妖精とアリスが出会う時   作:土居内司令官(陸自ヲタ)

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31話 飛ぶ意味

 FFR-41MR メイヴが飛んでいる。主翼には2発のAIM-9 サイドワインダー短距離空対空ミサイル、胴体には2本の増槽とトラベリングポッドが装着されている。そして、メイヴをエスコートするかのように4機のF-14B トムキャットが編隊を組んでいた。

 コクピットは静かだった。零はマルチディスプレイに表示される、INSから算出される予想位置情報から機体を操作する。後席のありあは、ただ呆然と外を見ていた。

 やがて、雪風の中枢コンピュータが、日本の絶対防空圏を抜けた事を知らせ、F-14B トムキャットが離れていく。零はマスターアームスイッチをオン、レーダーを広域受動索敵モードへ。スロットルレバーを押し、サイドスティックを若干手前に引いて上昇する。速度計の表示が跳ね上がり、高高度超音速巡航。

 2人は何も言わない。こんな事になったのは、数時間前だった――

 

 

 

「キャシーの、妹……?」

 部屋から引きずり出されたありあに、そんな事が聞かされた。

 エディスは頷き、資料を見せる。

「ルーシー=ウェラー、アメリカのワシントン州在住よ。少なくとも、あなたはここへ行かなくてはならないわ」

 しかし、ありあは首を横に振る。

「行けない……だって、私は、キャシーを、救えなかった――」

「だからこそよ。飛べないのは、撃墜される恐怖か、はたまた罪悪感による恐怖か、いずれにせよ理由ははっきりしている。人はそれから逃げるのではなく、立ち向かうべきよ。そうでもしないと」

「強くなれないと言うの?」

「生き残れない。敵も黙ってない、どんどん強くなる。ここで停滞していたら、抵抗出来ずに野垂れ死ぬだけよ」

「でも――」

「行きなさい。これは大尉としての命令よ、春夏秋冬少尉」

 

 

 

 そして、今に至る。

 メイヴはマッハ2.1で超音速巡航し、ワシントン州に向かう。本来はマッハ2.6で巡航出来るが、ミサイルや増槽の空気抵抗で速度が落ちている。

『…………』

 コクピットに、気まずい雰囲気が流れる。

 やがて、ありあが口を開いた。

「深井大尉」

「何だ?」

「もし、雪風を失ったら、どう思う?」

 

 零は黙る。もし雪風がいなくなったら、それは何度も何度も考えた事だ。

「そうなったら、勿論悲しい。だが、おれはパイロットで、雪風は兵器だ。雪風がおれを不要と思えば別れるし、おれは雪風とずっと一緒にいる事は出来ない。いつか別れる時が必ず来る」

 

 それを聞き、ありあは黙る。そして、言葉を押し出した。

「私は……弱い?」

「一般的にはそうだろうな。だが、他人の評価を気にして何になる? お前自身が考え、評価しろ。おれから言わせれば、今のお前は試練を目の前にし、どうするべきかが分からないように見えるが」

「……?」

「そのまんまだ。お前は、キャサリン=ウェラー少尉という信頼する仲間を失い、自分のあるべき姿を見失っているんだ。悩んでいる暇は無い、敵はどんどん強くなる。そして、ウェラー少尉は死んだ、だがお前は生きている。何をすべきか、それだけを考えろ。死者は喜怒哀楽を示さないし、アドバイスもくれないからな」

「……あなたは、誰かを失った事があるの?」

「大量にあるさ。まず、おれには両親がいなかった。つまり捨て子だ。そして、いくつもの里親を転々とした。おれからすれば、『家族とか友情なんて、無意味だ』という風に見えた。恋人がいた事もあったが、すぐに別れた。そして人間関係でトラブルを起こし、フェアリィに飛ばされた訳だが、そこでも上手くいかなかった。で、特殊戦に目を付けられ、雪風と出会った。日本にいた時はコンピュータにも裏切られた事があるおれとしては、まさに雪風は最高のパートナーだった。何人かの相棒を死なせているが。そして、一度雪風にも捨てられた」

「…………」

「まあ、今はこうして共に戦っている訳だが。春夏秋冬、この機会を生かせ。そうでなければ、ウェラー少尉の死は無駄になる」

 ありあは何も言えない。

 

 

 

 また無言の空気が流れる。やがて、雪風の受動警戒装置が警鐘を鳴らした。北アメリカの早期警戒レーダーを探知したのだ。

 IFF質問波が飛んでくる。雪風は自動で返信、接近しつつあったMiG-31 フォックスハウンドが方位転換して空中哨戒に戻った。

「私は……何をするべきなんだろう……」

 ありあが呟く。

「さあな。アドバイスは出来ても、誰にも答えは分からない。自分で、手探りで探すだけだ。神様が降り立って、正解を突き付けてくる訳じゃないからな」

「あなたは、神を信じているの?」

「おれは元々無神論者だ。初詣なんて、片手で数えられるくらいしか行った事がない。どうしてそう思った?」

「突然神様なんて言うから」

「おれは信じてないが、おれの周りにはキリシタンが多かった。中には、中東出身の無神論者もいたが」

「…………」

「最近では『ジャム教』なんて言葉も出来たな。最も、使っているのは特殊戦だけだが」

「ジャム教?」

「何度叩いても出てくる、そして正体不明、そんなジャムは神ではないか、という考えだ。以前ジャムは『人間は我々が作った』と取れるような事を言った事があるからな」

「人間は、ジャムに……?」

「コンピュータネットワークかもしれないが。だが、それこそどうでもいいんだ。目の前のジャムを殺らなければ、こちらが殺られる。戦争ではなく、生存競争だ。まさに雪風は、コンピュータネットワークがジャムに立ち向かうために作った『ロキ』だろうな」

「ロキ?」

「北欧神話で、絶対神オーディンに立ち向かう悪神だ。ジャムを絶対神とすれば、雪風などの戦闘知性体はそれに刃向かう軍団だ」

「神話に詳しいの?」

「全てジャックの受け入れだ。13番機レイフの名を考えたのもジャックだ」

「雪風というのも、そのジャックが考えたんでしょう?」

「そうだ。博識にも程があって欲しいくらいだよ」

 そして、零はふと思う。ここまで話したのは、何年ぶりだろうか。この春夏秋冬 ありあがおれに似ているからか? いや、だとしたら放っておく。なら、彼女に好意を抱いているのか?

 雪風の空間受動レーダーに反応、お迎えのF-4J ファントムⅡが4機、上昇してくる。零はスロットルレバーを手前に引き、減速させる。速度マッハ0.8、F-4J ファントムⅡの編隊が雪風を囲む。

〔ブーメラン1、こちらワシントンATC(航空交通管制室)、応答してくれ、どうぞ〕

 無線から英語が聞こえた。零は返す。

「ブーメラン1 雪風、交信を確認、どうぞ」

〔了解、既に東京ATCから連絡を受けている。こちらの管制に入れ、どうぞ〕

「ブーメラン1、了解」

 そして、ワシントンATCから指示が降りる。それに従い、零はサイドスティックを操作、雪風を操る。

 

 

 

〔B1 ユキカゼ、レーダーコンタクト。こちらグラントタワー。着陸を許可します〕

「ブーメラン1 雪風、了解」

 やがて空港が見えてきた。零はスロットルレバーを更に手前に引き、出力を下げる。ギアダウン、フラップダウン、主翼仰角7°。地面効果で機首が浮く。

 ドスンと、後脚が接地した。ウィリー滑走、エアロブレーキ最大展開。充分速度が落ちた所で、前脚を接地させる。トゥブレーキ作動、主翼俯角8°。

 減速し切り、エプロンへタキシング、地上管制員の指示で移動し、停止した。パーキングブレーキ、セット。エンジンを排気させてから切り、主翼を畳む。コクピットカプセルが自動で後退、キャノピーが開いた。

 零は酸素マスクを外す。酸素マスクから供給される空気は、マスクが錆びるのを防ぐために、湿度0%である(そのため、気をつけないと、声が枯れる)。しかし、下界の空気も似たようなものだった。

 シートベルトを外し、立ち上がるとそこへ、1台のハンヴィーがやってきた。そして雪風のすぐ側に止まると、若い男が運転席から降りてきた。そして零を見、M4自動小銃をスリングで肩から提げて敬礼した。

「深井 零大尉と、春夏秋冬 ありあ少尉ですね? ウィリアム=クローザー曹長、お迎えにあがりました」

 零とありあも敬礼を返し、雪風から降りた。

 

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