俺にとって二人目の妹、フランドール・スカーレットが生まれた。
一番上の姉である俺と二十歳差、二番目の姉、レミリアと五歳差。スカーレット家の第三女は、並みならぬ狂気と、成熟した吸血鬼に勝るとも劣らぬ、膨大な量の魔力を持って生まれてきた。
◇
「最近の魔法の研究はどうなの?ホウズキ」
フランを抱いたお母様が俺に問いかけてくる。
「順調ですよ。レミリアも頑張ってます。あ、この紅茶美味しい」
「レミリアか、茶会をすっぽかして、まだ魔法の研究をしているのか?」
今度はお父様が俺に問いかけてくる。
「ええ、みたいですね」
「はぁ、まったく困ったものだな。せっかく家族全員で茶会ができると思ったのだが」
「まぁまぁ、何かに打つ込めるなんて素敵なことじゃないですか」
そう言ってお母様は、フランを抱いたまま立ち上り、メイドの十六夜さんの方へ寄りケーキを持ってくるよう頼む。
ちなみに十六夜さんの作るケーキは、物凄くうまい。それに十六夜のいれた紅茶が合わさると、それはもう最強の組み合わせになる。後でレミリアに持っていってやろう。
「うむ、やはりうまいな)
「流石ですね」
お父様とお母様がそれぞれケーキの感想を呟く。それを聞いて、十六夜さんは嬉しそうだ。
「十六夜さん、十六夜さん。ケーキもう一つ頂けますか?」
「おかわり、ですか?お嬢様」
「いえ、レミリアに持っていく分ですよ」
「それならば私が後でレミリアお嬢様に持っていきますが?」
「大丈夫ですよ。私も丁度レミリアに用事がありましたし」
そう言って俺は十六夜さんからケーキを受け取る。
「ありがとうございます」
「今作ったやつじゃ、持っていく時には悪くなっているんじゃないか?」
お父様が問いかけてくる。確かに。一時間後には魔法の研究も一段落つくだろうと思って、その時に持っていってあげようと考えていたが、大丈夫だろうか。まぁ、一時間程度じゃ悪くなるなんてことはないだろうし、吸血鬼の体は頑丈だから、大丈夫だとは思うが、念には念を。と言うし、腐らないようにする魔法でもかけておくか。
「ほいっと」
「今、何をしたんだ?」
ケーキに防腐魔法を施す。お父様が魔法に興味持ったようで不思議そうにケーキを覗きこむ。 お母様は時々、研究に顔を出していたし魔法に興味があることは知っていたが、お父様がこうも興味を持つとは思わなかった。
「防腐魔法ですよ。ケーキの時間を止めて腐らないようにしたんです」
「ほう、なるほど。 なぁ、ホウズキよ私のケーキにもその魔法をかけてはくれぬか」
そう言ってお父様は、テーブルに置かれたもう一つのケーキを指差す。
「お館様?そのケーキをどうするのですか?まさか、部屋に持って帰って、寝る前に食べるだなんて仰いませんよね?」
綺麗な笑顔を張り付けて十六夜さんがお父様を射抜く。怖ぇ。オーラが怖い。なんか黒いものが十六夜さんから溢れてる気がする。
「べ、べ、別にそんなことはないぞ? 部屋で食べようなんて、そ、そんな。 は、ハハハ、ハハハハハ」
嘘下手くそだな。 お父様のケーキに、しなやかで綺麗な指が近づき、ケーキを奪って行く。
「ケーキは没収です。寝る前に食べられてしまうとお体を壊す原因となるので」
キッパリと十六夜さんが一刀両断する。 我が家の完璧で瀟洒なメイドさんは容赦がないのである。
「では、私は部屋に戻りますね~」
俺が自室に戻ろうと、扉を開けようとしたとき、突然フランが泣き出した。
その小さな身に、物凄い勢いで魔力が集まっていく。そして―――
「! まずい………! うぐぁああ!?」
―――そうお父様が呟くと同時に、魔力が弾けるようにして、フランドールを中心として拡がり、お父様の右腕の付け根が吹き飛ばされる。
宙をくるくると腕が舞い、放物線を描く。ぼとりと絨毯に落ちた腕から出る血が、緋い絨毯をドス黒く染めていく。
吸血鬼は頭さえ失わなければ、どんな状態でも回復する回復力を持っている。その回復力でお父様はすぐに失った右腕を再生させるが、その顔には苦悶の表情が見てとれる。おそらく再生させる為に魔力を使ってしまったからだろう。
「お父様!! 大丈夫ですか!?」
「ああ、なんとかな―――」
お父様は、フランのほうを見やる。と、同時に再びフランを中心に、膨大な量の魔力が集まっていく。
魔力が弾け、煌めき、爆ぜ、触れるだけで狂ってしまいそうなくらいの、猛烈な魔力の奔流が、俺の身を襲う。
そして、その魔力の奔流が収まり、眼を開けると―――
「――――ぁ うぇ? 」
―――それは正しく地獄絵図だった。元々赤だった壁を、上塗りするかのようにベットリと付着した血糊、緋い絨毯を黒く染め上げる内臓、椅子にぶち撒けられた肉片。 それらが何であるか、脳が理解するまでにほんの数秒。 理解した。いや、理解したと言えるのだろうか。脳は理解している。が、俺の感情は理解したがっていない。
おとうさまとおかあさまがしんだ。
「嘘だろ?」
お父様だったものが転がっている。
お母様だったものがぶち撒けられている。
十六夜さんだったと思われるものがある。
私は? 俺は? まだ生きているのか? もう死んでいるのだろうか。
「フラン?」
部屋の中央で赤子が泣いている。
「お前がやったのか」
問いかけても返事は返ってこない。
「レミリアは?」
無事だろうか。
「ふふ、はは、あハハハは、ひひひ、くふ、はひ あはは」
大事なものを、守ると決めた家族を失ってしまった。
この日、俺は壊れてしまった。
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