東京都 調布基地――
〔タワーよりアリス隊、上空にて旋回、警戒せよ。B1、B13、着陸を許可します〕
「了解、B1、アプローチを開始する」
雪風とレイフはギアを降ろし、滑走路目掛けて高度を下げた。
ランディングギアが接地、しばらく機首を上げてのウィリー滑走をして減速、前輪が接地して主翼が稼動してエアロブレーキ代わりになった。
〔タワーよりB1、B13、エプロンまでタキシングしてください〕
零は了解の旨を伝え、ラダーペダルを操作してエプロンへと向かった。それにレイフが続く。
滑走路の方へ機首を向けて停止、コクピットカプセルが後方へスライドしてキャノピーが開いた。零はシートベルトを外し、座席下のサバイバルキットからサバイバルガン――ベルギー製PDW・FN P90――を取り出してチャージングハンドルを引いた。次に耐Gスーツのポケットから護身用拳銃――オーストリア製グロック 17――を取り出してスライドを引いて収めた。
次々戦闘機が着陸し、エプロンへと移動してくる。零はP90片手にカプセルから抜け出た。
「待ってください、大尉」
桂城少尉が呼び止める。
「武器を持ち出す必要は――」
「少なくとも、彼らはジャムではないだろう。しかし味方とも限らない。武器は持っておくべきだ、少尉」
零は前縁ストレーキから飛び降りた。桂城少尉もP90を手に続いた。
すぐに憲兵隊と思われる連中がジープでやってきてオートライフルを構える。しかし、後から徒歩でやってきた妙齢の女性が制止した。何故だか、右目に眼帯をつけているが。
「初めて見る機だ―― 私は国連軍 調布基地司令官エリカテリーナ=ヴィロワだ」
零はP90をスリング(負い紐)で肩に掛けて敬礼した。
「フェアリィ空軍 特殊戦 第5飛行戦隊・1番機パイロット、深井 零大尉」
「同じく、1番機フライトオフィサ、桂城 彰少尉」
桂城少尉も続いて敬礼した。まだ雪風のエンジンは始動したままだから、そのエンジン音で会話がし辛かった。
「少し会話がし辛いな。何処か別の所で――」
「いや、この場で。こちらは機体を奪われたり破壊されたくないからな」
「……それもそうか」
そして零は気付く。着陸した5機の戦闘機から降りてきた少女達は、耐Gスーツはおろか、飛行用装備を一切身に付けてなかった。
「彼女達は? とてもパイロットには見えませんが」
桂城少尉が尋ねた。
「彼女達は『ヘル・アリス』、我が軍のエース集団だ」
3人は、雪風のスーパーフェニックス・マークⅩⅠのアイドリング音の中で、お互いの状況を話した。
33年前に地球に侵略してきた謎の敵・ジャム、そしてジャムが南極に築いた〈超空間通路〉の向こうに広がる未知の惑星・フェアリィ。ジャムが地球に再びやってくるのを防ぐために作られた地球防衛機構・フェアリィ空軍、そして零達は特殊戦 第5飛行戦隊と呼ばれる部隊に属し、味方を見殺しにしてでもジャムの情報を持ち帰る事を任務とする。ジャムに寝返った人間を捕らえるために〈通路〉に飛び込み、現在に至る。
一方は、ビルダーと呼ばれるまたも謎の敵に侵略されている。何故か1980年代以降の電子機器が作動せず、そのため旧式の機体でビルダーに対抗している。しかし、最新鋭の兵器を使うビルダー相手には劣勢で、遂には日本列島だけしか残っていない。
「なるほど、だから『国連軍』なのか」
「国という概念が無くなったか。ジャクスン女史の予想は外れた訳だが、下手をすれば、おれ達もこうなっていた訳か」
桂城少尉と零が感想を漏らす。
「それで、あなた達はこれからどうするんだ?」
ヴィロワ司令官が尋ねる。零は即答した。
「決まっている。おれ達は元の世界に戻る。直属の上官から、『手段は選ばず帰投せよ』と命令されているからな」
「しかし、どうやって帰るんですか?」
桂城少尉が質問した。
「とにかく、南極へ飛ぶ。それしか方法は無い」
「無茶ですよ、大尉。メイヴの航続性をもってしても、南極まで無給油で飛べるとは思えない」
「そうだ、それに――」
ヴィロワ基地司令官が口を開く。
「オセアニア地方は完全にビルダーの制空圏だ。交戦は避けられない」
零は困った。しかし、彼女達国連軍の傘下に入るとなったら、雪風が何をするか分からない。
すると、桂城少尉が口を開いた。
「なら、我々は『国連軍に協力』すればいいんじゃないでしょうか?」
「何?」
「簡単です。ビルダーを倒す代わりに、燃料や食料、弾薬、そしてジャムに関する情報を要求する」
「それは、傘下に入る――」
「いえ、あくまでも『協力』、ですよ。〈通路〉を見つけたら、彼らを見捨ても帰還する。それに、雪風も燃料が無ければやがて二次パワーユニットが停止してしまう」
桂城少尉の提案はピンポイントだった。確かに、燃料が無くなれば、あとは二次パワーユニットと呼ばれる電源しか残らず、1時間もしないで雪風は完全に沈黙してしまう。雪風にとって、餓死するようなものだ。
「確かにそれしか無さそうだ。我々は国連軍に協力する、ただし帰れそうな時はあんた達を見捨ててでも帰る」
零は言い切った。ヴィロワ基地司令官は肩をすくめた。
「冷徹だな。しかし、一時的とはいえ戦力が増えるのは喜ばしい事だ。今、この基地には4つの飛行隊がいるが、第307飛行隊はたった5人しかいない。そこに入ってもらえるか?」
「……さっきの少女達か?」
「そうだ。その前に」
ヴィロワ基地司令官は雪風を見る。
「やかましいエンジンを切って貰えるかな?」
零はその後、雪風に今の会話を手短に伝えた。もしかしたら空間受動レーダーで聞いていたかもしれないが、零自身が整理できるように雪風に伝えた。すると、エンジンの排気音が一瞬高まってから回転数が落ちた。ずっと開いていた主翼が自動で畳まれる。どうやら雪風は了承したようだ。
トーイングカーで雪風は格納庫前のエプロンまで運ばれ、ケーブルで繋がれた。零がそうするように要求したのだった。作業員は国籍ばらばらだったが、英語(と言ってもFAFの簡略されたものだが)が通じたのが幸いだった。零と桂城少尉はP90を元に戻し、ヴィロワ基地司令官に連れられて第307飛行隊のブリーフィングルームへ向かった。
ブリーフィングルームに、先程の少女達がいた。
「彼女達が、国連軍のスーパーエース集団、『ヘル・アリス』だ」
ヴィロワ基地司令官が端的に説明し、金髪の女性が前に出た。
「初めまして、クリスティーネ=クルデガルドです。1番機パイロットです」
「深井 零、フェアリィ空軍 特殊戦 1番機パイロットの大尉だ」
「1番機フライトオフィサの桂城 彰、少尉です」
零と桂城少尉が敬礼した。そして髪の色がばらばらな5人を見る。
「この部隊は国籍がばらばらなのか?」
零が質問した。
「ええ。私はスウェーデンの生まれで、みんな国が違うの」
そうクリスティーネが語った。
「ノア=アシュケナージ、2番機パイロットでイスラエル生まれだ」
緑髪の少女(と呼ぶのに差し支えあるが)が名乗る。そして次に、白髪の少女が口を開いた。
「タチアナ=ヤコブレフ、3番機パイロットでロシア人です!」
その元気の良さに、零と桂城少尉は若干引く。そして金髪の別の少女が敬礼した。
「キャサリン=ウェラー、たぶんアメリカです! 今は5番機パイロットをしています! キャシーって呼んでください!」
零と桂城少尉は心の中で「誰が呼ぶか」と叫んだ。そして零は引っ掛かった。
「『たぶんアメリカ』?」
「あー、記憶が無いんです。この名前も仮名で」
「フムン」
そして最後に、ピンク髪の少女が口を開いた。
「春夏秋冬 ありあ、4番機パイロット」
「さっきのはあんただったか」
零はそう言いながら、ピンク髪の少女を見た。どこか自分に似ているような、強いて言うなら昔の自分や桂城少尉の方に似ている。他人とは積極的に関わろうとせず、嫌な事は見ず聞かずの態度を取り続けたあの頃に。しかし、あの頃は唯一雪風だけを信じていたが、この少女には信じるものがあるのだろうか? まあそんなこと――
「おれには関係ない」
「はい?」
キャサリンが反応した。見れば、皆が零を見ている。
「いや、独り言だ。気にしないでくれ」
零はブリーフィングルームを見回す。特にこれというものは、せいぜい戦闘機の模型や聖書、ステレオやCD程度だった。
「で、お2人は一体?」
キャサリンが質問してきた。黙っている訳にもいかないので、先程ヴィロワ基地司令官にしたのと同じ事を説明した。
「そんな事が!?」
「では、あれは宇宙人と戦うための戦闘機なのですか!?」
当然ながら驚かれた。特にノアとタチアナの驚きが半端ではない。他のメンバーも軒並み驚いている。
「で、味方を見捨ててでも情報を集めるあなた達は、裏切り者を追っていたらここにいた、と?」
クリスティーネが要約した。何故か既にヴィロワ基地司令官はいなくなっていたが、零にとってはどうでもよかった。
「まあ、そんな感じだ。おれ達は、直属の上官から『手段を選ばず帰投しろ』と命令を受けているから、帰れそうになったら帰る。それまでは協力するつもりだ」
零は言い切った。するとクリスティーネ達は敬礼した。
「よろしくお願いします、零、彰」
「安心して背中は任せろ、零」
「よろしくなのです! 零さん、彰さん!」
「ご協力、感謝します。零さん」
「……よろしく」
1人だけ冷たい歓迎だった。すると、皆してありあにあれこれ言い始めた。
「ちょっとアーチャー! その言い方は無いんじゃない!?」
「ありあ、冷たいにも程があるよ!」
「そうですよ! せっかく協力してくれると言うのに!」
零と桂城少尉は呆気に取られる。
「……本当に、大丈夫なんでしょうか、大尉?」
「同感だ、少尉」
その時、警報が鳴った。窓から外を見ると、滑走路に一番近い格納庫から4機の迎撃戦闘機・F-104 スターファイターが出てきて発進していった。
「一体何だ?」
零が訊くと、タチアナが答えた。
「ホットスクランブルです。たぶんビルダーでしょうが、一番近いビルダーの拠点は網走ピラーだから、普通なら三沢が迎撃するはずです」
「フムン。つまりここは戦線ではないんだな」
「いえ、それでもビルダーの戦闘機はステルス性能が高いため、奇襲攻撃を仕掛けやすいのでそうとも言えません」
クリスティーネが補足した。
「それはそうと」
「何だ?」
「いつまでパイロットスーツを着ているんですか?」
クリスティーネの言葉で、零と桂城少尉は今の格好を思い出した。