調布基地が見えてきた。
右エンジンから黒煙を吐くシルフィードはギアを下ろし、着陸許可を求める。
「アリス4から調布タワーへ。エンジントラブルのため、緊急着陸の許可を請う」
〔タワー、了解。緊急着陸を許可する。被害状況を伝えよ〕
「右エンジン損傷、それ以外の被害は無い」
〔了解〕
フルフラップダウン、左エンジンの出力を徐々に落として降下する。着陸指標を捉え、滑走路のほぼ中央に接地した。垂直尾翼の方向舵が内側を向き、カナード翼が下に傾く。減速しきった所で、特殊消防車から放水を受けた。
そのままエプロンへタキシング、停止すると救急隊が駆けつけてくる。
キャノピーオープン、ありあはシートベルトを外す。コクピットに掛けられた梯子で機体を降りると、すぐに整備班が駆け寄って損害を確認する。
ありあは、シルフィードを眺める。ADCを全て落としたシルフィードは、カナード翼や水平尾翼が垂れ、ひどく疲れているように見えた。
その後に、アリス隊と雪風、F-16Dが帰投した。J-37 ビゲンとミラージュ2000-5が接地し、カラフルなドラグシュートを開いて減速する。
エプロンに停止したF-15C イーグルからキャサリンが降りる。すると、シルフィードを眺めるありあが目に入った。
「ありあ……?」
「…………」
呼んでも反応が無い。見れば、シルフィードがトーイングトラクターで何処かへ牽引されていく。
「ありあ」
もう一度呼ぶと、ありあがキャサリンの方を向いた。
「キャシー……」
「ありあ、一体どうしたの?」
「シルフが、もう使えないって……」
「え、シルフィードが?」
「エンジンの損傷が酷く、復旧出来ないって……」
「そんな! じゃあ、ありあの機体は――」
「しばらく無い……」
そして、ありあは俯く。
「あり――」
「……戦いたいよ、私だけお荷物なんて嫌だよ、クリスティーネさんやノアさんやターニャや、キャシーと一緒に戦いたいよ……なのに、私だけが最新機に乗ったから……」
ありあが小さい声で、涙を流しながら言う。
「ありあ、違うよ」
「何も違わない! だって、私はもう飛べないのに、あなたは飛べる! 私は、私は――」
すると、キャシーがいきなりありあをハグした。ありあは、突然の事に驚く。
「飛べないからって、お荷物になる訳無い。あなたは私達の立派な仲間なんだよ? それに、最新機に乗っているのは私も一緒。あのイーグル、近代化改修型なんだ。飛べないなら、新しい翼を探せばいい、それまで待っているから」
「キャシー……」
「ほら、ありあ。いつまでも泣いてたら、また『泣き虫ちゃん』って呼んじゃうぞ?」
「っ!? キャシー!?」
「あはは! いつものありあに戻った!」
その頃、ブーメラン戦隊は緊急の作戦会議を開いていた。
「AICSの不調、明らかにジャムの仕業ね」
B5 アプサラスのフライトオフィサ、レジナ=ベネット少尉がそう言った。それに、零が頷く。
「ここまではっきり分かるという事は、ジャムかビルダーの宣戦布告だと、おれは思う」
珍しく、今日は何も食べていないパメラが口を開いた。
「宣戦布告? 既に戦争になっているのに」
すると、イザベルが口を挟んだ。
「さきの太平洋戦争では、パールハーバーの翌日に宣戦布告を受け取ったという。深井大尉はそういう意味で――」
「いや、違う」
ブリューイ中尉が、イザベルの言葉を遮った。
「深井大尉、その宣戦布告とやらは、人類全体へ、ではなく、俺達ブーメラン戦隊への宣戦布告という意味だよな?」
「そうだ、中尉」
零が肯定した。それを見、ブリューイ中尉が続ける。
「俺達ブーメラン戦隊は、フェアリィ星でジャムと戦っている最中にここへ、ジャムによって飛ばされた。そして、この世界を支配しようとしているビルダーは、実はジャムと繋がりがあり、そしてそれを匂わせる状況をわざと作っている。今までの事をおさらいするとこうだ。そして、深井大尉は、これがビルダーとジャムによるブーメラン戦隊への宣戦布告であると、言っている訳だ」
「そうだ。おれは、これは『組織のバックアップを失ったブーメラン戦隊が機能するか』というジャムによるテストのような気もしている」
深井大尉の言葉に、全員が驚いた。
「これが、テスト……?」
エディスが呟いた。
「今まで、おれ達は特殊戦、そしてフェアリィ基地戦術戦闘航空団の保護の下で戦ってきた。しかし、この世界にはそれが無い。協力を得ようにも、おれ達は他人を排除して生きてきたから求めようが無い。そうした環境下でおれ達がどう動くか、ジャムはそれを探っているんじゃないか。おれはそう考える」
零が言い切り、桂城少尉が口を開く。
「ぼく達は、実験としてここへ飛ばされた、という事ですか?」
「あくまでも仮説だが」
そこへ、アリス隊の面々がやってくる(ブリーフィングルームが共通のため)。
「あら? お邪魔かしら?」
クリスティーネがそう言い、桂城少尉が応える。
「いえ、大丈夫ですよ」
「深井大尉、質問が」
すると、ありあが口を開いた。目の淵が赤くなっている。
「何だ? 春夏秋冬少尉」
「さっき、どうしてエアインテークの故障と分かったの?」
零は隠す事なく答えた。
「同じ事がFAFで起きたからだ。ジャムが作ったコピー人間、ジャミーズによってな」
「コピー人間!?」
「初耳だ」
「ジャムって、人間の複製まで作れるんですか!?」
アリス隊のメンバーが驚く。それを見、零は口を開く。
「説明していなかったな。簡単に言えば、『死者のコピー』だ。記憶も習慣も見た目も一切同じだから見分けがつかない」
「『実体のある亡霊』、という訳ですか……」
キャサリンが呟く。零は頷き、説明を続ける。
「唯一の違いは、それらコピー人間は人間の食べ物を消化出来ない事だ」
「どういうことですか? タチアナ的には全く分かりませんが」
タチアナが首を傾げた。
「おれ達人間はL型のタンパク質で出来ている。食べ物も同様だ。だが、ジャミーズ、コピー人間は光学異性体のD型のタンパク質で出来ている。だからL型の食べ物を消化出来ないんだ」
「……ごめんなさい、タチアナ的には難し過ぎるのです……」
「光学異性体……全く聞いた事が無い……」
「駄目だ、私にはさっぱり分かんない」
タチアナ、ノア、キャサリンが頭を抱える。ありあも、全く分からなかった。
「光学異性体、同じ元素の組み合わせから出来ているけど、鏡で反射したように構造が異なる物質の事よ。同じ素材で出来ているのに性質が全く違って、それを利用した健康食品もあるわ」
クリスティーネがさらさらと解説した。それには、その場にいた全員が驚く。
「え? あれ? 皆どうしたの?」
「クリスティーネ先輩、怖いのです……」
「まさか、そんな一面があったなんて……」
「クリスティーネさんって、リケジョ?」
「初耳……」
アリス隊の全員が口々にそう言い、ブーメラン戦隊の隊員達も呆気に取られている。
「……とにかく、そのジャミーズさんの所為で、FAFでは戦闘機が故障したんでしょう?」
クリスティーネが無理やり議論を元に戻した。
「その通りだ。今回、春夏秋冬少尉のシルフの故障は、ジャムかビルダーに通じる何者かによる仕業としか思えない」
とりあえず零が議論を進める。
「何者かって、一体誰よ?」
エディスが言う。それには、全員が頭を抱えた。
すると、ありあが思い出したように口を開いた。
「昨日、シルフのエアインテークはメンテナンスされた」
「それを先に言え。まあ仕方ないが、一体誰に?」
「ジョナサン=ランコムとか言っていた」
それを聞き、零とエディスは驚く。
「ジョナサン=ランコム……?」
「そんな……!」
思わず、ノアが尋ねた。
「知り合いか?」
「知り合いと言えば知り合いだ。おれが許可し、雪風が殺したんだ」