調布基地に、FFR-41MR メイヴ、F-1、F-4E ファントムⅡが着陸する。そのままエプロンへタキシング、排気をしてからエンジンを切った。
メイヴのコクピットカプセルが後退、キャノピーが開く。零は酸素マスクを外し、グロックをエディスに渡したままであるのを思い出した。
見れば、F-4Eの後席から、エディスが危なげな足取りで降りていた。零はコクピットカプセルから抜け出し、F-4Eへ向かう。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫に、見える……? 三半規管はおかしいし、耳も痛いわ」
キャサリンの助けも借りず、エディスは1人でF-4Eから降りた。そして零の所へやってきて、エディスはグロックを返した。
「ありがとう、深井大尉」
「ああ」
零は受け取り、薬室から弾を抜いてから耐Gスーツの内ポケットに仕舞った。
その後、ミンクスとクフィルも帰投し、ブーメラン隊とアリス隊は全員集まった。
「私はエディス=フォス、特殊戦の軍医よ。専門は精神科だけどね」
エディスは、アリス隊のブリーフィングルームで、アリス隊の全員に自己紹介した。
「1番機パイロットのクリスティーネ=クルデガルド、スウェーデン出身です。以後よろしくお願いしますね」
「2番機パイロット、ノア=アシュケナージ、イスラエルだ。よろしく」
「3番機担当、タチアナ=ヤコブレフ、ロシア人です! 今後ともよろしくお願いします!」
「……4番機、春夏秋冬 ありあ。よろしく」
「5番機担当、キャサリン=ウェラー、アメリカです!」
アリス隊の5人が敬礼した。エディスも敬礼を返す。そして、エディスは零を見る。
「それで、深井大尉、一から説明してもらえる?」
零は頷いた。
「なるほど、ジャムはいないけど、それらしいのがいて、しかもジャムと関連があると」
エディスが、零の説明を要約した。零は頷き、そして口を開いた。
「エディス、君はどこまで覚えている?」
エディスは首を傾げる。
「どこまでって、どういう事?」
「例えば、トロル基地での通信以降について」
「それだったら、あの後も1回通信して、そして雪風を初めに全戦隊機を見失った。その後は……ごめんなさい、記憶が無いわ」
「フムン、よく分かった」
エディスは何か言いたげだったが、キャサリンが遮った。
「あの、質問なんですが」
「何だ?」「何かしら?」
零とエディスが順に反応した。
「お2人は付き合っているんですか?」
その質問に、零とエディスは絶句し、他のブーメラン戦士達は思い思いに反応した。
桂城少尉やコヴァレフスカ中尉他7人は「それは無い」という顔をしたが、ブリューイ中尉やコズロフ大尉は吹き出し、残りは我関せずという態度を取った。
「ウェラー、悪い冗談にも程がある」
「全くよ。彼程他人に無関心な人間は、特殊戦以外では見られないわ」
零とエディスはごく普通に否定する。それを見、ありあはそうだと思った。
翌日、ありあ達は再び離陸した。ありあはF-4Eの後席に座り、そして雪風とカーミラが護衛する。目指すは航空自衛隊 千歳基地。今回の目的は、千歳基地に放置されたTS-1の回収だった。ありあは、F-4Eの後席でFFR-31MR スーパーシルフのマニュアルを読んでいる。
やがて、千歳基地が見えてきた。雪風とカーミラは空間受動レーダーや、ルックダウンレーダーで周囲を警戒、F-4Eはランディングギアを下ろしてアプローチを開始する。
「そういえば、いいの? ありあ」
キャサリンがありあに話し掛ける。エンジン出力をMIL(ミリタリー)からCRU(クルーズ)へ。フルフラップ・ダウン、降下速度25m/分。
「何が?」
ありあはマニュアルから目を上げる。しかし、F-4E後席では計器以外見えない。
「F-1、捨てて良かったの?」
「元々愛着はなかった。それに、ヴィロワ司令が『攻撃機が不足している』って」
「確かにそうだけど……」
F-4EのJ-79ターボジェットエンジンから、正常な黒煙が吐き出されている。着陸指標を捉え、更に高度を落とす。地面効果により、機首が持ち上がる。
ズシンという感触のタッチダウン、エアロブレーキ最大拡張。トゥブレーキを掛けて減速した。そのまま千歳基地のエプロンへタキシング、キャノピーを解放する。
「アリス5、到着」
〔B1、了解〕
ありあとキャサリンはエプロンを見渡す。昨日と同じく、F-15J イーグルやT-4 ドルフィン、そしてTS-1が駐機している。
ありあはシートベルトを外し、立ち上がる。キャサリンが振り向きながら言う。
「ありあ、気を付けてよ?」
「エアインテークに吸い込まれるようなへまはしない」
「いや……TS-1に罠が仕掛けられているかもしれないし」
ありあは黙ってF-4Eから飛び降りた。そして振り返り、キャサリンを見た。
キャサリンは心配そうな顔をしている。ありあは右手を挙げ、そしてTS-1へ向かった。
アリス隊、ブーメラン隊はブリーフィングルームで暇を持て余していた。思い思いに過ごす中、パメラのポテトチップスを頬張る音が響く。
スクランブル発令、直ちにF-104 スターファイターが編隊離陸する。
エディスは、エプロンでそれを見ていた。エプロンには、F-4SやMiG-25、MiG-23、EC-121早期警戒機、そしてアリス隊の4機が並んでいる。ブーメラン隊の機は、格納庫に仕舞われている。
「どうしたんですか? エディスさん」
呼び掛けられ、振り返るとタチアナがいた。
「ただの散歩よ。深い意味は無いわ」
「そうですか……所で、どうしてFAFに?」
「FAFに来る人間が、どういうのか知っているの?」
「ええ、クリスティーネ先輩が零さんから……」
「深井大尉、何しゃべったのかしら……私は犯罪を犯した訳ではなく、志願したの」
タチアナは驚く。
「どうして、また……」
「飛行機が好きで、それに大学では心理学を専攻していたから、それを生かせる職場はFAFしかなかった」
「でも、エディスさんはアメリカ出身でしょう? アメリカ空軍とか……」
「それも考えた。でも、当時は心理カウンセラーで女性を雇うという考えがなかったの。だからFAFに。人間ではない何かを相手にする組織の方が、性差別が少ないなんて皮肉よね」
タチアナは黙っている。
「最初はテストパイロットのカウンセリングをしていた。それが気付けば……」
「特殊戦に?」
「ええ。いきなりの実戦部隊、しかもテストパイロット達と違って排他的な人間ばかり……いい加減休暇を取りたいわ」
タチアナは、エディスの心中を察した。
ありあは、マニュアルと悪戦苦闘しながらTS-1のキャノピーを開けるのに成功した。
(全く、何でこんなに違うの……)
ありあは心の中で愚痴りながらコクピットに昇る。APU(補助パワーユニット)起動、しかし反応がない。
マニュアルを読み進め、JFS(ジェットフュエル・スターター)を起動させた。燃料点火、発電を開始する。ある程度電力が溜まった所で、メインディスプレイを起動させる。燃料はまだ7割もあった。
右エンジン始動、目覚めた狼のような低く、恐怖を感じさせる唸りと振動をFNX-5011-D(スーパーフェニックス マークXI)が発し始めた。ありあは、キャサリンに向かって手を挙げる。すると、キャサリンはF-4Eの機上で両手で円を描き、そして滑走路を指差した。ありあは頷き、TS-1のキャノピーを閉める。
F-1と違い、キャノピーが全自動で閉められた。左エンジンも始動、パーキングブレーキを解除してスロットルレバーをMILへ。TS-1は動き出し、滑走路へタキシングする。そして尾翼やフラップを確認しようと操縦桿を手にし――戸惑った。TS-1こと、FFR-31 シルフィードはフライ・バイ・ワイヤの操縦系統であるため、操縦桿は感圧式のサイドスティックだった。ラダーペダルの動く範囲もF-1より狭い。
ありあは戸惑いながらサイドスティックを握り、やたらとボタンが多いのに気付いた。操縦桿やスロットルレバーから手を離さずに基本操作が出来るHOTAS形式だ。ありあはマニュアルを読み、サイドスティックやスロットルレバーのボタンやスイッチの役割を確認、そしてサイドスティックやラダーペダルを操作する。
傾斜式双垂直尾翼や水平尾翼、主翼フラップ、コクピット脇の可変カナード翼をチェック、そしてスロットルレバーをA/B(アフターバーナー)に入れて滑走する。
機首が持ち上がり、離陸。ギアアップ、増槽と4発の短距離ミサイルしかないTS-1はほぼ垂直に上昇、ありあは体験した事のないGに晒される。
〔春夏秋冬、応答しろ。こちらB1〕
コクピットに、零の声が響く。ありあは応えた。
「こちらアリス4、離陸完了した」
〔B1、了解。燃料はあるか?〕
「まだ7割……どれだけ飛べるかは知らないけど」
〔7割か。なら、充分だ。アリス5も離陸した、これより調布基地へ帰投する〕
「アリス4、コピー(了解)」
4機は戦闘編隊を組み、南へ向かった。