「零さん、あと10分です!」
キャサリンが忠告する。零は週刊誌をレジへ持っていき、買った。そしてキャサリンと共に本屋を出た。
「アシュケナージさん、ちょっといいですか?」
ブリューイ中尉がノアに近付く。ノアは一体何かと邪推した。
「一体何?」
「そのストラップ、見せてもらっても?」
「ええ? ああ」
ノアは携帯電話をブリューイ中尉に手渡す。ブリューイ中尉がストラップに触れ、桂城少尉とズボルフスキー中尉によく見えるようにした。
そのストラップは、真っ黒だった。しかも、光の反射が一切無い。まさにジャムの戦闘機を小さくしたような不気味さがあった。
「どうし、っ!?」
ガラント中尉、王中尉も驚いた。ノアだけが分からなかった。
「一体何だ? 皆して『幽霊を見た!』という顔をして?」
ズボルフスキー中尉が口を開いた。
「紛れもなく、それはジャムだ。TYPE7だ」
桂城少尉も頷く。
「ぼくや深井大尉、雪風を〈不可知戦域〉に誘い込んだのとよく似ている。ジャムに間違い無い」
それは、後退翼、傾いた双垂直尾翼を持つ戦闘機の形をしていた。アメリカ空軍のステルス攻撃機F-117A ナイトホークに似ている。
「アシュケナージさん、何処でこれを?」
ブリューイ中尉がノアに訊ねた。
「何処……いや、小松基地で給油した時に整備クルーに貰ったんだ。『もういらないから』って」
「小松基地……」
ブリューイ中尉は唇を噛み締めた。
零とキャサリンは急いでいた。すると、道中のファストフード店に、零が知っている人物がいた。
「スノウ少尉、何してるんだ?」
「何って、見て分かるだろう?」
真っ白なショートヘアのスノウ少尉が、ゆっくりハンバーガーを食べていた。傍らには、まだ手が付いていないフライドポテト。
あまりにもゆっくり食べているので、約束の時間に間に合うか怪しい。
そんな風に零が思っていると、スノウ少尉はハンバーガーを平らげ、そしてフライドポテトの箱を持ち上げ、ポテトを口に流し込んだ。
スノウ少尉の口にポテトが濁流の如く流れ込み、スノウ少尉はたった2回噛んで飲み込んだ。
「…………」
「…………」
零とキャサリンは、ただ見ているしか無かった。
「ん? 何かおかしいか?」
スノウ少尉は言う。確かに、だいぶおかしな食べ方だったが、零にとってどうでもよかった。しかし、そう思わないのが1人いた。
「ポテトを飲むなんて初めて見ましたよ! ずっとそうなんですか!?」
キャサリンの勢いに、スノウ少尉は若干後ずさる。
「いや、いつからか面倒臭くなって」
「だからって、飲み込みます? ねぇ、零さん?」
「……おれに意見を求めるな」
そして、キャサリンは腕時計を見て驚く。
「やっば、あと3分!」
スノウ少尉は立ち上がった。
バスロータリーに、ブーメラン隊やアリス隊が既に集まっていた。零達3人が最後だった。
「遅くなりました~」
キャサリンがクリスティーネに向かって頭を下げる。
「大丈夫、まだ40秒あったから」
それの何処が大丈夫なのか、ブーメラン隊は密かに思った。
やがて「調布飛行場行き」のバスが来て、29人は乗り込んだ。
エディスは目覚めた。体の節々に痛みを感じる。床にうつ伏せで倒れ、周りにはガラスの破片が飛び散っていた。
ゆっくりと起き上がり、自分の体に傷が無いのを不思議に思い、そして気付いた。
腐敗臭が充満している。天井や壁には大穴が開いていて、そして得体の知れない物体が散乱している。
これは、人間の死体だ。この臭いは、文字通り腐敗臭なのだ――
冷静になりつつあるエディスの頭が推測した。しかし、こんな部屋は見た事が無かった。恐らくフェアリィではない、エディスは思う。
そしてしばらくし、物音が聞こえてきた。壁に開いた大穴に近付き、そっと外を見る。快晴、しかし暗い。上を見ると、空ではなく、何か変な人工物が空を覆っている。
やがて戦闘機がやってきた。それがF-5 タイガーと呼ばれる機体であるのを、勿論エディスは知らない。
すると、F-5がいきなり爆ぜた。その跡をT-50 PAK FAが通る。さらに、T-50をF-4Jが胴体下のガンポッドで撃墜した。
「一体――」
エディスは呟く。そこで、話し声が近付いているのに気付いた。
とっさに、死体の近くに転がっていたライフル――豊和工業 89式5.56mm小銃――を手に取り、銃床を腋で挟んで構えた。
話し声は、扉の向こうからしている。もう入ってきてもおかしくない。エディスは引き金に指を掛けた。
やがてバスは、調布基地に到着した。皆バスを降り、宿舎へ向かう。
ふと、零は誰かに見られている気がして辺りを見回す。しかし、誰もいない。
「零さん?」
「どうしました、大尉?」
タチアナと桂城少尉が訊いてくる。零は首を傾げながら返事をした。
「いや、何でもない」
しかし、まだ誰かに見られているという感じは拭い切れなかった。
自分の荷物を置き、整理する。この部屋には零、桂城少尉、ズボルフスキー中尉がいる。
整理を終え、零は買った週刊誌を取り出す。相変わらず日本語は読めないが、写真に写っているのは紛れもなくTS-1だ。恐らく、何処かの基地に着陸した所を写真に撮られたのだろう。奥に格納庫が見え、そしてフェンス越しに写真が撮られている。フェアリィならフェンスなんてない。余りにもジャングルが密集しているからだ。
「大尉?」
桂城少尉が話し掛けてくる。そして週刊誌を覗き込んできた。
「これって――」
「TS-1、ロンバート大佐が乗っていた機だ」
ズボルフスキー中尉も反応した。
「何だって?」
「とにかく、夕食の時間に皆に話しましょう」
桂城少尉がそう言った。
夕食は食堂に集まって食べる。零は久しぶりに日本食、生姜焼き定食を食べていた。桂城少尉は天ぷらそばだ。
やがて食べ終わり、零はブーメラン隊全員を呼ぶ。
「ちょっとばかり、ブリーフィングルームに集まってくれないか?」
ブーメラン戦士達は、素直に集まった。中々珍しい光景だ。何故かアリス隊もいるが。
「で、何だ?」
B9 エリゴスの女性パイロット・セシル=グレイ少尉が口を開いた。零は頷き、週刊誌を皆に見せた。
「今日、おれが買った雑誌だが、この機体に見覚えはあるか?」
ブリューイ中尉が反応する。しかし、それ以外はあんまりだった。
「システム軍団仕様のノーマルシルフだろ?」
コヴァレフスカ中尉が話す。そしてはっと気付いた。
「何で、FAF機が地球に――」
「そうだ。これはTS-1、ロンバート大佐が乗っていた機だ」
零が言うと、当然桂城少尉とズボルフスキー中尉以外驚いた。
「という事は、ロンバート大佐がこの世界にいるのか?」
コズロフ大尉が口を開いた。零はそれに応えた。
「かもしれないし、もしかしたら機体だけかもしれない」
すると、ブリューイ中尉が立ち上がった。
「もしかしたら関係あるかもしれないから、この場を借りて話したい事があるんだ。アシュケナージさん、ちょっと借りますよ」
ブリューイ中尉はノアから携帯電話を借り、そのストラップを皆に見せた。
「深井大尉、見覚えがあるはずだ」
それは、ジャムの大型邀撃戦闘機・TYPE6だった。しかし、何かが違う。そうだ、クッキー基地から出てきたあいつ――
「TYPE7か?」
「そう。アシュケナージさんは、小松基地の整備士から貰ったと言っていたが、こんなにはっきりとジャムだと分かるストラップがこの世界に存在するのはおかしいんだ」
皆してノアを見る。当然ノアはたじろいだ。
「まさか、彼女が――」
「いや、アシュケナージさんはジャムでもジャミーズでもない」
ポルガー中尉の言葉を、ブリューイ中尉が遮った。
「恐らく、小松基地にジャムに関係する人物がいるんだ。ところで、深井大尉、その写真は何処だい?」
「いや、分からないんだ」
零は首を振る。
「日本語が読めなくなった。たった5年しかフェアリィにいただけだったが、かなりのショックだ」
すると、ありあが零が手にしていた週刊誌を覗き込んだ。
「北海道 新千歳空港……」
ありあが読み上げた。今度はアリス隊の面々が驚いた。
「新千歳って、ビルダーの支配圏じゃない!?」
「何でそんな所の写真が!?」
零はアリス隊を無視し、ブーメラン戦士達に問い掛ける。
「そんな訳で、おれ達はどうすべきだろうか?」
「決まっている。両方に行くべきだ」
ズボルフスキー中尉が冷静に言った。しかし、唐中尉が反論する。
「だが、TS-1がいつまでも同じ場所に留まっていると思うか? 小松に至っても、その整備士が残っているとは――」
「なら、手分けしよう」
コヴァレフスカ中尉が割って入る。
「私とアシュケナージさんで、小松基地に向かう。この前の戦いで、奢ってもらう約束をしたからな。あとの全員で新千歳空港に乗り込めばいい」
一瞬、全員が呆気に取られ、空気が固まる。
「私、間違った事を言ったかしら?」
「いや、名案だ」
零が賛同した。
「その整備士を知っているのはアシュケナージ、あんただけだ。コヴァレフスカ中尉の方法なら、特に怪しまれずに小松基地に入れるだろう。さっそく、ヴィロワ司令官に提案しよう」
ヴィロワ基地司令官は快諾した。というのも、北海道にある網走ピラーへの攻撃作戦が1週間後に予定されているからだった。
「B1、B2は新千歳空港に突入、B6とアリス2は小松基地への防空支援、他は攻撃隊の援護か」
ヴィロワ基地司令官が速攻でまとめた書類を、零達は読む。
「これは、長い1日になりそうだな」
ブリューイ中尉が呑気に言った。
その夜、零は初めて桂城少尉と呑んだ。近所の居酒屋で、クリスティーネとスノウ少尉も一緒だったが。
「そういえば、大尉は何をしていたんですか?」
桂城少尉が質問する。
「人の過去を詮索するとはな」
「すみません、気分を害しましたか?」
「いや。おれはプログラマーだった。民間企業でな、戦闘機とは無縁だった」
それには、クリスティーネも驚いた。
「じゃあ、何で軍に?」
思わず訊いてしまった。しかし、零は応える。
「簡単だ。職場での人間関係が上手くいかなくて、火を点けた」
「え?」
「で、放火の容疑で捕まって、フェアリィ空軍に送られた」
「は、犯罪者!?」
クリスティーネが大声を出し、居酒屋にいた全員が4人を見る。
「声が大きい」
「ごめんなさい……」
スノウ少尉に言われ、クリスティーネは小さくなった。英語で話していたのが幸いだった。
「フェアリィにはこうした人間が多い。エリートや、ジャムとの戦いをゲームと勘違いしている連中もいるが、大半は地球で爪弾きにされた奴だ。その中で、他者と関わろうとしない人間が集められたのがブーメラン戦隊だ」
零は唐揚げを口に放り込みながらフェアリィ空軍についてクリスティーネに説明した。スノウ少尉はゲソ天をフォークでつついている。
「じゃあ、桂城さんは?」
「ぼくですか? ぼくは日本空軍から送られたんです」
「日本空軍?」
「ええ。あれ、こっちの日本には軍が無いんですか?」
「自衛隊というのはあったけど……」
「フムン。ぼくは、日本空軍のF/A-15EJ ストライクイーグルという戦闘爆撃機のフライトオフィサをしていたんですが、何故かフェアリィに送られたんです」
「で、情報軍に配属になった訳か」
零が参入した。
「ええ。あとは深井大尉の知る通りです」
すると、クリスティーネがおずおずと質問した。
「情報軍って?」
「簡単に言えば、諜報・防諜を行うスパイ組織です。フェアリィでのジャムとの戦いを、不要だ幻だと言っている奴を無力化したり、フェアリィ空軍の機密事項を持ち帰ろうとする奴を捕まえたり。地球を守るための組織が、地球から『邪魔だ』と言われ、ジャムからも地球からも身を守らないといけない地球防衛機構という訳です」
「味方がいない、まさに『孤軍奮闘』ね」
「全くです」
桂城少尉の説明を聞きながら、零はFAFの戦士達は、全てが地球を守ろうと思っていないと思った。唯一考えるのは、目の前の敵を倒し、生き残る方法だけだった。激しい戦いの中、人間ではない非情なものを相手にすれば、人間も非情になっていく。ブーメラン戦隊は、まさにその例だ。
「そう……ちなみに、フェアリィ空軍は何年戦っているの?」
「ジャムが現れたのが33年前だから、30年は戦ってますね」
「そんなに!?」
「だから、地球では『要らない』という声が上がっているんです」
桂城少尉とクリスティーネの会話を聞きながら、零はこれからを考えた。