やがて、マイクロバスは零が育った街にたどり着いた。零とエディスはバスを降り、辺りを見渡す。
「ここね」
「確かだが」
そこは、横浜市の中心部からずっと離れた郊外の住宅地だった。
調布基地の滑走路から、F-14B トムキャットが編隊離陸する。
第307飛行隊の格納庫には計6機の戦闘機が並んでいる。J-37 ビゲン、クフィル C2、MiG-23 フロッガー、F-15C イーグル、F-4E ファントムⅡ、そしてFFR-31 シルフィードの6機だ。
ありあは、よりシルフィードの事を知ろうとコクピットにいた。膝にはアナスタチアから借りたFFR-31MR スーパーシルフのマニュアル、手にはフライ・バイ・ワイヤについて書かれたF-16 ファイティングファルコンのマニュアルがある。
エンジンや5系統あるADC(エアデータ・コンピュータ)が作動していないか確認、F-16のマニュアルに書いてある、フライ・バイ・ワイヤについてのいろはを読み、実際にサイドスティックを操作してみる。同時に瞳を閉じ、この操作をすればどのように飛ぶかイメージをする。
F-1よりも高機動で、しかもジャムに対抗するために強力なアビオニクス(航空電子機器)を搭載している。だが、その性能を生かすも殺すも自分の実力次第である。いくら「戦闘機はただの道具」とは言え、自分の命を預けるため、使いこなすにこした事は無かった。
「すいません」
突然話し掛けられ、ありあは驚く。見れば、シルフィードのレドームの辺りに男が立っていた。整備員のつなぎを着ているが、見た事の無い顔だった。
思わず、ありあは尋ねる。
「あなたは?」
「新しく配属になった、整備員のジョナサン=ランコムと言います」
そう言って、ジョナサンは敬礼した。そして左手の道具箱を持ち上げてありあに見せる。
「整備班長に言われて、エアインテークの可変ランプのメンテナンスに来ました」
しかし、ありあはそんな予定は聞いていなかった。でも、整備班長がそう言ったのならそうだろうと、ありあは気にしなかった。
零とエディスは坂道をちんたらちんたら登る。ある程度登った所でエディスが立ち止まる。
「ちょっと待って、深井大尉……はぁはぁ……本当に、こっちなの?」
「間違い無い。この坂道は記憶にある」
その坂道は、住宅街の中にあった。しかし、勾配が30°を越えているのだ。しかし、どの道も結局坂道に当たるため、「住宅街が斜面に形成されている」といった作りであった。
「ヨコハマって、ただの港町だと思っていたのに……」
呼吸を整えるエディスがぼやいた。
「横浜市は広いからな。海に面しているのはたった1割で、しかも大半が工業地帯だ」
「さすが、生まれ故郷には詳しいって訳ね」
「いや、フェアリィでは一切思い出した事が無かった。帰ってきた事で、はっきりと記憶が戻ったんだと思う」
「人間の記憶は場所と一緒に記録されると言われているけど、帰ってくるまで生まれ故郷の事を思い出せないなんて」
「ジャムとの戦いの所為だ。ジャムを相手にしていると、何もかも忘れてしまうような気になってしまう」
「事実、あなたは自分が人間であるのを忘れかけていたけどね」
エディスの言い方に、零は皺を寄せる。
「気分を害した?」
「……君と話していると、いつもこうだ」
すると、ランドセルを背負った少年が坂道を駆け上がってきた。
「ゼロー! そこの公園集合なー!」
「分かったー!」
ゼロと呼ばれた少年は振り向き、坂道の下にいる少年達と言葉を交わす。そして再び走り出した。零とエディスは、その少年の顔を見逃さなかった。
空中哨戒のため、長距離ミサイルと増槽を搭載したMiG-31 フォックスハウンドが編隊離陸する。エプロンには、復旧修理を受けるF/A-18C ホーネットの姿があった。
ビルダーがどのようにして1980年代以降の電子機器を使えさせなくしたのか、依然として不明だった。しかし、一部の機体はビルダーのEPM(電磁パルス攻撃)で破壊された回路を交換すれば何とかなった。以前は出来なかったが、網走ピラーが倒れた事でビルダーのECM(電磁妨害)能力が減少したために可能となった。
しかし、特殊戦のスーパーシルフ達は、緊急性の高い任務以外で飛ぶ事は無かった。そのため、いつもは通常偵察飛行を行っていた彼らは、暇を弄ぶようになった。
だからといって、戦闘機に乗っていないというのは問題であった。飛行時間が短ければ、それだけ勘が鈍ってしまうからだ。
「そこなんだよなぁ」
B2 カーミラのフライトオフィサ・ポルガー中尉が言う。彼ら特殊戦は、いかに飛行時間を稼ぐか議論していた。
「余っている機を借りるしか無いのか……」
「余っていると言っても、せいぜいファントムⅡとかだろ? サイドスティックじゃないから感覚は違うし、後席のシステムもだいぶ違う。一から再教育を受ける必要がある」
「F-16は? サイドスティックだし、単発だけどアビオニクスのベースはスーパーシルフと同じだし」
「わざわざ貴重なF-16を貸してくれると思うか?」
「うーん……」
「そもそも、サイドスティックの戦闘機が少ないからなぁ……」
彼らは悩んでいた。
零とエディスは驚く。すれ違った少年の顔が、零にそっくりだったからだ。
2人が動けない間に少年は走り去っていく。
「見た? 深井大尉」
「ああ」
「似ているけれど、若い頃の深井大尉とはとても見えないわ……」
「同感だ」
零とエディスは顔を見合う。
「とんでもない発見ね。パラレルワールドの観測に成功した気がするわ」
「……まだおれとそっくりな少年を見かけただけだ。パラレルワールドの証拠にはならない」
零の言い草に、エディスは思わずふふっと笑う。零の額に皺が出来る。
「エディス、君はおれをからかっているのか?」
「違うわ。笑ったのは謝るわ、ごめんなさい。やはり、あなたはあなたね」
「何、当然な事に笑ったんだ?」
「思わずよ。さて、深井大尉、自宅のあった場所は覚えている?」
「……うろ覚えだ」
そう言って零は歩き出す。エディスは黙って続く。
すると、ちょっと古びた民家の扉がいきなり開き、さっきの少年が飛び出してきた。先程とは異なり、ランドセルではなく普通のリュックだった。
その少年が坂道を駆け降りるのを見送り、2人はその家の表札を見る。そこには、こう書かれていた。
《深井 零
瑞希
空斗》
〔こちらアリス2。現在、高度26000フィート、方位210。現在異常無し〕
アリス隊の3機が編隊を組んで飛んでいる。デルタフォーメーションと呼ばれる編成だった。後ろの2機はクリスティーネのJ-37 ビゲンとタチアナのMiG-23 フロッガーだが、先頭は違う。
三角形のデルタ主翼、単発・単垂直尾翼の無尾翼機、フランス製のダッソー ミラージュ2000-5だ。ホワイトタイガーのような模様が描かれ、垂直尾翼には灰色でアリス隊の部隊章「血まみれアリス」が描かれている。
このミラージュ2000-5も、復旧出来た機体である。テストとして、F-15Cと共にアリス隊配備になり、ミラージュ2000-5の原型・ミラージュⅢのイスラエル製コピー、クフィル C2を愛機とするノアがパイロットとなったのだ。
〔ノアちゃん、ミラージュ2000はどう?〕
クリスティーネが訊いてくる。それに対し、ノアは素直に答えた。
「離陸のしやすさや安定性が高いのは認めるけど、加速が物足りない。J79を積んだクフィルの方が私には馴染んでいる」
〔ノアちゃんは、旋回戦より一撃離脱を重視していたものね〕
〔『エンジン性能など、腕前と気力でどうにでもなる』と言ったのは、はて誰でしたか?〕
「貴様!」
思わず、ノアは怒鳴った。
零とエディスは、再びバスに乗っていた。
バスは調布基地へ向かう。零もエディスも何も言わない。
(パラレルワールドの深井大尉、普通の人間だった……)
エディスが、窓の外を見ながらそう考える。そして、千歳基地で再会した時の会話を思い出した。
『もしかしたら、違う世界の深井大尉はごく普通に働き、幸せな家庭を築いているかもね』
『それは無いだろう』
それが当たってしまった訳だ。
ふと、エディスは零を見る。彼は無感動的に外の景色を見ていた。まるで、何かを考えているかのように、流れる風景や雑音に光彩が反応していない。
それも無理無いか、とエディスは思った。「自分には関係無い」と言っても、(違う世界の)自分の事なのだから。
親に捨てられ、社会に疎外され、恋人は去り、祖国によって送り込まれた妖精空間で機械を信じ、裏切られた戦士は、徐々に人間らしさを取り戻していった。
しかし、その脅威は、周りを巻き込みながら彼に近付いていた――
徐々にアリス隊の機が変わってく~
そんな事は置いといて、そろそろ完結編に向かう、かも知れません(脱線するかも)
2/23 登場機を編集しました