海照らす鈍色の月   作:gromwell

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●プロローグ

 師走の冷たい潮風のなか、ふた筋の白い航跡を残して、二人の少女が紺碧の水面を滑るように駆けていた。

 

 縦一列に並んで進むその姿は、さながら水上のスピードスケートのようだ。

 

 立派なアホ毛を立たせた栗色の少しゴワゴワした長い髪の毛の少女の後ろに、機械で出来た獣耳のようなものを頭部に浮かべた、長い銀の髪の少女が続く。

 

 二人とも背中に何やら機械らしきものを背負っていた。

 

 その機械からは、煙突が付いていて、左右にアームが伸びていた。その先には艦砲や機銃などが取り付けてあった。

 

 銀の髪の少女にいたっては、左腕に三連装魚雷発射管を装着し、右手には槍のような物まで携えている。

 

 そんな物騒な装備の彼女達の服装は、セーラー服を彷彿とさせるデザインだったりする。

 

 栗色の髪の少女は白地に水色の縁取りのセーラー服に短パンという服装。

 

 銀の髪の少女はセーラー服調の丈の短いワンピース姿だった。

 

 そんなコスプレっぽい姿とは正反対に彼女達は何かを必死になって見つけようと、首を左右に巡らせていた。

 

「この辺りよね、輸送船が襲撃に遭ってるって海域は……。何も無いじゃない、無駄足だったかしら」

 

「クマー、こりゃあ手遅れだったクマ。船の影も形も無いクマ」

 

 銀の髪の少女の言葉に振り返ると、コミカルな身振り手振りを交えて、茶色の髪の少女が応えた。

 

「敵影も無し……か。せめて仇くらいはとってあげたかったわ」

 

 周囲を見渡して、銀の髪の少女が口惜しげに呟いた。

 

「沈められちまったもんはしょうがないクマ。だいたい、いくら勢力圏内とはいえ、護衛もなしにノコノコと単艦で出てきた輸送船が悪いクマ。球磨は悪くないクマー!」

 

「ええ、それはそうなのだけど」

 

「叢雲、どうしたクマー?」

 

「いくら何でも不自然だわ。護衛の事を抜きにしても、輸送船が単独で行動するだなんて」

 

「クマー?」

 

 首を傾げる少女──球磨を銀の髪の少女──叢雲がジト目で睨んだ。

 

 話しても仕方ないとばかりにヒラヒラと左手を振る。

 

「何でもないわ。球磨さん、生存者がいないか捜索しましょう。此処まで来た以上、何もしないで帰るのは癪だし」

 

「くまさんて呼ぶなクマ!球磨は球磨クマ。熊じゃないクマぁ!!」

 

「……ごめんなさい、頭が痛くなってきたわ」

 

「……叢雲はノリが悪いクマー……」

 

 そうしてすぐさま、ふたりは生存者の捜索を始めた。

 

 僅かに、滲むように薄く広がって浮かぶ重油と船の一部であっただろう木片を中心として、捜索範囲を広げていく方針をとった。

 

 単縦陣のまま針路を変え、微速でゆっくり、ぐるりと大きく弧を描くように移動しながら辺りの海面に目を凝らす。

 

 叢雲は生存者を探して弧の内側を、球磨は対空・対潜警戒の為、外側を担当する。

 

「重油の漏れも船体の残骸も少ないとこを見ると、たぶん艦首あたりに魚雷を喰らって海に突っ込むみたいに、あっという間に沈んだんだクマー」

 

「そう、なら乗員の殆どは船もろとも水底ね」

 

 徐々に描く弧を大きくしながら捜索は続く。

 

 時折、沈められた船のものと思われる漂流物が波に揺れているのが見て取れたが、生存者に繋がるものはなかった。

 

 やがて、捜索を始めて二時間が経過した。

 

 既に陽は西へと傾いている。

 

 始めから乗員など居なかったのではないかと思えるほどに、何も見つからない。

 

「もう燃料も心許ないクマ、そろそろ帰投するクマ」

 

「そうね、これ以上は──」

 

そう言いかけて、言葉を飲み込んだ叢雲を球磨が訝しげに見つめる。

 

「何か見つけたクマ?」

 

「いえ、何か白いものが見えた気がしたから……」

 

「……幽霊クマ?」

 

「化けて出るには早いわよ」

 

「クマー……。じゃあ何だクマ?」

 

「さあ?ちょっと確かめてくるから、周辺の警戒をお願いするわ」

 

「ん、任せろクマ」

 

 叢雲が球磨から離れる。

 

 少し距離を置いて、球磨は不規則に針路を変更しながら叢雲の周囲を移動しつつ、対潜警戒を始めた。

 

 生憎、ソナーなど球磨は信頼していなかった。

 

 潜水艦の潜望鏡、もしくは雷跡を目視で警戒する方が球磨の性に合っている。

 

「ふっふっふー、石狩川での鮭狩りを思い出すクマー。行ったことないけど」

 

 ひとり、不敵な笑みをこぼす球磨を尻目に、叢雲はさっき見た白い何かを探して水面を睨んでいた。

 

「この辺りだった筈だけど……」

 

 先ほどから、少し波が高くなってきたようで、目視での捜索が難しくなってきた。

 

 苛々を押し殺しながら、水面へと視線走らせ続ける。

 

 不意に、叢雲の前方で水面が一際高く盛り上がったと思うとゆっくりと沈むように下がっていく。

 

 その波の動きからやや遅れて、水中から何やら棒のような物が姿を現した。

 

「……ッ!!」

 

 それが何か認識する前に叢雲は飛びついた。

 

 瞬く間に右手の槍を左手に持ち替え、右腕を懸命に伸ばしてそれを掴む。

 

 もろとも海中に引きずり込まれそうになるが、踏ん張って耐えた。

 

 這いつくばるように右半身を海水に浸しながらもゆっくりと、掴んだ物を引き上げてゆく。

 

 酷く暗い海中から、それは徐々に姿を鮮明にしていく。

 

 やがて、叢雲の右手の冷たい感触の正体が、すぐ目の前の水面下に現れた。

 

「……間一髪だったわね」

 

 無意識に安堵の言葉を呟いていた。

 

 叢雲の右手がしっかりと掴んでいたのは、まだ少女と呼べるほどの若い女性の腕だった。

 

 あの瞬間、叢雲が間に合わなければ間違いなく、彼女は海の底だっただろう。

 

 女性の顔が水面から出た。

 

 しばらく小さく咳き込んだあと、女性の目蓋が薄く開いた。

 

 僅かに紫色の瞳が覗く。

 

 叢雲の赤い瞳と視線が交錯する。

 

(な、なによ……!?)

 

 ゾクリと背筋に寒気が走った。

 

 これはまるで── 

 

(深海棲艦を目の前にした時の……)

 

 慌てて叢雲は首を振る。

 

「何を莫迦な事を……」

 

「なにが莫迦クマー?」

 

「ひゃっ……!!」

 

 素っ頓狂な声をあげた叢雲が振り向くと、此方を覗き込む球磨の顔があった。

 

「な、なによ。びっくりしたじゃない!」

 

 驚きと変な声が出てしまった恥ずかしさで顔を赤くしながら、叢雲が口を尖らせる。

 

「そう照れるなクマー」

 

「照れてないわよ!」

 

 そうかクマー、なんて呑気な台詞を吐いた球磨が、海中から引き上げたばかりの女性をしげしげと見詰める。

 

 海水で濡れ、肌がところどころ透けている白いワンピース姿がなんだか艶めかしい。

 

「良かったクマ、身体が冷えてる以外は何とも無さそうだクマ」

 

 それに、とニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべた。

 

「お手柄クマ。姉ちゃん嬉しいクマー」

 

「誰が姉よ、誰が!そもそも艦種すら違うでしょうが」

 

「んふふー、憎まれ口も可愛いクマー」

 

 そう言って、わしわしと叢雲の頭を撫でる。

 

 軽巡洋艦の球磨と比べて、駆逐艦の叢雲は一回り小さい。

 

 球磨曰わく、撫でるのにちょうどいいとこに頭があるのだという。

 

 だからって気軽に撫でられるのは不本意だわ!と叢雲は思っている。まあ、悪い気はしないけれど。

 

「そろそろ止めてもらえる?」

 

「照れてる叢雲も可愛いクマー」

 

「はいはい、そうね。それで、これからどうする気?急がないと今度は寒さにやられてしまうわ」

 

 抱きかかえている女性の身体が力無く震えている事に叢雲は気付いていた。

 

 出来るだけはやく、身体を温める必要があるが、ここは海の上。

 

 幸い、天候は晴れて穏やかとはいえ、気温は高くない。

 

ただでさえ、濡れて冷えている身体から容赦なく体温を奪う、師走の海風を凌ぐ場所なんてなかった。

 

「その事なら心配いらないクマ」

 

 球磨が空を指差した。

 

 仁王立ちして左手を腰に当て、右腕を真っ直ぐに空へ伸ばして。

 

 その先には、軽快なエンジン音を響かせて空を舞う、明るい鼠色をした艦載機の姿があった。

 

「あれは、零式艦上戦闘機?」

 

「近くに空母がいるはずクマ。まあ、あっちから合流して来るはずだクマ」

 

 球磨の言葉通り、視線を空から海上へ戻すと遠くに人影が見えた。

 

 叢雲達に気付いたのか、速度をあげたようだ。

 

 黒い粒のようだった姿がみるみるうちに人の形が見て取れるまでになった。

 

 まるで盾のような飛行甲板を左上腕部に装着した蒼袴の女性と、同じように飛行甲板を装着した少し小型な着物姿の女性が此方へと近づいて来ている。

 

 叢雲達と同じ通信を受信して捜索していたのだろうか。

 

「焼き鳥製造機の異名を持つあれなら、すぐに温めてやれるクマ」

 

「それ、本人の目の前で言ってみなさいよ」

 

「……やめとくクマ」

 

 やれやれと叢雲は肩をすくめた。

 

「それにしたって、軽空母どころか正規空母まで出張ってくるなんて……」

 

 護衛も付けず、船団も組まずに単独で航海に出て、そして沈められた輸送船──

 

「嫌な予感がするわ」

 

 眉間に皺を寄せる叢雲の隣では、空母達へ向かって球磨が無邪気に手を振っていた。




マシュマロ型提督のスピンオフ的な何かっぽいですが、執筆開始はこちらのが先だったりします。
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