タンク道、始めます   作:いぶりがっこ

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野球道、始めます

 ――カン!

 

 陽光の河川敷に、乾いた金属音が高らかと響き渡った。

 ダイヤモンドを挟んだ両陣営が、たちまち興奮の叫びを上げる。

 

「ありま、当たっちった」

 

 マユヅキ・ミカが他人事のように呟いて、ぶかぶかのヘルメットを右手で放り投げる。

 やけくそ気味に引っ張った白球は前進守備のファーストを越え、ふらふらとライト線の際どい辺りに飛んで行く。

 

「いよっしゃあッ!

 やったぜミカちゃん、回れ回れーッ」

 

 2アウト、満塁。

 町内会長の激が飛び、まずは三累ランナーがホームに返る。

 しかしその時、塁審のケン坊が無情にも諸手を上げた。

 

「ファール」

 

「な、何だとォ!」

 

 会長は激怒した。

 たちまちライト線上に両陣営が集まって、一色触発の状況を呈する。

 

「やいやいケン坊! 適当なジャッジしてんじゃねえ。

 どうみたって打球はライン上に落ちたじゃねえか!」

 

「ファールったらファールッ!」

 

 会長が吠える、しかしケン坊も一歩も譲らない。

 小学生と言えどもリトルリーグ、この草野球場においては唯一の現役審判員なのだ。

 

「ちょっ、やめなよ会長、子供相手に。

 あたし、次も打つからさ」

 

「てやんでぃ!

 ミカちゃんのせっかくのサヨナラタイムリーを、こんなんで棒に振って堪るかってんだ」

 

「ファールったらファールったらファールッ!!」

 

 状況は、いよいよ剣呑な空気を孕み始めていた。

 騒動の渦中に放り込まれたミカの姿を、樹木の影からコバヤシ・ヒロミがハラハラと見つめる。

 

「やれやれ、揉め事とは感心しませんなあ」

 

 と、その時、雑然とする選手たちを掻き分けて、ユニフォーム姿の好々爺が一人、騒ぎの只中に割って入って来た。

 

「テメエ、超級堂の……」

 

「乱闘騒ぎなどと言うのは、いわゆる一つのマウンドの上の戦争。

 大の大人が見せるべき姿ではありません、ねえオリハラ板金さん」

 

「う、うるせいやい、プラモ屋はすっ込んでろ!

 こんな誤審でサヨナラにケチを付けられて、黙ってられるかよ!」

 

「ええ、ええ、そうでしょうとも。

 けれど、どうせ戦争になるんだったら……」

 

 超級堂の老人はそこで一旦言葉を切ると、周りの全員に聞こえるよう高らかと宣言した。

 

「決着は玩具屋の中の戦争!

 ガンプラバトルによる2on2で決してはいかがでしょうかッ」

 

 

「えっ!? ガンプラバトルで決着を!?」

 

 

 ざわり、どよめきがこぼれる。

 ぽかん、と一瞬、シラケたような空気が溢れ、たちまち首を振るって板金屋が喰ってかかる。

 

「やいやいやい! どさくさに紛れておかしなこと言ってんじゃねえぞ!

 お前、この乱闘騒ぎに乗っかって一儲けしてえだけじゃねえか!?」

 

「その通り。

 みなさんは和気藹藹と楽しいゲームで決着をつける。

 私はそれに乗じて一儲け、地元に金が落ちて商店街もウッハウハ。

 誰ひとり損しない、素晴らしい提案だとは思いませんか?」

 

「コ、コイツ、臆面も無くしゃあしゃあと……」

 

「まあ、もっとも。

 おたくのチームにマトモにプラモが作れる、ハイカラなビルダーさんがいればの話ですがね?」

 

「な、なんだとォ!?」

 

「はっはっは、これは失礼。

 どうやらくだらない提案をしてしまったようですな。

 さあ皆さん、試合再開と行きましょうか?」

 

「くっ」

 

 好々爺の哄笑が草野球場に響き渡る。

 会長はぐっ、と奥歯を噛み締め、プラモ屋の背中に叫んだ。

 

「出来らァ!」

 

「な、なんだってぇ!?」

 

「テメェの望み通り、ガンプラバトルでボコボコにしてやるっつってんだ!」

 

「……ふっ、ふふ、よろしい、ならば話は決まりですな」

 

 超級堂店主はそう言って指を鳴らし、居並ぶ町内会の面々に向けて叫んだ。

 

「皆さん、今日の所はノーサイドです。

 試合の決着は一週間後、商店街中央広場特設バトル会場で着けるとしましょう」

 

「上等だッ 首を洗って待ってやがれ」

 

 

「マジかよ……」「何で草野球のケリをガンプラで」「さすが超級堂、抜け目がない」

「とりあえず、戻ったらチラシ刷らないと」

 

 

 互いに愚痴をこぼしなあいがら、超級堂チームがめいめいに解散する。

 草野球場には、鼻息の荒いオリハラ板金とゆかいな町内会チームのみが残された。

 

「……ケッ、超級堂め。

 ギャルパンだか何だか知らねえが、戦車模型の売れ行きが良いからって調子に乗りやがって」

 

「けど、どうすんのさ会長?

 なんか2on2とか言ってたけど、ガンプラ作った事のある人、いるの?」

 

「あ、ああ、ミカちゃん、そうさなあ……。

 おい、若い衆、どうだ?」

 

「どうだ、っつったって」「そもそも、言うほど若い衆がいないしなあ」

「ガンプラってなんだ?」

 

 会長の一言に、一同が困ったようにお互いを見合う。

 視線がぐるりと円陣を一周し、やがて必然、ミカの下へと集中する。

 

「うええ!? あ、あたしぃ?

 けど、あたし一人でやったって、何の解決にも……」

 

 ちらり、とふと思い出したようにミカが視線を土手の上へと泳がせた。

 たちまち町内会一同の瞳が、樹木の影に佇むコバヤシ・ヒロミに集中する。

 

「じ~~~~っ」

 

「ふぇ……?」

 

 そう言う事になった。

 タンク道、ご町内デビュー戦の始まりであった。

 

 

タン! テケテンテッテ テテッ テケテンテッテ テケテンテッテ タタン! タタン!!

 

『RX-75 GUNTANK

 連邦軍がRX計画によって製作した、記念すべき初のMSである』

 

 2DKの生活感溢れるアパートに、淡々とした古谷徹のナレーションが響き渡る。

 モニターの中に再現された荒野の世界を、履帯を響かせ一台のタンクが進んで行く。

 

 RX75「ガンタンク」

 V作戦発動の嚆矢となった、RXシリーズの始祖。

 しかしそんな輝かしい経歴とは裏腹に、MSグラフィックスにおける氏の評価は手厳しい。

 

『格闘戦の際には無用の長物となってしまう長大なキャノンと、汎用性を欠く両腕の固定兵装。

 アンバックの機能を殆ど持たず、二足に比べ、地形の走破性にも期待し難い無限軌道と。

 MSとしての評価が難しい機体である』

 

「あっはっはっはっ! ひどいよアムロ!?

 なにもそんなケチョンケチョンに言わなくたっていいじゃんかっ!」

 

 辛辣なナレーターの舌鋒を受け、腹筋を捩じらせミカが悶絶する。

 こほん、と一つ咳払いして、少し困ったようにヒロミが言い訳をする。

 

「元々、機動戦士ガンダムは、子供向け番組の制約の中で等身大の戦争に挑んだ作品なんです。

 売れる玩具を動かしてほしいスポンサーと、そこに兵器としての説得力を持たせたいスタッフ。

 リアルとファンタジーのせめぎ合い中、ガンタンクは設定のしわ寄せを受けてしまったんです」

 

「う~ん、なんかよく分かんないけど、どう言う事?」

 

「ゲッター3のような奔放な強さも、戦車としての合理的な運用方法も与えられなかった機体。

 それがこのガンタンクです。

 戦車ともロボともつかないMSの出来そこない。

 その結果が『MSの利点を理解できないままRX計画に組み込まれたヘンテコな試作機』」

 

「ひーっ、ひどい、ひどいよ連邦ははは!

 はぁ、けど、けどさ、それでもガンタンクって、結構活躍してるんだよね?」

 

「うん、単独ではとにかく、チーム戦では意外と悪くなかったって感じかしら?

 何せ前衛を務めていたのが、アムロ・レイの駆るガンダムですから。

 MSサイズの高級な自走砲だと考えれば、存分に活躍の場があったって事なのかな?

 逆に敵サイドにエースが居た08小隊では、善戦空しく全機がボコボコにされちゃいました」

 

「うへえ、ヒロちゃんも結構ひどいなあ。

 じゃあさ、チーム戦で二人ともタンクを使うのはヤバイって事?」

 

「そ、それでも改造次第ではかなり強いんだよ、ガンタンク。

 兵器としての欠点の洗い出しは完了してるから。

 実際に過去の世界大会では、ゲリラ戦でビグザムを倒したチームもいます」

 

「マジで!? 強いよタンク!

 量産化しても連邦に勝てないじゃん!」

 

「あははは……。

 ただ、さすがに一週間じゃ機体に手を加えてる余裕はありませんから……」

 

 と、一つ断りを入れてゲームキューブの電源を落とすと、ヒロミは手元の鞄から、組み立て前のガンプラの箱を取り出した。

 

「今度の試合は、ミカさんさえ良ければ、この子たちを使いたいと思います」

 

「この子たち……、って、これも、ガンプラなの?」

 

 じっ、と落ち着きの無い猫目が、テーブルの上のパッケージを見つめる。

 カーキーの迷彩色に塗られた、ミリタリー臭溢れる鋼鉄の重機。

 トリコロールのエースがライフルを振るう一年戦争の光景とは、少々遠い世界観のタンク達。

 そんなミカの疑念に対し、コバヤシ・ヒロミはにこりと笑って頷いた。

 

「一年戦争の仇花、陸戦強襲型ガンタンクにヒルドルブです。

 少し邪道かもしれないけれど、次の勝負は呉越同舟タッグと行きましょう」

 

 

「うおっ!? イ、イグルーかよ!?

 女の子が日曜の夕方になんちゅうモン見てるんだ」

 

「あ、お兄ちゃんおかえり」

 

 不意に入口から響いた戸惑いの声に、ミカは顔を上げて事も無げに答えた。

 ただしこの時、居間は戦場であった。

 

 床に置かれたガンプラの箱に重なるランナーの山。

 テーブルの上に着々と建造が進むジオン驚異のメカニズム。

 そしてテレビモニターからは、デメジエール・ソンネン氏の雄叫び。

 

「お、お兄さ!?

 あわわ! す、すいません、こんなに散らかしちゃって……」

 

「ああ、いいからいいから、気を使わないで」

 

 状況に気が付いたヒロミが、わたわたと身だしなみを整える。

 しかし思春期を殺したタンク乗りの部屋。

 今の二人に少女として取り繕える物など、何一つ無い。

 

「こっちはヒロちゃん。

 この間話した高校の友達ね」

 

「そっか、君がミカの言ってた……」

 

 言いながら上着をハンガーにかけ、あらためて男がヒロミの前に向き直る。

 

「どうも、ミカの兄のシンザブロウ(新三郎)です。

 いつも不束な妹が世話になっています」

 

「ふ、ふつつかだなんて、そんな!

 私の方こそ、マユヅキさんには迷惑ばかりかけてしまって……」

 

「はは、そんなにかしこまらなくたって良いからさ。

 狭い家だけどゆっくりして行きなよ」

 

「は、はひ」

 

 そう爽やかにシンザブロウが笑い、ちらり、とテーブルの上に視線を落とした。

 

「しっかし、陸戦強襲型ガンタンクにヒルドルブと来たか。

 昨今の女子高生ってヤツは、えらく渋い機体に手を出すんだ」

 

「あ、あわわ……」

 

「ミカ、一体どう言う風の吹き回しなんだ?

 ガルパンの影響がはま高にまで波及しているのか?」

 

「違うよお兄ちゃん、タンク道だよ。

 今度の日曜、コイツを使って試合をやるんだ」

 

 そうどこか自慢げに答えた妹の顔を、少し興味深げにシンザブロウが見つめなおす。

 

「へえ、タンク二台でバトル、ねえ……」

 

「お兄ちゃんも来る?」

 

「う~ん、来週はバイトがあるから無理かなあ?」

 

「ちぇ~」

 

 ミカの言葉に適当に相槌を打ちながら、近くのソファーに腰を落とす。

 元々、年の近い妹の面倒ばかり押し付けられて来た影響か、シンザブロウは他の兄弟より内向的で、こう言ったチマチマした仕事を好む傾向にあった。

 二人の兄が高校卒業と同時に家業を継いだのに対し、バイオテクノロジー研究の為に大学進学を志したのも、彼のインテリ気質に依る所である。

 たちまちオタクの虫が働いて、目の前のガンプラに技術中尉的な解釈を試みる。

 

「……なるほどね。

 対MS戦向きのガンタンクを前面に押し出して、射程の長いヒルドルブに支援させる作戦か。

 いや、この場合むしろドルブの方を囮に使って、頃合いを見てタンクをけしかける?」

 

「あ……! わ、分かりますか!?」

 

 意味深なシンザブロウの一人ごとに、たちまちヒロミが、ぱっ、と瞳を輝かせた。

 

「凄いです、お兄さん。

 一目見ただけで私たちの作戦を看破してしまうなんて」

 

「え? いや、まあ。

 イグルー見た人間なら、誰だって一度は考える事だしね」

 

「そう、そうなんですよね!

 連邦とジオン、共に苛烈な一年戦争の中で使い捨てられていくタンク乗りの落日を描きながら、

 ヒルドルブは最後まで朝日を求め、ガンタンクは闇の底までひた走りに走り抜ける。

 両機のコンセプト、開発経緯の違い。

 そしてそこに因む硝煙に満ちた人間ドラマが堪らないんですよね」

 

「ああ、うん、そうね、そうかもね」

 

「あ、けど……、ガンダムシリーズの主役はあくまでもMSですからね。

 限定的な状況とは言え、あまりタンクが活躍しすぎるのもどうかと思いますよね。

 私としては、オルフェンズのMWや08のバリー隊くらい棲み分けされてる方が好みですね」

 

 突然に喰い付いて来た肉食系文学少女(偽)の勢いに、さすがにシンザブロウも狼狽して、傍らの妹に救援の視線を送る。

 

「ええっと、あの……。

 おい、ミカ、この娘は一体何者なんだ?」

 

「ヒロちゃんはヒロちゃんだよ。

 へへ、面白いっしょ?」

 

「まあな、さすがはミカの友達だ」

 

「あ……、す、すいません、私ったら、また」

 

 はっ、と再び我に返ったヒロミが、林檎のように頬を染める。

 あやうくガノタの網から逃れ、シンザブロウが台所へ避難する。

 

「夕飯、昨日のカレーで良いだろ?

 すぐにあっため直すから片しちまえよ」

 

「待って兄ちゃん、後ちょっとだから」

 

「どうせならヒロちゃんも食べて行ったらどうだい?

 ミカのもうちょっとは、どうにも長そうだしね」

 

「ええ? い、いえ、そんなご迷惑をお掛けするワケには……」

 

 慌ててブンブンと首を振るうヒロミに対し、ポリキャップと格闘しながらミカが笑い掛ける。

 

「そんなの気にしなくたって良いよ。

 自慢じゃないけど、お兄ちゃんの作るカレーはうんまいぞ~」

 

「本当に自慢じゃないな……。

 とにかく、折角だから食ってってくれた方が僕も助かるよ。

 ほら、兄妹だけのサザエさんの時間が来ると、ワケも無く悲しくなりません?」

 

「ん、そっかなあ?」

 

「ミカも大人になればわかるさ」

 

「あの、そ、それじゃあ、お言葉に甘えさせて頂きます」

 

 躊躇いがちヒロミがシンザブロウの背中に頭を下げ、いそいそと室内の片付けを始めた。

 やがて、着々と機体の建造が進み、ほどなく室内に香ばしいスパイスの匂いが漂い始めた。

 

「出来たァ!」

「うん、出来た」

『サザエでございまーす』

 

 室内に、同時に三様の声が響いた。

 

 

「と、まあ、そんなワケで、出来あがったタンクがこちらです」

 

 数日後、はまぐり高校ではロールアウトを終えた陸戦強襲型タンクのお披露目が行われていた。

 

「おおお、RXT-440でありますか!?

 ジオン優勢の重力戦線下において、MS投入までの繋ぎとして戦場に放たれた特攻機。

 この歴戦の勇姿を見ていると、なぜだか体の震えが止まりないのであります」

 

「ふふ、タンク乗りに転向していたのか、ミカ。

 とても素組とは思えぬ良い出来栄えだよ」

 

「しっかし、まさかまさかのガンタンクと来たか。

 フハハ、どうやらコバヤシさんには、何やら小生たちの知り得ぬ秘密があると見える」 

 

 ミリタリー色溢れるガンプラを前に、ギンガ、カオリ、マイの三バカが銘々に感想を述べる。

 

「なーるほどな。

 ミカはこいつを使って週末に初陣を飾ろうと言うワケか」

 

「ありゃ?

 ギンちゃん、なんで試合の事知ってんの」

 

 きょとん、と小首を傾げるミカの隣りで、オリハラ・マイがビッと機敏な敬礼を見せる。

 

「オリハラ技術中尉の仕業であります。

 先日の草野球の顛末を、パパ上から聞いていたのであります」

 

「パパ上、って。

 ああ、オリハラ板金って二等兵の実家なんだ」

 

「まっ、そう言う事だ。

 しっかしサヨナラタイムリーとは、やっぱミカはすげえわ」

 

「そいつが幻と消えるかどうか、日曜のバトル次第なんだけどね」

 

 イイツカ・カオリのいつものヨイショを受け、困ったようにミカが肩をすくめる。

 

「けど、日曜の試合って2on2なんだろ。

 パートナーはやっぱコバヤシさんが務めるのか?」

 

「うん、その予定なんだ、けど……」

 

 ちらり、とミカが教室の対角に視線を向ける。

 入口側最前列の空の机、そこにいるべきコバヤシ・ヒロミの姿が、今日は無い。

 

「ヒロちゃん、大丈夫かなあ?

 デコちゃん先生の話じゃ、熱があるって言ってたけど」

 

「たかが季節外れの風邪だろ?

 二日も空ければ治ってるって」

 

「御大将の言う通りであります。

 大尉の方こそ、今日明日はゆっくり休んで、日曜の試合に備えるべきであります」

 

「うん、ま、そりゃあそうなんだけどさ……」

 

 ふう、と一つ溜息を吐く。

 生まれてこの方、病気らしい病気に罹った記憶の無い頑丈さが取り柄のミカであるが、それだけに今のヒロミの体調について、一抹の不安を隠せなかった。

 

 ――と。

 ふっ、とミカの視界の端にわずかに影が差した。

 

「日曜の、試合?

 マユヅキさん、なにか、部活動をなさっているんですか?」

 

「え?

 ……ああ、なんだ、トモエさんか」

 

 傍らに現れた同級生の姿に、ミカが一つ頷く。

 柔らかな薄桃色の三つ編みを二つ、ララア・スンのように頭の後ろでお団子にまとめた少女。

 ふわり、と、ほのかに甘い女の子の香りが鼻腔をくすぐる。

 

 ムサシマル・トモエ(武蔵丸友恵)、15歳。

 ミカやヒロミと同じはまぐり高校一年C組の同級生で、国内の大手建設ゼネコン、ムサシマル建設(株)の箱入り娘である。

 

 クラス内では親密さを問わず、トモエさん、トモちゃん、などと呼ばれている。

 日頃からニコニコと笑顔を絶やさない小春日和のような少女を「ムサシマルさん」と名字で呼ぶのが何となく憚られるためである。

 興味深げにこちらを見つめる深窓の令嬢に対し、ミカはいつもの気さくさで返答した。

 

「別に部活の試合ってワケじゃないよ。

 今週の日曜、コレを使って商店街でバトルすんの」

 

「バトル……、ですか?

 ええっと、暴力はいけませんよ?」

 

「違う違う、えっと、そこからか」

 

 きょとん、と小首を傾げたトモエに対し、ミカはどう説明したものかと首を捻る。

 

「ええっと、ガンプラバトルだよ。

 このミニチュアのタンク同士をさ、テーブルの上でガーッと闘わせんの」

 

「まあ、そうでしたか。

 それは何だか、面白そうですね」

 

 ミカの説明が、果たしてどこまで通じているのか。

 それでもトモエは両手を組んで、間延びした口調でくすりと頷いた。

 

「このタンクさんを、広いテーブルの上で走らせたら、さぞかし気持ちが良いでしょうね」

 

「あ、分かる? もう最高だよ!

 トモエさんもタンク好きなの?」

 

「タンクは、よく分かりませんけれども。

 無限軌道の振動を聞いていると、何だかお父様が近くに居るような気がして安心できます」

 

「そっか、建設会社だもんね、トモちゃん家」

 

「そうですねえ。

 昔から身近な所にあったせいか、建設機械のシャフトの力強い動きには、

 なんだか、殿方の逞しさを感じるんです」

 

「分かるよ、うん、すごい分かるよ!

 良いよねユンボ! なんて言うか、男の子ーって感じだよね!」

 

 何となく、ほんわかとした会話が続いていた。

 明後日の方向に漂う奇妙な遣り取りを、傍らの三バカが呆然と見つめる。

 

「昨今の女子高生ってヤツは、パワーショベルの格好良さについて、

 これほどまでに盛り上がれるモンなのか?」

 

「やっぱミカはすげえわ」

 

「ま、ちょっと話は逸れたけどさ、

 とにかく週末に、コイツを使って商店街でバトルをすんの」

 

「まあ、そうでしたか、それは楽しそうですねえ」

 

「トモちゃんも来る?」

 

「はい、そうですねえ……」

 

 好き勝手に話をショートカットさせるミカに対し、トモエはあくまでもマイペースでのんびりと答えた。

 

「でしたら私、当日はお弁当を作って応援に伺います」

 

「ホント?

 いいの、へへ、ありがとトモちゃん」

 

 にこやかなトモエの快諾に、ミカの瞳もたちまち輝いた。

 傍らのギンガが威勢よく、胸の前で拳骨をパシリと叩く。

 

「いよォし!

 隠れタンク同志のコバヤシさんのためだ。

 ここは一つ、小生たちも応援に行くとしようじゃないか?」

 

「ふっ、連邦のMSの性能とやらを見せてもらうとしようか」

 

「大尉、解説は技術中尉にお任せであります」

 

 放課後の教室の片隅で、テンションの上がった少女たちが、日曜の闘いへと想いを馳せる。

 ただ、この時、机の上の物言わぬガンタンクだけが、無人となったヒロミの席を見つめていた。

 

 

 ――そして、日曜がやってきた。

 

 駅前のメイン・ストリートと言うべきアーケード街では、草野球の因縁の決着をつけるべく、着々とガンプラバトルの準備が進められていた。

 やり手の超級堂の指示の下、イベント広場に運び出されるバトルシステムを、行き交う人々が興味深げに見つめる。

 内輪のイベント、と言えども祭りは祭り。

 折角のカキ入れ時を見逃す筈も無く、商店街は何となくの昂揚感に包まれ始めていた。

 

 包まれ始めていた、のだが……。

 

「うええーっ!? ヒロちゃん、来られないの?」

 

 アーケードの片隅で、マユヅキ・ミカが悲痛な声を上げた。

 電話口からは、いかにも申し訳なさそうな、くぐもった少女の声が響く。

 

『ゴメンなさい。

 何だかおかしいなって思ってたら、おたふく風邪だから、外には出ないようにって……』

 

「お、おたふく……?

 ああ、そ、そりゃあマズイよね、うん。

 大丈夫、こっちの方は何とかするからさ、ヒロちゃんはゆっくり休んでなよ。

 試合が終わったら、後でお見舞い……、は、ダメか、おたふくだもんね」

 

 受話器の先でカラ元気を作り、笑って通話を切る。

 はあ、とひとつ溜息がこぼし、傍らの三バカに視線を向ける。

 

「……ヒロちゃん、おたふく風邪で来れないって」

 

「おたふく、な、なんちゅうタイミングだ!」

 

「大尉、それじゃあ出撃はどうするのでありますか?」

 

「うん。

 ヒロちゃんの使うヒルドルブは、あたしが一緒に持って来てるから。

 誰か助っ人に出てくれれば、バトル自体は問題ないよ」

 

 そう言いきって、じっ、と物欲しげな猫目を向ける。

 たちまち潮が引いたように三人が後ずさる。

 

「ヴァー!? 無理ッ ムリムリムリムリ! 

 言っとくが小生は無理だかんな。

 ズブの素人が観衆の前で実戦とか、出来るワキャねえだろ!?」

 

「はっはっはっ、御大将は相変わらずビビリだなあ」

 

「けれど大尉。

 実際問題、初心者がいきなりモビルタンクの操縦するのは、困難極まり無いのであります」

 

「う~っ、会長ぉー。

 おたくの娘さんがあんなこと言ってんだけど」

 

 ちらり、と猫目が今度は傍らの草野球チームを物色する。

 オリハラ板金が両腕を組んで、むう、と一つ呻いた。

 

「ううむ、そうさなあ……、おい、若い衆、どうだ?」

 

「どうだ、っつったって」「そもそも、言うほど若い衆がいないしなあ」

「ガンプラってなんだ?」

 

「そ、そんなぁ」

 

 しょんぼりとうな垂れたミカが、捨てられていく子犬のような瞳を真横に向ける。

 たちまち、さっ、と人が掃け、季節に見合わぬ肌寒い風が吹く。

 

「誰か」

 

 くるり、と後背に目を向ける。

 やはり、たちまち群衆の足が引いて――

 

「あ」

「あら?」

 

 そして、漆塗りの重箱を胸の前で抱えた、お団子頭の少女と視線があった。

 じっ、と無言で熱視線を送る。

 未だに状況を把握できていないのか、のんびり屋のムサシマルさんがきょとんと小首を傾げる。

 

「にこり」

「まあ」

 

 不意にミカが、にこり、と爽やかに微笑んだ。

 つられたトモエが、柔らかににこりと微笑を返した。

 たちまちアーケードに、穏やかな春の日差しが匂う、暖かな風が吹いた。

 

 

 ――そして、戦争の時間がやって来た。

 

 

 

 

 

 

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