「――とまあ、デコちゃん、えらいおかんむりでさあ。
いやあ参った参った、こってり絞られちゃったよ」
「あたりまえだ、そんなの。
まったく、担任の先生に余計な迷惑かけてんじゃないよ、お前は」
模型棚の並ぶ手狭な室内で、カウンターを挟んで若者たちの雑談が響く。
PM18:30
窓の外には街燈が灯り、仕事帰りの通行人たちで賑わう時間帯ではあるが、さすがに閉店間際のプラモ屋まで客足は伸びない。
ホビーショップ『超級堂』
大洗駅前商店街の端に構える玩具屋の老舗であり、長らく店頭を飾っていたRX-78に代わり、現在はどこぞの高校の同好会が製作した大洗女学園の戦車が看板となっている。
ここ数年のガールズ&パンツァーのブームに則って近年は戦車模型を充実させており、週末には聖地巡礼の若者たちで、まあそれなりの賑わいを見せる店である。
「それで、今日はお前一人なのか、ミカ?
ヒロミさんたちはどうした?」
「ヒロちゃんなら自分の家に帰ったよ。
この間のヒルドルブ、トモちゃんにあげるんだってさ。
んで、三バカは揃ってアウトレットモールの方に行っちゃった」
カウンターに頬杖ついて、商品棚の在庫確認を続ける兄を追いながら、マユヅキ・ミカがぼんやりと答える。
「なんだ、だったらお前もそっちに行けば良かったんじゃないか?」
「わっ、ひっどいバイトだなあ。
じゃなくてさ、お兄ちゃん、あたし、サプライズってのをやりたいんだよ」
「サプライズ?」
「うん、みんなに内緒でスッゲータンクを買ってさ、明日の部活でビックリさせてやんの!」
「ないぞ、そんなタンク」
夢見がちな妹の戯言を一言で切り捨て、シンザブロウが窓のブラインドを落とす。
たちまち不満げな妹が反発を見せる。
「うええ~、なんだよ兄ちゃん。
もっと真剣に考えてよー」
「無いんだよ、事実。
少なくとも、あの陸戦強襲型以上にイカしたタンクなんてな。
考えてもみろよミカ、ガンダムシリーズはロボットアニメなんだぜ。
既存の戦車に遅れを取るようなガンプラ、お前だったら欲しいか?」
「む、一理ある」
「そもそも、SF的な考証との兼ね合いもあるしな。
現役のタンクが戦場で通用するなら、二足歩行のMSが世に出るための理由付けが……」
そう言いかけた所で、シンザブロウは作業の手を止め、神妙な顔をしてミカの方を振り返った。
「――なあ、時にミカ、タンクってのは何だ?」
「へ、タンクはタンクでしょ?」
「定義付けの話さ。
タンク道ってのは、何を以てタンクとするんだ?」
「む~っ、何か兄ちゃん、難しい事を言うなー」
むむむ、と両腕を組んで、深刻げにミカが一つ唸る。
「まあ、まずはキャタピラだよねキャタピラ。
普通のタイヤじゃタンクとは言わないんじゃない、多分」
「無限軌道な、他は?」
「大砲はいるよね、うんとデッカイの。
絶対かは知らないけど、やっぱアレがないと締まらないっていうか」
「ま、武装なんてのは小売のパーツでどうとでもなるさ。
で、後は?」
「後は……、そう、確か頑丈で、パイロットが保護されてなきゃいけないんだよ。
オープンカーみたいなのは戦車とは呼べない、ってギンちゃんが言ってたような」
「装甲か、ああ、そいつに関してはなんの問題もないな」
にっ、と不敵な笑みを見せ、いそいそとシンザブロウが店の奥の商品棚へと向かう。
きょとん、と首を傾げてミカがその後へと続く。
「お兄ちゃん、なにやってんの?」
「まあ待て、確かこの辺に……、と!
ほれミカ、こいつでどうだ?」
棚の最上段から目当てのブツを引っ張り出して、褌身のドヤ顔を妹に向ける。
瞬間、煌めく猫目を大きく見開いて、マユヅキ・ミカが破顔した。
「う、うおおおおおおお!? なんじゃあこりゃあッ!?
あたしのインスピレーションをガンガンと刺激して止まない、
こ、この機体は一体なんなんだァ!?」
「ふふ、そうだよ、タンクだよミカ。
お前の言うサプライズに相応しい最高のタンクさ、そいつは」
「決めたッ 決めたよ!
あたし、コイツに決めたよ兄ちゃん!」
「まいどー、1,620円になります」
「買って、兄ちゃん!」
「ダメだ、ミカ、自分の小遣いで買うんだ」
ドサクサに紛れて卑劣な要求をしてきた愛妹に対し、珍しく真面目な顔つきで兄が答える。
「自らの目で選んだ機体を、自ら身銭を切り、自らの手で作り上げる。
バカバカしいと思うかもしれないが、ミカ。
そう言った小さな儀式の積み重ねが、少しずつ愛機の力となって積み重なって行くんだ。
お前のやってるガンプラバトルってのは、そう言った情念の世界と地続きなんだよ」
「おお! すごいよ兄ちゃん。
やっぱりお兄ちゃんは立派な事を言うなあ!」
「うむ、分かってくれたか」
「うん、分かった!
だからお小遣いちょうだい」
にっかりと屈託のない満面の笑みを浮かべ、ミカが空の右手を真っ直ぐに差し出してきた。
きらきらと輝く、澄み切った瞳がそこにはあった。
「…………」
そんな妹の愛らしい笑顔を真正面から見つめ、シンザブロウがこの上なくしょんぼりした。
ほどなく、真新しい野口英世が二枚、仲睦まじい兄妹の掌の上を行ったり来たりした。
・
・
・
神秘的なプラフスキーの輝きは、いつしか叩きつけるような砂粒へと変わっていた。
小型のバトルフィールドが、広大な砂漠へと変貌する。
吹き荒れる砂嵐の牙を引き裂いて、漆黒の車両が三台、一本の矢の如く突き進んでいく。
「ヒャッハーッ! 小生に続けェ――ッ!!
ガイア! マッシュ! オルテガ!
ミカにジェットストリームアタックを仕掛けるぞォ!」
「了解! 61式、全速全開であります」
「ははは、アンタは誰の立場なんだ、御大将」
力強い無限軌道が唸りを上げ、重厚な二連の大砲がターレットの上で踊る。
縦一文字に大地を裂いて、61式戦車の隊列が、いよいよトップ・スピードに乗る。
「フハハハハハー!
155mmの滑空砲が二連装で倍の310mm!
そいつが三台連なる事で、×3の930mmッ!!
更にスリップストリーム効果による通常の三倍の加速を加えればァ!
喰らえミカァ! 貴様を上回る2790mm滑空砲d」
「部長! 邪魔であります!
仰角を取れない61式では、後ろから敵を狙えないのであります!」
「な、なんだとォーッ!?
そ、それじゃあこの陣形には、一体なんの意味があるんだ!?」
「……ダチョウ倶楽部?」
「お、おい!? やめろ馬鹿ッ
こんな視界不良な場所で速度上げたりしたら……。
押すなよ、おい! 絶対押すなよ! やめろって、やめて!
マイちゃんやめてよォ―――ッ!?」
スリップストリームによって加速したマイ機が、二門の砲でギンガ機の尻を容赦無く小突く。
足回りの苦しい砂塵、たちまち走行が左右にブレて大きくバランスが崩れる。
制御不能となったギンガ機が、小高い砂山に思い切り突っ込んでいく。
「うわぁぁん! スタックしたァ―――ッ!?」
「わーっ!? 急に止まっちゃダメなのであります!」
大惨事であった。
砂巻き上げマシーンと化したギンガ機の後部に、加速の付いたマイ機が乗り上げ、思い切り空転して仰向けに引っ繰り返る。
「しょ、小生を踏み台にしたァ!?」
「いや、いいぞ二等兵、その角度こそベスト!」
「ハッ!
このシチュエーション、爆音上映で観たのであります」
スロープと化したマイ機の履帯目掛け、最後尾のカオリ機が一直線に突っ込んでいく。
クローラー、オン、クローラー。
双方の無限軌道がガッチリ噛み合い、痛烈なカタパルトとなって戦車が上空に跳ね飛ばされる。
勢いのまま、カオリ機は真っ直ぐに砂煙に、その先に揺らめく敵の正面へと飛んで行く。
「零距離、殺ったぞォ、ミ――」
瞬間、砂煙の先で、相対する黒い影が真紅の単眼を煌めかせた。
イイツカ・カオリの背筋がぞくりと震える。
巨大なタンクの両の
「ななっ!?」
――ガツン!
「おひょおおお!?」
双方の戦車が、本来あるまじき空中戦でド派手にカチ合った!
強烈なタンクのヘッドバットにハネ飛ばされ、61式の二門砲が無残にもひしゃげ、勢いのままにお仲間の上へと跳ね飛ばされる。
「ま、また小生を踏み台にしたァ!?」
「やっぱJ.S.A.は無いわなぁ」
「ここは赤備えにしとくべきだったのでありま――」
――ドワォ!!
たちまち、車両三台分の爆炎が砂塵の空を焦がした。
・
・
・
「いやあ、大尉は強敵でしたねえ」
「やっぱミカはすげえよ」
戦いは終わった。
タンク道の仮部室に日常が戻り、お気楽な声を上げる対面の三バカを前に、ミカが呆れたように溜息を吐く。
「いやいや、三人ともマジメにやってよ。
こんなんじゃ練習にならないじゃん」
「うっ、ううううっさいわいっ!
お前こそなあ、お前こそ真面目にやれよォミカ!」
「ん? あたし? 何が?」
「何がじゃねえよ! 何だこのタンク!?
認めねえ! 小生は絶対に認めないぞ!」
激昂したギンガ部長が、必死の涙目でテーブルの上を指さした。
テーブルの上に勇ましく佇立する、四足のタンク。
ネコ科動物の毛並みを思わせる、鮮やかなオレンジのボディ。
重厚な無限軌道を備える四本の脚。
鋭い単眼を宿した頭部には、厳つい大角を備える。
そして背翼を負ったターレットの上には、ガンダムのお株を奪う二連装のビームキャノン。
TMF/A-803『ラゴゥ』
局地戦での走破能力に特化し、コズミック・イラの重力圏においてあらゆる機動兵器を駆逐した、ガンダム史上まったく新しい前代未聞のタンクである。
「虎じゃねえかッ!?」
堪らずギンガが叫んだ。
至極当然の感想であった。
「違うよギンちゃん、よく見てよ。
ほら、コイツちゃんとタンクに変形できるんだよ。
カッコいいっしょ?」
「そう言うのは世間では『ふせ』って言うんだよ!
隣んちのポチだってできらァ!」
「そんな言い方するけどさぁ。
それじゃあ、コイツはタンクじゃ無けりゃあ、一体なんだっていうのさ?」
「……えっ?」
ぽつり、とミカの素朴な疑問を受け、御大将の反論が思わず止まる。
「え、ええっと、なんなんだろう……、コバヤシさん」
「ええ!? 私?」
出し抜けに話を振られ、傍らのヒロミが慌ててテーブルを見つめ直す。
「た、確か公式の設定では『陸戦用モビルスーツ』だった、ような……?」
「まあ、この子ったら、こう見えてガンダムさんの親戚なんですねえ」
「MS!? 嘘だろコバヤシさん? ハインラインに謝れよ」
「普通、こう言う良く分からない機体については、
とりあえずMAに分類しておくのがガンダムシリーズの慣習なのでありますが……」
「強いて言うなら、ゾイド、かな?」
「強いて言うなよかおりん!? バ、バッカじゃねえのお前ッ!」
困惑が部室全体に広がって行く。
再び大きくため息を吐いて、マユヅキ・ミカが迷いなく宣言する。
「ほうらね。
だからコイツは戦車にカテゴっておくのが一番無難なんだってば。
たまーにタイガーに変形したりするタンクなんだよ、多分」
「砂漠の『
確かにスゴ腕の戦車乗りが搭乗してそうな説得力を感じるのであります!」
「無理やりドイツ語に変換して納得してんじゃねえ!
こんなモンが戦車であって堪るかよ」
「――どっちだって良いわよ、そんなの」
はあ、と一つため息吐いて、心底どうでも良いやり取りを尻目に、顧問のランコが入室する。
「あ、先生、お疲れさまです」
「って、良いの先生?
こんな機体をタンク道として認めちゃって良いのかよ!?」
「……この間も言ったけどね、タンク道なんてのはただの言葉よ。
何を以てタンクと成すのか、タンクの何処にこだわるべきなのか?
それはこれからの練習の中で、貴方たち一人一人が考え、向かい合っていけば良いのよ」
すがるようなギンガの言葉に対し、ランコはひたすら懇々と指導者らしい寛容さで応える。
だが、やはりかつてのタンク界のアイドルとして、色々と思う所もあるのだろう。
心なしか口端が引き吊っていた。
「とは言え、さすがにぶっ飛んでるのはマユヅキの機体だけのようね。
三人の61式戦車に、コバヤシさんの量産型ガンタンク。
そしてトモエさんのは、ヒルドル、ブ……?」
そう一言で言い切ろうとして、思わず言葉尻が詰まる。
トモエの手にしたタンクをまじまじと見つめ、そして疑念をこぼす。
「ええっと、トモエさん。
この砲身の先端に巻いてある布きれ、何……?」
「はい、それは『幸福の黄色いハンカチ』ですね」
「幸福の黄色いハンカチ?」
「恋の叶うステキなおまじないなんですよ」
「恋の叶うおまじない!?」
にこにこと当然のように応えたトモエに対し、ランコの口からオウム返しに呟きがこぼれる。
「トモちゃんは相変わらず乙女だなあ」
「さすが邦画通……」
「い、良いのか先生、あんなんで?」
「タ、タンク道はあくまでも言葉……。
何を以て道と成すのか、各々で考えれば、それで……」
ぶつぶつと、己自身に言い聞かせるようにランコが呟く。
ぶんぶんと頭を振り、大きく深呼吸を繰り返し、そうして無理矢理に話を切り替える。
「と、とにかく全員、これでようやく愛車が決まったようね。
今週の土曜に練習試合を組んだから、当日は全員、予定を空けて置きなさい!」
高らかと、気持ちも新たにランコが宣言した。
たちまち部員たちの間から、戸惑いのざわめきが溢れだす。
「えっ!? あたしたち、もう他校とバトル出来るの?」
「そ、そんな?
私たち、ようやく練習に漕ぎ着けたような状態なのに、ちょっと無茶じゃないですか?」
「無茶は承知よ、コバヤシさん。
ガンプラバトル選手権、茨城予選の開始まで一か月も無いんだから。
今の貴方たちにはとにかく場数! 場数! そう、場数と経験が必要なのよ!」
思わずうろたえる常識人のヒロミに対し、タンク道の先人が鼻息も荒く訴える。
薄桃色に上気した形の良いおでこが、本日もつやつやと麗しい。
「練習試合と言っても、対戦相手はどなたになるんでしょうか?」
人差し指を口元に当て、マイペースなトモエが小首を傾げる。
きらり、と、たちまちデコちゃんのデコ、もとい眼光が鋭く光る。
「――西東京、砲弾学園・弓道部。
関東圏唯一のタンク道チームが、貴方たちの初陣の相手よ!」