つの戦闘機を透過し、やがて右側の機体()()がぶるんと痙攣した。

 癇癪を起したかのようなレシプロエンジンが、徐々に機嫌を取り戻し始め、力強いピストンに合わせて勇ましくプロペラが回転する。

 やがて、機体はゆるやかに加速を始め、無事にゲートをくぐり抜けアメリアの空へと離陸した。

 

「やりました! 発進成功であります!

 引き続き性能評価試験に移るのであります」

 

 喜色満面、飛行帽を被り直したマイの後ろから、興味深げにツルギがフィールドを覗き込む。

 

「ほう、レシプロ機が飛んだか。

 一方でタミヤ模型の方は反応なし、ま、ガンプラじゃないからそれが普通なんだろうけど」

 

「ん? んん?

 それじゃあ今、二等兵が操縦してる飛行機の方は、ガンプラ扱いって事?」

 

「オリハラさん、さっきメシェー機って言ってたけど……。

 もしかしてその戦闘機、ミリシャ製なのかしら?」

 

 両腕を組んだカトリ・ランコの仮説に対し、パチン、とギンガが指を鳴らす。

 

「そ、さすがは先生。

 二等兵が操縦しているプロペラ機は『∀ガンダム』の劇中に登場した、

 ミリシャの戦闘機をモチーフにする原作再現機なんだ」

 

「まあ、そんな事で飛行機模型が動くんですか?」

 

「要は、どうやってシステムに『ガンプラ』として認識させるか、って言う話なんだよね」

 

 しきりに小首を傾げるトモエに対し、傍らのヒロミがギンガの説明を補足する。

 

「プラフスキー粒子は基本、ガンプラしか動かせない。

 けれど設定付け次第では、既成のパーツを一切使っていないフルスクラッチ品ですら動かせるのがガンプラバトルです。

 今、タマちゃんの動かしている戦闘機は、コアファイターやドダイと同じ、ガンダム世界に存在する架空の兵器と認識されていると考えられます」

 

「なるほど、さすがヒロちゃん、ガンプラ博士」

 

「ふふふ……、ところがぎっちょん、だ」

 

 口元にアリー・アル・サーシェスのような意地悪な笑みを浮かべたイイツカ・カオリが、対面のベースに新たなレシプロ機を据える。

 

「イイツカ・カオリ、ビーチクラフト17、出撃する」

 

 カオリの宣言に連動し、メシェー機同様にエンジンが振動を始めた。

 一連の操縦により問題無く機体は離陸を果たし、先行するマイ機とたちまち激しいドッグ・ファイトを繰り広げ始める。

 

「……さて、問題はこれだよ諸君。

 今、かおりんが操縦しているのは、ビーチクラフト社製作の()()()()()()()()()軽飛行機だ」

 

「えっ」

 

「ついでに言えば、模型自体もタミヤの既製品をちょっくらいじくっただけのセミ・スクラッチ。

 誰がどう見てもガンプラじゃない、だけど動いちまうんだな、これが」

 

「ん? あ? えっ? ど、どう言う事?」

 

 困惑気味に身を乗り出したミカの後ろで、砲学のヒカルがためらい気味に片手を上げる。

 

「あの……、もしかしてだけど、

 ピーチクラフト17って、ベルトーチカがカラバに持ち込んだあの飛行機、なのかな?」

 

「ご明察!

 ざっくり説明すると、私が動かしているレシプロ機は、本当は現実世界の飛行機じゃない。

 外観も性能も現実の機体そのものだが、実はこれも宇宙世紀に現存する架空の兵器ってワケだ」

 

「はぁ、随分と手の込んだ仕事をするわねぇ」

 

「……で、さ、いよいよここからが本番さ」

 

 そうそうに撃墜された二等兵に代わり、心なしか緊張した面持ちのヨロズヤ・ギンガが、一台の車輌をベースへとセットした。

 

「ヨロズヤ・ギンガ!

 ロ、ロロ61式ッ 発進するッッ!!」

 

 噛み気味のギンガの宣言に合わせ、ゴトリ、と深緑の中戦車が動き始めた。

 頭部も無ければ両腕も無い、世間一般に『戦車』と言って即座に頭に浮かぶであろう、

 クラシック、かつスタンダードな戦車が、力強く無限軌道を回して戦場に走り出した。

 たちまちわっ、と三バカが快哉を挙げる。

 

「やったッ! やりました! 実験成功であります!!」

 

「すげえ、スゲエよ御大将。

 あんたやっぱ、本当はやれば出来る子だったんだ」

 

「ふはははーっ! 絶好調であるッッ」

 

「……ええっと。

 61式戦車ってガンプラでしょ? 動いて当然なんじゃないの?」

 

 三バカの興奮に取り残されたミカが、ポツリ、と素朴な疑問をこぼす。

 

「ううん、ち、違うよミカ……、

 今、フィールドを動いてるのはタダの61式じゃない。

 寸法も随分と縮んでいるし、それに、砲塔は一門、52口径90mmライフル砲……!」

 

「ヒロちゃん?」

 

「だからさ、ホンモノだよッ 本物なンだってば!!

 本物の61式戦車がプラフスキー粒子で動いてるって言ってるんだよ!?」

 

「??? 61式戦車に、本物とか偽物とかあるの?」

 

「……1961年、日本国内で開発された、戦後第一世代戦車の名前が61式。

 機動戦士ガンダムに登場した地球連邦の戦車は、その名前を流用した全く別の車輌なのよ」

 

 完全に興奮状態になったヒロミに代わり、カトリ・ランコが説明を補足する。

 だが、その声色もヒロミ同様、隠しきれない驚愕に震えていた。

 

「んえっ? って事はつまり、現実の戦車がガンプラバトルしてるって事?」

 

「すっげえ! マジかよ!? 世紀の発見じゃねえか!

 どうやって作ったのかおいちゃんいも教えてくれよ、んん?」

 

 そして、人一倍興奮冷めやらぬ大人、ツルギにバシバシと背中を叩かれ、珍しくも恥ずかしげなアホ毛が顔を上げた。

 

「へ、へへ、ヒントはさっきのビーチクラフト17にあったのさ。

 そもそも宇宙世紀は、現実世界の歴史の延長上にある架空の世界線だ。

 我々の知る兵器の多くが、宇宙世紀以前のガンダム世界に存在しているハズなんだ。

 それはつまり、現実のあらゆる兵器がガンプラとして成立し得るって事なんだ」

 

「この戦車は61式のガンプラをベースにデチューンした、セミ・スクラッチなのであります。

 宇宙世紀における61式誕生以前の戦車開発系譜上に存在したであろう、

 20世紀後半頃の、架空の旧式戦車の1バリエーションを想定した車両なのであります」

  

「とは言え、本編から一世紀も時代を遡った戦車にしては、やや馬力が出過ぎているようだな。

 回りくどい事をした分、現実の61式に性能を寄せるにはもう一叩き必要か……」

 

 と、したり顔で性能評価を続けるカオリに対し、ミカは思わず素朴な疑問を口にした。

 

「ん? アレ?

 それってつまり、作り込めば作り込むほど弱くなるって事?

 だったら今のまま、ガワだけそっくりな戦車にしといた方が得じゃない?」

 

「うふふ、違いますよミカさん。

 この場合、強いとか弱いとかではないんです」

 

「え? そうなの、だったら何なの?」

 

 謎かけのようなトモエの言葉に、ミカが再び首を捻る。

 見かねた砲弾学園の三人娘が、ミカに対して助け船を出した。

 

「ほら、ミカさん。

 もしも現実の61式戦車の性能そのままにガンプラバトルができたなら」

 

「それは多分、およそこの世界の全ての戦車が、

 理論的にはGPベース上で再現可能って事なんだよ」

 

「Ⅳ号戦車も、ヘッツァーも、八九式中戦車も、Ⅲ号突撃砲F型も、M3中戦車リーも……」

 

「……あ! ああああああっ!!??」

 

「ふっ、気付いたか、ミカ」

 

 

『 Field Change 』

 

 

 カオリの操作に合わせ、フィールドからクラシックなアメリアの街並みが消え、代わりに夏草の香りがいっぱいに広がった。

 空の蒼さと、海の碧、むくむくと立ち昇る入道雲に蝉の声と、陽炎と。

 小高い丘の上のグラウンドから、視界には遠浅の海岸線が延々と広がって行く。

 

「ここは……」

 

「はまぐり高校グラウンド……。

 更に言えば、大洗町付近一帯の地形を模したフィールドだな」

 

「今日の試運転のお披露目に合わせ、

 かおりんが国土地理院のHPから地形データを引っ張って来たのであります!」

 

「もっとも、突貫作業だったからね。

 今できてるのはこのグラウンドと、書き割りの校舎だけだがな」

 

「あ、ああ……」

 

 ミカの口から感嘆が漏れた。

 ガンプラバトル選手権での敗北よりはや二ヶ月。

 今、三バカたちがこそこそとやっていた悪戯の正体が、ミカの瞳にもようやく見えた。

 

「やろうぜ、戦車戦。

 この大洗で、大洗女子学園 対 聖グロリアーナ女学院の世紀の一戦をさ。

 そいつを小生たちタンク道部一期生の、卒業研究にするってのはどうだ?」

 

「やるぅ! やるやる!

 そん時あたし、Ⅳ号使っていい?」

 

「いやいや、指揮車はやっぱコバヤシさんだろ?

 ミカはカメさんチームでも使っとけよ」

 

「そう言う話だったら、私たち砲弾学園も一枚噛ませてよ」

 

「聖グロかあ。

 ウチの子たちにもクルセイダーの研究とかさせて見る?」

 

「うふふ。

 その時には是非、プラウダさんとの合同演習と行きたいですねぇ」

 

「知波単もであります!

 卒業までに頑張って部員を増やせば、きっと実現できるのであります」

 

 浜の潮風を受け、グラウンドをひた走る61式の周りで、少女たちが本気のガルパンごっこに想いを馳せる。

 戦うばかりが道では無い。

 なれど遊びだからこそ本気になれる。

 世間がガンプラバトル選手権一色に染まる中、タンク乗りの乙女たちは、仮初の海岸線に自分たちだけの未来を見出しつつあった。

 

 

「ふ……、タンク道の最前線では、随分と突飛な事を考えているようですわね」

 

「――!?」

 

 不意にガラリと扉が開き、開かずの教室に廊下からの光が差し込んだ。

 一同の視線が、たちまち逆光にそそり立つ人影に注がれる。

 上等なワインレッドのブレザーを着こなす長身の乙女。

 大理石に例えられる揺るぎない瞳の強さ。

 窓からの風がロールの赤毛をふわり、と揺らし、室内に微かに金木犀の香りが漂う。

 

 リュウザキ・アゲハであった。

 気高きエコールの『マダム・バタフライ』が、場違いな蝉の声を伴って、休日の大洗はまぐり高校に姿を現した。

 

 

「アイエエエエ! アゲハ!? アゲハサンナンデ!?」

 

「落ち着け、御大将、噛ませ犬になってるぞ」

 

「頑張ってギンちゃん。

 早くさっきまでのカッコイイ部長に戻るのであります」

 

 リュウザキ・アゲハ現る。

 先の茨城予選において、はま高を打ち破った天敵が、タンク道部の本丸に姿を見せた。

 予想外の来客に固まる室内を一瞥し、エコールの乙女が一歩踏み出す。

 

「ちょっ!? ちょちょちょいマチ!

 アンタ、何だってこんな所に……?」

 

「……私が呼んだのよ。

 文化祭の前に一度、顔合わせをしておいた方が良いかと思ってね」

 

 このままでは埒が開かないと踏んだか、後ろにいたランコがネタをばらした。

 

「文化祭……って、どう言う事、先生?」

 

「やるんでしょ、はま高の文化祭で、砲弾学園とのエキシビジョン・マッチ。

 色んな人が見に来るから、審判員の依頼も必要になるんじゃないかしら?」

 

「審判員……? 他校生のリュウザキさんが、ですか?」

 

 トモエが疑問を重ねたその時、入口より姦しい少女たちが侵入し、アゲハの前に立ち塞がった。

 

「かしらかしらご存じかしら?

 アゲハお姉さまがこの夏、国際ガンプラバトル公式審判員の、

 C級ライセンスを取得した事をご存じかしら?」

 

「伝統あるタンク道の復活祭を、現役女子高生審判員のアゲハお姉さまが仲立ちする。

 さすがはカトリ元プロ、プロデュースの何たるかを理解されてますのね」

 

「あ、かしまし、ランニングの後、姿見ないなーって思ってたら」

 

「こくさい、ええと、しんぱんいん……、ですか?」

 

「もう、カシマさんもマスノさんもおよしなさいな。

 C級などと所詮は手習い、そのように一々ひけらかす物ではありません」

 

 そう言って、アゲハは恥ずかしげに二人を窘め、すぐに表情を改めてランコと向かい合った。

 

「――とは言え、ミニイベント程度の非公式試合を監査する権限くらいは頂いております。

 私でお力になれるのなら、喜んで協力させて頂きますわ」

 

「ええ、ウチの部員たちとも、せいぜい仲良くやって頂戴」

 

「だ、だけど、アゲハ……さん、なんで?」

 

 それまで蚊帳の外になっていたヒロミが、戸惑いがちに口を開いた。

 彼女の疑問も当然である。

 

 一般に、ガンプラバトルの公式審判員には、ベテランの元プロ選手が多い。

 当然、役割上ガンプラに対する深い知識と経験が求められると言う事情もある。

 だがそれ以上に、公式大会の審判を務めると言う立場上、プロと審判員は両立出来ないのだ。

 

 幾度となく挑戦を経て、自らの限界を見極めた者。

 功成り名を為し、ガンプラバトルの未来への貢献と言う、新たな目標を探し始めた者。

 ガンプラバトル公式審判員は、第一線を退いたビルダーたちにとっての受け皿と言う意味合いの強い職種である。

 

 けれど、リュウザキ・アゲハは本来なら、これからのビルダーであるハズだ。

 今年は惜しくも全国大会出場こそ逃したものの、茨城県下で随一の実力を持つビルダーであると同時に、素人同然の部員たちを率いて、一年目のバトル部を県大会準優勝にまで導いた稀代の司令塔である。

 彼女の未来には、輝かしいプロ選手としての闘争の日々が待ち受けていたハズだ、本来なら。

 

 そんなヒロミの懸念を悟ったのであろう、アゲハが静かに頷いて真摯な瞳をヒロミへと向けた。

 

「ヒロミさん、せんだての試合の折、あなたたちに言いましたわね。

 鳴り止まぬ万人の喝采が、貴方たちの正しさを証明している、と」

 

「う、うん……」

 

「正しい者が勝てないならば、それは現実の方が間違っているのです。

 姉、ツルギはMSの風下に立つのを由とせず、

 あくまで対等な条件での攻略に拘っているようですが……。

 私の考えは、姉とは違います」

 

「アゲハちゃ、だったら?」

 

「あの歓声を聞いて確信しました。

 もしも、まっとうなレギュレーションを用意したならば、

 タンク道には別の未来がある、と。

 タンク同士、公正なルールを、ガイドラインを公式に提供できれば、

 きっと、あの日の興奮を世界中のガンプラバトル大会で再現できるはずです」

 

「……だから、公式審判員、なの?

 それがアゲハちゃんの今の夢?」

 

 幼馴染の舌ったらずな問い掛けに対し、アゲハは恥かしげに苦笑をこぼした。

 

「ゴメンなさいヒロミさん。

 私は、臆病で、どうしてもあなたのようには出来なかった。

 おかげで随分と、周り道をさせてしまいました」

 

「ん……、いいの、ずっと待ってた」

 

 そうかろうじて呟いて、ヒロミはそっと目尻の涙を拭った。

 ようやく再会を果たした少女の姿に、タンク道の仲間たちにもほっこりとした空気が包まれる。

 

「まっ、何はともあれ、めでたしめでたし、って事なのかな?」

 

「お二人とも、本当に良かったですねぇ」

 

「ヒューヒュー! お二人とも妬けるねえ!」

 

「――ッ!」

 

「んいっ!?」

 

 余計な事を口走った瞬間、凄まじいばかりのガンがミカ目がけて飛んできた。

 小柄な体が反射的にビクン、と震える。

 

「な、なんでアゲハさん、あたしの事を全力で睨んで来てんの」

 

「バーカバーカ、余計な事言うからだあ反省しろー」

 

「……別に、お、怒ってなど、いませんわ」

 

 抜き身のような眼光でミカを刺し貫いたまま、じりりっ、とアゲハが一歩にじり寄る。

 身の危険を感じとったミカが本能的にネコ足立ちの構えを取る。

 ぞわり、先ほどとは打って変わって、剣呑な空気が室内に溢れだす。

 

 ゴホンと一つ、わざとらしく咳払いをして、再びアゲハは真正面からミカを睨み据えた。

 

「ん、ええ、その、マユヅキ・ミカさん?」

 

「うっ、うん、な、なに?」

 

「私は以前、貴方に対して、紛い物の半纏など相応しくない、と伝えました」

 

「そ、そうだった、あたし、すごい傷ついたよ」

 

「その気持ちは今も変わりません。

地虫の嵐(ハリケーン・クローラー)』カトリ・ランコの薫陶を受けた貴方が、あんな安い恰好で試合に臨むなど」

 

「うう~、もしかしてアゲハさん、あたしの事キライ?」

 

「~~ッ! 好きとか嫌いとかではありませんッ!

 貴方と言う人は、どうしてそう話の腰を折るのです」

 

「アゲハさん、イジメっこ?」

 

「おいおいおいおい、何ウチのアイドルをイジメてくれてんだよォ~!

 イジメ、カッコ悪いぞ現役女子高生審判員さんよォ~」

 

 姉ツルギの余計な茶々に対し、振り向きざまにアゲハが睨み付ける。

 だが自慢の視線も姉妹には効果はいま一つのようで、ツルギは吹けもしない口笛をフーフーやってそらとぼけた。

 

「……とッ! とにかくミカさん!

 貴方にはですからッ、これを差し上げます!」

 

「うわっ、おっちょちょ!?」

 

 そう言うが早いか、アゲハは手にしたトランクケースを放り投げるように差し出してきた。

 慌ててミカは体勢を立て直し、ケースを抱えたままぱちくりとアゲハを見つめ返す。

 

「え、ええ? な、なに、コレ?」

 

「貴方に差し上げると言ったのです」

 

「あ、うん、ども、開けちゃっていいのかな?」

 

 無言で先を促すアゲハの視線を受け、神妙な面持ちでトランクの蓋を開ける。

 ケースの中には丁寧に畳まれた白の着物が収められていた。

 ミカの猫目が、はっ、と大きく見開かれる。

 

「アゲハさん、これ……!」

 

 両の手で広げるように、高らかと着物を掲げる。

 白と黒の山形のだんだら模様に、背中に刺繍された『誠』の一字――。

 

「見ての通り、新撰組の羽織ですわ。

 現役時代、姉、リュウザキ・ツルギが纏っていた物です」

 

「まあ、随分と懐かしい物を隠してたものね」

 

「ええっ!? そ、そんなのあたし、受け取れないよォ」

 

 珍しくも取り乱したミカが、困ったようにアゲハの顔を見つめ返す。

 だがアゲハは両腕を組んだまま、静かに首を横に振った。

 

「言ったでしょうミカさん、紛い物の羽織など相応しくない、と。

 いまの貴方は現代のタンク道の代表です。

 売り子紛いのいい加減の格好など、この私が許しませんわ」

 

「けど……」

 

 ちろり、とミカが元の持ち主であるツルギの方を顧みると、気さくな姉気分はさしたる風も無く笑い飛ばした。

 

「あー、いーいー、細けえ事は機にすんなよミカちゃん。

 それだって単なる修学旅行土産なんだから、本物の偽物も無いって」

 

「え……?」

 

 と、この一言に対しては、なぜかアゲハの方が悲しそうだった。

 

「ま、私たちも、本当は羨ましくないって言えば嘘になるんだけど」

「私たち、揃いの弓道衣姿がトレードマークだからね」

「いい機会じゃん、貰っちゃいなよミカさん」

 

 砲弾学園の三人も、冷やかすようにそう笑い合った。

 

「ねっ、ミカ、着て見せてよ」

 

 いつの間にか傍らにいたヒロミが、ミカの肩をそっと叩いて促した。

 

「前に話したでしょ。

 ミカがその新撰組の羽織を着て隣にいてくれると、

 私、今もタンク道やれてるんだって、すごく安心できるから」

 

「ん、わかった、ヒロちゃんがそう言うなら」

 

 ヒロミの笑顔に頷いて、ミカがタンク道の歴史を両肩に羽織る。

 だんだらの袖に両手を通し、誠の一字を見せつけるようにその背に負う。

 

「ほれ、どうだ! コイツがあたしのニューコスチュームだっ!

 感想はどうした、皆の衆!」

 

「う、うむっ、うん……」

 

「どうした、って言われても、なあ……?」

 

 ばっ、と両手を広げたミカの雄姿を前に、はま高一同が困ったように互いの顔を見合わせる。

 心なしか、部屋のそこいらから忍び笑いが漏れ始める。

 

「大尉、袖……、長すぎであります!」

 

「オバQのハカセみたいになってんぞ、ミカ」

 

「リュウザキさん家は、姉妹そろって長身だからなあ」

 

「ふふふ、ミカさん、後で袖を詰めて差し上げますね」

 

「むうーっ、なんだよなんだよ、みんなしてさあ」

 

 冴えない周りの反応に、ミカはぷっくりと頬を膨らませて抗議して見せたが、その内に何を思いついたか、ばっ、と真後ろを振り返って、向かい合ったアゲハに対し殊更に羽織姿を見せつけた。

 

「じゃーん! へへっ、どう、アゲハさん」

 

「どうって……、なぜ、私に聞きますの?」

 

「アゲハさん、偽物の羽織なんか似合わないって言ったじゃん?」

 

「ええ、言いました、わね」

 

「だからさ、本物を纏った今のあたしはどうかなって聞いてんの」

 

「それは……」

 

『ほめてほめてオーラ』を全身から放つミカを前に、アゲハは珍しく次の言葉を言い淀んだ。

 困ったように周囲を見渡し、そしてちらりと盗み見るように、時折ミカに視線を送る。

 

「その……」

「その?」

 

「わ……」

「わ?」

 

「……わ! 私に、みなまで言わせる積もりですのッ!? 貴方と言う人は!!」

 

「聞きたいなあ、聞かせてよ、アゲハさんの気持ち」

 

「~~~ッ 帰りますッ!」

 

 屈託の無い満面の笑みを跳ね除け、アゲハはすぐに振り返って、足早に教室を後にした。

 たまらず両脇のかしましがフォローにかかる。

 

「ちょっとマユヅキさん!

 私たちのお姉さまを、あまりからかわないで下さるかしら?」

 

「お姉さまはああ見えて天然ですから、こう言った遣り取りに慣れていませんの」

 

「余計な話は要りません!

 行きますわよ、カシマさん、マスノさん」

 

「あっ!? ちょっと待ってよ~っ」

 

 教室を後にする三人を追って、ミカも慌てて廊下に駆け出す。

 その駆け寄ろうとするミカの動きを、振り向きざまにアゲハが片手で制する。

 

「これ以上の馴れ合いはいたしませんわ。

 ミカさん、私のライバルである貴方に塩を送るのは、今日が最初で最後です」

 

「ライバル……! あ、あたしがッ!?」

 

「……?

 何か、おかしな事を言ったかしら?

 貴方にはその自覚が無い、と?」

 

「だ、だってアゲハさん、あたしの事は認めてないって……?」

 

「ええ、勿論。

 私は依然、貴方の事を認めてはいません。

 誰が認めるものですか」

 

 そう言い切って、アゲハはクスリといじめっ子のように笑みを作った。

 

「貴方たちタンク道部の底力は、まだまだ、あんな程度では無いのでしょう?

 何度でも言いますわ、ミカさん。

 私に膝を突かせたければ、力尽くでやって御覧なさい!」

 

「……うん! わかった。

 次の試合では絶対にギャフンと言わせてやるんだからね」

 

「フフ、楽しみにしていますわ、マユヅキ・ミカさん」

 

 威勢の良い好敵手の言質を取り、ようやくマダム・バタフライにもいつもの調子が戻っていた。

 架空世界のマニューバそのままに華麗なターンを決め、金木犀が去っていく。

 

「……おい、良いのかよデコ?

 文化祭の打ち合わせするんじゃ無かったのか?

 結局アイツは何しに来たんだ?」

 

「こっちが聞きたいわよ。

 まったく、リュウザキ一門の教育方針はどうなってるワケ?」

 

 他人事のようなツルギの呟きに対し、呆れ気味のデコちゃんが抗議する。

 が、その内にまんざらでもない苦笑をこぼした。

 

「まあ、一先ずは落ち着く所に落ち着いたって感じかしら?

 文化祭はまだ先だから、ヨリさえ戻れば次の機会なんて幾らでもあるわよ」

 

 そう独り言のように呟いて、それからランコは、ふっ、と思い付きを口にした。

 

「ねっ、今度のはま高の文化祭。

 久しぶりにシナトラの奴にも声を掛けましょうか?」

 

「ほ~う、どう言った風の吹き回しだい?

 三人揃ってイベントに顔を出すの、あんなに嫌がってたのにさあ?」

 

「別に。

 ……ただ、そろそろ禊も済んだのかなって思っただけよ。

 新生タンク道部誕生のこの年が、いい節目になるんじゃないか、ってね」

 

「ああ、成程ねえ。

 へっへ、確かにそいつは、良い節目になりそうだなあ?」

 

 そう言って、不意にツルギが口元に下卑た嗤いを浮かべた。

 思わずランコがギョッ、と相方の横顔を見上げる。

 

「ちょ、何よアンタ、その悪どいツラは。

 またなんか良からぬ事を考えてるんじゃないでしょうねえ?」

 

「べーつーにー?

 あ~あ~、楽しみだなあ文化祭、早く秋になんねえかな~」

 

 とぼけるように、ツルギが窓の外の入道雲を仰ぎ見た。

 どれほどに心が逸っていても、季節は八月、夏真っ盛り。

 当面は楽しくも厳しいタンク道合宿の日々が続くのである。

 

 

 ――リュウザキ・ツルギのほくそ笑みの真意が明かされたのは、二か月後の事であった。

 

 

 

 

 

 

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