〔This is Chohu Tower, Alice5, clearance for takeoff.〕
調布基地の滑走路からF-15C イーグルが飛び立った。ギアアップ、大推力が自慢のF-15Cは身軽に空を舞う。
ありあは、それを駐機中のTS-1こと、FFR-31 シルフィードのコクピットから見上げていた。ありあのシルフィードには緑色の緑地迷彩が施され、主翼のFAFマークは消され、アリス隊の部隊章が描かれている。そう、コールサインと同じ、「不思議の国のアリス」のアリスが不適な笑みを浮かべて鎌を持つイラストだ。
エンジンはアイドル、管制塔からタキシングの許可が下り、ありあはパーキングブレーキを解除した。ゴトゴトと滑走路へタキシング、キャノピーは既に閉じられている。主翼フラップ、双垂直尾翼、水平尾翼、可変カナード翼を確認、管制塔へクリアランスをコール。
離陸許可発令、ありあはスロットルレバーを奥へ倒し、A/B(アフターバーナー)へ。スーパーフェニックス マークXIが青白い炎を出し、シルフィードは地面を蹴った。
1時間前――
「え、私ですか?」
司令室に呼ばれたキャサリンが驚く。ヴィロワ司令は机の上で腕を組んでいる。
「そうです。飛行試験のテストパイロットを、キャサリン=ウェラー少尉、あなたにしてもらいます」
そう言って、ヴィロワ司令はブラインドを上げ、外のエプロンを指差した。そこには、米空軍の黒いF-15C イーグルがキャノピーを開けて駐機していた。
「でも、イーグルは第4世代機で、エンジンすら起動しないって――」
「詳しい事は、公式に後ほど発表しますが、先日の網走ピラー攻撃以降、一部の第4世代機を動かす事が出来るようになりました。一部と言っても、F-14、F-15、F-16だけですが」
「何で、私が――」
「エース、だからですよ。それに、アメリカ製ならあなたが適任ですし」
「F-15なら、ノアさんの方が……彼女、現役時代はF-15Iのパイロットだったって聞いていますし――」
「F-15Iは、F-15E ストライクイーグルのライセンス生産品、操縦システムやアビオニクスが異なります。F-15Eはフライ・バイ・ワイヤですが、オリジナルのF-15は油圧アシストシステムですし。だから――」
ヴィロワ司令は立ち上がった。
「ウェラー少尉、お願いします。内容は、春夏秋冬少尉とバディを組み、ブーメラン隊の1番機・雪風と7番機・ランヴァボンとDACT(異機種間訓練)を行ってもらいます」
キャサリンは、今朝の事を思い出し、溜め息をつく。右隣に緑地迷彩柄のシルフィードが並んだ。
〔キャシー、調子は?〕
「大丈夫よ、ありあ。驚くほど素直な子」
そう言って、キャサリンは正面パネルの液晶ディスプレイを操作する。今搭載されているのは、4発の訓練用サイドワインダーミサイルと1本の増槽のみ。シルフィードも同じだ。
〔アリス4よりコマンダンテ、D空域に達した〕
〔コマンダンテ、了解〕
ここは伊豆半島沖、太平洋上空だった。一応、まだ人間の制空域だ。空域を監視するE-2C早期警戒機(コールサイン・コマンダンテ)、そしてミサイルや機関砲の命中の有無を計算する作戦管制機のカーミラ、チュンヤン、ズーク、アプサラス、護衛を担当するミンクス、そしてアリス隊がいる。今回はE-2Cがアリス側に着き、雪風とランヴァボンは支援無しで挑む。
「こちらB1 雪風、D空域に到達」
〔コマンダンテ、了解。もう訓練は始まっている、以後無線は封鎖する〕
「B1、了解」
零は、マスターアームがセイフになっているかを確認し、桂城少尉に指示を出す。
「少尉、空間受動レーダーを長距離索敵に」
「了解、〈フローズン・アイ〉起動――しかし、ランヴァボンと協力しなくていいんですか?」
「おれ達はそんな訓練はしてない。慣れない事はするべきではない」
零はドッグファイトスイッチを入れた。コクピットカプセルが持ち上がり、視界が若干開けた。
その時、空間受動レーダーに反応があった。桂城少尉が告げてくる。
「大尉、ベクター35、距離120、高度1800、下だ」
「分かっている。B1、エンゲージ」
メイヴは降下を始めた。
E-2Cからの報告を受け、アリスの2機は動いた。ありあはあえて左へ旋回、キャサリンは操縦桿を手前へ引き上昇、メイヴとヘッドオンする。
「アリス5、FOX2!」
キャサリンはミサイルレリーズを押す。サイドワインダーミサイルは発射されないが、その情報は作戦管制機のカーミラに送られる。
雪風はフレアを撒きながら左急旋回、F-15Cとクロスする。
カーミラの中枢コンピュータは、今の攻撃は外れと判定した。F-15Cは右旋回、雪風の後ろについた。
「大尉、後ろだ。ポート!」
桂城少尉が指示をする。零はサイドスティックを左へひねり、左旋回。しかし、それは罠だった。
「!?」
零は気付く。正面に緑色のシルフィード、間違い無くありあの機だった。回避しようにも間に合わない。零は負けたと感じた。
しかし、いきなりシルフィードは左バレルロールを打ち、急降下。見れば、ランヴァボンが上から急降下してきた。
〔仕留められなかったか……ヘイ、大尉。ノーマルシルフは任せろよ〕
ブリューイ中尉が、ランヴァボンをさらに降下させながら言った。
零は応える。
「了解だ、中尉。頼んだぞ」
メイヴは急旋回、F-15Cを振り切ろうとする。
キャサリンも激しいGを耐えながら、メイヴを追撃する。しかし、やはりエンジンパワーが桁違いのため、徐々に離されていく。
(せめてロックオン出来れば!)
キャサリンはスロットルレバーのボタンを押した。エアロブレーキ(スピードブレーキ)拡張、機速が下がったことで旋回半径が小さくなる。
ヘッドアップディスプレイ越しにメイヴを捉えた。急速ロックオン、キャサリンはミサイルレリーズを再び押した。
レーダー警報、さらにミサイル接近警報まで鳴っている。零は素早くフレア散布、右旋回する。激しい旋回のため、前縁ストレーキからベーパーが発生した。揚力を失い、メイヴはきりもみ状態に陥る。中枢コンピュータ内のMADC(メイン・エアデータ・コンピュータ)が各翼を素早く制御し立ち直った。
キャサリンは、今の攻撃が外れたのを悟る。残るサイドワインダーミサイルは2発、しかし20mmバルカン砲の射程での戦いでは勝ち目が無い。否、全ての戦いで勝ち目は無さそうだが。
シルフィードの後ろにランヴァボンが喰らいつく。シルフィードの後方警戒レーダーや受動警戒装置が鳴りまくっている。
ブリューイ中尉は、距離が近過ぎると感じた。事実、ヘッドアップディスプレイで、シルフィードを囲むターゲットボックスの左脇にあるレンジバーは、サイドワインダーミサイルの最小射程ぎりぎりを示している。これ以上近いと、ミサイルの破片を浴び、エンジンが破片を吸い込んで止まってしまう(最も、今は演習だから気にする必要は無いが)。
「機長、中尉。距離が近過ぎる」
後席のフライトオフィサ・ノヴァコフスキ少尉が言う。ブリューイ中尉はスロットルレバーの兵装選択スイッチを操作しながら応えた。
「分かっている。ガン攻撃に移行」
スイッチが「SRM(短距離ミサイル)」から「GUN」へ。ヘッドアップディスプレイのミサイルシーカー・マークが無くなり、代わりに地図記号の灯台のようなガン・レクティクルが表示される。
ありあは、ランヴァボンがガン攻撃を仕掛けてくると悟った。まず機体を右へバンクさせ、スロットルレバーのブレーキコントロールスイッチを押し、傾斜した双垂直尾翼のラダーが揃って内側を向いて空気抵抗を増やした。同時にランディングギアを降ろし、サイドスティックのピッチコントロールを押して手前に引いた。
空気抵抗により急減速したシルフィードは、右へと急旋回。ランヴァボンからは消えたように見えた。
「何処に行った?」
「中尉、後ろだ!」
ノヴァコフスキ少尉の声に、ブリューイ中尉は振り返る。編隊を組んでいるかのように、右側後方にシルフィードがいた。ブリューイ中尉は咄嗟にVmaxスイッチをオン、スロットルをアフターバーナーへ叩き込む。FNX-5010-Jが設計安全限界を超えた出力をひねり出す。
ランヴァボンは加速する。しかし、ありあは追撃しない。発射した2発のサイドワインダーミサイルで充分だと判断したからだ。
〔聞こえるか、ランヴァボン〕
チュンヤンのフライトオフィサ・王中尉の声だ。
「こちらB7! 今空戦中で――」
〔その必要は無い。貴機は撃墜された〕
「何だって?」
ブリューイ中尉とノヴァコフスキ少尉は驚く。ガン攻撃を喰らう前に加速して突き放したし、ミサイルなら受動警戒装置が警鐘を鳴らすはずだった。それが無いというは――
「ハハハッ」
ブリューイ中尉は思わず笑う。そしてVmaxスイッチを切る。
「どうした中尉、何がおかしいんだ?」
ノヴァコフスキ少尉が訊いてくる。ブリューイ中尉は応えた。
「あいつ、ロックオンせずにミサイルを発射したんだよ」
「馬鹿な。一体どうやって」
あの時、ランヴァボンは早く距離を取ろうと真っ直ぐ飛んでいた。ありあは、その真後ろからミサイルをそのまま放ったのだ。ロックオンしていないミサイルは、ただ真っ直ぐにマッハ3.0で飛ぶロケット弾だ。一方のランヴァボンはVmaxスイッチを入れていたとはいえ、まだマッハ1.0前後だった。
「まさか、スーパーシルフがノーマルシルフに負けるとはな」
「ヒトトセ アリア、奴はとんでもない化け物だ」
〔アリス5、キル!〕
あっけなく後ろを取られたF-15Cは、メイヴのガン攻撃で撃墜される。
キャサリンはアフターバーナーを切りながら呟く。
「時間は稼いだよ、ありあ」
そしてF-15CはD空域から抜けた。
シルフィードとメイヴはヘッドオン、そしてすれ違う。シルフィードは左へ旋回するが、メイヴはインメルマンターンで上昇した。そして背面飛行のまま降下、シルフィードをロックオンする。
〈RDY AIM-9D 4〉
マルチディスプレイに表示が出た。しかも点滅している。雪風は撃て、と催促しているのだ。零はためらう事なくサイドスティックのミサイルレリーズを押した。
「ブーメラン1、FOX2」
ありあはもうガン攻撃のレンジでの近接格闘戦に持ち込もうとしていた。残っているありったけのフレアを撒き、サイドスティックのサイドフォースコントローラを押す。
そしてシルフィードは、ジグザグに機動し始めたのだ。
零は、その動きに見覚えがあった。新型の単発単座格闘用軽戦闘機・FA-2 ファーンⅡのテストフライトの時だ。
あの時、雪風は無人だった。ジャムの最新超高速ミサイルに対抗するため、ファーンⅡには非常に高い機動性が求められたのだ。雪風が放った仮想の超高速ミサイルに対し、ファーンⅡはまさにジグザグに機動、ミサイルやバルカン砲で超高速ミサイルを迎撃した。
まさに今、旧式のシルフィードがそれをしている。発射した2発のサイドワインダーミサイルは外れた。接近戦に持ち込まれたため、零はガン攻撃モードを選択した。
シルフィードは垂直上昇、メイヴの射線に入った。零は迷わずシルフィードを狙う。
が、突然シルフィードは右バレルロールを掛けて急降下、雪風も続く。
ありあはメイヴがまだ喰らいついているのを感じ取った。サイドスティックを手前に引いて機首上げ、同時にスロットルレバーをアフターバーナーに叩き込む。スーパーフェニックス マークXIが唸り、シルフィードは加速する。
シルフィードが機首上げしたためにメイヴとの距離が一気に詰まった。20mmバルカン砲で攻撃する間もなく、とっさにピッチコントローラスイッチを押してサイドスティックを手前に引く。メイヴはぎりぎりでシルフィードをかわした。
そのまま急降下、高度300mで機首上げをして上昇を始める。
ありあは、その一瞬を待っていた。上昇機動を始め、加速度が0に近付くその一瞬を。
ヘッドアップディスプレイのガンサイトは、メイヴを囲んだターゲットボックスに完全に被さっている。ありあの右人差し指は、サイドスティックのガンコントロールトリガーに触れた。
零はとっさにVmaxスイッチとオートマニューバコントローラをオンにした。そして雪風は、パイロットの意志から切り離され、自由に舞った。
黒髪の少女が、ナイフを両手に飛んでいる。風によって長い黒髪がなびき、超音速の衝撃波を撒き散らす。
やがて、少女の黒髪は無機質な前縁ストレーキに変わり、頭が伸びてレドームになった。両手のナイフが広く延び、巨大な前進翼へ。すらっと細い両脚が畳まれ、エンジンに変わる。黒いブーツが平らになり、水平尾翼に変化した。
それは、メイヴだった。FAFに1機しかないスペシャルモデル、FFR-41MR メイヴ、機体番号B-501、パーソナルネーム・雪風。
彼に向かって、雪風は警告を発する。目覚めよ、目覚めよと。
零が気付くと、メイヴは超音速巡航で飛んでいた。横にはぴったりと緑地迷彩柄のシルフィードがついている。主翼にはティンカーベルのようなFAFマークは無く、代わりに鎌を持った血まみれアリスのマークがある。国連軍 第307飛行隊の部隊章だ。
見ると、雪風のマルチディスプレイに〈you have control, Lt.FUKAI.〉という文字が点滅している。零はオートマニューバコントローラを切り、サイドスティックを握る。後席で呻き声が上がり、桂城少尉が目を覚ました。
「大尉……勝負はどうなったのですか?」
「おれ達は負けていない、それだけだ」
零は言う。そうだ、飛んでいるという事は負けていない。FAFの戦術思想だ。
雪風とシルフィードは、一度も会話を交わす事無く調布基地に帰投した。メイヴは主翼を畳み、明日からの戦いに備える。
調布基地に、いつもの静けさがやってきた。格納庫に並ぶ機体は違うが。
色んな都合があって遅れました・・・
あと、ちゃっかりメイヴちゃん登場です