タンク道、始めます   作:いぶりがっこ

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喧嘩道、始めます

 その日、最後の出会いは「haman garden」での片付けの最中であった。

 

 

「あら? そちらはコバヤシさんではないかしら?」

「えっ?」

 

 後背からの呼び声に、ミカとヒロミが振り返る。

 視線の先に居たのは、いかにも上等なワインレッドのブレザーに身を包んだ二人組であった。

 

「あ……、カシマさんにマスノさん」

 

「知り合い、ヒロちゃん?」

 

「う、うん、中学校の時のクラスメイト、カシマさんとマスノさん」

 

「へー」

 

 説明するヒロミの声が、徐々にか細くなって行く。

 ちらり、とミカの猫目が二人の上等なブレザーを捉える。

 

 私立エコール女学院。

 中高一貫教育を唱え三年前に設立された新設校である。

 明日の日本を担う淑女たちの育成を目指す、と言う謳い文句に違わず、編入試験の難度は県下の女子高の中でも最難関を誇り、私立の学園と言う経済的な事情も含め、一部の特権階級にしか敷居を跨ぐ事の出来ぬ名門中の名門である。

 

 気高き乙女たちの知られざる花園。

 その響きを全少女の憧れ捉えるか、何か面倒くさそうと捉えるかは女子によってまちまちだが、少なくとも道産子のサラブレッドたるミカは後者であった。

 

 そんな微妙に白けた空気を意にも介さず、ショートカットのカシマ・エイコ(鹿島瑛子)はにこやかに話しかけて来た。

 

「ふふ、はま高の友達と一緒だったのかしら。

 もしかして、お邪魔してしまったかしら?」

 

 そう言って、そして、ヒロミの手にしたガンプラを見つめ、にっ、と挑戦的な瞳を向ける。

 

「あらヒロミさん、もしかして、まだ()()を使っていたのかしら?」

「あ……」

 

 ぴくん、とヒロミの両肩が震え、手にしたタンクを慌てて背中に隠す。

 

「はまぐり高校には、ガンプラバトル部は存在しないと耳にしておりますの」

 

 ウェーブがかった遅れ毛をいじりながら、傍らのマスノ・ヒタチ(鱒野常陸)が取り繕うようにおっとりと口を開く。

 

「ただの遊戯なら、僚機の足を引っ張る事はありませんもの。

 そんなに委縮する必要はありませんの」

 

「蓼喰う虫も好き好き、だったかしら?

 バトル部の無いはま高を選んだのは、コバヤシさんには正解では無いかしら」

 

 カシマとマスノが、そう言ってクスクスと笑い合う。

 対するヒロミの背中が、どんどん小さく、丸くなる。

 

 厭な感じだ、とミカは思った。

 

 今日、まともに会話したばかりのヒロミとこの二人の関係を、ミカは知らない。

 知らないが、ヒロミの後ろ手にしたザクタンクが馬鹿にされている事は、なんとなく分かる。

 それを言い返す事の出来ないヒロミの態度も、何となく嫌だった。

 オークリーの夕焼けを台無しにされたような気がした。

 

「えーっ。

 でも、エコ女にバトル部があるって話も、あたし、はじめて聞いたんだけど?」

 

 思った瞬間、自然、悪態が口を吐いて出た。

 ぴたり、と嘲笑が止まる。

 うろたえるように、ヒロミの視線が泳ぐ。

 

「あ、えと、ミカさん……」

 

「い、今、何と仰られたのかしら?」

 

「聞こえたまんまだよ。

 って言うかそもそも茨城代表なんか、学生大会じゃいっつもミソっかすじゃんか?

 今年のガンプラ学園はーとか、ガンプラ心形流は参加すんのか―とか、そんなんばっかでさー」

 

 ピシリ、と、()()()()の表情が硬くなる。

 内心「あ、こりゃマズイなあ」と、ミカは思った。

 一方で「そんなこと知るかよ」とばかりに、昨夜のメイジンの受け売りが、ぽんぽんと口を吐いて飛び出してくる。

 マユヅキ・ミカは気まぐれで気分屋である。

 面倒事は嫌いだが、面倒事を回避するために空気を読むのも面倒なのだ。

 

 果たして、重苦しい空気を抑え込むように、マスノさんが辛うじて口を開いた。

 

「確かに、これまでの茨城代表は不甲斐ない成果ばかりでしたわ。

 けれど、今年からは違いますの」

 

「そーんなこと言ってー。

 どーせ今年も夢街高あたりが勝つんでしょ、忍者の」

 

「わ、私たちエコールは新設校で、去年までは活動自体が無かっただけだから!

 本格的にバトル部を立ち上げた今なら、ぶっちぎりの優勝ではないかしら!」

 

 小刻みに肩を震わして、()()()()が虚勢を張った。

 安い挑発である。

 にっか、と、ミカが満面の笑みを浮かべた。

 

「なーんだ、それだったら今のトコ、ウチとあんまり大差ないじゃん」

 

 ぷつん、と決定的な何かが切れる音がした。

 

 

「勝負かしら!」「ですの!」

 

 

「ん?」

「ふぇ……、ええ?」

 

 そう言う事になった。

 

 

「ん、なに、なんかあったの?」「あの制服って、はま高とエコ女だよね?」

「何かこれからバトルするみたい」「はま高ってバトル部あったっけ?」

 

 学校帰りの女史が集うガンプラ乙女の園に、ざわざわとまばらなギャラリーが出来あがる。

 バトルシステムを挟んで向かい合う、お高く止まったブレザーと、野暮ったいセーラー服。

 珍しい取り合わせに、野次馬達が雑談の花を咲かせる。

 

「勝負は2on2。

 公平を期すべく、私たちは素組のレンタルガンプラを使わせて頂きますの」

 

「ヒロミさんはタンク乗りですから、自前の車両を使っても結構ですわ。

 もっとも、それでは却ってハンデを頂くようなものかしら?」

 

 居丈高に鼻息を荒げ、かしましが機体をベースに据える。

 勝手に盛り上がり始めた見物人に取り囲まれ、おどおどとヒロミが視線を泳がせる。

 

「あわわ、ど、どうしてこんな事に」

 

「大丈夫ヒロちゃん? リラックスリラーックス」

 

「うう、ごめんなさいミカさん、こんな事に巻き込んでしまって」

 

「気にしない気にしない。

 どうせ遊びなんだからさ、気楽にやろうよ」

 

 すっかり恐縮してしまったヒロミに対し、あくまで飄々とミカが応える。

 この場合、どちらかと言えば巻き込んだのはミカの方なのだが。

 

「それより、さ」

 

 ちらり、とミカの猫目が、対面の少女たちの手にしたMSを捉える。

 ジオン系特有のモノアイに様式美溢れるスピア。

 さらに二組で対となる肩アーマーを殊更に押し出した、厳つい豚鼻。

 

「あのブッサイクなロボットたち、何?」

 

「ガルバルディの発展系MS、ガズアルにガズエルですね。

 突出した性能はありませんが、個人プレイよりも互いの連携に重点を置いた機体ですから。

 ロイヤルガードの底力は侮れませんよ」

 

「へえ、それじゃあさ、こっちはどうする?」

 

「ええっと、そうね」

 

 ヒロミは一瞬視線を落とし、逡巡の後、手にしたザクタンクをミカの前へと差し出した。

 

「Vガンダムは私が使うから、ミカさんは引き続き、この子を使って」

 

「え、いいの?」

 

「ええ、私の腕ではどの機体を選んでも大差ないし……」

 

「うん、ありがと、ヒロちゃん!」

 

 にこやかなミカの笑みを前に、それに、と繋ぎかけた二の句を口中に留める。

 先ほどのVの操縦を見てしまった以上、少なくともミカにMSを預けるワケにはいかない。

 いずれ競技選手である二人に勝てないにしても、少しはサマになるだけの布陣を敷いて置きたかった。

 

 

『――Please set your Gunpla』

 

 プラフスキー粒子の輝きが溢れ出す、自然、野次馬たちのボリュームが下がり始める。

 

「マスノ・ヒタチ、ガズアルで行きますの」

「カシマ・エイコ、ガズエルでどうかしら?」

 

「ザクタンク、発進だァ――――ッ!!」

「コ、コバヤシ・ヒロミ……、って、え、ええ!?」

 

 ゲートが開いた瞬間、例によってザクタンクが風を巻いて飛び出した。

 気を取られ、慌ててヒロミが後を追う。

 

「待ってミカさん! タンクは後方支援……」

「そりゃあぁあぁぁ~」

 

 ヒロミの動揺もどこ吹く風とばかりに、タンクがいよいよトップスピードに乗る。

 艶やかなアーティジブラルタルの花弁を掻き分けて、小高い丘に一気に駆け上る。

 

「ブタ鼻は……、見っけた!」

 

 蒼穹を馳せる赤青のMSを視界に捉え、ミカがタンクを停車させる。

 ふうっと小さく息を吐き、両のスフィアを力強く握り直し、そして……。

 

「……えっと、ヒロちゃん。

 攻撃ってどうすんの?」

 

 そしてミカは、泣き出しそうな瞳をヒロミに向けた。

 

「右肩のキャノンだよ! 3番スロットです、ミカさん」

 

「3番、えと、あと……、あ! これか」

 

 ようやくミカが右手を捻る。

 右肩の砲塔がゆっくりとせり上がり、前面スクリーンに様々な数値の走った照準が現れる。

 

「えっと、照準をターゲットに合わせてロックしたら、砲塔は自動で……」

 

「前線で何を遊んでますの!」

 

「んいやぁ!?」

 

 顔を上げた瞬間、既にガズアルは射程圏内に入っていた。

 慌てて機体を発進させ、飛んできたビーム・ライフルの閃光を辛うじて避ける。

 

「こういう連携はいかがかしら?」

「にゃらあっ」

 

 教本のような連携攻撃。

 避けた先に、時間差でもう一条のビームが飛んできた。

 思い切りスフィアを引いて上体をのけぞらせ、丘稜を滑りながら死の閃光を避ける。

 ビュン、と光が眼前を走り、遥か後方で爆音が上がる。

 

 かわした。

 凌ぎ切った、ハズだった。

 

 

 ――ベキリ

 

 

「へ?」

 

 嫌な音がした。

 不審を問う暇も無く、ザクタンクの上体のコントロールが乱れる乱れる。

 機体を立て直す事も出来ないままに、上半身がスッポ抜け、そのまま崩れ落ちていく。

 

「まずは一機、ですの」

 

「ホーホホホ! 撃墜スコア更新かしら?」

 

「当たってなーいーっ!

 て言うかなんで? どうなってんの!?」

 

「え、えっとミカさん。

 ザクタンクはあくまで、急場凌ぎのために設計された現地改修機なんです。

 当時の重力戦線の苦悩を再現するため、腰の接合部は特に壊れ易いよう徹底的に改造を……」

 

「なにそのこだわり!?

 そんなザク、前線に出したらダメじゃん!?」

 

「こ、後方支援機ですから」

 

 ミカが叫ぶ。

 その間も機体は傾き、とうとうドウッと音を立てて、ザクの上体が大地を揺らした。

 戦闘不能となったタンクを一瞥もせず、ロイヤルガードが次の獲物に向かう。

 

「さあコバヤシさん、殺らせていただきますの」

 

「くっ、だ、だけど素組の機体同士なら、性能自体は互角のはず」

 

「だからとて! 足の生えたタンク乗りに、一体何が出来ると言うのかしら?」

 

 ヒロミが戸惑う間にも互いの距離は詰まり、たちまち哄笑と共にビームが飛んでくる。

 Vガンダムが後方に跳ね、バーニアを蒸かしながら上空へと逃れる。

 

「慣れない事はするべきではありませんの!」  

「あぅ!?」

 

 時間差でガズアルのライフルが火を噴いた。

 火箭はVの右足首を吹き飛ばし、空中でグラリとバランスが崩れる。

 

「ま、まだ!」

 

 死荷重となったブーツを捨てて、Vガンダムが更に上へ飛ぶ。

 上半身だけになった得物目がけ、二つの単眼が鋭い光を向ける。

 

「かしらかしらご存じかしら?

 機動戦士ガンダムがMSの世界である事を、タンク乗りさんはご存じかしら」

 

 ガズエルのライフルが、再び獲物目掛けて一直線に走る。

 バーニアを止め、機体を傾け辛うじて避ける。

 閃光が、モニターの眼前を通過して視界を塞ぐ。

 

 ……分かっている、そんな事はかしましに指摘されるまでも無い。

 

「粒子変容技術の応用により、高出力、高機動、高火力を実現するのが当代のガンプラバトル。

 今更、鈍重なキャノンを背負い、地面を這い蹲るような戦い方は流行りませんの」

 

「ああッ!」

 

 一拍遅れて交差する閃光を、ビーム・シールドでかろうじて受ける。

 だが踏ん張りが効かず、弾き飛ばされた機体が緩やかに失速を始める。

 

 タンクに乗って、ゆっくりと風景を巡るのが好きだと語った。

 それ自体は嘘ではない。

 戦うばかりがガンプラではない、闇雲に強さを求める事がタンク道ではない。

 その言葉も嘘では無い。

 

 けれど、それが全ての真実では無い。

 マユヅキ・ミカに語っていない事実もあった。

 

 タンク道は勝つための道を捨てたのでは無い。

 勝つための術を失ってしまったのだ。

 十年前、一瞬の仇花として戦場に咲いたあの日から……。

 

 

「まぁだァだアァ―――――ッ!!」

 

 

「「「えっ!?」」」

 

 不意に戦場に素っ頓狂な雄叫びが轟いた。

 驚く間もなく、中空のかしまし目掛け我武者羅に銃弾が跳ぶ。

 貧弱な機銃の乱射はMSの外装を穿つ程では無かったものの、予期せぬ不意打ちに両機が動きを止めた。

 

「ミカさん!?」

 

「あ、あの子……!」

 

「マゼラベース、そう、無限軌道だけは生きていましたのね!」

 

「うりゃりゃりゃりゃりゃ~~~~っ」

 

 戸惑う三者の間を割るように、砂煙を巻き上げタンクが爆走する。

 上体を失って意気消沈するどころか、却って余計なバラストを捨てたと言わんばかの狂奔。

 正しくは水を得た魚、陸を得た地虫であった。

 

「乗って、ヒロちゃん! ドッキングするよッ!」

「……はい!」

 

 ヒロミが一瞬早く我に返り、たちまちVの上半身が自由落下を始める。

 地上擦れ擦れでバーニアを噴き直してバランスを取り、浮き上がった機体の間隙にベースが滑り込んで来る。

 

 ガッギョン!

 実にガンダム的なSEと共に稲光が走り、二つの機体が新たなタンクへと生まれ変わる。

 

「ひいっ!?」

 

 ギャラリーが一斉に悲鳴を上げた!

 店内にたちまち戦慄が走り、忌わしき黒歴史の嵐が吹き荒れる。

 

「カッ!? カカカカ、カシマさん、ア、アレは……?」

 

「……ガンダム、タンク。

 ケツアゴのシャア、理不尽なゲーム性、クソッタレなシナリオ、

 海外のファンにすらツッコミを受けるイントネーション、連邦最強のモビルスーツ(笑)など、

 ありとあらゆる残虐を極め歴史の闇に葬られた伝説的クソゲー、

『GUNDAM 0079 THE WAR FOR EARTTH』に登場した、

 史上最も侮辱的なガンダム、ガンダムタンクでは無いかしらッッ!!」

 

「あ、あぅ」

 

 ガンダムタンク、ならぬVガンタンク現る。

 haman gardenが恐怖が震えていた。

 カシマ・エイコが吠える。

 店内の動揺をダイレクトに浴び、スフィアを握るヒロミの指先が震える。

 

「気にする事なんか無いよ、ヒロちゃん。

 私たちは私たちで楽しくやろうよ」

 

「あ……」

 

 そんな嵐もどこ吹く風と、いつものように飄々と、お気楽なペースでミカが言った。

 ふっ、とヒロミの心が軽くなった。

 マユヅキ・ミカは、ガンダムに対して余りにも無知だ。

 無知ゆえに屈託が無く、固定観念に閉じ込められたヒロミの檻を、軽々と壊していく。

 

「悪足掻きのためだけに、そのような情けないガンダムまで持ち出しますの!?」

「これはギルティかしらッ!」

 

 我に返ったかしましが、憤怒の形相で逃げるタンクを追う。

 構えた両のライフルに熱が走り、テールを振ったタンクの真横で爆裂する。

 土塊が舞い上がり、衝撃がスフィアごしにビリビリと機体を叩く。

 

「ヒロちゃん、狙える?

 ビームライフルで撃ち返してよ」

 

「え? けど……」

 

「大丈夫、当たらないよ」

 

 キッパリと、ある種の確信を持って、ミカが言った。

 

「あんな弾、何発来たって当たらないよ。

 ヒロちゃんは、ただ、撃ち返す事だけ考えてくれれば良いから」

 

「……うん、分かった」

 

 ことり、と何か重い物がヒロミの臍に落ちた。

 静かに一つ頷き、後ろ向きにベースにしがみつく。

 そうして後は、全ての意識を指先に、ただ構えた銃口の先のみへと向ける。

 

「この、なんで当たりませんの?」

「ちょこまかと、まるでムカデかシャクトリムシかしら!」

 

 ロイヤルガードの火箭がいっそう密度を増し、容赦なく閃光が機体を掠め、大地が穿たれる。

 ギャラリーが興奮に沸き、歓声が上がる。

 逃げるタンク、追うMS。

 2対1。

 決着が近いのは、誰の目にも明白に見えた。

 

(本当に、誰も気が付いていない。

 カシマさんも、マスノさんも、この場にいる観衆の誰も彼も……)

 

 絶対の窮地にあって、コバヤシ・ヒロミは妙に落ち着いた心境で戦場を俯瞰していた。

 

 状況は、一見すると劣勢、それどころか完全な窮地にすら見えるだろう。

 けれどそれは、単なる光の当て方が見せた一面に過ぎない。

 実際の戦況は、未だ2対2。

 互角どころか、むしろ自分たちが絶対の有利を背負っている。

 

 止まっている的に、弾を当てる。

 これは容易い。

 武器を選び、的に照準が合った所で引鉄を引けば、弾は真っ直ぐに標的を捕えてくれる。

 

 動いている的に、弾を当てる。

 難易度が一つ上がる。

 照準をロックしてから引鉄を引くまで、撃った弾が標的に着弾するまでの間には僅かなりともラグがあり、当初の狙い通りの場所にはいかない。

 的の動きを読み、銃口を調整してやる必要がある。

 相手がこちらの射撃を気付き、回避を試みるならば尚更である。

 

 動いている的に、こちらも動きながら弾を当てる。

 ガンプラバトルの基本であり、これを出来た者が世界を制する。

 高速戦闘の中で相手を射程距離に捉え、確実に撃ち抜ける刹那を見極め射撃姿勢に移る。

 無論、相手の反撃を想定しながら、時に粘り強く大胆にその一瞬を掴まねばならない。

 プロとアマとを分かつのは、その基本をどこまで高い次元でこなせるかと言う一事に尽きる。

 

 ヒロミやミカは勿論、カシマやマスノもそれほどに高度なレベルで戦う事は出来ないだろう。

 ただし、今のミカは射撃を捨てている。

 敵の仕掛ける呼吸を読み、周囲の地形を見極めながらフェイントをかけ、敵の射撃の裏をかく事に専念している。

 同様に、今のヒロミは回避を捨てている。

 迫り来る攻撃は全てミカが避けてくれると信じ、ただ淡々と必殺の呼吸を狙っている。

 

 仲間への信頼が生み出す絶対の有利。

 攻撃も回避も全て単独でこなせるMS乗りは、その現実を往々にして見誤ってしまう。

 この状況を正しく理解出来るのは、常に役割分担を強いられるMAか、それこそ熱心なタンク乗りに限られる。

 この人だかりの中で、ミカとヒロミだけが正しく局面を理解している。

 

「このォ!」

 

 業を煮やしたカシマが、強引にガズエルを前に出した。

 バーニアを蒸かして距離を詰め、精密射撃を行うべく動きを止め――

 

(来た)

 

 思った瞬間、ヒロミの指先は動いていた。

 パシュン、とVの銃口から一直線に光が飛んで、ガズエルの真紅の胸甲を貫いた。

 

「えっ」

 

「カシマさん!?」

 

 ガズアルの眼前で火球が爆ぜた。

 たちまち歓声が上がる。

 窮鼠が猫を噛み、そして、戦況が加速する。

 大地を削り、荒荒しく機体をターンさせて、タンクが残ったガズアルと向かい合う。

 

「突っ込むぞー! ヒロちゃん!」

「ハイ!」

 

 ミカの言葉に力強く頷き、すぐさまVガンダムも機首を返す。

 ヒロミもまた、同じ事を考えていた。

 この一撃で相手は慎重になる、同じ誘い込みは使えない。

 貪欲に勝利を欲するならば今、マスノが動揺しているこの瞬間に賭けるしかない。

 ヒロミが先人から教わった戦術のイロハを、ミカは本能的に理解している。

 

(やっぱりこの子は、生まれついてのタンク乗りなんだ)

 

 思いながらライフルを構える。

 両者の距離が瞬く間に縮まり、必殺の刹那が迫る。

 

「こ、こんな……?」

「ここッ!」

 

 すれ違いざまに、両者の銃口から同時に光が走った。

 ガズアルの放ったビームは、僅かにタンクの後方を穿っていた。

 Vガンダムの放ったビームは、ガズアルのコックピットに真っ直ぐに吸い込まれて行く。

 

 光が溢れ、大気が僅かに震えた。

 

「やった!? やったの、ヒロちゃん!?」

 

「……ううん、けど、まさか?」

 

 ぞく、と一瞬、季節に似合わぬ悪寒が走った。

 ふるり、知らずヒロミの肩が震える。

 交錯の瞬間、ヒロミは必殺の一撃を遮る、ビーム・シールドの輝きを見た。

 素組のロイヤルガードにはあり得ない兵装である。

 

 

『 Caution! Here comes a new challenger 』

 

 

 乱入者を告げるけたたましいアラームが刻まれる。

 観衆にどよめきがこぼれる。

 爆炎を掻き分け、いつしかフィールドには一体のMSが出現していた。

 

 白い機体であった。

 死に体のガズアルの前に佇立する純白のMS。

 乙女の気高さを機体にまで写し込むような白い装甲に、薄緑のゴーグルアイが陽光を反射する。

 

「あれはビギナ・ギナ!」

「ウソ、まさかそれって……」

「エコールのマダム・バタフライ!?」

 

 ふわり。

 

 微かな金木犀の香りがした。

 ざわめくギャラリーの注目が自然、一カ所へと集中する。

 

 人々の視線の先には、一人、燃えるような真紅の髪の少女が佇んでいた。

 腰元まで伸びた豊かな長髪を螺旋に束ね、白磁の指先を柔らかくスフィアに備えた長身の乙女。

 気高き淑女のブレザーが映える。

 西洋人形のように整った端正な顔立ち。

 しかし、その大きな瞳の奥には、何人をも寄せ付けぬ大理石の強さがあった。

 

「誰? あの子、知っている人」

 

 怪訝なミカの猫目に対し、ごくり、と固唾を呑んでヒロミが答える。

 

「エコール女学院バトル部主将、リュウザキ・アゲハ(竜崎鳳蝶)

 通称【マダム・バタフライ】の異名を持つ、チームのエースです」

 

 そう答える口元が、微かに震える。

 一方、対峙するアゲハは泰然と店内を一瞥し、ぽつり、と口を開いた。

 

「これは一体、どう言う状況なのかしら?」

 

「あの、お、お姉さま……」

 

「まあ、よろしくてよ」

 

 ふわり、と、チタン合金の重さを感じさせない爪先で、ビギナ・ギナが大地に降り立つ。

 そうして鮮やかなライラックの一枝を指先でつまみ、まるで簪のように額の脇に差し込んだ。

 

「弁解は、このバトルの後で聞かせて頂きますわ」

 

 次の瞬間、ビギナ・ギナは再び軽やかに重力の枷を振り切った。

 正しく宙に舞う胡蝶のような儚いマニューバ。

 振り向きざま、ビーム・ランチャーの閃光が一直線にフィールドを走る。

 

「おわっちゃあッ!?」

 

 閃光が掠め、タンクの眼前で爆炎を上げた。

 ぞくり、とミカの背筋が震え、慌てて舵を切って一目散に遁走する。

 

「お見事。

 どうやら、この距離では無理のようね」

 

 独り言のように呟いて、ひらり、ひらりとビギナ・ギナが羽ばたき始めた。

 一見優雅でありながら、しかし可憐なスラスター捌きでタンクとの距離をじわりと詰める。

 

 追う者と追われる者。

 先ほどと同じ構図でありながら、状況は一変していた。

 たった一筋の閃光が、全ての流れを変えてしまった。

 正確無比な射撃精度を誇る競技者との遭遇。

 じわり、と少女の掌に汗が滲む。

 ガンダムシリーズで言う所の重圧(プレッシャー)の片鱗が、怖い者知らずのミカを蝕んでいく。

 

 先ほどの追撃戦において、主導権は確実にミカたちが握っていた。

 右に左にテールを振ってはフェイントをかけ、相手に無駄撃ちを強いるだけの余裕があった。

 今は逆、完全に掌握されている。

 ビギナ・ギナが撃つぞ撃つぞと重圧を与えるだけで、ミカは回避行動を取らざるを得ない。

 そうして無駄な動きをした分だけ、確実に距離を詰められてしまう。

 

「こ、ここで!」

 

 敵の脚を止めるべく、Vガンダムが遮二無二ライフルを撃ち放つ。

 しかし拙い。

 操縦士の抱く不安が、直に砲手に伝わっている。

 弾道に先刻までの鋭さが無い。

 閃光が機体の至近を舐めるように摺り抜け、それでもビギナ・ギナは臆する事無く、最短距離を飛んで来る。

 ライフルの軌道が、自ずから彼女を避けているかのようであった。

 

 不意に視界が明滅し、再び警報が耳元に響き始めた。

 ヒロミがハッ、と顔を上げ、悲痛な声を漏らす。

 

「ミカさん! 前、場外に出るよ!?」

「曲げるッ 落っこちないで!!」

 

 ライン際。

 ブレーキを踏みながらテールを滑らせ、逆ハンを切って強引に舵を取る。

 無理矢理に切り開いた走行ラインの先に、ゆるりとアゲハがランチャーを構える。

 

「チェック」

 

「ノオオオォオォォォ――――――ッッッッ」

 

 閃光が放たれた瞬間、ミカが両手のスフィアを全開に回した。

 強引な制動によって、タンクが抉り込むように内側に回転する。

 機体が制御不能となり、スピンしながら無理矢理に軌道を変える。

 

「……外した?」

 

 このバトルで、初めてアゲハが驚いたような声を上げた。

 Vのボディをベースごと串刺しにする筈だった閃光は、僅かに右の履帯を掠めて爆裂した。

 側面から浴びた爆風で車体が跳ね上がり、否応なく二機がフィールドの外へと弾き飛ばされる。

 

「おっおおおおおおォ――――ッ!?」

「ミカさん!?」

 

 瞬間、ジャンプ一番、エキサイトしたミカも跳んでいた。

 スフィアを手放しテーブルの脇に滑り、落下する両機を鮮やかにダイビング・キャッチする。

 

「ふーいー」

 

『 Battle end 』

 

 ミカが安堵の吐息を漏らすと同時に、上方から試合終了のアナウンスが響いた。

 空間がほどけ、室内に明かりが戻る。

 額のライラックは、最後まで花弁を散らす事無く、異郷の風にそよいでいた。

 

 対面のかしましが、たちまちわっ、と歓声を上げた。

 

「やりましたわ! 流石はお姉さまですの」

 

「どうかしら?

 これがエコール女学院の実力と言う奴かしら?」

 

「……勝ち負けがどうこうと言うのなら、私が乱入した時点で私たちの完敗ですわよ」

 

 呆れたように溜息を吐き、アゲハが鋭い眼光を同輩に向ける。

 

「だいたいお二人ともどう言うつもりですの?

 誇り高きエコールの生徒が、他校生と揉め事を起こし、喧嘩同然にバトルを仕掛けるなどと」

 

「あう、そ、それは……」

 

「誤解、誤解ではないかしら!

 今回の原因は全てコバヤシさんたちにあるのではないかし」

 

「おだまりなさい。

 言い訳など淑女の姿ではありません」

 

 うろたえるかしましを一言で斬って捨て、そしてアゲハは、視線をテーブルの下へと向けた。

 

「それに……」

「あ、ども」

 

 見下ろすアゲハに、見上げるミカ。

 中空で互いの視線が交わり、そしてすぐにふっ、と緩んだ。

 

「さあ、お立ちなさいな。

 ガンプラを大切にするのは素晴らしい事ですけれど、女の子があまりはしたない姿を晒してはいけませんわ」

 

「えっ?

 あ、うん、そだね、ありがと」

 

 差し伸べされた白磁のような指先を、照れ臭げに握り返す。

 ふわり、金木犀の香りがした。

 ミカを引き起こすと、そのままアゲハは、視線を横に流した。

 

「…………」

「あ」

 

 ちらり、とアゲハの瞳がヒロミを捉え、そしてミカの手にしたマゼラベースへと向けられた。

 ヒロミの両肩が、一瞬、ぴくん、と震える。

 けれど、それでどうという事も無く、すぐさまアゲハはくるりと踵を返した。

 

「さあ、カシマさん、マスノさんも、もう行きますわよ。

 外でバトルを挑むのも、節度を守って、程々に、ね」

 

「きょ、今日の所はこのくらいにして差し上げますの。

 ああ、お、お待ちに下さいお姉さま!」

 

「アイ シャール リターンかしら」

 

 ほうぼうに捨て台詞を残し、かしましが慌ててアゲハの後を追う。

 それを合図にギャラリーもまばらとなり、店内にいつもの放課後が戻る。

 

「……知り合い?」

 

 ぽつり、と傍らのヒロミにミカが尋ねた。

 ヒロミは無言で、ただ、金木犀の去った先を追っていた。

 

 

 水平線の彼方に、燃えるような夕日が沈んで行く。

 北米の麦畑にも負けぬ現実の夕焼けは、しかし仮想空間のそれよりも幾分寂しげに見えた。

 

「ゴメンね、ヒロちゃん」

 

「えっ? な、何ですか?」

 

 傍らのベンチに腰掛けた友人の言葉に、慌ててヒロミが振り返る。

 

「せっかく借りたタンク、壊しちゃったから」

 

「え? ああ、なんだ、その事ですか」

 

 ほうっ、と胸を撫で下ろし、ヒロミが軽く苦笑する。

 

「壊れてないよ、どこも。

 元々派手にダメージを受けるような設定では無かったですし。

 それに、あの子はわざと壊れやすいように、腰部のポリキャップをユルくしてただけだから」

 

「そっか、そうなんだ、良かった」

 

「うん、だから気にしなくても平気ですよ」

 

 そう小さく笑って、再び海岸線に視線を戻す。

 ちらり、とミカの猫目がヒロミの横顔を捉える。

 この大洗の海のように穏やかな笑顔が、どこか寂しい。

 

 先ほど、ミカにとっておきのオークリーを教えてくれた時のヒロミは、宝石箱を閉じ込めたような瞳をしていた。

 わずか三十分ほど前の出来事だと言うのに、あの北アメリカがひどく遠い。

 

「ヒロちゃん、あ~ん」

 

「ふぇ?

 わほっ! あふっわひっはおっ!?」

 

 ヒロミが油断した隙を突いて、手にした大ぶりのタコ焼きをその口中へと放り込んだ。

 熱々のタネがとろりと蕩け、産地直送のタコが舌の上でシャッキリポンと踊り狂う。

 

「あふ! あは、あふぁふぁふぁふぁひっ!」

 

「おいしい?」

 

「はふ、はひ、お、おいひいでふ……」

 

「さっきの、ええっと、リュウザキさん、だったっけ?」

 

「はひ?」

 

 涙目でようやく一息吐いた少女の鼻先に、先ほどの疑問を投げかける。

 けれど、まっすぐに切り込むのはどこか躊躇われ、ミカは少しだけ話題を変えた。

 

「ううん、さっきの動き、すごかったなーって。

 ちょうちょみたいにヒラヒラ動いたと思ってたら、いきなり寄せられてるんだもん。

 ガンプラバトル用の機体って、あんな風に動けるモンなんだね」

 

「あ、それはちょっと違いますよ」

 

「え?」

 

 ごくん、と大きめのタコを呑みほして、ヒロミが少し真剣な瞳を向ける。

 

「さっきのビギナ・ギナは別に、特別な機体じゃありません。

 私たちが使ってたVガンダムと同じ、素組のレンタルガンプラです」

 

「えっ!? ウソッ!

 だってさだってさ、かしましとは動きが全然違ったじゃんか!」

 

「ガンプラバトルの操縦系は、シンプルだけど奥が深いんですよ。

 素人の鍵盤とピアニストの伴奏くらい、全然別の動きが出来るって言えば伝わるのかな?」

 

「って事はさ、アレが本気じゃないって事?」

 

「試合の時のリュウザキさんは、もっと徹底的に容赦無いですよ。

 MSに転向したのが最近だから、公式戦の実績自体は少ないですけど。

 強豪相手に被弾はおろか、頭部に取り付けたブーケの花びらを散らさずに勝負をつけるんです。

 その優雅なマニューバから、付いた通り名がマダム・バタフライ」

 

「ほえ~、すっごいなあ。

 そりゃあ、かしましも調子に乗るワケだ」

 

 あんぐりと大口を開けて感心するミカに対し、ふっ、と寂しげにヒロミが微笑む。

 

「ガンダムは、MSの世界だから……。

 MSだったら、努力と才能次第で、そんな神技も出来るんですよね」

 

「そっか~、そうなんだ。

 あんな風に自由自在に空を飛べたら、きっとすごい気持ちいいだろうね」

 

「うん、そう、きっとそう、ですよね……」

 

「……ヒロちゃん?」

 

 沈みゆくヒロミの横顔を、きょとん、とミカが見つめ直す。

 伸びてゆく影に、さざ波の音が彼方から響く。

 

「……モビルスーツ。

 あれを見たらミカさんもやっぱり、もう一度、使ってみたいって思った?」

 

「えっ? う~ん、どうだろ?」

 

 しばしの沈黙の後、ぽつり、とヒロミがこぼした。

 声色が微かに震える。

 その意味を知ってか知らずか、うーむ、と両腕を組んでミカが唸った。

 すっかり薄闇に包まれた空に、きらり、と明星が昇る。

 

「ううん、やっぱあたしは、タンクの方が良いかなー?」

 

「え?」

 

 やがて、両腕で大きく伸びをして、いつものようにあっけらかんとミカが言い放った。

 ハッ、とヒロミが顔を上げ、ミカの横顔をまじまじと覗き込む。

 

「な、なんで……?」

 

「だってさ、あんな風にふわふわと飛び回ってたらさ。

 あたし、きっと落ち着かなくってバトルを楽しめないよ。

 ほら、なんだっけ、えっと……、ヒ、ヒーリング???」

 

「あ……!」

 

「ねっ!」

 

 ことり、とミカの答えが腑に落ちた。

 瞬く瞳の先で、猫目の少女がにっかりと笑う。

 

「やっぱりさ、タンクは良いよー。

 キャタピラがガッ、と大地を掴んでさ、指先から全身にぐわっと震動が伝わってくんの。

 それだけですっごい安心できる、力強いって言うか」

 

「うん……、そう、そうだよね!」

 

「うん、そうだよ」

 

 大袈裟に頷くヒロミの反応に満足して、ミカは思い出したように膝上のタコ焼きに瞳を戻した。

 つまんだ楊枝の先で、キツネ色に焼けた球体がほかほかと湯気を上げ――

 

「あのッ! ミッミカさんッッ!!」

「わあッ!?」

 

 不意に、ガッと握り拳を押さえられた。

 右手を包み込む両の掌から、ふるふると緊張が伝わってくる。

 

 さざ波の音が、彼方から聞こえていた。

 僅かばかりの太陽の欠片が波間に煌めき、少女が二人、大ぶりのタコ焼きを挟んで向かい合う。

 

 真っ直ぐにこちらを見つめる少女の瞳に、きらり、と瑠璃の一雫が瞬くを、ミカは見た。

 

 

「――私と一緒に、タンク道、やりませんか?」

 

 

 

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