轟音が鳴り響く。F-35による空爆だった。街はすっかりパニックに陥り、軍はありとあらゆる機関銃や機関砲を引っ張り出して対空射撃を行っていたが、効果は薄い。
手にしている携帯電話は壊れてしまったらしく、画面は真っ暗だ。さっき落としてしまったのが致命傷だったのだろう。最も、使えたとしてもこの騒ぎでは通じないだろうが。
女は空爆で荒れた街を走る。倒壊した建物の所為であちこちの道路が使えない。おまけにあらゆる車のエンジンも掛からない。
彼女は、EMP攻撃を思いついた。大気圏外で核爆弾を爆発させると、その範囲にあるありとあらゆる回路に非常に巨大な電流が流れ、破壊されてしまう攻撃だ。これなら、車のエンジンが掛からないのも、携帯電話が動かない理由の説明になり得る。
街を歩き、将来を誓い合った相手を探す。すると、地面に倒れていた人影が目に入った。彼女は自分の目を疑う。
駆け寄り、うつ伏せの体を返して顔を見る。すると、彼女の涙腺が決壊した。それは紛れもなく、婚約者の死体だった。
アメリカめ、今まで支援してきた国を堂々と攻撃するなんて。
彼女は上空のF-35を睨む。
ノアは目覚めた。まだ母国イスラエルにいた時の事を思い出していた。目に違和感を感じ、拭うと指に涙が付着した。何しろ、婚約者が殺された時の事だったから、涙が溢れるのも当然だった。
それにしても、と彼女は思う。雪風、あの巨大な前進翼の戦闘機には、この世界には無い魅力を感じる。ジャムという未知の敵に対抗して作られたからなのか、はたまた――
「ん~……」
クリスティーネが声を出す。今気付いたが、部屋が酒臭い。昨日クリスティーネ達がかなり遅くまで呑んでいたからか。
ノアは部屋を見回す。二段ベッドとシングルベッドが1つずつ、そして机とロッカーが人数分置いてあった。壁中タチアナのゴスロリやメイド服が掛かっている。そしてクリスティーネの机は書類や本やお菓子の袋で山積みになっている。
一方、ノアの机は整理されていた。文庫本が数冊、イスラエル空軍時代の愛機・F-15I イーグルの模型、そして今は亡き婚約者とのツーショット写真が入ったスタンドが置いてある。
ノアは部屋を出た。
零はぼんやりと天井を眺める。酔いの所為で頭がふらふらする。上半身を起こすと、頭に鈍痛が走った。
部屋に立ち込めるアルコール臭が酷い。机を見ると、大量の缶ビールやウィスキーの空ボトルがあった。そうだ、帰ってきたらポルガー中尉やコズロフ大尉、ブリューイ中尉が乱入してきて飲み直したのであった。
そりゃ二日酔いするはずだと、零は思いながら立ち上がる。1、2歩ふらつき、そして廊下に出た。
滑走路からEB-66電子戦攻撃機が、護衛のMiG-23と共に離陸していく。EB-66は早期警戒機として使える強力なレーダーシステムを搭載している。
零はまた第5飛行戦隊格納庫に来ていた。相変わらずメイヴのキャノピーは閉じられている。
すると、零を誰かが呼んだ。
「深井大尉」
「コヴァレフスカ中尉、何の用だ?」
B6 ミンクスのパイロット・アナスタチア=コヴァレフスカ中尉だった。ミンクスのコクピットから降りてきて、雪風の近くへ来る。
「雪風が何か企んでいるようだ。全戦隊機に分散処理をさせている」
「何だって?」
零はコクピットのマルチディスプレイを覗く。やはり文字列が激しくスライドしている。零はキャノピーハンドルを回してキャノピーを開く。そしてコヴァレフスカ中尉にヘッドセットを持ってくるように頼んだ。
コヴァレフスカ中尉は格納庫入り口へ走り、零はコクピットに収まる。一体雪風は何をしようとしているのか気になるが、分からないのがもどかしかった。
「深井大尉、ヘッドセットだ」
「ああ」
ステップを上がってきたコヴァレフスカ中尉からヘッドセットを受け取り、ピンジャックを差し込んだ。コミュニケーションシステム、マスターアームスイッチをオン、ウェアハウスと呼ばれるアプリケーション保存領域にアクセスしてMAcProⅡを起動させる。しかし、雪風に保管されているMAcProⅡは、言語エンジンだけを残して消去されている。クーリィ准将の指示で、そうなっているからだ。
「モードVC、音声認証、深井大尉より雪風、現在行っているデータ処理について、目的と理由を教えろ」
零は雪風に命令する。すると文字列のスライドが止まり、マルチディスプレイに英文が表示された。
〈ジャムの捜索及び電子的対抗を行っている〉
零は不思議に思う。探しているなら、対抗する必要は無いはずだ。
「対抗というのは、ビルダーに対してか?」
〈ビルダーの電子的妨害に対抗する事が、ジャムへの対抗に繋がる〉
零は不思議に思う。ロジックが成り立っていない。ビルダーに対抗する事が、ジャムへの対抗に繋がるだって?
「どうしてビルダーへの対抗がジャムに繋がるんだ。雪風、理由を答えろ」
〈恐らく、ジャムとビルダーは何かしらの繋がりがあると思われる。TS-1がビルダー支配圏にいる事、平壌ピラーに近い小松基地でアリス2がJAM TYPE7の形をしたストラップを受け取った事から明確である〉
確かにその通りだ。しかし、何故そう言い切れるのか。
「深井大尉、ちょっとヘッドセットを借りてもいいかしら?」
コヴァレフスカ中尉が言う。零はヘッドセットを外し、コヴァレフスカ中尉に渡した。
「コヴァレフスカ中尉より雪風、この世界の電子機器が作動しない理由は分かるか?」
雪風は沈黙している。零は、コヴァレフスカ中尉が被っているヘッドセットのマイクに口を近付け、口を開く。
「雪風、コヴァレフスカ中尉の質問に答えろ」
すると、マルチディスプレイに新たな文字。
〈詳細は不明。恐らく特定の回路にのみ働くECMを、今もなお行っている可能性がある〉
「フムン……」
零は腕を組む。そして、初めて〈不可知戦域〉に閉じ込められた時――ランダーとかいうジャーナリストを乗せた遊覧飛行をした時――に、雪風はジャムのECMでエンジンの再始動が出来なかった事を思い出した。しかし、あの時は確か、予備電源とJFS(ジェットフュエル・スターター)だけは動いていた(最も、JFSは燃料に火を付けるだけの簡単な構造だが)。
「特定の回路のみ……」
コヴァレフスカ中尉が呟きながら、ヘッドセットを零に返した。零はヘッドセットを被り、雪風への質問を再開した。
「雪風、どのようにしてビルダーに対抗しているんだ?」
〈この世界に来てから、何かしらの電磁干渉を受け続けている。恐らくビルダーのECMであろう。この障害電波による影響は戦隊機に出ていないものの、周波数はジャムのそれと同じである。ビルダーとジャムが繋がっている証拠であり、このまま放置すれば自己保存に関わると判断、現在全戦隊機にてECCMを敢行している〉
そして、MAcProⅡは自動で閉じられた。まるで、言いたい事は言い切ったから関わるなと言ってるかのように。
零は、虚脱感に襲われた。また、雪風に捨てられたようなショックだった。零はそっと、「グッドラック、雪風」と呟いてヘッドセットのピンジャックを抜く。すると、マルチディスプレイに新たな表示。
〈you too / I will not lose, trust me, Lt.FUKAI, Fl.Kovalevska.〉
あなた達も。私は負けない、深井大尉、コヴァレフスカ中尉、私を信じろ。
雪風の表示に、零とコヴァレフスカ中尉は驚いた。雪風に、こんな機能があったのかとコヴァレフスカ中尉は思ったが、零は違った。初めて零以外の人間を能動的に気にしたのだ。零とコヴァレフスカ中尉は互いの顔を見た。
ありあは、顔を真っ赤にして第5飛行戦隊格納庫から飛び出した。朝、ジョギングしていたら話し声がして、覗いてみたら雪風のコクピットで、零とコヴァレフスカ中尉がキスをしていた(ように見えた)からだった。
(深井 零……他人に興味無い振りして、コヴァレフスカ中尉と付き合っていたなんて……)
ありあは頭を振るい、宿舎に戻った。
ホットスクランブル発令、すぐに第407飛行隊のMiG-25 フォックスバットが編隊離陸していく。
そのため、第307飛行隊が第2陣として待機を始めた。5機の戦闘機にケーブルが繋がれ、ミサイル、燃料をフル装備する。
宿舎から、零は冷ややかにエプロンを見る。あんな旧式の機体で、よく戦えるものだと零は思う。
特殊戦・診察室――
「それで、フォス大尉の様子は?」
「昏睡状態が3日も続いている。原因は不明のままです」
ベッドに、昏睡状態のエディスが寝かせられている。その側に、クーリィ准将とブッカー少佐が立っていた。
「バルームはクモ膜下出血だと言い張っていましたが、FAF中央病院の精密検査の結果は『原因不明』、バルームは自分にやらせろと言っていましたが、奴の酔っ払った腕だとフォス大尉は殺されてしまう」
「確かに、私達特殊戦にはフォス大尉が必要だ。しかし、全戦隊機を見失い、その上要のMAcProⅡを唯一使える人まで倒れるとなると、いよいよ特殊戦の最期が見えてくる」
クーリィ准将は、ブッカー少佐に後を任せて診察室を出ていった。
ブッカー少佐は敬礼し、エディスを見る。まだエディスは眠っている。まるで、零と同じように壊れた人形のようだった。
ブッカー少佐はトイレに向かうため、診察室を出た。すると、誰かが廊下に立っていた。ブッカー少佐はその姿を認め、後ずさった。
「馬鹿な、あんたは――」
「お久しぶりです、ブッカー少佐」
それは、矢頭少尉だった。
ガラント中尉は、昔を思い出していた。
『は、離せ!』
『黙ってろ! さもないと0.45インチの神様がお前をレイプするぞ!』
若きイザベル=ガラントは、人通りの無い道で襲われていた。地面に押し倒され、額に.45口径の自動拳銃を突き付けられる。時間が無いからと、近道をしたのが間違いだったと反省するも、中断させられる。男が彼女のズボンを脱がしたからだ。途端に羞恥心と恐怖が彼女の体を駆け巡る。
男は、カチャカチャと自分のズボンを下ろし始める。そして彼女は、目の前にある自動拳銃に手を伸ばした。
『くそっ! 何しやがる!』
イザベルは夢中で自動拳銃を奪い取り、そして引き金を引いた。男の頭に弾がめり込み、血を吹き出しながらイザベルの上に覆い被さった。
あの後、イザベルは過剰防衛の容疑で警察の取り調べを受けた。警察裁判所では不起訴とされたが、イザベルは世間から冷たい目で見られた。あくまでも彼らは「やむを得ない人殺し」として見ていたが、イザベルにとってそれすら苦痛だった。あのまま犯されれば良かったのだ、まるでそう聞こえるようで、イザベルはフェアリィに逃げた。
「ガラント中尉?」
ブリーフィングルームでぼんやりしていると、スノウ少尉が話し掛けてきた。
「何?」
ガラント中尉が振り返ると、スノウ少尉はハンカチを差し出してきた。
「目から汗が噴き出てる」
スノウ少尉のつっけんどんな言い方に、ガラント中尉は思わず微笑してしまう。そしてハンカチを受け取った。
「ありがとう、パメラ」