叢雲から発破をかけられた環の表情は、それまでとはガラリと変わって凛としたものに変わっていた。
叢雲と別れたあと、環は工廠へと向かった。
油と硝煙の臭いの漂う其処に、環が纏う装備一式が保管されている筈だからである。
少々迷いながらもたどり着いた工廠で、妖精と並んで作業する専属の整備兵から装備一式を受領した環は、彼と共に、埠頭へと向かったのだった。
装備の試用を整備兵にお願いされた為だ。
曰わく、少しでも早く完全な状態に整備したいとの事だった。
環はそれを年若いが優秀な整備兵である彼の、職務に対する熱意と判断した。
彼にしてみればそれは理由の半分に過ぎない。
残りの半分の理由については今のところ、彼は自身の胸に秘めたままにしておくつもりである。
そうして、環と整備兵が埠頭に着いてみれば、艤装を展開した叢雲と遭遇した次第であった。
「ちょっとはやる気になったみたいじゃない」
フフンと鼻を鳴らす叢雲は随分と機嫌がいい。
そんな叢雲の横で環は整備兵の説明を受けながら、自身の装備を身に着けていく。
黒のタンクトップとミニのプリーツスカートの上からオーバースカートに似たデザインの腰周りを覆う装甲板を装着。
指先から手首も装甲板に覆われていた。
その篭手状の装甲は環の手の二周り以上の大きさで、なかなかに迫力がある。
手の甲にあたる部分は特に厚く、腕の方まで覆う装甲板は盾としての使用も考慮されている。
脚部は、黒のニーハイソックスと茶色のローファーを着用していた。
一見、ただの布地と靴にしか見えないこれらも、装甲の一部らしかった。
甲斐甲斐しく整備兵は着け心地やら動作の妨げにならないか等、事細かにチェックしては、修正点を手帳に記入している。
一通りチェックが済んだ後、環は埠頭に設置された艦娘用の桟橋へ向かう。
緩やかな下り坂の先は水面へと続いており、海と繋がっているのが分かる。
ゆっくりと慎重に海面へと続く坂を下っていく。
その後ろを何やら棒状の物を引きずるように整備兵が付いていく。
その様子を、命令書に付属していた書類で環の事情を知っていた叢雲が興味深そうに眺めていた。
そんな叢雲が、何かに気づいたのか声を挙げた。
「まさか、これがあんたの艤装の全てって訳じゃないでしょうね!?」
そう、環の装備には武装というものがスッパリと抜け落ちていたのである。
装甲板の他は火砲や魚雷発射管など一切見受けられない。
それどころか、推進力を得るための機関は何処なのか。
幾ら環が深海棲艦と融合しているとはいえ、あまりに不可解な装備だ。
深海棲艦達も艤装と思しき装備を装着しているのは既に判明している。
機関こそ判らないものの、武装に関しては見た目通りなのだ。
「武装でしたら、電探攪乱用の特殊金属粉を使用した煙幕と投射式水上爆雷を試作しています」
整備兵が投入が予定されている兵装の種別や性能を淡々と説明するが、叢雲は呆れた表情である。
「どれもこれも牽制や支援用の兵装じゃない。直接打撃を与えられる兵器は無いのかしら?」
「それなら、新たに開発された金属素材を用いた近接戦闘武器が……」
そう言って整備兵は一振りの無骨な太刀を環へ渡した。
鍔は無いシンプルな拵えである。
斬るよりも打撃に向いた幅広く肉厚の刀身と、それに相反するような刺突用に先端部分が鋭く尖っている。
緩やかな弧を描く反りと色褪せた銀色を思わせる色合いが特徴的だ。
「その……、少尉の身体の研究過程で開発された金属を使用しております。イ級程度の装甲ならば問題無く貫通可能です」
「……呆れたわ。艦娘が現れなければこんな物が主兵装だったわけ?」
明らかに莫迦にした態度で言う叢雲に整備兵が悔しげに唇を噛んだ。
幾人もの研究者が過労に倒れ、環を含めた幾人もの人間を研究材料に捧げた結果が、艦娘の艤装と比べれば玩具同然の代物だったのだからそれも仕方ない。
「私が艦娘の艤装を扱えない以上は仕方ないわ」
感触を確かめるように太刀を振り下ろして、環は叢雲を窘める様に言う。
「白兵戦に持ち込めれば勝ち目があるだけ、大きな進歩だわ」
「そんなものかしらね」
肩を竦めてみせる叢雲に環が苦笑する。
「試用がてら演習を行いたいのだけど問題ないかしら?」
整備兵の肩を左手で優しく叩き、環が問う。
途端に整備兵の表情が引き締まる。
「はい、問題ありません。残りの武装も出撃には間に合わせます!」
「ありがとう、よろしくお願いします」
「い、いえ、任務でありますから……!」
緊張した面持ちで整備兵は環に敬礼する。
そして、環は桟橋の坂を下りきり、水上に立った。
ローファーの底が水面に触れると同時に、環の身体に変化が現れた。
ポニーテールに束ねられた長い黒髪は、色素が抜け落ちる様に蒼に染まっていく。
肌の色も幾分透明感が増した様にも思える。
その姿を半ば唖然と眺める叢雲に、環が声を掛けた。
「そちらも艤装の調整をするのでしょう?どうかしら、演習の相手をお願いしたいわ」
「そうね、司令官の実力を知っておく必要はあるわ。それに……」
クイッと叢雲は口角を上げた。
「この叢雲の実力を思い知らせてあげる」
そろそろ書きためた分が尽きそうです。次回は怒れる扶桑姉様登場の幕間の予定です。